説明

試料添加確認方法

【課題】体液に由来する検体試料を反応容器内で希釈または溶解する処理を必要とする分析において、試料を希釈液または溶解液に添加する際に、検体試料の添加の有無を目視により確認する手段を提供する。
【解決手段】グルコースを基質とした呈色反応を用いて検体試料中のグルコースを検出することで、希釈液または溶解液に検体試料が添加されたことを確認する方法である。呈色反応は、グルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼのいずれかの酵素を介して行われることからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希釈液または溶解液への試料添加の有無を確認する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な分析及び検査における前処理として試料を希釈または溶解する機会が多い。反応容器内において希釈液または溶解液に対し試料を添加する場合、試料の量が十分であれば添加の有無は容易に判断できる。しかしながら試料の量が微少である場合、試料添加を目視により確認することは難しい。
【0003】
特に臨床化学の分野においては微量の試料を用いる機会が多く、試料添加の有無を確認する方法が望まれている。例えばマイクロプレートのウェル内で試料を希釈する場合、先に希釈液を入れ、次に微量の試料を入れる。この時、試料が添加されたかを確認するのは困難である。また、試料添加の有無を確認することが目的であるが、確認方法はその後に行われる検査等に影響を与えない方法である必要がある。
【0004】
検体分注確認方法として幾つか特許が出されている。代表的な方法としてpH指示薬を用いる方法がある。このようにpH指示薬を用いる方法では、検体量が微量の場合、呈色反応の色調変化が顕著でない場合がある。また、pH指示薬を用いる場合、特定のpHにしなければならないため、目的の測定反応を阻害する場合がある(特許文献1:特開平5−52853号公報)。
【0005】
また、検体に加えられた安定化剤の有無を定性、定量することにより検体添加の有無を確認する方法がある。この方法では検体に安定化剤を加えるという前処理が必要となり、上記のようにマイクロプレート内で直接希釈する際は不便である。また、種々の安定化剤には測定に影響を与える物質も存在するため、使用できない場合がある。(特許文献2:特開平5−264414号公報)。
【0006】
血中グルコース濃度は空腹時の健常者で70〜109mg/dLであり、血中成分として豊富に存在する物質の1つである。また採血後は次第に分解され、その濃度は低下していく。そのためグルコースを分析対象として正確に測定する工夫がなされてきた。
【0007】
グルコース測定試薬はグルコース濃度を迅速且つ正確に測るため、フッ化ナトリウムのようなグルコース安定化剤を添加する等の改良がなされてきた。また、主に定量分析のためにグルコース濃度の高感度測定を目標としてきた(特許文献3:特開2000−262299)
しかしながらグルコースは専ら正確に測定する対象であり、検体試料の有無の指標としてグルコースが対象として鑑みられることはなかった。
【特許文献1】特開平5−52853号公報
【特許文献2】特開平5−264414公報
【特許文献3】特開2000−262299号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、体液に由来する検体試料の分析において、希釈液または溶解液に試料が正しく添加されたか否かを確認する簡便な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、グルコースが一般的に生体検体試料中に存在することに基き、これを検体試料の添加を判断するための指標とすることにした。前述の通り、グルコースは安定化剤がなければすぐに分解されるため、時間が経つことで、試料の有無の確認が困難となる可能性があると思われた。しかし、本発明者らが分析したところ、一般の検体で安定化剤がない状態でも数日間は検体中に存在し、検体試料の有無の指標としては十分良好であることが確認された。
【0010】
本発明は、反応容器内の希釈液または溶解液に対しグルコースを含む検体試料を添加して混合する際に、グルコースを基質とした呈色反応の色調変化によりグルコースの存在を検出することで希釈液または溶解液への試料添加を確認することを特徴とする、試料添加確認方法である。
【発明の効果】
【0011】
上記手段によれば、グルコースの呈色反応を利用することによって試料の量が微少であっても、試料の有無を目視で容易に確認することができる。
【0012】
さらに、その確認方法自体が後に行われる検査、分析に影響を与えない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明の試料添加の有無を確認する方法は、グルコースを含む試料に対しグルコースを基質とした反応で呈色させることにより概略構成される。ここで、「グルコースを含む」とは、目的の分析・測定系で分析される対象物以外に、試料がグルコースを含むという意味である。試料中に含まれるグルコースの濃度は特に限定されない。本発明におけるグルコースの呈色反応は定量や定性分析を目的とするものではないので、試料中に存在するグルコースの濃度に合わせて呈色反応の起こる溶液中の物質の量を増減することで呈色が生じる組成となるような条件にすれば目的は達せられるからである。
【0015】
対象となる試料は、体液に由来する検体試料であり、体液の例としては、血液、血漿、血清、唾液、尿などが挙げられる。試料としては、元からグルコースが含まれている試料でも良いし、前処理によりグルコースを添加若しくはグルコースを生成しそれを含む試料でも良い。元からグルコースが含まれている試料としては血清検体が例としてあげられる。血中グルコース濃度は空腹時の健常者で70〜109mg/dLである。前処理によりグルコースを生成しそれを含む試料とは、例えば、糖分解酵素を作用させてグルコースを生成するような、グルコースを構成単位とする多糖やオリゴ糖を含む試料である。
【0016】
本発明の方法は、検体試料を反応容器内で希釈または溶解する際にグルコースの呈色反応を行うために、希釈液または溶解液にグルコース検出用呈色試薬を添加する工程を備えることを特徴とする。一般的に、分析や検査の前処理として希釈または溶解を行う場合、希釈液または溶解液を反応容器に分注しておき、試料を添加する(あるいは、試料を反応容器に入れてから希釈液または溶解液を分注してもよい)。希釈液または溶解液へのグルコース検出用試薬の添加は、希釈液または溶解液を反応容器に分注する前と後のいずれで行ってもよい。
【0017】
本発明において、「グルコース検出用呈色試薬」とは、グルコースを基質とする酵素を介して行われる呈色反応に必要な物質を含む一式の試薬を意味する。グルコースを基質とする呈色反応の例としては、グルコースオキシターゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼを用いる反応がある。
【0018】
グルコースオキシターゼを用いる反応は次の通りである。
【0019】
第1反応ではグルコースを酸素と水の存在下でグルコースオキシターゼにより酸化させ、グルコノラクトンと過酸化水素を生成する。第2反応では、第1反応で生成した過酸化水素を、水素供与体とペルオキシターゼにより反応させ、発色体を生じる呈色反応である。従って、この場合のグルコース検出用呈色試薬は、グルコースオキシダーゼ、水素供与体、ペルオキシダーゼの三種類の物質を含む。水素供与体の組み合わせとしては、フェノール類と4−アミノアンチピリンがあげられる。フェノール類の代表としてはp−クロロフェノール、またフェノール類の代わりに1,7−ジヒドロナフタレン等のナフタレン誘導体、N−エチル−N−2−スルホエチル−m−トルイジンやN,N−ジエチル−m−トルイジン等のトルイジン誘導体、ジヒドロインドール類、テトラヒドロキノリン類、あるいはN−エチル−N−スルホプロピル‐3‐メイトキニアニリンやN−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3−メトキシアニリン等の置換アニリン化合物が挙げられる。4−アミノアンチピリンの代わりとしては、ロイコ色素が使用できる。ロイコ色素としては2−(3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシフェニル)−4−[4−(ジメチルアミノ)フェニル]−5−フェネチルイミダゾールや2−(3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシフェニル)−4−[4−(ジメチルアミノ)フェニル]−5−ベンジルイミダゾールとそれらの塩、2−(3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシフェニル)−4−[4−(ジメチルアミノ)フェニル]−5−フェネチルイミダゾール酢酸塩ロイコ色素等が挙げられる。
【0020】
グルコースデヒドロゲナーゼを用いる反応は次の通りである。
【0021】
第1反応ではグルコースを酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド[NAD(P)]存在下でグルコースデヒドロゲナーゼにより酸化(グルコースは酸化され、NAD(P)は還元される)させ、グルコノラクトンと還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド[NAD(P)H]を生成する。第2反応では、第1反応で生成した[NAD(P)H]が、ジアホラーゼもしくは電子メディエータの作用により、還元系発色色素に水素を供与し色素を生成して、呈色する反応である。従って、この場合のグルコース検出用呈色試薬は、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド[NAD(P)]、グルコースデヒドロゲナーゼ、ジアホラーゼもしくは電子メディエータ、還元系発色色素の四種類の物質を含む。還元型発色色素としては3−(4,5−ジメチル−2−チアゾイル)−2,5−ジフェニル−2H−テトラゾリウム ブロマイド(MTT)や2−(4−ヨードフェニル)−3−(4−ニトロフェニル)−5−(2,4−ジスルフォフェニル)−2H−テトラゾリウム,ナトリウム塩(WST−1)(株式会社 同仁化学研究所)等のテトラゾリウム塩類を使用することが可能である。
【0022】
グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼを用いる反応は次の通りである。
【0023】
第1反応ではグルコースをATP存在下でヘキソキナーゼによりグルコース−6−リン酸に変換する。第2反応では、第1反応で生成したグルコース−6−リン酸を、[NAD(P)]存在下でグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼにより酸化させ、グルコノラクトン−6−リン酸と[NAD(P)H]を生成する。第3反応では、第2反応で生成した [NAD(P)H]が、ジアホラーゼもしくは電子メディエータの作用により、還元系発色色素に水素を供与し色素を生成して、呈色する反応である。従って、この場合のグルコース検出用呈色試薬は、ATP、へキソキナーゼ、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ、[NAD(P)]、ジアホラーゼもしくは電子メディエータ、還元系発色色素の六種類の物質を含む。還元型発色色素としては3−(4,5−ジメチル−2−チアゾイル)−2,5−ジフェニル−2H−テトラゾリウム ブロマイド(MTT)や2−(4−ヨードフェニル)−3−(4−ニトロフェニル)−5−(2,4−ジスルフォフェニル)−2H−テトラゾリウム,ナトリウム塩(WST−1)(株式会社 同仁化学研究所)等のテトラゾリウム塩類を使用することが可能である。
【0024】
上述の呈色反応は、基本原理的にはグルコース濃度の定量に利用される反応と同じであるが、本発明においては、これらの呈色反応はグルコースの正確な定量を目的とせず、且つ、後に行われる検査や分析に影響を与えないことが重要であるため、試料にはフッ化ナトリウムのような解糖阻止剤を加えないことが望ましい。また、定量の場合はグルコース濃度と呈色の濃さが関係するが、本発明においては、あくまでも試料添加の有無の指標としてグルコースを用いるので、呈色の濃さではなく有無が問題となる。従って、本発明においては、呈色がグルコース濃度に依存する必要がなく、望ましくは、呈色反応が飽和状態となっている。さらに、速やかに呈色を確認するために、検体試料の添加後10分以内、またはより好ましくは5分以内には呈色が飽和に達することが望ましい。
【0025】
本発明は、希釈液または溶解液に対する検体試料添加の有無を確認する方法であり、試料を反応容器内で希釈または溶解する処理を必要とする全ての分析や検査において利用可能であり、溶解液・希釈液の種類も問わず、目的とする分析や検査に応じた適当な緩衝液であればよい。しかし、本発明によれば、グルコースの呈色反応により微量の試料の添加を目視で確認できるので、臨床化学の分野における微量の試料を用いた分析や検査に利用される場合に効果が顕著である。
【0026】
本発明の利用に適した分析や検査として、特に、検体中の特定成分の検出や測定を目的として多数の微量の検体を扱うもの、例えばマイクロプレートのウェル内で試料を希釈して抗原抗体反応を行う工程を有するものがあり、好適な例として、ELISA、EIA、RIA法など(自動分析器を含む)が挙げられる。
【0027】
本発明の方法は反応容器への試料添加の有無を確認することを目的としてグルコース呈色反応を利用するが、この反応がその後に同じ反応容器内で行われる分析・検査などの結果に影響を与えないことが重要である。また、グルコースによる呈色が目視で簡便に確認できるように、当該呈色反応が試料と異なる色調となるようにすることが望ましい。以下、具体的な例で説明する。
【0028】
例えば、後述の実施例ではELISAの測定対象物が微量の血清試料中の微量のタンパク質である場合を示しているが、一般的に血清試料ではその溶液が黄色、橙、赤系統の色を有しているところグルコースの呈色反応は青紫色であり、ウェルへの血清試料添加の有無を目視で確認することができるとともに、グルコースの呈色反応自体はその後のELISAの抗原抗体反応とは全く異なる反応でありELISAの発色反応にも干渉しないため、グルコース呈色による試料添加の確認を行った状態で抗原抗体反応の結果も得ることができる。
【0029】
また、ELISAに関する別の例として、発光系を用いるアッセイでは問題がないが、発色系の場合、ELISAで用いられている酵素によっては呈色反応の組み合わせ方では干渉する場合があるのでそれを避ける必要がある。例えば、呈色反応としてグルコースオキシダーゼを用いる場合、この反応ではペルオキシターゼを使用するので、ELISAの発色でペルオキシターゼを採用していると反応に影響がでる。この場合、グルコースデヒドロゲナーゼもしくはグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼを用いる呈色反応にするか、ELISAの発色をアルカリホスファターゼ等にすれば解決される。

以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、これに限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
本発明においてはグルコース濃度を正確に測定する必要はないが、血中のグルコース量は時間経過とともに減少していくので、検体試料の有無の指標として用いることができる程度に十分な量が残存している必要がある。この実施例では、血球成分を分離した血清においては日数が経過しても比較的安定してグルコースが存在することを確認した(表1)。
【0031】
【表1】

【実施例2】
【0032】
本発明におけるグルコース呈色反応は、従来の定量の場合とは異なり、グルコース濃度に依存して色調が変化することは望まれない。そのため呈色反応は飽和状態でなければならない。さらに検体添加の確認という特性のため呈色反応は速やかに行われなくてはならない。この実施例の条件で、呈色反応が速やかに飽和となっていることを確認できた(表2)。
【0033】
【表2】

【実施例3】
【0034】
本発明は検体試料添加の有無を確認する方法であり、呈色反応を示した検体試料が目的の測定系に影響を与えないことが望まれる。臨床検査の腫瘍マーカーとして用いられているα−フェトプロテイン(AFP)の酵素免疫測定法(ELISA法)での実施例を示す。検体添加の有無を呈色により確認するために、希釈液としての緩衝液に10mM リン酸、0.15M NaCl、2.0U/mL グルコースデヒドロゲナーゼ、2.0U/mL ジアホラーゼ、1mM NAD、0.1M MTTを加えた。この緩衝液を容器に200μL分注し、さらに血清検体15μLを添加した。
【0035】
検体添加の1分後より紫色の呈色がはじまり、5分後には濃い紫色を示し、検体試料の添加が確認できた。
【実施例4】
【0036】
次に検体試料添加の有無の確認のためのグルコース呈色反応が酵素免疫測定法に影響を及ぼすかどうかを検証した。図1のグラフが示すように、グルコース呈色反応の有無でAFPの読み取り値を比較した場合、両者に有意差は見られなかった。これにより検体試料添加の確認のための呈色反応は酵素免疫測定に影響を与えないことが分かった。

以上の結果から、希釈液中にグルコース検出用呈色試薬を添加しておくことで、一般的に生体検体試料中に存在するグルコースが反応し、簡単に検体試料添加の有無を確認することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】ELISAでの呈色反応の有無によるAFPの読み取り値の相関を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体液に由来する検体試料を反応容器内で希釈または溶解する処理を必要とする分析において、反応容器内の希釈液または溶解液への検体試料の添加の有無を確認する方法であって、グルコースを基質とした呈色反応を用いて検体試料の添加の有無を確認する、前記方法。
【請求項2】
前記呈色反応を用いて検体試料中に存在するグルコースを検出することにより検体試料が添加されたことを確認する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
希釈液または溶解液にグルコース検出用呈色試薬を添加する工程を備えることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記呈色反応が、グルコースオキシターゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼのいずれかの酵素を介して行われる呈色反応であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記呈色反応の結果を目視で判別することにより試料添加の有無を目視で確認することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
体液が血液、血漿または血清であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−291123(P2009−291123A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−147598(P2008−147598)
【出願日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【出願人】(591061851)株式会社札幌イムノ・ダイアグノスティック・ラボラトリー (5)
【Fターム(参考)】