説明

認知症治療薬

【課題】認知症及び/又はそれに伴う随伴症状に対する改善・治療効果に優れ、しかも興奮症を伴いにくい認知症治療薬の提供。
【解決手段】フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカの抽出物とを、100:5〜100:40の質量比で組み合わせてなる認知症治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症及び/又はそれに伴う種々の随伴症状を改善・治療するための認知症治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、認知機能障害、主として記憶、判断力、見当識の障害によって特徴づけられる疾患であり、「アルツハイマー型認知症」、「血管性認知症」、「脳損傷、脳機能不全及び身体疾患による他の精神障害」など多くの下位区分がある。この疾患の初発は一般的には60代から80代もしくはそれ以降に生じる。多くは進行性の経過をたどり、その間、せん妄、幻覚や妄想、抑うつ気分、意欲低下、睡眠障害、不安、焦燥、緊張、全身倦怠感、不定愁訴、パーキンソン症状、神経麻痺など、多彩な精神神症状及び神経症状を呈する。
【0003】
認知症の一般的な治療法として、アルツハイマー型認知症においては、コリンエステラーゼ阻害薬を用いる薬物療法がある。血管性認知症の場合には、進行の予防が大切であり、抗高血圧薬、抗凝固薬、抗血小板薬などの薬物が用いられることがある。また、認知症に伴う上記精神神症状及び神経症状といった多彩な症状に対しては、抗精神病薬、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬、抗パーキンソン病薬などを処方しうる。抑肝散も認知症の治療によく用いられる。
【0004】
しかしながら、コリンエステラーゼ阻害薬は、消化器症状、肝毒性などの副作用のため、その使用は制限的である。また、抗高血圧薬、抗凝固薬、抗血小板薬などには予防効果はあるものの、認知症そのものに対しては一般的に改善効果を期待することは困難である。抑肝散は、低カリウム血症を引き起こすことが知られており、その使用には注意を要する。さらに、抗精神病薬、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬、抗パーキンソン病薬などの薬物は、高齢者に使用した場合、興奮、錯乱、過沈静などを及ぼす可能性があることに留意せねばならない。
【0005】
近年、認知症の下位分類である「アルツハイマー型認知症」、「血管性認知症」、「脳損傷、脳機能不全及び身体疾患による他の精神障害」など多岐にわたる各々の認知症者やレビー小体病者における脳内で、活性化されたミクログリア(活性型ミクログリア)が増加しており、これらが認知症の病態発生に関与している、という研究成果が報告された(非特許文献1、及び2)。
【0006】
一方、最近、種々の食物や草木などに含まれる物質が脳機能を改善させる作用を有することが科学者の注目を集めている(非特許文献3)。それらのうち、様々な食物に含まれ、強力な抗酸化作用及び抗炎症作用を有するフェルラ酸が、動物実験により、ミクログリアの活性化を抑制し、また、神経保護作用を有するとの研究成果が報告された(非特許文献4及び5)。また、フェルラ酸と共に、セリ科シシウド属の二年草であるガーデンアンゼリカ(セイヨウトウキ)の抽出物を併用し、認知症に対する予防効果を確認したことも報告されている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Neuroimage, 24(2):591-595, 2005
【非特許文献2】J. Neuropathol. Exp. Neurol., 66:683-686, 2007
【非特許文献3】Nat. Rev. Neurosci., 9:568-578, 2008
【非特許文献4】Brain Res., 2008 May 13; 1209:136-150, Epub 2008 Mar 18
【非特許文献5】Br. J. Pharmacol., 2001 May; 133(1):89-96
【非特許文献6】中村重信ら, Geriatric Medicine(老年医学), Vol.46, No.12: 1511-1519(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献6では、フェルラ酸とガーデンアンゼリカ抽出物を1:1の質量比で含有する合剤を使用しているが、本発明者は、かかる併用によりフェルラ酸の効果はより向上するものの、一部の患者には興奮を引き起しやすい傾向となることを見出した。
【0009】
従って本発明は、認知症及び/又はそれに伴う随伴症状に対する改善・治療効果に優れ、しかも興奮症を伴いにくい、認知症治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、フェルラ酸とガーデンアンゼリカ抽出物の比率を一定範囲内に調整することにより、両者の併用による優れた認知症治療効果を維持しながら、興奮症の発症を抑制できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカ(Angelica archangelica)の抽出物とを、100:5〜100:40の質量比で組み合わせてなる認知症治療薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の認知症治療薬は、認知症及び/又はそれに伴う種々の随伴症状に対し、優れた治療効果を有し、しかも興奮症を伴いにくいものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明で用いるフェルラ酸は、これを含有する植物から抽出することもでき、化学合成により工業的に製造することもできる。
【0014】
フェルラ酸を含有する植物としては、例えば、コーヒー、タマネギ、ダイコン、レモン、センキュウ、トウキ、マツ、オウレン、アギ、カンショ、トウモロコシ、大麦、小麦、コメ等が好ましく、特にコメが好ましい。例えば、米糠から米油を製造する際の廃棄物や副産物である廃油、アルカリ油滓、粗脂肪酸を原料として、これらをアルカリ加水分解して安価に得ることができる。
【0015】
またフェルラ酸は、例えば4-ヒドロキシ-3-メトキシベンズアルデヒド(バニリン)とマロン酸の縮合脱炭酸などによって製造することもできる。
【0016】
フェルラ酸は、薬学的に許容される塩の形で用いることにより水溶性を向上させ、有効性を増大させることもできる。このような塩形成用の塩基物質としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物;水酸化アンモニウム等の無機塩基;アルギニン、リジン、ヒスチジン、オルニチン等の塩基性アミノ酸;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基を用いることができるが、特にアルカリ金属水酸化物及びアルカリ土類金属水酸化物が好ましい。また、フェルラ酸の血中濃度の持続性向上のため、シクロデキストリン等による包接体として用いることもできる。
【0017】
本発明においてガーデンアンゼリカ(Angelica archangelica)は、主にその根茎部又は葉が利用される。その抽出物としては特に限定されず、適切な溶媒を用い常法に従って製造することができる。抽出溶媒としては、例えばメタノール、エタノール等の低級アルコール、又はかかる低級アルコールと水との混合溶媒を使用することができる。
【0018】
本発明の認知症治療薬は、フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカの抽出物とを、組み合わせてなるものであるが、両者の併用による優れた認知症治療効果を維持しつつ、興奮症の発症を抑制する観点より、両者の質量比を100:5〜100:40の範囲内とするものである。フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカの抽出物との質量比は、100:8〜100:30がより好ましく、更には100:10〜100:25が好ましい。なお、ガーデンアンゼリカ抽出物は、軟エキス剤として用いても、減圧乾燥して粉末状として用いてもよいが、上記の質量比におけるガーデンアンゼリカ抽出物の量は、固形分換算量を基準とするものとする。
【0019】
本発明の認知症治療薬は、フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカの抽出物とを、上記質量比で含有する配合剤の形態であってもよく、また、フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩を含有する製剤と、ガーデンアンゼリカの抽出物を含有する製剤とからなり、両製剤を上記質量比で併用するキットの形態であってもよい。
【0020】
本発明の認知症治療薬が上記いずれの形態の場合であっても、それぞれの製剤は、許容される担体を用いて製造することができる。本発明の認知症治療薬を製造するにあたり、活性成分、すなわちフェルラ酸又はその薬学的に許容される塩、及びガーデンアンゼリカの抽出物は、通常、賦形剤を用いて混合されるか、賦形剤により希釈されるか、或いはカプセル、サシェ、ペーパー又は他のコンテナの形態にできる担体に封入される。賦形剤を希釈剤として用いる場合、賦形剤は活性成分に対して媒体、担体又は媒質として作用する固形、半固形、液体組成物であってもよい。このように、本発明の認知症治療薬は、錠剤、丸剤、粉末剤、トローチ剤、サシェ剤、カシェ剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、溶液剤、シロップ剤、軟及び硬ゼラチンカプセル剤、坐剤、滅菌注射溶液及び滅菌包装粉剤の剤型にできる。また、キャンディー、ガム、クッキー等の菓子類や、飲料、パン類、スープ類等の食品の形態とすることもできる。本発明の認知症治療薬は、経口用又は注射用のいずれであってもよいが、経口用であることがより好ましい。
【0021】
フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩を含有する製剤と、ガーデンアンゼリカの抽出物を含有する製剤とからなるキットの形態の場合、両製剤の形態は、同一であっても、異なってもよい。例えば、一方の製剤が経口用で、他方の製剤が注射剤であってもよい。好ましくは、いずれもが経口用の形態である。
【0022】
本発明において、フェルラ酸又はその塩、ガーデンアンゼリカの抽出物とを、認知症患者に前述の比率で投与することにより、投与に伴う興奮症の発症を抑制しつつ、認知症に伴う諸症状、例えば、記憶、思考、見当識、理解、学習能力、言語、判断を含む多数の高次皮質機能障害を含む認知機能障害及び/又はそれらに伴うせん妄、幻覚や妄想、抑うつ気分、意欲低下、睡眠障害、不安、焦燥、緊張、全身倦怠感、不定愁訴、パーキンソン症状、神経麻痺など、多彩な精神神症状及び神経症状などを改善することができる。また、従来の認知症治療薬によっても改善しにくい患者に対しても有効である。
【0023】
本発明の認知症治療薬の具体的投与量は、個々の患者の症状、年齢、体重等や、投与形態、投与回数、他剤の併用等を考慮し、適宜決定することができるが、経口投与の場合、成人1日あたりの投与量は、フェルラ酸又はその塩として、50〜1000mg/日、更には100〜600mg/日、特に200〜400mg/日が好ましく、ガーデンアンゼリカの抽出物は、乾燥分換算量として、上記フェルラ酸又はその塩に対し、前述の質量比で使用される。
【実施例】
【0024】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、これはいかなる意味においても本発明の範囲を限定するものではない。
【0025】
実施例1
認知症患者のうち、無気力、無関心、無言、食事摂取低下等の陰性BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)を呈する者20例を対象として、フェルラ酸とガーデンアンゼリカ抽出物を100:20の質量比で含む製剤を使用し、以下に示す約半数に効果をみた。
副作用としては、下痢・嘔気等の消化器症状で、ガーデンアンゼリカの強壮・消化促進作用が副作用として出現したものと考える。今回2例に同症状を経験し中断した。それ以外の特記すべき副作用はみられなかった。
薬剤は、1包1.5g中フェルラ酸100mgとガーデンアンゼリカ抽出物20mgを含む合剤(グロービア社製フェルガード100M)を使用し、これを1日1〜2包服用させた。塩酸ドネペジルや塩酸アマンタジン等の他剤をすでに使用している場合、中断せず併用した。2か月間使用し効果のみられなかった症例や副作用(下痢等の消化器症状)を呈した例は中断した。
【0026】
<症例1>
91歳女性。認知症にて施設入所中、食事摂取に時間がかかるとの訴えで来院。
・初診時所見:
右側に軽度振戦・固縮を認め、すくみ足や高度の歩行障害あり。中等度の前傾姿勢で、右側に傾き介助なしに立ち上がり困難。無気力・無関心で質問に応答不可。頭部CTにて海馬の著明な萎縮を認め、認知症にパーキンソン病の合併と診断。
・経過:
抗パーキンソン剤を処方し、1週後に表情・固縮改善し手引き歩行可能となった。
1か月後、食事に相変わらず1時間近くかかり、嚥下に時間がかかるとの施設職員の訴えがあり、右傾きも改善しないため、抗パーキンソン剤を増量・追加し、脳代謝改善剤を加えたが変化なし。
2か月後、フェルガード100Mを処方。
2か月半後(フェルガード100M服用2週後)、右傾き・変換運動改善。表情もおだやかになり、質問に応答するなど態度改善。物品呼称は腕時計・眼鏡等可能。
3か月後(服用1カ月後)、食事時間が30分位に短縮し、口内に食事を貯め込むこともなくなり嚥下機能改善。カメラを向けるとピースサインのポーズもする。
【0027】
<症例2>
70歳女性。重度アルツハイマー型認知症。胃瘻孔経管栄養で寝たきり状態。夫の希望で気管切開せず経口・経鼻的に喀痰吸引していたが、夜間1時間毎に吸痰の必要あり、介護負担増加。
フェルガード100M処方後、嚥下運動がみられ喀痰を飲み込むようになり夜間4時間程、喀痰吸引の必要がなくなった。夫の呼びかけに笑顔をみせる反応あり。
【0028】
<その他 効果のあった症例>
90歳女性 娘の名前を呼ぶようになった。
80歳女性 うつ状態が改善し会話可能となった。
92歳男性 発語するようになり食事摂取時間が短縮した。
73歳女性 幻覚がなくなりリスペリドン投与の中止が可能となった。
66歳男性 イライラ感がなくなり集団生活に順応するようになった。
82歳男性 意欲向上しデイケア通所を楽しむようになった。
86歳女性 介護に対する抵抗が減少し、食事介助も改善した。
【0029】
実施例2
外来通院患者で、アルツハイマー型認知症(DAT)、レビー小体型認知症(DLB)の診断が確定し、何らかのBPSDを有する患者24名(DAT20名、DLB4名。男性10、女性12名、平均年齢78歳)を対象とした。
観察期間を4ヶ月として、同一患者でフェルガード100Mを1日2包(朝夕2回)を最初の2ヶ月(0〜8週)内服するA群12例、後半2ヶ月(8〜16週)内服するB群5例によるクロスオーバー試験を行った。
・評価方法
認知症に伴う精神症状の評価尺度であるNeuropsychiatric Inventory(NPI)に介護者の負担度(distress)の評価をつけ加えたスコアNPI-Dを、認知機能検査としてMMSE、ADAS-jcog、うつスケールとしてGDS15をフェルガード100Mの内服前後で施行してそれらの変化を検討した。さらに画像試験として投与前後でSPECT検査を行い脳血流の変化をSPM8によって検定した。
・結果
結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
検査終了したA群12症例において、平均NPI scoreは、内服前の18.08から内服後は10.58まで有意な低下(P=0.046)を認めた。また、負担度のscoreも12.17から7.50まで有意に低下し(P=0.008)、フェルガード100MのBPSDに対する改善効果を示した。
投与前後におけるMMSE、ADAS、GDS15のスコアに有意な差は得られなかった。
SPM8を用いた脳血流量は、フェルガード100M投与後に右後頭葉、左小脳半球に有意な上昇を認めた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカ(Angelica archangelica)の抽出物とを、100:5〜100:40の質量比で組み合わせてなる認知症治療薬。
【請求項2】
フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩と、ガーデンアンゼリカの抽出物とを含有する配合剤である請求項1記載の認知症治療薬。
【請求項3】
フェルラ酸又はその薬学的に許容される塩を含有する製剤と、ガーデンアンゼリカの抽出物を含有する製剤とからなるキットである請求項1記載の認知症治療薬。
【請求項4】
経口製剤である請求項1〜3のいずれかに記載の認知症治療剤。

【公開番号】特開2012−6877(P2012−6877A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−145047(P2010−145047)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年6月21日 京都府医師会発行の「京都医学会雑誌、第57巻、第1号」に発表
【出願人】(505234616)株式会社 グロービア (4)
【Fターム(参考)】