誘発電位検査装置及び誘発電位検査システム
【課題】高い検査精度を有しながらもより測定時間の短縮を行うことが可能な誘発電位検査装置を提供する。
【解決手段】ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置5に表示させるための表示制御部とを有する誘発電位検査装置1とする。
【解決手段】ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置5に表示させるための表示制御部とを有する誘発電位検査装置1とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘発電位検査装置に関し、特に、聴性定常反応(Auditory Steady−State Response、以下「ASSR」という)の検査に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
ASSRとは、両耳にあらかじめ周波数特異性のある音刺激を与えることによって得られる聴性誘発反応であって、例えば4つの周波数閾値を同時に検査することによって他覚的聴力検査を精度よく行うことができる。ASSRの信号(以下「ASSR信号」という。)は、周波数特異性のある反応であるため、特に、耳鼻科において乳幼児の補聴器装用に必要なオ−ジオグラムを客観的かつ正確に評価する手段として利用することができる。なお「他覚的聴覚検査」とは、新生児や乳幼児を含め、被験者が自分で“聞こえるか聞こえないか”について正確な意思表示ができない場合、全身麻酔下の被験者や重症な身体障害により意思表示が困難な場合、更には、犯罪捜査などで被験者が“聞こえているのに聞こえないふりをする”いわゆる詐称難聴の可能性のある場合などにおいて実施される検査である。
【0003】
ところで、ASSR信号は微弱な信号であって多くのノイズが含まれており、精度の高い検査のためにはこのノイズを除去する必要がある。ノイズを除去する方法としては例えば、ASSR信号を複数加算し、その平均を算出する方法がある(以下「加算平均法」という。例えば下記非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、上記加算平均法では、多数回(1反応閾値につき平均500回程度)のASSR信号測定を行う必要があるため、測定に時間がかかるといった課題がある。例えば加算平均法の典型的な例では検査に30分程度要してしまい、被験者に与える負担は大きい。
【0005】
なお既に、上記加算平均法の平均回数を低減する方法として、下記非特許文献2及び3に、ABR(Auditory Brainstem Response)において、カルマンフィルタを用いて伝達関数を求める方法が記載されている。
【0006】
【非特許文献1】「聴性定常反応 その解析法・臨床応用と起源」、青柳優、リオン株式会社、2005年
【非特許文献2】井川信子、谷萩隆嗣、“カルマンフィルタを適用した最小分散推定による聴性脳幹反応波形の伝達関数の推定と特徴抽出”、Journal of Signal Processing(信号処理)、2004年、8巻、4号、335〜349頁
【非特許文献3】Nobuko Ikawa、 Takashi Yahagi、“Feature Extraction and Identification of Transfer Function for Auditory Brainstem Response”、Journal of Signal Processing、2004、Vol.8、No.6、pp.473−484
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記非特許文献2及び3はABRに関する技術であって、ASSRに関する技術ではない。ASSRにおいても検査を受ける者に課す負担を軽減するために、測定時間の短縮を行う必要がある。
【0008】
そこで、本発明は上記課題を鑑み、高い検査精度を有しながらもより測定時間の短縮を行うことが可能な誘発電位検査装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための第一の手段として、本発明は、ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部と、を有する誘発電位検査装置とする。
【0010】
ここで「ASSR」とは聴性定常反応を意味し、具体的には、振幅搬送周波数(CF)に振幅変調(AM)をかけた波(AM波)を複数組み合わせた複合音を被験者に与えた際に生じる反応を意味する。また、「ASSR誘発電位信号デ−タ」とは、ASSRにおいて、ASSRの誘発電位信号の強度とその信号を測定した時間とが対応して格納されるデ−タであって、例えば誘発電位検査装置に接続される複数の電極を介して取得されるデ−タである。
【0011】
また、本手段において、限定されるわけではないが、波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理が下記式で表されることも好ましい。
【数1】
【0012】
また、本手段において、限定されるわけではないが、波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことが好ましい。
【数2】
【0013】
また、本発明に係る誘発電位検査装置における「ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部」とは、ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定モジュ−ルを適用して導出電位信号デ−タの波形適合自動判定処理を行う部である。
【0014】
また、本手段において、限定されるわけではないが、前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことが好ましい。このようにすることで位相に同期しない観測波形を弁別削除することが可能となり、更に本発明の効果が顕著となる。
【0015】
また、上記課題を解決する他の一手段として、本発明は、被験者に装着する複数の電極と、被験者に音圧刺激を与えるためのイヤホンと、表示装置と、ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部、及び、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部、を有する誘発電位検査装置と、を有する誘発電位検査システムとする。
【0016】
また、本手段において、限定されるわけではないが、誘発電位検査装置における波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表されることが好ましい。
【数3】
【0017】
また、本手段において、限定されるわけではないが、誘発電位検査装置における波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことが好ましい。
【数4】
【0018】
また、本手段において、限定されるわけではないが、前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことが好ましい。このようにすることで位相に同期しない観測波形を弁別削除することが可能となり、更に本発明の効果が顕著となる。
【発明の効果】
【0019】
以上により、高い測定精度でありながらも測定時間の短縮を行うことのできる誘発電位検査装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて説明する。本発明は多くの異なる実施形態を採用でき、以下に示す実施形態に狭く限定されることはないのはいうまでもない。
【0021】
(実施形態1)
図1に本実施形態にかかる誘発電位検査システムの構成概略図を示す。本誘発電位検査システム1は、誘発電位信号検査装置2と、誘発電位信号検査装置に接続され、被験者に装着される複数の電極3、被験者の耳に音信号を伝達するイヤホン4、及び表示装置5と、を有して構成されている。
【0022】
次に、本実施形態に係る誘発電位検査システム1の機能ブロック図を図2に示す。図2に示すとおり、本誘発電位検査システム1における本誘発電位検査装置2は、被験者に対して音刺激を与えるために、音信号を生成し、イヤホンにこの音信号を送信する音刺激発生部21と、被験者に装着された複数の電極から入力されるASSR誘発電位信号を増幅するアンプ22と、ASSR誘発電位信号をデジタル信号に変換するA/D変換器23と、このASSR誘発電位信号をASSR誘発電位信号デ−タとして記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部24と、このASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部25と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部26と、この結果を表示装置に表示させる表示装置に表示させるための表示制御部27と、を有して構成されている。なお、本実施形態において、限定されるわけではないが、音刺激発生部21、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部24、波形推定処理部25、聴力判定処理部26、表示制御部27はコンピュ−タにおけるハ−ドディスクやRAM等の記録媒体に格納されたプログラムを実行することにより上記各部として機能する。
【0023】
音刺激発生部21は、上記のとおり、被験者に対して音刺激を与えるために、音信号を生成し、イヤホンに生成した音信号を送信することのできるものである。音信号としては、ASSRを行うことができる限りに限定されるわけではないが、通常、振幅搬送周波数(CF)に振幅変調(AM)をかけた波(AM波)を複数組み合わせた複合音を用いる。なお、この場合において、CFの範囲としては限定されるわけではないが、250Hz以上8000Hz以下であることが好ましく、AMの範囲としても、限定されるわけではないが10Hz以上500Hz以下であることが好ましい。また、この場合において、AM波の数は限定されるわけではないが、左右の耳に対し4個程度、合計8個程度であることが好ましい態様である。
【0024】
アンプ22は、微弱なASSR誘発電位信号を増幅することができる装置であって、本実施形態に係る誘発電位検査システムにおける検査の精度をより高くするためには設けることが好ましい。用いるアンプとしては周知のアンプを採用することができ、限定されない。
【0025】
A/D変換器23は、アナログ信号であるASSR誘発電位信号をデ−タ処理のためにデジタルデ−タに変換するものである。A/D変換器23としては上記処理を実行可能に作成された半導体集積回路を用いることが簡便であるが、この構成はこれに限定されず、例えば上記波形推定処理部25と同様、コンピュ−タにおける記録媒体に格納されたプログラムを実行することでも実現できる。
【0026】
ASSR誘発電位信号デ−タ記録部24は、上記のとおり、複数の電極を介して得られる被験者からのASSR誘発電位信号をASSR誘発電位信号デ−タとして記録することができるものであって、例えば、ハ−ドディスク等の記録媒体に誘発電位信号デ−タを格納可能とすることで実現できる。ここでASSR誘発電位信号デ−タは、時間に対するASSR誘発電位の変化を示すデ−タであって、より具体的には時間デ−タに対応するASSR誘発電位デ−タの組を時系列的に複数有して構成されている。なお、ASSR誘発電位信号デ−タは、測定回数に応じ複数格納されていく。
【0027】
波形推定処理部25は、上記のASSR誘発電位信号デ−タ記録部に記録されたASSR誘発電位信号デ−タに対し、カルマンフィルタを用いて波形推定を行うことができる部である。従来は単純平均加算処理であったところ、本実施形態のように波形推定処理部25を設けることで高い精度を維持したまま測定時間の短縮を図ることができる。
【0028】
図3は、本実施形態に係る波形推定処理のイメ−ジを示す図である。本波形推定処理は、実際に取得した誘発電位信号デ−タ及びモデル波形デ−タをカルマンフィルタにかけて推定波形デ−タを作成する。
【0029】
まず、本実施形態におけるカルマンフィルタのモデル波形としては、以下の式で表現される波を採用する。
【数5】
【0030】
なお上記式においてiは、限定されるわけではないが、左右4本程度のサイン波形を採用すること即ちi=8程度が一般的である。
【0031】
一方、波形推定処理部が行う波形推定処理においては、差分方程式(下記式(1))及び、その伝達関数(下記式(2))が用いられる。
【数6】
【数7】
【0032】
そして上記伝達関数係数行列をθとし、カルマンフィルタを用いた最小分散推定による逐次推定アルゴリズムを適用して上記パラメ−タを推定する。
【数8】
【数9】
【0033】
なお、本実施形態において、上記式(1)におけるnの値(次数)としては、15以上17以下、最適な値としては16である。ちなみにこの値は、下記式を用いて推定する。
【数10】
【0034】
上記式において、AICの値としては小さいことが望ましい一方で、必要以上に大きなパラメ−タ数(n)を用いてしまうと伝達関数モデルとしての妥当性に疑義が生じてしまうこと、を考慮し、n=16近傍でこのAICの値の減少率が急激に少なくなる点に着目し、n=15〜17のときであることが好ましく、最適な次数としてn=16が最適な値として求めた。なお、上記AICの式によるシミュレ−ションの結果を図4に示しておく。なお図中、横軸は次数を、縦軸はAICの値を示している。
【0035】
以上のようにして、本実施形態に係る波形推定処理部25は、推定波形デ−タを作成し、格納する。
【0036】
なお、本実施形態に係るASSR波形推定処理部25は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号に対し、Wavelet変換を施すことも好ましい態様である。ASSR反応は複合変調サイン波上の音刺激を用いた誘発脳波であり、その誘発反応の発生源からの直接の応答ではないためα波などのASSR信号検出にとってはノイズであるが、ヒトの生体としての応答信号として意味のあるものも混在している。本実施形態においてWavelet変換を行い、その後カルマンフィルタによる波形推定処理を行うと、時間潜時情報を保持したまま周波数特異性を抽出しながらも、位相の同期をとることができる。
【0037】
聴力判定処理部26は、この波形推定処理された推定波形デ−タを用いて、被験者の聴力の判定処理を行うことができる部である。判定処理としては、被験者の聴力が正常であるか否かを精度良く判定できる限りにおいて限定されことなく、例えば、(1)高速フ−リエ変換(FFT)を行い、その後、求める反応の周波数成分のパワ−とその周波数成分の周辺の周波数成分のパワ−とをF検定により比較する方法や、(2)いわゆる位相スペクトル解析法(例えば、上記非特許文献1)の方法等を用いることができる。
【0038】
なお、いわゆる位相スペクトル解析法の場合、以下の式を用いてCSM値(Component Synchrony Measure)を求め、所定のしきい値よりもこの値が高いか否かで判断を行う。この場合の所定しきい値としては、限定されるわけではないが、無反応の場合のCSM値の平均値の理論値が1/nで、標準偏差の理論値が(n−1)/n3の平方根で与えられるため、例えば平均値+3×標準偏差を採用することが好ましい。
【数11】
【0039】
なお表示制御部27は、上記取得した聴力の判定処理結果に関するデ−タを表示することができる部であって、必要に応じ推定波形デ−タ、実際に測定した誘発電位信号デ−タ等の各デ−タを表示させる。これは、ハ−ドディスク等の記録媒体に記録されたプログラムを実行することで実現できる。
【0040】
ASSR誘発電位信号デ−タにカルマンフィルタによる波形推定処理を施すことにより高い精度を有しながらも測定時間の短縮を行うことが可能な誘発電位検査装置を提供する。この装置の提供によりASSR誘発電位信号デ−タを用いる聴力判定処理装置の改良を可能とした。
【0041】
以上、本実施形態に係る誘発電位検査装置及びシステムは、精度を維持したまま加算平均の回数を低減させることが可能となる。
【0042】
(実施例1)
上記実施形態に係る誘発電位検査システムを作成し、また、この機能の評価について従来の場合と比較した。以下説明する。
【0043】
本実施例では、被験者に対する音刺激として、音信号の組み合わせるAM波の数を左右合わせて8個(左4個、右4個とし、両耳ともCFとして500Hz、1000Hz、2000Hz、4000Hzを用い、右耳用AMとして84Hz、89Hz、93Hz、98Hz、左耳用AMとして82Hz、86Hz、91Hz、96Hzを用いた。)とし、刺激音圧を80dB、上記式(1)における次数(nの値)を16とした。この結果を図5に示す。図5において、上段のグラフは、カルマンフィルタによる推定波形とモデル波形を示すグラフであり、中段のグラフは、従来の加算波形とモデル波形を示す図であり、下段のグラフは、上段におけるカルマンフィルタによる推定波形及び中段における従来の加算波形に対するモデル波形との相関係数の値をそれぞれ示している。
【0044】
この結果図5で示すように、どの加算回数におけるカルマンフィルタによる推定波形であっても、単純加算の従来例より高い相関係数を得ていることを確認した。
【0045】
なお、本実施例におけるCSM値の結果を図6に示す。図中横軸は周波数を、縦軸はCSM値を示す。なお、左側のグラフは、それぞれ左右の耳の反応周波数に対するCSM値と反応のあるなしをボタン表示したものである(反応があれば明るく点灯する)。これによって、精度よく判定ができることを確認した。
【0046】
(実施例2、3)
これら実施例においては、刺激音圧以外実施例1と同様の条件とした。具体的には、実施例2は刺激音圧を70dBとした場合の例、実施例3は刺激音圧を60dBとした場合の例である。実施例2による結果を図7、実施例3による結果を図9にそれぞれ示す。
【0047】
この結果、いずれの刺激音圧においても、どの加算回数であっても従来例の加算平均よりも高い相関を得ることが確認できた。
【0048】
なお、実施例2、3におけるCSM値の結果を図8、10にそれぞれ示す。図中横軸は周波数を、縦軸はCSM値を示す。なお、左側のグラフは、それぞれ左右の耳の反応周波数に対するCSM値と反応のあるなしをボタン表示したものである(反応があれば明るく点灯する)。これによって、精度よく判定ができることを確認した。
【0049】
(実施例4)
さらに、位相問題の解消のためにカルマンフィルタを用いる前処理としてWavelet変換を用いた場合の有用性について、従来の場合と比較した。
【0050】
従来のMASTER(Bio−logic社)と同じ波形デ−タを用いて、離散Wavelet変換(DWT)多重解像度解析(略して、MR_DWT)を実施した。MR_DWTで分解された各レベルについて、再構成DWT(略してRe−DWT)を実施した。80HzASSRの構成は、slowABRに機序すること(上記非特許文献1参照)拠とし、ASSRに対してもABRで用いたWavelet基底関数である双直交スプラインWavelet(Bior5.5)を適用した(Nobuko Ikawa、 Takashi Yahagi、Huiqin Jian、“Waveform analysis based on latency−frequency characteristic of auditory brainstem response using wavelet transform”、Journal of Signal Processing、2005、Vol.9、No.6、pp.505−518)。
【0051】
次にこの適用の有効性を示す。従来技術同様の加算におけるMR_DWTおよびRE−DWTの結果と各分解レベルのFFTが図11である。左側上からオリジナル波形、分解レベルの再構成波形を示し、右側はそれぞれのFFTパワ−スペクトラムである。FFTパワ−スペクトルは80−120Hzのみを表示している。この結果、オリジナル波形のFFTの結果は従来技術における結果と一致している。そして、オリジナル波形とD3レベルの再構成ASSR波形のFFT結果に高い相関が得られた。
【0052】
実際、分解レベルD3において得られる再構成波形が、ASSR波形を構成していることを求めた。さらに、sweepごとの波形の振幅およびパワ−スペクトルの振幅を比較した結果、sweep回数3回程度において、最終結果時とほぼ同等の振幅値になることを示す。これらのことを根拠として、sweepごとのD3レベルの再構成波形のFFT(60−120Hzの範囲)と観測したオリジナル波形のFFT(60−120Hzの範囲)を比較する。位相に同期して記録されている場合、図11に示したように、D3が主要構成波形なので、両者の振幅比はほぼ半分であるがFFT形状(同じ周波数において反応がある)に相関がある。したがって、この相関係数が閾値より小さいものは、位相同期の度合いが低いものと判定し、加算に加えないようにする。
【0053】
図11を得るにいたる各加算回における波形の振幅とFFTパワ−の振幅を比較すると,図12、図13に示すように,sweep加算3回程度でほぼ判定時(この事例では11回)の振幅となる.したがって,3回以降の加算は,位相のずれなどの補正に必要な可能性がある.
【0054】
図14、15、16はそれぞれsweep加算3、4、5回(図ではプログラム上0からカウントしているため2、3、4回となっている)の際のオリジナル波形とレベルD3における再構成された波形のFFTを示す。cd3およびcd4は参考として、MR_DWTのレベルcD3およびcD4を表示している。加算4回は、加算3回よりも低い相関となり、位相のずれている波形を加算している影響が考えられる。このように判定していくと、図17に示すように加算8回目、実際は2回排除したため6回程度で従来技術(MASTER、Bio−logic社)と同等の結果が得られる。なお、この実験デ−タはMASTERによって測定されたデ−タに基づくが、本手法を直接組み込んだ装置による場合はepoch段階でこの手法を実施するため、さらに加算回数を軽減できると考える。
【0055】
以上、本発明により、精度を維持したまま加算平均の回数を低減させることが可能な誘発電位検査装置及びシステムを提供することができることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施形態に係る誘発電位検査システムの構成概略図である。
【図2】本実施形態に係る誘発電位検査システムの機能ブロック図である。
【図3】本実施形態に係る波形推定処理のイメ−ジを示す図である。
【図4】AICの式によるシミュレ−ションの結果を示す図である。
【図5】実施例1における波形評価の結果を示す図である。
【図6】実施例1におけるCSMの結果を示す図である。
【図7】実施例2における波形評価の結果を示す図である。
【図8】実施例2におけるCSMの結果を示す図である。
【図9】実施例3における波形評価の結果を示す図である。
【図10】実施例3におけるCSMの結果を示す図である。
【図11】実施例4におけるMR_DWTおよびRE−DWTの結果と各分解レベルのFFTの結果を示す図である。
【図12】実施例4における加算回数ごと、RE−DWT各レベルの最大振幅値(80dB聴力正常)
【図13】実施例4におけるFFTパワ−の最大振幅値の(80dB聴力正常)
【図14】実施例4における加算3回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(高い相関あり)
【図15】実施例4における加算4回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(加算3回より低い相関)
【図16】実施例4における加算5回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(加算4回より高い相関)
【図17】実施例4における加算8回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(判定結果時とほぼ同じ)
【符号の説明】
【0057】
1…誘発電位信号検査システム、2…誘発電位信号検査装置、3…電極、4…イヤホン、5…表示装置、21…音刺激発生部、22…アンプ、23…A/D変換器、24…誘発電位信号デ−タ記録部、25…波形推定処理部、26…聴力判定処理部、27…表示制御部
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘発電位検査装置に関し、特に、聴性定常反応(Auditory Steady−State Response、以下「ASSR」という)の検査に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
ASSRとは、両耳にあらかじめ周波数特異性のある音刺激を与えることによって得られる聴性誘発反応であって、例えば4つの周波数閾値を同時に検査することによって他覚的聴力検査を精度よく行うことができる。ASSRの信号(以下「ASSR信号」という。)は、周波数特異性のある反応であるため、特に、耳鼻科において乳幼児の補聴器装用に必要なオ−ジオグラムを客観的かつ正確に評価する手段として利用することができる。なお「他覚的聴覚検査」とは、新生児や乳幼児を含め、被験者が自分で“聞こえるか聞こえないか”について正確な意思表示ができない場合、全身麻酔下の被験者や重症な身体障害により意思表示が困難な場合、更には、犯罪捜査などで被験者が“聞こえているのに聞こえないふりをする”いわゆる詐称難聴の可能性のある場合などにおいて実施される検査である。
【0003】
ところで、ASSR信号は微弱な信号であって多くのノイズが含まれており、精度の高い検査のためにはこのノイズを除去する必要がある。ノイズを除去する方法としては例えば、ASSR信号を複数加算し、その平均を算出する方法がある(以下「加算平均法」という。例えば下記非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、上記加算平均法では、多数回(1反応閾値につき平均500回程度)のASSR信号測定を行う必要があるため、測定に時間がかかるといった課題がある。例えば加算平均法の典型的な例では検査に30分程度要してしまい、被験者に与える負担は大きい。
【0005】
なお既に、上記加算平均法の平均回数を低減する方法として、下記非特許文献2及び3に、ABR(Auditory Brainstem Response)において、カルマンフィルタを用いて伝達関数を求める方法が記載されている。
【0006】
【非特許文献1】「聴性定常反応 その解析法・臨床応用と起源」、青柳優、リオン株式会社、2005年
【非特許文献2】井川信子、谷萩隆嗣、“カルマンフィルタを適用した最小分散推定による聴性脳幹反応波形の伝達関数の推定と特徴抽出”、Journal of Signal Processing(信号処理)、2004年、8巻、4号、335〜349頁
【非特許文献3】Nobuko Ikawa、 Takashi Yahagi、“Feature Extraction and Identification of Transfer Function for Auditory Brainstem Response”、Journal of Signal Processing、2004、Vol.8、No.6、pp.473−484
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記非特許文献2及び3はABRに関する技術であって、ASSRに関する技術ではない。ASSRにおいても検査を受ける者に課す負担を軽減するために、測定時間の短縮を行う必要がある。
【0008】
そこで、本発明は上記課題を鑑み、高い検査精度を有しながらもより測定時間の短縮を行うことが可能な誘発電位検査装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための第一の手段として、本発明は、ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部と、を有する誘発電位検査装置とする。
【0010】
ここで「ASSR」とは聴性定常反応を意味し、具体的には、振幅搬送周波数(CF)に振幅変調(AM)をかけた波(AM波)を複数組み合わせた複合音を被験者に与えた際に生じる反応を意味する。また、「ASSR誘発電位信号デ−タ」とは、ASSRにおいて、ASSRの誘発電位信号の強度とその信号を測定した時間とが対応して格納されるデ−タであって、例えば誘発電位検査装置に接続される複数の電極を介して取得されるデ−タである。
【0011】
また、本手段において、限定されるわけではないが、波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理が下記式で表されることも好ましい。
【数1】
【0012】
また、本手段において、限定されるわけではないが、波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことが好ましい。
【数2】
【0013】
また、本発明に係る誘発電位検査装置における「ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部」とは、ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定モジュ−ルを適用して導出電位信号デ−タの波形適合自動判定処理を行う部である。
【0014】
また、本手段において、限定されるわけではないが、前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことが好ましい。このようにすることで位相に同期しない観測波形を弁別削除することが可能となり、更に本発明の効果が顕著となる。
【0015】
また、上記課題を解決する他の一手段として、本発明は、被験者に装着する複数の電極と、被験者に音圧刺激を与えるためのイヤホンと、表示装置と、ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部、及び、聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部、を有する誘発電位検査装置と、を有する誘発電位検査システムとする。
【0016】
また、本手段において、限定されるわけではないが、誘発電位検査装置における波形推定処理部の行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表されることが好ましい。
【数3】
【0017】
また、本手段において、限定されるわけではないが、誘発電位検査装置における波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことが好ましい。
【数4】
【0018】
また、本手段において、限定されるわけではないが、前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことが好ましい。このようにすることで位相に同期しない観測波形を弁別削除することが可能となり、更に本発明の効果が顕著となる。
【発明の効果】
【0019】
以上により、高い測定精度でありながらも測定時間の短縮を行うことのできる誘発電位検査装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて説明する。本発明は多くの異なる実施形態を採用でき、以下に示す実施形態に狭く限定されることはないのはいうまでもない。
【0021】
(実施形態1)
図1に本実施形態にかかる誘発電位検査システムの構成概略図を示す。本誘発電位検査システム1は、誘発電位信号検査装置2と、誘発電位信号検査装置に接続され、被験者に装着される複数の電極3、被験者の耳に音信号を伝達するイヤホン4、及び表示装置5と、を有して構成されている。
【0022】
次に、本実施形態に係る誘発電位検査システム1の機能ブロック図を図2に示す。図2に示すとおり、本誘発電位検査システム1における本誘発電位検査装置2は、被験者に対して音刺激を与えるために、音信号を生成し、イヤホンにこの音信号を送信する音刺激発生部21と、被験者に装着された複数の電極から入力されるASSR誘発電位信号を増幅するアンプ22と、ASSR誘発電位信号をデジタル信号に変換するA/D変換器23と、このASSR誘発電位信号をASSR誘発電位信号デ−タとして記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部24と、このASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録したASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部25と、波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部26と、この結果を表示装置に表示させる表示装置に表示させるための表示制御部27と、を有して構成されている。なお、本実施形態において、限定されるわけではないが、音刺激発生部21、ASSR誘発電位信号デ−タ記録部24、波形推定処理部25、聴力判定処理部26、表示制御部27はコンピュ−タにおけるハ−ドディスクやRAM等の記録媒体に格納されたプログラムを実行することにより上記各部として機能する。
【0023】
音刺激発生部21は、上記のとおり、被験者に対して音刺激を与えるために、音信号を生成し、イヤホンに生成した音信号を送信することのできるものである。音信号としては、ASSRを行うことができる限りに限定されるわけではないが、通常、振幅搬送周波数(CF)に振幅変調(AM)をかけた波(AM波)を複数組み合わせた複合音を用いる。なお、この場合において、CFの範囲としては限定されるわけではないが、250Hz以上8000Hz以下であることが好ましく、AMの範囲としても、限定されるわけではないが10Hz以上500Hz以下であることが好ましい。また、この場合において、AM波の数は限定されるわけではないが、左右の耳に対し4個程度、合計8個程度であることが好ましい態様である。
【0024】
アンプ22は、微弱なASSR誘発電位信号を増幅することができる装置であって、本実施形態に係る誘発電位検査システムにおける検査の精度をより高くするためには設けることが好ましい。用いるアンプとしては周知のアンプを採用することができ、限定されない。
【0025】
A/D変換器23は、アナログ信号であるASSR誘発電位信号をデ−タ処理のためにデジタルデ−タに変換するものである。A/D変換器23としては上記処理を実行可能に作成された半導体集積回路を用いることが簡便であるが、この構成はこれに限定されず、例えば上記波形推定処理部25と同様、コンピュ−タにおける記録媒体に格納されたプログラムを実行することでも実現できる。
【0026】
ASSR誘発電位信号デ−タ記録部24は、上記のとおり、複数の電極を介して得られる被験者からのASSR誘発電位信号をASSR誘発電位信号デ−タとして記録することができるものであって、例えば、ハ−ドディスク等の記録媒体に誘発電位信号デ−タを格納可能とすることで実現できる。ここでASSR誘発電位信号デ−タは、時間に対するASSR誘発電位の変化を示すデ−タであって、より具体的には時間デ−タに対応するASSR誘発電位デ−タの組を時系列的に複数有して構成されている。なお、ASSR誘発電位信号デ−タは、測定回数に応じ複数格納されていく。
【0027】
波形推定処理部25は、上記のASSR誘発電位信号デ−タ記録部に記録されたASSR誘発電位信号デ−タに対し、カルマンフィルタを用いて波形推定を行うことができる部である。従来は単純平均加算処理であったところ、本実施形態のように波形推定処理部25を設けることで高い精度を維持したまま測定時間の短縮を図ることができる。
【0028】
図3は、本実施形態に係る波形推定処理のイメ−ジを示す図である。本波形推定処理は、実際に取得した誘発電位信号デ−タ及びモデル波形デ−タをカルマンフィルタにかけて推定波形デ−タを作成する。
【0029】
まず、本実施形態におけるカルマンフィルタのモデル波形としては、以下の式で表現される波を採用する。
【数5】
【0030】
なお上記式においてiは、限定されるわけではないが、左右4本程度のサイン波形を採用すること即ちi=8程度が一般的である。
【0031】
一方、波形推定処理部が行う波形推定処理においては、差分方程式(下記式(1))及び、その伝達関数(下記式(2))が用いられる。
【数6】
【数7】
【0032】
そして上記伝達関数係数行列をθとし、カルマンフィルタを用いた最小分散推定による逐次推定アルゴリズムを適用して上記パラメ−タを推定する。
【数8】
【数9】
【0033】
なお、本実施形態において、上記式(1)におけるnの値(次数)としては、15以上17以下、最適な値としては16である。ちなみにこの値は、下記式を用いて推定する。
【数10】
【0034】
上記式において、AICの値としては小さいことが望ましい一方で、必要以上に大きなパラメ−タ数(n)を用いてしまうと伝達関数モデルとしての妥当性に疑義が生じてしまうこと、を考慮し、n=16近傍でこのAICの値の減少率が急激に少なくなる点に着目し、n=15〜17のときであることが好ましく、最適な次数としてn=16が最適な値として求めた。なお、上記AICの式によるシミュレ−ションの結果を図4に示しておく。なお図中、横軸は次数を、縦軸はAICの値を示している。
【0035】
以上のようにして、本実施形態に係る波形推定処理部25は、推定波形デ−タを作成し、格納する。
【0036】
なお、本実施形態に係るASSR波形推定処理部25は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、ASSR誘発電位信号に対し、Wavelet変換を施すことも好ましい態様である。ASSR反応は複合変調サイン波上の音刺激を用いた誘発脳波であり、その誘発反応の発生源からの直接の応答ではないためα波などのASSR信号検出にとってはノイズであるが、ヒトの生体としての応答信号として意味のあるものも混在している。本実施形態においてWavelet変換を行い、その後カルマンフィルタによる波形推定処理を行うと、時間潜時情報を保持したまま周波数特異性を抽出しながらも、位相の同期をとることができる。
【0037】
聴力判定処理部26は、この波形推定処理された推定波形デ−タを用いて、被験者の聴力の判定処理を行うことができる部である。判定処理としては、被験者の聴力が正常であるか否かを精度良く判定できる限りにおいて限定されことなく、例えば、(1)高速フ−リエ変換(FFT)を行い、その後、求める反応の周波数成分のパワ−とその周波数成分の周辺の周波数成分のパワ−とをF検定により比較する方法や、(2)いわゆる位相スペクトル解析法(例えば、上記非特許文献1)の方法等を用いることができる。
【0038】
なお、いわゆる位相スペクトル解析法の場合、以下の式を用いてCSM値(Component Synchrony Measure)を求め、所定のしきい値よりもこの値が高いか否かで判断を行う。この場合の所定しきい値としては、限定されるわけではないが、無反応の場合のCSM値の平均値の理論値が1/nで、標準偏差の理論値が(n−1)/n3の平方根で与えられるため、例えば平均値+3×標準偏差を採用することが好ましい。
【数11】
【0039】
なお表示制御部27は、上記取得した聴力の判定処理結果に関するデ−タを表示することができる部であって、必要に応じ推定波形デ−タ、実際に測定した誘発電位信号デ−タ等の各デ−タを表示させる。これは、ハ−ドディスク等の記録媒体に記録されたプログラムを実行することで実現できる。
【0040】
ASSR誘発電位信号デ−タにカルマンフィルタによる波形推定処理を施すことにより高い精度を有しながらも測定時間の短縮を行うことが可能な誘発電位検査装置を提供する。この装置の提供によりASSR誘発電位信号デ−タを用いる聴力判定処理装置の改良を可能とした。
【0041】
以上、本実施形態に係る誘発電位検査装置及びシステムは、精度を維持したまま加算平均の回数を低減させることが可能となる。
【0042】
(実施例1)
上記実施形態に係る誘発電位検査システムを作成し、また、この機能の評価について従来の場合と比較した。以下説明する。
【0043】
本実施例では、被験者に対する音刺激として、音信号の組み合わせるAM波の数を左右合わせて8個(左4個、右4個とし、両耳ともCFとして500Hz、1000Hz、2000Hz、4000Hzを用い、右耳用AMとして84Hz、89Hz、93Hz、98Hz、左耳用AMとして82Hz、86Hz、91Hz、96Hzを用いた。)とし、刺激音圧を80dB、上記式(1)における次数(nの値)を16とした。この結果を図5に示す。図5において、上段のグラフは、カルマンフィルタによる推定波形とモデル波形を示すグラフであり、中段のグラフは、従来の加算波形とモデル波形を示す図であり、下段のグラフは、上段におけるカルマンフィルタによる推定波形及び中段における従来の加算波形に対するモデル波形との相関係数の値をそれぞれ示している。
【0044】
この結果図5で示すように、どの加算回数におけるカルマンフィルタによる推定波形であっても、単純加算の従来例より高い相関係数を得ていることを確認した。
【0045】
なお、本実施例におけるCSM値の結果を図6に示す。図中横軸は周波数を、縦軸はCSM値を示す。なお、左側のグラフは、それぞれ左右の耳の反応周波数に対するCSM値と反応のあるなしをボタン表示したものである(反応があれば明るく点灯する)。これによって、精度よく判定ができることを確認した。
【0046】
(実施例2、3)
これら実施例においては、刺激音圧以外実施例1と同様の条件とした。具体的には、実施例2は刺激音圧を70dBとした場合の例、実施例3は刺激音圧を60dBとした場合の例である。実施例2による結果を図7、実施例3による結果を図9にそれぞれ示す。
【0047】
この結果、いずれの刺激音圧においても、どの加算回数であっても従来例の加算平均よりも高い相関を得ることが確認できた。
【0048】
なお、実施例2、3におけるCSM値の結果を図8、10にそれぞれ示す。図中横軸は周波数を、縦軸はCSM値を示す。なお、左側のグラフは、それぞれ左右の耳の反応周波数に対するCSM値と反応のあるなしをボタン表示したものである(反応があれば明るく点灯する)。これによって、精度よく判定ができることを確認した。
【0049】
(実施例4)
さらに、位相問題の解消のためにカルマンフィルタを用いる前処理としてWavelet変換を用いた場合の有用性について、従来の場合と比較した。
【0050】
従来のMASTER(Bio−logic社)と同じ波形デ−タを用いて、離散Wavelet変換(DWT)多重解像度解析(略して、MR_DWT)を実施した。MR_DWTで分解された各レベルについて、再構成DWT(略してRe−DWT)を実施した。80HzASSRの構成は、slowABRに機序すること(上記非特許文献1参照)拠とし、ASSRに対してもABRで用いたWavelet基底関数である双直交スプラインWavelet(Bior5.5)を適用した(Nobuko Ikawa、 Takashi Yahagi、Huiqin Jian、“Waveform analysis based on latency−frequency characteristic of auditory brainstem response using wavelet transform”、Journal of Signal Processing、2005、Vol.9、No.6、pp.505−518)。
【0051】
次にこの適用の有効性を示す。従来技術同様の加算におけるMR_DWTおよびRE−DWTの結果と各分解レベルのFFTが図11である。左側上からオリジナル波形、分解レベルの再構成波形を示し、右側はそれぞれのFFTパワ−スペクトラムである。FFTパワ−スペクトルは80−120Hzのみを表示している。この結果、オリジナル波形のFFTの結果は従来技術における結果と一致している。そして、オリジナル波形とD3レベルの再構成ASSR波形のFFT結果に高い相関が得られた。
【0052】
実際、分解レベルD3において得られる再構成波形が、ASSR波形を構成していることを求めた。さらに、sweepごとの波形の振幅およびパワ−スペクトルの振幅を比較した結果、sweep回数3回程度において、最終結果時とほぼ同等の振幅値になることを示す。これらのことを根拠として、sweepごとのD3レベルの再構成波形のFFT(60−120Hzの範囲)と観測したオリジナル波形のFFT(60−120Hzの範囲)を比較する。位相に同期して記録されている場合、図11に示したように、D3が主要構成波形なので、両者の振幅比はほぼ半分であるがFFT形状(同じ周波数において反応がある)に相関がある。したがって、この相関係数が閾値より小さいものは、位相同期の度合いが低いものと判定し、加算に加えないようにする。
【0053】
図11を得るにいたる各加算回における波形の振幅とFFTパワ−の振幅を比較すると,図12、図13に示すように,sweep加算3回程度でほぼ判定時(この事例では11回)の振幅となる.したがって,3回以降の加算は,位相のずれなどの補正に必要な可能性がある.
【0054】
図14、15、16はそれぞれsweep加算3、4、5回(図ではプログラム上0からカウントしているため2、3、4回となっている)の際のオリジナル波形とレベルD3における再構成された波形のFFTを示す。cd3およびcd4は参考として、MR_DWTのレベルcD3およびcD4を表示している。加算4回は、加算3回よりも低い相関となり、位相のずれている波形を加算している影響が考えられる。このように判定していくと、図17に示すように加算8回目、実際は2回排除したため6回程度で従来技術(MASTER、Bio−logic社)と同等の結果が得られる。なお、この実験デ−タはMASTERによって測定されたデ−タに基づくが、本手法を直接組み込んだ装置による場合はepoch段階でこの手法を実施するため、さらに加算回数を軽減できると考える。
【0055】
以上、本発明により、精度を維持したまま加算平均の回数を低減させることが可能な誘発電位検査装置及びシステムを提供することができることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施形態に係る誘発電位検査システムの構成概略図である。
【図2】本実施形態に係る誘発電位検査システムの機能ブロック図である。
【図3】本実施形態に係る波形推定処理のイメ−ジを示す図である。
【図4】AICの式によるシミュレ−ションの結果を示す図である。
【図5】実施例1における波形評価の結果を示す図である。
【図6】実施例1におけるCSMの結果を示す図である。
【図7】実施例2における波形評価の結果を示す図である。
【図8】実施例2におけるCSMの結果を示す図である。
【図9】実施例3における波形評価の結果を示す図である。
【図10】実施例3におけるCSMの結果を示す図である。
【図11】実施例4におけるMR_DWTおよびRE−DWTの結果と各分解レベルのFFTの結果を示す図である。
【図12】実施例4における加算回数ごと、RE−DWT各レベルの最大振幅値(80dB聴力正常)
【図13】実施例4におけるFFTパワ−の最大振幅値の(80dB聴力正常)
【図14】実施例4における加算3回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(高い相関あり)
【図15】実施例4における加算4回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(加算3回より低い相関)
【図16】実施例4における加算5回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(加算4回より高い相関)
【図17】実施例4における加算8回のRE−DWTレベル3の結果とオリジナルFFT波形の周波数範囲(80−100Hz)での比較(判定結果時とほぼ同じ)
【符号の説明】
【0057】
1…誘発電位信号検査システム、2…誘発電位信号検査装置、3…電極、4…イヤホン、5…表示装置、21…音刺激発生部、22…アンプ、23…A/D変換器、24…誘発電位信号デ−タ記録部、25…波形推定処理部、26…聴力判定処理部、27…表示制御部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、
前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、
前記波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、
前記聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部と、を有する誘発電位検査装置。
【請求項2】
前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は下記式で表されることを特徴とする請求項1記載の誘発電位検査装置。
【数1】
【請求項3】
前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことを特徴とする請求項1又は2記載の誘発電位検査装置。 m
【数2】
【請求項4】
被験者に装着する複数の電極と、
被験者に音圧刺激を与えるためのイヤホンと、
表示装置と、
ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部、前記波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部、及び、前記聴力判定処理部が処理した結果を前記表示装置に表示させるための表示制御部、を有する誘発電位検査装置と、
を有する誘発電位検査システム。
【請求項5】
前記誘発電位検査装置における前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は下記式で表されることを特徴とする請求項4記載の誘発電位検査システム。
【数3】
【請求項6】
前記誘発電位検査装置における前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことを特徴とする請求項4又は5記載の誘発電位検査システム。
【数4】
【請求項7】
前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことを特徴とする請求項1記載の誘発電位検査装置。
【請求項8】
前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことを特徴とする請求項4記載の誘発電位検査システム。
【請求項1】
ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部と、
前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部と、
前記波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部と、
前記聴力判定処理部が処理した結果を表示装置に表示させるための表示制御部と、を有する誘発電位検査装置。
【請求項2】
前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は下記式で表されることを特徴とする請求項1記載の誘発電位検査装置。
【数1】
【請求項3】
前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことを特徴とする請求項1又は2記載の誘発電位検査装置。 m
【数2】
【請求項4】
被験者に装着する複数の電極と、
被験者に音圧刺激を与えるためのイヤホンと、
表示装置と、
ASSR誘発電位信号デ−タを記録するASSR誘発電位信号デ−タ記録部、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行う波形推定処理部、前記波形推定処理部が推定した波形信号デ−タに対して聴力判定処理を行う聴力判定処理部、及び、前記聴力判定処理部が処理した結果を前記表示装置に表示させるための表示制御部、を有する誘発電位検査装置と、
を有する誘発電位検査システム。
【請求項5】
前記誘発電位検査装置における前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は下記式で表されることを特徴とする請求項4記載の誘発電位検査システム。
【数3】
【請求項6】
前記誘発電位検査装置における前記波形推定処理部が行うカルマンフィルタによる波形推定処理は、下記式で表現される波をモデル波形として用いて行うことを特徴とする請求項4又は5記載の誘発電位検査システム。
【数4】
【請求項7】
前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことを特徴とする請求項1記載の誘発電位検査装置。
【請求項8】
前記波形推定処理部は、カルマンフィルタによる波形推定処理の前に、前記ASSR誘発電位信号デ−タ記録部が記録した前記ASSR誘発電位信号デ−タに対し、Wavelet変換を施すことを特徴とする請求項4記載の誘発電位検査システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2012−228525(P2012−228525A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−144204(P2012−144204)
【出願日】平成24年6月27日(2012.6.27)
【分割の表示】特願2008−536389(P2008−536389)の分割
【原出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年6月27日(2012.6.27)
【分割の表示】特願2008−536389(P2008−536389)の分割
【原出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
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