認知機能の評価方法
【課題】高精度で簡便かつ再現性のよい認知症の診断及び認知機能の評価方法を提供する。
【解決手段】認知症及び認知機能低下時は、正常時と比較して、安静時の額部皮下水分の電解質濃度が有意に低値を示す、及び/或いは精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度変化量が有意に低値を示す、及び/或いは精神作業後に安静にした後の額部皮下水分の電解質濃度変化量が作業前よりも有意に低値を示すことを利用した、額部皮下水分の電解質濃度を指標とした認知症の診断及び認知機能の評価方法である。
【解決手段】認知症及び認知機能低下時は、正常時と比較して、安静時の額部皮下水分の電解質濃度が有意に低値を示す、及び/或いは精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度変化量が有意に低値を示す、及び/或いは精神作業後に安静にした後の額部皮下水分の電解質濃度変化量が作業前よりも有意に低値を示すことを利用した、額部皮下水分の電解質濃度を指標とした認知症の診断及び認知機能の評価方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高精度で簡便かつ再現性のよい認知機能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、認知症の診断で最も用いられるものは、アメリカの精神医学会が提唱しているDSM−IV(精神障害の診断と統計の手引き)である。これは、アルツハイマーや脳血管認知症など種々認知症に共通する診断基準で、多彩な認知障害の発現として、記憶障害以外に、失語、失行、失認、実行機能障害のいずれかがあり、それらが原因で社会生活に支障をきたすこと、さらに認知欠損はせん妄の経過中にのみ観察されるものではないこと、上記状態が、脳などの身体的な原因があるか、あると推測されること、としている。また、認知症の診断にはSPEC(単一光子放射断層撮影)やPET(ポジトロン断層法)の脳画像による解析も推奨されている。
【0003】
その他最近では、患者の代謝産物マーカーの定量化から認知症を診断する「認知症及び神経障害の診断方法(特許文献1)」、標本細胞、組織または体液からミトコンドリア制御領域の存在やその程度の判定から「アルツハイマー病および他の神経変性疾患の発症前または発症後診断の方法および組成物(特許文献2)」の提案、さらに無症候患者のアミロイド沈着を伴う疾患への進行や病因が疑わしい認知症傾向障害を呈している患者におけるアミロイド沈着疾患を同定するための「アミロイド沈着を伴う疾患の前駆形態の診断方法(特許文献3)」、特定のアミロイドβペプチドの比の決定に基いた「アルツハイマー病の予測、診断および鑑別診断のための方法(特許文献4)」、糖鎖を付加したトランスフェリンに着目した「アルツハイマーの診断キット、診断マーカー及び病態指標の検出方法(特許文献5)」などが開示されている。
【0004】
さらに近年、非侵襲的に脳血流を評価するNIRS(近赤外分光法)による認知症の評価が検証され、感度がよく簡便でコストも低いことからも、認知症を評価する装置として有用である可能性が示唆されている。また、認知症患者の脳や血中でカテコールアミンや脳神経由来神経栄養因子(BDNF)が低下するため、認知症診断の指標として有用である。特に、ノルアドレナリン及びアドレナリンの代謝産物である尿中MHPG(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール)は、主に中枢由来で脳の精神活動を反映し、認知機能の低下で尿中MHPGが低下することが知られており、脳の神経活動を把握する指標とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2009−528517号広報
【特許文献2】特開2008−500058号広報
【特許文献3】特開2008−505116号広報
【特許文献4】特開2007−522434号広報
【特許文献5】国際公開第2008/029886号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記DSM−IV診断基準を満たした場合、認知症の程度は大幅に進行していることが考えられ、早期発見、早期治療を開始することは困難である。また、脳画像による解析や、組織、体液の評価では、患者の身体的負担、時間、費用及び測定者の熟練した技術が必要であることが課題である。
本発明の目的は、精度が高く、簡便かつ再現性のよい認知機能の評価法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、額部皮下水分の電解質濃度を指標とする認知機能の評価方法である。
更に詳しくは、安静時の額部皮下水分の電解質濃度、及び/又は精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度を指標とする認知機能の評価方法である。
【0008】
本発明者らは、精神作業時では脳温維持のために額部から発汗する冷却機構が存在すること、さらに、神経伝達には細胞内外の電解質の濃度比が重要な役割を担うことに着目し、額部皮下水分の電解質濃度を測定することにより、認知症の診断及び認知機能の低下を評価することが出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本来、認知症や認知機能が低下した状態では、脳の神経細胞の脱落が観察され、その脱落は記憶力の低下として反映される。
記憶の形成は、神経細胞の脱分極により細胞内外の電位差が小さくなり、ナトリウム、カルシウムイオンが濃度勾配に従い一気に流入する細胞の興奮で起動する種々メカニズムに由来する。脳の神経細胞における従来の研究は、脱分極以降に起こる生体反応に焦点を当てたものが主であった。
そこで本発明者らは、脱分極に影響を及ぼす細胞外のイオン濃度に着目し、これらの作用・機序の解明及びその利用について鋭意研究を進めた。
【0010】
通常、神経細胞において、カリウムは圧倒的に細胞内に多く存在し、反対にナトリウム、塩素、カルシウムはその殆どが細胞外に存在する。これら細胞内外に存在するイオンの分布差が細胞膜を隔てて電位差、即ち静止膜電位を生じ、その電位は細胞内外のイオン濃度とそのイオンの膜透過性から算出することができる(ゴールドマン・ホジキン・カッツの式)。
静止膜電位は、細胞外に存在するカリウム濃度に大きく依存し、それは漏洩カリウムチャネルによるカリウムの高い膜浸透性と、細胞外で希薄なカリウム濃度が細胞内からのわずかなカリウムの流出で濃度比が大きく変化することに起因する。
【0011】
心筋では、細胞外にカリウムが貯留することで細胞内外の電位差が小さくなり、脱分極による電位の変化量が小さくなる。そのため、高カリウム血症では心筋の信号伝達が通常通りに働かず心機能が低下、心拍が減少することが知られている。
【0012】
脱分極による膜電位の変化量は、安静時の細胞外カリウム濃度を低いまま維持し静止膜電位を低く保つことで、興奮による電位変化量を見かけ上大きくすることができる。脳の微小環境を保つ機能があるアストロサイトは、細胞外カリウムイオン濃度の調節を担うことが古くから提唱されている。
【0013】
アストロサイトは毛細血管と接し、血液と物質交換を行なっているが、毛細血管は静脈に移行し、硬膜静脈洞に注がれ、その血液の一部は導出静脈によって頭部外表の静脈に注がれる。細胞間液は、血液により運ばれた物質が毛細血管壁を介して拡散されるので、額部と脳とは密接な関連があると考えられる。
以上のことから、認知症及び認知機能の低下は、静止膜電位を形成するイオンのターンオーバー機能低下による脱分極の電位変化量低下に起因し、額部皮下水分の電解質濃度を測定することにより、認知症の有無や認知機能低下を知る手がかりになり得るものと考えられる。
【0014】
本発明者らは、短時間の精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度を測定したところ、認
知機能が低値を示した人では、精神作業時の額部皮下の電解質濃度の変化量が小さいことを確認した。
また、安静時、及び長時間の精神作業後安静にしたときの額部皮下水分の電解質濃度を測定したところ、認知症の中核関連症状や周辺関連症状を自覚する人では、安静時の電解質濃度が低値を示し、精神作業後安静にしたときも電解質濃度が低値を示し、さらに精神作業前と比較しても低値を示したことから恒常性が保たれないことを確認した。
【0015】
以上のことは、細胞外にカリウムが停滞することで精神作業に必要な電解質代謝が円滑に行われなかったことに起因すると推測している。
そこで本発明者は、この作用を利用して本発明を完成した。
【0016】
即ち、本発明は安静時の額部皮下水分の電解質濃度、及び/或いは精神作業時の額部皮下の電解質濃度変化量を指標とした認知症の診断及び認知機能の評価方法である。認知症或いは、認知機能が低下した時、正常時と比較して安静時及び/或いは精神作業時の額部皮下の電解質濃度が低値を示す。
【0017】
ここで、安静時額部皮下水分の電解質濃度(IQ/BP)、精神作業時額部皮下水分の電解質濃度変化量(ΔIQ/BP)とは、皮下の電解質量(IQ値、通常μCで表される)に対する皮下の水分量(BP値、通常μAで表される)の比を示す数値である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高精度で簡便かつ再現性のよい認知症の診断及び認知機能の評価方法を提供することが可能となった。具体的には、ヒトの認知症や認知機能を医師、薬剤師はもちろんのこと、自身でも容易にセルフチェックでき、健康管理ツールとしても有用である。また抗認知症或いは抗認知機能低下に有効な薬剤や健康食品のスクリーニング手段として、或いは商品販売時における販促ツールとしても利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】認知機能MMSEスコアと精神作業時皮下水分電解質濃度
【図2】認知機能MMSEスコアと精神作業時TOI
【図3】認知機能MMSE高値群或いは低値群の精神作業時皮下水分電解質濃度
【図4】認知機能MMSE高値群或いは低値群の精神作業時TOI
【図5】尿中MHPGと精神作業中の額部皮下電解質濃度
【図6】「計画性がある」VAS度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図7】「計画性がある」VAS度数を安静時TOI
【図8】「集中力低下」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図9】「集中力低下」度数と安静時TOI
【図10】「頭がすっきりする」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図11】「頭がすっきりする」度数とクレペリン時TOI
【図12】「やる気が出ない」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図13】「やる気が出ない」度数と安静時TOI
【図14】「日中眠たくなる」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図15】「日中眠たくなる」度数と安静時TOI
【図16】「心の中で憤慨する」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図17】「心の中で憤慨する」度数と安静時TOI
【図18】「物事に気乗りしない」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図19】「物事に気乗りしない」度数とクレペリン時TOI
【図20】「憂うつだ」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図21】「憂うつだ」度数とクレペリン時TOI
【図22】血清中カリウム濃度と安静時の皮下水分電解質濃度
【図23】「計画性がある」度数と安静時の皮下水分の電解質濃度及び血清中カリウム濃度
【図24】「物事に気乗りしない」度数と血清中カリウム濃度
【図25】精神作業後活動度と血清中カリウム濃度
【発明を実施するための形態】
【0020】
本願発明を実施する形態の一例を紹介する。
まず被験者に対し、皮下水分量及び皮下電解質量を測定できる装置を額部に装着し、安静時及び一定の精神作業を負荷している最中に、額部皮下水分及び電解質量を測定する。測定終了後に、額部皮下水分の電解質濃度を算出し、安静時の電解質濃度、精神作業時の電解質濃度変化量によって認知症或いは認知機能の状態を評価する。
【0021】
精神作業は被験者の年齢や身体能力等により種々選択が可能である。例えば、内田クレペリン検査、1桁の数字の加算、減算、乗算等の繰り返しの計算課題、数字の暗唱や逆唱、特定の文字、数字や記号等の画像に指差しなどで特定の反応をする課題、鏡映描写課題、課題想起などが挙げられる。
【0022】
具体的には以下のような基準で、認知症或いは認知機能の低下を判断することができるが、これらによって限定されるものではない。
前述したような精神作業を健常人を対象に実施すると、精神作業中には額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)が増加し、作業後に安静することにより精神作業前のIQ/BPに戻り、それにより恒常性が維持されていることが確認される。一方、認知症の中核或いは周辺関連症状を呈する等の認知機能が低下したヒトでは、精神作業中のΔIQ/BPの増加が抑制され、作業後に安静することによりさらにIQ/BPが低くなり、恒常性が維持されていないことが確認される。
【0023】
例えば、精神作業として5分程度の計算課題と数字の暗唱を実施し、精神作業前安静時と精神作業中のIQ/BPを測定し、そのΔIQ/BPを算出する。すると、健常人ではΔIQ/BPが0.05〜0.7増加するが、認知機能が低下したヒトではΔIQ/BPが−0.3〜0.05の変化に留まる。
【0024】
さらに、例えば精神作業として30分程度の内田クレペリン検査を実施し、精神作業前安静時と作業終了5分間の安静後のIQ/BPを測定し、そのΔIQ/BPを算出する。すると、健常人では精神作業前後のΔIQ/BPが−0.2〜0.2であり恒常性が維持されているが、認知機能が低下したヒトではΔIQ/BPが−1.4〜−0.2と低値を示し、恒常性が維持されていないことが確認される。
【0025】
したがって、例えば認知症や認知機能低下の有無を評価する場合には、精神作業の条件(種類と時間)を設定し、健常人における精神作業前後でのΔIQ/BPを基準値として設定し、その基準値を満たさない場合には、認知機能が低下していると判断することができる。
【0026】
例えば、精神作業として5分程度の計算課題と数字の暗唱を実施した場合、健常人の精神作業中のΔIQ/BP=0.05〜0.7を基準値とし、被験者のΔIQ/BPが当該基準値よりも低値であれば認知機能が低下しているとして判断することができる。
【0027】
また、例えば精神作業として30分程度の内田クレペリン検査を実施した場合、健常人
の精神作業前後のΔIQ/BP=−0.2〜0.2を基準値とし、被験者のΔIQ/BPが当該基準値よりも低値であれば認知機能が低下していると判断することができる。
【0028】
また、健常人では安静時の額部皮下水分の電解質濃度IQ/BPが0.5〜1.5であるが、認知機能が低下したヒトではIQ/BPが0.2〜0.5と健常人よりも低値を示す。
したがって、例えば認知機能低下の有無の判断基準を安静時のIQ/BP=0.5〜1.5とし、IQ/BPが0.5よりも低値を示す場合には認知機能が低下しているとして判断することできる。
【0029】
なお、抗認知症若しくは抗認知機能低下物質、又は認知症若しくは認知機能改善薬のスクリーニング時に当該評価方法を用いる場合には、電解質濃度測定開始前に前もって被験物質を付与しておき、その後上記測定を行なう。安静時の電解質濃度が増加した物質や精神作業時の電解質濃度変化量が増加した物質は認知機能の改善効果等を有するものと判断できる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。実施例1では高齢者を対象とし、実施例2では健常成人を対象として健常成人でも認知機能の低下を評価できるかを検証した。
【0031】
(実施例1)
認知機能と額部皮下水分の電解質濃度との関連について、次の試験により確認した。
64歳から96歳の高齢者(女性24名、男性6名)を対象に、採尿後に認知機能検査(MMSE)、標準注意・意欲検査(CPT X課題)及び数字記憶の検査を実施した。機器による測定は、安静時及び精神作業として標準注意・意欲検査(CPT X課題)と数字記憶を実施している5分間の額部皮下水分値(BP:水分量、IQ:電解質量、IQ/BP:電解質濃度)を分極電流計(AMICA)により測定し、さらに、精神作業時の前頭葉血流をNIRO−200により測定した。また、尿検査として一般検査及びMHPG測定(クレアチニン補正、単位mg/gCr)を行った。
【0032】
分極電流計は、(有)アミカ社製を使用した。分極電流計とは、皮膚にパルス電圧(DC3V、500μsecの短形波)を印加し、1μsec単位で電極間を流れた電流量を精密に計測し、電気生理学的に皮膚の状態を測る装置である。
皮膚表面に電圧を加えると、水分の多い皮下の真皮層に電気が流れるが、最初に検出される電流(BP値、単位μA)は真皮層の断面積に比例することから、真皮水分量を推測することができる。一方、IQ値は、基底膜に溜まった電気量(IQ値:単位μC)を示し、電解質が多くなるとIQ値が高くなる。そして、IQ/BP値は、電解質濃度を示すことになる。
【0033】
精神作業時の前頭葉血流は、光トポグラフィ法(NIRS)による脳酸素代謝と脳血液循環を指標とした。このNIRSは頭蓋骨外から近赤外光を照射・受光し、無侵襲で局所脳血流動態を計測する方法で、例えば、赤外線酸素モニタ装置(浜松ホトニクス社製NIRO200)を用いることできる。
この装置により、脳血流の指標として、酸素化ヘモグロビン濃度(O2Hb)、脱酸素化ヘモグロビン濃度(HHb)、ヘモグロビン酸素飽和度(TOI)、組織中総ヘモグロビン相対値(nTHI)の各測定値が得られる。
【0034】
そして「酸素化ヘモグロビン濃度変化量(ΔO2Hb)」とは、酸素と結合したヘモグロビンの濃度の経時的変化量を示す数値で、通常μmoL/Lで表示される。
「脱酸素化ヘモグロビン濃度変化量(ΔHHb)」とは、酸素が外れたヘモグロビンの濃度の経時的変化量を示す数値で、通常μmoL/Lで表示される。
このΔO2HbとΔHHbの変化量により、精神作業による酸素供給量の変動を測ることができる。
「ヘモグロビン酸素飽和度(TOI)」とは、血液中のヘモグロビンの何%が酸素と結合しているかを示す数値で、酸素化ヘモグロビンと総ヘモグロビンの濃度比であり、通常%で表示される。
また、「組織中総ヘモグロビン相対値(nTHI)」とは、組織ヘモグロビン指標で、血流量を示す数値であり、a.u.(任意単位)で表される。
【0035】
酸素化ヘモグロビンの変化は「局所脳血流の変化」と高い相関を示していること(Hoshi,et.al., Journal of Applied Physilogy, 90, 1657, 2001)、神経活動に必要な大量の酸素と栄養を運ぶ「局所脳血流の増加」は、その部位の神経活動の増加を反映したものであると報告されている(Jueptner M & Weller C. (Neuroimage, 2, 148(1995))おり、「TOI」を前頭葉血流の指標とした。
【0036】
中核症状の認知機能(MMSE)と精神作業中の皮下水分電解質濃度(ΔIQ/BP)、及びヘモグロビン酸素飽和度(TOI)との間の相関関係を解析した(スピアマンの順位相関係数の検定)。
MMSEスコアとΔIQ/BPとの間には、図1に示すように有意な正の相関が認められ、認知症の疑いがあると判定されるMMSE23点以下では、ΔIQ/BPの顕著な増加は全く認められなかった。
一方、MMSEとTOIとの間には、図2に示すように顕著な相関は認められなかった。
【0037】
中核症状の認知機能(MMSE)について、スコア高低で分割し(MMSE低値群:MMSE27点以下、MMSE高値群:MMSE28点以上)、精神作業中の額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)を比較した(t-検定)。
MMSE低値群はMMSE高値群と比較して、図3に示すようにΔIQ/BPが有意に低値を示した。
一方、TOIについては、図4に示すように差が認められなかった。
【0038】
主に中枢由来のノルアドレナリン及びアドレナリンの代謝産物である尿中MHPGと精神作業中の額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)との間の相関関係を解析した(スピアマンの順位相関係数の検定)。
尿中MHPGとΔIQ/BPとの間には、図5に示すように有意な正の相関が認められた。
【0039】
(実施例2)
認知症の中核症状及び周辺症状と、額部皮下水分の電解質濃度との関連について、さらに上記項目と血清中カリウムとの関連について次の試験により確認した。
健常成人(女性n=40、男性n=14)を対象に、安静時、及び精神作業としてクレペリン検査を実施し5分程度安静にした後の額部皮下水分の電解質濃度を分極電流計(AMICA)により測定し、精神作業時の前頭葉血流をNIRO−200を用いて測定した。また、気分プロフィール調査(POMS)、意識調査(VAS)、体調アンケートを実施し、さらに安静時に採血を行い、血清中のカリウム濃度を評価した。
【0040】
POMSの質問項目のスコア(5段階)、意識調査として自覚的な活動意識のVAS度数(VASスコア(Visual Analogue Scale)法による評価で10cmスケールの自覚的な意識値(cm)を度数とした)、その他の体調アンケートにおいて認知症の中核症状又は周辺症状に関連する自覚症状の程度と、皮下水分の電解質濃度IQ/BP(安静時或い
はクレペリン検査後の変化量)との関連を解析した(単回帰分析及び対応のないt-検定)。
【0041】
安静時皮下水分の電解質濃度の高低、或いは血清中カリウム濃度高低で分割し、
中核症状の計画性について比較した(t-検定)。また、周辺関連に関連する自覚症状の程度や自覚的な活動意識のVAS度数と、血清中カリウムとの関連を解析した(対応のないt−検定)。
【0042】
表1に示すように、中核症状として「計画性がある(VAS度数)」と安静時皮下水分の電解質濃度との間には、有意な正の相関が認められた。
また表2に示すように、周辺症状として「日中覚醒(VAS度数)」と安静時皮下水分の電解質濃度との間にも、有意な正の相関が認められた。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
中核症状として「計画性がある(VAS度数)」「集中力低下(体調アンケート)」についてネガティブな症状の自覚を有するほど、図6及び図8に示すように安静時額部皮下水分の電解質濃度が有意に低かった。
一方、このときのTOIには、図7及び図9に示すように差が認められなかった。
また、「頭がすっきりする(POMSの度数)」の度数が低いほど、図10に示すように精神作業時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図11に示すように有意に低かった。
【0046】
周辺症状として「やる気が出ない(体調アンケート)」「日中眠たくなる」について、ネガティブな症状の自覚を有するほど、図12及び図14に示すように安静時額部皮下水分の電解質濃度が有意に低かった。
一方、この時のTOIには、図13及び図15に示すように差が認められなかった。
また、「心の中で憤慨する(POMSの度数)」が高いほど、図16に示すように安静時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図17に示すように有意に低かった。
【0047】
また、周辺症状として「物事に気乗りがしない(POMSの度数)」「憂うつだ(POMSの度数)」について度数が高いほど、図18及び図20に示すように精神作業時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図19及び図21に示すように有意に低かった。
【0048】
安静時額部皮下水分の電解質濃度或いは血清中のカリウム濃度の高低で分割したとき、図22及び図23に示すように電解質濃度高値及び血清中カリウム低値ほど、中核症状の「計画性」度数が有意に高かった。
【0049】
また、周辺症状として「物事に気乗りがしない(POMSの度数)」が高いほど、「精神作業後の活動度(VAS度数)」が低値ほど、図24及び図25に示すように血清中カリウム濃度が有意に高かった。
【0050】
以上のように、額部皮下水分の電解質濃度は、認知機能や認知症の症状を反映している。これは安静時の細胞外カリウム濃度を低く保つことで、精神作業時の電解質代謝が円滑に行われるように備えているものと考えられる。
【0051】
以上の結果より、額部の皮下水分の電解質濃度は、電解質代謝の活動を評価することで認知症の診断及び認知機能を評価する指標にとなりうることが確認された。
【技術分野】
【0001】
本発明は高精度で簡便かつ再現性のよい認知機能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、認知症の診断で最も用いられるものは、アメリカの精神医学会が提唱しているDSM−IV(精神障害の診断と統計の手引き)である。これは、アルツハイマーや脳血管認知症など種々認知症に共通する診断基準で、多彩な認知障害の発現として、記憶障害以外に、失語、失行、失認、実行機能障害のいずれかがあり、それらが原因で社会生活に支障をきたすこと、さらに認知欠損はせん妄の経過中にのみ観察されるものではないこと、上記状態が、脳などの身体的な原因があるか、あると推測されること、としている。また、認知症の診断にはSPEC(単一光子放射断層撮影)やPET(ポジトロン断層法)の脳画像による解析も推奨されている。
【0003】
その他最近では、患者の代謝産物マーカーの定量化から認知症を診断する「認知症及び神経障害の診断方法(特許文献1)」、標本細胞、組織または体液からミトコンドリア制御領域の存在やその程度の判定から「アルツハイマー病および他の神経変性疾患の発症前または発症後診断の方法および組成物(特許文献2)」の提案、さらに無症候患者のアミロイド沈着を伴う疾患への進行や病因が疑わしい認知症傾向障害を呈している患者におけるアミロイド沈着疾患を同定するための「アミロイド沈着を伴う疾患の前駆形態の診断方法(特許文献3)」、特定のアミロイドβペプチドの比の決定に基いた「アルツハイマー病の予測、診断および鑑別診断のための方法(特許文献4)」、糖鎖を付加したトランスフェリンに着目した「アルツハイマーの診断キット、診断マーカー及び病態指標の検出方法(特許文献5)」などが開示されている。
【0004】
さらに近年、非侵襲的に脳血流を評価するNIRS(近赤外分光法)による認知症の評価が検証され、感度がよく簡便でコストも低いことからも、認知症を評価する装置として有用である可能性が示唆されている。また、認知症患者の脳や血中でカテコールアミンや脳神経由来神経栄養因子(BDNF)が低下するため、認知症診断の指標として有用である。特に、ノルアドレナリン及びアドレナリンの代謝産物である尿中MHPG(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール)は、主に中枢由来で脳の精神活動を反映し、認知機能の低下で尿中MHPGが低下することが知られており、脳の神経活動を把握する指標とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2009−528517号広報
【特許文献2】特開2008−500058号広報
【特許文献3】特開2008−505116号広報
【特許文献4】特開2007−522434号広報
【特許文献5】国際公開第2008/029886号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記DSM−IV診断基準を満たした場合、認知症の程度は大幅に進行していることが考えられ、早期発見、早期治療を開始することは困難である。また、脳画像による解析や、組織、体液の評価では、患者の身体的負担、時間、費用及び測定者の熟練した技術が必要であることが課題である。
本発明の目的は、精度が高く、簡便かつ再現性のよい認知機能の評価法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、額部皮下水分の電解質濃度を指標とする認知機能の評価方法である。
更に詳しくは、安静時の額部皮下水分の電解質濃度、及び/又は精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度を指標とする認知機能の評価方法である。
【0008】
本発明者らは、精神作業時では脳温維持のために額部から発汗する冷却機構が存在すること、さらに、神経伝達には細胞内外の電解質の濃度比が重要な役割を担うことに着目し、額部皮下水分の電解質濃度を測定することにより、認知症の診断及び認知機能の低下を評価することが出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本来、認知症や認知機能が低下した状態では、脳の神経細胞の脱落が観察され、その脱落は記憶力の低下として反映される。
記憶の形成は、神経細胞の脱分極により細胞内外の電位差が小さくなり、ナトリウム、カルシウムイオンが濃度勾配に従い一気に流入する細胞の興奮で起動する種々メカニズムに由来する。脳の神経細胞における従来の研究は、脱分極以降に起こる生体反応に焦点を当てたものが主であった。
そこで本発明者らは、脱分極に影響を及ぼす細胞外のイオン濃度に着目し、これらの作用・機序の解明及びその利用について鋭意研究を進めた。
【0010】
通常、神経細胞において、カリウムは圧倒的に細胞内に多く存在し、反対にナトリウム、塩素、カルシウムはその殆どが細胞外に存在する。これら細胞内外に存在するイオンの分布差が細胞膜を隔てて電位差、即ち静止膜電位を生じ、その電位は細胞内外のイオン濃度とそのイオンの膜透過性から算出することができる(ゴールドマン・ホジキン・カッツの式)。
静止膜電位は、細胞外に存在するカリウム濃度に大きく依存し、それは漏洩カリウムチャネルによるカリウムの高い膜浸透性と、細胞外で希薄なカリウム濃度が細胞内からのわずかなカリウムの流出で濃度比が大きく変化することに起因する。
【0011】
心筋では、細胞外にカリウムが貯留することで細胞内外の電位差が小さくなり、脱分極による電位の変化量が小さくなる。そのため、高カリウム血症では心筋の信号伝達が通常通りに働かず心機能が低下、心拍が減少することが知られている。
【0012】
脱分極による膜電位の変化量は、安静時の細胞外カリウム濃度を低いまま維持し静止膜電位を低く保つことで、興奮による電位変化量を見かけ上大きくすることができる。脳の微小環境を保つ機能があるアストロサイトは、細胞外カリウムイオン濃度の調節を担うことが古くから提唱されている。
【0013】
アストロサイトは毛細血管と接し、血液と物質交換を行なっているが、毛細血管は静脈に移行し、硬膜静脈洞に注がれ、その血液の一部は導出静脈によって頭部外表の静脈に注がれる。細胞間液は、血液により運ばれた物質が毛細血管壁を介して拡散されるので、額部と脳とは密接な関連があると考えられる。
以上のことから、認知症及び認知機能の低下は、静止膜電位を形成するイオンのターンオーバー機能低下による脱分極の電位変化量低下に起因し、額部皮下水分の電解質濃度を測定することにより、認知症の有無や認知機能低下を知る手がかりになり得るものと考えられる。
【0014】
本発明者らは、短時間の精神作業時の額部皮下水分の電解質濃度を測定したところ、認
知機能が低値を示した人では、精神作業時の額部皮下の電解質濃度の変化量が小さいことを確認した。
また、安静時、及び長時間の精神作業後安静にしたときの額部皮下水分の電解質濃度を測定したところ、認知症の中核関連症状や周辺関連症状を自覚する人では、安静時の電解質濃度が低値を示し、精神作業後安静にしたときも電解質濃度が低値を示し、さらに精神作業前と比較しても低値を示したことから恒常性が保たれないことを確認した。
【0015】
以上のことは、細胞外にカリウムが停滞することで精神作業に必要な電解質代謝が円滑に行われなかったことに起因すると推測している。
そこで本発明者は、この作用を利用して本発明を完成した。
【0016】
即ち、本発明は安静時の額部皮下水分の電解質濃度、及び/或いは精神作業時の額部皮下の電解質濃度変化量を指標とした認知症の診断及び認知機能の評価方法である。認知症或いは、認知機能が低下した時、正常時と比較して安静時及び/或いは精神作業時の額部皮下の電解質濃度が低値を示す。
【0017】
ここで、安静時額部皮下水分の電解質濃度(IQ/BP)、精神作業時額部皮下水分の電解質濃度変化量(ΔIQ/BP)とは、皮下の電解質量(IQ値、通常μCで表される)に対する皮下の水分量(BP値、通常μAで表される)の比を示す数値である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高精度で簡便かつ再現性のよい認知症の診断及び認知機能の評価方法を提供することが可能となった。具体的には、ヒトの認知症や認知機能を医師、薬剤師はもちろんのこと、自身でも容易にセルフチェックでき、健康管理ツールとしても有用である。また抗認知症或いは抗認知機能低下に有効な薬剤や健康食品のスクリーニング手段として、或いは商品販売時における販促ツールとしても利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】認知機能MMSEスコアと精神作業時皮下水分電解質濃度
【図2】認知機能MMSEスコアと精神作業時TOI
【図3】認知機能MMSE高値群或いは低値群の精神作業時皮下水分電解質濃度
【図4】認知機能MMSE高値群或いは低値群の精神作業時TOI
【図5】尿中MHPGと精神作業中の額部皮下電解質濃度
【図6】「計画性がある」VAS度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図7】「計画性がある」VAS度数を安静時TOI
【図8】「集中力低下」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図9】「集中力低下」度数と安静時TOI
【図10】「頭がすっきりする」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図11】「頭がすっきりする」度数とクレペリン時TOI
【図12】「やる気が出ない」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図13】「やる気が出ない」度数と安静時TOI
【図14】「日中眠たくなる」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図15】「日中眠たくなる」度数と安静時TOI
【図16】「心の中で憤慨する」度数と安静時の皮下水分電解質濃度
【図17】「心の中で憤慨する」度数と安静時TOI
【図18】「物事に気乗りしない」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図19】「物事に気乗りしない」度数とクレペリン時TOI
【図20】「憂うつだ」度数とクレペリン時の皮下水分電解質濃度
【図21】「憂うつだ」度数とクレペリン時TOI
【図22】血清中カリウム濃度と安静時の皮下水分電解質濃度
【図23】「計画性がある」度数と安静時の皮下水分の電解質濃度及び血清中カリウム濃度
【図24】「物事に気乗りしない」度数と血清中カリウム濃度
【図25】精神作業後活動度と血清中カリウム濃度
【発明を実施するための形態】
【0020】
本願発明を実施する形態の一例を紹介する。
まず被験者に対し、皮下水分量及び皮下電解質量を測定できる装置を額部に装着し、安静時及び一定の精神作業を負荷している最中に、額部皮下水分及び電解質量を測定する。測定終了後に、額部皮下水分の電解質濃度を算出し、安静時の電解質濃度、精神作業時の電解質濃度変化量によって認知症或いは認知機能の状態を評価する。
【0021】
精神作業は被験者の年齢や身体能力等により種々選択が可能である。例えば、内田クレペリン検査、1桁の数字の加算、減算、乗算等の繰り返しの計算課題、数字の暗唱や逆唱、特定の文字、数字や記号等の画像に指差しなどで特定の反応をする課題、鏡映描写課題、課題想起などが挙げられる。
【0022】
具体的には以下のような基準で、認知症或いは認知機能の低下を判断することができるが、これらによって限定されるものではない。
前述したような精神作業を健常人を対象に実施すると、精神作業中には額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)が増加し、作業後に安静することにより精神作業前のIQ/BPに戻り、それにより恒常性が維持されていることが確認される。一方、認知症の中核或いは周辺関連症状を呈する等の認知機能が低下したヒトでは、精神作業中のΔIQ/BPの増加が抑制され、作業後に安静することによりさらにIQ/BPが低くなり、恒常性が維持されていないことが確認される。
【0023】
例えば、精神作業として5分程度の計算課題と数字の暗唱を実施し、精神作業前安静時と精神作業中のIQ/BPを測定し、そのΔIQ/BPを算出する。すると、健常人ではΔIQ/BPが0.05〜0.7増加するが、認知機能が低下したヒトではΔIQ/BPが−0.3〜0.05の変化に留まる。
【0024】
さらに、例えば精神作業として30分程度の内田クレペリン検査を実施し、精神作業前安静時と作業終了5分間の安静後のIQ/BPを測定し、そのΔIQ/BPを算出する。すると、健常人では精神作業前後のΔIQ/BPが−0.2〜0.2であり恒常性が維持されているが、認知機能が低下したヒトではΔIQ/BPが−1.4〜−0.2と低値を示し、恒常性が維持されていないことが確認される。
【0025】
したがって、例えば認知症や認知機能低下の有無を評価する場合には、精神作業の条件(種類と時間)を設定し、健常人における精神作業前後でのΔIQ/BPを基準値として設定し、その基準値を満たさない場合には、認知機能が低下していると判断することができる。
【0026】
例えば、精神作業として5分程度の計算課題と数字の暗唱を実施した場合、健常人の精神作業中のΔIQ/BP=0.05〜0.7を基準値とし、被験者のΔIQ/BPが当該基準値よりも低値であれば認知機能が低下しているとして判断することができる。
【0027】
また、例えば精神作業として30分程度の内田クレペリン検査を実施した場合、健常人
の精神作業前後のΔIQ/BP=−0.2〜0.2を基準値とし、被験者のΔIQ/BPが当該基準値よりも低値であれば認知機能が低下していると判断することができる。
【0028】
また、健常人では安静時の額部皮下水分の電解質濃度IQ/BPが0.5〜1.5であるが、認知機能が低下したヒトではIQ/BPが0.2〜0.5と健常人よりも低値を示す。
したがって、例えば認知機能低下の有無の判断基準を安静時のIQ/BP=0.5〜1.5とし、IQ/BPが0.5よりも低値を示す場合には認知機能が低下しているとして判断することできる。
【0029】
なお、抗認知症若しくは抗認知機能低下物質、又は認知症若しくは認知機能改善薬のスクリーニング時に当該評価方法を用いる場合には、電解質濃度測定開始前に前もって被験物質を付与しておき、その後上記測定を行なう。安静時の電解質濃度が増加した物質や精神作業時の電解質濃度変化量が増加した物質は認知機能の改善効果等を有するものと判断できる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。実施例1では高齢者を対象とし、実施例2では健常成人を対象として健常成人でも認知機能の低下を評価できるかを検証した。
【0031】
(実施例1)
認知機能と額部皮下水分の電解質濃度との関連について、次の試験により確認した。
64歳から96歳の高齢者(女性24名、男性6名)を対象に、採尿後に認知機能検査(MMSE)、標準注意・意欲検査(CPT X課題)及び数字記憶の検査を実施した。機器による測定は、安静時及び精神作業として標準注意・意欲検査(CPT X課題)と数字記憶を実施している5分間の額部皮下水分値(BP:水分量、IQ:電解質量、IQ/BP:電解質濃度)を分極電流計(AMICA)により測定し、さらに、精神作業時の前頭葉血流をNIRO−200により測定した。また、尿検査として一般検査及びMHPG測定(クレアチニン補正、単位mg/gCr)を行った。
【0032】
分極電流計は、(有)アミカ社製を使用した。分極電流計とは、皮膚にパルス電圧(DC3V、500μsecの短形波)を印加し、1μsec単位で電極間を流れた電流量を精密に計測し、電気生理学的に皮膚の状態を測る装置である。
皮膚表面に電圧を加えると、水分の多い皮下の真皮層に電気が流れるが、最初に検出される電流(BP値、単位μA)は真皮層の断面積に比例することから、真皮水分量を推測することができる。一方、IQ値は、基底膜に溜まった電気量(IQ値:単位μC)を示し、電解質が多くなるとIQ値が高くなる。そして、IQ/BP値は、電解質濃度を示すことになる。
【0033】
精神作業時の前頭葉血流は、光トポグラフィ法(NIRS)による脳酸素代謝と脳血液循環を指標とした。このNIRSは頭蓋骨外から近赤外光を照射・受光し、無侵襲で局所脳血流動態を計測する方法で、例えば、赤外線酸素モニタ装置(浜松ホトニクス社製NIRO200)を用いることできる。
この装置により、脳血流の指標として、酸素化ヘモグロビン濃度(O2Hb)、脱酸素化ヘモグロビン濃度(HHb)、ヘモグロビン酸素飽和度(TOI)、組織中総ヘモグロビン相対値(nTHI)の各測定値が得られる。
【0034】
そして「酸素化ヘモグロビン濃度変化量(ΔO2Hb)」とは、酸素と結合したヘモグロビンの濃度の経時的変化量を示す数値で、通常μmoL/Lで表示される。
「脱酸素化ヘモグロビン濃度変化量(ΔHHb)」とは、酸素が外れたヘモグロビンの濃度の経時的変化量を示す数値で、通常μmoL/Lで表示される。
このΔO2HbとΔHHbの変化量により、精神作業による酸素供給量の変動を測ることができる。
「ヘモグロビン酸素飽和度(TOI)」とは、血液中のヘモグロビンの何%が酸素と結合しているかを示す数値で、酸素化ヘモグロビンと総ヘモグロビンの濃度比であり、通常%で表示される。
また、「組織中総ヘモグロビン相対値(nTHI)」とは、組織ヘモグロビン指標で、血流量を示す数値であり、a.u.(任意単位)で表される。
【0035】
酸素化ヘモグロビンの変化は「局所脳血流の変化」と高い相関を示していること(Hoshi,et.al., Journal of Applied Physilogy, 90, 1657, 2001)、神経活動に必要な大量の酸素と栄養を運ぶ「局所脳血流の増加」は、その部位の神経活動の増加を反映したものであると報告されている(Jueptner M & Weller C. (Neuroimage, 2, 148(1995))おり、「TOI」を前頭葉血流の指標とした。
【0036】
中核症状の認知機能(MMSE)と精神作業中の皮下水分電解質濃度(ΔIQ/BP)、及びヘモグロビン酸素飽和度(TOI)との間の相関関係を解析した(スピアマンの順位相関係数の検定)。
MMSEスコアとΔIQ/BPとの間には、図1に示すように有意な正の相関が認められ、認知症の疑いがあると判定されるMMSE23点以下では、ΔIQ/BPの顕著な増加は全く認められなかった。
一方、MMSEとTOIとの間には、図2に示すように顕著な相関は認められなかった。
【0037】
中核症状の認知機能(MMSE)について、スコア高低で分割し(MMSE低値群:MMSE27点以下、MMSE高値群:MMSE28点以上)、精神作業中の額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)を比較した(t-検定)。
MMSE低値群はMMSE高値群と比較して、図3に示すようにΔIQ/BPが有意に低値を示した。
一方、TOIについては、図4に示すように差が認められなかった。
【0038】
主に中枢由来のノルアドレナリン及びアドレナリンの代謝産物である尿中MHPGと精神作業中の額部皮下水分の電解質濃度(ΔIQ/BP)との間の相関関係を解析した(スピアマンの順位相関係数の検定)。
尿中MHPGとΔIQ/BPとの間には、図5に示すように有意な正の相関が認められた。
【0039】
(実施例2)
認知症の中核症状及び周辺症状と、額部皮下水分の電解質濃度との関連について、さらに上記項目と血清中カリウムとの関連について次の試験により確認した。
健常成人(女性n=40、男性n=14)を対象に、安静時、及び精神作業としてクレペリン検査を実施し5分程度安静にした後の額部皮下水分の電解質濃度を分極電流計(AMICA)により測定し、精神作業時の前頭葉血流をNIRO−200を用いて測定した。また、気分プロフィール調査(POMS)、意識調査(VAS)、体調アンケートを実施し、さらに安静時に採血を行い、血清中のカリウム濃度を評価した。
【0040】
POMSの質問項目のスコア(5段階)、意識調査として自覚的な活動意識のVAS度数(VASスコア(Visual Analogue Scale)法による評価で10cmスケールの自覚的な意識値(cm)を度数とした)、その他の体調アンケートにおいて認知症の中核症状又は周辺症状に関連する自覚症状の程度と、皮下水分の電解質濃度IQ/BP(安静時或い
はクレペリン検査後の変化量)との関連を解析した(単回帰分析及び対応のないt-検定)。
【0041】
安静時皮下水分の電解質濃度の高低、或いは血清中カリウム濃度高低で分割し、
中核症状の計画性について比較した(t-検定)。また、周辺関連に関連する自覚症状の程度や自覚的な活動意識のVAS度数と、血清中カリウムとの関連を解析した(対応のないt−検定)。
【0042】
表1に示すように、中核症状として「計画性がある(VAS度数)」と安静時皮下水分の電解質濃度との間には、有意な正の相関が認められた。
また表2に示すように、周辺症状として「日中覚醒(VAS度数)」と安静時皮下水分の電解質濃度との間にも、有意な正の相関が認められた。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
中核症状として「計画性がある(VAS度数)」「集中力低下(体調アンケート)」についてネガティブな症状の自覚を有するほど、図6及び図8に示すように安静時額部皮下水分の電解質濃度が有意に低かった。
一方、このときのTOIには、図7及び図9に示すように差が認められなかった。
また、「頭がすっきりする(POMSの度数)」の度数が低いほど、図10に示すように精神作業時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図11に示すように有意に低かった。
【0046】
周辺症状として「やる気が出ない(体調アンケート)」「日中眠たくなる」について、ネガティブな症状の自覚を有するほど、図12及び図14に示すように安静時額部皮下水分の電解質濃度が有意に低かった。
一方、この時のTOIには、図13及び図15に示すように差が認められなかった。
また、「心の中で憤慨する(POMSの度数)」が高いほど、図16に示すように安静時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図17に示すように有意に低かった。
【0047】
また、周辺症状として「物事に気乗りがしない(POMSの度数)」「憂うつだ(POMSの度数)」について度数が高いほど、図18及び図20に示すように精神作業時の額部水分の電解質濃度が有意に低く、このときのTOIも図19及び図21に示すように有意に低かった。
【0048】
安静時額部皮下水分の電解質濃度或いは血清中のカリウム濃度の高低で分割したとき、図22及び図23に示すように電解質濃度高値及び血清中カリウム低値ほど、中核症状の「計画性」度数が有意に高かった。
【0049】
また、周辺症状として「物事に気乗りがしない(POMSの度数)」が高いほど、「精神作業後の活動度(VAS度数)」が低値ほど、図24及び図25に示すように血清中カリウム濃度が有意に高かった。
【0050】
以上のように、額部皮下水分の電解質濃度は、認知機能や認知症の症状を反映している。これは安静時の細胞外カリウム濃度を低く保つことで、精神作業時の電解質代謝が円滑に行われるように備えているものと考えられる。
【0051】
以上の結果より、額部の皮下水分の電解質濃度は、電解質代謝の活動を評価することで認知症の診断及び認知機能を評価する指標にとなりうることが確認された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
額部皮下水分の電解質濃度を指標とすることを特徴とする認知機能の評価方法。
【請求項2】
請求項1の評価方法において、精神作業を負荷したときの額部皮下水分の電解質濃度変化量を指標とする認知機能の評価方法。
【請求項3】
請求項1又は2の評価方法を用いた認知症の有無を試験する方法。
【請求項4】
請求項1又は2の評価方法を用いた被験物質の評価方法。
【請求項1】
額部皮下水分の電解質濃度を指標とすることを特徴とする認知機能の評価方法。
【請求項2】
請求項1の評価方法において、精神作業を負荷したときの額部皮下水分の電解質濃度変化量を指標とする認知機能の評価方法。
【請求項3】
請求項1又は2の評価方法を用いた認知症の有無を試験する方法。
【請求項4】
請求項1又は2の評価方法を用いた被験物質の評価方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図2】
【図3】
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【図8】
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【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【公開番号】特開2012−125558(P2012−125558A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257020(P2011−257020)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 和漢医薬学会、Journal of Traditional Medicines 28巻 増刊号、2011年8月1日発行
【出願人】(306018343)クラシエ製薬株式会社 (32)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 和漢医薬学会、Journal of Traditional Medicines 28巻 増刊号、2011年8月1日発行
【出願人】(306018343)クラシエ製薬株式会社 (32)
【Fターム(参考)】
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