説明

評価方法

【課題】表面処理を行ったフィルム、ここでは薬剤による化学的処理や微細形状加工などを除く、不安定で失効しやすい表面改質処理を行なったポリマーフィルムを対象とした評価を行うに当り、測定用装置によって生じたダメージに起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態を容易かつ簡便に評価可能な技術を提供することを課題とする。
【解決手段】コロナ処理など不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、その表面状態を定量的に評価するに際し、測定用装置によって生じたダメージに起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態の評価を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理を行ったフィルムに対する評価方法に関するもので、詳細には、コロナ処理など不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、その表面状態を定量的に評価するに際し、測定用装置によって生じた表面のダメージに起因する測定誤差を修正して、より正確な表面状態の評価を行うことを目的とし、容易かつ短時間で評価を行うことが可能な測定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ポロプロピレン、ポリエチレンといったポリオレフィン系樹脂に代表される、低極性ポリマーのフィルムやシートは、表面の反応性が低く、そのままでは印刷やラミネート、コーティングの接着性が悪いという問題がある。そのためこのようなポリマーフィルムやシートの使用に際しては、接着性や表面の濡れ性の改善のため、表面処理を施す必要がある。
【0003】
表面処理の方法には、たとえばコロナ処理、プラズマ処理、UV処理、フレーム処理(火炎処理)といった物理的方法、酸やアルカリで処理する化学的方法のほか、マット処理のように表面を荒らして微細な凸凹を生じさせる形状加工的方法まで様々なものがある。これらは基材の材質や用途によって使い分けられているが、コストや汎用性、環境負荷などの点から、近年では物理的方法の重要性が増している。
【0004】
物理的な表面処理は乾式処理とも呼ばれ、基本的に対象とする基材(フィルム、シート)表面の反応性を高めるものである。
【0005】
たとえばコロナ処理は、基材表面にコロナ放電処理を行い、そこで加速された電子やイオンが基材に衝突して分子鎖切断、ラジカルやイオンの生成が起こり、その部分に酸素、水分など周囲の気体成分が反応して、カルボキシル基や水酸基といった極性(親水性)官能基が導入されるというものである。
【0006】
プラズマ処理は、気体分子を電離させて生じた電子、イオンを利用して、基材表面に極性を持つ官能基やラジカルを生じさせる方法である。
【0007】
これらの処理では同時に、表面に微細な粗面化がなされることで、相乗効果によって著しい性能向上が得られる。
【0008】
またUV処理は、UV照射によって生成する活性酸素が、基材表面に富酸素の官能基やラジカルを形成することで表面の反応性を高める方法である。
【0009】
フレーム処理(火炎処理)は、基材表面を炎で炙り、酸化反応を起こして酸素結合や二重結合などを形成させる方法である。
【0010】
これらの処理は、印刷や接着、ラミネートをはじめ、コーティング、塗装などの前処理として広く行なわれるほか、染色、防曇、含浸等の特性改善、分散性の改善などにも用いられる。適用される基材も低極性ポリマーに留まらず、比較的良好な印刷特性や密着性を持つものに対しても、更なる性能向上を意図して行なわれる場合が少なくない。
【0011】
これらの処理はいずれの場合も、実際の運用に当たって十分な効果を得るためには、用いられる素材や用途に則したテストを行って、処理条件とそれによる表面状態の変化、必要とされる物性値(たとえば接着の場合は密着強度など)との定量的な相関を求めること
が必要になる。
その理由は、同じ条件で処理を行なっても、基材の材質により表面変化の状態は様々であること、また処理後の加工に用いるコート材やインク類、あるいは接着剤といった関連部材の種類によって、更には周囲の環境によって変化の状態が様々に変わるためである。
【0012】
一般に、表面処理により構造が変化する部位は表面から深さ1μm以下、更に詳しくは数百〜数nm程度の極めて表面から浅い範囲であることから、このような評価に用いられる分析方法は限られており、具体的には接触角測定やXPS、オージェ電子分光法などが主なものである。
【0013】
接触角測定とは、液体を固体表面に滴下したとき、その液体の表面張力で丸くなった液滴の接線と固体表面とのなす角度θ(=接触角)によって固体表面の濡れ性などを評価する方法である。
測定方法が簡便、かつ直感的でわかりやすいため広く用いられているが、官能基など化学結合状態を詳細に調べることが出来ないため、前処理による表面状態の変化と、それによる性能向上との相関を定量的に把握するには適した手法ではない。
【0014】
オージェ電子分光法は、固体表面に電子線を照射した際に、オージェ遷移過程によって放出されるオージェ電子のエネルギー分布を測定し、元素の同定、定量を行う方法である。他の手法に比べ表面から数nmの極めて浅い範囲の情報が得られるが、電子線ダメージが懸念される材料や絶縁物、たとえばポリマーフィルムなど有機物の化学状態については、オージェピークの形状解析が複雑であることもあり、元素分析以上の情報を得るのに適した評価法とは云えない。
【0015】
したがって、前述のような目的でポリマーフィルムの表面の官能基の形成状態を把握するには、現状ではX線光電子分光測定法(以後、XPSと記す。)がほぼ唯一の方法であると云うことが出来るが、その場合でもいくつかの問題がある。
【0016】
その最大のものは、コロナ処理、プラズマ処理、UV処理、フレーム処理(火炎処理)などいずれの処理方法においても、表面状態は導入された官能基やラジカルに依存していることに由来し、その構造は不安定で、経時やX線照射などの測定操作によってダメージを受けて失効しやすく、初期の状態を把握するには困難を伴うという点である。
【0017】
このようなX線照射やポリマーフィルムの帯電を中和するために使用される電子線、あるいは真空下で変性しやすい試料に対しては、測定に際して様々な対策が講じられている。XPSの積算回数を極力減らし、また測定対象元素の数を絞って、試料がX線に曝される時間を少なくするなどの工夫がその例である。また目的とする官能基を誘導体化試薬などと反応させて、目的構造の安定化や測定精度の向上を図るといった方法も試みられている。例えば、特許文献1には、改善された化学修飾法が開示されている。
【0018】
しかし、X線下に曝される時間を短くしてもダメージが全くないわけではなく、一方で積算時間の短縮による感度低下は避けられないため、変化が微小である場合、解析が難しくなるといった弊害も生じる。
【0019】
また、目的構造を誘導体化する方法では、試薬と反応させる際のダメージや誘導体化率の影響を考慮しなければならず、必ずしも精度のよい結果が得られるとは限らない上、操作自体も煩雑であるといった問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開2011−69725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、上述の問題点を鑑み、表面処理を行ったフィルム、ここでは薬剤による化学的処理や微細形状加工などを除く、不安定で失効しやすい表面改質処理を行なったポリマーフィルムを対象とした評価を行うに当り、測定用装置によって生じたダメージに起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態を容易かつ簡便に評価可能な技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記の課題を解決するための手段として、請求項1に記載の発明は、コロナ処理など比較的不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、その表面状態を定量的に評価するに際し、測定用装置によって生じた損傷(ダメージ)に起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態の評価を行うことが可能な評価方法であって、
同様の表面処理を行ったサンプルを2つ用い、一方は通常の方法で目的とする測定を行って結果を得、一方は通常測定と同じ条件で繰り返し測定を行い、測定時のX線照射時間に対する測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化をプロットして、得られた変化の過程を元に通常測定の結果を修正する評価方法である。
【0023】
また、請求項2に記載の発明は、表面処理を行う前の初期状態のサンプルを2つ用い、一方は目的とする測定を行う通常測定と平行して、それと同一の装置条件で測定を行って基準データを得、一方は修正用の繰り返し測定を行う際に、それと同一の装置条件で測定を行って対照基準データを得、双方の結果を元に、測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化のうち、環境要因、装置コンディションのような、X線照射による変化以外のばらつきや誤差を切り分けて、補正する評価方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、コロナ処理など不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、その表面状態を定量的に評価するに際し、測定用装置によって生じたダメージに起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態の評価を行うことが出来、またそれを、的容易かつ短時間で行うことが可能になる。
【0025】
また本発明によれば、環境要因や装置コンディションによる値のばらつきを補正し、より精度の高い評価を行うことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明における分析操作、データ解析手順の概要を示したフローチャート。
【図2】本発明において、環境要因や装置コンディションによる誤差の影響が大きくなる可能性があるような場合の分析操作、データ解析手順の概要を示したフローチャート。
【図3】XPSスペクトルの元素由来ピークの変化の一例。
【図4】(a)修正用に測定したXPSスペクトルデータの一例と、(b)それから作成した近似曲線の一例。
【図5】(a)X線照射のダメージによるXPSスペクトルの減衰分を修正する前のプロットの一例、(b)X線照射のダメージによるXPSスペクトルの減衰分を修正した後のプロットの一例
【図6】(a)X線照射のダメージによるXPSスペクトルの減衰分を修正する前の密着強度とO1ナローピークの面積のプロットの一例、(b)X線照射のダメージによるXPSスペクトルの減衰分を修正した後の密着強度とO1ナローピークの面積のプロットの一例
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、フローチャートを参照して本発明の実施について説明する。
使用データは以下の通りである。
(1)表面処理を行った目的試料のXPS測定データ(以下、本データと記載する。)
(2)表面処理を行った目的試料について繰り返しXPS測定を行った測定データ(以下、修正用データと記載する。)
(3)本データと並行して測定した、表面処理を行っていない初期状態の試料のXPS測定データ(以下、ブランクAと記載する。)。ブランクAは表面処理の有無以外はすべて本データと可能な限り条件を揃える。本データを複数回測定する際は、その都度ブランクAの測定も行う。
(4)修正用データと並行して測定した、表面処理を行っていない初期状態の試料のXPS測定データ(以下、ブランクBと記載する。)ブランクBは表面処理の有無と、測定回数が1回である以外は修正用データと可能な限り条件を揃える。
【0028】
まず、本データと修正用データを続けて測定し、環境要因や装置コンディションによる誤差を考慮する必要がない場合は、この2点のみで修正を行う。
この場合の方法の概要を示すフロー図を図1に示す。
【0029】
まず本データと、同条件で測定した修正用データの、X線照射1回時における比を求め、この値で修正用データ測定時の、環境要因や装置コンディションによる本データとの微小なずれを補正した補正後修正用データを、計算の基準値とする。
【0030】
補正後修正用データの値を、X線照射回数をX軸、測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化をY軸としてプロットし、求めた近似曲線によって、本データのX線照射1回毎のピークの変化を計算し、修正を行なう。
【0031】
次に、経時変化を調べるといった、本データと修正用データの測定日時、測定環境などに幅が生じ、環境要因や装置コンディションによる誤差を考慮する必要があるような測定の場合は、前述の(1)〜(4)のデータを用いて補正を行う。
この場合の方法の概要を示すフロー図を図2に示す。
【0032】
まずブランクAと、ブランクBのX線照射1回時における比を求め、この値で修正用データ測定時の、環境要因や装置コンディションによる本データとの微小なずれを補正した補正後修正用データを、計算の基準値とする。
【0033】
ブランクAは表面処理を行っていないので、変動分はX線照射ダメージより、装置や環境起因であると仮定し、測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項で値のずれが無くなるよう測定毎の変化比を求め、その値に準じて本データの補正を行う。
【0034】
補正後修正用データの値を、X線照射時間をX軸、測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化をY軸としてプロットし、求めた近似曲線によって本データのX線照射1回毎のピーク面積の変化を計算し、修正を行なう。
【実施例1】
【0035】
本発明を実施例を用いて具体的に説明する。
PETシートをロールから切り出したのち、一週間以上おいて表面を安定させたものに出力700Wで6回、および10回コロナ処理を行ない、直後(処理後、5分以内)、1日後、3日後、7日後のそれぞれで、ブランク(コロナ未処理の同PETシート)とあわせてXPS測定を行った。
試験片は、それぞれシート中央部分のやや離れたところから、10mm角程度のものを計2枚採取して使用した。
その際の10回のコロナ処理のサンプルの変化の様子を図3に示す。測定対象構造である水酸基由来のO1sピークの測定結果であるが、その面積が、経時的に減少していることが示されている。
【0036】
この測定ではサンプリングによるばらつきの軽減を図るため、試料ホルダーに取り付けたその同一箇所に対して繰り返し測定を行い、各試験片について2回測定を行なった平均値を定量結果として、波形分離等に用いた。
【0037】
また、修正用データとしては、本データに使用したものと同じロールから切り出したのち、一週間以上おいて表面を安定させたPETシートに700Wで6回、および10回コロナ処理を行ない、同一箇所でそれぞれ1回、2回、4回、5回、6回、8回、10回と繰返しXPS測定を行なった。その際の10回コロナ処理サンプルのO1sピークの変化の過程と、それを元に作成したプロットをそれぞれ図4(a)、(b)に示す。測定回数が増加する、つまりX線の照射時間が増えるにしたがって測定対象構造である水酸基由来のO1sピークの面積が減少していく様子が示されている。因みに、図4(a)は図3と同様に、O1sピークのナロースペクトルのデータであり、横軸はバインディングエネルギー、縦軸は任意単位の強度である。図4(b)は、O1sピークの面積をXPSの測定回数(X線照射回数に相当)に対してプロットしたグラフである。
【0038】
以下にデータ処理の手順について述べる。
表面状態の指標としては、O1sナロースペクトルにおける、ピーク全体の面積値を用いた。
【0039】
コロナ処理を行ったPETシート表面の経時測定データを本データ、コロナ処理を行ったPETシート表面に繰り返しX線照射を行った測定データを修正用データ、本データ測定と並行して測定した、経時毎のコロナ未処理PETシート表面の測定データをブランクA、修正用データと同一日に測定したコロナ未処理PETシート表面の測定データをブランクBとして用いた。
【0040】
まずブランクAと、ブランクBのX線照射1回時における比を求め、この値で修正した補正後修正用データを、計算の基準値とした。
ブランクAは経時(0、1、3、7日)毎に測定したO1sピークの面積値の変動をその都度、初期値に対する変動比として求め、その値によって経時毎の本データの補正を行った。
【0041】
補正後修正用データの値を、X線照射回数をX軸、O1sピークの面積値をY軸としてプロットして近似曲線を求めた(図4(b))。これによって本データのX線照射1回毎のピーク面積の減衰分を計算し、修正を行なったものが図5(b)である。経時によってコロナ処理PET表面のO1sピーク面積は低下していくが、X線照射によるダメージの減衰分を修正によって補完したことで、その低下率は少なくなっている。
【0042】
次にブランクAと補正後修正用データによって得られた修正値を、予め同じ処理を行ったPETシートを用いて測定した密着強度に対して再度プロットし、修正の効果を比較した
ものが図6(a)と(b)である。図6(a)は修正前を示しており、X線照射によるダメージのため、経時によってO1sピーク面積の増加に対する密着強度にばらつきが大きかったが、修正後(図6(b))はこのばらつきが軽減され、これによって双方の相関が明確であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、コロナ処理など比較的不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、従来より正確かつ定量的に、初期の表面状態の評価を行うことが可能となり、それによってフィルムの密着性といった要求性能の効果的な向上が可能になる。
またそれを、比較的容易に短時間で、別途特殊な装置などを必要とせず行うことで、開発コストの削減も期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロナ処理など比較的不安定な表面改質処理を行ったポリマーフィルムについて、その表面状態を定量的に評価するに際し、測定用装置によって生じた損傷(ダメージ)に起因する誤差を修正して、より正確な初期表面状態の評価を行うことが可能な評価方法であって、
同様の表面処理を行ったサンプルを2つ用い、一方は通常の方法で目的とする測定を行って結果を得、一方は通常測定と同じ条件で繰り返し測定を行い、測定時のX線照射時間に対する測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化をプロットして、得られた変化の過程を元に通常測定の結果を修正する評価方法。
【請求項2】
表面処理を行う前の初期状態のサンプルを2つ用い、一方は目的とする測定を行う通常測定と平行して、それと同一の装置条件で測定を行って基準データを得、一方は修正用の繰り返し測定を行う際に、それと同一の装置条件で測定を行って対照基準データを得、双方の結果を元に、測定対象構造あるいは測定対象元素由来のピークの面積、形状、エネルギーシフトといった事項における変化のうち、環境要因、装置コンディションのような、X線照射による変化以外のばらつきや誤差を切り分けて、補正する評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−76650(P2013−76650A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217193(P2011−217193)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】