説明

試料分析方法及び試料分析装置

【課題】 波長分散形X線分光器及びエネルギー分散形X線分光器を用いて試料分析を行うに際して、波長分散形X線分光器による試料分析を効率良く行うことのできる試料分析方法及び試料分析装置を提供する。
【解決手段】 試料7に電子線12を照射し、電子12線の照射により試料7から発生する特性X線13をWDS8により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行うに際して、該特性X線ピークの検出位置での特性X線13のバックグランド強度を、試料7上の対応する分析位置におけるEDS11により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、WDS8により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形X線分光器により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行う試料分析方法及び試料分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)の構成を備える試料分析装置においては、集束された電子線(電子プローブ)を試料に照射し、この電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形X線分光器(WDS)により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行う。
【0003】
この特性X線強度の測定結果に基づいて、試料の分析位置における定量分析を行うことができる。
【0004】
波長分散形X線分光器により分光された特性X線のピークプロファイルの一例を、図1に示す。
【0005】
同図において、Aは特性X線ピークである。この特性X線ピークAにおいて検出されたピーク強度はIpである。このピーク強度Ipは、該ピークAのピーク位置におけるバックグランド強度Ibを含み、ピーク強度Ipからこのバックグランド強度Ibを差し引いた値Inが、ピークAにおける正味の特性X線強度(net強度)となる。
【0006】
従って、波長分散形X線分光器により分光された特性X線を用いて試料の定量分析を行う際には、特性X線ピークの検出位置でのバックグランド強度を求め、検出されたピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を算出し、該特性X線強度に基づいて定量分析をする必要がある。
【0007】
この場合、特性X線ピークAにおけるバックグランド強度Ibのみを直接検出することは原理的に不可能である。よって、該ピークAのピーク位置に対する短波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度BLと長波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度BHとの平均値を算出し、この平均値を該ピーク位置におけるバックグランド強度Ibとして上記に基づき正味の特性X線強度Inを求めている。
【0008】
また、複数の標準試料により平均原子番号とバックグランドとの関係を求めておき、未知試料の測定にあたってピーク強度のみを測定し、定量補正計算において該測定値から平均原子番号を求めてバックグランドを推定することも考えられている(特許文献1参照)。
【0009】
なお、波長分散形X線分光器を備えると共に、エネルギー分散形X線分光器(EDS)を備える電子プローブマイクロアナライザからなる試料分析装置においては、エネルギー分散形X線分光器による計数値に一定比率を掛け合わせた数値を、波長分散形X線分光器による特性X線ピークにおけるバックグランド成分とすることも検討されている(特許文献2参照)。
【0010】
【特許文献1】特開昭63−313043号公報
【特許文献2】特開昭59−214743号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
波長分散形X線分光器により分光される特性X線のピーク強度を測定すると共に、そのピーク検出位置に対する短波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度及び長波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度の測定を行うには、該短波長側バックグランド位置及び長波長側バックグランド位置に分光結晶を移動させる必要がある。よって、このときの分光結晶の移動時間に伴って測定時間が長くなってしまうという要改善点があった。
【0012】
特に、試料上の所定領域内での多数の分析位置の測定を行う際には、分析位置ごとに分光結晶の上記移動を行う必要があるので、ピーク強度のみを測定するのに対して、非常に長い測定時間を必要としていた。
【0013】
このような要改善点については、波長分散形X線分光器及びエネルギー分散形X線分光器を備える試料分析装置においても同様のことがいえる。なお、上記特許文献2に記載された分析装置は、この要改善点を課題としたものである。
【0014】
本発明も、このような点に鑑みてなされたものであり、波長分散形X線分光器及びエネルギー分散形X線分光器を用いて試料分析を行うに際して、波長分散形X線分光器による試料分析を効率良く行うことのできる試料分析方法及び試料分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明における第1の試料分析方法は、試料に電子線を照射し、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形X線分光器により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行う試料分析方法において、該特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求めることを特徴とする。
【0016】
本発明における第2の試料分析方法は、試料に電子線を照射する照射工程と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器により分光して検出する検出工程と、該検出工程において検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算工程と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出工程とを有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明における試料分析装置は、試料に電子線を照射する照射手段と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器により分光して検出する検出手段と、該検出手段により検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算手段と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出手段とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明においては、波長分散形X線分光器により分光した特性X線のピーク検出位置でのバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引くことにより、正味の特性X線強度を算出する。
【0019】
これにより、波長分散形X線分光器により分光される特性X線のピーク検出位置に対する短波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度及び長波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度の測定を行うことなく、該ピーク検出位置におけるバックグランド強度を求めることができ、波長分散形X線分光器による試料分析を効率良く行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明について説明する。図2は、本発明における試料分析装置を示す概略構成図である。この試料分析装置は、装置本体100と制御システム101とを備えている。
【0021】
同図において、装置本体100の鏡筒5に配置された電子銃1からは、所定の加速電圧により加速された電子線12が試料7に向けて放出される。電子銃1から放出された電子線12は、集束レンズ2及び対物レンズ4によるレンズ作用によって細く集束され、試料7に照射される。これにより、試料7上には、集束された電子線12からなる電子プローブが照射される。
【0022】
このとき、電子線12は、必要に応じて偏向器3によって偏向され、試料7上において指定された分析箇所(分析位置)を照射する。なお、電子銃1、集束レンズ2、偏向器3、及び対物レンズ4により電子光学系5bが構成される。
【0023】
このようにして、試料7上において電子線12が照射された分析箇所からは、特性X線13が発生する。この特性X線13は、分光結晶8a、分光結晶駆動機構9及びX線検出器10からなる波長分散形X線分光器(WDS)8により、分光されて検出される。
【0024】
なお、WDS8は、一つのX線検出器10に対して複数種類の分光結晶8aを備えている。また、図中では、WDS8は一つのみ図示しているが、試料室6内に複数基のWDSが備えられている。これにより、マルチチャンネルの装置が構成され、一基のWDSが一つのチャンネルを構成している。
【0025】
X線検出器10からは、検出された特性X線13に基づく出力信号が信号処理部10aに出力される。信号処理部10aにおいては、当該出力信号に基づく検出信号をデジタルデータとしてバスライン14に出力する。
【0026】
また、上述のように試料7上から発生した特性X線13は、エネルギー分散形X線分光器(EDS)11により分光されて検出される。
【0027】
EDS11からは、検出された特性X線13に基づく出力信号が信号処理部11aに出力される。信号処理部11aにおいては、当該出力信号に基づく検出信号をデジタルデータとしてバスライン14に出力する。
【0028】
ここで、試料7、分光結晶8a、及びX線検出器10は試料室6内に配置されている。試料室6及び鏡筒5の内部は、真空排気系(図示せず)によって真空引きされる。また、試料7は、試料室6内において、図示しない試料ステージに載置されている。
【0029】
さらに、試料室6内には、電子線12の照射に応じて試料7から発生する2次電子等の被検出電子を検出するための電子検出器(図示せず)が設けられている。該電子検出器による被検出電子の検出結果に基づいて、制御システム101は試料像を作成し、その表示部22に該試料像の表示を行う。
【0030】
また、装置本体100には、図示しない光学顕微鏡が配置されており、該光学顕微鏡により試料の光学像を取得することもできる。これにより取得される光学像は、表示部22により表示される。
【0031】
鏡筒5に設けられた電子光学系5bは、駆動部5aにより駆動される。また、試料室6に取り付けられた分光結晶駆動機構9は、モータからなる駆動源等を備え、駆動部9aにより駆動される。これら駆動部5a,9aには、それぞれバスライン14を介して制御部15から駆動信号が供給される。これにより、電子光学系5b及び分光結晶駆動機構9は制御部15により駆動制御されることとなる。
【0032】
さらに、バスライン14には、WDS定量分析部16、マップデータ作成部17、演算部18、データ記憶部19、平均原子番号算出部20、EDS定量分析部21、表示部22が接続されている。これらの構成要素は制御部15により制御され、各構成要素の動作については後述する。なお、制御部15内には、所定の記憶容量を有する記憶エリアが備えられている。
【0033】
また、入力部23がバスライン14に接続されている。この入力部23は、マウス等のポインティングデバイス及びキーボード等からなる。オペレータは、手動操作(マニュアル操作)により入力部23の操作をすることができる。これによる操作信号は、バスライン14を介して制御部15に送られる。
【0034】
さらに、試料7が載置される試料ステージは、ステージ移動機構(図示せず)により移動する。当該ステージ移動機構は、制御部15により駆動制御される。
【0035】
そして、図2に示す駆動部5a,9a、信号処理部10a,11a、バスライン14、制御部15、WDS定量分析部16、マップデータ作成部17、演算部18、データ記憶部19、平均原子番号算出部20、EDS定量分析部21、表示部22、及び入力部23等により制御システム101が構成される。
【0036】
以上が、本発明における試料分析装置の構成である。次に、本発明における試料分析方法について、図3〜図6をも参照して説明する。
【0037】
本発明においては、予めWDSバックグランドデータベースの作成を行っておく。このWDSバックグランドデータベースの作成方法について、図2及び図3を参照して以下に説明する。なお、装置本体100の試料室6内に備えられたそれぞれのWDSについて分光結晶ごと及び特性X線種ごとにデータを個別に取得し、対応するデータベースをWDSバックグランドデータベースとして作成して記憶部19に格納する必要がある。
【0038】
まず、試料室6内に、平均原子番号が既知となっている複数種類の標準試料を配置する。これらの標準試料は、それぞれ異なる単元素から構成される試料を用いることができ、本例では、Si(シリコン:原子番号14)からなる標準試料、Ti(チタン:原子番号22)からなる標準試料、Fe(鉄:原子番号26)からなる標準試料、Cu(銅:原子番号29)からなる標準試料、Mo(モリブデン:原子番号42)からなる標準試料、Cd(カドミウム:原子番号48)からなる標準試料、及びAu(金:原子番号79)からなる標準試料を用意する。これらの標準試料は試料ステージ上に載置される。
【0039】
なお、このような単元素からなる標準試料の他に、組成が既知である化合物や合金等からなる試料を標準試料として用いてもよい。組成が既知であれば、その試料の平均原子番号が特定できるからである。
【0040】
それぞれの標準試料は、試料ステージ上において、異なる位置に配置されている。試料ステージ上における各標準試料の位置は、データ記憶部17に記憶されている。
【0041】
この状態で、入力部23を介してWDSによる測定条件を選択入力する。この測定条件は、例えば電子銃1から放出される電子線12の加速電圧等が該当する。一例として、電子線12の加速電圧として、10kV、15kV、20kV、25kV、及び30kVの5条件を選択入力する。当該各測定条件は、入力部23から制御部15の記憶エリアに一時記憶される(ステップS1)。
【0042】
ここで、これら各加速電圧条件に対応する電子光学系5bの駆動条件(電子銃1の駆動条件、各レンズ等の駆動条件等)は、データ記憶部19に予め格納されている。
【0043】
次に、試料ステージ上における各標準試料について、どの標準試料を使用するかを入力部23を介して選択入力する。本例においては、上述したSiの標準試料、Tiの標準試料、Feの標準試料、Cuの標準試料、Moの標準試料、Cdの標準試料、及びAuの標準試料をそれぞれ使用するものとし、これら各標準試料を選択入力する。当該入力情報は、入力部23から制御部15の記憶エリアに一時記憶される(ステップS2)。
【0044】
その後、上記により選択された各標準試料についてのWDSバックグランド強度の測定(ステップS3)及びデータベースの作成(ステップS4)を実行する。
【0045】
すなわち、まず制御部15の駆動制御により、試料ステージが移動して、試料ステージ上のSiの標準試料を電子線12により照射される位置に移動する。当該試料ステージの移動は、データ記憶部19に記憶されているSiの標準試料の試料ステージ上での配置位置に基づいて実行される。
【0046】
この状態で、制御部15の駆動制御に基づき、10kVの加速電圧により加速された電子線12が電子光学系5bにより該標準試料に照射される。該電子線12が照射された該標準試料からは、特性X線が発生する。
【0047】
このとき、分光結晶駆動機構9により分光結晶8aの移動を行い、後述する面分析測定において分析対象となる元素iのうちの第1の元素の特性X線ピーク検出位置に分光結晶8aを位置させる。
【0048】
この状態にて検出されるX線強度を、X線検出器10及び信号処理部10aを介して測定する。これにより測定されたX線強度は、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号14(Siの原子番号に対応)の試料分析点(分析箇所)において検出される当該第1の元素の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度として、データ記憶部19に記憶される。
【0049】
次いで、制御部15の駆動制御により、試料ステージが移動し、試料ステージ上のTiの標準試料を電子線12により照射される位置に移動する。当該試料ステージの移動は、データ記憶部17に記憶されているTiの標準試料の試料ステージ上での配置位置に基づいて実行される。
【0050】
この状態で、制御部15の駆動制御に基づき、10kVの加速電圧に加速された電子線12が電子光学系5bにより該標準試料に照射される。該電子線12が照射された該標準試料からは、特性X線が発生する。
【0051】
このとき、分光結晶8aは、上記と同様に、第1の元素の特性X線ピーク検出位置に位置した状態としておく。
【0052】
この状態にて、X線検出器10及び信号処理部10aを介してX線強度を測定する。これにより測定されたX線強度は、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号22(Tiの原子番号に対応)の試料分析点において検出される当該第1の元素の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度として、データ記憶部19に記憶される。
【0053】
以降、上記と同様にして、Feの標準試料、Cuの標準試料、Moの標準試料、Cdの標準試料、及びAuの標準試料について、それぞれX線強度を測定する。これにより測定された各X線強度は、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号が26(Feの原子番号に対応),29(Cuの原子番号に対応),42(Moの原子番号に対応),48(Cdの原子番号に対応),79(Auの原子番号に対応)の各試料分析点において測定される当該第1の元素の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度として、データ記憶部19に記憶される。上記動作の後、電子線12の照射を一旦停止する。
【0054】
その後、制御部15の駆動制御により試料ステージを移動し、試料ステージ上のSiの標準試料を電子線12により照射される位置に再び移動する。
【0055】
さらに、分光結晶駆動機構9により分光結晶の移動を行い、面分析測定において分析対象となる元素iのうちの第2の元素の特性X線ピーク検出位置に分光結晶8aを位置させる。その後、上記と同様に加速電圧が10kVの電子線12を該標準試料に照射する。
【0056】
この状態で、X線検出器10及び信号処理部10aを介してX線強度を測定する。これにより測定されたX線強度は、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号14の試料分析点において測定される当該第2の元素の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度として、データ記憶部19に記憶される。
【0057】
以降、Tiの標準試料、Feの標準試料、Cuの標準試料、Moの標準試料、Cdの標準試料、及びAuの標準試料について同様の動作を行い、それぞれX線強度を測定する。これにより測定された各X線強度は、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号が22,26,29,42,48,79の各試料分析点において測定される当該第2の元素の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度として、データ記憶部19に記憶される。上記動作の後、電子線12の照射を一旦停止する。
【0058】
これ以降、面分析測定において分析対象となる元素iのうちの第3の元素,第4の元素,…の特性X線ピークの検出位置に分光結晶8aを順次位置させたときのSiの標準試料、Tiの標準試料、Feの標準試料、Cuの標準試料、Moの標準試料、Cdの標準試料、及びAuの標準試料について、それぞれX線強度を測定する。これにより、電子線12の加速電圧が10kV時での平均原子番号が14,22,26,29,42,48,79の各試料分析点において測定される当該第3の元素,第4の元素,…の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度が取得され、それらのデータはデータ記憶部19に記憶される。以上は、電子線12の加速電圧が10kVに設定したときのプロセスである。
【0059】
なお、上述した第1の元素,第2の元素,…の特性X線ピークに含まれるバックグランド強度の取得において、該標準試料を構成する元素と第nの元素とが一致する(該標準試料を構成する元素の原子番号と第nの元素の原子番号とが一致する)ときには、分光結晶8aによる当該第nの元素のX線強度の測定は行わずにスキップし、該標準試料を使用した状態で、次の第n+1の元素のX線強度の測定に移る。該標準試料を用いて分光結晶8aが第nの元素の特性X線ピーク位置に位置させた状態で測定されるX線強度は、当該第nの元素の特性X線ピークに相当し、求めたいバックグランド強度は測定できないからである。
【0060】
さらにこれ以降、電子線12の加速電圧を15kV,20kV,25kV,及び30kVに順次設定していき、これら各加速電圧の設定時において上述と同様のプロセスを実行する。上記動作の後、電子線12の照射を停止する。
【0061】
これにより、電子線12の加速電圧が10kV,15kV,20kV,25kV,及び30kVの各設定時での、平均原子番号が14,22,26,29,42,48,79の各試料分析点において測定される当該第1の元素,第2の元素,…の特性X線ピーク位置におけるX線強度が得られ、それらのデータの集合はデータベースとしてデータ記憶部19に記憶される。
【0062】
このとき、当該各データに基づくデータテーブルの形式でデータ記憶部19に記憶させておく。さらに、演算部18により近似曲線を表す数式(近似式)を求め、当該数式をデータベースとしてデータ記憶部19に記憶させるようにしてもよい。
【0063】
ここで、上記データベースの一例について、図6を用いて説明する。図6に示すグラフは、電子線加速電圧が20kVの場合での平均原子番号に対応するバックグランド強度を近似曲線として示したものである。
【0064】
同図中、Cr,La,Ca,K,Clは、面分析測定において分析対象となる元素iの一部の例であり、Cr−Kα,La−Lα,Ca−Kα,K−Kα,Cl−Kαは、当該各元素の特性X線種を示す。
【0065】
各特性X線種に対応して、分光結晶8aによる分光位置(特性X線ピーク検出位置)が特定されており、上述の工程においては、これら各特性X線種に応じた特性X線ピーク検出位置に分光結晶8aが順次位置してX線強度の測定が行われている。
【0066】
上述により、電子線加速電圧が10kV,15kV,20kV,25kV,及び30kVの各設定時における平均原子番号が14,22,26,29,42,48,79の各試料分析点において測定される第1の元素,第2の元素,…の特性X線ピーク位置におけるX線強度の各データから、電子線加速電圧が10kV,15kV,20kV,25kV,及び30kVの各場合についての任意の平均原子番号に対応するバックグランド強度のデータベースが得られる。当該各データベースはデータ記憶部19に格納される。
【0067】
上述したWDSバックグランドデータベースの作成を予め実行した後に、分析対象の試料についての面分析測定が行われる。この面分析測定について、図2、図4、及び図5を参照して説明する。
【0068】
なお、当該面分析測定において、装置本体100の試料室6内には分析対象となる試料7が配置される。該試料7は、試料室6内において、上記試料ステージ上に載置されている。
【0069】
まず、図4に示す前工程を実行する。すなわち、オペレータによる入力部23の操作により、WDSによる面分析測定条件の入力を行う。本例では、電子線12の加速電圧を選択入力するものとし、例えば、20kVの電子線加速電圧を面分析条件として入力する(ステップS11)。
【0070】
また、EDSによる面分析測定条件の入力が行われる。本例では、WDSによる測定とEDSによる測定とが同時に行われるので、EDSによる面分析測定条件として、WDSでの条件と同一の条件(この例では、20kV)が設定されることとなる(ステップS12)。
【0071】
上記の条件に基づいて、電子線12を試料7に照射する。当該照射により試料7から発生する2次電子等の被検出電子を電子検出器(図示せず)により検出し、制御システム101は当該検出に基づく試料像を作成して表示部22により表示する。オペレータは、表示部22に表示された該試料像を目視にて確認しながら入力部23を操作することにより、試料7上における測定領域(分析領域)の設定を行う(ステップS13)。
【0072】
なお、当該ステップS13は、試料7の光学像に基づいて行うようにしてもよい。
【0073】
その後、WDS・EDS同時測定を実行する。すなわち、試料7上の該測定領域において、所定の複数の測定位置(分析点)に電子線12を順次照射し、これにより各測定位置から発生する特性X線13を、WDS8及びEDS11を用いて検出する(ステップS14)。
【0074】
そして、WDS8により検出された特性X線13の検出信号は、信号処理部10aを通じてバスライン14に送られる。バスライン14に接続されたマップデータ作成部17は、該検出信号に基づいて、WDSによるピーク強度マップデータを作成する。該ピーク強度マップデータは、データ記憶部19に格納される。なお、該マップデータにおけるピーク強度にはバックグランド強度が含まれており、正味の特性X線強度にバックグランド強度が付加されたものとなっている。
【0075】
また、EDS11により検出された特性X線13の検出信号は、信号処理部11aを通じてバスライン14に送られる。バスライン14に接続されたEDS定量分析部21は、該検出信号に基づいて、スペクトルマップデータを作成するとともに定量分析もしくは半定量分析を実行し、主要な構成元素についての定量分析値に基づく定量マップデータを作成する。該定量マップデータは、該定量分析値からなり、データ記憶部19に格納される(ステップS15)。
【0076】
その後、EDS測定に基づく平均原子番号マップデータの作成が行われる(ステップS16)。
【0077】
すなわち、まず上記定量マップデータは、データ記憶部19から定量分析値のデータごとに読み出され、平均原子番号算出部20に送られる。平均原子番号算出部20は、該データに基づいて、上記測定領域内の測定位置ごとの平均原子番号の算出を行う。この算出は、以下の演算により行われる。
【0078】
すなわち、EDSにおいて測定された元素A,B,C,…の原子番号をZ,Z,Z,…とし、またこれら各元素の規格化された質量濃度をC,C,C,…として、測定位置(x,y)における平均原子番号Z(x,y)を、次式により算出する。
【0079】
Z(x,y)=Σ(C) 〔t=A,B,C,…〕
上記演算式により、平均原子番号算出部20は、各測定位置ごとに平均原子番号を算出する。これにより、各測定位置に対応して算出された平均原子番号のデータはマップデータ作成部17に送られる。マップデータ作成部17は、平均原子番号マップデータの作成を行う。以上が、ステップS16において実行されるプロセスである。
【0080】
その後、上記前工程に引き続いて、図5に示す後工程が実行される。
【0081】
まず、制御部15による制御により、分析対象となる元素iについてのWDSピーク強度マップデータ(上記前工程において取得済み)をデータ記憶部19から呼び出し(ステップS21)、測定領域内での測定位置(x,y)のWDSピーク強度データ(上記前工程において取得済み)の読み出しを行う(ステップS22)。
【0082】
さらに、対応する各測定位置(x,y)におけるEDSによる平均原子番号データをデータ記憶部19から読み出す(ステップS23)。
【0083】
また、前述したステップS4により作成されてデータ記憶部19に格納されているバックグランドのデータベースが読み出される。この場合、本例での分析時の電子線加速電圧は20kVであるので、電子線加速電圧が20kVのときの平均原子番号に対するバックグランドのデータベースを読み出す(ステップ24)。
【0084】
これらステップS22、ステップS23、及びステップS24において読み出された各データは、演算部18に送られる。演算部18は、まずステップS23において読み出された該平均原子番号データとステップS24において読み出された該バックグランドのデータベースとに基づいて、上記元素iについてのWDSにおけるバックグランド強度(WDSバックグランド強度)を求める。このバックグランド強度を求める際には、当該元素iに対応する特性X線種のデータにおける平均原子番号とバックグランド強度との関係から当該バックグランド強度を演算する。
【0085】
さらに、演算部18によって、ステップS22において読み出されたWDSピーク強度データから、上記により求められたWDSバックグランド強度を差し引くことにより、WDSによる正味の特性X線強度の算出を行う(ステップS26)。
【0086】
そして、上述したステップS22からステップS26までの各工程について、測定領域における全ての測定位置(x,y)について実行し(ステップS27)、全ての分析対象元素についての上記各工程の実行を行う(ステップS28)。
【0087】
これにより、試料7上の測定領域における全ての測定位置(x,y)において、分析対象元素全てについての正味の特性X線強度(net強度)を求めることができる。
【0088】
当該net強度のデータはマップデータ作成部17に送られて、net強度のマップデータが作成される。これにより作成されたnet強度のマップデータはWDS定量分析部16に送られて、公知の定量分析(ZAF定量補正法等)が行われる。当該定量分析の結果は、表示部22により表示される。
【0089】
なお、上記の例では、電子線加速電圧が20kVの設定における実施例であったが、電子線加速電圧を10kV、15kV、25kV、又は30kVとした場合でも用いることができる。この場合は、ステップS11及びステップS12において設定される電子線加速電圧を、その使用される加速電圧とし、ステップS24において読み出されるWDSバックグランド強度データ(バックグランドのデータベース)を対応する該加速電圧ものとすればよい。
【0090】
また、上記の各加速電圧値の間にある加速電圧(例えば、12kV,17kV等)を電子線加速電圧とする場合には、上記データに基づく補間法を適用することにより、該当するバックグランド強度を求めることができる。
【0091】
このように、本発明における試料分析方法は、試料に電子線を照射し、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形X線分光器(WDS)により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行う試料分析方法において、該特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器(EDS)により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求めている。
【0092】
さらに、本発明における試料分析方法は、試料に電子線を照射する照射工程と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器(WDS)により分光して検出する検出工程と、該検出工程において検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器(EDS)により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算工程と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出工程とを有している。
【0093】
上記試料分析方法では、試料の平均原子番号に対する前記バックグランド強度のデータに基づいて、前記バックグランド強度を求めている。
【0094】
また、本発明における試料分析装置は、試料に電子線を照射する照射手段と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器(WDS)により分光して検出する検出手段と、該検出手段により検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器(EDS)により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算手段と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出手段とを有している。
【0095】
上記試料分析装置においては、試料の平均原子番号に対する前記バックグランド強度のデータを記憶する記憶手段を備え、該データに基づいて前記演算手段が前記バックグランド強度を求めている。
【0096】
このように、本発明においては、波長分散形X線分光器により分光した特性X線のピーク検出位置でのバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引くことにより、正味の特性X線強度を求める。
【0097】
これにより、波長分散形X線分光器により分光される特性X線のピーク検出位置に対する短波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度及び長波長側バックグランド位置におけるバックグランド強度の測定を行うことなく、該ピーク検出位置におけるバックグランド強度を求めることができ、波長分散形X線分光器による試料分析を効率良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】波長分散形X線分光器により分光された特性X線のピークプロファイルの一例を示す図である。
【図2】本発明における試料分析装置を示す概略構成図である。
【図3】WDSバックグランドデータの作成方法を説明する図である。
【図4】WDSでの面分析測定における前工程を説明する図である。
【図5】WDSでの面分析測定における後工程を説明する図である。
【図6】バックグランド強度のデータベースを説明する図である。
【符号の説明】
【0099】
1…電子銃、2…集束レンズ、3…偏向器、4…対物レンズ、5…鏡筒、5a…駆動部、5b…電子光学系、6…試料室、7…試料、8…波長分散形X線分光器(WDS)8、8a…分光結晶、9…分光結晶駆動機構、9a…駆動部、10…X線検出器、10a…信号処理部、11…エネルギー分散形分光器(EDS)、11a…信号処理部、12…電子線、13…特性X線、14…バスライン、15…制御部、16…WDS定性・定量分析部、17…マップデータ作成部、18…演算部、19…データ記憶部、20…平均原子番号算出部、21…EDS定量分析部、22…表示部、23…入力部、100…装置本体、101…制御システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に電子線を照射し、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形X線分光器により分光して検出し、これによる特性X線ピークの検出位置における特性X線強度の測定を行う試料分析方法において、該特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求め、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピークの検出位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求めることを特徴とする試料分析方法。
【請求項2】
試料に電子線を照射する照射工程と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器により分光して検出する検出工程と、該検出工程において検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算工程と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出工程とを有する試料分析方法。
【請求項3】
試料の平均原子番号に対する前記バックグランド強度を示すテーブル若しくは数式に基づいて、前記バックグランド強度を求めることを特徴とする請求項1又は2記載の試料分析方法。
【請求項4】
試料に電子線を照射する照射手段と、電子線の照射により試料から発生する特性X線を波長分散形分光器により分光して検出する検出手段と、該検出手段により検出された特性X線ピークの検出位置での特性X線のバックグランド強度を、試料上の対応する分析位置におけるエネルギー分散形X線分光器により測定された特性X線強度に基づく定量分析値によって算出された平均原子番号に基づいて求める演算手段と、波長分散形X線分光器により検出された特性X線ピーク位置でのピーク強度から該バックグランド強度を差し引いて正味の特性X線強度を求める算出手段とを有する試料分析装置。
【請求項5】
試料の平均原子番号に対する前記バックグランド強度を示すテーブル又は数式のデータを記憶する記憶手段を備え、該データに基づいて前記演算手段が前記バックグランド強度を求めることを特徴とする請求項4記載の試料分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−122267(P2008−122267A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−307592(P2006−307592)
【出願日】平成18年11月14日(2006.11.14)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】