説明

試料観測装置及び試料観測方法

【課題】 光軸方向の構造を含む操作構造を用い、試料の観測を好適に行うことが可能な試料観測装置及び観測方法を提供する。
【解決手段】 第1基板12及び第2基板14を積層して構成され、第1基板12に設けられた凹状構造部によって基板12、14の間に操作構造15が形成された試料操作素子10と、ステージ50及び試料保持治具54、56によって構成されて操作素子10を保持する素子保持部と、対物レンズ58とによって試料観測装置1Aを構成する。素子保持部は、操作構造15の観測構造部20に対し、基板12、14の積層方向に直交する軸を観測光軸Axとして操作素子10を保持する。また、対物レンズ58は、操作素子10の側面11に対面するように光軸Ax上に配置され、側面11を介して観測構造部20の内部にある試料の観測を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の微小空間内での封止操作、または微小流路内での移動操作などを行う試料操作素子を用いて試料の観測を行うための試料観測装置、及び試料観測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
様々な微量液体の簡便な取扱い、あるいは、その反応プロセスの計測等を目的として、微量液体試料の操作を行うための微小成形加工された操作素子が提案されている。そのような素子の1つとして、PDMS(Polydimethylsiloxane)と呼ばれるシリコーンゴムを材料としたシート状の基板部材を用い、凹状または溝状等の構造が所定のパターンで一方の面に形成されたPDMS基板を他の基板に積層、密着させることで、試料に対する微小な封止構造、流路構造などの操作構造を構成する素子がある(試料操作素子については、特許文献1〜3、非特許文献1等を参照)。
【0003】
このような素子では、例えば、試料を操作するための微小な操作構造に対応するパターンが形成されたマスク等によって型を作製し、この型を用いてPDMS基板を作製する方法を用いることができる。この方法では、一度、型を作ってしまえば、簡単な操作で同じ素子を繰り返し作製して、試料の操作に利用することができる。また、PDMSのシート基板は、ガラス基板などに対する吸着性が高く、2つの基板を密着させることによる微小構造の作成に適している。また、このような操作素子は、例えばガラスなどのPDMS以外の材料による基板を用いても同様に構成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−33919号公報
【特許文献2】特開2004−309405号公報
【特許文献3】特開2007−268490号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T. Thorsen et al., "Microfluidic Large-Scale Integration",Sience Vol.298 (2002) pp.580-584
【非特許文献2】K. Funakoshi et al., "Lipid Bilayer Formation by ContactingMonolayers in a Microfluidic Device for Membrane Protein Analysis", Anal.Chem. Vol.78 (2006) pp.8169-8174
【非特許文献3】鷲津正夫、「新しい黒膜作成法」、生物物理 Vol.35 No.1 (1995) pp.48-49
【非特許文献4】M. Gel et al., "Microorifice-Based High-Yield Cell Fusion onMicrofluidic Chip: Electrofusion of Selected Pairs and Fusant Viability",IEEE Transactions on Nanobioscience Vol.8 No.4 (2009) pp.300-305
【非特許文献5】T. Ide et al., "Simultaneous Optical and Electrical SingleChannel Recordings on a PEG Glass", Langmuir 26(11) (2009) pp.8540-8543
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した微小操作構造を有する試料操作素子は、MEMS(Micro ElectroMechanical Systems)技術などの微細加工技術を利用して作製されるものであり、潜在的な高機能化性、及び高生産性が期待されている。しかしながら、操作素子の高機能化を図ると、その構造が複雑になり、MEMS等の特徴である高生産性が損なわれる可能性がある。
【0007】
MEMSを利用した微小な流路構造を有する試料操作素子は、例えば、CADによるマスクの設計とマスク製作、紫外線重合性樹脂によるレプリカの製作、PDMS等の熱重合性樹脂による流路基板の製作、及び流路構造を覆う他の基板への流路基板の貼り付けによって作製される。このような方法では、流路構造が複雑になった場合でも、空間分解能が2μm程度の構造の作製が可能である。一方、さらに流路構造が複雑になり、例えば、顕微鏡光学系などの観測系に対して光軸方向(光の進行方向)にも構造を作りたい場合等には、上記のように微小構造が形成された流路基板を複数層にわたって重ねることで、3次元流路構造を構築する必要がある。
【0008】
そのような操作素子の例として、全細胞記録に用いるパッチクランプ法、あるいは、1分子レベルの膜タンパク質の観測に用いる流路素子が考えられる。すなわち、生体膜あるいは人工膜上の膜タンパク質の観測では、試料操作素子において、全細胞の固定(トラップ)、あるいは、細胞から採取した生体膜や人工膜が構築できるような微細操作構造を設けることが必要である。具体的には、例えば、操作構造において観測用の空間として設けられた観測構造部の内部に、全細胞を固定、あるいは、生細胞から採取した生体膜や人工膜を張って、その空間を電気的に絶縁された2つの区画(コンパートメント)に分ける操作を行う。
【0009】
このように観測構造部内に全細胞を固定、あるいは、生細胞から採取した生体膜および人工膜を形成する場合、膜の形成状態の観測、あるいは膜に取り込まれた1分子レベルのタンパク質の観測を考えると、観測系の光軸に対して垂直な面内に膜を形成することが好ましい。また、その膜の上下に分けられた2つのコンパートメントのそれぞれに対して、試料溶液の供給、交換などのための入力流路、出力流路を設けなくてはならない。
【0010】
この場合、水平面(光軸に垂直な面)内に操作構造が形成された通常の操作素子ではなく、垂直方向(光軸方向)を含めて立体的に形成された操作構造が必要となる。このような操作素子を作製する場合、3次元流路構造の上方部分が形成された流路基板、及び下方部分が形成された流路基板の2層の流路基板を用意し、それらを重ね合わせる構成が考えられる。しかしながら、このような構成では、各基板に形成された微小操作構造を高精度に位置合わせして基板を重ね合わせることは困難、煩雑であり、試料操作素子の高生産性が損なわれることとなる。
【0011】
本発明は、以上の問題点を解決するためになされたものであり、光軸方向の構造を含む微小操作構造を用い、全細胞を固定、あるいは、細胞から採取した生体膜、および、人工膜や膜タンパク質などの試料の観測を好適に行うことが可能な試料観測装置、及び試料観測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
このような目的を達成するために、本発明による試料観測装置は、(1)光透過性材料から形成された第1基板、及び所定の材料から形成された第2基板を積層して構成され、第1基板の第2基板と密着する操作面に設けられた凹状構造部によって、第1基板と第2基板との間に試料の操作のための操作構造が形成された試料操作素子と、(2)操作構造に含まれて試料の観測に用いられる観測構造部に対し、第1基板及び第2基板の積層方向に直交する軸を観測光軸として試料操作素子を保持する素子保持手段と、(3)試料操作素子の側面に対面するように観測光軸上に、試料操作素子の側面を介して観測構造部の内部にある試料の観測を行うように配置される対物レンズとを備えることを特徴とする。
【0013】
また、本発明による試料観測方法は、(a)光透過性材料から形成された第1基板、及び所定の材料から形成された第2基板を積層して構成され、第1基板の第2基板と密着する操作面に設けられた凹状構造部によって、第1基板と第2基板との間に試料の操作のための操作構造が形成された試料操作素子を準備する素子準備ステップと、(b)操作構造に含まれて試料の観測に用いられる観測構造部に対し、第1基板及び第2基板の積層方向に直交する軸を観測光軸として試料操作素子を保持する素子保持ステップと、(c)試料操作素子の側面に対面するように観測光軸上に対物レンズを配置し、対物レンズ、及び試料操作素子の側面を介して観測構造部の内部にある試料の観測を行う試料観測ステップとを備えることを特徴とする。
【0014】
上記した試料観測装置、及び試料観測方法においては、光透過性材料からなり、所定のパターンで凹状構造部が形成された第1基板を、光透過性材料などの所定の材料からなる第2基板に対して積層、密着させることで、微小操作構造を有する試料操作素子を構成する。そして、基板間の操作面に直交する基板の積層方向に対し、積層方向に直交する軸を観測光軸として操作素子を保持し、対物レンズを含む観測光学系を介して操作素子の側面から観測構造部内の試料の観測を行っている。
【0015】
このように、操作構造が形成された操作面に平行な軸を観測光軸に設定して、試料操作素子を保持することにより、第1、第2基板の間の操作面における観測構造部を含む操作構造を、光軸方向の構造を含む立体的な操作構造として利用することができる。そして、この状態で、対物レンズ及び試料操作素子の側面を介して試料の観測を行うことにより、観測構造部の内部にある細胞、あるいは、人工膜や膜タンパク質などの試料の観測を、好適に行うことが可能となる。
【0016】
ここで、試料操作素子の具体的な構成については、試料操作素子の操作構造において、観測構造部は、その内部にある試料に対物レンズの焦点が合う位置に形成されていることが好ましい。このような構成によれば、観測構造部の内部にある試料を、対物レンズを介して好適に観測することができる。この場合の操作構造の例としては、対物レンズに対面する操作素子の側面の近傍に観測構造部を設ける構成がある。
【0017】
また、試料操作素子において、対物レンズに対面する側面に、対物レンズと観測構造部との間で光が通過する光学面を含む側面凹状構造部が形成されていることが好ましい。このような構成によれば、観測構造部の内部にある試料を、操作素子の側面に形成された略平坦な光学面を介して好適に観測することができる。
【0018】
また、具体的な操作構造の例としては、試料操作素子の操作構造において、観測構造部に対して、観測構造部の内部に試料を導入するための第1入力流路、第2入力流路と、観測構造部の内部から試料を排出するための第1出力流路、第2出力流路とが形成されている構成を用いることができる。このような構成は、上記した細胞、あるいは、人工膜や膜タンパク質などを試料とした観測に好適に適用することができる。また、操作素子における具体的な操作構造については、上記以外にも様々な構造を用いることが可能である。
【0019】
試料の操作構造となる凹状構造部が設けられる第1基板の材料については、第1基板を構成する光透過性材料は、シリコーンまたはガラスであることが好ましい。また、第1基板を構成する光透過性材料がシリコーンである場合には、特に、PDMSを用いることが好ましい。このような材料を用いることにより、第1、第2基板を積層、密着させて形成され、試料の観測に用いられる試料操作素子を、好適に構成することができる。PDMSは、絶縁性が高いことが知られており、電気的な計測にも、そのまま用いることができるが、ガラスを素子として用いる場合には、一般的にはシランなどによりガラス表面の疎水処理を施すことが好ましいといわれている(非特許文献4参照)。シラン処理は、試料の観測、操作部分だけで充分である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の試料観測装置、及び試料観測方法によれば、第1、第2基板を積層して構成された操作構造を有する試料操作素子に対し、基板の積層方向に直交する軸を観測光軸として操作素子を保持し、対物レンズを含む観測光学系を介して、操作素子の側面から観測構造部の内部にある試料の観測を行うことにより、光軸方向の構造を含む微小操作構造を用いて、試料の観測を好適に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】第1、第2基板が積層された試料操作素子の基本構成を示す図である。
【図2】試料操作素子を用いた試料観測装置の一実施形態の構成を示す図である。
【図3】試料操作素子の観測構造部を含む操作構造の一例を示す斜視図である。
【図4】図3に示した操作構造を一部拡大して示す平面図である。
【図5】試料操作素子を用いた人工膜の形成方法について示す図である。
【図6】観測構造部の内部における人工膜の形成について示す模式図である。
【図7】試料操作素子の操作構造の他の例を示す平面図である。
【図8】試料操作素子の操作構造の他の例を示す平面図である。
【図9】試料操作素子の構成の他の例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面とともに本発明による試料観測装置及び試料観測方法の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明のものと必ずしも一致していない。
【0023】
本発明による試料観測装置、観測方法において試料の操作、観測に用いられる試料操作素子は、試料に対する微小な封止構造、流路構造等の操作構造を有する素子であり、それぞれ所定の材料から形成された第1、第2基板を積層して構成される。また、第1基板の第2基板と密着する面である操作面には、凹状または溝状などの微小構造が形成され、この第1基板の操作面と、第2基板の操作面(試料載置面)とが密着することで、それらの間で試料の操作構造が構成される。最初に、このような試料操作素子について、その基本的な構成、使用形態について説明する。
【0024】
ここで、以下においては、凹状構造が形成される第1基板の材料については、主にPDMS(Polydimethylsiloxane、ポリジメチルシロキサン)を用いる場合を例として説明する。MEMS技術等を利用したPDMSの微細構造(マイクロ流路等)は、試料が微量ですむこと、他のデバイスと組み合わせて小型化できること、廉価であることなどにより、工業的な発展が期待されており、既に実用化されているものもある。
【0025】
PDMSは、モールディングによりサブミクロンの構造までが転写できること、自己吸着性があるので基板に貼り付けるだけでシールが可能であること、光学顕微鏡等を用いて生物試料等を観測する場合に無色透明であること、自家蛍光もほとんど見られないこと、生体試料に対して悪影響を及ぼさないこと、毒性がないこと等の利点を有する。ただし、試料操作素子の基板の材料については、後述するように、PDMS以外にも、例えばガラスなどの様々な材料を用いることが可能である。
【0026】
図1は、本発明による試料観測装置、観測方法において用いられる、第1、第2基板が積層された試料操作素子の基本構成を模式的に示す図である。ここで、図1(a)は、第1基板と第2基板とを密着させる前における試料操作素子の状態を示し、図1(b)は、第1基板と第2基板とを積層、密着させて、それらの間に操作構造が形成された試料操作素子とした状態を示している。
【0027】
試料の観測に用いられる試料操作素子10は、図1に示すように、光透過性材料から形成された第1基板12と、所定の材料から形成された第2基板14とによって構成されている。第1基板12には、第2基板14の試料載置面(図中の上面)14aと密着する操作面(図中の下面)12aに、凹状構造部13が設けられている。これにより、第1基板12と第2基板14との間に、試料の操作を行うための操作構造15が形成される。
【0028】
図1(b)では、試料操作素子10に設けられる操作構造15として、微小空間内で試料の封止操作を行う封止構造(微小チャンバ)を用いた例を示している。ここでは、第1基板12と第2基板14との間で凹状構造部13によって構成された操作構造15の空間内に、観測対象の試料S2を含む試料溶液S1が封止されている。また、操作構造15としては、上記した封止構造以外にも、例えば、微小流路内で試料の移動操作を行う流路構造(微小流路)など、様々な構造を用いることができる。
【0029】
このような試料操作素子10に対し、操作構造15の内部にある試料を観測する場合、通常、図中に矢印Aによって示すように、第1、第2基板12、14の積層方向に沿った方向から観測を行う。しかしながら、このような構成では、例えば操作構造15内の人工膜を観測対象とした場合に、人工膜を断面方向から観測することになって、その平面構造を観測することができないなど、試料観測についての自由度を充分に得られないという問題がある。これに対して、本発明による試料観測装置、観測方法は、図中に矢印Bによって示すように、第1、第2基板12、14の積層方向に直交する方向、すなわち、操作構造15が形成された操作面12aに平行な方向から、操作素子10の側面11を介して、操作構造15の内部にある試料の観測を行うものである。
【0030】
図2は、試料操作素子を用いた試料観測装置の一実施形態の構成を示す図である。本実施形態による試料観測装置1Aは、試料操作素子10と、試料保持ステージ50と、試料保持治具54、56と、対物レンズ58とを備え、試料操作素子10の操作構造の内部にある試料を、対物レンズ58を含む観測光学系を介して、ステージ50の下方から観測する顕微鏡装置として構成されている。
【0031】
試料操作素子10は、図1に関して上述したように、第1基板12と第2基板14との2層の基板を、その操作面と試料載置面とが密着した状態で積層して構成されている。また、第1基板12の第2基板14と密着する操作面には、所定パターンで凹状構造部13が設けられ、この凹状構造部13によって、第1基板12と第2基板14との間に試料の操作のための操作構造15が形成されている(素子準備ステップ)。また、本実施形態の試料操作素子10において、操作構造15は、試料の観測に用いられる観測構造部20を少なくとも含むパターンで構成されている。
【0032】
この試料操作素子10は、試料保持治具54、56を介して、保持ステージ50によって保持されている。保持ステージ50には、操作素子10の観測構造部20の内部にある試料を下方から観測するための光透過部となる開口部52が設けられている。本実施形態においては、これらのステージ50、及び保持治具54、56によって、操作素子10を保持する素子保持手段が構成されている。
【0033】
特に、図2に示す構成では、このステージ50及び保持治具54、56からなる素子保持手段は、操作構造15に含まれる観測構造部20に対し、第1、第2基板12、14の積層方向に直交する軸(基板間の操作面に対して平行な軸)を観測光軸Axとして、試料操作素子10を縦向きに立てた状態で保持している。具体的には、第1基板12側の第1試料保持治具54と、第2基板14側の第2試料保持治具56とによって、操作素子10を縦向きの状態で挟み込み、これらの操作素子10、保持治具54、56をステージ50上に載置することで、試料操作素子10が保持されている(素子保持ステップ)。
【0034】
この試料操作素子10に対し、保持ステージ50の開口部52の下方には、対物レンズ58が設置されている。対物レンズ58は、縦置きの状態にされた試料操作素子10の側面11に対面するように、観測光軸Ax上の所定位置に配置されている。これにより、図2に示す試料観測装置1Aは、対物レンズ58、及び試料操作素子10の側面11を介して、操作構造15の観測構造部20の内部にある試料の観測を行うことが可能なように構成されている(試料観測ステップ)。
【0035】
このような構成において、対物レンズ58を含む観測光学系の光軸となる観測光軸Axは、第1基板12の内部を通過する。このため、第1基板12としては、光透過性材料から形成された基板、具体的には例えば、PDMS基板、ガラス基板などが用いられる。一方、第2基板14としては、好ましくは、第1基板12と同様に、PDMS基板、ガラス基板などの光透過性材料から形成された基板が用いられる。
【0036】
また、図2に示す構成では、操作構造15が設けられて縦向きに保持された試料操作素子10において、対物レンズ58に対面する側面11に側面凹状構造部16が形成されている。この側面凹状構造部16のうちで、観測構造部20側の面は、対物レンズ58と観測構造部20との間で光が通過する平坦な光学面となっている。また、操作素子10の側面11、または側面凹状構造部16が形成されている場合にはその光学面において発生する収差が問題となる場合には、必要に応じて、操作素子10と対物レンズ58との間において、操作素子10と屈折率が等しいイマージョンオイル18が用いられる。
【0037】
本実施形態による試料操作素子10を含む試料観測装置1A、及び試料観測方法の効果について説明する。
【0038】
上記した試料観測装置1A、及び試料観測方法においては、光透過性材料からなり、所定のパターンで凹状構造部が形成された第1基板12を、光透過性材料などの所定の材料からなる第2基板14に対して積層、密着させることで、操作構造15を有する試料操作素子10を構成する。そして、基板12、14の積層方向に直交する軸を観測光軸Axとして、ステージ50及び保持治具54、56によって操作素子10を縦向きに保持し、対物レンズ58を含む観測光学系を介して操作素子10の側面(図中の下面)11から観測構造部20内の試料の観測を行っている。
【0039】
このように、操作構造15が形成された操作面に平行な軸を観測光軸Axに設定して試料操作素子10を保持することにより、第1、第2基板12、14の間の操作面における観測構造部20を含む操作構造15を、光軸Axの方向の構造を含む立体的な操作構造として利用することができる。
【0040】
すなわち、このような構成では、それぞれ操作構造が形成された複数の基板を用意し、それらを高精度に位置合わせして多段に重ね合わせることで立体的な操作構造とする構成に比べて、試料操作素子10を縦置きにすることで容易に、光軸方向の構造を含む3次元操作構造を実現することができる。そして、この状態で、対物レンズ58、及び試料操作素子10の側面11を介して試料の観測を行うことにより、観測構造部20の内部にある人工膜や膜タンパク質などの試料の観測を好適に行うことが可能となる。なお、観測光軸Axについては、さらに、対物レンズ58に対面する操作素子10の側面11に対して略直交する軸に設定することが好ましい。
【0041】
ここで、試料操作素子10の具体的な構成については、操作素子10の操作構造15において、観測構造部20は、その内部にある試料に対物レンズ58の焦点が合う位置に形成されていることが好ましい。このような構成によれば、観測構造部20の内部にある試料を、対物レンズ58を介して好適に観測することができる。この場合の構造の例としては、試料操作素子10の操作構造15において、対物レンズ58に対面する試料操作素子10の側面11の近傍に観測構造部20を設ける構成がある。
【0042】
また、図2に示した構成では、試料操作素子10において、対物レンズ58に対面する側面11に、対物レンズ58と観測構造部20との間で光が通過する光学面を含む側面凹状構造部16が形成されている。このような構成によれば、観測構造部20の内部にある試料を、操作素子10の側面11に形成された凹状構造部16の平坦な光学面を介して、好適に観測することができる。
【0043】
すなわち、第1基板12としてPDMS基板を用いる場合、側面11は例えばカッターによる切り出しで形成される。また、石英ガラス基板を用いる場合、側面11は例えばダイシングによる切削で形成される。このような場合には、操作素子10の側面11では、光学観測に好適に用いることが可能な平面が得られない。これに対して、操作素子10に操作構造15とともに側面凹状構造部16を形成しておき、その内側の平坦面を光学観測用の光学面として用いることにより、試料の観測を好適に行うことができる。なお、この側面凹状構造部16については、側面11において必要な平面度が得られている場合等、不要であれば設けない構成としても良い。
【0044】
試料の操作構造15となる凹状構造部が設けられる第1基板12の材料については、第1基板12を構成する光透過性材料は、シリコーン(シリコーン樹脂、シリコーンゴム)またはガラスであることが好ましい。また、第1基板12を構成する光透過性材料がシリコーンである場合には、特に、第2基板14に対する密着性に優れる、上述したPDMSを用いることが好ましい。このような材料を用いることにより、基板12、14を積層、密着させて形成される試料操作素子10を、好適に構成することができる。
【0045】
また、第1基板12の材料については、上記したPDMSなどのシリコーン、あるいはガラス等に限らず、第2基板14に密着して操作構造15を形成可能であって、観測構造部20の内部にある試料の観測が可能なものであれば、様々な材料を用いて良い。また、基板12の材料の光透過性については、試料の観測に用いる光の波長を考慮して選択することが好ましい。例えば、観測光として赤外光を用いる場合には、第1基板12としてシリコン基板を用いることも可能である。
【0046】
また、第2基板14の材料についても、第1基板12と同様に、上記したシリコーン、PDMS、ガラス等の光透過性材料を用いることが好ましい。ただし、第2基板14については、一般には、第1基板12に対する密着性等を考慮して、操作構造15を形成するために好適な材料から形成された基板を用いればよい。
【0047】
第1基板12及び第2基板14の材料として、PDMS、またはガラスを用いる場合、その組合せについては、第1基板−第2基板がPDMS−PDMS、PDMS−ガラス、ガラス−PDMS、ガラス−ガラス、のいずれの組合せを用いても良い。基板12、14をガラス+ガラスによって構成する場合、基板同士の密着は、例えば熱融着によって実現される。また、基板12、14をPDMS+ガラス、ガラス+PDMS、またはPDMS+PDMSによって構成する場合、基板同士の密着は、そのまま接触させるか、もしくはプラズマ、紫外線などによる表面処理を行った後に接触させることで実現される。
【0048】
また、試料操作素子10における具体的な操作構造15としては、例えば、操作構造15において、観測構造部20に対して、観測構造部20の内部に試料を導入するための第1入力流路、第2入力流路と、観測構造部20の内部から試料を排出するための第1出力流路、第2出力流路とが形成されている構成を用いることができる。このような構成は、上記した人工膜や膜タンパク質などを観測対象とした場合に、好適に適用することができる。以下、このような構成を例として、試料操作素子10の具体的な構造、及びそれを用いた試料の観測について説明する。
【0049】
図3は、図2に示した試料観測装置1Aにおいて用いられる、試料操作素子10の観測構造部20を含む操作構造15の一例を示す斜視図である。ここでは、試料操作素子10を構成する第1基板12及び第2基板14について、それらを分解した状態でそれぞれの構造を示している。また、図4は、図3に示した試料操作素子10における操作構造15の構成について、観測構造部20及び側面凹状構造部16を含む側面11側の部分を拡大して示す平面図である。
【0050】
図3、図4に示す構成において、第1基板12には、その操作面12a上に、基板間の操作構造15となる凹状構造部13が所定パターン、所定深さで形成されている。本構成例による操作素子10では、試料の観測に用いられる観測構造部20として、微小な矩形チャンバ状の構造部20が、対物レンズに対面する側面11の近傍に設けられている。また、この観測構造部20に対し、操作構造15において、それぞれ2系統の入力流路、及び出力流路が設けられている。
【0051】
具体的には、側面11の近傍の略中央部に設けられている観測構造部20に対して、図中の右側には、観測構造部20の上部に接続する第1入力流路25と、下部に接続する第2入力流路26とが設けられている。また、第1入力流路25、第2入力流路26の観測構造部20とは反対側の端部には、それぞれ円形状の第1入力部21、第2入力部22が設けられている。
【0052】
また、図中の左側には、観測構造部20の上部に接続する第1出力流路27と、下部に接続する第2出力流路28とが設けられている。第1出力流路27、第2出力流路28の観測構造部20とは反対側の端部には、それぞれ円形状の第1出力部23、第2出力部24が設けられている。このような構成において、上部の流路25、27、及び下部の流路26、28の交差部分に、観測構造部20が配置されている。また、観測構造部20の下方の側面11には、光が通過する平坦な光学面17を含む側面凹状構造部16が形成されている。
【0053】
また、第1基板12と積層される第2基板14には、第1基板12に形成された入力部21、22、及び出力部23、24に対応する位置に、それぞれ貫通孔からなる円形状の第1入力口31、第2入力口32、第1出力口33、第2出力口34が形成されている。第1入力流路25に液体試料を導入する入力部21、入力口31に対し、第1入力チューブ35が接続される(図2参照)。また、第2入力流路26に液体試料を導入する入力部22、入力口32に対し、第2入力チューブ36が接続される。また、第1出力流路27から液体試料を排出する出力部23、出力口33に対し、第1出力チューブ37が接続される。また、第2出力流路28から液体試料を排出する出力部24、出力口34に対し、第2出力チューブ38が接続される。
【0054】
また、観測構造部20には、図4に示すように、その第1入力流路25と第2入力流路26との間の所定位置に、突起部20aが設けられている。同様に、第1出力流路27と第2出力流路28との間の所定位置に、突起部20bが設けられている。これらの突起部20a、20bは、観測構造部20内における細胞の固定、あるいは、細胞から採取した生体膜や人工膜の形成に用いられる。
【0055】
図3、図4に示した試料操作素子10の作製手順の例について、以下に具体的に説明する。ここでは、操作素子10を構成する第1、第2基板12、14の両者をPDMS基板とするとともに、作製された操作素子10を用いて、観測構造部20の内部で人工膜の形成、観測、及び膜タンパク質の観測を行う例について説明する。
【0056】
まず、第1基板12に形成する操作構造15の流路パターンをCADによって設計し、設計された流路パターンに対応するフォトマスクを石英基板上に作製する。また、シート状のPDMS基板作製用の型に用いられるシリコン基板を用意し、その上面上に、スピンコートによって、紫外線硬化樹脂(SU−83000、日本化薬製)を塗布する。そして、SU−8が塗布されたシリコン基板上にフォトマスクを設置し、紫外線を照射して樹脂を硬化させ、現像、洗浄、乾燥過程を経て、微小流路パターンの型を得る。
【0057】
次に、流路パターンの型をプラスチックケースの内部に設置し、プライマーを1/10量加えた後、攪拌、脱気したPDMS(Silpot184、東レダウコーニング製)を適当量流し込む。そして、再度、脱気して、気泡がないことを確認した後、75℃のオーブン内で1時間、PDMSを熱硬化させる。硬化処理が終了したら、オーブンから取り出し、自然冷却させたシリコン基板上で硬化したPDMSシートを、適当な大きさに切り出して、シリコン基板の型から剥がすことで、PDMSの第1基板12が完成する。
【0058】
ここで、第1基板12に形成される操作構造15の流路パターンにおいて、各流路の幅は例えば5μm、深さは例えば10μmである。また、入力流路、出力流路において、観測構造部20の近傍での2系統の流路間の距離は例えば15μmである。また、流路間のギャップとして形成される観測構造部20の幅(ギャップ間の距離)は例えば10μmである。細胞を固定する場合には、細胞の大きさに合わせて調整されることが好ましい。例えば大腸菌や精子の場合には1μm、動物細胞の場合には2μm程度である。また、第1基板12の対物レンズに対面する側面11から観測構造部20の中心までの距離は、対物レンズの焦点距離等を考慮して例えば160μmに設定される。また、側面凹状構造部16の側面11からの形成幅は、例えば10μmである。また、試料操作素子10の全体のチップサイズは、例えば25mm×10mmである。
【0059】
続いて、第1基板12に貼り合わせる平坦なPDMSの第2基板14を用意する。この第2基板14には、φ2mmの生検トレパンを用いて、その4箇所に貫通孔による入力口31、32、出力口33、34を形成する。また、これらの貫通孔に対して、それぞれ同外径の液体試料の導入、排出用のチューブ35、36、37、38を差し込み、瞬間接着剤等によって接着、固定する。
【0060】
チューブ35〜38がついた第2基板14を、その入力口31、32、出力口33、34がそれぞれ対応する入力部21、22、出力部23、24に接続されるように位置合わせした状態で第1基板12に貼り合わせて、試料操作素子10とする。この際、PDMS基板の流路側を、30秒程度プラズマ処理しておくと、両者の接着がより強固になる。なお、チューブの取り付け、基板の貼り合わせについては、どちらを先に行っても良い。
【0061】
以上のように作製された試料操作素子10を用い、観測構造部20の内部において、人工膜の形成、観測を行うことを考える。図5は、試料操作素子10を用いた人工膜の形成方法について示す図である。また、図6は、観測構造部20の内部における人工膜の形成について示す模式図である。
【0062】
観測構造部20への人工脂質膜の形成は、基本的には非特許文献2に記載された方法を改良して行った。上記のように組み立てた試料操作素子10の各チューブの先端には、図5に示すように、それぞれ三方コック、及びシリンジを取り付ける。なお、図5においては、説明の簡単のために、第1基板12の入力部、出力部、第2基板14の入力口、出力口、及びそれらに接続された入力チューブ、出力チューブについて図示を省略して、操作構造15における入力流路25、26、及び出力流路27、28と、三方コック及びシリンジとの実質的な接続関係を示している。
【0063】
図5に示す構成では、具体的には、第1入力流路25の入力チューブに対し、三方コック61を介して、試料導入用シリンジ62、及びバッファ導入用シリンジ63が接続されている。また、第2入力流路26の入力チューブに対し、三方コック66を介して、試料導入用シリンジ67、及びバッファ導入用シリンジ68が接続されている。また、第1出力流路27の出力チューブに対し、三方コック71を介して、溶液排出用シリンジ72、及び気泡抜き用排出部73が接続されている。また、第2出力流路28の出力チューブに対し、三方コック76を介して、溶液排出用シリンジ77、及び気泡抜き用排出部78が接続されている。
【0064】
このような構成の試料操作素子10、及び試料溶液の導入系、排出系を用いた人工膜の形成方法について説明する。なお、ここでは、観測構造部20の内部に人工膜を形成するため、試料導入用シリンジ62、67から流路に供給する試料としては、脂質+有機溶媒を用いるものとする。具体的には例えば、7mM−DMPC及び4mM−コレステロールを含んだn−デカン溶液を試料溶液として用いることができる。また、バッファ導入用シリンジ63、68から流路に供給するバッファ溶液としては、好ましくは、水溶液系のバッファ溶液が用いられる。
【0065】
まず、出力側の三方コック71、76を、それぞれ気泡抜き用排出部73、78側に設定し、入力側のバッファ導入用シリンジ63、68により、流路25〜28、及び観測構造部20の内部をバッファ溶液で満たす。排出部73、78にバッファ溶液が到達した時点で、三方コック71、76を溶液排出用シリンジ72、77側に変更する。
【0066】
次に、下側の第2入力流路26に接続された三方コック66を試料導入用シリンジ67側に変更し、1μL以下の容量の試料溶液(脂質+有機溶媒)を流路26に導入する。観測構造部20のギャップ(下側のコンパートメント)の容積を満たすためには、この試料溶液は、例えば500fL程度あれば良い。
【0067】
第2入力流路26に導入した試料溶液の先端が、観測構造部20のコンパートメントに到達した時点で、上側の第1入力流路25に接続された三方コック61を試料導入用シリンジ62側に変更し、同様に試料溶液を流路25に導入する。これらの操作により、入力流路25、26からの試料溶液が観測構造部20において接触した時点で、入力側の三方コック61、66をそれぞれバッファ導入用シリンジ63、68側に変更し、試料溶液の有機溶媒をバッファ水溶液で洗い流し始める。
【0068】
観測構造部20における上下のコンパートメント内の有機溶媒が残り少なくなってくると、観測構造部20のギャップ部分において、脂質による人工膜が形成されつつあることを示す干渉縞が観測される。そして、それが最終的には、ほぼ黒くなって(黒膜)、観測構造部20の内部での人工膜S3(図5参照)の構築がほぼ完了する。また、このように形成された人工膜S3を利用すれば、膜タンパク質の観測を好適に行うことができる。
【0069】
観測構造部20における人工膜S3の形成のメカニズムに関しては、推定の域を出ないが、脂質(両親媒性物質)の物理的な性質をもとに、図6に示すようなメカニズムで人工膜が形成されるものと推定される。すなわち、水溶液系のバッファ溶液S4で各流路25〜28及び観測構造部20が満たされている状態で、図6(a)に示すように、第2入力流路26から観測構造部20の下側のコンパートメントへと、脂質S6を含んだ有機溶媒S5を導入する。
【0070】
この状態で、さらに、第1入力流路25から観測構造部20の上側のコンパートメントへと、脂質S8を含んだ有機溶媒S7を導入する。そして、バッファ溶液S4によって有機溶媒S5、S7を洗い流すと、最終的に、図6(b)に示すように、観測構造部20の上下のコンパートメントの間において、脂質二重層からなる人工膜S3が形成される。なお、人工膜を形成するための観測構造部20におけるギャップ構造の形状、物理化学的な性質等に関しては、非特許文献3、4においても記載がある。また、図5に示した構成の操作素子10において、入力流路25、26、出力流路27、28に加えて、有機溶媒の洗浄補助用に追加の入力流路を設けて、3入力+2出力の構成としても良い。
【0071】
ここで、図5に示すように、操作素子10を縦置きとした状態で、側面11側から対物レンズ58を介して観測構造部20内の試料を観測する構成では、人工膜S3の2次元的な平面構造を観測することが可能である。この場合、例えば、人工膜S3の形成過程において、光の干渉の具合から膜の厚みを推定できるなどの利点がある。また、このような膜系について計測を行う場合、人工膜部分での電気抵抗のシールディングの確認が必要になる場合がある。この場合、電位計測、あるいは電流計測のための電極は、入力、あるいは出力チューブを分岐し、電極を設置して計測すれば良い。
【0072】
膜タンパク質の観測について考えると、膜タンパク質の取扱いは、生体同様の膜構造があって始めて可能となる。膜タンパク質の特徴は、膜構造に内在するか周辺にあって、その構造を安定化し、機能を持つことである。膜は、両親媒性の性質を持つ脂肪酸が、自然科学の法則に従って、膜タンパク質以外の脂質等の疎水的な性質を持つ生体物質を取り込みながら構造を作る。
【0073】
膜タンパク質の研究では、パッチクランプ法の開発により、1分子レベルでの機能の解明が行われるようになった。しかし、この方法も、ピペットの形状やガラス表面の化学的な性質を制御するには、熟練を要するという欠点がある。生体膜あるいは人工膜としての構造は、膜自身の厚みが例えば50〜100nmと非常に薄いため、完全な構造を確認することが難しく、また、膜としての機能を電気的に確認することも困難である。
【0074】
近年になって、ビデオマイクロスコピー法の発展により、平面膜法(非特許文献5)なども、膜タンパク質の1分子計測の実験系の構築において試みられるようになった。創薬研究の50%が膜タンパク質に対するものであり、簡便な手法が望まれているという現状があるが、どの手法も研究レベルでは利用できるものの、構造の再現性に難があると考えられている。このような状況で、MEMS技術を利用した微小操作構造を有する試料操作素子にも期待がかかっている。しかしながら、このような試料操作素子においても、3次元操作構造の作製は容易ではない。
【0075】
これに対して、上記のように試料操作素子10を縦置きにすることで、操作構造15を光軸方向の構造を含む立体的な操作構造として利用して、操作構造15に設けられた観測構造部20において試料の観測を行う構成によれば、図5、図6に示すように、人工膜の形成、観測、及び膜タンパク質の観測を、容易かつ確実に行うことが可能である。なお、観測構造部20のギャップにトラップされた全細胞の膜の観測と操作、あるいは、細胞から採取した生体膜の観測と操作も、手順は多少異なるが、同様の操作により容易に行うことが可能である。
【0076】
試料操作素子10の構成について、さらに説明する。上記した構成例では、第1、第2基板12、14の両者をPDMS基板としたが、PDMSの第1基板12に対して、第2基板14をガラス基板等の他の材料からなる基板としても良い。また、操作構造15となる凹状構造部13が形成される第1基板12を他の材料からなる基板、例えばガラス基板によって構成しても良い。
【0077】
ガラス基板に所定パターンの凹状構造部を形成するための加工は、フォトリソグラフィ及びエッチングによって行うことができる。具体的には、ガラス基板表面に対してフォトレジスト(ポジ型レジストもしくはネガ型レジスト)を、スピンコートによって均一の厚み(例えば0.1〜20μm)で塗布する。その後、所望のパターンに形成したフォトマスクを用いてレジストに対して露光を行い、現像することで、ガラス基板上に所望の形状のフォトレジストパターンを形成することができる。
【0078】
このフォトレジストパターンをマスクとして、ガラス基板をエッチングによって加工して、最後にフォトレジストを剥離する。ガラス基板のエッチングには、ウエットエッチング、ドライエッチングを用いることができる。具体的には、ウエットエッチングには、フッ酸やバッファードフッ酸を用いることができる。ドライエッチングには、RIE(反応性イオンエッチング)にCHFなどのF系ガスを用いて加工することができる。
【0079】
ドライエッチングによってガラスを、例えば10μm以上に深く加工する場合には、フォトレジストではエッチング選択比が小さい。このため、Cr、Ti、a−Siなどのメタル膜をあらかじめガラス基板上に、例えば0.1〜10μmの厚みで成膜し、このメタル膜をフォトエッチとエッチングによりパターニングし、パターニングされたメタル膜をマスクとしてガラスのエッチング加工を行っても良い。
【0080】
ガラス基板に形成される凹状構造部において、溝状構造に段差を付ける場合には、一度エッチング加工したガラス基板に対してフォトレジストを形成し、アライメント露光装置によってレジストをパターニングし、段差を追加するべき部分を開口させて、エッチング加工によって段差を形成する。また、ガラス基板上に、3次元加工したレジストや樹脂を形成し、その形状をエッチングによってガラス基板に転写しても良い。
【0081】
なお、この場合の基板の材料については、ガラスに限られるものではなく、光透過性の材料であれば良い。また、基板の加工についても、フォトエッチングに限らず、例えば多軸加工機や成型、ナノインプリントなど、様々な方法を用いて良い。また、第1基板12をガラス基板とした場合、第2基板14については、ガラス基板、PDMS基板のいずれを用いても良く、それ以外の材料の基板を用いても良い。
【0082】
試料操作素子10における観測構造部20を含む操作構造15の構成について、さらに説明する。操作構造15の具体的な構成については、図3、図4に示した構成例に限られるものではなく、観測対象とする試料の種類、現象等に応じて、様々な構成の操作構造15を用いることが可能である。
【0083】
図7、図8は、それぞれ試料操作素子の操作構造の他の例を示す平面図である。図7に示す試料操作素子10Aの操作構造15では、観測構造部20、流路25〜28、及び光学面17を含む側面凹状構造部16については図3、図4に示した構成と同様であるが、第2基板14から試料の導入、排出を行う円形状の入力部21、22、出力部23、24に代えて、素子側面から試料の導入、排出を行うように側面に露出した、半円形状の入力部21a、22a、及び出力部23a、24aが形成されている。なお、図3、図7に示した構成において、不要な場合には側面凹状構造部16を設けない構成としても良い。
【0084】
図8(a)に示す試料操作素子10Bの操作構造15では、観測構造部20に対し、1系統の入力流路25、及び同じく1系統の出力流路27のみが形成されている。このように、操作構造15における流路パターンについては、試料操作素子の用途、試料の種類等に応じて様々なパターンに設定して良い。また、図8(b)に示す試料操作素子10Cの操作構造15では、観測構造部20を試料を封止する微小チャンバとして、流路パターンを形成しない構成としている。このような構成においても、試料の観測を好適に行うことができる。なお、図8(a)、(b)に示した構成においても、必要な場合には側面凹状構造部16を設ける構成としても良い。
【0085】
図9は、試料操作素子の構成の他の例を示す斜視図である。ここでは、操作構造が形成された第1基板として複数の基板を用意し、それらを積層することで、さらなる高機能化を図る構成を示している。具体的には、図9に示す構成例では、同一パターンの操作構造15A、15B、15Cがそれぞれ形成された3層の流路基板12A、12B、12Cを基板の背を利用して積層し、最も外側の基板12Aに対して平板状の第2基板14を積層することで、3層の3次元流路構造を有する試料操作素子10Dを実現している。このような構成では、例えば3つの観測構造部において同時に人工膜の形成、観測を行うことが可能である。なお、PDMS基板を積層する場合には、表面をプラズマ処理しておくと、その接合がより強固になる。
【0086】
また、図9に示す構成例では、3段に積層された基板12A〜12Cにおける操作構造15A〜15Cに対し、その側面から試料溶液を導入、排出するために追加的に基板80を設け、この基板80に形成された貫通孔81、及び貫通孔81に接続されたチューブ82を介して、試料操作素子10Dの各段の操作構造15A〜15Cへの試料溶液の導入、排出を行っている。この構成では、3段の操作構造15A〜15Cにおいて、人工膜の形成などの同じ操作を並行して行うため、試料溶液の導入、排出を全体で1系統として構成している。
【0087】
なお、図9の構成においても、図3と同様に、第2基板14側から試料溶液を導入、排出する構成としても良い。この場合、各基板12A〜12Cでの入力部、出力部の位置合わせについては、アライナーを用いて、あるいはミリメートルオーダの位置合わせであれば目視で行うことができる。また、基板を積層した後に、生検トレパン等によって一気に必要な入力口、出力口等を形成するなどの方法も考えられる。
【0088】
なお、ガラス基板とガラス基板、あるいはその他の基板を積層する場合、それらの基板を接続する方法としては、Arビームやプラズマを用いた表面活性によるダイレクトボンディング(室温〜200℃程度)、オプティカルコンタクト(300℃〜1100℃)、陽極接合(200℃〜450℃)などの方法を用いることができる。また、凹状構造部の加工を施した以外の部分において、メタル膜や半田、樹脂等を形成して加熱ボンディング(数10℃〜400℃)によって接続する方法を用いても良い。また、第1、第2基板でアライメントが必要な場合には、例えばアライメント機構を設けたボンディング装置を用いることができる。
【0089】
本発明による試料観測装置、及び試料観測方法は、上記実施形態、及び構成例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、試料観測装置の構成については、図2では、ステージ50の下方に対物レンズ58を設置する構成を示したが、このような構成に限らず、例えば対物レンズ58をステージ上の試料操作素子10の上方に設置し、上方から試料の観測を行う構成としても良い。また、試料操作素子10を保持する素子保持手段の構成についても、図2に示した保持治具54、56を用いた構成以外にも、具体的には様々な構成を用いることが可能である。例えば、操作素子10が縦向きに自立可能な構造を有する場合には、ステージ50のみによって素子保持手段を構成しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は、光軸方向の構造を含んで形成された微小操作構造を用い、人工膜や膜タンパク質などの試料の観測を好適に行うことが可能な試料観測装置、及び試料観測方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0091】
1A…試料観測装置、10…試料操作素子、11…側面、12…第1基板、12a…操作面、13…凹状構造部、14…第2基板、14a…試料載置面、15…操作構造、16…側面凹状構造部、17…光学面、18…イマージョンオイル、
20…観測構造部、20a、20b…突起部、21…第1入力部、22…第2入力部、23…第1出力部、24…第2出力部、25…第1入力流路、26…第2入力流路、27…第1出力流路、28…第2出力流路、31…第1入力口、32…第2入力口、33…第1出力口、34…第2出力口、35…第1入力チューブ、36…第2入力チューブ、37…第1出力チューブ、38…第2出力チューブ、
50…試料保持ステージ、52…開口部、54、56…試料保持治具、58…対物レンズ、61、66…三方コック、62、67…試料導入用シリンジ、63、68…バッファ導入用シリンジ、71、76…三方コック、72、77…溶液排出用シリンジ、73、78…気泡抜き用排出部、
Ax…観測光軸、S1…試料溶液、S2…観測対象の試料、S3…人工膜、S4…バッファ水溶液、S5、S7…有機溶媒、S6、S8…脂質。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光透過性材料から形成された第1基板、及び所定の材料から形成された第2基板を積層して構成され、前記第1基板の前記第2基板と密着する操作面に設けられた凹状構造部によって、前記第1基板と前記第2基板との間に試料の操作のための操作構造が形成された試料操作素子と、
前記操作構造に含まれて前記試料の観測に用いられる観測構造部に対し、前記第1基板及び前記第2基板の積層方向に直交する軸を観測光軸として前記試料操作素子を保持する素子保持手段と、
前記試料操作素子の側面に対面するように前記観測光軸上に、前記試料操作素子の前記側面を介して前記観測構造部の内部にある前記試料の観測を行うように配置される対物レンズと
を備えることを特徴とする試料観測装置。
【請求項2】
前記試料操作素子の前記操作構造において、前記観測構造部は、その内部にある前記試料に前記対物レンズの焦点が合う位置に形成されていることを特徴とする請求項1記載の試料観測装置。
【請求項3】
前記試料操作素子において、前記対物レンズに対面する前記側面に、前記対物レンズと前記観測構造部との間で光が通過する光学面を含む側面凹状構造部が形成されていることを特徴とする請求項1または2記載の試料観測装置。
【請求項4】
前記試料操作素子の前記操作構造において、前記観測構造部に対して、前記観測構造部の内部に前記試料を導入するための第1入力流路、第2入力流路と、前記観測構造部の内部から前記試料を排出するための第1出力流路、第2出力流路とが形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の試料観測装置。
【請求項5】
前記第1基板を構成する前記光透過性材料は、シリコーンまたはガラスであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の試料観測装置。
【請求項6】
前記第1基板を構成する前記光透過性材料は、PDMSであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の試料観測装置。
【請求項7】
光透過性材料から形成された第1基板、及び所定の材料から形成された第2基板を積層して構成され、前記第1基板の前記第2基板と密着する操作面に設けられた凹状構造部によって、前記第1基板と前記第2基板との間に試料の操作のための操作構造が形成された試料操作素子を準備する素子準備ステップと、
前記操作構造に含まれて前記試料の観測に用いられる観測構造部に対し、前記第1基板及び前記第2基板の積層方向に直交する軸を観測光軸として前記試料操作素子を保持する素子保持ステップと、
前記試料操作素子の側面に対面するように前記観測光軸上に対物レンズを配置し、前記対物レンズ、及び前記試料操作素子の前記側面を介して前記観測構造部の内部にある前記試料の観測を行う試料観測ステップと
を備えることを特徴とする試料観測方法。
【請求項8】
前記試料操作素子の前記操作構造において、前記観測構造部は、その内部にある前記試料に前記対物レンズの焦点が合う位置に形成されていることを特徴とする請求項7記載の試料観測方法。
【請求項9】
前記試料操作素子において、前記対物レンズに対面する前記側面に、前記対物レンズと前記観測構造部との間で光が通過する光学面を含む側面凹状構造部が形成されていることを特徴とする請求項7または8記載の試料観測方法。
【請求項10】
前記試料操作素子の前記操作構造において、前記観測構造部に対して、前記観測構造部の内部に前記試料を導入するための第1入力流路、第2入力流路と、前記観測構造部の内部から前記試料を排出するための第1出力流路、第2出力流路とが形成されていることを特徴とする請求項7〜9のいずれか一項記載の試料観測方法。
【請求項11】
前記第1基板を構成する前記光透過性材料は、シリコーンまたはガラスであることを特徴とする請求項7〜10のいずれか一項記載の試料観測方法。
【請求項12】
前記第1基板を構成する前記光透過性材料は、PDMSであることを特徴とする請求項7〜10のいずれか一項記載の試料観測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−185073(P2012−185073A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49203(P2011−49203)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】