説明

評価方法

【課題】角層構成成分と相互作用する水の量を判断基準として角層の保湿状態を評価し、角層の保湿に有用な保湿剤をスクリーニング評価し、化粧料に応用する。
【解決手段】角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量を角層構成成分と相互作用が可能な水の量の指標とする角層の保湿状態の評価方法であって、重水処理前後における角層構成成分の特定官能基に由来するIRスペクトル強度の変化量又は変化率を重水素置換量の目安とする評価方法、並びに該評価方法を利用した保湿剤のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層の保湿状態を判断する新規評価方法に関し、さらには該評価方法を利用した保湿剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、保湿剤の評価方法として、下記方法がよく用いられている。In vitro試験では、(1)被評価物質を一定湿度環境下に放置し、吸水された水の重量を測定することにより評価する方法、(2)被評価物質を水に溶解し、一定環境下での水分の蒸散を重量測定により評価する方法(例えば、特許文献1参照)、(3)水分活性を測定する方法(例えば、非特許文献1参照)等が挙げられる。また、in vivo試験では、被評価物質を皮膚に塗布して、塗布前後の水分量を皮膚の電気的特性等で測定する方法(例えば、特許文献2参照)が挙げられる。
【0003】
しかし、皮膚化粧料や医薬品の皮膚外用剤に配合する保湿剤の作用部位は角層であるところ、上記in vitroによる方法では、被評価物質そのものの吸水量を測定することは可能であるが、角層構成成分と相互作用する水の評価はできない。一方、in vivoによる方法では、角層構成成分と相互作用する水を評価しているのか、被評価物質と相互作用する水を評価しているのかの判別はできない。現状では、本来見るべきである角層に必要な保湿剤を評価する方法、即ち角層構成成分と水の相互作用に基いて保湿剤を評価する方法は存在していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−060335号公報
【特許文献2】特開2007−045776号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】フレグランスジャーナル臨時増刊No.9、フレグランスジャーナル出版、1988年、p.137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情において、本来見るべきである角層の構成成分と水との相互作用に基いて角層の保湿状態を評価する方法、それに基く保湿剤のスクリーニング方法が求められていた。即ち、本発明の課題は、角層構成成分と水との相互作用に基いた角層の保湿状態の評価方法と、該評価方法を用いた保湿剤のスクリーニング方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記事情に鑑み、鋭意研究した結果、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量が、角層構成成分と相互作用が可能な水の量の指標となり得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち、本発明は、角層構成成分と相互作用が可能な水の量を判断基準とする角層の保湿状態の評価方法であって、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量を角層構成成分と相互作用が可能な水の量の指標とする評価方法にある。
【0008】
より具体的には、本発明は、上記評価方法において、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量が、下記(a)〜(e)の手順によって求められる、解析対象ピークのIRスペクトル強度の変化量又は変化率により見積られる評価方法にある。
(a)角層のIRスペクトル(スペクトル1)を測定する。
(b)角層を重水処理する。
(c)重水処理後の角層のIRスペクトル(スペクトル2)を測定する。
(d)IRスペクトル中の、重水処理により影響を受けにくい角層構成成分の官能基に由来する吸収ピーク(標準ピーク)の強度を指標として、スペクトル1及びスペクトル2を補正する(夫々、補正スペクトル1及び補正スペクトル2)。
(e)補正スペクトル1及び補正スペクトル2中の角層構成成分の官能基に由来する吸収ピークで、該官能基が重水との間で水素交換を行うことが可能な水素原子を有する官能基に由来する吸収ピーク(解析対象ピーク)の強度を補正スペクトル1、2間で比較し、その変化量又は変化率を求める。
【0009】
本発明は、上記評価方法における解析対象ピークが>NH、−NH2、−NH3+、−COOH、−OH、(P)−OH、(S)−OH及び−SHから選ばれるいずれかの官能基に由来するものである評価方法、さらに上記評価方法における解析対象ピークがアミドII、アミドIII又は1340cm-1に検出されるピークである評価方法にある。
【0010】
本発明は、上記評価方法における角層構成成分が、ケラチン、フィラグリン若しくはコーニファイドエンベロープ由来のタンパク質、細胞間脂質又は皮脂である評価方法にある。
【0011】
また本発明は、上記評価方法により評価された角層の保湿状態を判断基準として用いる保湿剤のスクリーニング方法にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、角層構成成分と相互作用する水の量に基いて角層の保湿状態を評価することが可能となり、角層の保湿化により効果的な保湿剤の探索、従来の保湿剤の評価方法では効果が認められていなかった物質の化粧料への応用が可能となる。更に、IR計測を利用した場合は、保湿に作用している水が角層のどの構成成分と関係しているかを確認することも可能となる。従って、乾燥やあれ肌、アトピー等の肌の状態毎に角層構成成分と水との相互作用の特徴を捉えることにより、それに基いて肌状態に応じた適切な保湿剤の適用も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】天然保湿因子抽出処理した角層における、in vitroで測定した重水処理前と後のIRスペクトルである。
【図2】In vitroにおいて、未処理、天然保湿因子抽出処理及び乳酸塩処理間で角層ケラチンへの重水素置換率の比較を行った結果である。
【図3】In vivoにおいて、未処理、天然保湿因子抽出処理間での角層ケラチンへの重水素置換率の比較を行った結果である。
【図4】In vitroにおいて、5種類の保湿剤間での角層ケラチンへの重水素置換率の比較を行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
角層が保湿された状態とは角層構成成分の近傍に水が存在している状態であり、この近傍に存在する水の量の多寡が角層の保湿状態を決定している。角層構成成分の近傍に水が存在するとは、角層構成成分と水との間で何らかの相互作用を及ぼしあっているということを意味する。本発明では、その相互作用の程度が近傍に存在する水の量に依存するという考えのもとに、角層構成成分と相互作用可能な水の量を判断基準として角層の保湿状態を評価しようとするものである。ここで相互作用とは、角層を構成する成分のいずれかと水分子との間で及ぼしあっている何らかの物理的又は化学的な関係であれば特に限定されない。以下で、角層構成成分とその近傍の水分子との間の水素交換を相互作用とした場合の本発明の角層の保湿状態の評価方法について説明する。
【0015】
角層構成成分中には、近傍に存在する水分子との間で水素交換できる水素原子を有する官能基が存在する。水素交換は、その官能基自体の性質に依存するとともに、角層構成成分の近傍に存在して角層構成成分と相互作用が可能な水の量にも依存する。角層構成成分の近傍に存在する水が重水素を有する重水であった場合、角層構成成分の官能基の水素原子との間で水素交換が起こると、角層構成成分が重水素化されることになる。一方、角層構成成分中の官能基は、角層のIRスペクトルを測定した場合に、特定の吸収ピークとして検出することができる。官能基の有する水素原子が重水素化されると、官能基の質量が変化して赤外線の吸収特性も変わるため、重水素化前後で吸収ピークの強度が変化する。本発明では、この重水素化に伴うIRスペクトルの吸収強度の変化を、角層構成成分と相互作用する水の量、即ち角層を保湿している水の量(=角層の保湿状態)の指標とするものである。以下、IRスペクトル測定を利用した例により、さらに本発明の角層の保湿状態の評価方法について説明する。
【0016】
評価に供する角層については、様々な形態のものを使用することが可能である。例えば、動物の場合、マウス、ラット又はブタ等から様々な方法により採取した角層が挙げられる。ヒトの場合、踵より採取した角層や皮膚から様々な方法により採取した角層が挙げられる。また、これら採取した角層については採取した形態そのものや、粉砕して粉末状にした形態も可能である。更に、ヒトの場合、角層を採取せず、in vivoで非侵襲的に腕や顔面等の角層に対して直接評価することも可能である。
【0017】
角層のIRスペクトルの測定方法については透過型測定やATR等の反射型測定が知られており、評価に供する角層の形態に応じて様々な測定方法を選択することができ、特に限定されない。
【0018】
角層のIRスペクトルを測定することにより、様々な角層構成成分由来の吸収ピークを取得することができる。それらピークには、アミド基やOH基等の既知の官能基に由来するピークの他に、未同定のピークも存在する。未同定ピークについては、様々な手法を用いることにより同定が可能である。このように、ピークを同定することにより、角層構成成分のどのような成分由来の官能基であるかが確認可能である。
【0019】
重水は水と同じような物理化学的特性を持っている。この重水を用いる重水置換法は、タンパクの構造解析によく用いられている手法のひとつである。これは重水置換前後において、タンパクのIRスペクトル等を測定し、それらのスペクトルを重水置換前後で比較することにより、その構造変化を解析する手法である。
【0020】
角層のIRスペクトル測定により検出される吸収ピークにおいても、吸収ピークが由来する角層構成成分の官能基が水素原子を有し且つ水分子との間で水素交換が可能であれば、角層を重水処理することにより重水素置換が起こり、その吸収ピークに変動をもたらす。重水素置換量は角層構成成分と相互作用が可能な水の量に依存しており、本発明の角層の保湿状態の評価方法では、角層構成成分と相互作用が可能な水の量の指標として、この重水素置換量を利用する。角層構成成分において重水素置換され得る官能基としては、例えば>NH、−NH2、−NH3+、−COOH、−OH、(P)−OH、(S)−OH、−SHが挙げられる。本発明では、このような重水との間で重水素交換を行うことが可能な水素原子を有する官能基に由来する吸収ピークを解析対象ピークとして、重水処理前後における解析対象ピークのIRスペクトル強度の変化量又は変化率を用いて重水素置換量を見積もる。特に本発明では、解析対象ピークとして、主にタンパク質のアミド結合(N−H)に由来し一般にアミドII、アミドIIIと呼ばれる吸収ピーク、又は1340cm-1に検出されケラチンに由来すると見られるピークが好ましく用いられる。
【0021】
IRスペクトルを測定する場合、測定する角層や測定時の状態に影響を受け、スペクトルの測定感度に変動が生じる場合がある。そのため、IRスペクトルを比較する場合、IRスペクトル中のいずれかの吸収ピークの強度を基準としてスペクトルを補正することが必要となる場合がある。角層を重水処理すると、水素原子を持つ官能基に由来する吸収ピークは重水素置換によりピーク強度が変化する可能性を有する。そこで、水素原子を持たず重水素置換による影響を受けにくい官能基に由来する吸収ピークを標準ピークとし、その強度を基準としてIRスペクトルの補正を行う。アミド結合(−CO−N<)に由来し、一般にアミドIと呼ばれる吸収ピークは、主としてC=O伸縮振動に由来し、その強度は重水素置換の影響を受けにくいため、標準ピークとして良く用いられる。標準ピークはこれに限定されるものではなく、重水処理による影響を受けにくい吸収ピークであればいずれも使用可能である。
【0022】
以下に、角層構成成分と水との相互作用を評価する方法について、さらに具体的に説明する。まず評価対象となる角層の重水処理前のIRスペクトルを測定する(スペクトル1)。
【0023】
次に一定時間、重水処理を実施する。重水処理の時間は処理する角層の形態により適宜決定すればよい。例えば、採取した角層を用いるin vitro評価の場合、数秒から数日間処理することが可能である。一方、腕や顔面等に対するin vivo評価の場合、被験者への負担を考慮し、数秒から数十分間処理することが可能である。重水処理終了後、角層のIRスペクトルを重水処理前と同様に測定する(スペクトル2)。
【0024】
得られたIRスペクトルを元に、重水素置換の程度を解析する。解析を始めるに当り、スペクトル強度の補正を実施する。補正は重水処理によって影響されにくい吸収ピークを標準ピークとし、その強度を基準として行う。スペクトル1及びスペクトル2における標準ピーク強度がそれぞれ同一強度となるようにスペクトル1及びスペクトル2を補正し、補正スペクトル1及び補正スペクトル2を得る。
【0025】
補正スペクトル1と補正スペクトル2より解析対象ピーク(例えば、アミドII(主にN−H変角振動)等)の吸光強度を読み取り、それらの差(変化量)又は比(変化率)を計算し、これらを角層構成成分への重水素置換量の相対的な見積もりとして利用する。
【0026】
本発明において、角層構成成分とは角層という構造体の構成に係るもの全てを指し、特に限定されない。角層構成成分としては、ケラチン、フィラグリン若しくはコーニファイドエンベロープ由来のタンパク質、細胞間脂質等の他、皮脂腺から分泌され2次的に角層構成成分の一員となっている皮脂等も挙げられる。
【0027】
次に、本発明に係る保湿剤のスクリーニング方法について説明する。本発明のスクリーニング方法は、角層構成成分と相互作用が可能な水の量によって判断される角層の保湿状態をスクリーニングにおける判定の指標とすることを特徴とするものである。具体的には、被評価物質を角層に適用して、適用後の角層の保湿状態を上述の本発明の評価方法に従って評価する。角層に被評価物質を適用する際、角層として採取したものを使用するin vitro系で行う場合、被評価物質を溶解させた溶液に角層を一定時間浸漬させれば良い。一方、in vivo系で角層として腕や顔面等の角層を直接使用する場合は、適当な方法により被評価物質に浸漬させるだけでなく、塗布により処理することも可能である。
【0028】
被評価物質の保湿剤としての保湿能力の判定は、被評価物質の適用前又は無処理角層の保湿状態と被評価物質適用後の角層の保湿状態を比較することにより行うことができる。また、各種の被評価物質を適用して被評価物質間で保湿能力を比較してもよい。スクリーニングに用いる角層は、そのままでも良いが、被評価物質による効果を判定しやすくするため、角層の保湿状態を低下させることが知られている処理を、予め評価に用いる角層に対して施しておいてもよい。また、角層の保湿状態を低下させる処理と同時に被評価物質を適用し、保湿状態の低下を抑制するという観点から被評価物質の保湿能力を判定してもよい。角層の保湿状態を低下させる処理としては、角層中の天然保湿因子(NMF)を抽出する処理である水抽出処理等が挙げられる。
【0029】
本発明に係る保湿剤のスクリーニング方法は、角層構成成分と相互作用が可能な水の量に基いて評価される角層の保湿状態をスクリーニングにおける判定基準とするため、本発明のスクリーニング方法により保湿効果が確認された保湿剤は、本当の意味で角層の保湿作用に優れたものといえるものであり、該保湿剤を配合した化粧料は、優れた保湿効果を皮膚に与えることができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0031】
実施例1
ヒト踵からナイフで角層を採取し、それら角層を下記水溶液に24時間浸漬させた。浸漬後、それら角層を真空デシケーターに放置し、乾燥させた。乾燥させた角層のATR−IRスペクトルを測定した(スペクトル1)。その後、おおよそ100%重水環境下に1時間放置して重水処理を実施した。1時間後、再度ATR−IRスペクトルを測定した(スペクトル2)(水処理の場合の重水処理前と後におけるIRスペクトルを、図1に示す。)。図1に示すように、重水処理の影響を受けにくいアミドIの吸収ピークは重水処理の前後でほとんど変化しないのに対し、アミドII、アミドIII、1340cm-1付近の吸収ピークは、重水処理の前後で強度が変化していることがわかる。取得したスペクトル1、2を、アミドIを標準ピークとして補正し補正スペクトル1、2を得た。次に解析対象ピークとして1340cm-1(ケラチン由来)に検出されるピークを用い、補正スペクトル1、2における吸収強度を読み取った。[重水置換後の吸光強度/重水置換前の吸光強度]を計算し、解析対象ピークの吸光強度変化率を求めた。求めた吸光強度変化率の値を、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量の目安として、各種処理間で比較した。
【0032】
(1)未処理(何も前処理しない角層)
(2)水処理(=天然保湿因子を抽出した角層)
(3)100mmol/L 乳酸カリウム処理
(4)100mmol/L 乳酸ナトリウム処理
【0033】
上記4種類の処理を比較した結果を図2に示す。未処理(図2(1))と比較すると、天然保湿因子を抽出した角層(図2(2))では重水素置換されにくいことが分った。これは、天然保湿因子が角層ケラチンにおいて水との相互作用に深く係っていることを示している。また、乳酸塩処理した角層ケラチン(図2(3)、(4))は、天然保湿因子を抽出した角層と比較して重水置換されやすいことが分かった。このことは、乳酸カリウムなどの保湿剤が角層ケラチンと水の相互作用、即ち角層の保湿状態に影響を与えることを示している。更に、同じ乳酸塩でも、カウンターイオンの違いにより角層ケラチンと水の相互作用の大きさに差異をもたらすことが示された。
【0034】
実施例2
角層として、ヒトの前腕屈部側部の角層を使用した。未処理部位と天然保湿因子抽出部位を設定し、天然保湿因子抽出部位は水による5分間の抽出処理を行い30分乾燥させた。未処理部位と天然保湿因子抽出部位それぞれのATR−IRスペクトルを測定した(スペクトル1)。次に、未処理部位と天然保湿因子抽出部位をそれぞれ重水で5分間浸漬し、重水処理を行った。重水処理後、再度ATR−IRスペクトルを取得した(スペクトル2)。以下実施例1と同様にして補正スペクトル1、2を得、解析対象ピークの吸光強度から吸光強度変化率を求めた。
【0035】
結果を図3に示す。踵から採取した角層を用いて行ったin vitro系での評価結果(実施例1)と同様に、未処理部位と比較して、天然保湿因子を抽出した部位では角層ケラチンは重水素置換されにくいことが分かった。このように採取した角層を用いた場合と同様に、in vivo系においても本発明の評価方法が利用できることが示された。
【0036】
実施例3
ヒト踵からナイフで角層を採取し、それら角層を下記の各種保湿剤水溶液に24時間浸漬させた。浸漬後、それら角層を真空デシケーターに放置し、乾燥させた。乾燥させた角層のATR−IRスペクトルを測定した(スペクトル1)。その後、おおよそ100%重水環境下に1時間放置して重水処理を実施した。1時間後、再度ATR−IRスペクトルを測定した(スペクトル2)。取得したスペクトル1、2を、アミドIを標準ピークとして補正し補正スペクトル1、2を得た。次に解析対象ピークとして1340cm-1(ケラチン由来)に検出されるピークを用い、補正スペクトル1、2における吸収強度を読み取った。[重水置換後の吸光強度/重水置換前の吸光強度]を計算し、解析対象ピークの吸光強度変化率を求めた。求めた吸光強度変化率の値を、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量の目安として、各種保湿剤処理間で比較した。
【0037】
使用した保湿剤水溶液
(1)100mmol/L 乳酸カリウム処理
(2)100mmol/L 乳酸ナトリウム処理
(3)100mmol/L グリセロール処理
(4)100mmol/L ピロリドンカルボン酸ナトリウム(PCANa)処理
(5)100mmol/L 尿素処理
【0038】
本発明の評価方法を用いて上記5種の保湿剤の保湿能力を比較した結果を図4に示す。これらの保湿剤は全て公知の保湿剤であるが、図4の重水処理による重水素置換率の差に示されるように、保湿剤によって角層ケラチンと水との相互作用に及ぼす影響に差があることが示された。本発明の評価方法では、角層ケラチンと水の相互作用の強さに及ぼす影響力(=保湿能力)は(乳酸カリウム処理)=(PCANa処理)>尿素処理であるが、従来の方法で保湿能力を比較した結果では(乳酸カリウム処理)>(PCANa処理)=尿素処理であることが報告されている(第23回IFSCC論文集、2004年、p.40)。このことは、従来の方法で確認される保湿能力と本発明の評価方法により確認される保湿能力は必ずしも一致するものではなく、従来の方法では確認することのできなかった本来見るべきである角層に必要な保湿を与える保湿剤(角層構成成分と水との相互作用を高める保湿剤)の開発が、本発明により可能となることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、従来の方法では確認できなかった、角層構成成分と水との相互作用に基く角層の保湿状態の評価が可能となり、角層構成成分に対する保湿という観点からの新しい保湿剤のスクリーニング評価及び開発に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角層構成成分と相互作用が可能な水の量を判断基準とする角層の保湿状態の評価方法であって、角層構成成分と相互作用が可能な水の量の指標が、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量である評価方法。
【請求項2】
角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換量が、下記(a)〜(e)の手順によって求められる、解析対象ピークのIRスペクトル強度の変化量又は変化率により見積られる、請求項1記載の評価方法。
(a)角層のIRスペクトル(スペクトル1)を測定する。
(b)角層を重水処理する。
(c)重水処理後の角層のIRスペクトル(スペクトル2)を測定する。
(d)IRスペクトル中の、重水処理により影響を受けにくい角層構成成分の官能基に由来する吸収ピーク(標準ピーク)の強度を指標として、スペクトル1及びスペクトル2を補正する(夫々、補正スペクトル1及び補正スペクトル2)。
(e)補正スペクトル1及び補正スペクトル2中の角層構成成分の官能基に由来する吸収ピークで、該官能基が重水との間で水素交換を行うことが可能な水素原子を有する官能基に由来する吸収ピーク(解析対象ピーク)の強度を補正スペクトル1、2間で比較し、その変化量又は変化率を求める。
【請求項3】
解析対象ピークが、>NH、−NH2、−NH3+、−COOH、−OH、(P)−OH、(S)−OH及び−SHから選ばれるいずれかの官能基に由来するものである、請求項2記載の評価方法。
【請求項4】
解析対象ピークが、アミドII、アミドIII又は1340cm-1に検出されるピークである、請求項2記載の評価方法。
【請求項5】
角層構成成分が、ケラチン、フィラグリン若しくはコーニファイドエンベロープ由来のタンパク質、細胞間脂質又は皮脂である、請求項1〜4のいずれか1項記載の評価方法。
【請求項6】
保湿剤のスクリーニング方法であって、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法により評価される角層の保湿状態を、スクリーニングにおける判定の指標として用いるスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−256104(P2010−256104A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104747(P2009−104747)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】