説明

誘導ラマン散乱計測装置

【課題】高分解能で広帯域のラマンスペクトルを高速で得る。
【解決手段】誘導ラマン散乱計測装置は、第1および第2の光をそれぞれ生成する第1および第2の光生成手段2と、第1および第2の光を合成して試料8に照射する照射光学系7と、誘導ラマン散乱を検出する検出手段30とを有する。第1の光生成手段は、入射光を光周波数に応じて異なる方向に分離する光分散素子125および第1の光源からの光を光分散素子に導く導光光学系に含まれる光学素子122のうち少なくとも一方の素子を駆動して入射光の光分散素子への入射角を変化させ、上記異なる方向に分離した光のうち一部を抽出することにより第1の光の光周波数を可変とする。第2の光生成手段は、互いに異なる光周波数を有する複数の第2の光を生成する。複数の第2の光のそれぞれの光周波数に対して、第1の光の光周波数を変化させることでラマンスペクトルを計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導ラマン散乱を利用して分子振動イメージングを行う顕微鏡や内視鏡等に用いられる誘導ラマン散乱計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ラマン散乱原理を利用した計測装置の1つとしての誘導ラマン散乱(Stimulated Raman Scattering:SRS)計測装置は、非特許文献1や非特許文献2にて提案されている。誘導ラマン散乱計測装置の原理は、以下の通りである。
【0003】
互いに光周波数が異なる2色の光パルスを試料に集光照射する。この場合に、該2色の光パルスの周波数の差が試料の分子振動周波数と一致すると、集光点にて誘導ラマン散乱という現象が生じ、試料を透過した2色の光パルスのうち光周波数が高い方の強度が減少し、光周波数が低い方の強度が増大する現象が生じる。この強度変化を検出することで、試料の分子の振動情報を反映した分子振動イメージングが可能となる。この際、2色の光パルスの一方に予め強度変調を施したり繰り返し周波数を整数倍だけ異ならせたりすると、誘導ラマン散乱による強度変化も変調される。このため、他方(すなわち予め強度変調を施していない方)の強度変化の変調分をロックインアンプにより検出すれば、高感度の誘導ラマン散乱の検出が可能となる。
【0004】
このような誘導ラマン散乱計測装置において、特定の光周波数のみを用いて分子振動を検出するだけでなく、広い振動数範囲での分子振動スペクトル(以後ラマンスペクトルという)を検出することで、試料の識別能がより向上すると期待される。特許文献1や非特許文献3には、1つ又は複数のオプティカルパラメトリック発振器(以後OPOという)の発振波長可変機能を用いて、上記2色のうち一方の光パルスの光周波数をスキャンできるようにした誘導ラマン散乱計測装置が開示されている。OPOは、該一方の光パルスを出力する結晶の傾きだけでなく温度も変えることで比較的広い光周波数範囲をスキャンできる。また、非特許文献4には、上記2色のうち一方の光パルスを射出する周期分極反転素子の温度を変化させることで、該光パルスの光周波数をスキャンすることができるようにした誘導ラマン散乱計測装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010‐48805号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】誘導ラマン散乱顕微鏡の原理確認;嶽 文宏、小関泰之、伊東一良、Optics &Photonics Japan 2008,5pC12,2008年11月5日
【非特許文献2】Chiristian W. Freudiger, Wei Min, Brian G. Saar, Sijia Lu, Gary R. Holtom, Chengwei He, Jason C. Tsai, Jing X. Kang, X. Sunney Xie, “Label-Free Biomedical Imaging with High Sensitivity by Stimulated Raman Scattering Microscopy (誘導ラマン散乱を用いた顕微鏡による非標識の高感度生物医学的画像解析)” SCIENCE VOL322 19 DECEMBER 2008 pp. 1857-1861
【非特許文献3】ハーバード大学(論文,2010)”Label-Free, Real-Time Monitoring of Biomass Processing with Stimulated Raman Scattering Microscopy”(Supporting Information)
【非特許文献4】ミラノ工大(論文,2010) “Fiber-format stimulated-Raman-scattering microscopy from a single laser oscillator”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1および非特許文献3,4にて開示された誘導ラマン散乱計測装置では、OPOの結晶やPPLNの温度を変化させることで光周波数のスキャンを徐々に行うため、広い周波数範囲でのラマンスペクトルを取得するためには長時間を要する。短時間で広い光周波数範囲のスキャンを行うために、広帯域のレーザー光を音響光学フィルタ(一般にAOTFと呼ばれる)によってフィルタリングする方法や、2色のレーザー光にチャープを与え、パルス間の時間差を制御することで分子振動の周波数を変化させたりする方法も知られている。しかし、これらの方法を用いると、誘導ラマン散乱計測装置においてはスペクトル分解能が不足する。
【0008】
本発明は、高分解能で広帯域のラマンスペクトルを高速で得られるようにした誘導ラマン散乱計測装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面としての誘導ラマン散乱計測装置は、第1の光を生成する第1の光生成手段と、第1の光とは異なる光周波数を有する第2の光を生成する第2の光生成手段と、第1の光と第2の光を合成して試料に照射する照射光学系と、第1の光と第2の光が試料に照射されることで生じた誘導ラマン散乱を検出する検出手段とを有する。第1の光生成手段は、入射光を光周波数に応じて異なる方向に分離する光分散素子と、第1の光源からの光を光分散素子に導く導光光学系とを有し、光分散素子および導光光学系に含まれる光学素子のうち少なくとも一方の素子を駆動して入射光の光分散素子への入射角を変化させ、上記異なる方向に分離した光のうち一部を抽出することにより第1の光の光周波数を可変とする。第2の光生成手段は、少なくとも1つの第2の光源からの光を用いて、互いに異なる光周波数を有する複数の第2の光を生成する。そして、複数の第2の光のそれぞれの光周波数に対して、第1の光の光周波数を変化させることでラマンスペクトルを計測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数の第2の光のそれぞれの光周波数に対して第1の光の光周波数を素子の傾き変化によって変化させることで、高速に広い周波数範囲でのラマンスペクトルを高分解能で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施例1である誘導ラマン散乱計測装置の構成を示すブロック図。
【図2】本発明の実施例2である誘導ラマン散乱計測装置の構成を示すブロック図。
【図3】実施例1の誘導ラマン散乱計測装置に用いられる第1のパルス光生成部の構成を示すブロック図。
【図4】実施例1,2の誘導ラマン散乱計測装置に用いられる第1のパルス光生成部の変形例の構成を示すブロック図。
【図5】実施例1,2の誘導ラマン散乱計測装置に用いられる第1のパルス光生成部の他の変形例の構成を示すブロック図。
【図6】実施例1の誘導ラマン散乱計測装置における光周波数スキャンの様子を示す図。
【図7】実施例1の誘導ラマン散乱計測装置を用いた実験により得られた第1のパルス光の光周波数スキャン結果を示す図。
【図8】実施例1の誘導ラマン散乱計測装置を用いた実験により得られたイメージを示す図。
【図9】実施例1の誘導ラマン散乱計測装置を用いた実験により得られたラマンスペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0013】
図1には、本発明の実施例1である誘導ラマン散乱計測装置の概略構成を示している。該SRS計測装置100は、顕微鏡や内視鏡を含む観察、測定および診断その他の用途を有する装置として用いることができる。
【0014】
本実施例のSRS計測装置100は、ストークス光となる第1のパルス光(第1の光)を生成する第1のパルス光生成部(第1の光生成手段)1と、ポンプ光となる第2のパルス光(第2の光)を生成する第2のパルス光生成部(第2の光生成手段)2とを有する。また、計測装置100は、第1および第2のパルス光生成部1,2に設けられた光源(これについては後述する)の発光タイミングを制御するためのループフィルタ(LF)3および2光子吸収フォトダイオード(TPA−PD)4を有する。さらに、計測装置100は、ミラー群5と、合波ミラー(合波素子)6と、照射光学系7と、集光光学系9と、色フィルタ10と、光検出部(検出手段)30とを有する。照射光学系7と集光光学系9との間には、測定対象である試料8が配置される。
【0015】
第1の光パルス生成部1は、第1の光源11と、波長可変(すなわち光周波数可変)バンドパスフィルタ(TBPF)12と、Yb添加ファイバーアンプ(YDFA)13とによって構成されている。第1の光源11は、パルス光を第1のパルス周期で繰り返し射出(発振)する光源であり、本実施例では、モードロックYbファイバーレーザー光源(YbFL)を用いている。第1の光源11から射出されるパルス光は、例えば、中心光周波数としてωS0(波長1030nm)を有し、繰り返し周波数(ν)として17.5MHzを有する。
【0016】
波長可変バンドパスフィルタ12は、第1の光源11から入射したパルス光の光周波数ωを、ωS1とωS2(ωS1<ωS2)との間で変化させる。波長可変バンドパスフィルタ12の構成については後述する。Yb添加ファイバーアンプ13は、波長可変バンドパスフィルタ12から射出されたパルス光を増幅する。こうしてYb添加ファイバーアンプ13により増幅された光周波数ωがωS1とωS2との間で可変である第1のパルス光が、第1の光パルス生成部1から射出される。
【0017】
波長可変バンドパスフィルタ12の構成について、図3を用いて説明する。波長可変バンドパスフィルタ12は、ハーフミラー121、可動光偏向素子122、第1のレンズ123および第2のレンズ124によって構成される導光光学系と、光分散素子125と、ファイバーコリメーター126とにより構成されている。第1および第2のレンズ123,124はそれぞれ、焦点距離f1,f2を有する。
【0018】
第1の光源(YbFL)11からのパルス光は、ハーフミラー121を透過して可動光偏向素子122に入射する。可動光偏向素子122は、ガルバノミラー、ポリゴンミラー、リゾナントスキャナ、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ミラー等、高速で回転または揺動可能であり、射出光の向きを変えることができる光学素子である。駆動部128は、可動光偏向素子122を回転駆動するためのアクチュエータや電気回路を含む。
【0019】
可動光偏向素子122で反射されたパルス光は、第1のレンズ123および第2のレンズ124を通過して光分散素子125に導かれる。可動光偏向素子122の光偏向作用によって、図中に実線および一点鎖線で示すように、光分散素子125に入射するパルス光の入射角が変化する。
【0020】
光分散素子125は、入射光を光周波数に応じて異なる方向に分離する素子であり、本実施例および後述する実施例2では、刻線方向が図の紙面に垂直である回折格子を用いている。回折格子の分散を利用して第1のパルス光のスペクトル幅を十分に狭くすることができる。なお、光分散素子としては、回折格子以外にプリズムを用いることもできる。
【0021】
本実施例では、可動光偏向素子122と第1のレンズ123との間および第1のレンズ123とその後側焦点位置との間の距離が焦点距離f1に一致する。また、第2のレンズ124とその前側焦点位置との間および第2のレンズ124と光分散素子125との間の距離が焦点距離f2に一致する。これにより、4f結像系が構成される。このため、可動光偏向素子122の光偏向作用にかかわらず、光分散素子125には平行光としてのパルス光が入射し、該パルス光の光分散素子125上での入射位置も変化しない。しかも、光分散素子125から射出するパルス光の光周波数が変化しても、群遅延(群速度)は一定に維持される。
【0022】
光分散素子125から、これへの入射角に応じた光周波数ω(ωS1〜ωS2)を有して射出(リトロー反射)したパルス光は、再び第2のレンズ124、第1のレンズ123および可動光偏向素子122を介してハーフミラー121に入射する。そして、ハーフミラー121で反射されてファイバーコリメーター126に入射する。つまり、光分散素子125にてそれぞれ異なる方向に分離された光のうちの一部が抽出される。ファイバーコリメーター126にてコリメートされた光パルスは、Yb添加ファイバーアンプ13に向けて射出される。
【0023】
なお、Yb添加ファイバーアンプ13において、第1のパルス光の光周波数に応じて群遅延の変動が問題となる場合には、第2のレンズ124と光分散素子125との間の距離を変化させることでこれを補償することも可能である。また、Yb添加ファイバーアンプ13を、そのゲインが飽和する状態で使用することで、第1のパルス光の光周波数がスキャンされることによる該アンプ13からの出力の変動を抑制することができる。
【0024】
図1において、第2の光パルス生成部2は、第2の光源21と、Er添加ファイバーアンプ(EDFA)22と、高非線形ファイバー(HNLF)23と、複数(本実施例では4つ)の周期分極反転ニオブ酸リチウム素子(PPLN)24a〜24dとを含む。第2の光源21は、パルス光を第2のパルス周期で繰り返し射出(発振)する光源であり、本実施例では、モードロックErファイバーレーザー光源(ErFL)を用いている。第2の光源21から射出されるパルス光は、第1の光源11から射出されるパルス光とは異なる中心光周波数としてω(波長1550nm)を有し、繰り返し周波数(2ν)として35MHzを有する。
【0025】
Er添加ファイバーアンプ(EDFA)22は、第2の光源21から射出されたパルス光を増幅して射出する。
【0026】
高非線形ファイバー23は、Er添加ファイバーアンプ22にて増幅されたパルス光の光周波数帯域を広げてスーパーコンティニュウム(SC)パルス光に変換する。周期分極反転ニオブ酸リチウム素子24a〜24dは、高非線形ファイバー23からのSCパルス光のうち互いに異なる光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4を有する複数(4つ)のパルス光成分の第2高調波をそれぞれ発生させる高調波発生素子として機能する。周期分極反転ニオブ酸リチウム素子24a〜24dから射出された4つの第2高調波が、互いに異なる光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4を有する4つの第2のパルス光として第2の光パルス生成部2から同時に射出される。なお、本実施例では、ωp1<ωp2<ωp3<ωp4とする。
【0027】
本実施例では、第1のパルス光の繰り返し周波数を、第2のパルス光の繰り返し周波数の二分の一としている。このため、第1のパルス光の各光パルスは、第2のパルス光の2つの光パルスに対して1つという同期したタイミングで生成される。これにより、第1のパルス光の繰り返し周波数を第2のパルス光の繰り返し周波数の三分の一や四分の一とする場合と比較して、誘導ラマン散乱効果を引き起こす回数を最も多くすることができ、より高い精度で試料8の分子振動イメージを取得することができる。ただし、第1のパルス光の繰り返し周波数は、第2のパルス光の繰り返し周波数の二分の一に限られず、四分の一等、偶数分の一としてもよい。
【0028】
2光子吸収フォトダイオード4は、第1の光源11から射出されたパルス光と第2の光源21から射出されて高非線形ファイバー23を通過したパルス光とを光電変換し、これらパルス光のタイミング差を示す電圧信号を出力する。このタイミング差を示す電圧信号は、ループフィルタ3を介して第1および第2の光源11,21に導入される。第1および第2の光源11,21は、その内部回路によって該電圧信号が一定となるように(つまり、上述した同期タイミングが得られるように)パルス光の発光タイミングを制御する。
【0029】
なお、本実施例では、第1および第2の光源11,12として、モードロックYbファイバーレーザー光源やモードロックErファイバーレーザー光源を用いている。しかし、これら以外のファイバーレーザー光源や、ファイバーレーザー光源以外のレーザー光源、例えばチタンサファイヤレーザー光源を用いることも可能である。
【0030】
また、本実施例では、第1のパルス光および第2のパルス光のうち繰り返し周波数が低い第1のパルス光をストークス光として用い、繰り返し周波数が高い第2のパルス光をポンプ光として用いる場合について説明する。しかし、繰り返し周波数が低い第1のパルス光をポンプ光として用い、繰り返し周波数が高い第2のパルス光をストークス光として用いてもよい。
【0031】
第2のパルス光生成部2から射出された4つの第2のパルス光は、複数のダイクロイックミラーと複数のミラーとにより構成されたミラー群5によって合波ミラー6に導かれ、ここで第1の光パルス生成部1から射出された第1のパルス光と同軸に合波(合成)される。合波されたパルス光は、照射光学系7によって試料8に集光照射される。
【0032】
試料8に照射されるパルス光において、第1および第2のパルス光の繰り返し周波数をそれぞれν,2νとするとき、時間1/(2ν)ごとに第1および第2のパルス光(4つの第2のパルス光)の両方と、第2のパルス光のみとが交互に現れる。そして、第1および第2のパルス光の光周波数の差(ωpn−ω:n=1〜4)が試料8における被測定分子の分子振動数と一致した状態で第1および第2のパルス光の双方が試料8に照射されたとき(時間1/νごと)に誘導ラマン散乱が生じる。このため、誘導ラマン散乱は、第2のパルス光に周波数νの強度変調を生じさせる。
【0033】
試料8から射出された、第1のパルス光と誘導ラマン散乱によって強度変調された4つの第2のパルス光は、集光光学系9によって集光される。集光光学系9で集光された第1および第2のパルス光は色フィルタ10に入射し、ここで4つの第2のパルス光のみが透過されて光検出部30に入射する。
【0034】
光検出部30は、4つの第2のパルス光をそれらの光周波数に応じて分離する3つのダイクロイックミラー31a〜31cと、分離された4つの第2のパルス光をそれぞれの光強度に応じた電気信号に変換する4つのフォトダイオード32a〜32dとを有する。さらに、光検出部30は、4つのフォトダイオード11からの出力信号がそれぞれ入力される4つのロックインアンプ33a〜33dを有する。4つのロックインアンプ33a〜33dは、第1のパルス光生成部1からの周波数参照信号Refに応じたνをロックイン周波数として同期検波する。これにより、誘導ラマン散乱によって発生した光(第2のパルス光の強度変調成分)のみが検出される。そして、試料8に対して第1および第2のパルス光の照射領域をスキャンすることで、ロックインアンプ33a〜33dからの出力を取り込んだ演算器34は、該試料8中の被測定分子の分子振動イメージを取得する。このとき、第1のパルス光の光周波数ω(ωS1〜ωS2)が、4つの第2のパルス光の光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4のそれぞれに対して変更(スキャン)されることで、連続した広い周波数範囲での分子振動イメージやラマンスペクトルが得られる。
【0035】
図6(A)には、第1のパルス光生成部1から射出される第1のパルス光の光周波数ω(中心光周波数ωS0)が波長可変バンドパスフィルタ12によってωS1〜ωS2の範囲Wsでスキャンされる様子を示している。図6(B)には、第2のパルス光生成部2から射出される、それぞれ光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4を有する4つの第2のパルス光を示している。
ここで、光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4の相互間(4つの第2のパルス光間の光周波数)の差である周波数ピッチをWとするとき、第1のパルス光の光周波数の可変幅(スキャン幅)Wは、W以上とすることが望ましい。
【0036】
そして、図6(C)に示すように、4つの第2のパルス光の光周波数のそれぞれに対して第1のパルス光の光周波数がスキャンされることで、振動数ωp1−ωS2から振動数ωp4−ωS1までの連続した広い振動波数範囲Wでラマンスペクトルを検出することができる。なお、図6(c)には、第1のパルス光の光周波数のスキャン幅WがWに一致する場合を示している。
【0037】
ラマンスペクトルを検出する目標のスペクトル範囲(所定の光周波数範囲)が決まっていれば、この範囲のスキャンができるように第1のパルス光の光周波数のスキャン幅と複数の第2のパルス光の数および光周波数とを選択すればよい。
【0038】
本実施例によれば、第2のパルス光生成部2から同時に射出された複数の第2のパルス光の光周波数のそれぞれに対して、第1のパルス光の光周波数を、波長可変バンドパスフィルタ12における可動光偏向素子122の高速回転を利用してスキャンする。したがって、高速スキャンが可能で、短時間で広い振動数範囲のラマンスペクトルを得ることができる。
【0039】
また、波長可変バンドパスフィルタ12によって第1のパルス光の各スキャンポイント光周波数でのスペクトル幅を十分に狭くしているので、ラマンスペクトルを高分解能で検出することができる。
【0040】
図7には、本実施例に示した波長可変バンドパスフィルタ12を用いた第1のパルス光の光周波数スキャンの実験例を示している。第1のパルス光の光周波数の有効なスキャン幅としては24nmが得られ、各スキャンポイント光周波数でのスペクトル幅は0.3nm程度であった。このスペクトル幅は、ラマンスペクトルを高分解能で検出するために十分に狭い。
【0041】
図8には、本実施例で採用している高速波長可変バンドパスフィルター(TBPF)を使用して実験にて検出したポリスチレン(直径10μmのビーズ)とPMMA(直径4μmのビーズ)のラマンスペクトルを示している。また、図9(a)〜(d)には、これらポリスチレンとPMMAをイメージングした結果を示している。特に図8において良く分かるように、波数2920cm−1前後での検出値(光強度)はポリスチレンとPMMAとでほとんど差はない。しかし、Wに相当する振動数範囲(光波数にして2800〜3100cm−1)をスキャンすることで、ポリスチレンとPMMAのラマンスペクトルに明確な差が現れた。したがって、ポリスチレンとPMMAを確実に識別して検出することができる。なお、本実験では、ポンプ光光源として繰り返し数76MHzのチタンサファイヤレーザーを用い、ストークス光光源として繰り返し数38MHzのモードロックYbファイバーレーザーを用いた。
【実施例2】
【0042】
図2には、本発明の実施例2であるSRS計測装置100′の概略構成を示している。本実施例において、実施例1で説明した構成要素と共通する構成要素については実施例1と同符号を付して、その説明は省略する。
【0043】
実施例1では、第2のパルス光生成部2から同時に互いに異なる周波数を有する複数の第2のパルス光を射出する場合について説明した。これに対して、本実施例では、第2のパルス光生成部2′を、互いに異なる光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4を有する複数(本実施例でも4つ)の第2のパルス光を順次射出する(順次生成する)ように構成している。具体的には、高非線形ファイバー23と4つのPPLN24a〜24dとの間に、高非線形ファイバー23からの該4つのPPLN24a〜24dへのパルス光の入射を順次切り替えるための4つの光スイッチ25a〜25dが設けられている。
【0044】
また、光検出部30′には、ラマン散乱による第2のパルス光の強度変調成分(光周波数ωp1,ωp2,ωp3,ωp4)を順次検出するための1つのフォトダイオード32と1つのロックインアンプ33とが設けられている。演算部34は、第1のパルス光の光周波数ω(ωS1〜ωS2)が4つの第2のパルス光の光周波数のそれぞれに対して順次スキャンされるように4つの光スイッチ25a〜25dのON/OFFを制御する。このようにして、演算部34は、1つのロックインアンプ33の出力から、連続した広い周波数範囲Wでの分子振動イメージやラマンスペクトルを得る。
【0045】
本実施例では、4つの第2のパルス光に対する第1のパルス光の光周波数スキャンを一括して行う実施例1に比べれば、目標とするラマンスペクトル範囲をスキャンするために要する時間は長くなる。しかし、本実施例では、試料8に対して一度に照射される光の強度が、第1のパルス光の強度と1つの第2のパルス光の強度の合計であり、第1のパルス光の強度と4つの第2のパルス光の強度の合計となる実施例1に比べて低い。このため、実施例1に比べて、試料8に対して低強度の光の照射で分子振動イメージやラマンスペクトルを得ることができる。
【実施例3】
【0046】
実施例1,2における第1のパルス光生成部1の波長可変バンドパスフィルタ12として、実施例1(図3)に示したものとは異なる波長可変バンドパスフィルタを使用することもできる。
【0047】
例えば、図4に示す波長可変バンドパスフィルタ12′では、図3に示した可動光偏向素子122に代えて、向きが固定されたハーフミラー127を用いている。ハーフミラー127を透過した第1の光源(YbFL)11からのパルス光は、第1および第2のレンズ123,124を透過して光分散素子125に平行光として入射する。
【0048】
この波長可変バンドパスフィルタ12′では、光分散素子125を駆動部129によって回転(揺動)させることで、第1のパルス光の光周波数ωをωS1〜ωS2にてスキャンする。光分散素子125でリトロー反射したパルス光は、再び第2および第1のレンズ124,123を透過してハーフミラー127で反射され、ファイバーコリメーター126にてコリメートされてYb添加ファイバーアンプ13に向けて射出される。
【0049】
なお、この波長可変バンドパスフィルタ12′において、原理的には第1および第2のレンズ123,124を取り除いてもよい。ただし、光分散素子125に入射するビームの直径が小さいままなのでファイバーコリメーター126に向かう光のスペクトル幅が広くなり、ラマンスペクトルの分解能は低くなる傾向があるのでレンズ123,124を備えることが望ましい。
【0050】
また、図5に示す波長可変バンドパスフィルタ12″を用いてもよい。光サーキュレータ130の入射ポートから入射した第1の光源(YbFL)11からのパルス光は、該光サーキュレータ130の入出射ポートから射出して、レンズ131(焦点距離f2)を透過して平行光として光分散素子125に入射する。この波長可変バンドパスフィルタ12″でも、光分散素子125を駆動部129によって回転(揺動)させることで、第1のパルス光の光周波数ωをωS1〜ωS2にてスキャンする。光分散素子125でリトロー反射したパルス光は、上記入出射ポートから光サーキュレータ130に入射し、出射ポートからYb添加ファイバーアンプ13に向けて射出される。
【0051】
このように、波長可変バンドパスフィルタとしては、光の入射角に応じて射出光の光周波数を変化させる光分散素子およびこれに光を導く導光光学系に含まれる光学素子のうち少なくとも一方の素子の傾きを変えることで入射角を変化させる構成を有すればよい。また、「少なくとも一方」は、光分散素子と光学素子の両方の傾きを変化させる場合も含む意味である。
【0052】
なお、上記各実施例にて説明したパルス光の光周波数、波長、繰り返し周波数等のパラメータは例に過ぎず、他のパラメータを用いてもよい。
【0053】
また、上記各実施例では、光分散素子として回折格子を用いた場合について説明したが、回折格子以外の素子であっても、光の入射角に応じて射出光の光周波数を変化させるものであれば光分散素子として使用することが可能である。
【0054】
さらに、上記実施例1,2では、第2のパルス光生成部に1つの第2の光源を設け、該第2の光源からの光を用いて互いに光周波数が異なる複数の第2のパルス光を生成する場合について説明した。しかし、互いに光周波数が異なる光をそれぞれ発する複数の第2の光源を用いてもよい。つまり、第2の光源は、少なくとも1つあればよい。
また、第2のパルス生成部は、実施例1,2において説明した高調波同期法に限らず、 強度変調器を用いた構成を有してもよい。
以上説明した各実施例は代表的な例にすぎず、本発明の実施に際しては、各実施例に対して種々の変形や変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
高速に広帯域のラマンスペクトルを高分解能で得られる誘導ラマン散乱計測装置を提供できる。
【符号の説明】
【0056】
1 第1のパルス光生成部
2 第2のパルス光生成部
6 合波ミラー
8 試料
10 色フィルタ
12 波長可変バンドパスフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の光を生成する第1の光生成手段と、
前記第1の光とは異なる光周波数を有する第2の光を生成する第2の光生成手段と、
前記第1の光と前記第2の光を合成して試料に照射する照射光学系と、
前記第1の光と前記第2の光が前記試料に照射されることで生じた誘導ラマン散乱を検出する検出手段とを有し、
前記第1の光生成手段は、入射光を光周波数に応じて異なる方向に分離する光分散素子と、第1の光源からの光を前記光分散素子に導く導光光学系とを有し、前記光分散素子および前記導光光学系に含まれる光学素子のうち少なくとも一方の素子を駆動して前記入射光の前記光分散素子への入射角を変化させ、前記異なる方向に分離された光のうちの一部を抽出することにより前記第1の光の光周波数を可変とし、
前記第2の光生成手段は、少なくとも1つの第2の光源からの光を用いて、互いに異なる光周波数を有する複数の前記第2の光を生成し、
前記複数の第2の光のそれぞれの光周波数に対して、前記第1の光の光周波数を変化させることでラマンスペクトルを計測することを特徴とする誘導ラマン散乱計測装置。
【請求項2】
前記光分散素子は、回折格子であることを特徴とする請求項1に記載の誘導ラマン散乱計測装置。
【請求項3】
前記第2の光生成手段は、1つの前記第2の光源からの光の光周波数帯域を広げる高非線形ファイバーと、該高非線形ファイバーからの光のうち互いに光周波数が異なる複数の光成分の高調波をそれぞれ発生させる複数の高調波発生素子とを有し、前記複数の高調波を用いて前記複数の第2の光を生成することを特徴とする請求項1または2に記載の誘導ラマン散乱計測装置。
【請求項4】
前記複数の第2光間の光周波数の差をWとするとき、
前記第1の光の光周波数の可変幅がW以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の誘導ラマン散乱計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−113623(P2013−113623A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257894(P2011−257894)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】