説明

誘電体磁器組成物

【課題】 Ba、Pb等の、環境への負荷が大きい物質を含まず、しかも、誘電体材料として良好な誘電率特性を有する新規な誘電体磁器組成物を提供する。
【解決手段】 CaとCuとTiの複酸化物からなると共に、CaCu3Ti412からなる結晶相と、CaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造を有する誘電体磁器組成物である。上記誘電体組成物は、CaとCuとTiの複酸化物を、式(1):
Ca4-3yCu3yTi412 (1)
で表したとき、式中のyが0.33≦y≦0.92であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、積層セラミックコンデンサ用の誘電体材料等として用いられる誘電体磁器組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、誘電体磁器組成物としては、例えば、チタン酸バリウム系組成物や鉛系複合ペロブスカイト系材料等の、強誘電体材料が用いられてきた。例えば、特許文献1には、チタン酸バリウム系の誘電体磁器組成物が、積層セラミックコンデンサ用の誘電体材料として広く用いられることが記載されていると共に、その改良として、特定の組成を有するBaTiO3と、La、Nd、Sm、Dy、Erのうち少なくとも1種の希土類酸化物とを所定の割合で含む主成分に、副成分として、MnOと、BaO−SrO−Li2O−SiO2系の酸化物ガラスとを含有させた非還元性誘電体磁器組成物が提案されている。
【0003】
また、特許文献2には、チタン酸バリウム系以外の誘電体材料として、鉛系複合ペロブスカイト系材料が、積層セラミックコンデンサ用の誘電体材料として広く用いられることが記載されていると共に、その改良として、Pb(Mg1/21/2)O3と、PbTiO3と、Pb(Ni1/3Nb2/3)O3とを所定の割合で含む誘電体材料が提案されている。
【特許文献1】特許第2869900号公報(請求項1、第3欄第6行〜同欄第10行、第3欄第31行〜同欄第44行)
【特許文献2】特開平7−320540号公報(請求項1、第0002欄、第0005欄、第0016欄〜第0018欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、近年、地球規模での環境保護運動が高まりを見せている中で、環境への負荷が大きいBaやPbを含まない、新たな誘電体磁器組成物の開発が望まれている。また、Ba、Pb等を含む誘電体磁器組成物は、その製造に際して、環境保護への配慮から、製造工程で発生する廃液を処理する処理設備等の、特殊な設備を必要とするため、製造コストの面でも、これらの物質を含まない誘電体磁器組成物の開発が求められている。
【0005】
本発明の目的は、環境への負荷が大きい物質を含まず、しかも、誘電体材料として良好な誘電率特性を有する新規な誘電体磁器組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、発明者は、式(1):
Ca4-3yCu3yTi412 (1)
〔式中、yはy≦1である。〕
で表されるCaとCuとTiの複酸化物について、各元素の組成比および結晶構造と、誘電率特性との関係について、解析を行った。
【0007】
その結果、上記複酸化物からなる結晶が、CaとCuとTiの複酸化物であるCaCu3Ti412からなる結晶相と、CaとTiの複酸化物であるCaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造を呈するとき、その複雑な結晶構造に起因してか、式(1)の複酸化物が、基本的に、積層セラミックコンデンサ等の通常の使用環境下において常誘電体であるにも拘らず、形成される誘電体磁器組成物は、チタン酸バリウム系組成物や鉛系複合ペロブスカイト系材料などの強誘電体と同等の、そして、CaCu3Ti412とCaTiO3とが互いに固溶した固溶体結晶の状態を呈するものでは得られない、良好な誘電率特性、すなわち、高い比誘電率ε′と低い誘電損失tanδとを実現し得ることを見出した。
【0008】
なお、上記2種の結晶相が混在した結晶構造とは、結晶粒(グレイン)中で、CaCu3Ti412とCaTiO3とが固溶体結晶を形成せずに、CaCu3Ti412の結晶構造が連続した領域(CaCu3Ti412からなる結晶相)と、CaTiO3の結晶構造が連続した領域(CaTiO3からなる結晶相)とを混在させた状態を呈する結晶構造を示す。
【0009】
また、上記の誘電体磁器組成物は、Ba、Pb等の、環境への負荷が大きい物質を含まないため、環境保護の流れに十分に対応できると共に、廃液の処理設備等を必要としないため、製造コストの低減の要求に十分に対応できることも明らかとなった。
したがって、請求項1記載の発明は、CaとCuとTiの複酸化物からなる誘電体磁器組成物であって、CaCu3Ti412からなる結晶相と、CaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造を有することを特徴とする誘電体磁器組成物である。
【0010】
また、発明者がさらに検討したところ、式(1)中のyを0.33≦y≦0.92とすれば、誘電体磁器組成物の誘電率特性を、さらに向上できることが判明した。したがって、請求項2記載の発明は、CaとCuとTiの複酸化物を、式(1):
Ca4-3yCu3yTi412 (1)
で表したとき、式中のyが0.33≦y≦0.92である請求項1記載の誘電体磁器組成物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の誘電体磁器組成物は、前記のように、CaとCuとTiの複酸化物からなる誘電体磁器組成物であって、CaCu3Ti412からなる結晶相と、CaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造を有することを特徴とするものである。
式(1):
Ca4-3yCu3yTi412 (1)
で表されるCaとCuとTiの複酸化物において、その結晶構造を、上述した2種の結晶相が混在した構造とするためには、式(1)中のyをy≦0.96の範囲内に調整すればよい。yが0.96<y<1である場合には、その結晶構造が、CaCu3Ti412とCaTiO3とが互いに固溶した固溶体結晶の状態を呈し、さらに、y=1である場合には、CaCu3Ti412単体の結晶構造となるため、このいずれの場合にも、良好な誘電率特性が得られない。
【0012】
式(1)中のyをy≦0.96の範囲内に調整するためには、例えばCaCO3等の、Caを含む化合物の粉末と、CuO等の、Cuを含む化合物の粉末と、TiO2等の、Tiを含む化合物の粉末とを出発原料として、仮焼、成形、焼成等の各工程を経て誘電体磁器組成物を製造する際に、上記各粉末の配合割合を調整すればよい。
これにより、製造される本発明の誘電体磁器組成物は、チタン酸バリウム系組成物や鉛系複合ペロブスカイト系材料などの強誘電体と同等の、良好な誘電率特性、すなわち、高い比誘電率ε′と低い誘電損失tanδとを有するものとなる。また、本発明の誘電体磁器組成物は、積層セラミックコンデンサ等の通常の使用環境下で常誘電体であるため、圧電現象によるノイズの発生を防止することができると共に、誘電率が時間と共に減少する割合が小さいため、良好なエージング特性を有するという利点もある。
【0013】
なお、本発明の誘電体磁器組成物の誘電率特性をさらに向上するためには、式(1)中のyが0.33≦y≦0.92の範囲内、特に0.5≦y≦0.8の範囲内となるように、原料としての各化合物の粉末の配合割合を調整するのが好ましい。yが上記の範囲未満では、比誘電率ε′が低くなりすぎ、逆に、上記の範囲を超える場合には、誘電損失tanδが高くなりすぎるため、このいずれの場合にも、誘電率特性が低下するおそれがある。これに対し、式(1)中のyを上記の範囲内とすれば、比誘電率ε′をできるだけ高くすると共に、誘電損失tanδをできるだけ低くして、より一層、良好な誘電率特性を得ることが可能となる。
【0014】
本発明の誘電体磁器組成物は、前記のように、Ca、CuおよびTiを含む化合物の粉末を所定の配合割合で混合し、次いで、得られた混合粉末を、例えば、大気中で、900〜1100℃程度の温度で仮焼し、得られた仮焼物を、ポリビニルブチラール、ポリビニルアルコール等のバインダ樹脂と混合して、所定の形状に成形した後、得られた成形物を、例えば、大気中で、900〜1100℃の温度で焼成することによって製造される。
【0015】
本発明の誘電体磁器組成物を積層セラミックコンデンサに適用する場合には、上記仮焼物を、バインダ樹脂と共に有機溶媒に混合して誘電体層用のペーストを調製し、このペーストを、内部電極層のもとになるペーストと交互に印刷して積層するか、または、仮焼物を、バインダ樹脂と混合してシート(セラミックグリーンシート)を形成し、このシートと、内部電極層のもとになるペーストとを交互に積層した後、積層物を同時に焼成すればよい。焼成後、端子電極を接続することで、誘電体層と内部電極層とが交互に積層された積層セラミックコンデンサが製造される。
【0016】
なお、本発明の誘電体磁器組成物は、上記積層セラミックコンデンサ以外にも、例えば、LCフィルタ、カプラ、モジュール部品用基板等にも適用することができる。
本発明の誘電体磁器組成物には、前記2種の結晶相が混在した構造が形成されるのを阻害したり、それによって誘電率特性を低下させたりしない範囲で、各種金属の酸化物、複酸化物等の副成分を含有させることもできる。そのような副成分としては、例えば、SrTiO3、TiO2、MgTiO3、La23、Bi23等が挙げられる。
【実施例】
【0017】
以下に、本発明を、実施例に基づいて説明するが、本発明の構成は、これらの実施例に限定されるものではない。
実施例1(結晶構造の解析):
CaCO3、CuOおよびTiO2の粉末(いずれも純度99.9%以上)を、焼成後の誘電体磁器組成物における、式(1)中のyがy=1またはy=0.67となるように配合割合を調整した状態で配合し、乳鉢を用いて混合して2種の混合粉末を作製した。
【0018】
次に、この2種の混合粉末を、それぞれ別個に、大気中で、1050℃×12時間、仮焼して仮焼物を得、この仮焼物を乳鉢ですりつぶすと共に、ポリビニルブチラールを加えて混合して造粒粉末を作製した後、この造粒粉末を、直径10mmφの円板状の成形体を得るための金型内に充てんし、円板の厚み方向に50MPaの圧をかけて圧縮成形して、直径10mmφの円板状の成形体を作製した。そして、得られた成形体を、大気中で、1090℃×24時間、焼成して円板状の誘電体磁器組成物を製造した。
【0019】
製造した誘電体磁器組成物について、CuKαをX線源として、回折計を用いて、測定範囲2θ=20〜100°の条件で、X線回折測定を行った。測定結果としての回折スペクトルを図1に示す。
図1のうち、上段は、式(1)中のyがy=1である、式(1-1):
CaCu3Ti412 (1-1)
で表される誘電体磁器組成物の回折スペクトルを示す。図の回折スペクトル中に現れている各ピーク(符号Aを付している、Aの後のカッコ内は、そのピークが示す結晶面方位を表している)は、いずれもCaCu3Ti412に由来するものである。したがって、このものは、先に説明したように、CaCu3Ti412単体の結晶構造を呈することがわかる。
【0020】
一方、図1の下段は、yがy=0.67である、式(1-2):
Ca2Cu2Ti412 (1-2)
で表される誘電体磁器組成物の回折スペクトルを示す。このものは、上段の回折スペクトル中に現れているAのピークが全て現れていると共に、CaTiO3に由来する、図中に符号Bを付したピーク(Bの後のカッコ内は、前記と同様に、そのピークが示す結晶面方位を表している)が現れている。しかし、CaCu3Ti412とCaTiO3とが固溶した固溶体結晶に由来するピークは現れていない。これらのことから、式(1)中のyがy≦0.96であれば、その結晶構造を、CaCu3Ti412からなる結晶相と、CaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造にできることが判った。
【0021】
実施例2(組成比と誘電率特性との関係の検討):
CaCO3、CuOおよびTiO2の粉末(いずれも純度99.9%以上)を、焼成後の誘電体磁器組成物における、式(1)中のyが、図2中にプロットされた各点に対応する値となるように配合割合を調整した状態で配合し、乳鉢を用いて混合して11種の混合粉末を作製し、この11種の混合粉末を用いて、それぞれ実施例1と同様にして、円板状の誘電体磁器組成物を製造した。
【0022】
そして、製造した円板状の誘電体磁器組成物の両面に、それぞれAgペースト〔デュポン(株)製の4922N〕を塗布し、乾燥させて電極を形成した後、液体ヘリウムクライオスタット中にセットして、その温度を300Kに維持しながら、LCRメータ〔アジレント・テクノロジーズ・インク社製の4284AプレシジョンLCRメータ〕を用いて、AC4端子法によって測定した結果から、平行板コンデンサとしてみなした際の、比誘電率ε′と誘電損失tanδとを算出して、誘電率特性を評価した。測定周波数は100kHzとした。結果を、図2に示す。
【0023】
図より、yの値を大きくするほど、比誘電率ε′を高くできるものの、誘電損失tanδも高くなり、逆に、yの値を小さくするほど、誘電損失tanδを低くできるものの、比誘電率ε′も低くなる傾向にあることがわかった。また、yを0.33≦y≦0.92の範囲内にすれば、比誘電率ε′を500以上、誘電損失tanδを0.1(10%)以下の範囲内に維持して、さらに良好な誘電率特性が得られること、yを0.5≦y≦0.8の範囲内にすれば、比誘電率ε′を1000以上、誘電損失tanδを0.08(8%)以下に維持して、より一層、良好な誘電率特性が得られることが確認された。
【0024】
実施例3(誘電率特性の温度、および周波数依存性の検討):
CaCO3、CuOおよびTiO2の粉末(いずれも純度99.99%)を、焼成後の誘電体磁器組成物における、式(1)中のyが、y=0.67となるように配合割合を調整した状態で配合し、乳鉢を用いて混合して混合粉末を作製し、この混合粉末を用いて、実施例1と同様にして、円板状の誘電体磁器組成物を製造した。
【0025】
そして、製造した円板状の誘電体磁器組成物の両面に、それぞれAgペースト〔デュポン(株)製の4922N〕を塗布し、乾燥させて電極を形成した後、液体ヘリウムクライオスタット中にセットして、その温度を4.2〜300Kの間で変化させながら、LCRメータ〔アジレント・テクノロジーズ・インク社製の4284AプレシジョンLCRメータ〕を用いて、AC4端子法によって測定した結果から、平行板コンデンサとしてみなした際の、比誘電率ε′と誘電損失tanδとを算出して、誘電率特性を評価した。測定周波数は100Hz、1kHz、10kHz、100kHz、および1MHzとした。結果を、図3に示す。
【0026】
図より、式(1)中のyをy=0.67とした誘電体磁器組成物は、特に、200〜300K(−73〜27℃)という、積層セラミックコンデンサ等の通常の使用環境下で、また、100Hz〜100kHzという広い周波数範囲で、1800以上という高い比誘電率ε′と、0.1以下という低い誘電損失tanδとを示すと共に、これらの値が温度によって殆ど変化しない、安定した誘電率特性を示すことがわかった。また、温度218〜300K(−55〜27℃)、周波数1kHzでの、温度変化による比誘電率の変化量は+1.0%であり、アメリカ電子機械工業会(EIA)規格におけるX5R特性、およびX7R特性のうち、室温における特性を満足することも確認された。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1で製造した、式(1)中のyが異なる2種の誘電体磁器組成物をX線回折測定した結果を示す、回折スペクトル図である。
【図2】実施例2で製造した、式(1)中のyが異なる誘電体磁器組成物における、上記yと、比誘電率ε′および誘電損失tanδとの関係を示すグラフである。
【図3】実施例3で製造した誘電体磁器組成物における、比誘電率ε′および誘電損失tanδの、温度および周波数依存性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaとCuとTiの複酸化物からなる誘電体磁器組成物であって、CaCu3Ti412からなる結晶相と、CaTiO3からなる結晶相とが混在した結晶構造を有することを特徴とする誘電体磁器組成物。
【請求項2】
CaとCuとTiの複酸化物を、式(1):
Ca4-3yCu3yTi412 (1)
で表したとき、式中のyが0.33≦y≦0.92である請求項1記載の誘電体磁器組成物。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−169011(P2006−169011A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−360201(P2004−360201)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】