説明

誘電体薄膜の成膜方法および成膜システム

【課題】プラズマを用いたスパッタ法によって、Pb、Zr、Tiを含む誘電体薄膜を成膜する場合でも、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜する。
【解決手段】誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、プラズマの発光分析を行って、上記プラズマの発光スペクトルを取得する。そして、上記発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiをそれぞれ求める。IPb/(IZr+ITi)の値をPとしたとき、0.4<P<0.7を満足するように成膜条件を制御しながら、上記誘電体薄膜を成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、少なくともPb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する誘電体薄膜の成膜方法と、成膜システムとに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、駆動素子やセンサなどに応用するための機械電気変換素子として、Pb(Zr,Ti)Oなどの圧電体が用いられている。このような圧電体は、Si等の基板上に薄膜として形成することで、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)素子へ応用が期待されている。
【0003】
MEMS素子の製造においては、フォトリソグラフィーなど半導体プロセス技術を用いた高精度な加工を適用できるため、素子の小型化や高密度化が可能となる。特に、直径6インチや直径8インチといった比較的大きなSiウェハ上に素子を高密度に一括で作製することにより、素子を個別に製造する枚葉製造に比べて、コストを大幅に低減することができる。
【0004】
また、圧電体の薄膜化やデバイスのMEMS化により、機械電気の変換効率が向上することで、デバイスの感度や特性が向上するといった新たな付加価値も生み出されている。例えば、熱センサでは、MEMS化による熱コンダクタンス低減により、測定感度を上げることが可能となり、プリンター用のインクジェットヘッドでは、ノズルの高密度化による高精細パターニングが可能となる。
【0005】
圧電体薄膜の材料としては、PZTと呼ばれるPb、Zr、Ti、Oからなる結晶を用いることが多い。PZTは、図10に示すABO型のペロブスカイト構造となるときに良好な圧電効果を発現するため、ペロブスカイト単相にする必要がある。ペロブスカイト構造を採るPZTの結晶の単位格子の形は、Bサイトに入る原子であるTiとZrとの比率によって変化する。つまり、Tiが多い場合には、PZTの結晶格子は正方晶となり、Zrが多い場合には、PZTの結晶格子は菱面体晶となる。ZrとTiとのモル比が52:48付近では、これらの結晶構造が両方とも存在し、このような組成比を採る相境界のことを、MPB(Morphotropic Phase Boundary)と呼ぶ。このMPB組成では、圧電定数、分極値、誘電率といった圧電特性の極大が得られることから、MPB組成の圧電体薄膜が積極的に利用されている。
【0006】
圧電体薄膜をSiなどの基板上に成膜するには、CVD法などの化学的成膜法、スパッタ法やイオンプレーティング法といった物理的な方法、ゾルゲル法などの液相での成長法が知られており、成膜方法に応じてペロブスカイト単相の膜を得るための条件を見い出すことが重要である。
【0007】
一方、圧電体薄膜の結晶性が悪く、パイロクロア構造の結晶や非晶質な領域が増えてしまうと、圧電特性は低くなるため、圧電特性を高めるためには、圧電体薄膜の成膜条件を工夫することが非常に重要となる。
【0008】
ところで、圧電体薄膜をMEMS駆動素子として用いる際には、必要な変位発生力を満たすために、3〜5μmの厚みで圧電体薄膜を成膜しなければならない。このため、圧電体薄膜の成膜方法としては、上述した方法のうち、成膜レートが比較的速いスパッタ法が工業的にはよく用いられている。特に、プラズマを用いたRF(高周波)スパッタ法やマグネトロンスパッタ法は、圧電体薄膜を緻密に成膜できるため、広く用いられている。
【0009】
ところが、スパッタ法では、一般的に、形成される圧電体薄膜とターゲット材料との間で組成ずれが生じやすい。例えば、ターゲット材料として、組成比がPb:(Zr+Ti):O=1:1:3のものを用いてPZT薄膜を成膜する場合、形成されるPZT薄膜は、組成比が上記の比からずれる場合が多い。これは、Pbは、高温成膜時に再蒸発しやすく、PZT薄膜がPb不足となりやすいためである。PZT薄膜がPb不足になると、ペロブスカイト構造のような良好な圧電特性が得られないパイロクロア構造などの異相が形成されてしまう。このように、スパッタ法では、ターゲット材料との組成ずれが生じやすいために、良好な圧電特性を有するペロブスカイト構造の圧電体薄膜を安定して成膜することが困難である。なお、上記の組成ずれは、スパッタ圧(真空度)、ガス流量などのスパッタ条件によって大きく左右される。
【0010】
そこで、例えば特許文献1では、スパッタによる誘電体薄膜(実施例ではPbLaTiO (PLT))の成膜中に、プラズマの発光分析を行って、プラズマの発光スペクトルをモニタすることにより、形成される誘電体薄膜の組成や結晶性等の膜特性を推定するようにしている。そして、プラズマの発光スペクトルに含まれるPb(406nm)のスペクトル強度と、Ti(399nm)のスペクトル強度との比が所定の範囲内に収まるように、成膜条件(例えばAr/Oガス流量比)を調整することにより、ペロブスカイト型の誘電体薄膜の膜特性を向上させ、かつ、誘電体薄膜を再現性よく得るようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6−177042号公報(請求項1〜3、段落〔0005〕、〔0012〕、〔0021〕等参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところが、ペロブスカイト構造の誘電体薄膜として、Pb、TiのほかにZrを含む誘電体薄膜(例えばPZT薄膜)を基板上に成膜する場合、特許文献1の手法をそのまま適用しても、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜することはできない。
【0013】
つまり、特許文献1の手法では、スペクトル強度をモニタしている元素は、PbとTiの2種のみである。このため、上述したようにPbのスペクトル強度とTiのスペクトル強度との比に基づいて成膜条件を調整することで、誘電体薄膜の膜中のPb量や膜の結晶性を制御することはできても、圧電特性に影響の大きいZr/Tiの比をMPB組成となるような比に制御することができない。その結果、圧電特性の高い誘電体薄膜、つまり、ペロブスカイト型で、かつ、Zr/Ti比がMPB組成比に近い誘電体薄膜を安定して成膜することができない。
【0014】
なお、Pbのスペクトル強度とTiのスペクトル強度との比に基づいて成膜条件を調整することにより、成膜されるABO型の誘電体薄膜のAサイトに入るPbとBサイトに入るTiとの組成比を規定することはできても、このことが、同じBサイトに入るZrとTiとの組成比を規定することにはならない。
【0015】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、その目的は、プラズマを用いたスパッタ法によって、Pb、Zr、Tiを含む誘電体薄膜を成膜する場合でも、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる誘電体薄膜の成膜方法と、成膜システムとを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の誘電体薄膜の成膜方法は、プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、Pb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する誘電体薄膜の成膜方法であって、前記誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、前記プラズマの発光分析を行って、前記プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、前記発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiをそれぞれ求め、IPb/(IZr+ITi)の値をPとしたときに、0.4<P<0.7を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御しながら、前記誘電体薄膜を成膜することを特徴としている。
【0017】
誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、プラズマの発光スペクトルに含まれるスペクトル強度をモニタする際に、Pb、Tiのスペクトル強度IPb、ITiだけでなく、Zrのスペクトル強度IZrもモニタし、P=IPb/(IZr+ITi)値が所定の範囲に収まるように誘電体薄膜の成膜条件(例えばスパッタ圧)を制御しながら、誘電体薄膜を成膜する。これにより、誘電体薄膜中のPb量を制御できるのみならず、圧電特性に影響の大きいZr/Tiの比を、MPB(組成相境界)を構成する組成比に近くなるように制御することができる。
【0018】
したがって、プラズマを用いたスパッタ法によって、Pb、Zr、Tiを含む誘電体薄膜を成膜する場合でも、圧電特性の高い誘電体薄膜、つまり、ペロブスカイト型で、かつ、Zr/Ti比がMPB組成比に近い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0019】
本発明の誘電体薄膜の成膜方法において、IZr/ITiの値をPとしたとき、前記誘電体薄膜の成膜開始直後は、1.14<P<1.16を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることが望ましい。
【0020】
=IZr/ITiの値が所定の範囲に収まるように、誘電体薄膜の成膜条件を制御するとともに、上記成膜条件を成膜途中で変動させることにより、それぞれの成膜時期(成膜初期とそれ以降)に応じた最適な条件で誘電体薄膜を成膜することができる。これにより、膜全体として、結晶性が高く(ペロブスカイト型で)、Zr/Ti比がMPB組成比に確実に近い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0021】
本発明の誘電体薄膜の成膜方法において、前記誘電体薄膜の成膜条件を、スパッタ圧を変化させることによって変動させることが望ましい。
【0022】
成膜途中でスパッタ圧(真空度)を変化させることにより、成膜条件を容易に変動させることができる。
【0023】
本発明の誘電体薄膜の成膜方法において、ペロブスカイト結晶を一般式ABOで表したとき、前記誘電体薄膜は、AサイトにPbイオンを含み、BサイトにZrイオンおよびTiイオンを含み、さらに、AサイトおよびBサイトの少なくとも一方に添加物を含み、Aサイトの添加物は、ランタノイド系金属、Sr、Biの少なくともいずれかの金属イオンであり、Bサイトの添加物は、Nb、Mn、Ta、W、Sbの少なくともいずれかの金属イオンであってもよい。
【0024】
PZTに添加物を加えた誘電体薄膜を成膜する場合でも、少なくともPの値が所定の範囲に収まるように成膜条件を制御することにより、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0025】
本発明の誘電体薄膜の成膜方法において、前記誘電体薄膜は、PZTとリラクサ材料との複合体であってもよい。
【0026】
PZTとリラクサ材料との複合体からなる誘電体薄膜を成膜する場合でも、少なくともPの値が所定の範囲に収まるように成膜条件を制御することにより、圧電特性の確実に高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0027】
本発明の成膜システムは、プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、Pb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する成膜装置を備えた成膜システムであって、前記誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、前記プラズマの発光分析を行って、前記プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、前記発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiのそれぞれに対応する信号を出力する発光分析装置と、前記発光分析装置から出力される各信号に基づいて、IPb/(IZr+ITi)の値を演算し、その値をPとしたときに、0.4<P<0.7を満足するように、前記成膜装置における前記誘電体薄膜の成膜条件を制御する制御装置とを備えていることを特徴としている。
【0028】
誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、発光分析装置により、プラズマの発光スペクトルに含まれる、Pb、Zr、Tiの各スペクトル強度IPb、ITiに対応する各信号が出力されると、制御装置は、P=IPb/(IZr+ITi)値が所定の範囲に収まるように、成膜装置における誘電体薄膜の成膜条件(例えばスパッタ圧)を制御する。これにより、誘電体薄膜中のPb量を制御できるのみならず、圧電特性に影響の大きいZr/Tiの比を、MPBを構成する組成比に近くなるように制御することができる。
【0029】
したがって、プラズマを用いたスパッタ法によって、Pb、Zr、Tiを含む誘電体薄膜を成膜する場合でも、圧電特性の高い誘電体薄膜、つまり、ペロブスカイト型で、Zr/Ti比がMPB組成比に近い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0030】
本発明の成膜システムにおいて、前記制御装置は、前記発光分析装置から出力される各信号に基づいて、IZr/ITiの値を演算し、その値をPとしたときに、前記誘電体薄膜の成膜開始直後は、1.14<P<1.16を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることが望ましい。
【0031】
制御装置が、P=IZr/ITiの値が所定の範囲に収まるように、誘電体薄膜の成膜条件を制御するとともに、上記成膜条件を成膜途中で変動させることにより、それぞれの成膜時期に応じた最適な成膜条件で誘電体薄膜を成膜することができる。これにより、結晶性が高く(ペロブスカイト型で)、Zr/Ti比がMPB組成比に確実に近い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0032】
本発明の成膜システムにおいて、前記制御装置は、前記成膜装置におけるスパッタ圧を変化させることにより、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることが望ましい。
【0033】
制御装置がスパッタ圧を変化させることにより、成膜途中で成膜条件を容易に変動させることができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、プラズマを用いたスパッタ法によって、Pb、Zr、Tiを含む誘電体薄膜を成膜する場合でも、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施の一形態の成膜システムの概略の構成を示す説明図である。
【図2】上記成膜システムにおいて、スパッタによってPZT薄膜を成膜するときのプラズマの発光分析によって得られる発光スペクトルを示すグラフである。
【図3】スパッタ圧と、各元素のスペクトル強度を用いて計算されるP=IPb/(IZr+ITi)との関係を示すグラフである。
【図4】O流量と上記Pとの関係を示すグラフである。
【図5】スパッタ圧とZr/Ti発光強度比との関係を示すグラフである。
【図6】(a)〜(c)は、上記PZT薄膜を有する圧電素子の製造工程を示す断面図である。
【図7】実施例1の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示すグラフである。
【図8】実施例2の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示すグラフである。
【図9】比較例1の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示すグラフである。
【図10】PZTの結晶構造を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の実施の一形態について、図面に基づいて説明すれば、以下の通りである。
【0037】
(成膜システムについて)
図1は、本実施形態の成膜システム1の概略の構成を示す説明図である。この成膜システム1は、高周波マグネトロンスパッタ装置である成膜装置2と、発光分析装置3と、制御装置4とを組み合わせて構成されている。
【0038】
成膜装置2は、プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、Pb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する装置であり、真空チャンバ11と、ガス導入装置12と、排気装置13と、高周波電源14とを備えている。
【0039】
ガス導入装置12は、ArガスおよびOガスを真空チャンバ11内に導入するものである。排気装置13は、真空チャンバ11内のガスを排気して減圧するものである。この排気装置13により、真空チャンバ11内の真空度、つまり、スパッタ圧が調整される。高周波電源14は、プラズマを生成するための高周波電力を基板15とターゲット18との間に供給するものである。
【0040】
真空チャンバ11内には、基板15が配置されている。基板15は、基板ホルダー16によって保持されている。基板ホルダー16に対して基板15とは反対側には、基板15を所望の温度に加熱するためのヒーター17が配置されている。
【0041】
また、真空チャンバ11内において、基板15と対向する位置には、スパッタ材料としてのターゲット18が配置されている。このターゲット18は、平板状の支持部材19で支持されている。また、支持部材19に対してターゲット18とは反対側には、磁石20が配置されている。磁石20は、真空チャンバ11内にプラズマを捕捉する磁場を形成して、基板15とターゲット18との間に高密度のプラズマを発生し、維持するために設けられている。磁石20は、一対の支持部材19・21によって挟持されている。ターゲット18、支持部材19、磁石20および支持部材21は、全体としてカソードを構成しており、このカソードに上記した高周波電源14が整合器(図示せず)を介して接続されている。なお、真空チャンバ11は接地されている。
【0042】
また、真空チャンバ11の側壁には、石英などからなる透明なガラス窓22が設けられている。真空チャンバ11内で発生するプラズマが発する光(プラズマ光)は、このガラス窓22を透過して発光分析装置3に導かれる。
【0043】
発光分析装置3は、上記した成膜装置2での誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、プラズマの発光分析を行って、プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、その発光スペクトルに含まれる、Pb、Zr、Tiの各スペクトル強度を求める装置であり、コリメータレンズ31と、発光分析部32とを備えている。発光分析部32は、分光器33と、フォトダイオード(PD)34と、A/D(analog-to-digital)変換器35とを備えている。
【0044】
コリメータレンズ31は、成膜装置2のガラス窓22の近傍に配置されており、真空チャンバ11内で発生したプラズマのうちで、発光分析の対象となるプラズマの位置(モニタ位置)を特定するために設けられている。つまり、真空チャンバ11内で発生したプラズマのうち、所定の領域のプラズマが発する光のみがコリメータレンズ31に入射する。なお、上記した所定の領域とは、コリメータレンズ31の光軸を含む光束であってコリメータレンズ31に入射可能な平行光束を考えた場合に、この平行光束と重なる領域を考えることができる。コリメータレンズ31に入射したプラズマ光は、ファイバ31aを介して発光分析部32の分光器33に入射する。
【0045】
分光器33は、入射光を波長ごとに分光するものであり、例えば回折格子で構成されている。フォトダイオード34は、分光器33にて分光された光の強度を検出するとともに、検出した光の強度に応じた信号(アナログ信号)を出力するものであり、波長ごとに光の強度を検出して出力できるように複数設けられている。A/D変換器35は、フォトダイオード34から出力されるアナログ信号をデジタル信号に変換し、制御装置4に出力する。
【0046】
このように、プラズマ光を分光器33で分光し、フォトダイオード34にて波長ごとに光の強度を検出することにより、プラズマが発する光の波長と強度との関係を示す発光スペクトルを得ることができる。図2は、スパッタによってPZT薄膜を成膜するときに、真空チャンバ11内の全圧(スパッタ圧)を0.3Pa、0.8Pa、1.5Paに変化させたときに得られる発光スペクトルを示している。なお、図2の縦軸の発光強度は、フォトダイオード34における特定波長の光の1秒当たりの受光回数(カウント数(count/sec))で示している。なお、図2において、全圧以外のスパッタ条件は、Ar流量;30sccm、O流量;0.4sccm、ターゲットに印加するRFパワー;500W、基板温度;RT(room temperature)、である。
【0047】
ここで、発光スペクトルに含まれる、各元素(Pb、Zr、Ti)のスペクトル強度と、成膜されるPZT薄膜に含まれる各元素量の比(組成比)との間に相関があることが、後述の考察によってわかっている。つまり、図2に示すように、成膜条件(例えばスパッタ圧)の変動によって、発光スペクトルに含まれる各元素のスペクトル強度が変化すると、成膜されるPZT薄膜に含まれる各元素の量も変化し、PZT薄膜の結晶構造や組成比も変化する。したがって、発光スペクトルをモニタしながら成膜条件を変動させることにより、成膜されるPZT薄膜の各元素量を制御して、結晶構造や組成比を制御することができる。
【0048】
なお、成膜中に発生するプラズマ中にPbイオン、Zrイオン、Tiイオンが含まれると、プラズマの発光スペクトルの波長406nm、468nm、453nmにおいて、Pb、Zr、Tiに対応するスペクトル強度が得られる。以下では、各スペクトル強度のことを、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiとも称する。このような各スペクトル強度IPb、IZr、ITiに対応する信号は、A/D変換器35から制御装置4に出力されることになる。
【0049】
制御装置4は、発光分析装置3から出力される各信号に基づいて、成膜装置2における誘電体薄膜の成膜条件を制御する装置であり、例えばパーソナルコンピュータで構成されている。具体的には、制御装置4は、演算部41と、制御部42とを有して構成されている。
【0050】
演算部41は、発光分析装置3から出力される各信号に基づいて、P=IPb/(IZr+ITi)の値およびP=IZr/ITiの値を演算する。制御部42は、演算部41での演算結果に基づいて、成膜条件を制御する。制御部42による成膜条件の制御は、例えば、成膜装置2の排気装置13に対して行われる。つまり、制御部42は、成膜装置2における誘電体薄膜の成膜中に、排気装置13に対して排気バルブを調節するための制御信号を出力する。これにより、成膜条件として、真空チャンバ11内のスパッタ圧を制御することができる。なお、制御装置4は、ガス導入装置12(OやArのガス導入量)や高周波電源14(ターゲット18に印加するRFパワー)を制御することによって、成膜条件を制御するようにしてもよい。
【0051】
(スペクトル強度と膜中の元素量との相関についての考察)
図3は、真空チャンバ11内の全圧(スパッタ圧)を成膜中に変化させてPZT薄膜を成膜した場合に、発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiを用いて計算した、P=IPb/(IZr+ITi)の値を、スパッタ圧ごとにプロットしたグラフを示している。なお、図3において、全圧以外のスパッタ条件は、Ar流量;25sccm、O流量;0.6sccm、ターゲットに印加するRFパワー;400W、基板温度;500℃、である。
【0052】
の値が0.4以下となるスパッタ圧(1Pa以上)では、膜の組成ずれが生じたためにパイロクロア相が検出され、ペロブスカイト単相の膜が得られなかった。ちなみに、スパッタ圧の下限は、装置の制約上、0.3Paとなっている。
【0053】
なお、成膜されたPZT薄膜の結晶構造は、XRD(X線回折)の2θ/θ測定での結果に基づいて判断することができる。XRDの2θ/θ測定とは、X線をサンプルに対して水平方向からθの角度で(結晶面に対してθの角度で)入射させ、サンプルから反射して出てくるX線のうち、入射X線に対して2θの角度のX線を検出することで、θに対する強度変化を調べる手法である。X線による回折では、ブラッグの条件(2dsinθ=nλ(λ:X線の波長、d:結晶の原子面間隔、n:整数))を満足するときに回折強度が高くなるが、そのときの結晶の面間隔(格子定数)と上記の2θとは対応関係にある。したがって、回折強度が高くなる2θの値に基づいて、X線が入射したサンプルの結晶構造を把握することができる。
【0054】
また、図4は、成膜中にO流量を変化させてPZT薄膜を成膜した場合に、上記と同様に計算したPの値を、O流量ごとにプロットしたグラフを示している。なお、図4において、O流量以外のスパッタ条件は、Ar流量;25sccm、スパッタ圧;0.6Pa、ターゲットに印加するRFパワー;400W、基板温度;500℃、である。Pの値が0.7以上となるO流量(0.8sccm以上)では、膜の組成ずれが生じたためにパイロクロア相が検出され、ペロブスカイト単相の膜が得られなかった。
【0055】
以上より、各元素の発光スペクトル強度IPb、IZr、ITiを用いて計算したPの値が一定の範囲内にある、すなわち、0.4<P<0.7を満足する場合に、パイロクロア等の異相が含まれない、ペロブスカイト単相の結晶が得られることが明らかとなった。
【0056】
さらに、図5は、全圧(スパッタ圧)とZr/Ti発光強度比との関係を示すグラフである。なお、図5における全圧以外のスパッタ条件は、Ar流量;30sccm、O流量;0.4sccm、ターゲットに印加するRFパワー;500W、基板温度;500℃、である。
【0057】
ここで、Zr/Ti発光強度比とは、Zr(468nm)のスペクトル強度IZrと、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiとを用いて、P=IZr/ITiを演算したときのPの値である。同図より、スパッタ圧を制御することで、ターゲットからスパッタリングされて飛び出す材料元素中のZrとTiとの比率を制御できることが明らかとなった。
【0058】
ここで、一般に、PZT中のZr比率が多くなると、ペロブスカイトの結晶核が得られにくく、Ti比率が多くなると、PZTが結晶化しやすい(ペロブスカイト構造となりやすい)。このため、PZTの成膜初期は、Ti比率が多くなる条件で成膜することにより、成膜初期から結晶性の高い膜を成膜することができる。しかし、このままでは、PZTの結晶性は良くても、Zr/Ti比がMPB組成比から外れてしまい、高い圧電特性を持つ膜を成膜することができない。一方、結晶性の高いペロブスカイト結晶の膜の上にさらに膜を形成する場合には、さらに形成される膜にZrが多く含まれていても、結晶性の高いペロブスカイト構造の膜が得られる。
【0059】
したがって、初期の膜を成膜した後に、Zr/Ti比が圧電特性の高いMPB組成比に近くなるように、成膜条件を制御することにより(成膜途中で成膜条件を変動させることにより)、3〜5μmの膜厚全体にわたって圧電特性の高いPZT薄膜を得ることができる。実際に、PZT薄膜の成膜開始直後は、1.14<P<1.16を満足するように、PZT薄膜の成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように、PZT薄膜の成膜条件を変動させると、ペロブスカイト型で、Zr/Ti比がMPB組成比に近いPZT薄膜を成膜できることがわかった。
【0060】
なお、実際に成膜されたPZT薄膜におけるZr/Ti比は、EDX(Energy dispersive X-ray spectrometry)という手法によって調べることができる。EDXは、エネルギー分散型X線分析と呼ばれ、電子ビームで物体を走査した際に発生する特性X線を検出し、そのX線から得られるエネルギーの分布から物体の構成物質を調べる分析手法である。
【0061】
(圧電素子の製造方法について)
次に、誘電体薄膜としてのPZT薄膜の成膜方法について説明する前に、そのPZT薄膜を有する圧電素子の製造方法について説明する。
【0062】
図6(a)〜図6(c)は、圧電素子の製造工程を示す断面図である。まず、図6(a)に示すように、厚さ400μm程度の単結晶Siウェハからなる基板51に、例えば厚さ100nm程度のSiOからなる熱酸化膜52を形成する。なお、基板51としては、厚さが300μm〜725μm、直径が3インチ〜8インチなどの標準的なものを用いればよい。また、熱酸化膜52は、ウェット酸化用熱炉を用い、基板51を酸素雰囲気中で1200℃程度の高温にさらすことで形成可能である。
【0063】
次に、図6(b)に示すように、熱酸化膜52上に、厚さ20nm程度のTiからなる密着層と、厚さ100nm程度のPt電極層とを順に形成する。この密着層およびPt電極層をまとめて下部電極53と呼ぶこととする。TiおよびPtは、例えばスパッタ法により成膜する。このときのTiのスパッタ条件は、Ar流量;20sccm、圧力;0.4Pa、ターゲットに印加するRFパワー;200Wであり、Ptのスパッタ条件は、Ar流量;20sccm、圧力;0.4Pa、ターゲットに印加するRFパワー;150W、基板温度;530℃である。Ptは、その自己配向性により(111)配向を有する膜となるが、Pt上に成膜するPZT薄膜の膜質に影響するため、高い結晶性を持つことが望ましい。
【0064】
なお、Tiは、後工程(例えばPZT薄膜の形成など)で高温にさらすと、Pt膜内に拡散して、Pt層の表面にヒロックを形成し、PZT薄膜の駆動電流のリークや、PZTの配向性劣化などの不具合を生じる恐れがある。そこで、これら不具合の防止のために、密着層をTiではなく、TiOxとしてもよい。なお、TiOxは、Tiのスパッタ時に酸素を導入し、反応性スパッタによる成膜によって形成することもできるし、Ti成膜後にRTA(Rapid Thermal Annealing)炉により酸素雰囲気中で700℃程度の加熱を行うことで形成することもできる。
【0065】
そして、図1に示した成膜システム1を利用し、図6(c)に示すように、Pt付き基板51上に、スパッタ法により、誘電体薄膜としてのPZT薄膜54を成膜する。最後に、図示はしないが、PZT薄膜54上に、例えばTiおよびAuを順にスパッタ法で成膜し、上部電極を形成することで、圧電素子が完成する。
【0066】
(PZT薄膜の成膜方法について)
次に、上記した考察を踏まえて、誘電体薄膜としてのPZT薄膜の成膜方法について、実施例1および2として説明する。また、実施例1との比較のため、比較例についても併せて説明する。
【0067】
<実施例1>
まず、図1で示した成膜装置2の真空チャンバ11内に、上記したPt付き基板51を基板15として基板ホルダー16に設置するとともに、支持部材19上にスパッタのターゲット18を設置する。ここで、ターゲット18としては、Zr/Tiのモル比がMPB組成比である52/48となっているPZTを用いた。
【0068】
続いて、成膜装置2にて、スパッタによる基板15上へのPZT薄膜の成膜を開始する。このときのスパッタ条件は、Ar流量;25sccm、O流量;0.6sccm、スパッタ圧;0.6Pa、基板温度;500℃、ターゲットに印加するRFパワー;400W、である。なお、このスパッタ条件は、予備実験で予め得られたものであり、P=IPb/(IZr+ITi)の値が0.60となるようなスパッタ条件である。
【0069】
次に、発光分析装置3は、成膜装置2でのスパッタによる成膜中に発生するプラズマの光をガラス窓22を介して受光して、プラズマの発光分析を行い、プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、上記発光スペクトルに含まれる各スペクトル強度IPb、IZr、ITiに対応する信号を制御装置4に出力する。制御装置4は、上記各信号に基づいて、P=IPb/(IZr+ITi)の値を演算するとともに、PZT薄膜の成膜中に、そのPの値が0.6を保つように、成膜装置2の排気装置13の排気バルブを調節してスパッタ圧を制御する。このような成膜条件の制御により、厚さが4μmのPZT薄膜を成膜した。なお、成膜中のP=IZr/ITiの値を制御装置4にて求めたところ、1.15であった。
【0070】
図7は、実施例1の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示している。同図より、実施例1では、ペロブスカイト単相の、結晶性が良好なPZT薄膜が得られていることがわかる。また、PZT薄膜におけるZr/Ti比をEDXによって調べたところ、Zr/Ti比は、MPB組成比に近い50:50であることがわかった。このPZT薄膜の圧電定数d31をカンチレバー法で測定したところ、|d31|=150pm/Vであり、圧電特性は良好であった。
【0071】
<実施例2>
実施例2では、実施例1と同様のターゲット18を用い、成膜装置2にてスパッタによる基板15上へのPZT薄膜の成膜を開始する。このときのスパッタ条件は、Ar流量;30sccm、O流量;0.4sccm、スパッタ圧;0.9Pa、基板温度;500℃、ターゲット18に印加するRFパワー;500W、である。
【0072】
発光分析装置3は、成膜装置2での成膜中に発生するプラズマの発光分析を行い、発光スペクトルを取得するとともに、上記発光スペクトルに含まれる各スペクトル強度IPb、IZr、ITiに対応する信号を制御装置4に出力する。制御装置4は、上記各信号に基づいて、P=IPb/(IZr+ITi)およびP=IZr/ITiの値を演算するとともに、Pの値が、0.4<P<0.7の範囲に収まり、かつ、P=IZr/ITiの値が、成膜開始直後は1.15程度で、その後の成膜では1.22程度となるように、スパッタ圧を制御する。このようなスパッタ条件の制御により、厚さ4μmのPZT薄膜を形成した。なお、スパッタ圧は、成膜開始直後は上記したように0.9Paであり、成膜開始から約5分後に0.3Paとなるよう制御した。
【0073】
図8は、実施例2の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示している。同図より、実施例2においても、ペロブスカイト単相の、結晶性が良好なPZT薄膜が得られていることがわかる。また、PZT薄膜におけるZr/Ti比をEDXによって調べたところ、Zr/Ti比は、MPB組成比を構成する52:48であることがわかった。このPZT薄膜の圧電定数d31を測定した結果、|d31|=190pm/Vであり、圧電特性は非常に良好であった。
【0074】
<比較例1>
比較例1では、実施例1と同様のターゲット18を用い、成膜装置2にてスパッタにより基板15上にPZT薄膜を成膜するとともに、発光分析装置3により、成膜中に発生するプラズマの発光分析を行い、P=IPb/(IZr+ITi)の値が、0.9程度となるように、スパッタ条件を設定し、PZT薄膜を形成した。なお、このときの具体的なスパッタ条件は、Ar流量;25sccm、O流量;1.2sccm、スパッタ圧;0.6Pa、基板温度;500℃、ターゲット18に印加するRFパワー;400Wであった。
【0075】
図9は、比較例1の成膜方法で成膜したPZT薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行った結果を示している。同図より、比較例1のPZT薄膜では、膜中にペロブスカイト相とパイロクロア相とが混在していることがわかる。また、PZT薄膜のペロブスカイト相におけるZr/Ti比をEDXによって調べたところ、Zr/Ti比は、MPB組成比とは異なる比であり、ペロブスカイト相の結晶性も悪いことがわかった。さらに、このPZT薄膜の圧電定数d31を測定した結果、|d31|=110pm/Vであり、実施例1および2のPZT薄膜と比較して、特性が悪いことがわかった。
【0076】
(まとめ)
以上のように、実施例1および2では、誘電体薄膜としてのPZT薄膜のスパッタによる成膜中に、プラズマの発光分析を行い、プラズマの発光スペクトルに含まれるスペクトル強度をモニタする際に、Pb、Tiのスペクトル強度IPb、ITiだけでなく、Zrのスペクトル強度IZrもモニタし、IPb/(IZr+ITi)の値をPとしたときに、0.4<P<0.7を満足するように、PZT薄膜の成膜条件を制御しながら、PZT薄膜を成膜している。
【0077】
このようにPの値を見ることにより、成膜されるABO型のPZT薄膜のAサイトに入る元素(Pb)とBサイトに入る元素(ZrおよびTi)との組成比を調節しながら、同じBサイトに入るZrとTiとの組成比を調節することが可能となる。したがって、Pの値が所定の範囲に収まるように成膜条件を制御することにより、PZT薄膜中のPb量をペロブスカイト構造が得られるように制御できるのみならず、圧電特性に影響の大きいZr/Ti比を、MPB組成比に近くなるように制御することができる。
【0078】
その結果、一般に、プラズマを用いたスパッタ法では、形成されるPZT薄膜とターゲット材料との間で組成ずれが生じやすいが、そのような組成ずれが生じやすい成膜方法でPZT薄膜を成膜する場合でも、ペロブスカイト型で、かつ、Zr/Ti比がMPB組成比に近い、すなわち、圧電特性の高いPZT薄膜を安定して成膜することができる。
【0079】
また、スパッタ法は非平衡プロセスであり、Si基板等、PZTと結晶構造が異なる基板上にPZT薄膜を成膜する場合には、成膜初期とそれ以降とで、膜が成長するための最適な条件が異なる。そのため、通常は、膜全体の中で大部分を占める、後半の膜成長に最適な条件で成膜を行うが、そのような条件で成膜すると、成膜初期に結晶性の低いPZT薄膜が形成される。
【0080】
しかし、実施例2のように、IZr/ITiの値をPとして、PZT薄膜の成膜初期は、1.14<P<1.16を満足するように成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように成膜条件を変動させることにより、成膜初期とそれ以降との両方において、各成膜時期に応じた最適な成膜条件でPZT薄膜を成膜することができる。これにより、膜全体として、結晶性が高く(ペロブスカイト型で)、Zr/Ti比がMPB組成比に確実に近い(MPB組成比と同等の)PZT薄膜を安定して成膜することができる。
【0081】
また、実施例2のように、PZT薄膜の成膜途中で成膜条件を変動させる際に、成膜条件としてスパッタ圧を変化させることにより、成膜条件を容易に変動させることができる。
【0082】
(誘電体薄膜の構成材料について)
本実施形態では、誘電体薄膜の構成材料として、PZTを例に挙げて説明したが、このPZTに限定されるわけではない。例えば、ペロブスカイト結晶を一般式ABOで表したときに、誘電体薄膜は、AサイトにPbイオンを含み、BサイトにZrイオンおよびTiイオンを含み、さらに、AサイトおよびBサイトの少なくとも一方に添加物を含んでいてもよい。
【0083】
このとき、Aサイトの添加物としては、例えば、NdやLaを含むランタノイド系金属、Sr、Biの少なくともいずれかの金属イオンを考えることができる。また、Bサイトの添加物としては、例えば、Nb、Mn、Ta、W、Sbの少なくともいずれかの金属イオンを考えることができる。このような添加物をPZTに加えた誘電体薄膜としては、例えば、PLZT((Pb,La)(Zr,Ti)O)、PSZT((Pb,Sr)(Zr,Ti)O)、PNZT(Pb(Zr,Ti,Nb)O)などがある。
【0084】
このように、PZTに添加物を加えた誘電体薄膜を成膜する場合でも、実施例1および2のように、少なくともPの値(より望ましくはPおよびPの値)が所定の範囲に収まるように成膜条件を制御することにより、圧電特性の高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【0085】
また、PZTのZr、Tiの元素をMg、Nbに置き換えたPMN(マグネシウムニオブ酸鉛)や、Znに置き換えたPZN(亜鉛ニオブ酸鉛)などのリラクサ材料は、PZTよりもさらに大きな圧電特性を持つことが知られている。そこで、誘電体薄膜は、PZTにリラクサ材料を加えた複合体で構成されてもよい。この場合でも、少なくともPの値(より望ましくはPおよびPの値)が所定の範囲に収まるように成膜条件を制御することにより、圧電特性の確実に高い誘電体薄膜を安定して成膜することができる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によって成膜した誘電体薄膜は、例えばMEMS用アクチュエータ(インクジェットプリンタやプロジェクタのアクチュエータ)、MEMSセンサ(焦電センサ、超音波センサ)、周波数フィルタ、不揮発性メモリに利用可能である。
【符号の説明】
【0087】
1 成膜システム
2 成膜装置
3 発光分析装置
4 制御装置
15 基板
54 PZT薄膜(誘電体薄膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、Pb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する誘電体薄膜の成膜方法であって、
前記誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、前記プラズマの発光分析を行って、前記プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、前記発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiをそれぞれ求め、IPb/(IZr+ITi)の値をPとしたときに、0.4<P<0.7を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御しながら、前記誘電体薄膜を成膜することを特徴とする誘電体薄膜の成膜方法。
【請求項2】
Zr/ITiの値をPとしたとき、前記誘電体薄膜の成膜開始直後は、1.14<P<1.16を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることを特徴とする請求項1に記載の誘電体薄膜の成膜方法。
【請求項3】
前記誘電体薄膜の成膜条件を、スパッタ圧を変化させることによって変動させることを特徴とする請求項2に記載の誘電体薄膜の成膜方法。
【請求項4】
ペロブスカイト結晶を一般式ABOで表したとき、前記誘電体薄膜は、AサイトにPbイオンを含み、BサイトにZrイオンおよびTiイオンを含み、さらに、AサイトおよびBサイトの少なくとも一方に添加物を含み、
Aサイトの添加物は、ランタノイド系金属、Sr、Biの少なくともいずれかの金属イオンであり、
Bサイトの添加物は、Nb、Mn、Ta、W、Sbの少なくともいずれかの金属イオンであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の誘電体薄膜の成膜方法。
【請求項5】
前記誘電体薄膜は、PZTとリラクサ材料との複合体であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の誘電体薄膜の成膜方法。
【請求項6】
プラズマを用いたスパッタ法により、基板上に、Pb、Zr、Tiを含むペロブスカイト型の誘電体薄膜を成膜する成膜装置を備えた成膜システムであって、
前記誘電体薄膜のスパッタによる成膜中に、前記プラズマの発光分析を行って、前記プラズマの発光スペクトルを取得するとともに、前記発光スペクトルに含まれる、Pb(406nm)のスペクトル強度IPb、Zr(468nm)のスペクトル強度IZr、Ti(453nm)のスペクトル強度ITiのそれぞれに対応する信号を出力する発光分析装置と、
前記発光分析装置から出力される各信号に基づいて、IPb/(IZr+ITi)の値を演算し、その値をPとしたときに、0.4<P<0.7を満足するように、前記成膜装置における前記誘電体薄膜の成膜条件を制御する制御装置とを備えていることを特徴とする成膜システム。
【請求項7】
前記制御装置は、前記発光分析装置から出力される各信号に基づいて、IZr/ITiの値を演算し、その値をPとしたときに、前記誘電体薄膜の成膜開始直後は、1.14<P<1.16を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を制御し、その後、1.20<P<1.24を満足するように、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることを特徴とする請求項6に記載の成膜システム。
【請求項8】
前記制御装置は、前記成膜装置におけるスパッタ圧を変化させることにより、前記誘電体薄膜の成膜条件を変動させることを特徴とする請求項7に記載の成膜システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−87323(P2013−87323A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228494(P2011−228494)
【出願日】平成23年10月18日(2011.10.18)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】