説明

誘導加速セクターサイクロトロン

【課題】セクターサイクロトロンの電磁石配列において、誘導電圧により荷電粒子ビームを加速する誘導加速セクターサイクロトロンを提供し、さらにクラスターイオンも効率的かつ現実的に繰り返し加速できる荷電粒子ビームの加速方法を提供する。
【解決手段】セクターサイクロトロンのセクター電磁石配列と、前記セクター電磁石間のギャップの真空チャンバーに接続し荷電粒子ビームに誘導電圧を印可する誘導加速セルとからなり、前記導加速セルを通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビームを進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする誘導加速サイクロトロンの構成とした。さらに、その誘導加速サイクロトロンを用いて荷電粒子ビームを加速し、クラスターイオンの加速も可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
セクターサイクロトロンの電磁石配列において、誘導電圧により荷電粒子ビームを加速する誘導加速セクターサイクロトロンを提供し、さらにクラスターイオンも効率的かつ現実的に繰り返し加速できる荷電粒子ビームの加速方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
60などの低エネルギークラスターイオンを物質に照射することによるナノメーターレベルの表面物性の研究などは近年様々な応用分野を切り開いてきた。しかしながら、これらクラスターイオンの現実的な加速手段は、バンデグラフ等の静電加速器に限られていた。
【0003】
従来のサイクロトン、セクター収束サイクロトン、高周波シンクロトロンにおいては、高周波空洞は共振器であるため、可変できる周波数のバンド幅に限界があり、質量数Aと電価数Zの比Z/Aに一定の制限があった。即ち、Z/Aがほぼ等しいイオン種と電価状態に限られる。特にC60等のクラスターイオンの様な著しく質量mの大きいイオンの加速は全く不可能であった。
【0004】
発明者等は、特許文献1〜5に示すように、シンクロトンの電磁石配列に誘導加速セルを組み込み、荷電粒子ビームに誘導加速電圧(パルス電圧)印可する誘導加速シンクロトロン誘導加速シンクロトンを既に開発している。原理的には、誘導加速シンクロトロンにおいても、クラスターイオンの加速は可能である。クラスターイオンとは、分子状のイオンである。
【0005】
誘導加速シンクロトロンに関しては、全種イオンを加速可能とする特許文献1、1の誘導加速セルで加速及び閉じ込めを可能とする特許文献2、さらにシンクロトロン振動を制御する特許文献3、誘導電圧の印可制御に関する特許文献4、誘導電圧による荷電粒子ビームの軌道を制御する引用文献5が公開されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−310013号公報
【特許文献2】特開2007−165220号公報
【特許文献3】特開2007−18757号公報
【特許文献4】特開2007−18756号公報
【特許文献5】特開2007−18849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、誘導加速シンクロトロンである全種イオン加速器でも、原理的に、重イオン、クラスターイオンの加速も可能であるが、通常用いる常伝導電磁石の磁場のダイナミックレンジは小さいく、静電加速を大幅に超えた高いエネルギーまでクラスターイオンを加速できない。
【0008】
他方、偏向磁石として超電導電磁石の磁場の大きなダイナミックレンジ(0.1Tesla〜10Tesla)を使うことも原理的には可能である。しかし、ダイナミックレンジの大きな超電導電磁石は低磁場領域の磁場の一様性が十分ではない。加えて、現在製作し得る超電導電磁石の励磁速度は高繰り返しシンクロトロンに使用できる程速くなく、超高磁場まで励磁するのに時間を要するので高繰り返し加速器には向かない。
【0009】
そこで、本発明は、セクターサイクロトロンの電磁石配列において、誘導電圧により荷電粒子ビームを加速する誘導加速セクターサイクロトロンを提供し、さらにクラスターイオンも効率的かつ現実的に繰り返し加速できる荷電粒子ビームの加速方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するために、セクターサイクロトロンのセクター電磁石配列と、前記セクター電磁石間のギャップの真空チャンバーに接続し荷電粒子ビームに誘導電圧を印可する誘導加速セルとからなり、前記導加速セルを通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビームを進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする誘導加速サイクロトロンの構成とした。
【0011】
また、前記誘導加速セルが、セクター電磁石間のギャップの真空チャンバーに接続した第1誘導加速セルと、他のギャップの真空チャンバーに接続した第2誘導加速セルとからなり、前記第1誘導加速セルと第2誘導加速セルの1次コイルを交差させ直列に繋ぎ、1のスイッチング電源の駆動によって前記第1、第2誘導加速セルに同時に正負逆向きの誘導電圧を発生させるとともに、前記第1、第2誘導加速セルを通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビームを進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする前記記載の誘導加速サイクロトロンの構成とした。また前記同期が、前記何れかのギャップ又は前記ギャップと異なるギャップの真空チャンバーに、荷電粒子ビームの通過を感知するバンチモニタを接続し、前記バンチモニタからの荷電粒子ビームの通過シグナルに基づき、前記スイッチング電源の駆動タイミングを制御し、荷電粒子ビームが前記第1、第2誘導加速セル内を通過するタイミングに正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする前記記載の誘導加速サイクロトロンの構成とした。
【0012】
さらに、前記何れかのギャップ又は前記ギャップと異なる他のギャップの真空チャンバーに、荷電粒子ビームの頭部に進行方向と逆向きに加速する負の誘導電圧を印加するとともに、荷電粒子ビームの尾部に進行方向に加速する正の誘導電圧を印加し、荷電粒子ビームを閉じ込める第3誘導加速セルを接続したことを特徴とする前記何れかに記載の誘導加速サイクロトロン。
【0013】
加えて、前記第1、第2の誘導加速セルが、セクターサイクロトロンのリングにおいて、対向するギャップに位置する真空チャンバーに接続されたことを特徴とする前記何れかに記載の誘導加速セクターサイクロトロンの構成とした。また前記セクター電磁石の上下磁極面にリング中心部に向け内部空間が広がるよう勾配が設け、前記セクター電磁石の磁場強度に勾配をつけたことを特徴とする前記何れかに記載の誘導加速セクターサイクロトロンの構成とした。
【0014】
そして、前記の何れか1項に記載の誘導加速セクターサイクロトロンによって、クラスターイオンの荷電粒子ビームを加速することを特徴とする荷電粒子ビームの加速方法の構成とした。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、上記構成であるので以下の効果を発揮する。即ち、セクターサイクロトロンの電磁石配列に、誘導加速セルを組み合わせることで、バンデグラフ等の静電加速しか現実的な加速方法の無かったクラスターイオンをも、極めて高いエネルギーレベルまで繰り返し加速可能になる。また、従来からの原子状イオン、その重イオンなど、周期表にある全ての元素であって、元素が原理的に取り得る全ての電価状態の荷電粒子ビームを電磁石の磁場強度の許容する範囲において、任意のエネルギーレベルまで加速することができる。
【0016】
また、誘導加速を採用することで、ビームを低エネルギーから高エネルギーまで加速可能になるので、従来のセクターサイクロトロンに必須であった前段加速としてのSFサイクロトロンや線形加速器が不要なる。従って、イオン源からのイオンを入射装置によってダイレクトにビームをセクターサイクロトロンに入射できるため、極めて廉価にセクターサイクロトロンを構築することができる。勿論、前段加速器を用いてもよい。
【0017】
例えば、クラスターイオンとして、7価のC60を加速した場合には、(独)理化学研究所に現存するリングサイクロトロンの規模で、磁極間の磁束密度B=1.6Teslaとすれば、イオン源から直接入射されたC60荷電粒子ビームを約126MeVまで加速可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明である誘導加速セクターサイクロトロンの平面模式図(一例)である。
【図2】荷電粒子ビームの加速用のパルス電圧発生装置の構成図の一例である。
【図3】荷電粒子ビームの閉じ込用のパルス電圧発生装置の構成図の一例である。
【図4】真空チャンバーと連結している誘導加速セルの断面模式図である。
【図5】セクター電磁石のサイクロトロン中心部から半径方向の垂直断面模式図である。
【図6】誘導加速セルの駆動パターンの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明である誘導加速セクターサイクロトロン及び荷電粒子ビームの加速方法について図面を参照しながら詳細に説明する。
【実施例1】
【0020】
図1に示すように、誘導加速セクターサイクロトロン1は、セクターサイクロトロンのセクター電磁石2配列と、セクター電磁石2間のギャップ3の真空チャンバー13に接続し荷電粒子ビーム10に誘導電圧を印可する3台の誘導加速セル(第1誘導加速セル6(加速用)、第2誘導加速セル7(加速用)、第3誘導加速セル8(閉じ込め用))とからなり、加速用の誘導加速セルを通過する荷電粒子ビーム10に同期して荷電粒子ビーム10を進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビーム10に印加する。この構成により荷電粒子ビームの加速を可能にする。
【0021】
図1に示した破線は、ビーム軌道10aである。荷電粒子ビーム10は、イオン源で生成され、誘導加速セクターサイクロトロン1の真空チャンバー13内に入射装置4を用いてダイレクトに入射される。そして、誘導加速セルで加速されつつ、セクター電磁石2内で偏向させられ、周回を重ねる毎に、回転半径を増大させ、一定磁場の中を加速する。そして、加速終了後は出射装置5によりリング外に取り出され、種々の用途に利用される。
【0022】
加速用の誘導加速セルは、セクター電磁石2間のギャップ3の真空チャンバー13に接続した第1誘導加速セル6と、他のギャップ3の真空チャンバー13に接続した第2誘導加速セル7とからなる。
【0023】
そして、第1誘導加速セル6と第2誘導加速セル7の1次コイル7eを交差させ直列に繋ぎ、第1、第2誘導加速セル6、7に同時に正負逆向きの誘導電圧をパルス電圧発生装置11の制御によって発生させるとともに、第1、第2誘導加速セル6、7を通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビーム10を進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビーム10に印加する。
【0024】
前記同期は、前記ギャップ3と異なるギャップ3の真空チャンバー13に、荷電粒子ビーム10の通過を感知するバンチモニタ9を接続し、バンチモニタ9からの荷電粒子ビーム10の通過シグナル9aに基づき、パルス電圧発生装置11によって制御される。パルス電圧発生装置11から、励磁電流11aが図1矢印方向に流れることによって、第1、第2誘導加速セル6、7に誘導電圧が生成される。
【0025】
荷電粒子ビーム10の閉じ込め用の誘導電圧を印可する第3誘導加速セル8も、バンチモニタ9からの通過シグナル9aを基に、誘導電圧の発生タイミングがパルス電圧発生装置12によって制御される。パルス電圧発生装置12と第3誘導加速セル8は、1次コイル7eで接続され、第3誘導加速セル8もパルス電圧発生装置12から励磁電流12aを受けて発生する誘導電圧を荷電粒子ビーム10に印可する。
【0026】
本発明である誘導加速セクターサイクロトロン1は、従来のセクターサイクロトロンのセクター電磁石2配列及び真空チャンバー13、さらにセクター電磁石2等のシステム全体を再利用することができる。なお、従来のセクターサイクロトロンの加速手段である高周波加速空洞、高周波源及びその制御系は不要である。但し、高周波加速空洞は、本発明においても荷電粒子ビーム10の種類によっては、荷電粒子ビーム10の閉じ込め装置として利用できる。
【0027】
図1では、3台の誘導加速セル6、7、8を用いた例を示したが、加速用の誘導電圧、閉じ込め用の誘導電圧発生タイミングを1のパルス電圧発生装置11で制御することも可能である。発明者等は、既に特許文献2で、荷電粒子ビームの加速に際して、周回毎に閉じ込め用の誘導電圧を同時には必ずしも必要としないことを見出している。しかしながら、荷電粒子ビームの加速と閉じ込めは別制御系とする方がその制御が容易であることから望ましい。また、特許文献1に示すように、加速用の誘導加速セルと閉じ込め用の誘導加速セルをそれぞれ1台とし、それらを別々のパルス電圧発生装置で加速用と閉じ込め用の誘導電圧の発生タイミングの制御を行うことも可能である。
【0028】
図2に示すように、パルス電圧発生装置11は、デジタル信号装置14とパターン生成器15とスイッチング電源16とDC充電器17と電送線18と誘導電圧モニタ19からなり、誘導加速セル(第1、第2誘導加速セル6、7)で発生する誘導電圧20の発生タイミングをバンチモニタ9からの荷電粒子ビーム10の通過シグナル9aを利用し、荷電粒子ビーム10の一部に誘導電圧20(図中に点線で示した。)が印加されるように制御する装置である。詳しくは特許文献1〜5に説明されている。
【0029】
図2中破線で示された矢印は、荷電粒子ビーム10のビーム軌道10aであり、リング内側から、入射直後のビーム軌道、2周回目のビーム軌道、出射前1周目のビーム軌道、出射周回のビーム軌道である。なお、その間の周回は点線で表し省略した。
【0030】
バンチモニタ9は、ビーム軌道の全体を取り囲むように真空チャンバー13に接続され、その中に荷電粒子ビームを通し荷電粒子ビーム10の通過を感知するモニタで、荷電粒子ビーム10が通過した瞬間にあわせてパルスである通過シグナル9aを発生させる。検出された通過シグナル9aは、デジタル信号装置14に入力され、誘導電圧20の発生タイミングを荷電粒子ビーム10の通過に同期させる制御に用いる。
【0031】
スイッチング電源16は、誘導加速セルに伝送線18を介してパルス電圧を与える。高繰り返し動作可能である。スイッチング電源16は、一般に複数の電流路を持ち、その各枝路を通過する電流を調整し、電流の方向を制御することで誘導加速セルに正の誘導電圧20aと負の誘導電圧20bを発生させる。DC充電器17は、スイッチング電源16に電力を供給する。スイッチング電源16のオン及びオフ動作をパターン生成器15、デジタル信号処理装置14で制御する。誘導電圧モニタ19は、誘導加速セルより印加された誘導電圧値を測定するモニタである。
【0032】
誘導電圧20は、正及び負の誘導電圧からなる。正の誘導電圧20aは、荷電粒子ビーム10の一部を進行方向(図中破線矢印)に加速するための誘導電圧である。負の誘導電圧20bは誘導加速セルの磁気的飽和を回避する誘導電圧ある。なお、荷電粒子ビーム10の閉じ込め用の誘導加速セル8においては、負の誘導電圧20bは、荷電粒子ビーム10の進行方向と逆向きに加速させる。
【0033】
パターン生成器15は、スイッチング電源16のオン及びオフ動作を制御するゲート信号パターン15を生成する。即ち、ゲート親信号14aを基にスイッチング電源16の電流路のオン及びオフの組み合わせへと変換する装置である。デジタル信号処理装置14は、パターン生成器15によるゲート信号パターン15aの生成のもと信号であるゲート親信号14aを計算する。
【0034】
ゲート信号パターン715は、誘導加速セルより印加される誘導電圧20を制御するパターンである。誘導電圧20を印加する際に、その印加時間と発生タイミングを決定する信号及び正の誘導電圧及び負の誘導電圧との間の休止時間を決定するための信号である。従って、ゲート信号パターン7jによって加速する荷電粒子ビーム10の長さに合わせて誘導電圧20の印可タイミング、印可時間の調節が可能である。
【0035】
図3に示すように、パルス電圧発生装置12は、パルス電圧発生装置11と同一構成であるので、それら同一構成の説明は省略する。ただし、荷電粒子ビーム10の閉じ込め用である第3誘導加速セル8の駆動のみを制御する。即ち、荷電粒子ビーム10の頭部に負の誘導電圧20bを、荷電粒子の尾部に正の誘導電圧20aを印加する。それにより、荷電粒子ビーム10のシンクロトン振動を制御し、荷電粒子ビーム10の拡散による損失を防ぐ(「(荷電粒子ビームの)閉じ込め」という。)
【0036】
閉じ込め手段として、閉じ込め用の第3誘導加速セル8及びその駆動を制御するパルス電圧発生装置12を組み込むことで、荷電粒子ビーム10の閉じ込めも誘導電圧で行うことができる。これにより、荷電粒子ビームの種類を限定することなく、イオンクラスターの加速をも可能にする。なお、荷電粒子ビーム10の種類、加速エネルギーレベルによっては誘導加速セル8に換え、従来の高周波加速空洞も閉じ込めに採用することができる。
【0037】
ここで、誘導加速セル(第1、第2、第3誘導加速セル6、7、8)とは、これまで作られてきた線形誘導加速器用の誘導加速セルと原理的には同じ構造である。以下、第2誘導加速セル7の断面を用いて誘導電圧20の発生原理を説明する。
【0038】
図4に示すように、第2誘導加速セル7は、内容器7a及び外容器7bからなる2重構造で、外容器7bの内に磁性体7cが挿入されてインダクタンスを作る。荷電粒子ビーム10が周回する真空チャンバー13と接続された内容器7aの一部はセラミックなどの絶縁体7dでできている。
【0039】
トロイダル形状の磁性体7cを取り囲む1次コイル7eにスイッチング電源16に接続されたDC充電器17からパルス電圧16aを印加すると、1次コイル7eには1次電流(励磁電流11a)が流れる。この励磁電流11aは1次コイル7eの周りに磁束を発生させ、1次コイル7eに囲まれた磁性体7cが励磁される。
【0040】
これにより磁性体7cを貫く磁束密度Bが時間的に増加する。このとき絶縁体7cを挟んで、導体の内容器7aの両端部7fである2次側の絶縁体7d部にファラデーの誘導法則にしたがって誘導電場が発生する。この誘導電場が荷電粒子ビーム10を加速させる加速電場7gとなる。この加速電場7gが生じる部分を加速ギャップ7hという。従って、第2誘導加速セル7は1対1のトランスである。
【0041】
第2誘導加速セル7の1次コイル7eにパルス電圧16aを発生させるスイッチング電源16を接続し、スイッチング電源16を外部からオン及びオフすることで、加速電場7gの発生を自由に制御することができる。従って、第2誘導加速セル7は、1次コイル7eにスイッチング電源16からパルス電圧16を受けて、2次側絶縁体7d部に誘導され荷電粒子ビーム10に印加される誘導電圧20を生成する。第1誘導加速セル7、第3誘導加速セル8においても同じ。
【0042】
図5に示すように、セクター電磁石2の上下磁極面2aには、リング中心部1aに向け内部空間が広がるよう勾配2cが設けられている。セクター電磁石2のリング中心部1a側は、磁極間が遠くなることで、磁束密度Bがリング中心1aに向かって低下する磁束密度勾配が起きる。
【0043】
質量mで電荷eの荷電粒子が、速度vで磁束密度Bの一様な磁場の中を磁場に直角に運動する時、荷電粒子に働くロ−レンツ力Fは、e・v・Bである。この時の荷電粒子のリング中心0からの回転半径rであればロ−レンツ力Fと遠心力の釣り合いの条件から、
F=mv/r =e・v・B (式1)
となる。
【0044】
従って、リング中心部1a側の磁束密度Bが低ければ、式1に明らかなように、入射直後の荷電粒子の回転半径(ρ1)が大きくなる。その結果、誘導加速セルのリング中心部1a側の磁性体7c及び磁性体7cを収納する外容器7bを設置するスペースをリング中心部1aに十分に確保することができるようになる。
【0045】
なお、図5のρ2は出射時の回転半径である。また、Δは入射時の回転半径と次周回の回転半径の差(軌道分離幅)であり、Δは出射時の回転半径と出射1周回前の軌道分離幅である。軌道分離幅は、磁極面2bの勾配2c部と、平坦部で異なる。勾配2c部では、磁力密度が低下することから平坦部より広くなる。rで示す矢印は、半径軸方向である。
【0046】
図6(A)は第1誘導加速セル6と第2誘導加速セルの誘導電圧の向きの変動を表している。そして図6(B)は(A)における第1誘導加速セル6の誘導電圧値(V1(t))、(C)は(A)における第2誘導加速セル7の誘導電圧値(V2(t))を時間軸tで表している。
【0047】
図6(A)〜(C)に表されているように、第1誘導加速セル6と第2誘導加速セル7は、パルス電圧発生装置11の1のスイッチング電源16に、1次コイルを交差させ直列に繋がれている。そして、1次コイル7eに励磁電流11aが流れ(矢印の向き)で誘導電圧(このタイミング(t1<t<t2)では、第1誘導加速セル6において実線で示した正の誘導電圧2a、第2誘導加速セル7においては実線で示した負の誘導電圧20b)が発生する。正の誘導電圧20aは荷電粒子ビーム10に印加され、荷電粒子ビーム10を加速する。
【0048】
この時の磁束密度Bの向きは、磁性体7c中に表されている。即ち、第1誘導加速セル6の磁性体7c中の○に黒塗りの点が図6奥から手前に、第2誘導加速セル7の磁性体7c中の○に×が図手前から奥に向かって磁束密度7iの向きが形成されていることを意味する。
【0049】
また、荷電粒子ビーム10が、第2誘導加速セル7に到達する時刻t2<t<t3では、スイッチング電源16からのバルス電圧16aの向きが逆向きに代わり、励磁電流11aが逆に流れることで、第1誘導加速セル6において破線で示した負の誘導電圧2b、第2誘導加速セル7においては破線で示した正の誘導電圧20aが生成される。
【0050】
このように、2台の第1、第2誘導加速セル6、7の1次コイル7eを交差させ直列に繋ぐことで、図6(B)、(C)に示したように、第1、第2誘導加速セル6、7に同時に正負逆向きの誘導電圧20を発生させることができる。図6(B)、(C)に点線で示した縦線は、同時刻(t1、t2、t3)が対応していることを表している。
【0051】
従って、2台の第1、第2誘導加速セル6、7の1次コイル7eを交差させ直列に繋ぐことで、荷電粒子ビーム1周回辺り、荷電粒子ビームは2度の正の誘導電圧20aを受けることになるので、極めて効率的に荷電粒子ビーム10を加速することが可能になる。また誘導電圧20の発生を1のスイッチング電源16の駆動で制御することができるので、制御が容易であるとともに、初期費用を抑えることができる。
【0052】
また、第1誘導加速セル6と第2誘導加速セル7の1次コイル7eを交差させ直列に繋ぐ場合には、セクターサイクロトロンのリングにおいて、第1、第2誘導加速セル6、7を対向するギャップ3に位置する真空チャンバー13に接続することで、本発明の誘導加速サイクロトロンでは、最も長い荷電粒子ビーム10の形成が可能になり、一層効率的な荷電粒子ビーム10の加速が可能になる。
【0053】
図6において、荷電粒子ビーム10の1周回時間Tの範囲内で、加速用の正の誘導電圧20aとリセット用の負の誘導電圧20bは同時にペアーで発生することとなる。従って、加速される荷電粒子ビーム10の時間幅は必然的に周回時間Tの半分以下である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明である誘導加速セクターサイクロトロン及び荷電粒子ビームの加速方法は、クラスターイオンをも、低コストで従来にない高エネルギーレベルまで加速可能であるので、従来の物質・材料科学の研究、特に材料表面への照射による表面物性の研究分野に加え、材料深部の物性研究に多いに貢献する。産業的には、従来の加速器の応用の他、バルク材を改良、新たな素材を開発することを、可能にする。
【符号の説明】
【0055】
1 誘導加速セクターサイクロトロン
1a リング中心部
2 セクター電磁石
2a 磁極
2b 磁極面
2c 勾配
3 ギャップ
4 入射装置
5 出射装置
6 第1誘導加速セル
7 第2誘導加速セル
7a 内容器
7b 外容器
7c 磁性体
7d 絶縁体
7e 1次コイル
7f 端部
7g 電場
7h 加速ギャップ
7i 磁束密度
8 第3誘導加速セル
9 バンチモニタ
9a 通過シグナル
10 荷電粒子ビーム
10a ビーム軌道
11 パルス電圧発生装置
11a 励磁電流
12 パルス電圧発生装置
12a 励磁電流
13 真空チャンバー
14 デジタル信号処理装置
14a ゲート親信号
14a ゲート信号パターン
15 パターン生成器
15a パターン生成器
16 スイッチング電源
16a パルス電圧
17 DC充電器
18 電送線
19 誘導電圧モニタ
20 誘導電圧
20a 正の誘導電圧
20b 負の誘導電圧


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セクターサイクロトロンのセクター電磁石配列と、前記セクター電磁石間のギャップの真空チャンバーに接続し荷電粒子ビームに誘導電圧を印可する誘導加速セルとからなり、前記導加速セルを通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビームを進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする誘導加速サイクロトロン。
【請求項2】
前記誘導加速セルが、セクター電磁石間のギャップの真空チャンバーに接続した第1誘導加速セルと、他のギャップの真空チャンバーに接続した第2誘導加速セルとからなり、前記第1誘導加速セルと第2誘導加速セルの1次コイルを交差させ直列に繋ぎ、1のスイッチング電源の駆動によって前記第1、第2誘導加速セルに同時に正負逆向きの誘導電圧を発生させるとともに、前記第1、第2誘導加速セルを通過する荷電粒子ビームに同期して荷電粒子ビームを進行方向に加速する正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする請求項1に記載の誘導加速サイクロトロン。
【請求項3】
前記同期が、前記何れかのギャップ又は前記ギャップと異なるギャップの真空チャンバーに、荷電粒子ビームの通過を感知するバンチモニタを接続し、前記バンチモニタからの荷電粒子ビームの通過シグナルに基づき、前記スイッチング電源の駆動タイミングを制御し、荷電粒子ビームが前記第1、第2誘導加速セル内を通過するタイミングに正の誘導電圧を荷電粒子ビームに印加することを特徴とする請求項2に記載の誘導加速サイクロトロン。
【請求項4】
前記何れかのギャップ又は前記ギャップと異なる他のギャップの真空チャンバーに、荷電粒子ビームの頭部に進行方向と逆向きに加速する負の誘導電圧を印加するとともに、荷電粒子ビームの尾部に進行方向に加速する正の誘導電圧を印加し、荷電粒子ビームを閉じ込める第3誘導加速セルを接続したことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の誘導加速サイクロトロン。
【請求項5】
前記第1、第2の誘導加速セルが、セクターサイクロトロンのリングにおいて、対向するギャップに位置する真空チャンバーに接続されたことを特徴とする請求項2〜請求項4の何れか1項に記載の誘導加速セクターサイクロトロン。
【請求項6】
前記セクター電磁石の上下磁極面にリング中心部に向け内部空間が広がるよう勾配が設け、前記セクター電磁石の磁場強度に勾配をつけたことを特徴とする請求項1〜請求項5の何れかに記載の誘導加速セクターサイクロトロン。
【請求項7】
請求項1〜請求項6の何れか1項に記載の誘導加速セクターサイクロトロンによって、クラスターイオンの荷電粒子ビームを加速することを特徴とする荷電粒子ビームの加速方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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