説明

誘導ラマン断熱通過の操作方法及び位相ゲート操作の方法

【課題】量子コンピュータの1量子ビットゲートである位相ゲートにおいて、高効率な位相ゲートの操作方法を提供する。
【解決手段】位相ゲート操作で用いる四準位系(四状態系)は、量子ビットに利用する下二準位の状態|0>、|1>と補助的に利用する下準位の状態|2>と励起状態|e>からなる三脚型の四準位系である。状態|1>の位相をシフトするために照射するレーザー光の周波数を、レーザー光の強度変化に応じて、非断熱効果を高めるように変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、光を用いた量子計算方法の中で適用可能な誘導ラマン断熱通過の操作方法及び位相ゲート操作の高効率な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、演算の情報を記憶するビットとして量子力学的な重ね合わせの状態を用いる量子コンピュータの実現が期待されている。量子コンピュータでは、情報を担う量子ビットを操作することにより、量子コンピュータの基本ゲートとなりうる。特に、1つの量子ビットに対する量子コンピュータの基本ゲートとしては|0>と|1>のポピュレーション(確率振幅の二乗)を移動させる回転ゲートと、|0>と|1>の間の相対位相を変化させる位相ゲートに大別される。すなわち位相ゲートは、量子コンピュータの基本ゲートである1量子ビットゲートの1つであり、量子コンピュータの重要な構成要素であると言える。
【0003】
また、量子コンピュータの実装方法としては、重ね合わせの状態の持続時間が長い物質のエネルギー準位を量子ビットとして用い、そのエネルギー準位の共鳴周波数付近のレーザー光を照射することにより、ゲート操作を行う方法が広く知られている。
【0004】
このゲート操作は、ゲート操作中に量子ビットを表す物理系の固有状態が、別の固有状態へ移ることで効率低下が生じるが、この移りやすさを表す指標として断熱条件:adiabatic conditionが用いられる。
【数1】

この際、照射するレーザーの周波数と物質のエネルギー準位差の差である離調が物質のエネルギー準位差に比べて十分小さい共鳴状態で、下準位が上準位へ励起しない効率のよいゲート操作となることが知られている。特に入射する2つのレーザー光と2つのエネルギー準位差の離調同士の差である二光子離調がゼロのとき、すなわち二光子共鳴状態において高効率化することが知られている。
【0005】
しかし、量子ビットの状態を次式のように表した場合
【数2】

を変化させるような量子コンピュータの位相ゲートでは、入射する2本のレーザーの二光子離調がゼロで無いときには位相シフトが生じないため、二光子共鳴状態でのゲート操作ができず、ゲート操作効率が格段に悪くなることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Bergmann, H. Theuer, B. W. Shore, Rev. Mod. Phys. 70 (3) (1998) 1003-1025.
【非特許文献2】H. Goto, K. Ichimura, Phys. Rev. A 75 (3) (2007) 033404.
【非特許文献3】M. V. Danileiko, V. I. Romanenko, L. P. Yatsenko, Optics Communications 109 (5-6) (1994) 462 - 466.
【非特許文献4】V. I. Romanenko, L. P. Yatsenko, Optics Communications 140 (4-6) (1997) 231-236.
【非特許文献5】G. G. Grigoryan, Y. T. Pashayan, Optics Communications 198 (1-3) (2001) 107-113.
【非特許文献6】H. Goto, K. Ichimura, Physics Letters A 372 (9) (2008) 1535 - 1540.
【非特許文献7】I. I. Boradjiev, N. V. Vitanov, Phys. Rev. A 81 (5) (2010) 053415.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明が解決しようとする課題は、光を用いた量子計算方法の中で適用可能な誘導ラマン断熱通過の操作方法及び位相ゲート操作方法において、非共鳴な状態でのゲート操作においても、誘導ラマン断熱通過の操作方法及び位相ゲート操作における効率の低下を防ぐ方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明の一実施形態による誘導ラマン断熱通過の操作方法は、エネルギーが低い順に|0>, |1>, |e>からなる三状態系Xで、量子ビットに用いる|0>, |1>に比べ励起状態|e>はエネルギーが高い状態である場合に、|0>−|e>, |1>−|e>の各エネルギー差に相当する共鳴周波数付近の第一、第二のレーザー光をそれぞれ照射し|0>と|1>の確率振幅を変化させる誘導ラマン断熱通過の方法であって、|0>と|e>のエネルギー差と前記第一のレーザー光の周波数差である離調Δpと、|1>と|e>のエネルギー差と前記第二のレーザー光の周波数差である離調Δsの差である二光子離調(Δp−Δs)を時間変化させることを特徴とする。
【0009】
また発明の第二の実施形態による位相ゲートの操作方法は、エネルギーが低い順に|0>, |1> , |2>, |e>からなる四状態系Xで、量子ビットに用いる|0>, |1>と補助的に用いる|2>に比べ励起状態|e>はエネルギーが高い状態である場合に、|1>−|e>, |2>−|e>の各エネルギー差に相当する共鳴周波数付近の第一、第二のレーザー光をそれぞれ照射し|0>と|1>の相対位相を回転させる位相ゲートの操作方法であって、|1>と|e>のエネルギー差と前記第一のレーザー光の周波数差である離調Δpと、|2>と|e>のエネルギー差と前記第二のレーザー光の周波数差である離調Δsの差である二光子離調(Δp−Δs)を時間変化させることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態に係る四準位系及び入射レーザーのラビ周波数及び離調を示す図。
【図2】本発明の実施形態に係る三準位系及び入射レーザーのラビ周波数及び離調を示す図。
【図3】量子状態操作を実行する際に照射するレーザーの周波数変化の例を示す図。
【図4】量子状態操作によって各状態の確率振幅の変化を示す図。
【図5】量子状態操作の非断熱効果のパラメータ依存性を示す図。
【図6】固有エネルギーが縮退した図。
【図7】図6の場合の非断熱効果を示す図。
【図8】図6の場合に用いる二光子離調の図。
【図9】図8によって固有エネルギーの縮退が解けた様子を示す図。
【図10】図8によって非断熱効果が小さくなったことを示す図。
【図11】間隔の広いガウシアンパルスを示す図。
【図12】図11の場合の固有エネルギーを示す図。
【図13】図11の場合の非断熱効果を示す図。
【図14】図11の場合の量子状態移動を示す図。
【図15】図11に用いる二光子離調の図。
【図16】図15の場合の非断熱効果を示す図。
【図17】図15の場合の各固有状態に含まれる励起状態の割合を示す図。
【図18】図15の場合の量子状態移動を示す図。
【図19】一定の二光子離調を用いて位相をπ/4シフトさせる場合の最適なラビ周波数と離調を示す図。
【図20】図19の場合の非断熱効果を示す図。
【図21】図19の場合の位相シフト量を示す図。
【図22】図19の場合の量子状態に含まれる各固有状態を示す図。
【図23】時間変化を含む二光子離調とラビ周波数を示す図。
【図24】図23の場合の非断熱効果を示す図。
【図25】図23の場合の位相シフト量を示す図。
【図26】図23の場合の量子状態に含まれる各固有状態を示す図。
【図27】量子ビットに用いる物理系の超微細準位。
【図28】位相ゲート操作を行う装置の配置。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
(位相ゲート操作とSTIRAP)
図1に、ここで説明する位相ゲート操作で用いる四準位系(四状態系)を示す。図1に示すように量子ビットに利用する下二準位の状態|0>, |1>と補助的に利用する下準位の状態|2>と励起状態|e>からなる三脚型の四準位系に対し、|1>-|e>, |2>-|e>の各エネルギー準位差に相当する共鳴周波数付近の2本のレーザー光P、Sを照射し量子ビット|0|-|1>間の位相を回転させる。ここで照射するレーザー光P、Sのラビ周波数をΩps、離調をΔp, Δsとする。このとき、|0>にはレーザー光が当たらないため位相は固定されるが、|1>の位相はシフトするため、|0>と|1>の間の相対位相がシフトする。そのため|1>, |2>, |e>から成るラムダ型の三準位系(図2)の中で、|1>の位相シフトを考えればよい。
【0013】
位相ゲート操作など量子状態操作の性能評価としては、一般に、(1)所望の終状態へ確実に移せること(フィデリティ)、(2)励起状態のポピュレーションの無いこと(緩和によるロスを抑える)、(3)操作性のよさ(ロバスト性)などの指標が考えられる。
【0014】
しかし、位相ゲート操作はノンゼロの離調を持つレーザー光を利用した非共鳴な操作を行うため、ゲート操作中に励起状態のポピュレーションが必ず含まれてしまうなど、量子状態操作としての性能を保つことが他の量子状態操作に比べて難しいことが知られている。
【0015】
一方で、上記性能を備えた量子状態操作の一種として、量子状態間のポピュレーションを移動させる方法である誘導ラマン断熱通過(Stimulated Raman Adiabatic Passage : STIRAP)が知られている。STIRAPは|0>, |1>, |e>から成るラムダ型の三準位系に|0>-|e>, |1>-|e>の各エネルギー準位差に相当する共鳴周波数付近の2本のレーザー光P、Sを照射し量子ビット|0|-|1>間のポピュレーション(確率振幅の二乗)を移動させる方法で、位相ゲート操作と実質的に同じ系を用いるなど類似の点が多い。ただし、一般に、STIRAPでは離調がゼロのレーザー光を用いることが多く、位相ゲート操作とは異なる。そこで、離調を含むSTIRAPを用いて位相ゲート操作の説明を行う。
【0016】
STIRAPの特長としてダークステートと呼ばれる励起状態を含まない固有状態を利用する点がある。ダークステートに沿って状態を移動することができれば、終状態のパルス強度を定めることで、途中の経路に拠らず高いフィデリティが実現され、励起状態のポピュレーションを含まない位相ゲートが実現できる。さらに、πパルスによる量子状態操作のように照射強度面積を制御する必要がなく、入射強度比を調整するだけでこのような操作が実現できるため、ロバスト性が高いという特長がある。
【0017】
一方で、このようなSTIRAPの様々な特長を担保するためには、ダークステートに沿って量子状態を移動させるための条件である断熱条件(Adiabatic condition)を満たさなければならない。すなわち、ダークステートから別の固有状態へ遷移しないように、固有状態間の固有エネルギー差に比べて十分ゆっくりとした操作を行うことによって、これらSTIRAPの特長を担保することができる。そこで、位相ゲート操作においても、断熱性を重視した性能評価をする。このような評価方法は励起状態における緩和確率が小さい場合などに特に有効となる。
【0018】
以下では、位相ゲート操作の断熱性を改善する手法とそれを数値計算によって確認する方法を述べる。まず、位相ゲート操作とSTIRAPに共通の定式化として、物理系のハミルトニアン、固有値、固有状態、断熱条件の定式化を行い数値計算方法を述べる。そして、二光子離調を含むSTIRAPの断熱性の特徴を述べた後に、位相ゲート操作の断熱性を改善する手法とその数値計算結果を述べる。
【0019】
(ハミルトニアン、固有値、固有状態)
位相シフトを実行する際の三準位系のハミルトニアンは(|1>, |e>, |2>)の順の基底の下で、以下のように表される。
【数3】

【0020】
ここで、Δ≡Δpは一光子離調、δ≡Δp−Δsは二光子離調と呼ばれ、二光子離調がゼロの場合は二光子共鳴状態と呼ばれる。STIRAPでは基底が(|0>, |e>, |1>)となるだけで同様のハミルトニアンとなる。
【数4】

【0021】
二光子共鳴状態では励起状態のポピュレーションがゼロの固有状態(ダークステート)が現れ、励起状態のポピュレーションはその他の2つの固有状態のみに含まれる。特に離調が共にゼロの場合には、その他の2つの固有状態に含まれる励起状態のポピュレーションは等しくなる。
【数5】

(シュレディンガー方程式)
実際の量子状態の時間変化はシュレディンガー方程式を解くことで計算できる。
【数6】

ただし、この微分方程式は一般に解析的に解くことは困難なため、数値的に計算を行う。
【0022】
(断熱条件)
固有状態に沿ってポピュレーション移動するためには断熱条件を満たさなければならない。ダークステートから別の固有状態へ遷移しないようにするためには、固有状態間の固有エネルギー差に比べて十分ゆっくりとした操作をする必要があるが、断熱条件はそのための条件として次式で表される。
【数7】

非断熱効果Aが小さいほど断熱性がよく断熱条件を満たしやすい。
【0023】
断熱条件及び非断熱効果Aは解析的に求めた固有値・固有状態を用いて具体的に書き下すことができる。特に、離調ゼロの場合は断熱条件も2つの固有状態への断熱条件が等価になり、
【数8】

(ガウシアンパルスを用いたSTIRAP)
それぞれの固有状態の変化はラビ周波数、つまりレーザー光のパルス設定によって決まる。STIRAPを行う際によく用いられるパルス設定として下記のガウシアンパルスがある。
【数9】

固有状態であるダークステートが|1>から|2>へ移動するような時間変化を実現できる(図4)。そのため、STIRAPにおいてガウシアンパルスを用いる方法がよく知られている。
【0024】
次に各パルス設定パラメータのSTIRAP性能への寄与を述べる。
【数10】

この式では、ガウシアンパルスの間隔が広くτが大きな領域ではポピュレーション移動の中央であるt=0付近で断熱性が著しく悪くなる。
【数11】

【0025】
(二光子離調によるSTIRAPの断熱性改善)
【数12】

具体例として、上式ように二光子離調を設定することで(図8)、固有値がスプリットし(図9)、ポピュレーション移動の端での断熱性を大幅に改善することができ(図10)、ポピュレーション移動の効率を向上させることができた。
【数13】

その遷移先である固有状態に含まれる励起状態のポピュレーションが二光子共鳴時より小さくなることを示している。つまり、断熱性は悪化するが、その分励起状態のポピュレーションは減り、移動効率が改善できる状況が存在する可能性がある。
【0026】
そこで、これを利用した具体例を数値計算によって確認する。二光子共鳴時に(図11)のようにτが最適ではなく、ポピュレーション移動の中央で固有値が接近し(図12)、断熱性が悪く(図13)、ポピュレーション移動中にポピュレーションが振動してしまうようなSTIRAP(図14)において、次式のような二光子離調を導入する(図15)。
【数14】

そのため、(図18)のように、ポピュレーション移動中の振動はその振幅が小さく抑えられ、結果として、ポピュレーション移動のフィデリティも向上している。このようなことは一般に、ガウシアンパルスの間隔が最適値より広くポピュレーション移動の中央で断熱性が悪化するような場合に利用できると考えられる。
【0027】
(従来の位相シフトゲート操作)
位相シフトにおいても上記STIRAPと同様のハミルトニアンで考えられるが、ポピュレーションを移動しないようなパルス設定が必要になる。位相ゲートのためのパルス波形としては、ポピュレーション移動が生じないようなパルス設定が必要となる。つまり、レーザー照射に伴ってθなど各STIRAPパラメータが変化し、ポピュレーションが初期状態から変化するが、それが元に戻るようなパルス設定である必要がある。そのためには、始状態と終状態で共にθ=0を満たしていれば良い。具体的なパルス設定として次式のような、一定強度とガウシアンパルスから構成されるものが知られている
【数15】

このとき、二光子離調δをノンゼロに取ることで、ポピュレーションは変化しないまま、位相シフトを生じさせることができる。
【0028】
ここで、位相ゲート操作のパラメータについて述べる。二光子離調δは位相シフト量を決定するパラメータの1つであるが、ガウシアンパルスのピーク強度比であるκもθの最大値を与えるパラメータであるため、位相シフト量に関係するパラメータである。また、非断熱効果Aは二光子離調δとガウシアンパルスパラメータκの両方に依存する。そのため、同じ位相シフト量を与えるδ、κの組の中で最も非断熱効果Aが小さくなるような組み合わせが存在する。1つの例として、位相シフト量π/4の場合に最も非断熱効果が小さくなるδ, κの組み合わせ、すなわちラビ周波数と離調の例を図21に示した。このパラメータセットは数値計算によって得られた位相シフト量π/4の場合に最も非断熱効果Aが小さくなる組み合わせであり、図20のように非断熱効果は小さく抑えられた中で、図21のようにπ/4の位相シフトを生じ、量子状態に含まれる各固有状態の割合として定義した「固有状態滞在率」も図22のように99.5%以上がダークステートにとどまり続けている。
【0029】
(二光子離調による位相ゲート操作の改善)
次に本発明の主要部分である、二光子離調の時間変化によって、位相ゲート操作の断熱性を改善する方法について述べる。
【0030】
前述した一定の二光子離調を用いた位相ゲートにおいて、時刻t=0では非断熱効果がゼロになり、その両側の部分で非断熱効果はピークとなる。一方で、各時刻の位相シフト量はt=0で最大となり、t=0で非断熱効果がゼロになることに矛盾する。それはこのように理解できる。本明細書で定義した非断熱効果は、各時刻でハミルトニアンを対角化して得られた固有値、固有状態を用いている。しかし、ここでは同等の系であるラムダ型三準位系の断熱性を評価しているため、現在の表示ではこの三準位系のグローバル位相、すなわち|0 >と|1 >の間の相対位相の時間変化は含まれない。そのため、ポピュレーションの時間変化がゼロとなるt=0では必ず非断熱効果がゼロとなる。つまり、位相の時間変化を含めてより正確な位相ゲートにおける非断熱効果の評価はグローバル位相の微分項までを考慮する必要がある。そして、グローバル位相の微分項は他の項に比べて小さな寄与だが、二光子離調により改善できる非断熱効果はこの部分であると考えられる。
【0031】
また、位相シフト量が最大となるt=0はθのピークとなる時刻であり、この時刻で二光子離調まで大きくとると、位相シフト量はこの時刻で極端に大きくなってしまう。そこで、t=0でなるべく二光子離調を小さくすればよいと考えられる。そのような関数系として、位相ゲートの中央でガウシアンの逆数となり、位相ゲートの端では速やかに一定値になるような次式を考える。
【数16】

この関数系を用いた位相ゲートの中から、一定二光子離調の位相ゲートで行ったパラメータの最適化を行い、その結果を数値計算により具体的に示したもの図で示す。図23のようなラビ周波数、離調を用いて、図24のようπ/4の位相シフトをするゲート操作において、図25、図26のような非断熱効果、滞在率が得られた。一定二光子離調の場合に比べて改善されている。この例では積分滞在率が一定二光子離調を用いた最適な位相ゲートの99.8950%から99.8957%へと改善することができた。任意の位相シフト量に対しても同様の手続きで位相ゲート操作の効率を改善できると考えられる。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例を説明する。
【0033】
(実施例1)
試料として希土類イオン をドープした 結晶(Pr3+:Y2SiO5)を用意し、図27のような の超微細準位を量子ビットに相当する物理系として用いる。この中で誘導ラマン断熱通過に用いる実効的な物理系としては図2のような三準位系であり、照射するレーザー光のラビ周波数をΩ、離調をΔとする。
【0034】
光源としてリング色素レーザー100を用い、レーザー光を音響光学効果素子(AOM)120、電気光学効果素子(EOM)110へ入射することによってレーザー光の強度、周波数を設定した強度、周波数に調整する。
【0035】
試料140をクライオスタット130中で1.4Kに冷却し、前記AOM120、EOM110を用いて調整されたレーザー光を照射し、試料を通過した光を光検出器150で読み出す。前記装置を図28のように配置する。ただし、図28の配置については一例であり、各装置の個数や順序は異なることがある。
【0036】
(実施例2)
本実施例では請求項2を実施する場合の例について説明する。
【0037】
実施例1の方法の中で、図6のΩp、Ωsのような強度変化に伴い、誘導ラマン断熱通過の間に図7のように非断熱効果A±が変化する場合、非断熱効果A±が0.1以上であれば、二光子離調の絶対値を小さくし、非断熱効果A±が0.1以下であれば、二光子離調の絶対値を大きくするように、音響光学効果素子(AOM)120を用いて図8のΔp、Δsのようにレーザー光の周波数を変化させる。それによって図10のように図7の場合より非断熱効果を向上させ、誘導ラマン断熱通過の効率を向上させることができる。
【0038】
(実施例3)
本実施例では請求項3を実施する場合の例について説明する。
【0039】
実施例1の方法の中で、図11のΩp、Ωsのような強度変化に伴い、誘導ラマン断熱通過の間に図13のように非断熱効果A±が変化する場合、図16図17のように固有状態|φ0>から励起状態|e>の確率振幅を含む固有状態|φ+>への遷移を表す非断熱効果A+が、のように固有状態|φ0>から|φ+>より励起状態の確率振幅の割合が小さい固有状態|φ>への非断熱効果Aより小さくするように、音響光学効果素子(AOM)120を用いて図15のΔp、Δsのようにレーザー光の周波数を変化させる。それによって図14のように一定の周波数を用いた図13の場合より誘導ラマン断熱通過の効率を向上させることができる。
【0040】
(実施例4)
試料として希土類イオン をドープした 結晶(Pr3+:Y2SiO5)を用意し、図27のような の超微細準位を量子ビットに相当する物理系として用いる。この中で位相ゲート操作に用いる実効的な物理系としては図1のような四準位系であり、照射するレーザー光のラビ周波数をΩ、離調をΔとする。
【0041】
光源としてリング色素レーザー100を用い、レーザー光を音響光学効果素子(AOM)120、電気光学効果素子(EOM)110へ入射することによってレーザー光の強度、周波数を設定した強度、周波数に調整する。試料140をクライオスタット130中で1.4Kに冷却し、前記AOM120、EOM110を用いて調整されたレーザー光を照射し、試料を通過した光を光検出器150で読み出す。前記装置を図28のように配置する。ただし図28の配置については一例であり、各装置の個数や順序は異なることがある。
【0042】
(実施例5)
本実施例では請求項5を実施する場合について説明する。
【0043】
実施例4の方法の中で、図19のΩp、Ωsのような強度変化を用いて、図21のように|0>と|1>の間の相対位相をπ/4回転させる位相ゲート操作において、レーザー光の周波数を音響光学効果素子(AOM)120を用いて図23のΔp、Δsのように変化させることによって、図26のように一定の周波数を用いた図22より位相ゲート操作の効率を向上させることができる。
【0044】
以上、本実施形態によれば、位相ゲート操作のエラー確率が最大で50%削減され、量子コンピュータの位相ゲート操作が2倍程度に速くできる。
【符号の説明】
【0045】
100…周波数安定化リング色素レーザー
110…電気光学効果素子(EOM )
120…音響光学効果素子(AOM)
130…クライオスタット
140…Pr3+:Y2SiO5結晶、150…光検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エネルギーが低い順に|0>, |1>, |e>からなる三状態系Xで、量子ビットに用いる|0>, |1>に比べ励起状態|e>はエネルギーが高い状態である場合に、|0>−|e>, |1>−|e>の各エネルギー差に相当する共鳴周波数付近の第一、第二のレーザー光をそれぞれ照射し|0>と|1>の確率振幅を変化させる誘導ラマン断熱通過の操作方法であって、
|0>と|e>のエネルギー差と前記第一のレーザー光の周波数差である離調Δpと、|1>と|e>のエネルギー差と前記第二のレーザー光の周波数差である離調Δsの差である二光子離調(Δp−Δs)を時間変化させることを特徴とする誘導ラマン断熱通過の操作方法。
【請求項2】
前記三状態系Xと同等な性質を有する仮想的な三状態系X’に前記第一、第二のレーザー光と同等な強度を有するレーザー光を照射し、その三状態系X’の固有エネルギー、固有状態、量子状態の時間変化を参照して、三状態系Xに照射する前記第一、第二のレーザー光周波数を時間変化させる誘導ラマン断熱通過の操作方法であって、
前記三状態系Xの「固有エネルギーがEaである固有状態|a>」に対応する前記三状態系X’の「固有エネルギーがEa’である固有状態|a’>」が、その三状態系X’の「固有エネルギーEb’iである他の固有状態|bi’>(i=1,2,3)」に遷移する確率を規定する無次元パラメータである非断熱効果
【数1】

が(ドットは時間微分)0.1以上となる時刻で、前記二光子離調Δp−Δsの絶対値を他の時刻の二光子離調Δp−Δsの絶対値より大きくすることを特徴とする請求項1に記載の誘導ラマン断熱通過の操作方法。
【請求項3】
前記誘導ラマン断熱通過の操作中に、固有状態|a’>から励起状態|e>の確率振幅を含む固有状態|ai’>への遷移を表す非断熱効果A(a’,bi’)が、固有状態|a’>から|bi’>より励起状態の確率振幅の割合が小さい固有状態|bj’>への非断熱効果A(a’,bj’)より小さくすることを特徴とする請求項1に記載の誘導ラマン断熱通過の操作方法。
【請求項4】
エネルギーが低い順に|0>, |1> , |2>, |e>からなる四状態系Xで、量子ビットに用いる|0>, |1>と補助的に用いる|2>に比べ励起状態|e>はエネルギーが高い状態である場合に、|1>−|e>, |2>−|e>の各エネルギー差に相当する共鳴周波数付近の第一、第二のレーザー光をそれぞれ照射し|0>と|1>の相対位相を回転させる位相ゲートの操作方法であって、
|1>と|e>のエネルギー差と前記第一のレーザー光の周波数差である離調Δpと、|2>と|e>のエネルギー差と前記第二のレーザー光の周波数差である離調Δsの差である二光子離調(Δp−Δs)を時間変化させることを特徴とする位相ゲートの操作方法。
【請求項5】
前記四状態系Xと同等な性質を有する仮想的な四状態系Yに前記第一、第二のレーザー光と同等な強度を有する第三、第四のレーザー光を照射し、その四状態系Yの固有エネルギー、固有状態、量子状態の時間変化を参照して、四状態系Xに照射する前記第一、第二のレーザー光の周波数を時間変化させる位相ゲートの操作方法であって、
一定強度の前記第二、第四のレーザー光と時間変化する強度を有する前記第一、第三のレーザー光を用いた|0>−|1>間の相対位相シフト量と|0’>−|1’>間の相対位相シフト量が等しい位相ゲート操作である場合に、前記第一、第三のレーザー光の強度が最大となる時刻で前記二光子離調Δ’p−Δ’s より二光子離調Δp−Δs を大きくすることを特徴とする請求項4に記載の位相ゲートの操作方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【公開番号】特開2012−68329(P2012−68329A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−211409(P2010−211409)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】