説明

試料の分析方法ならびに分析装置及び導入方法

帯電した試料を分析装置に電気的に導入して分析を行う方法において、試料を含む溶液に電荷を持った物質を添加し、この電荷を持った物質の添加量を調節することにより、試料の分析装置への導入量を調整する。試料導入量は電荷を持った物質の濃度に反比例する。この電荷を持った物質の高濃度に調整した溶液を、微小な試料を含む容器に極微量だけ添加することで、試料導入量を容易に調節することができる。従って、高濃度の分析試料の原液を希釈しなくても電荷を持った物質を添加することにより試料導入量を調節することができる。また、試料調整を含む自動分析装置において、本調整法を用いることで、試料を希釈する工程を短縮し、試料を希釈するためのスペースを省略化できる。さらに、解析の結果、測定した試料が測定範囲外であった場合、自動的に再解析を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、帯電した試料を電気的に導入して分析を行う方法及び分析装置に係り、例えば電気泳動により試料の分析を行う方法及び装置に関する。
【背景技術】
核酸などの帯電された生体試料の分析は、ゲル電気泳動法,キャピラリー電気泳動法などを利用して行われる。
試料の濃度調整方法は、次のようにして行われていた。
例えば、帯電した試料が高濃度なために測定レンジ外になると予想される場合には、試料を分析装置の取扱説明書に推奨されている濃度に希釈する。希釈方法には一般的に以下の2つの方法がある。
一つは、試料の原液を分取し、希釈に用いる溶媒(以下、「希釈溶媒」又は「希釈液」と称することもある)を加えて希釈する。希釈された試料溶液は、分取して分析に用いられる(公知例1)。
もう一つは、試料の原液に直接、希釈溶媒を加えて希釈する(公知例2)。
また、電気泳動により試料を分析する場合には、試料中に含まれている金属イオンを捕捉(キレート化)する目的のためにキレート剤を試料を含む溶液中に注入する技術が提案されている。
例えば、特開平2−38966号公報では、産業排水液に含まれる水和性を有する金属イオンを等速電気泳動法により分析する場合に、ターミナル液中にキレート剤を添加する。この場合、キレート剤は、試料の金属イオンと反応して逆極性イオン(金属アニオン)の強錯体を形成する。すなわち、金属イオンを水和性を有さない金属アニオンに変換して電気泳動を可能にしている。
また、特開平9−201200号公報では、DNAのような核酸をキャピラリー電気泳動により分析する場合に、過剰のMg++が核酸と結合することを防止するために、キレート剤を使用する。この場合のキレート剤は、変性溶媒に添加されて、その溶媒の中に含まれるMg++と反応するマグネシウムキレーターとして働く。
特開2001−242139号公報では、DNAを電気泳動する場合に用いる泳動用緩衝液にキレート剤を含有することで、電気泳動ゲルの保存安定性を良好にしている。
代表的なキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA),エチレングリコールビス四酢酸(EGTA)等が開示されている。
従来の電気的な試料導入法では、上述したように、溶液中の試料濃度を希釈液によって調整することにより、分析装置への試料導入量を制御しているが、その処理に手間を要する。
例えば、既述した公知例1の場合には、試料の初回の調整時や再調整時に、試料の分注操作や希釈操作に手間を要する。
公知例2の場合には、初回の解析結果が測定レンジの下限値以下(分析装置への試料導入量が少ない)の場合には、混合液(試料原液と希釈液とを混合したもの)を再調整する必要があるが、原液自身が当初から希釈されているため、再度原液を調達して、これを先に使用した混合液に添加する必要があった。また、測定レンジが上限値以上(分析装置への試料導入量が多すぎる場合)の場合には、一部の混合液を捨てた後、希釈する必要があった。
さらに、分析装置を、上記のような試料調整を含めて自動化する場合には、希釈を行うための機構やそのスペースが必要であった。
【発明の開示】
本発明は、生体試料などの分析において、試料を調整する場合に希釈液を不要とし、かつ分析装置への試料導入量の調整の簡便化を図り得る試料の分析方法および装置を提供することにある。
本発明は、上記課題を解決するために、帯電した試料(例えば核酸の場合には、負イオンである)を分析装置に電気的に導入して分析を行う場合に、試料を含む溶液に電荷を持った物質(イオン性物質)を添加し、この電荷を持った物質の添加量を調節することにより、試料の前記分析装置への導入量を調整する。
例えば、試料の電気的な導入が電気泳動である場合、溶液(溶媒)に、原液(ex.試料が核酸である場合には、PCR生成物)中の試料と同じ電荷を持った物質を加える。
前記電荷を持った物質は、試料の分析装置への導入量を抑制する働きを有する。この導入量の抑制のメカニズムは、理論的に充分な解明はなされていないが、電荷を持った物質(イオン性物質)の添加により、試料を含む溶液中の導電率に変化が起き電気的導入量(例えば電気泳動量)の減少が生じるいわゆるマトリックス効果などの現象によるものと推測される。このような現象は、元々は、溶液中に初めから含まれている検出されないイオン性物質(ナトリウムイオンや塩化物イオンなどの共存物質)により引き起こされる現象として論じられ、分析の測定感度を低下させる要因として認識されていた。したがって、従来はその影響を排除することに専心し、それを利用することは考えられていなかったが、本発明では、この現象に着目して、積極的に電荷を持った物質を添加するという発想に至り、それによって試料の希釈液に代わる電気的な濃度調整を可能にした。
例えば、第1回目の試料分析では、分析結果が測定レンジの上限値を上回る場合(試料の分析装置への導入量が多過ぎる場合)には、試料導入量調整用の物質(電荷を持った物質)を増量添加する(試料の再調整)。それによって、2回目の試料分析では、分析装置への試料の導入量を減らし、実質的に試料を希釈したと同じことになり、測定レンジ内の分析を可能にする。
逆に、第1回目の試料分析の分析結果が測定レンジの下限値を下回る場合(試料の分析装置への導入量が過少の場合)には、試料を含む溶液(混合液)に適量の試料の原液を添加する。
試料濃度の調整(第1回目の調整および2回目以降の再調整を含む)に用いられる電荷を持った物質としては、例えば、試料が核酸の場合には、エチレンジアミン四酢酸(EDTA),エチレングリコールビス四酢酸(EGTA)等が好ましいことを見いだした。なお、核酸とEDTA,EGTAは、同極性のイオン性物質(陰イオン)である。EDTA,EGTAなどは、従来は種々の用途のキレート剤として使用されているが(例えば、既述した特開平2−38966号、特開平9−201200号公報、特開2001−242139号公報)、本発明のように試料を電気的に濃度調整するために用いる技術的思想は知られていない。
なお、本発明における試料の電気的導入は、代表的にはキャピラリー電気泳動が例示され、また、電荷を持った物質は、上記したものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
第1図は、本発明における試料分析の試料の調整工程を示す図、第2図は、その解析工程を示す図、第3図は、再解析工程を示す図、第4図は、装置構成を示す平面図、第5図は、試料の調整、解析及び再解析時における装置動作を示す図、第6図は、第5図の自動分析装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の最良の形態を説明する。
電気的に試料を導入する装置としては、例えば電気泳動装置がある。それは、遺伝子分析のために核酸の塩基配列を決定する遺伝子分析装置の試料導入部に利用されている。さらに、核酸のほかに、金属イオン、蛋白等の様々な物質の試料導入に利用されている。電気泳動システムとしては、キャピラリー電気泳動システム、キャピラリーと質量分析システムを結合させたCE/MSシステム等が挙げられる。ただし、それ以外の試料を導入する装置であっても、本発明を具現化できるものであれば、如何なる装置でもよく、上述したような電気泳動装置に限定されない。
キャピラリー電気泳動の場合には、キャピラリーに試料の分離媒体(例えば電気泳動液,ポリマー,ゲルなど)を充填した状態で、キャピラリーの一端を微小容器に満たされた分析用の試料溶液に浸漬し、他端を電解質溶液(緩衝液)に浸漬し、キャピラリー両端にパルス電圧を印加することにより、キャピラリー内に試料を導入する。詳しくは、試料が正の電荷を持つときは、キャピラリー一端(試料溶液側)を陰極性、もう一端(緩衝液)を陽極性としてパルス電圧を一定時間印加する。逆に、試料が負の電荷を持つときは、キャピラリー両端の極性を上記とは逆にして、パルス電圧を一定時間印加する。それによって、泳動路であるキャピラリー内に試料を導入できる。
また、キャピラリー両端に印加する電圧の大きさと時間の長さで、試料導入量を調節できる。その印加する電圧が大きいほど、また、印加する時間が長いほど導入される試料導入量は増大する。
しかし、印加する時間が長すぎると、分離性能が低下する問題が発生する場合があり、試料毎に印加電圧の大きさや印加時間を変えることのみで、試料導入条件を設定することは、困難である。また、キャピラリー電気泳動装置は、ゲル板電気泳動装置と比べ、高感度を実現しているが、測定レンジには上限がある。このため、試料を解析する多くの場合は、導入される試料量(電気泳動量)が測定範囲の上限未満になるように試料を希釈する必要が生じる。また、実際の分析においてはベースラインのノイズの大きさに起因する測定値のバラツキから信頼できる測定範囲の下限を設ける必要がある。
本発明では、上記のような試料の導入量調整を行う場合に、基本的には、希釈液を用いないで、電荷を持った物質を添加することにより行うものである。その具体例は、後述する。
電気的に試料を導入する装置を利用する分析方法には、例えば核酸塩基配列決定法、一本鎖DNA高次構造多型解析法(SSCP電気泳動法)などが存在するが、本発明は、上述したような分析方法に限定されない。核酸塩基配列決定法とは分析核酸を構成する4種類の塩基を電気泳動により決定する方法である。一本鎖DNA高次構造多型解析法とは、一部異なる配列を持つために高次構造的に異なる構造を形成した核酸断片を分析用試料として用い、核酸の高次構造の違いを電気泳動により決定する方法である。
本発明である試料導入調整法は、第1図に示される手順により行われる。その手順を大別すると、試料溶液に試料導入調整用の物質として電荷を持った物質を添加し、試料の導入量を調整する当初の調整工程(具体例は第2図に示される)と、パルス電圧を印加してキャピラリー内に試料を導入し、その導入量を測定する解析工程(具体例は第3図に示される)と、解析した試料導入量が測定範囲外であった場合、試料導入量に基づいて電荷を持った物質や試料原液を添加することにより、試料導入量を調整する再調整工程(具体例は第4図に示される)を含む。
試料の調整工程では、泳動用溶媒を保持した容器に、電荷を持った物質と試料を含む溶液を入れ、試料の導入量を検出可能な測定範囲内に収まるように調整する。
具体的には、最初に目的の試料原液の、およその濃度を測定する。この測定法としては、試料が核酸であればUV測定法、蛍光式測定法などが挙げられる。ただし、これらの例に限定されず、試料(原液)の濃度が測定できれば如何なる方法を用いてもよい。この濃度測定の結果より、試料原液が分析装置の測定レンジを越えることが予想される場合、調整した分析用溶媒と試料の混合液に適当な量の電荷を持った物質を添加する。
具体例として、16本キャピラリー電気泳動装置を用いてPCR産物に対して一本鎖DNA高次構造多型解析を行う場合には、PCR産物の原液5μlを7.5%のポリアクリルアミドゲルを用いて、電圧100V、時間50Vで電気泳動を行い、エチレンブロマイドにより染色し、UV(紫外線)で発色することで、発色の輝度からDNAのおよその濃度を知る。これより得られたおよその濃度から、電気泳動装置の測定レンジを越えると予測される試料については、フォルムアミド(Formamid)を溶媒とした分析用の試料溶液の調整を行った後に(具体例は、第2図を用いて後述する)、100mMのEDTAを適宜添加することで、試料の導入量を調節する。試料導入量の調節は、上記方法に限定されず、試料の混ざった溶液に、試料と同じ電荷を持つ物質を添加できれば、如何なる方法でもよい。
本発明における電荷を持った物質とは、分析用試料溶液のイオン強度を高める物質であり、好ましくは試料と同じ電荷を持ち、分析装置で検出されない物質、もしくは試料の検出領域に入らない物質である。例えば、試料が核酸の場合、核酸は負電荷を持つため、同じく負電荷のEDTAやEGTAが適当である。電荷を持つ物質は、試料の解析に影響を及ぼさなければ如何なるものでもよい。
解析に用いる試料は、電気的試料導入法により導入できる電荷を持った試料であれば良く、その種類を限定するものではない。例えば、細胞、微生物より抽出した抽出核酸、PCRで増幅させた核酸断片、合成核酸、アミノ酸、ペプチド、蛋白質などである。より具体的には、塩基、分子、アミノ酸構造上において正又は負の電荷を持つ物質である。アミノ酸、ペプチド、蛋白質のような両性電解質の場合には、等電点をもつため、溶媒のpH(水素イオン濃度)を調節することで溶媒中の正・負のイオン濃度を調節することが可能だが、等電点において両性電解質の電荷は0となるため等電点以外のpHに調節する必要がある。
分析用に調整する泳動用の試料溶液(溶媒・溶質)の調整は、電気的な試料導入が可能であればどのような溶媒・溶質でも用いることができる。例えば、16本キャピラリー電気泳動装置を用いて、PCR産物に対して一本鎖DNA高次構造多型解析を行う場合には、第2図に示すように、分析用試料の調整に変性剤としてFormamidを1試料あたり34μl使用し、場合によってはサイズ標準試料としてTAMRA Size Standard(ABI社)を1試料あたり1μl使用しても良い。
分析に使用する容器は、試料溶液に容器の材質が溶出しなければ、どのような材質、大きさでもよい。好ましくは200μl程度の容量を持つポリプロピレン製のチューブまたは96穴プレートが望ましい。
次に初期の試料導入量の調整手順(第2図で実施される調整手順)について説明する。試料導入調整用物質である電荷を持った物質を、試料溶液に一定量(例えば数μl)加える場合、前もってその電荷を持った物質について、濃度の高いものから低いものまでを調整してランク別に用意しておく。次に、電気泳動用の溶媒(サイズマーカーを含むFormamid)と、試料の原液を1μl混ぜて泳動用の試料溶液を調整する。そして、試料溶液の濃度が高ければ(既述したように、例えば、試料原液のおよその濃度測定から分析用試料溶液の濃度の高い低いは推測されている)、高濃度の試料導入調整用の物質(電荷を持った物質)を一定量添加する。逆に試料溶液の濃度がそれほど高くない時は、低濃度の電荷を持った物質を一定量添加する。具体例としては、試料がPCRで増幅した核酸断片である場合、複数ランクの濃度の電荷を持った物質として、100mM、50mM、25mMのEDTAを用いる。電気泳動用の溶媒にPCRで増幅核酸の原液を1μl添加する。この原液が高濃度であれば、調整した100mMのEDTAを一定量加え(第2図参照)、低濃度だが測定レンジを越えそうな場合は25mMのEDTAを一定量添加すればよい。この場合、調整しておいた各濃度のEDTAによる試料導入量の減少率がわかっていれば、試料濃度に対して、ある一定の量と濃度のEDTAを加えることで試料導入量を調節できる。本調整法は、最終的に分析用に調整した試料溶液に、試料導入調整用の電荷を持った物質が混ざっていればよく、前述の方法に限定されるものではない。
例えば、試料導入量を調整するために添加される物質(電荷を持った物質:ここでは試料導入調整用物質と称することもある)については、濃度一定とし、その濃度一定のものを試料溶液の試料濃度に合わせて可変的に必要量加え、かつ、その可変分を考慮して、調整後の溶液の総量が一定になるように水を加えても良い。このようにすれば、試料導入調整用物質を複数の濃度ランクに分けて予め準備する必要がない。
このような濃度一定の試料導入調整用物質を必要量加える場合、手順としては、まず、一定濃度の試料導入調整用物質を予め準備しておく。次に電気泳動用の溶媒と試料の原液を混ぜて試料溶液をつくる。そして、予め概ね測定しておいた原液の濃度に合わせて、試料導入調整用物質(試料と同じ電荷を持った物質)を適当な量だけ、各試料の溶液に添加する。この場合、分析に付される各試料は、厳密な意味で容量が異なる。このような試料導入調整法では、既述したように、複数の濃度の試料導入調整用物質を準備する必要がないので、手間もかからない。この場合は、より好ましくは、試料導入調整用物質は、総量の変動を抑えるためにも、高濃度であることが望ましい。
第1図、第3図に示す解析工程は、試料を分析装置へ導入し、電気泳動を行い、その結果得られた波形等を測定する工程である。以下、この解析工程について詳細に記述する。この工程では試料が電気的に分析装置に導入されればよく、後述の具体例に限定されない。
本例では、分析用に調整した試料保持容器を分析装置にセットした後、分析装置の試料導入口を試料保持容器に挿入し、試料導入部と導出部とにパルス電圧を印加して、電気泳動により試料を導入する。より具体的には、16本キャピラリー電気泳動装置を用いた場合、分析用に調整した試料を保持した泳動装置専用の200μl容量のチューブ(容器)を、該チューブが96本セット可能な試料プレートに載せる。上記パルス電圧の印加は、例えば、分析装置を制御するプログラムを介して、電圧で20kV、時間で5秒間である。この手順により、試料は電気泳動されて、キャピラリー内に導入される。
導入された試料は、予めマーカーが付され、それを検出器により測定することに試料分析が行われる。具体的な試料の測定方法として、一本鎖DNA高次構造多型解析法を利用したヘテロ接合性の消失(以下「LOH」と称する)の測定法を述べる。なお、測定法は分析目的に応じて様々で、LOHに限定されるものではない。本例では、試料の電気泳動結果として1本または2本のピークを得ることができる。LOHの測定法においては、2本のピークの高さをそれぞれ測定し、その比率を算出し、一方のピークの減少率を算出する。
上記の試料の測定値が測定レンジ外となった場合は、その試料溶液の再調整工程が必要となる。以下、この再調整工程の一例について第4図により詳細に記述する。再調整工程では測定レンジ外の試料に試料の原液または試料調整用物質(電荷を持つ物質)を加えて分析装置への導入量を調節できればよく、後述の具体例に限定されない。
測定レンジ外とは試料濃度が測定レンジよりも高い、または低いことを意味する。具体的には、16本キャピラリー電気泳動装置を用いて、ピーク高さ比を測定する場合、測定レンジは4000カウントから65000カウントである。この値は使用する装置固有のものであり、この値に何ら限定されるものではない。2本のピークのどちらか一方のピークが測定レンジの上限65000を越えた場合、正確な2本のピークの高さ比を算出できないため解析不能となる。一方、両方のピークの高さが4000以下となった場合は、ベースラインのノイズの影響による測定誤差が大きくなるため、信頼性のある測定が不可能となる。
測定結果が最適な場合、つまり、試料の測定値が測定レンジ内の場合は、その試料に対しては測定完了となる。上記のようにピーク高さ比または面積比を測定する場合には、2本のピークの両方または、一方が測定レンジの上限を越えておらず、かつ、2本のピークの両方が測定レンジの下限を下回っていないとき、測定完了となる。
分析装置への試料の導入量が多い場合、つまり、試料濃度が測定レンジより高いとき、高濃度の試料と同じ電荷を持った物質をごく微量加える。例えば、16本キャピラリー電気泳動装置を用いてピーク高さ比を測定する場合、試料濃度が高いため、ピーク高さが測定レンジを越えたとき、測定レンジ上限のピーク幅から、およそのピーク高さを推測する。このとき予測したピーク高さを基に、試料を希釈する必要はなく、適度な濃度(例えば100mM)のEDTAを適量添加する。
逆に試料の導入量が少ない場合、つまり、試料濃度が測定レンジより低いとき、試料の原液をごく微量添加する。例えば、試料濃度が低いため、ピーク高さが測定レンジの下限を下回ったとき、ピーク高さを測定し、適当な量の試料原液を適量添加する。
以上、ピーク高さを元に説明したが、ピーク面積を用いた場合にも同様に実施することが可能である。
本発明の試料調整を含む自動分析装置を第5図に示した。第5図は、自動分析装置の平面図である。本装置は、第6図に示すフローチャートに基づく動作、すなわち試料の調整工程、解析工程、再解析工程を全自動で行う。この装置の動作について以下に述べるが、本装置には試料を試料調整(初回調整,再調整)時に、希釈液を注入する動作の代わりに電荷を持った物質を加える動作が含まれていればよく、以下の例に限定されない。
第5図に示すように、試料分析装置10における試料調整部14は、試料の原液を保持する試料原液保持部11、分析用試料を調整するために必要な試薬類(試料導入調整用の高濃度の電荷を持った物質の溶液を含む)を保持する試薬保持部12、上記試料原液と試薬を混合した溶液(試料溶液)を保持する試料溶液保持部13とを含む。
試料溶液の調整は、第6図のフローチャートに従って試料分注アーム15を動作制御することで行われる。この動作制御は、制御部19によりアーム駆動機構16を作動制御して行われる。濃度測定センサー17は、例えば光学系のものが使用され(例えばUV測定器、蛍光測定器)、試料調整部14の側方に配置される。このようなセンサー配置により、保持部11にセットされる試料原液と、保持部13にセットされる分析用の試料溶液の濃度を試料調整部の側方位置で容易に検出することができる。
第6図のフローチャートは、既述した第1図〜第4図までの調整工程から解析工程を自動化したものである。
初回の試料溶液の調整後(第6図のステップS1〜S3)に、制御部19がキャピラリー両端部(図示省略)にパルス電圧を印加制御し、キャピラリー内に試料が導入され電気泳動が行われる(ステップS4〜ステップS6)。
ステップS1〜ステップS3は、試料原液(原液サンプル)の濃度測定、試料溶液(溶媒と試料原液など)の調整(サンプル調整)、試料導入量調整用物質の添加工程である。ステップS4〜ステップS6は、初回調整後の分析用サンプル(試料溶液)を調整部14から検出部18に搬送機構(図示省略)を介して移動させる工程、その後にキャピラリーに試料導入するためにパルス電圧を印加するサンプル導入工程、それによって試料の電気泳動が行われる工程を示している。
電気泳動により分離された試料は、検出部18の計測器(例えば、UV計測器,蛍光計測器等)で検出され、その検出結果が制御部(解析部)19に入力され、データ解析(分析)される(ステップS9)。分析に付された試料容器は、試料が分取された後に検出部18から試料調整部10の所定の位置に戻される(ステップS7)。
ステップ9では、作業者がモニターをみながら又は制御部19の解析ソフトが試料を自動的に解析し、解析完了か再解析の必要があるか判定を行う。解析完了は、試料の検出(分析)結果がレンジ内にある場合に実行される。再解析の必要有りは、試料の検出(分析結果)が測定レンジ外の場合に実行される。
再解析と判定された場合には、解析された試料導入量(試料測定濃度)に応じて、試料導入量調整用物質(電荷を持った物質)又は試料原液の添加量を計算する(ステップS10)。そして、試料導入量が過多の場合には、電荷を持った物質の溶液を適量添加し、導入量過少の場合、原液の試料を適量添加することで、試料の再調整が行われる(ステップS11)。再調整後は、ステップS4に戻り、以下、上記同様の解析工程が行われる。
次に本発明の実施例を説明する。なお、本発明はこれらに限定されない。
【実施例1】
実施例1は、試料導入量調整用物質(電荷を持った物質)を複数の濃度ランクに分けて準備して、試料導入量の調整を行う場合は、その調整用物質の一つを選択して試料溶液に一定量加える場合である。
1.測定レンジの決定
分析装置には測定範囲として上限と下限が存在するため、各分析装置に対して信頼できる測定範囲を決定する必要がある。例えば、本発明に使用した16本キャピラリー電気泳動装置の場合、試料濃度は、導入条件として電圧20kV、時間5秒間において、約0.2μmol/l、測定値で65000カウントが上限であった。また、下限は、上述の導入条件において、分析用試料濃度で30fmol/l、測定値で10カウントであり、それ以下は測定困難であった。ただし、得られるピークの高さや面積を解析する場合は、下限はベースラインのノイズの影響を配慮して信頼できる値を設定する必要があり、下限値となる測定値を4000カウント以上にした。
2.試料原液の準備
この実験に用いた試料原液は、次の過程で生成された。すなわち、生体試料より抽出したゲノム核酸(鋳型)0.1μgにプライマーを各1.0pM加え、また、10nMのヌクレオチド3リン酸(dNTP)、10μMのトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、50mMのKCl、1.5mMのMgCl、0.001%(w/v)のゼラチン、1.25unitのTaq核酸ポリメラーゼ(Perkin Elmer社)を加え、全液量を25μlとした。そして、この溶液について、以下の条件でPCRを行った。PCR増幅の条件は、95℃で12分間の初回変性の後、95℃で30秒、57℃で80秒及び72℃で30秒を1サイクルとして35サイクル、その後、72℃で7分間の伸長反応を行う条件とした。
3.分析用の試料溶液の調整
分析用の試料溶液の調整は、次に示す手順で試薬と試料が添加されるが、添加する順序はこの例に限定されない。分析用の微量容器にDNAの変性剤であるFormamid 34μlにサイズ標準マーカとなる4nMのTAMRA size standard(ABI社)を1.0μl添加し、DNA増幅産物の原液を1.0μl加え、表1の結果に示す7種類の異なる濃度のEDTA溶液(試料導入調製用物質:試料と同じ極性の電荷を持った物質)を用意し、それぞれ等量(8μl)加え、総量44μlに調整した。
3.SSCP電気泳動と試料解析結果
調整後の試料に対して試料導入条件として電圧20kV時間5秒、泳動条件として電圧15kV、時間70分間でSSCP電気泳動を行った。このときの試料のピーク高さとEDTA濃度変化によるピーク減少率を表1に示す。
【表1】

これらの結果より、添加したEDTA濃度に比例して、ピークの減少率が大きくなっていることが分かる。つまり、異なる濃度の試料導入調製用物質を用意し、そのうち適切な濃度の上記物質の溶液を添加することで、試料導入量が調整可能となる。例えば、試料の濃度を調べることにより、試料原液の濃度が測定レンジの約2倍(約120000カウント)になることが予測されたとき、このSSCP電気泳動解析において、有効な測定レンジは4000〜65000であるため、12.5mM以上100mM以下のEDTAを8μl添加することにより、試料を測定レンジ内で測定することが可能となる。
5.測定レンジ外の試料の再解析
また、このSSCP電気泳動解析において、有効な測定レンジは4000〜65000である。従って、この表ではNo.5とNo.6のピーク高さは測定レンジの下限より低いため、再解析を行う必要がある。このとき、前者(No.5)は試料原液を2倍以上、後者(No.6)は試料原液を4倍以上加えればよいため、保持されていた試料原液を前者は2μl加え、後者は4μl加え、同じ条件で再解析を行った。この結果を表2に示す。
【表2】

この表の結果より、この方法は試料原液を希釈していないため、ピークが低い場合は試料原液を少量加えるだけで再解析可能である。このため、原液を保持せずに直接希釈して使用する場合と比べて、原液を再調整する時間と労力およびコストを短縮することが可能となった。
【実施例2】
実施例2では、試料導入量の調整を行う場合は、その調整物質(電荷を持った物質)を濃度一定にして、試料の測定濃度に応じて調整物質を、量を変えて必要量加える。
1.分析用の試料溶液の準備
ここでは、次に示す順に試薬と試料を添加するが、添加する順序はこの例に限定されない。分析用の微量容器に、DNAの変性剤であるFormamidを34μl、サイズ標準マーカとなる4nMのTAMRA size standard(ABI社)を1.0μl添加し、DNA増幅産物の原液を1.0μl加え、100mMの試料調整用物質(試料と同じ極性の電荷を持った物質)の溶液を試料濃度に合わせて加えた。
2.電気泳動による試料導入および解析
調整試料溶液に対して、試料導入条件として電圧20kV時間5秒、泳動条件として電圧15kV、時間70分間でSSCP電気泳動を行った。このときの試料のピーク高さを表3に示す。
【表3】

この表の結果より、高濃度EDTAの添加量を増やすことで、ピーク高さを測定レンジ内に収めることが可能であることがわかる。つまり、高濃度の電荷を持つ物質の溶液を用意し、適切な量を添加することで、導入量が調整可能となる。例えば、試料の濃度を調べることにより、試料原液の濃度が測定レンジの約2倍(約120000カウント)になることが予測されたとき、このSSCP電気泳動解析において、有効な測定レンジは4000〜65000であるため、100mMのEDTAを2μl添加するだけで、試料を測定レンジ内で測定することが可能となる。
3.測定レンジ外の試料の再解析
また、このSSCP電気泳動解析において、有効な測定レンジは4000〜65000である。従って、この表ではNo.1のピーク高さは測定レンジより低く、No.7のピーク高さは測定レンジより高いため、再解析を行う必要がある。このとき、前者は試料原液を2倍以上加えればよいため、保持されている試料原液を2μl加え、後者はピーク高さを1/4以下にしたいため、100mM EDTAを4μl加え、同じ条件で再解析を行った。この結果を表4に示す。
【表4】

この表の結果より、この方法は試料原液が保持されているため、ピークが低い場合は試料原液を少量加えることで再解析可能であり、ピークが高い場合は試料と同じ電荷を持った物質を少量添加するだけで再解析を行うことができる。このため、再解析における希釈工程を短縮することが可能となった。
本実施例の効果は、次の通りである。
(1)極微量の液体(試料の原液や電荷を持った物質)を添加することで、導入量を大幅に調整できる。
(2)微量容器に液体を添加する手順のみで(分取や希釈を行わずとも)調整でき、これにより導入量の調整が簡便となる。
(3)さらに多数試料を同時調整する場合でも、希釈工程を短縮したため短時間で処理することができる。
(4)また、試料調整を含めた自動分析装置で、本調整法を適用した場合、希釈工程に必要な動作とスペースを省略することが可能となる。
(5)さらに、測定の結果が測定範囲外のため再解析を行う場合、試料の希釈または濃縮などの動作をしなくても、試料原液または電荷を持った物質の溶液を添加する動作のみで試料導入量を測定範囲内に調整することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、極微量の液体(試料の原液や電荷を持った物質)を添加することで、導入量を大幅に調整できる。また、微量容器に液体を添加する手順のみで(分取や希釈を行わずとも)調整でき、これにより導入量の調整が簡便となる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
帯電した試料を分析装置に電気的に導入して分析を行う方法であって、前記試料を含む溶液に試料導入量調整のための電荷を持った物質を添加し、この電荷を持った物質の添加量を調節することにより、前記試料の前記分析装置への導入量を調整する試料の分析方法。
【請求項2】
請求項1において、前記電荷を持った物質は、前記試料の前記分析装置への導入量を抑制する働きを有し、この試料導入量の調整により試料の希釈液に代わる電気的な濃度調整が行われる試料の分析方法。
【請求項3】
請求項1において、前記試料の前記分析装置への導入量が多い場合には、前記電荷を持った物質を増量することにより前記試料の溶液を再調整し、この再調整により前記分析装置への前記試料の導入量を減じる試料の分析方法。
【請求項4】
請求項1において、前記試料の前記分析装置への導入量が多い場合には、前記電荷を持った物質を増量することにより前記試料の溶液を再調整し、前記試料の導入量が少ない場合には、試料原液を増量することにより前記試料の溶液を再調整して、前記分析装置への前記試料の導入量を調整する試料の分析方法。
【請求項5】
請求項1において、第1回目の試料の分析により分析値が測定レンジの上限値よりも高い濃度であるときに、前記電荷を持った物質を前記試料の溶液に添加することにより、前記分析装置への前記試料の導入量を減じて再分析を行う試料の分析方法。
【請求項6】
請求項1において、前記試料導入量調整用の電荷を持った物質の溶液は、濃度別に複数用意され、試料の測定値が測定レンジの上限値を超えるときに、その測定値に応じて好ましい濃度の前記電荷を持った物質を選択して試料溶液に添加する試料の分析方法。
【請求項7】
請求項1において、前記試料導入量調整用の電荷を持った物質の溶液は、一定濃度のものが用意され、試料の測定値が測定レンジの上限値を超えるときに、その測定値に応じて前記電荷を持った物質を、量を変えて試料溶液に添加する試料の分析方法。
【請求項8】
請求項1において、溶媒と試料原液とを混合する試料溶液の調整時に試料原液のおよその濃度を測定して、その原液の濃度から調整後の試料溶液の濃度を推定して、分析装置への試料導入量が多いと判定した場合には、前記試料導入量調整用の電荷を持った物質を前記試料溶液に添加する調整工程と、前記調整された試料溶液を分析した結果、試料導入量が未だ多いと判定した場合に前記電荷を持った物質を前記試料溶液に加えて再調整する工程とを有する試料の分析方法。
【請求項9】
請求項1において、前記分析装置がキャピラリー電気泳動装置である試料の分析方法。
【請求項10】
請求項1において、前記試料が核酸などの生体試料である試料の分析方法。
【請求項11】
請求項1において、前記電荷を持った物質がエチレンジアミン四酢酸,エチレングリコールビス四酢酸である試料の分析方法。
【請求項12】
帯電した試料を分析部に電気的に導入する試料導入部と、試料の導入量を調整するために電荷を持った物質を試料の溶液に添加する試料導入量調整部とを、備えている試料の分析装置。
【請求項13】
請求項12において、試料濃度を測定し、その測定結果を基にして前記電荷を持った物質の添加量を算出する演算部を備えた試料の分析装置。
【請求項14】
請求項12において、試料濃度を測定し、その測定結果を基にして前記電荷を持った物質の添加が必要か否かの判定と添加量を算出する演算部を備え、前記試料導入量調整部は、前記算出の結果を基づき、前記電荷を持った物質の最適な量を試料の溶液に添加する機能を有する試料の分析装置。
【請求項15】
請求項12において、前記試料の濃度が測定レンジの上限値を超える場合に、試料導入量調整用の前記電荷を持った物質を前記試料の溶液に添加し、測定レンジの下限値を下回る場合に、試料原液を前記試料の溶液に追加する試料の分析装置。
【請求項16】
核酸断片の導入方法であって、
核酸断片濃度を調整した試料溶液より、電気泳動装置の泳動路へ、核酸断片を電気的に導入し、核酸断片を電気泳動分析し、
核酸断片の導入量が多い場合、負電荷の試料調整用物質を試料溶液に加えて核酸断片濃度を再調整する方法。
【請求項17】
請求項16記載の核酸断片の導入方法であって、
前記負電荷の試料調整用物質が、EDTA及び/又はEGTAを含む方法。
【請求項18】
請求項16記載の核酸断片の導入方法であって、
核酸断片の電気泳動分析結果が電気泳動装置の測定レンジの上限値を上回る場合に、負電荷の試料調整用物質を試料溶液に加えて核酸断片濃度を再調整する方法。
【請求項19】
請求項16記載の核酸断片の導入方法であって、
前記核酸断片が、細胞又は微生物より抽出した核酸、PCRで増幅した核酸断片、若しくは合成核酸である方法。

【国際公開番号】WO2005/083414
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【発行日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−519071(P2006−519071)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002416
【国際出願日】平成16年2月27日(2004.2.27)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】