説明

誘電サイトメトリ装置及び誘電サイトメトリによる細胞分取方法

【課題】光学的分析法を用いずに、細胞を分析し分取することができる誘電サイトメトリ装置及び誘電サイトメトリによる細胞分取方法を提供すること。
【解決手段】誘電スペクトロサイトメトリ装置の一部として用いられるマイクロ流路デバイスMFの細胞投入部3bには、単一の細胞が通過できる狭窄路が形成されている。狭窄路には、測定電極対4a、4bが形成され、この測定電極対4a、4bに接続された分析器により複素誘電率が測定される。測定された複素誘電率の情報に基づいて、その狭窄路より下流側に設けられた電場印加部8で、細胞の流れを変えるための電場が流路内に印加されることにより、分岐路2a、2bを利用して細胞が分取される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を分析及び分取する誘電サイトメトリ装置及び誘電サイトメトリによる細胞分取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生命科学・医学研究の分野、あるいは臨床検査など医療分野において、フローサイトメトリという分析方法が用いられる。フローサイトメトリは、個々に遊離した細胞を含む溶液を試料とする。細胞同士の平均的間隔が細胞の寸法に比して十分に大きくなるような希薄条件下において、試料を流路配管中に流動させる。その流路配管の途中に設けられた信号検出部において、そこを通過する一個一個の細胞に対して、ある種の分析測定が行われる。測定された信号が近似している細胞は、同じ細胞種に属するものと考えられる。したがって、試料である溶液に含まれる多数の細胞に対して測定された信号を分析することにより、試料とした細胞集団に含まれる細胞種及びその細胞種に属する細胞の数(あるいは全細胞数に対する割合)を算定することができる。フローサイトメトリに用いられる分析方法は、光学的分析法と電気的分析法に大別される。
【0003】
光学的分析法としては、専ら蛍光検出法と散乱光検出法の組み合わせが用いられる。蛍光検出法の原理を以下に説明する。
【0004】
細胞の表面には、表面抗原と呼ばれる蛋白分子が存在している。表面抗原は一種類とは限らない。したがって、表面抗原分子の種類とその存在量を知ることで、その細胞が属する細胞種を特定することができる。表面抗原分子が知られていれば、それと特異的に結合する分子(表面抗原に対する抗体分子)を合成することができる 。さらに、その抗体分子に対して、特定波長帯の光が照射されると蛍光を発する分子(蛍光標識分子)を化学的に結合させることができる。分析対象とする細胞集団に含まれていると想定される細胞種を特徴づける表面抗原分子それぞれに対して、異なる波長の蛍光を発する蛍光標識抗体を合成する。それら全ての蛍光標識抗体の混合物を標識試薬とする。この標識試薬を溶液に加えると、それぞれの細胞が、属する細胞種ごとに異なる蛍光分子で標識される。
【0005】
フローサイトメトリ装置(フローサイトメータ)の流路配管中に設けられた信号検出部において、通過する細胞に対してレーザ光を照射する。すると、一個一個の細胞の表面抗原分子と特異的に結合した抗体分子に結合した蛍光標識分子が励起され、その分子特有の波長の蛍光を発する。多数の細胞に対して、この蛍光を検出することにより、細胞種ごとの計数を行うことができる。この方法は広範に用いられており、フローサイトメトリといえば、実質的にはこの方法を指し示している。
【0006】
市販されているフローサイトメータは、表面抗原分子の存在状態だけでなく、細胞の寸法や細胞内部の密度という付加情報も得るために、細胞によって散乱されたレーザ光の強度も同時に測定している。
【0007】
電気的分析法は、いわゆるコールター計数器(コールターカウンター)として実用化されている(例えば、特許文献1参照。)。コールター計数器では、流路配管中の信号検出部に一対の電極が設けられている。この電極間には直流電圧が印加されている。一個一個の細胞がこの電極間を通過する時、電極間の抵抗値が変化する。抵抗値が変化した頻度を集計することで、信号検出部を通過した細胞を計数することができる。また、抵抗値の変化量は、近似的に細胞の容積に比例する。従って、分析対象とする細胞集団が寸法の著しく異なる細胞種を含む場合、それぞれの寸法ごとに計数を行うことができる。
【0008】
コールター計数器の改良技術として、直流電圧だけでなく、周波数が数十MHzの交流電圧も重畳して印加する方法がある(例えば特許文献2及び3参照。)。数十MHzにおける細胞の交流抵抗は、細胞内部の密度と相関することが知られている。直流抵抗と交流抵抗という2つの測定データを得ることにより、従来法よりも詳細な分析が可能になった。
【0009】
直流抵抗のみ、あるいは直流抵抗と交流抵抗の組み合わせを用いた電気的分析法は、光学的分析法と組み合わせられた形で、一部のフローサイトメータに用いられている。また、臨床検査分野においては、赤血球数、白血球数、血小板数などを算定するための自動血球数計数装置に用いられている。通常、自動血球数計数装置とフローサイトメータは区別されているが、装置の動作原理の観点からは、前者も広義のフローサイトメータといえる。本願では、両者を区別せずに広くフローサイトメータと呼ぶことにする。
【0010】
このように、電気的分析法を用いたフローサイトメータは、現状では光学的分析法を併用することでしか実現されていない。
【0011】
次に、フローサイトメトリにおける細胞の分取技術について説明する。
【0012】
溶液に含まれる細胞の分析を行うだけでなく、分析結果を用いて、特定の細胞種に属する細胞のみを他の細胞から取り分けておくという用途もあり得る。例えば、ある造血器腫瘍(血液がん)に伴い末梢血中に出現する細胞種があるとするならば、その細胞種のみを分取し、遺伝子分析あるいは蛋白分析を行うことにより、病気の原因に関する手掛かり(特定遺伝子の異常など)が得られる可能性がある。あるいは、ヒトの細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を誘導しようとする場合、全ての細胞がiPS細胞に誘導されるわけではないので、培養している細胞の中からiPS細胞のみを分取する必要がある。
【0013】
これらの場合、流路配管の信号検出部のさらに下流側に、信号検出部で発生した信号にしたがって、特定の細胞のみを分取する機構を設ける必要がある。この機構はセルソータと呼ばれており、市販されているフローサイトメータの上位機種に装備されている。
【0014】
上記した光学的分析法のうち蛍光検出法に基づくフローサイトメータ(蛍光フローサイトメータ)により分取した細胞を研究目的に用いる場合、大きな問題は生じない。厳密には、分析対象である細胞の本来の状態と蛍光標識された細胞の状態は異なる。表面抗原分子に抗体分子が結合すると、細胞内部に化学的な刺激が加わり、多段階の信号伝達反応が引き起こされる場合がある。しかし、このような変化の影響は少ないとみなして、研究目的に利用することが普通である。
【0015】
なお、本願発明に関連する技術として、細胞の誘電スペクトルを測定し、その測定結果に基づいて細胞を分取するという技術がある(例えば、特許文献5参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】米国特許第2656508号
【特許文献2】米国特許第3502974号
【特許文献3】米国特許第6204668号
【特許文献4】特表2003−507739号公報
【特許文献5】特開平2010−181399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
一方、再生医療分野あるいは細胞治療分野においては、患者の血液などから分取した細胞に対して、何らかの生化学的処理(培養処理、活性化処理、分化誘導処理など)を施した後、得られた細胞系を治療目的で患者の体内に戻すことがあり得る。しかし、表面抗原分子に蛍光標識抗体分子が結合した細胞、あるいはその細胞に由来する細胞系を、患者の体内に戻すことの安全性は保証されていない。したがって、細胞を標識せず、本来の生きたままの状態を保って分析及び分取できる技術が望まれている。
【0018】
電気的分析法は標識物質を必要としないため、電気的分析法を分取機構に用いることにより、再生医療や細胞治療目的に利用することができる。しかし、従来のコールター計数器では、直流抵抗のみ、あるいは直流抵抗と交流抵抗という限られた測定データしか得られないため、異なる細胞種を分別する能力が極めて不十分である。実際、光学的分析法を用いずに、電気的検出法にのみ依拠したセルソータは存在しない。
【0019】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、光学的分析法を用いずに、細胞を分析し分取することができる誘電サイトメトリ装置及び誘電サイトメトリによる細胞分取方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る誘電サイトメトリ装置は、流路と、第1の電極対と、分析ユニットと、第2の電極対と、分取ユニットとを具備する。
前記流路には、単一の細胞が通過する狭窄路と、前記狭窄路より下流側に設けられ前記細胞を分取するための分岐路とを有し、前記細胞を含む流体が流れる。
前記第1の電極対は、前記狭窄路に交流電場を形成することが可能である。
前記分析ユニットは、前記第1の電極対に交流電圧を加えて前記狭窄路に前記交流電場を形成することにより、前記狭窄路を通過する前記細胞ごとに、前記細胞に依存する複素誘電率を測定する。
前記第2の電極対は、前記狭窄路より下流側であって前記分岐路より上流側の前記流路に、電場を形成することが可能である。
前記分取ユニットは、前記分析ユニットにより測定された前記複素誘電率に基づき、前記第2の電極対により前記電場を形成することにより、前記細胞に誘電泳動力を与え前記分岐路を利用して前記細胞を分取する。
【0021】
分析ユニットにより、流路の狭窄路を通過する細胞ごとの、該細胞に依存する複素誘電率が測定され、その複素誘電率に基づく信号に基づいて、分取ユニットにより、狭窄路より下流側において電場が形成されることで誘電泳動力により細胞が分取される。すなわち、この誘電サイトメトリ装置は、光学的分析法を用いることなく、分析(測定)及び分取の両方を電気的に行うことができる。
【0022】
前記分析ユニットは、前記第1の電極対に加える前記交流電圧の信号として、複数周波数の交流電圧を重畳した重畳電圧信号を生成し、前記狭窄路を前記単一の細胞が通過する時に測定される電圧及び電流の各信号をフーリエ変換することにより、前記複数周波数の周波数ごとに前記複素誘電率を算出してもよい。本発明では、複数周波数、すなわち多点の周波数の交流電圧信号が重畳されて第1の電極対に加えられ、フーリエ変換によって、細胞ごとの周波数スペクトル分布を得ることができる。
【0023】
前記分析ユニットは、前記細胞ごとの前記測定された複素誘電率の基準となる基準情報を予め記憶してもよい。その場合、前記分取ユニットは、リアルタイムで、前記分析ユニットにより測定された前記複素誘電率と前記基準情報とを対照し、前記複素誘電率が基準情報の範囲内にあるか否かの情報に基づいて、前記電場を形成する。基準情報が予め記憶されることにより、その基準情報の記憶後には、オープンループ(フィードフォワード)の制御によって、測定された複素誘電率に基づく信号である細胞分取のための信号を、分取ユニットへ出力することができる。
【0024】
本発明に係る、誘電サイトメトリによる細胞分取方法は、狭窄路及び分岐路を有する流路に細胞を含む流体を流すことを含む。
前記狭窄路に交流電場が形成される。
前記狭窄路を通過する前記細胞ごとに、前記細胞に依存する複素誘電率が測定される。
前記測定された複素誘電率に基づき、前記狭窄路より下流側であって前記分岐路より上流側の前記流路に電場を形成することで、前記細胞に誘電泳動力を与え、前記分岐路を利用して前記細胞が分取される。
【0025】
流路の狭窄路を通過する細胞ごとの複素誘電率が測定され、狭窄路より下流側において電場を形成させることで誘電泳動力により細胞が分取される。すなわち、この方法によれば、光学的分析法を用いることなく、分析(測定)及び分取の両方を電気的に行うことができる。
【発明の効果】
【0026】
以上、本発明によれば、光学的分析法を用いずに、細胞を分析し分取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、複素誘電率分散を模式的に示すグラフである。
【図2】図2は、本発明に係る誘電スペクトロサイトメトリ装置の全体の構成を示すブロック図である。
【図3】図3は、図2に示した流路系の構成を示すブロック図である。
【図4】図4は、マイクロ流路デバイスの構成を示すブロック図である。
【図5】図5は、IV法として知られている複素抵抗を測定するための回路図である。
【図6】図6は、単一の細胞の複素抵抗を測定する測定回路の一実施形態を示す。
【図7】図7において上側のグラフは、誘電スペクトロサイトメトリ装置による測定結果を示す。図7における下側のグラフは、K562細胞及びJurkat細胞の溶液の複素誘電率分散の実数部を示す。
【図8】図8は、単一の細胞の複素誘電率分散を緩和関数で適合して得られた誘電変数、すなわち、緩和の振幅を表すΔC、及び緩和が起こる臨界周波数であるfcの値を、柱状図として示すグラフである。
【図9】図9は、細胞分取システムの構成を示すブロック図である。
【図10】図10は、本発明の一実施形態に係る誘電スペクトロサイトメトリ装置を示す模式図である。
【図11】図11は、図1に示した流路系に含まれるマイクロ流路デバイスを示す斜視図である。
【図12】図12は、図11に示した分取部の構成を示す平面図である。
【図13】図13は、図12におけるA−A線断面図である。
【図14】図14は、電場印加部に電場が印加され、細胞の流れる方向が変わった様子を示す図である。
【図15】図15は、他の実施形態に係る分取部の構成を示す平面図である。
【図16】図16は、流路系の内を流れる流体の圧力制御を実現する圧力制御装置のブロック図である。
【図17】図17は、マイクロ流路デバイスの投入部近傍の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下の説明においては、まず、
[1]細胞の複素誘電分散とは何かを説明し、次に、
[2]誘電スペクトロサイトメトリ装置及びこの装置を用いて多点周波数による細胞の分析について、概念的あるいは原理的な説明をし、最後に、
[3]誘電スペクトロサイトメトリ装置の具体的な実施形態について説明する。
【0029】
[1]細胞の複素誘電分散について
【0030】
対向する一対の電極板を持つ平行平板キャパシタ型の測定容器に、細胞を含む懸濁液を注入する。その電極板間に交流電圧を印加して、流れる電流を測定することで、電極間の複素抵抗(複素インピーダンス)が得られる。印加される交流電圧の周波数を変化させると、測定される複素抵抗も変化する。このような測定は、市販されている精密インピーダンスアナライザを用いて行うことができる。
【0031】
このようにして得られた、周波数に依存した複素抵抗は、測定容器の形状に依存した因子、複素抵抗測定器と測定容器の間の電気配線の伝送特性に依存した因子などを補正することにより、細胞懸濁液の複素誘電率に変換することができる(花井哲也、「不均質構造と誘電率」(吉岡書店))。複素誘電率の周波数依存性を、複素誘電率分散(誘電スペクトル)という。図1は、複素誘電率分散を模式的に示すグラフである。
【0032】
細胞懸濁液に対する複素誘電率分散の実数部は、周波数が約0.1MHz以下の領域において、ほぼ一定の大きな値をとる。周波数が増加すると、約1MHz前後の領域で顕著に減少する(誘電緩和現象)。更に周波数が増加すると、ほぼ一定の小さな値をとる。一方、複素誘電率分散の虚数部分は、誘電緩和が起こる特性周波数に頂点を持つ。
【0033】
細胞懸濁液の複素誘電率分散は、単一の緩和関数(例えば、Cole-Cole関数)、あるいは複数の緩和関数の重ね合わせにより表現されることが知られている。実験的に得られた複素誘電率分散に対して、緩和関数が含む未定係数を変数とした非線形適合を行うことにより、その変数を最適化することができる。例えばCole-Cole関数の場合、分散曲線を特徴づける変数には、緩和強度、緩和周波数などがある。これらの誘電変数は、細胞の構造や物性と密接に関連している。誘電変数から細胞を構成する相(細胞膜、細胞質など)の電気的物性値を推定する方法が、特開2009−42141号公報に記載されている。
【0034】
[2]誘電スペクトロサイトメトリ装置及びこれを用いた細胞分析の概念的な説明
【0035】
[誘電スペクトロサイトメトリ装置の全体構成]
図2は、本発明に係る誘電サイトメトリ装置の一実施形態として、誘電スペクトロサイトメトリ装置の全体の構成を示すブロック図である。
【0036】
この誘電スペクトロサイトメトリ装置300は、概念的には三つの階層から構成される。まず最上位にあるのは、ユーザインタフェイス301である。これはユーザと装置本体との間に介在し、ユーザから入力された測定条件などの情報を読み込む、あるいは装置から出力された測定結果をユーザに表示する、という役割を果たす。物理的実体としては、コンピュータなどの端末及びそこに起動される図式的なプログラムである。
【0037】
ユーザインタフェイス301の下位に、ハードウェア制御系302とソフトウェア制御系303とが設けられる。
【0038】
ハードウェア制御系302とは、誘電スペクトロサイトメトリ装置300の各構成要素を制御し、測定を実行し、かつ測定データを収録するための機器及びそれに実装されたプログラムのことである。これは、試料となる細胞を信号検出部に導入することを主目的とする流路系304及び導入された細胞に起因する信号を測定する分析器(後述の複素抵抗分析器ANを含む概念)307を制御する。また、ハードウェア制御系302は、細胞を分取するための信号を発生する分取信号発生器306及びその信号に基づいて細胞を分取する分取機構305を制御する。
【0039】
一方、ソフトウェア制御系303は、分析器307から収録された測定データを管理及び保存するデータ管理系309(データ管理プログラムとデータサーバ)、及び測定データから有意義な情報を抽出する解析ソフトウェア308である。
【0040】
ハードウェア制御系302、ソフトウェア制御系303及び分析器307の協働により、"分析ユニット"が機能する。また、ハードウェア制御系302及び分取信号発生器306の協働により、"分取ユニット"が機能する。
【0041】
[流路系]
図3は、図2に示した流路系304の構成を示すブロック図である。
【0042】
流路系304は、信号検出が行われるマイクロ流路デバイスMFとそれ以外の部分(流体制御機構)とを有する。流体制御機構V1、V2、V3の作用により、試料となる溶液であって、細胞を含む流体としての溶液が、外部からマイクロ流路デバイスMFに導入され、信号検出部において複素抵抗測定が行われた後に、再び外部へと排出される。なお、溶液は、分散液あるいは懸濁液の概念も含む。以下、これらの概念を含めて溶液という。
【0043】
流体制御機構V1、V2、V3を構成する要素としては、次のようなものである。例えば、それらは、分散媒や洗浄液を貯蔵する容器(タンク)、それら溶液を圧送するための圧縮空気供給器(コンプレッサ)、試料溶液を吸引しマイクロ流路デバイスに導入するためのポンプ、溶媒の流動を制御するバルブ、及びそれら各要素間を連結する配管などである。
【0044】
流路系304の目的は、マイクロ流路デバイスMFへの試料の円滑な導入である。それが実現されていれば、この実施例に限定されない。測定対象試料である細胞溶液は、試料容器STに注入され、この試料容器STは誘電スペクトロサイトメトリ装置300内に設置される。
【0045】
測定が開始されると、まず、試料を受け入れるための流路配管の調整が行われる。溶媒槽T1、T2、T3には、例えば純水、PBS緩衝液、洗浄液(SDS溶液など)が入っている(槽の個数、溶媒の種類はこれに限らない)。溶媒送液機構P1により液が送られ、流体制御機構V1、V3を適切に作動することにより、マイクロ流路デバイスMF(これは格納冶具FHに搭載されている)を含む流路配管が洗浄され、PBS緩衝液で充填される。
【0046】
次に、自動採取機構ASが、試料容器STより適量の試料を吸引する。試料は、試料溜SL(いわゆる、試料ループ)に引き込まれる。試料溜SLは特別に設けられた素子ではなく、実際には流路配管の一部である。試料送液機構PSにより、試料溜SLの試料がマイクロ流路デバイスMFに向けて送られる。流体制御機構V2、V3を適切に作動することにより、試料はマイクロ流路デバイスMFを通過し、廃液溜Dに排出される。
【0047】
測定終了後、試料導入前の流路配管の調整と同様の流体制御手順によって、配管が洗浄される。
【0048】
図4は、マイクロ流路デバイスMFの構成を示すブロック図である。
【0049】
マイクロ流路デバイスMFは、外部の流路配管と流体的に接続され、また、外部の複素抵抗分析器と電気的に接続されている。この複素抵抗分析器は、図1に示した分析器307の一部または全部を構成する。マイクロ流路デバイスMFは、格納冶具FHに搭載されており、格納冶具FHを介してそれらの接続が実現される。
【0050】
本実施形態で用いられるマイクロ流路デバイスMFの適切な構造と製造方法が、特開2010−181399号及び特開2008−279382号の公報にそれぞれ開示されている。細胞の寸法に比べて十分大きな流路FC1、FC2内に、電極対EL1、EL2が形成されており、それらの間に、細胞の寸法程度に狭窄された部位(狭窄路)NCを持つ。流路FC1、FC2に比べて狭窄路NCの電気抵抗値が極めて大きいので、電極対EL1、EL2の間に印加される電圧は、実質的には狭窄路NCにのみ印加される。従って、電極対EL1、EL2と空間的に離れていても、狭窄路NCが信号検出部となる。詳細な原理は、特開2010-181399に開示されている。また、後にもこの原理を説明する。
【0051】
流路FC1、FC2は、適切な結合手段(例えば、Oリングを介した接合)J2、J3を介して、格納冶具FHに形成された流路配管と接続している。格納冶具FHは、適切な結合手段(例えば、液体クロマトグラフィーの配管結合部品)J1、J4を介して、外部の配管と接続している。また、電極対EL1、EL2は、配線L1、L2によりマイクロ流路デバイスMFの外部に引き出され、適切な接続部品を介して、複素抵抗分析器と接続されている。
【0052】
[測定系(分析器)]
複素抵抗を測定する基本的な回路はよく知られている。図5は、IV法として知られている複素抵抗を測定するための回路図である。
【0053】
発振器OSCが正弦波電圧を発生する。試料に印加される電圧は、電圧測定回路V1で測定される。試料を流れる電流Iを直接測定することはできないので、既知の低抵抗Rの両端に生じる電圧をV2により測定することで電流Iが計算される。回路に挿入する低抵抗Rが測定に影響するのを避けるために、低抵抗Rに代えて低損失の素子が使われてもよい。試料の複素抵抗をZxは、以下の式から求めることができる。
【0054】
Zx=(V1/I)=(V1/V2)R
【0055】
しかし、このような公知の知識を用いて直ちに誘電スペクトロサイトメトリを実現することはできない。なぜならば、単一細胞に起因する極微小複素抵抗変化の振幅と位相の両方を、信号検出部(つまり狭窄路NC)を細胞が通過する短い時間内に、かつ多点周波数にわたり測定しなくてはならないからである。このような極限的な複素抵抗測定を実現した、本発明に係る実施形態を以下に記述する。
【0056】
図6は、単一の細胞の複素抵抗を測定する測定回路の一実施形態を示す。
【0057】
回路はIV法に基づいている。短時間での多点周波数測定を実現するために、複数周波数の入力電圧を重畳合成して電極間に印加し、出力電圧及び出力電流をフーリエ変換することで、各周波数における複素抵抗が測定される。図6において、電極EL及びグランド電極(実際にはコモン電極)Gが、図4の電極対EL1及びEL2にそれぞれ相当する。
【0058】
既に述べたとおり、試料の複素抵抗を測定するためには、試料の電圧と電流の両方を測定しなくてはならない。図6では、それらを、電圧受信部VR、電流受信部IRとして示している。
【0059】
これらの信号は、増幅器(必要に応じて帯域通過濾波器(バンドパスフィルタ)を組み合わせるなどするため、単一の素子とは限らない)で増幅される。複数周波数の成分を含む信号は、分配器D1、D2により、n個の副周波数帯に分配される。これは、細胞の誘電緩和現象を把握するための周波数領域全域を、単一のアナログ回路で処理することが困難だからである。個々の副周波数帯i(i = 1, … , n)において、その帯域において適切な特性を有する素子により構成されたアナログフィルタAFVi、AFIiを通過した信号は、アナログ/デジタル変換器ADiによりデジタル信号に変換される。変換された信号は、デジタル信号処理回路DPiで処理される。全ての副周波数帯からの信号を合成することで、全周波数帯にわたる複素抵抗分散が測定される。
【0060】
[データ解析]
測定された複素抵抗分散は、例えば以下の5つの段階で解析される。
(1)測定データの変換
測定系の伝送特性を考慮して測定された複素抵抗を校正する。校正された複素抵抗から試料の電気容量C及び電導度Gを得る(以下、CGデータと呼ぶ)。
(2)細胞由来信号の抽出
特定の周波数点において、時間に依存したCGデータの中から細胞に対応する信号を検出する。すわなち、CGデータからピークを検出し、ピーク前後のデータから基線を算定し、ピーク値と基線との差分を計算することで、全周波数点におけるC及びGの変化量、ΔC及びΔGを算定する(以下、ΔCΔGデータと呼ぶ)。
(3)誘電変数の算定
信号検出部(狭窄路NC)の構造を考慮した数値計算法により、各細胞に対するΔCΔGデータの周波数分散を誘電率εと導電率κ(以下、εκデータと呼ぶ)の周波数分散(即ち誘電分散)に変換する。各細胞に対する誘電分散に対して誘電関数を適合することにより、誘電変数を算定する。
(4)細胞構成相の電気的物性値の算定
予め計算されている関係表を参照することにより、誘電変数から細胞構成相の電気的物性値を算定する。
(5)電気的物性値に基づく細胞の分類
検出された細胞に対する電気的物性値の分布を適切な小集団に分類する。各分類に対して、電気的物性値の平均値、分散等の統計値を算定する。
【0061】
[測定データ]
測定データとして、ヒト赤芽球様白血病に由来する培養細胞株であるK562細胞、及びヒト白血病Tリンパ腫に由来する培養細胞株であるJurkat細胞を例に挙げる。
【0062】
図7において上側のグラフは、誘電スペクトロサイトメトリ装置300による測定結果を示す。異なる記号で表されたデータ点は、異なる細胞に依存する。すなわち、各曲線が単一の細胞に対応し、その細胞ごとに8つの周波数点がプロットされている。これは、各データ点を緩和関数で適合した結果も示している。
【0063】
縦軸は、測定された複素抵抗から算出した電気容量の変化である。すでに述べたデータ解析方法によって、これを複素誘電率の実数部に変換することができるが、縦軸の縮尺が変わるだけで本質的な差異はないため、ここでは電気容量変化ΔCのままで図示している。複素誘電率の虚数部、あるいは複素抵抗から算出される電導度のデータも得られているが、図示していない。
【0064】
図7における下側のグラフは、上側と同じK562細胞及びJurkat細胞の溶液の複素誘電率分散の実数部である。溶液は10の8乗個程度の細胞を含んでいる。すなわち、図7の上側のグラフが、単一の細胞に対するデータであるのに対して、下側のグラフは、多数の細胞に対するデータの平均的データである。緩和関数と適合するデータが得られており、単一の細胞に対する定量的な複素誘電率測定、すなわち誘電スペクトロサイトメトリが実現されていることが分かる。
【0065】
図8に、単一の細胞の複素誘電率分散を緩和関数で適合して得られた誘電変数、すなわち、緩和の振幅を表すΔC、及び緩和が起こる臨界周波数であるfcの値を、柱状図として示した。K562細胞及びJurkat細胞という異なる培養細胞は、異なる誘電変数の分布を示している。このことは、誘電スペクトロサイトメトリが、異なる細胞種を分別できるということを示すものである。
【0066】
[分取システム]
図9は、細胞分取システムの構成を示すブロック図である。
【0067】
分取信号発生器TR(図1では符号306で示す。)は、分析器AN(図1では符号307で示す。)から複素抵抗(または複素誘電率)の測定データを受信すると、各周波数点での測定値と予め設定された基準情報とを対照する。予め設定された基準情報とは、過去に各周波数点で測定された細胞ごとの複素抵抗(または、これに基づき求められた複素誘電率)を含む情報である。分取信号発生器TRは、その対照の結果の情報に基づいて、細胞を分取するための分取信号(トリガ信号)を発生する。
【0068】
例えば分取信号発生器TRは、リアルタイムで、上記測定された複素抵抗(または複素誘電率)がその基準情報の範囲内にあるか否かを判定し、それが基準情報の範囲内にある場合、トリガ信号を発生する。具体的には、分取信号発生器TRは、それらの対照の結果得られる情報の論理積により、その細胞を分取すべきかどうかの判断を行い、分取する場合は、分取機構CS(図1では符号305で示す。)に対して、トリガ信号を発生する。
【0069】
このトリガ信号を受信した分取機構CSは、マイクロ流路デバイスの分取部MFs(後で説明する実施形態では、分岐路の直前の部分)を細胞が通過する適当な時機を見計らい、誘電泳動力や流体力のような駆動力を発生し、細胞の流動経路を変化させる。これにより、その細胞は、他の細胞と異なる経路を辿って細胞溜Si(i=1,…,n)に保管される。
【0070】
[3]誘電スペクトロサイトメトリ装置の具体的な実施形態の説明
【0071】
[誘電スペクトロサイトメトリ装置]
図10は本発明の一実施形態に係る誘電スペクトロサイトメトリ装置300を示す模式図である。図11は、その流路系304(図1参照)に含まれるマイクロ流路デバイスMFを示す斜視図である。
【0072】
図11に示すように、マイクロ流路デバイスMFに形成された流路2に沿って、その上流より投入部3、測定部4、分取部5、細胞取出部6、7、流出部10が設けられている。
【0073】
投入部3は、サンプリングされた細胞を含む液体(流体)が、例えば図16以降で説明する圧力制御装置を使って投入される。
流路2では、投入部3より投入された液体が流れる。
測定部4は、流路2中を流れる一個一個の細胞に対して、細胞の誘電緩和現象が起こる周波数範囲(例えば0.1MHzから50MHz)の多点周波数(3点以上、典型的には10から20点程度)にわたり、それらの細胞の複素誘電率を測定する。測定部4を含む分析器307は、測定した細胞の複素誘電率に基づき、上記した手法により、マイクロ流路デバイスMFから取り出して使用(検査や再利用等)すべき細胞かを判断し、測定された細胞が取り出して使用すべき細胞の場合には分取信号を出力する。
【0074】
なお、測定部4は、主に上述の分析器307の機能を有し、流路系304の一部の機構を含む概念である。
【0075】
分取部5は、投入部3から投入された複数種類の細胞のうち、所望とする細胞を細胞取出部5に、それ以外の細胞を細胞取出部6に分取する。
【0076】
なお、分取部5は、主に上述の分取信号発生器306の機能を有し、流路系304の一部の機構を含む概念である。
【0077】
分取部5に設けられた電場印加部8は、流体が流れる方向Xとは異なる方向、例えばX方向とは直交するY方向に勾配を有する電場を印加することが可能である。例えば、電場印加部8は、分取信号がトリガ信号となって生成される作用信号が入力されていないときには電場を印加しないが、作用信号が入力されると、電場を印加する。もちろん、その逆であっても構わない。
【0078】
分岐部9は、電場印加部8で電場が印加されない細胞については分岐路2bを通り細胞取出部7に流れるように分岐し、電場印加部8で電場が印加された細胞については分岐路2aを通り細胞取出部6に流れるように分岐する。
【0079】
細胞取出部6、7は流路2を介して流出部10へ通じており、細胞取出部6、7を通過した液体は流出部10より例えばポンプを使って外部に排出される。
【0080】
[マイクロ流路デバイス]
図11に示すように、マイクロ流路デバイスMFは、基板12及び高分子膜等からなるシート状の部材13を有する。基板12には、流路2、この流路2の一部である分岐路2a、2b、投入部3としての液体投入部3a、流路2の一部である分岐部9、細胞取出部6、7、及び流出部10が設けられている。これらは、基板12の表面に溝などを形成し、その表面をシート状の部材13で覆うことで構成される。これにより流路2が形成される。
【0081】
細胞を含む液体が投入される細胞投入部3bは、シート状の部材13の微細な孔である狭窄路を設けて構成され、その上にピペットで細胞を含む液体を垂らすと、狭窄路を介して流路2を流れる液体に巻き込まれるように流路2の下流に流れていく。狭窄路は微細な孔であることから、細胞は複数まとめて流路2に流れ込むことなく、単一の細胞ごとに流路2に流れ込んでいく。
【0082】
狭窄路を挟むように、第1の電極対として、複素抵抗または複素誘電率を測定する測定電極対4a、4bが設けられている。一方の測定電極4aはシート状の部材13の表面に、他方の測定電極4bはシート状の部材13の裏面に設けられている。電場印加部8を構成する電極対(後述する)もシート状の部材13の裏面に設けられている。
【0083】
細胞取出部6、7はその上部がシート状の部材13により覆われているが、シート状の部材13にピペットを刺してピペットを介して細胞が取り出される。
【0084】
電極パッド14は測定電極4a、4bで検出された信号を外部に取り出す。取り出された信号は上述の分析器307に送られる。電極パッド15には、分析器307の複素誘電率の測定情報に基づくトリガ信号(分取信号発生器306により発生されたトリガ信号)をトリガとして発生する作用信号が入力される。入力された作用信号は電場印加部8を構成する電極対に送られる。
【0085】
貫通孔16は、分析器等を有する装置本体にマイクロ流路デバイスMFが接続されたときの位置決め用の孔である。
【0086】
[分取部]
図12は図11に示した分取部5の構成を示す平面図であり、図13は図12におけるA−A線断面図である。
【0087】
図12及び13に示すように、分取部5は、電場印加部8を有する。この分取部5は、上述の分取ユニットの一部を構成する部分である。
【0088】
電場印加部8は、流路2の所定の位置に設けられた電極16、17を有する。例えば、電極16と電極17とが流路2を流れる流体の方向(X方向)とは異なる例えばY方向に流路2を挟むように対向して配置されている。
【0089】
電極16、17は、シート状の部材13の裏面(流路2内の天面)に設けられている。電極16は、例えば信号が印加される電極で、電極17に向けて多数の電極指16aが突出するように構成される。電極17は、例えばコモン電極で、電極16に対して凹凸を持たないように構成される。以下では、一つの電極指16aと電極17との組み合わせを、第2の電極対として作用電極対18と呼ぶ。
【0090】
このように作用電極対18を構成することで、電極16、17に信号が印加されたときに、各電極対18でそれぞれY方向に勾配を有する電場が印加される。この電場を形成するための電圧信号は、例えば交流電圧に直流バイアス電圧が重畳された信号が用いられる。
【0091】
流路2の電場印加部8より下流の所定の位置で、電場印加部8により電場が印加されて誘電泳動力によって流れ方向が変わった細胞Cが、分岐路2aを利用して細胞取出部6へ導かれる。
【0092】
例えば、投入部3においては細胞が細胞取出部7側の偏った位置に投入される。このように細胞取出部7側の偏った位置に投入された細胞は、分取対象でない細胞が電場印加部8を通過するときには電場印加部8で電場が印加されず(non−active)、図12に示したように、流路2をその偏った位置側を流れそのまま分岐路2bを通り細胞取出部7に流れる。しかし、分取対象の細胞が電場印加部8を通過するときには電場印加部8で電場が印加されて(active)細胞に誘電泳動力が与えられ、図14に示すように、細胞の流れ方向が細胞取出部6側に変わり、その分取対象の細胞は分岐部9により分岐路2aを通り細胞取出部6側に分岐される。
【0093】
このように構成された電場印加部8では、各電極対18でそれぞれY方向に勾配を有する電場が印加されるので、電場印加部8を通過する細胞が徐々に行路を変えて分岐路2aを通り細胞取出部6側に分岐することが可能となる。
【0094】
[電場印加部の他の実施形態]
細胞が致命的ダメージを受けない程度の電場下で細胞が受ける誘電泳動力は、mm/s程度の流速で水中を流れる細胞が受ける粘性抵抗力に比べて、一般に非常に小さい。従って、流れに直交する方向の誘電泳動力を積極的に形成するための不均一電場、あるいはそれを形成するための作用電極対18の列(X方向に沿った列)は、多数必要になる。図12及び14に示したように、この多数の作用電極対18に同時に電圧を印加した場合、その電極列分取領域を排他的に使用せねばならず、スループットが上がらない場合がある。
【0095】
そこで、図15に示すように、作用電極対18をX方向に沿って複数のグループに分け、これらのグループに対して個別に印加電圧を制御することにより、電場印加部8を通過する細胞の多重化を許してスループット向上を図ることが可能である。すなわち、図12及び14に示した構成の電場印加部8では、1つの細胞が電場印加部8を通過するまでは、その後から来る細胞が電場印加部8に侵入しないようなタイミングで流路2に細胞を流すようにしなければならない。これに対して、図15に示した構成の電場印加部8では、例えばグループG5を通過している細胞は電場を印加して、グループG4を通過している細胞は電場を印加しないような制御が可能なので、結果として5つのグループG1〜G5においてそれぞれ細胞の分取制御が可能となる。
【0096】
[流路系の圧力制御について]
次に、流路系304の内を流れる流体の圧力制御装置について説明する。
【0097】
図16は、その圧力制御装置による圧力制御を実現するためのブロック図である。図16には、流路系304の各箇所でのゲージ圧も示されている。図17は、マイクロ流路デバイスMFの投入部3近傍の模式的な断面図である。
【0098】
図16に示すように、この圧力制御装置は、流路2の上流側で搬送流体Fの圧力を調整する第1の圧力調整機構112aと、流路2の下流側で搬送流体Fの圧力を調整する第2の圧力調整機構112bとを有する。搬送流体Fは、上記流体のうち、液体投入部3aから投入される液体である。
【0099】
また、この圧力制御装置は、第1の圧力調整機構112a及び第2の圧力調整機構112bを制御するコントローラ111とを有する。
【0100】
第1の圧力調整機構112aは、高圧流体タンク113aと、第1のコンプレッサ115aと、高圧流体タンク113a及び第1のコンプレッサ115aの間に配置された第1のエアーバルブ116aとを含む。同様に、第2の圧力調整機構112bは、低圧流体タンク113bと、第2のコンプレッサ115bと、低圧流体タンク113b及び第2のコンプレッサ115bの間に配置された第2のエアーバルブ116bとを含む。
【0101】
高圧流体タンク113aは、流路2に搬送流体Fを供給するために内部に搬送流体Fを貯留している。低圧流体タンク113bは、流路2から排出された搬送流体Fを内部に貯留する。高圧流体タンク113a及び低圧流体タンク113bには、それぞれ内部の気圧を検出する気圧センサ114a、114bが設けられている。
【0102】
高圧流体タンク113aの下流側には、第1のバルブ117aが設けられており、低圧流体タンク113bの上流側には、第2のバルブ117bが設けられている。
【0103】
第1のバルブ117aの下流側には、流量計118が設けられている。また、マイクロ流路デバイスMFの液体投入部3a及び流出部10には、搬送流体Fの圧力を検出する圧力センサ119a、119bが設けられている。
【0104】
コントローラ111は、ターミナルブロック121及びA/Dコンバータ122を介して、圧力調整機構112に含まれる各部や、流量計118、圧力センサ119a、119b等と電気的に接続されている。
【0105】
コントローラ111は、第1のコンプレッサ115aの駆動を制御したり、第1のエアーバルブ116aの開度を制御したりすることで、高圧流体タンク113a内の気圧を制御する。同様に、コントローラ111は、第2のコンプレッサ115bの駆動を制御したり、第2のエアーバルブ116bの開度を制御したりすることで、低圧流体タンク113b内の気圧を制御する。これにより、流路2の上流側及び下流側において、搬送流体Fの圧力が調整される。
【0106】
また、コントローラ111は、第1のバルブ117a及び第2のバルブ117bの開度を制御することで、高圧流体タンク113aからの搬送流体Fの流出と、低圧流体タンク113bへの搬送流体Fの流入とを制御する。第1のバルブ117a及び第2のバルブ117bは、マイクロ流路デバイスMFがこの圧力制御装置から着脱される場合等、必要に応じて切り替えられる。
【0107】
マイクロ流路デバイスMFの投入部3は、図11に示すように、シート状の部材13の表面において、他の部分よりも一段低く(窪むように)形成されている。これにより、細胞を含む流体のうち、血液などの試料流体S(図17参照)がピペット8等により投入部3へ投入されたときに、試料流体Sが投入部3からはみ出してしまうことを防止することができる。
【0108】
狭窄孔(狭窄路)1は、投入部3の略中央に設けられる。狭窄孔1は、シート状の部材13に、上下方向に貫通する微細孔を形成することで形成される。
【0109】
誘電スペクトロサイトメトリ装置300は、投入部3へ投入された試料流体Sを攪拌する攪拌部(図示せず)を有していてもよい。攪拌部は、気流を発生し、発生した気流Lを、狭窄孔1を通過する前の試料流体Sの表面に対して吹きつける(図17参照)。これにより、試料流体Sに含まれる細胞Cが攪拌されるので、細胞Cが試料流体S内で沈降してしまうことを防止することができる。
【0110】
測定部4の測定電極対4a、4bは、投入部3において狭窄孔1を挟み込む位置に配置される。測定電極対4a、4bのうち、測定電極4aがシート状の部材13の裏面に設けられ、測定電極4bはシート状の部材13の表面に設けられる。
【0111】
次に、搬送流体Fの圧力制御による、主流流量Q及び試料流入流量Qsの調整について説明する。主流流量Qは、搬送流体Fが流路2を流通する流量であり、試料流入流量Qsは、試料流体Sが狭窄孔1を介して流路2内に流入する流量である。
【0112】
まず、投入部3に試料流体Sが投入されておらず、狭窄孔1の上方(大気側)に試料流体Sが存在しない場合を想定する。高圧流体タンク113a、低圧流体タンク113b内の圧力がそれぞれAP1、AP2(AP1>AP2)に保持されると、搬送流体Fは、高圧流体タンク113aから流出し、流路2を通過して低圧流体タンク113bへと流入する。このときの搬送流体Fの流量が主流流量Qである。
【0113】
マイクロ流路デバイスMFの液体投入部3a及び流出部10において測定される圧力をFP1、FP2とする。この圧力FP1、FP2から、狭窄孔1の直下位置sにおける静圧Psが決定される。この静圧Psは、マイクロ流路デバイスMF内の流路2の形状を反映した管路抵抗に起因する圧力損失を基に決定される。
【0114】
なお、このとき、静圧Psの大きさが比較的小さい範囲では、狭窄孔1の上方(大気側)に試料流体Sが存在しない限り、表面張力のために搬送流体Fは狭窄孔1からは流出しない。また、流路2内部への気体の流入もない。
【0115】
ここで、血液等の試料流体Sが、投入部3へ10μL程度滴下された場合を想定する。この場合、試料流体Sは大気に依然として接しており、かつその高さは、1mm程度であるために、狭窄孔1の上方にある試料流体Sの静圧は、大気圧と同じくゼロであるとみなせる。また、狭窄孔1での表面張力は最早存在しない。そのため、狭窄孔1の直下位置sの静圧はPsであるから、(0−Ps)の圧力差によって試料流体Sは、流路2内に流入する。狭窄孔1の直下位置sの静圧Psを負に保てば、試料流体Sは、マイクロ流路デバイスMFの流路2内に引き込まれる。
【0116】
ここで、静圧Psは、一般に管路抵抗の関数であるため、以下の式(1)が成立する。
Ps=f(FP1、FP2)・・・(1)
【0117】
従って、試料流入流量Qsは、レイノルズ数が十分小さい限り、Rsを比例定数として以下の式(2)で表わすことができる。
Qs=Rsf(FP1−FP2)・・・(2)
【0118】
なお、マイクロ流路デバイスMF内の流路2について、狭窄孔1の直下位置sを境に上流側、下流側が流体力学的対称に作成された場合、位置sでの静圧Psは簡略化され、以下の式(3)で表される。
Ps=(FP1+FP2)/2・・・(3)
【0119】
また、この場合、試料流入流量Qsは、以下の式(4)で表される。
Qs=Rs(FP1+FP2)/2・・・(4)
【0120】
また、主流流量Qも、FP1及びFP2から、主流に関する管路抵抗Rを用いて、以下の式(5)によって表される。
Q=R(FP1−FP2)・・・(5)
【0121】
以上より、高圧流体タンク113a内の圧力AP1及び低圧流体タンク113b内の圧力AP2を調整し、流路2の上流側及び下流側で搬送流体Fの圧力(FP1、FP2)を適切に調整することで、主流流量Q及び試料流入流量Qsを任意に制御可能である。また、AP1及びAP2の調整によるFP1及びFP2の調整により、主流流量Q及び試料流入流量Qsをそれぞれ独立して制御可能である。
【0122】
[その他の実施形態]
本発明に係る実施形態は、以上説明した実施形態に限定されず、他の種々の実施形態が実現される。
【0123】
上記実施形態では、複素抵抗の測定方法として、多点周波数による方法が用いられたが、必ずしも多点周波数による測定方法が用いられなくてもよい。
【0124】
上記実施形態では、多点周波数測定の例として、周波数重畳法を例に挙げた。しかし、この他にも以下の3つの多点周波数による測定方法がある。以下の3つの測定方法は、上記周波数重畳法と同様に、単一の細胞が狭窄路NCを通過するごとにリアルタイムで分取の判定を行うことができる。
1)測定周波数を掃引しながら、各周波数点における複素抵抗を測定する方法(周波数掃引法)。
2)パルス状あるいはステップ状の電圧を測定電極に印加し、電圧と電流の時間的変化を測定し、それをフーリエ変換することで、各周波数点における複素抵抗を算出する方法(時間領域測定法)。
3)測定電極対が複数に分割されており、細胞がそれらを順に通過する時に測定する方法。これは、上記周波数重畳法のように全測定周波数点を一括して測定するのではなく、それぞれの測定電極対において、少ない周波数点(典型的には1〜3点程度)の測定を行う。各測定電極対において異なる周波数点の測定を行うことで、全体として多点周波数測定を実現する。
【符号の説明】
【0125】
1(NC)…狭窄路
C…細胞
F…搬送流体
S…試料流体
2…流路
2a、2b…分岐路
4…測定部
4a、4b…測定電極対(測定電極)
5…分取部
8…電場印加部
16.17…電極
16a…電極指
18…作用電極対
300…誘電スペクトロサイトメトリ装置
306(TR)…分取信号発生器
307(AN)…分析器
305(CS)…分取機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単一の細胞が通過する狭窄路と、前記狭窄路より下流側に設けられ前記細胞を分取するための分岐路とを有し、前記細胞を含む流体が流れる流路と、
前記狭窄路に交流電場を形成することが可能な第1の電極対と、
前記第1の電極対に交流電圧を加えて前記狭窄路に前記交流電場を形成することにより、前記狭窄路を通過する前記細胞ごとに、前記細胞に依存する複素誘電率を測定する分析ユニットと、
前記狭窄路より下流側であって前記分岐路より上流側の前記流路に、電場を形成することが可能な第2の電極対と、
前記分析ユニットにより測定された前記複素誘電率に基づき、前記第2の電極対により前記電場を形成することにより、前記細胞に誘電泳動力を与え前記分岐路を利用して前記細胞を分取する分取ユニットと
を具備する誘電サイトメトリ装置。
【請求項2】
請求項1に記載の誘電サイトメトリ装置であって、
前記分析ユニットは、前記第1の電極対に加える前記交流電圧の信号として、複数周波数の交流電圧を重畳した重畳電圧信号を生成し、前記狭窄路を前記単一の細胞が通過する時に測定される電圧及び電流の各信号をフーリエ変換することにより、前記複数周波数の周波数ごとに前記複素誘電率を算出する
誘電サイトメトリ装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の誘電サイトメトリ装置であって、
前記分析ユニットは、前記細胞ごとの前記測定された複素誘電率の基準となる基準情報を予め記憶し、
前記分取ユニットは、リアルタイムで、前記分析ユニットにより測定された前記複素誘電率と前記基準情報とを対照し、前記複素誘電率が基準情報の範囲内にあるか否かの情報に基づいて、前記電場を形成する
誘電サイトメトリ装置。
【請求項4】
狭窄路及び分岐路を有する流路に細胞を含む流体を流し、
前記狭窄路に交流電場を形成し、
前記狭窄路を通過する前記細胞ごとに、前記細胞に依存する複素誘電率を測定し、
前記測定された複素誘電率に基づき、前記狭窄路より下流側であって前記分岐路より上流側の前記流路に電場を形成することで、前記細胞に誘電泳動力を与え、前記分岐路を利用して前記細胞を分取する
誘電サイトメトリによる細胞分取方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−98063(P2012−98063A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243765(P2010−243765)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】