説明

調合香料組成物の調製方法

【課題】基本調合香料組成物対象物を水に賦香して飲食した際に感じる香りを、実際に乳化物を含む基材に賦香して飲食した時に再現する香料を調合するために、機器分析で得たデータに基づき、香料の組成を簡便に補正する方法を提供すること。
【解決手段】乳化物を含む基材に適合する調合香料組成物の調整方法であって、基本調合香料組成物を乳化物を含まない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合のそれぞれのPTR−MSによる成分分析の結果に基づいて、基本調合香料組成物の組成比を補正することを特徴とする基材に適合する調合香料組成物の調製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は調合香料組成物の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的には、調合香料組成物を調製する作業は「調香」とも呼ばれ、調香師はそのイメージする目標の香気を容器内で調合し、その調合物の香気を匂い紙(6mm×150mm程度の濾紙)の片端に付着させてそれを鼻で嗅ぎ、また、容器の口から揮発する香気を直接鼻で嗅ぎ、その香気を確認しながら調合を行っていく。さらに、このようにして得られた調香師のイメージに合致する調合香料組成物を、水に添加し、口に含んでその香気を確認し、実際の製品に賦香した際の香気再現の参考とする。しかしながら、鼻で嗅いだり、水に賦香して口に含んだ際に目標とする香気を再現していると感じられた調合香料組成物を、実際にその調合香料組成物が添加される最終製品と類似の基材(例えばアイスクリームなど)に添加して食した場合、目標とする香りと異なって感じる場合が多々ある。また、これと同様な現象として、乳化香料用向けに調合香料組成物を調製した場合、その調合香料組成物を乳化して得られたものの香気が、初めに調製した調合香料組成物の香気のイメージと大きく異なってしまう場合が多々ある。このように調合香料組成物は添加する基材により香気に違いが感じられるため、香気バランスの補正が必要となる。従来、この補正の方法としては実際に基材に調合香料組成物を添加して官能評価を行い、微調整を繰り返すという方法をとっていたが、非常に時間と労力を要する方法であった。
【0003】
一方、油脂や乳化系からの香気のリリースに関してはすでにある程度の研究がなされており、例えば、非特許文献1では、エチルヘキサノエート、サイメンおよびオクタノールについて、乳化系からのリリース量を、その乳化系に使用した油脂や乳化剤、乳化助剤などの溶液からのリリース量を測定し、乳化系からのリリース量に与える影響について報告している。
【0004】
また、非特許文献2では、極性の高い香料化合物から極性の低い香料化合物まで18品の化合物について極性(logP:水/オクタノール分配係数)と、水溶液からのリリース量とエタノール溶液からのリリース量の差についてAPCI−MSを用いて調べ、報告している。
【0005】
また、非特許文献3ではホエイ蛋白と油脂を用いたO/W型乳化系からのエチルヘキサノエートのリリース量と、乳化系中の油脂含量、ホエイ蛋白含量、エチルヘキサノエート含量との関係について報告している。
【0006】
また、非特許文献4では、ヒトが飲食物を咀嚼した際に、咀嚼中に飲食品が唾液と混合し、さらに喉に送り込まれる際、この飲食の過程において飲食物から放出される香気が後鼻腔を経て鼻腔に抜ける際に知覚される香気(レトロネイザル)と、乳化系からの香気成分リリースとの関係について報告している。
【0007】
しかしながら、これらのような研究に係わらず、香料を賦香した飲食物をヒトが実際に飲食した際に感じる香気再現を目的とした開発例は少なく、例えば、分析対象物である匂い物質を嗅ぎガスクロマトグラフィーにより分析し、匂い物質中の揮発性成分の定性分析を行うとともに、アロマ エキストラクト ダイリュージョン アナリシス(AEDA)により、各揮発性成分のフレーバー ダイリューション ファクター(FDファクター)(Fn)を算出し、これら各揮発性成分のFDファクターを各揮発性成分の固有閾値(Tn)で積して各揮発性成分のFD値(Fn×Tn)を求めて、各揮発性成分の量を算出することを特徴とする香気成分分析方法(特許文献1)、基剤に人工唾液を含有する口腔内モデル環境溶液と、人工唾液を含有しない非口腔内環境溶液に香料組成物を投入し、揮散する香気成分をそれぞれ捕集して成分分析し、両者の差異から補正係数を算出して香料組成物の組成比を補正する香料の調合方法(特許文献2)等が開示されている程度である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−325116号公報
【特許文献2】特開2007−236233号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.Agric.Food Chem.,50,1985−1990,(2002)
【非特許文献2】J.Agric.Food Chem.,53,8328−8333,(2005)
【非特許文献3】J.Food Sci.,72(2),S125〜S129,(2007)
【非特許文献4】日本調理科学会誌 Vol.41,No.2,84〜92,(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記のように香料組成物を水に賦香して飲食した場合の香りと、基剤に同じ香料組成物を賦香して飲食したときに感じる香気に違いがあること、また、乳化香料用向けの調合香料組成物を乳化して得られた乳化香料の香気が、初めに調合した調合香料組成物の香気のイメージと大きく異なってしまう場合があることは知られていた。従来、この違いを補正する方法としては、基材に実際に香料組成物を添加したり、乳化香料を調整し官能評価して微調整を重ねるというものであり繁雑な作業を伴うものであった。本発明の目的は、基本調合香料組成物を匂い紙に付着させて嗅いだり、水に賦香して口に含んだ際に感じる香りを、実際に基材に賦香して飲食した時に再現することができる調合香料組成物を調製するために、機器分析で得たデータに基づき、基本調合香料組成物の組成を簡便に補正する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前述の先行技術における乳化系からの香料化合物のリリースに関する研究を実際の調合香料組成物の調製方法の開発に結びつけることができないかを鋭意研究し、PTR−MS(proton transfer reaction−mass spectrometers:プロトン移動反応質量分析計)が香料化合物のリリース量を経時的に連続的に測定できることに着目した。PTR−MSにより香料化合物の乳化系からのリリース量測定を行うことは一般的に行われていることであるが、その比較対象として、乳化系から乳化物を除いた系を用い、乳化物を含まない基材からのリリース量を用いることは従来知られていない。そこで、まず初めに調香師がそのまま、あるいは、水に賦香した場合に目標とするイメージを再現する基本調合香料組成物を調製し、基本調合香料組成物を構成する香料化合物を乳化物を含有しない基材に添加したときの香気化合物のリリース量と前記基材に乳化物を加えた基材に添加したときの香気化合物のリリース量を測定し、その両者の比を補正係数として基本調合香料組成物の処方を補正することで、乳化系に適合する調合香料組成物が調製できることを見出し、本願発明を完成するに至った。
かくして本発明は、乳化物を含有する基材に適合する調合香料組成物の調製方法であって、基本調合香料組成物を乳化物を含有しない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合のそれぞれのPTR−MSによる成分分析の結果に基づいて、基本香料組成物の組成比を補正することを特徴とする基材に適合する調合香料組成物の調製方法を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、基本調合香料組成物を構成する単独の香料化合物について乳化物を含まない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合の香料化合物のリリース量を測定し、乳化物を含有しない基材からのリリース量と前記基材に乳化物を加えた基材からのリリース量の比を補正係数とすることを特徴とする前記の調合香料組成物の調製方法を提供するものである。
さらに、本発明では前記の方法により補正された組成比に従って調製された調合香料組成物が提供される。
【0013】
さらにまた、本発明は、乳化香料用調合香料組成物の調製方法であって、基本調合香料組成物を乳化せずに水に希釈した場合と、乳化した後、水に希釈した場合のそれぞれのPTR−MSによる成分分析の結果に基づいて、基本調合香料組成物の組成比を補正することを特徴とする乳化香料用調合香料組成物の調製方法を提供するものである。
【0014】
また、さらに、本発明は基本調合香料組成物を構成する単独の香料化合物について乳化せずに水に希釈した場合と、乳化した後、水に希釈した場合の香料化合物のリリース量を測定し、乳化せずに水に希釈した場合のリリース量と乳化した後水に希釈した場合のリリース量の比を補正係数とすることを特徴とする前記の乳化香料用調合香料組成物の調製方法を提供するものである。
【0015】
さらに、本発明では前記の方法により補正された組成比に従って調製された乳化香料用調合香料組成物を乳化することにより得られる乳化香料を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法を利用すると、基材に賦香し、飲食した際に口腔内で感じる香気を、補正前の香料組成物を鼻で嗅いだり水に賦香して飲食したときの香りと、簡便な方法にて一致させることができる。
【0017】
また、調合香料組成物を乳化香料としたときの香気を、乳化前の調合香料組成物の香気と、簡便な方法にて一致させることができる。
【0018】
これにより、従来方法である官能評価と調合香料組成物の各化合物の組成比の微調整を繰り返す方法と比べて、格段に作業効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1はエチルブチレートを水および50%牛乳水溶液に添加し、それぞれの溶液からのエチルブチレートのリリース量をPTR−MSで測定したときの、リリース量の経時変化を示す図である(実施例1)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の乳化物を含有する基材に適合する調合香料組成物の調製方法についてさらに詳細に説明する。
本発明は、調合香料組成物が賦香された飲食品をヒトが実際に飲食した際に感じる飲食品からの調合香料組成物を構成するそれぞれの香料化合物の香気リリースのバランスを、調合香料組成物における構成成分のバランスを補正することで、実際に飲食したときの香気イメージとして最適化する方法である。
【0021】
本発明における基本調合香料組成物とは通常の調香方法により調製された調合香料組成物を指し、例えば、調香師のイメージする目標の香気を容器内で調合し、その調合物の香気を匂い紙(6mm×150mm程度の濾紙)の片端に付着させてそれを鼻で嗅ぎ、また、容器の口から揮発する香気を直接鼻で嗅ぎ、その香気を確認しながら調合が行われ、その結果得られた調合香料組成物を指す。またこの際、このようにして調香して得られた調合香料組成物を、水に添加し、口に含んでその香気を確認し、実際の製品へ賦香した際の香気再現の参考とするが、水への賦香を基準に調香された調合香料組成物も含まれる。
【0022】
基本調合香料組成物を調製するに際して使用することのできる香料化合物は特に制限はなく、例えば各種の合成香料を配合することができ、例えば、「特許庁公報、周知慣用技術集(香料)第II部食品香料,P125−130,平成12年1月14日発行」、「特許庁公報、周知慣用技術集(香料)第III部香粧品用香料,平成13年6月15日発行」香料化学総覧,1,2,3[奥田治著 廣川書店出版]、Perfume and flavor Chemicals,1,2[Steffen Arctander著]、合成香料[印藤元一著 化学工業日報社出版]、特開2005−15686「フルーツ様香料組成物」、特開2005−143467「茶フレーバー組成物」、特開2006−20526「コーヒーフレーバー組成物および該フレーバー組成物を含有する飲食品類」、特開2006−121958「ココア様香料組成物」などに記載の合成香料などを挙げることができる。また、その一部に天然香料を配合してもかまわず、前記文献中に記載の各種天然香料素材も使用することができ、これらを任意に組み合わせて混合し基本調合香料組成物を調合することができる。
【0023】
本発明における基材とは、調合香料組成物が実際に賦香されることが予定されている、乳化物を含有する飲食物および香粧品類を指し、香料が実際に賦香される可能性があるものであれば、乳化物を含有するあらゆる飲食物および香粧品類が含まれる。
【0024】
乳化物とは水溶性液体と油溶性液体のように互いに混和しない2つの液体が、一方の液体中にもう一方が微粒子状になって均一分散し、乳濁している組成物を指し、通常は界面活性作用を有する物質を介在して分散している。このような乳化物の代表的なものとしては、牛乳、豆乳、マヨネーズ、(以上、O/W型エマルジョン)、バター、マーガリン(以上、W/O型エマルジョン)などが挙げられる。
【0025】
乳化物を含有する飲食物としては、例えば、ソース、ドレッシング、マヨネーズ、などの調味料類、スポーツドリンク、乳性飲料、栄養ドリンク、乳飲料、乳酸菌飲料、豆乳飲料などの嗜好性飲料類、バター、マーガリン、ショートニング、スナックチーズ、プロセスチーズ、デイリースプレッドなどの乳加工品類、アイスクリーム、アイスミルクなどの冷菓類、ヨーグルト、プリン、デイリーデザートなどの冷菓類、キャラメル、キャンディー、錠菓、チョコレートなどの菓子類、その他コーヒーホワイトナー、スープ、みそ汁などを含めることができる。また、乳化物を含有する香粧品類としては乳液、洗剤、シャンプーなどを例示することができる。これらのうち、乳飲料、乳製品、アイスクリーム、乳化したドレッシングなどを好ましく例示することができる。
【0026】
乳化物を含有する飲食品から乳化物を除いた基材とは、前記に例示した乳化物を含有する飲食品から乳化物を除いたものを指す。基本調合香料組成物を乳化物を含有しない基材に添加するにあたり、本来は現実に香料が添加されることを予定している基材から乳化物を除いた基材を用いることが最も望ましいが、実際には最終製品と同じ基材が入手できるとは限らないため、最終製品と全く同じ処方内容の基材と完全に同一のものを用いる必要は必ずしもない。
【0027】
そこで、調合香料組成物の用途が、例えばアイスクリームや乳飲料に用いることが予想されるのであれば、例えば、乳化物を含有する基材として、牛乳水溶液、または牛乳水溶液に糖および/または有機酸を添加した溶液で代替することが可能である。この際の牛乳の濃度としては10%〜90%程度、好ましくは20%〜80%程度、より好ましくは30%〜70%程度を例示することができる。また、糖類の濃度としては特に制限はなく、使用しなくても特に問題はないが、使用する場合は、実際の飲食品に近い濃度として3%〜20%、好ましくは5〜15%程度を例示することができる。有機酸とは有機酸およびその塩を指し、有機酸を添加する場合、その濃度としては特に制限はなく、使用しなくても特に問題はないが、使用する場合は、実際の飲食品に近い濃度として0.01%〜0.3%、好ましくは0.03%〜0.1%程度を例示することができる。
【0028】
比較するための乳化物を含有しない基材として最も簡便的には水を使用することができる。この場合、前記の牛乳水溶液の牛乳部分の等量を水で置き換えたものが使用できる。また、乳化物を含有する基材に糖および/または有機酸が使用されている場合にはその濃度と同じ濃度の糖および/または有機酸を添加することが望ましい。
【0029】
これらの基材への調合香料組成物の添加は、簡便的な方法として、調合香料組成物を、通常、少量のエタノールなどの親水性有機溶媒で溶解して希釈した後、大量の水中に溶解することにより行うことができる。
【0030】
調合香料組成物の基材への添加量は実際に基材に添加される添加量が望ましいが、乳化物を含有しない基材と乳化物を含有する基材の両者からのリリース量を測定することにより相殺されるため、多少の幅があっても同様の結果が得られる。好ましい調合香料組成物の添加量としては、0.000001%〜1%程度、より好ましくは0.00001%〜0.1%程度 、さらに好ましくは0.0001%〜0.01%程度を例示することができる。
【0031】
PTR−MS(proton transfer reaction−mass spectrometers:プロトン移動反応質量分析計)とは揮発性有機化合物の検出装置の一種である。PTR−MSはデバイスの異なるバージョンが入手可能であるが
(IONICON Analytik GmbH, Innsbruck, Austria)例えば、主に、3つの部分、即ち、水蒸気をプラズマ放電によりH3O+イオンに変換するイオン供給源、空気中の微量の構成成分への陽子移動反応が起こるドリフト管、質量選択されたイオンの感受性の検出を提供するイオン検出器からなるものを例示することができる。PTR−MSは大気を直接導入しリアルタイムに化合物の存在量を測定することが可能で、非常にソフトなイオン化法を用いているため、化合物の分解が少なく、特徴イオンで成分を識別することができる。そのため、例えば、口腔から鼻への芳香放出および鼻後方の輸送の分析のために用いられることも多い(例えば、Aliら(2003)、In vivo analysis of aroma release while eating food: a novel set−up for monitoring on−line nosespace air.1st International Conference on Proton Transfer Reaction Mass Spectrometry and Its Applications, 第2版(A. Hansel, T. Maerk編)、161〜164頁)。
【0032】
本発明では、PTR−MSにより、基本調合香料組成物を乳化物を含有しない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合のそれぞれにおける香気成分の揮発量を即時に定量することが可能であるため、短時間で簡便に両者からの香気成分のリリース量の比を算出することができる。
【0033】
本発明における成分分析および基本調合香料組成物の補正は以下のような手順で行う。まず、前述のように調香師がそのイメージを再現するべく調製した基本調合香料組成物を乳化物を含まない基材に添加し、PTR−MSにより各香気成分のリリース量を測定する。次いで、同じ基本調合香料組成物を、乳化物を含有する基材に添加し、PTR−MSにより各香気成分のリリース量を測定する。この時の測定における乳化物を含有しない基材からのリリース量と乳化物を含有する基材からのリリース量の比を補正係数とし、この補正係数を基本調合香料組成物の成分含量にかけた値を、補正後の調合香料組成物における配合量とする。
【0034】
なお、補正は必ずしも基本調合香料組成物を構成する全ての香料化合物について行う必要はなく、その基本調合香料組成物において、特徴的香気のイメージを醸し出していると判断される香気化合物についてのみ行うこともできる。このような香気化合物の判断は調香師の主観的判断にゆだねることが可能である。
【0035】
PTR−MSによる測定は、例えば、上記のように基本調合香料組成物を基材に添加した試料一定量を吸気口と排気口を有する容器に投入し、加温および攪拌しながら揮散する香気成分を、ヘッドスペースガスと共に系外の成分捕集手段に吸引しPTR−MSにて測定する。
【0036】
このときの加温の温度は、基材が実際にヒトに飲食された場合を想定して、基材を32℃〜42℃、好ましくは35℃〜39℃、より好ましくは37℃に加温し、攪拌しながら行うことが好ましい。
【0037】
PTR−MSでは特徴イオンを検出することができるため、基本調合香料組成物はそのものでも測定は行うことはできるが、調合香料組成物には一般的に多数の香料化合物が含まれているため、イオンの分子量が重なってしまうことが起こり得る。その場合は基本調合香料組成物を構成する各々の香料化合物のリリース量を正確に把握することができなくなってしまう。
【0038】
そこで基本調合香料組成物を構成する単独の化合物のそれぞれについて乳化物を含有しない基材に添加した場合と、乳化物を含有する基材に添加した場合のリリース量を測定し、それぞれの化合物について、乳化物を含有しない基材からのリリース量と乳化物を含有する基材からのリリース量の比からなる補正係数を算出する。このようにして算出された補正係数を基本調合香料組成物を構成するそれぞれの化合物の配合割合に掛け合わせて、本発明における補正後の調合香料組成物の調合処方とする。この補正後の調合香料組成物は、添加されるべき基材である、先に例示した各種飲食品類に添加し、その飲食品を飲食した場合に、調香師が初めに基本調合香料組成物においてイメージしていたのと同じ香りを再現することが可能である。
また、上記のような方法は、乳化香料用の調合香料組成物を調製する場合にも応用することができる。
【0039】
本発明において、乳化香料とは香料成分を含有し水分散性を有する乳化組成物を指す。本発明では、主に、油溶性物質である調合香料組成物を油相に添加し、乳化剤を用いて油相を微細な粒子とした後水相に分散したO/W型エマルジョンを指す。使用することのできる油脂としては、動植物油、動植物油の硬化油、中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)などを例示することができる。乳化剤としては特に制限されるものではなく、従来から飲食品等に用いられる各種の乳化剤が使用可能であり、例えば、脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、脂肪酸トリグリセリド、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、レシチン、化工でん粉、ソルビタン脂肪酸エステル、キラヤ抽出物、アラビアガム、トラガントガム、グアーガム、カラヤガム、キサンタンガム、ペクチン、アルギン酸及びその塩類、カラギーナン、ゼラチン、カゼインなどを例示することができる。水相としては、水、エタノール、グリセリン、プロピレングリコール、糖類、ポリオールなどを挙げることができる。乳化香料の調製方法の好ましい一実施態様を例示すれば、調合香料組成物を油脂類と混合し、混合物を例えば、30℃〜60℃程度に加温して均一な混合油とする。得られる混合油1質量部を、例えば、ポリグリセリン脂肪酸エステルを混合溶解した水溶液約1質量部〜約20質量部(水分含有量約2質量%〜約10質量%)と混合し、ホモミキサー、コロイドミルなどを用いて乳化処理することにより、粒子径約0.1μm〜約20μmの極めて安定な乳化香料製剤を得ることができる。
【0040】
乳化香料を目的とする場合のリリース量の測定は、乳化香料に使用した基本調合香料組成物そのものを水に溶解した溶液(この場合、基本調合香料組成物を、少量のエタノールなどの親水性有機溶媒で溶解して希釈した後、大量の水中に溶解することにより希釈可能である)からのリリース量と、乳化香料を水に希釈した容液からのリリース量を測定し、両者の比を補正係数として算出することができる。なお基本調合香料組成物と乳化香料の希釈倍率は基本調合香料組成物を基準として同じ倍率とする必要がある。希釈倍率としては基本調合香料組成物を基準として10−5〜10−10 程度を例示することができる。
【0041】
PTR−MSの測定自体は前述の乳化物を含有する基材に適合する補正後の調合香料組成物の調製方法における手順と全く同様の方法により行うことができる。
【0042】
このようにして得られた乳化香料は、この乳化香料を水に希釈した場合や、さらに、飲料などに添加した場合でも調香師が調香の段階でイメージした香気バランスを再現することができる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0043】
実施例1
イチゴミルクに添加することを想定し、下記処方(表1)のイチゴ風味の基本調合香料組成物(参考品1)を調合した。
【0044】
【表1】

【0045】
参考品1を構成する各単品の香料化合物12成分のそれぞれを水および50%牛乳水溶液に0.001%ずつ添加し、試料とした。30mlサンプル瓶をウォーターバスにて37℃に加温攪拌し、ヘッドスペースガスを200ml/min.で吸引し、PTR−MSによる測定を開始した後に、試料を6ml投入し、香料化合物のリリース量を測定した。
【0046】
なお、希釈の方法は、それぞれの香料化合物1.0gを、まず95%エタノールに溶解して100mlとしたものを調製し、その1mlを基材にて1000mlとすることにより行った。
PTR−MS装置:IONICON Analytik GmbH製(オーストラリア)
香気化合物リリース量は通気を始めてから急増し、香料化合物により異なるが約15秒〜3分程度で最大値を記録し、その後徐々に低下していくことがわかった。これは、いずれの香料化合物についてもほぼ同様の傾向であった。
【0047】
水からのリリース量と牛乳水溶液からのリリース量の最大値の比は香料化合物により異なるが、大きく異なる化合物もあるがほぼ同じ化合物もあり、さまざまであった。しかしながら、その経時的に減少していく変化のグラフ波形は同じ香料化合物では水からのリリースも牛乳水溶液からのリリースも相似形をしており、いずれの香料化合物でも同様の傾向を示した。参考にエチルブチレートの水および50%牛乳水溶液からのリリース量を図1に示す。飲食物が口中に存在している時間は通常10秒〜長くても1分程度である。そこで、水、牛乳水溶液のいずれにおいてもリリース量の最大値を採用し、(水からのリリース量最大値)/(牛乳水溶液からのリリース量最大値)を補正係数とすることとした。リリース量の最大値および補正係数を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
なお、表1の基本調合香料組成物を構成する香料化合物のうち、調香師がこの基本調合香料組成物の特徴的イメージを構成するものとして特に重要であると判断した香料化合物は酪酸エチル、イソ吉草酸エチル、ヘキサン酸メチル、trans−2−ヘキセナール、cis−3−ヘキセノール、リナロールの6成分であった。そこで、全ての成分について補正を行った調合香料組成物(本発明品1)と重要香気成分6品のみを補正した調合香料化合物(本発明品2)を調製した。なお、単品香料化合物のそれぞれが増減することによる全体量の調整は溶剤であるトリアセチンにて行った。それぞれの調合処方を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
実施例2(本発明品1、本発明品2および参考品1の官能評価)
下記表4(乳系基材)および表5(水系のシロップのみの基材)に示した基材を用意し、それぞれの基材に本発明品1と参考品1を0.001%添加し、20名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。それぞれの評価は、乳系基材と水系基材について発明品1、本発明品2と参考品1のいずれがより好ましいかを判定すると共に、それらについてコメントを記した。判定結果及び、平均的な官能評価結果を表6に示す。
【0052】
【表4】

【0053】
【表5】

【0054】
【表6】

【0055】
表6に示したとおり、参考品1(基本香料組成物)は水系基材に賦香した場合は、バランスの良いイチゴの香りを再現していたが、乳系基材に賦香した場合、トップの香りがぼやけてしまい評価が悪かった。一方、本発明品1(補正後の調合香料組成物)は水系基材に賦香した場合はトップの青臭い香りが強すぎて不自然であったが、乳系基材に賦香した場合、トップにナチュラルでフレッシュなイチゴ感があり、バランスの良いイチゴの香りを再現しているという評価であった。また、調香師が選択した6成分のみを補正した本発明品2(補正後の調合香料組成物)も本発明品1とほぼ同様で、水系基材に賦香した場合はトップの青臭い香りが強すぎて不自然であったが、乳系基材に賦香した場合、トップにナチュラルでフレッシュなイチゴ感があり、バランスの良いイチゴの香りを再現しているという評価であった。
【0056】
参考例1 乳化香料用調合香料組成物の調製
参考品1のイチゴ風味の基本調合香料組成物50gにMCT(中鎖脂肪酸トリグリセライド:商品名:ODO/日清オイリオ社製)150gを混合溶解し、これとは別にグリセリン625g、イオン交換水130gにデカグリセリンモノオレエート(商品名:Decaglyn1-OLV/日光ケミカルズ社製)45gを溶解し、両液をTK−ホモゲナイザー(特殊機化工業社製)により、8000rpmで撹拌混合し、更に高圧ホモジナイザーにて200Kg/cm2の圧力で乳化し10分間の乳化を行い乳化香料1000g(参考品2:参考品1(基本調合香料組成物)5%含有)を得た。
【0057】
実施例3 基本香料組成物の調合バランスの補正
表1に示した基本調合香料組成物(参考品1)を構成する各々の単品香料化合物12成分のそれぞれについて、各50gを参考例1と同様にMCT(中鎖脂肪酸グリセリンエステル)150gに混合溶解し、これとは別にグリセリン625g、イオン交換水130gにデカグリセリンモノオレエート(商品名:Decaglyn1-OLV/日光ケミカルズ)45gを溶解し、両液をTK−ホモゲナイザー(特殊機化工業社製)により、8000rpmで撹拌混合し、更に高圧ホモジナイザーにて200Kg/cm2の圧力で10分間の乳化を行い乳化香料1000gを得た。それぞれの乳化香料を0.02%水に添加し、試料とした。30mlサンプル瓶をウォーターバスにて37℃に加温攪拌し、ヘッドスペースガスを200ml/min.で吸引し、PTR−MSによる測定を開始した後に、試料を6ml投入し、香料化合物のリリース量を測定した。
【0058】
一方、参考品1を構成する各単品香料化合物12成分を水に0.001%添加溶解し、試料とした。30mlサンプル瓶をウォーターバスにて37℃に加温攪拌し、ヘッドスペースガスを200ml/min.で吸引し、PTR−MSによる測定を開始した後に、試料を6ml投入し、香料化合物のリリース量を測定した。
【0059】
なお、各単品香料化合物の水への溶解は、それぞれの香料化合物1.0gを95%エタノールに溶解し、100mlとしたものを調製し、その1mlを基材にて1000mlに希釈して溶解した。
PTR−MS装置:IONICON Analytik GmbH製(オーストリア)
香気化合物リリース量は通気を始めてから急増し、香料化合物により異なるが約5秒〜3分程度で最大値を記録し、その後、徐々に低下していくことがわかった。これは、いずれの香料化合物についてもほぼ同様の傾向であった。
【0060】
水に溶解した場合のリリース量と乳化してから水に添加した場合のリリース量の最大値は香料化合物により異なるが、大きく異なる化合物もあるがほぼ同じ化合物もあり、さまざまであった。しかしながら、その経時的に減少していくグラフ波形は同じ香料化合物では水に溶解した場合のリリースも乳化してから水に添加した場合のリリースも相似形をしており、いずれの香料化合物でも同様の傾向を示した。そこで、水に溶解した場合、乳化後水に添加した場合のいずれにおいてもリリース量の最大値を採用し、(水に溶解した場合のリリース量最大値)/(乳化後水に添加した場合のリリース量最大値)を補正係数とすることとした。リリース量の最大値および補正係数を表7に示す。
【0061】
【表7】

【0062】
そこで、基本調合香料組成物(参考品1)中の構成香料化合物の配合割合に表7に示した補正係数を掛け合わせることにより補正を行った調合香料組成物(本発明品3)を調製した。なお、単品香料化合物のそれぞれが増減することによる全体量の調整は溶剤であるトリアセチンにて行った。それぞれの調合処方を表8に示す。
【0063】
【表8】

【0064】
実施例4 補正後の調合香料組成物による乳化香料の調製および官能評価
参考例1において、参考品1(50g)に替えて本発明品3(50g)を使用する以外は参考例1と全く同様の操作を行い、本発明品3を乳化した乳化香料(本発明品4)1000gを得た。
【0065】
参考品1および本発明品3、ならびに、参考品2および本発明品4を水に溶解または希釈し、20名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。なお、官能評価は調合香料組成物について基本調合香料組成物(参考品1)と補正後の調合香料組成物(本発明品3)のいずれがより好ましいか、および、基本調合香料組成物の乳化香料(参考品2)と補正後の調合香料組成物の乳化香料(本発明品4)のいずれがより好ましいか、ならびに、それぞれの官能評価のコメントを記載した。判定結果および平均的な官能評価結果を表9に示す。
【0066】
参考品1および本発明品3の溶解方法:
試料1.0gを95%エタノールに溶解し、100mlとしたものを調製し、この1mlを水1000mlに希釈し、10ppm希釈水溶液を調製した。
【0067】
参考品2および本発明品4の希釈方法:
試料0.02gを水100mlに希釈し0.02%水溶液(調合香料組成物10ppm含有)を調製した。
【0068】
【表9】

【0069】
表9に示したとおり、参考品1(基本調合香料組成物)を水に溶解した場合は、バランスの良いイチゴの香りを再現していたが、補正後の本発明品3を水に溶解した場合は、トップの青臭い香りが強すぎて鼻につき不自然であった。一方、基本調合香料組成物を乳化した後、水に添加した場合、トップの香りがぼやけてしまい評価が悪かったが、本発明品4(補正後の調合香料組成物を乳化した乳化香料)を水に添加した場合はトップにナチュラルでフレッシュなイチゴ感があり、バランスの良いイチゴの香りを再現しているという評価であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳化物を含有する基材に適合する調合香料組成物の調製方法であって、
基本調合香料組成物を乳化物を含有しない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合のそれぞれのPTR−MSによる成分分析の結果に基づいて、基本香料組成物の組成比を補正することを特徴とする基材に適合する調合香料組成物の調製方法。
【請求項2】
基本調合香料組成物を構成する単独の香料化合物について乳化物を含まない基材に添加した場合と、前記基材に乳化物を加えた基材に添加した場合の香料化合物のリリース量を測定し、乳化物を含有しない基材からのリリース量と前記基材に乳化物を加えた基材からのリリース量の比を補正係数とすることを特徴とする請求項1に記載の調合香料組成物の調製方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法により補正された組成比に従って調製された調合香料組成物。
【請求項4】
乳化香料用調合香料組成物の調製方法であって、
基本調合香料組成物を乳化せずに水に希釈した場合と、乳化した後、水に希釈した場合のそれぞれのPTR−MSによる成分分析の結果に基づいて、基本調合香料組成物の組成比を補正することを特徴とする乳化香料用調合香料組成物の調製方法。
【請求項5】
基本調合香料組成物を構成する単独の香料化合物について乳化せずに水に希釈した場合と、乳化した後、水に希釈した場合の香料化合物のリリース量を測定し、乳化せずに水に希釈した場合のリリース量と乳化した後水に希釈した場合のリリース量の比を補正係数とすることを特徴とする請求項4に記載の乳化香料用調合香料組成物の調製方法。
【請求項6】
請求項4または5に記載の方法により補正された組成比に従って調製された乳化香料用調合香料組成物を乳化することにより得られる乳化香料。

【図1】
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