説明

誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置

【課題】誘導結合プラズマ分析装置および試料導入管への試料溶液の付着や滞留による汚染(メモリー効果)を抑制し、迅速かつ精確な、元素の「定性分析・定量分析・同位体比分析」を可能とする。
【解決手段】本発明の試料導入装置は、試料導入管26から分岐した付けかえ式の試料溶液導入用ノズル23を備え、試料溶液と洗浄液を同時に導入するため、メモリー効果を低減する。これにより、試料溶液の測定後、洗浄に要する時間が大幅に削減できるとともに、より精確な元素分析が可能となるという利点がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、迅速かつ精確な、元素の「定性分析・定量分析・同位体比分析」を可能とした誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置に関するものである。元素の分析の分野において、「定性分析」は試料にどのような元素が含まれるかを測定すること、「定量分析」は試料に含まれる元素の量を測定すること、「同位体比分析」は、試料に含まれるある元素の同位体の存在比を測定することを指す。「同位体比分析」は、広義では定量分析に含まれるが、区別することも多いため、ここでは定量分析とは分けて記した。以下、元素の「定性分析・定量分析・同位体比分析」をまとめて、「元素分析」と呼ぶ。
【背景技術】
【0002】
誘導結合プラズマ分析装置は、溶液中の元素の分析装置であり、光の波長から元素の定性分析を行い、光の強度から定量分析を行う誘導結合プラズマ発光分析装置(以下ICP−AESと呼ぶ)と、イオンの質量から元素の定性分析を行い、イオン計数率やカウント数から定量分析や同位体比分析を行う誘導結合プラズマ質量分析装置(以下ICP−MSと呼ぶ)がある。どちらも、ネブライザ、スプレーチャンバ、プラズマトーチ、ワークコイル、高周波電源、検出器から構成される。ネブライザには試料導入管が繋がっており、試料導入管内に導入された試料溶液や洗浄液は、しごきポンプなどによって送液され、ネブライザに導かれる。ネブライザは、導かれた試料溶液や洗浄液を霧状にして噴霧する働きをしている(以下、試料導入管からネブライザまでをまとめて、特に試料導入装置と呼ぶ)。スプレーチャンバは、噴霧された霧の粒径をふるいわける働きをしている。プラズマトーチの先端にはワークコイルが巻かれており、ワークコイルには高周波電源により高周波電力が印加される。この高周波電力により、プラズマトーチに導入、噴霧された試料溶液や洗浄液は同時に導入されるアルゴンなどのガスと共にプラズマとなる。検出器では光またはイオンから元素分析を行う。
【0003】
従来の技術を図1を用いて説明する。図1において、1は試料溶液、2は洗浄液、3は試料導入管、4は送液用のしごきポンプ、5はネブライザである。試料溶液1または洗浄液2は、試料導入管3を通り、ネブライザ5に達する。試料溶液の測定後は洗浄液容器に試料導入管を入れて洗浄液を噴霧し、十分洗浄した後に試料導入管を再度試料溶液容器に入れ、試料溶液を導入する。すなわち、試料溶液と洗浄液は交互に導入する。
【0004】
しかし、従来の技術には、試料溶液の付着や滞留による、試料導入管および誘導結合プラズマ分析装置の汚染(以下、メモリー効果と呼ぶ)という問題がある。従来の試料導入装置では、試料溶液は試料導入管内を通過し誘導結合プラズマ分析装置に導入されるが、その際にホウ素など一部の元素は、試料導入管や誘導結合プラズマ分析装置内の各部に滞留しやすい。そのため、複数の試料溶液を分析するときには、滞留して残った試料溶液がバックグラウンド強度の上昇を引き起こすなど、以後の試料の分析結果の精確さに悪影響を及ぼしてしまう。
【0005】
この問題はICP−MSのようなpptレベルの超微量の元素分析を行う装置では特に重大である。このため、従来の試料導入装置では、メモリー効果の抑制のために、試料溶液の測定の度に洗浄液を長時間噴霧する必要があった。
【0006】
この改善策として、六方バルブやローター等の、試料溶液が滞留しやすい部品を使用しない試料導入装置(特許文献1)や、試料毎に二つのネブライザおよび試料導入管を切換えて用い、一方を使用中に他方を洗浄する試料導入装置(特許文献2)が開示されている。しかしながら、特許文献1の装置では試料導入管へのメモリー効果については対策が取られていない。特許文献2の装置では原理上二つのネブライザが必要となる。また、どちらの装置でもスプレーチャンバ内のメモリー効果については対策とならない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−055601号公報
【特許文献2】特開平5−142124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
解決しようとする問題点は、誘導結合プラズマ分析装置によって元素分析を行う上で、迅速さおよび精確さの障害となる、メモリー効果の低減である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、試料溶液と洗浄液を同時に導入することで、メモリー効果の低減を効率的に可能にしたことである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の試料導入装置は、試料導入管から分岐した付けかえ式の試料溶液導入用ノズルを備え、試料溶液と洗浄液を同時に導入するため、メモリー効果を低減する。これにより、試料溶液の測定後、洗浄に要する時間が大幅に削減できるとともに、より精確な元素分析が可能となるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は従来の試料導入装置の概略を示した説明図である。
【図2】図2は本発明の試料導入装置の概略を示した説明図である。
【図3】図3は従来の試料導入装置と本発明の試料導入装置の洗浄効果を比較した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
試料溶液と洗浄液を同時に導入するという目的を、最少の部品点数で実現した。図2は、本発明装置の1実施例の概略図であって、21は試料溶液、22は洗浄液、23は付けかえ式のノズル、24は洗浄液送液用のしごきポンプ、25は洗浄液および試料溶液送液用のしごきポンプ、26は試料導入管、27はネブライザである。
【0013】
本発明を使用した誘導結合プラズマ質量分析装置で行う分析の流れを説明する。試料溶液21および洗浄液22は、試料導入管26を通り、ネブライザ27に達する。しごきポンプ24および25によって試料溶液と洗浄液は同時に吸引され、ネブライザに導入される。測定後は、付けかえ式のノズル23を取り外して蓋をすることで、洗浄液のみを導入して経路を洗浄できる。続けて別な試料溶液を測定する場合、信号強度が試料溶液噴霧時の1/500になるまで洗浄液を導入した後に、新しい付けかえ式のノズルを取り付けることで、次の試料溶液が測定可能となる。本発明の主体は試料溶液および洗浄液の導入方法にあるので、ネブライザ以降の経路の説明は省略する。
【0014】
このような試料溶液および洗浄液の導入方法を採用することにより、長時間の洗浄を要することなく、迅速な元素分析が可能となる。さらに、バックグラウンド強度を低減させることができ、精確な元素分析が可能となる。
【実施例】
【0015】
[実施例1]
試料として、米国の国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology,NIST)が供給する、ホウ酸の認証標準物質(StandardReference Materials,SRM)、NIST SRM 951aを使用した。ホウ酸粉末を純水に溶かし、ICP−MSに導入された際にB濃度が200ppbとなるよう希釈し、ホウ酸水溶液を調製した。このホウ酸水溶液を試料溶液として、従来の試料導入装置または本発明を使用してICP−MSに約30分間噴霧した後、洗浄液を導入し、信号強度が充分下がるまでに要する洗浄時間を計測した。洗浄液には、ホウ素の洗浄液として知られているマンニトール-アンモニア水溶液を用いた。0.1 Mアンモニア水溶液に0.25質量%のマンニトール濃度になるように調整した。ここでは、信号強度が充分下がったと判断する基準は、信号強度が試料溶液噴霧時の1/500まで下がることとした。測定における実測値を図3に示す。
【0016】
測定に使用した機器は、横河アナリティカルシステムズ社製ICP−MS4500である。測定条件を以下に示す。
RF出力 : 1340W
RFマッチング : 2V
キャリアガス(Ar) : 1.11L/min
ポンプ流速(測定時) : 0.3mL/min
ポンプ流速(洗浄時) : 0.9mL/min
スプレーチャンバ : スコット型(ポリエチレン製)
スプレーチャンバ温度 : 2℃
ネブライザ : クロスフロー型(ポリエチレン製)
質量分析計 : 四重極型
測定モード : 同位体測定
測定点数 : 1(ピークトップのみ)
【0017】
[比較例1]
従来の試料導入装置(図1)を使用した以外は実施例1と同様の条件で信号強度が試料溶液噴霧時の1/500になるまでに要する洗浄時間を計測した。実測値を図3に示す。
【0018】
従来の試料導入装置を使用した場合には、信号強度が試料溶液噴霧時の1/500になるまでに20分以上を要した。一方で、本発明の試料導入装置を使用した場合では、洗浄時間約4分で信号強度が試料溶液噴霧時の1/500まで低下した。以上より、本発明の試料導入装置の利用によって、従来の試料導入装置を使用した場合と比較して、洗浄に要する時間が大幅に削減できることが確認できた。このことは多数の分析試料を迅速に処理することができ、おおいに役立つ。
【産業上の利用可能性】
【0019】
試料導入管および試料導入管から分岐した付けかえ式のノズルによって、試料溶液と洗浄液を同時に導入でき、メモリー効果の起こりやすい試料の分析用途に適用できる。
【符号の説明】
【0020】
1 試料溶液
2 洗浄液
3 しごきポンプ
4 試料導入管
5 ネブライザ
21 試料溶液
22 洗浄液
23 付けかえ式のノズル
24 しごきポンプ(洗浄液送液用)
25 しごきポンプ(洗浄液および試料溶液送液用)
26 試料導入管
27 ネブライザ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中の元素の定性分析、定量分析または同位体比分析を行う誘導結合プラズマ分析装置に試料溶液を導入するための装置であり、試料溶液を入れる試料容器と、試料溶液が誘導結合プラズマ分析装置に導入されるまでの経路を洗浄するための洗浄液を入れた洗浄液容器と、洗浄液を吸入して誘導結合プラズマ分析装置に導く試料導入管を備えた、誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置。
【請求項2】
試料導入管から分岐して試料容器に繋がり、試料溶液を吸入して誘導結合プラズマ分析装置に導く、付けかえ式の試料溶液導入用ノズルを備え、試料溶液と洗浄液を同時に導入することを特徴とする請求項1記載の誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置。
【請求項3】
試料導入管について、洗浄液中に浸した一端から試料溶液導入用ノズルを接合する部位までの間と、前記接合部位から試料噴霧器(ネブライザ)に導入するまでの間の2箇所にしごきポンプを備え、洗浄液および洗浄液と試料溶液の導入量を一定に制御可能なことを特徴とする請求項1または2記載の誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置。
【請求項4】
定性分析または定量分析または同位体比分析の目的元素がホウ素であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の誘導結合プラズマ分析装置用試料導入装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−209250(P2011−209250A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80013(P2010−80013)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】