説明

調味液の製造方法

【課題】 高窒素を含有して濃厚な旨味を有し、トマトの香りを有する、新しいタイプの調味液を、効率的に、かつ容易に製造する。
【解決手段】 トマト搾汁若しくはその濃縮物と麹とを混合し、この混合物を分解、発酵、熟成させた後、固液分離して調味液とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、新規な調味液の製造方法、さらに詳しくは、トマト果実の加工工程において生ずるトマト搾汁、若しくはその濃縮物と麹との混合物から、トマトの香りを有し、総窒素濃度の高い、新規な調味液を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】トマト果実のアミノ酸組成については、旨味成分であるグルタミン酸が多く、かつ、アミノ酸バランスがよいことが従来から知られている。しかしながら、トマト果実を搾汁した液、若しくはそれを濃縮したものそのものは、アミノ酸量が低いので、これを単独で調味料として使用するには旨味が十分ではなく、必ずしも満足すべきものではない。一方、調味料においては、その代表的調味料として醤油が挙げられる。醤油又は醤油様調味液は、従来から大豆、小麦などの固体原料を用いて麹とし、これを食塩水と混合し、発酵、熟成して得た諸味を圧搾して製造するか、あるいは前記原料に酵素剤を加えて分解し、発酵、熟成するか又は発酵、熟成しないで得た諸味を圧搾して製造される。しかし、これらの原料を使用した場合、窒素源が固体原料のみに由来するものであるため、高窒素濃度の調味液を得ることが困難であった。
【0003】従来、高窒素の調味料としては、再仕込醤油が知られている。この再仕込醤油は、醤油麹を食塩水と共に仕込んで製造する通常の醤油製造方法において、仕込水として食塩水の代わりに、予め製造された醤油を使用して製造するものである。すなわち、再仕込醤油は、高窒素濃度の調味液とするため、仕込水として窒素を含有する醤油を用い、この醤油に由来する窒素と醤油麹分解物由来の窒素とを利用して高濃度の調味液としたものである。しかし、仕込水として用いる醤油を製造するには多大の期間と手数を要するので、製造効率の面から必ずしも満足すべきものではない。
【0004】本発明は、仕込水として窒素成分を含有するトマト搾汁若しくはその濃縮物を用い、これを麹と混合して高窒素濃度の調味液を得ようとするものであり、このようなトマト搾汁あるいはその濃縮物と麹とを混合し、この混合物から調味液を製造する方法は、これまで知られていない。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、前記課題を解決し、新しいタイプの、高窒素含有で濃厚な旨味を有する調味液を、効率的に、かつ容易に製造する方法を提供することを目的としてなされたものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、麹を醤油と混合して仕込む常法の再仕込醤油の製造方法において、前記醤油の代わりにトマト搾汁、特にその濃縮物を用いると、窒素含量が高く、呈味性が優れ、しかも新しい風味を持った調味液が得られることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、トマト搾汁若しくはその濃縮物と麹とを混合し、この混合物を分解、発酵、熟成させた後、固液分離して得ることを特徴とする、調味液の製造方法である。以下、本発明について詳細に説明する。
【0007】
【発明の実施の形態】本発明でいうトマト搾汁若しくはその濃縮物とは、トマト果実から得られる液汁で、例えばトマト果実を圧搾機などを用いて圧搾して得られる液汁、トマトを破砕、磨砕などして、裏ごし(パルパー)処理して果皮、種子などを除いたもの、例えばトマトジュース、トマトピューレなど、またそれらを通常用いられている手段で濃縮して得られたもの、例えば濃縮還元トマト、トマトペーストなど、あるいはまた、前記裏ごし処理したものを適宜な条件で遠心分離処理して得られた上澄液、さらにはその上澄液を精密膜ろ過(MF)して、例えば0.1〜10μm程度の懸濁粒子を分離した透過液、又は限外ろ過膜(UF)処理などして得られる透過液、若しくはそれらの透過液を常法の減圧濃縮などによって濃縮したものなどをいう。本発明で用いられるトマト搾汁若しくはその濃縮物は、アミノ酸や蛋白質などの窒素成分を含有するものであればどのようなものでもよく、多少の浮遊物、固形物が混入しているものでも差し支えない。そして本発明方法においては、特にトマト搾汁濃縮物を使用すると、高窒素含有の調味料が得られるので好ましい。
【0008】なお、前記のトマト搾汁を調製する際に、トマトの破砕物、磨砕、又は遠心分離処理物に、植物組織崩壊酵素(ペクトリアーゼ、ペクチナーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、プロテアーゼ、アミラーゼ、リパーゼ等)を添加し、適宜な条件で酵素を作用させ、植物細胞膜を殆んどもしくは完全に破壊しておくと、搾汁が収率よく得られるので好ましい。
【0009】また、本発明に用いる麹とは、炭水化物原料と蛋白質原料との混合物、若しくは炭水化物単独原料又は蛋白質単独原料に、アスペルギルス属に属する麹菌、例えばアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)を添加し、常法により静置培養法又は強制通風培養法などで製麹されるものをいう。前記の炭水化物原料としては、小麦、米、とうもろこし、大麦などが、また蛋白質原料としては、大豆、脱脂大豆、グルテンなどが挙げられ、本発明においては、それらを単独か又はそれらの群から選ばれる1種又は2種類以上を併用して用いることができる。本発明では、特に小麦に、大豆、脱脂大豆又はグルテンを適度の割合で混合して製麹した通常のいわゆる醤油用麹が、好ましく用いられる。
【0010】本発明を実施するには、先ず、トマト搾汁若しくはその濃縮物と麹とを混合して仕込みを行い諸味とする。すなわち、通常の醤油製造における仕込み水の代わりに、本発明においては窒素成分を含有するトマト搾汁若しくはその濃縮物を使用する。その際の混合手段は、両者が均一に混合できる方法であれば、特に制限されない。なお、前記混合の際に、適度な量の食塩を添加すると、諸味の腐敗を防止することができるので好ましい。このときの食塩の添加量は、諸味が発酵、熟成したときに得られる調味液の食塩濃度が、5〜25%、好ましくは15〜20%程度となるような添加量とすることが望ましい。
【0011】また、麹とトマト搾汁若しくはその濃縮物との混合比は、特に制限されないが、より高い窒素含有の調味液を得ようとするときは、一般にトマト搾汁若しくはその濃縮物の使用量を少なくするのがよいが、一方、使用量が少なすぎると、諸味の物性が固いものとなり、ポンプによる諸味輸送の上などで、取り扱いに支障を来すことがあるので、概ね重量比で、麹1に対し、トマト搾汁若しくはその濃縮物が1〜3程度であることが好ましい。
【0012】次に、前記諸味を通常の醤油諸味と同様にして、麹の酵素による分解、発酵及び熟成する。本発明においては、必要により諸味にテトラジェノコッカス・ハロフィルス(Tetragenococcus halophilus)などの醤油用乳酸菌、又はチゴサッカロミセス・ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)などの醤油用酵母を添加することもでき、またそれらを併用してもよい。前記した微生物を諸味に添加して乳酸発酵及び/又はアルコール発酵をさせると、香味に優れた調味液を得ることができる。本発明における分解、発酵、熟成は、例えば、諸味温度15〜40℃、好ましくは20〜30℃で行われる。また、分解、発酵、熟成の期間は、諸味食塩濃度にもよるが、仕込み後1〜8ヵ月間などの適宜な期間を選択することができる。
【0013】前記のようにして分解、発酵、熟成させた諸味は、固液分離して液体部分を採取して調味液とする。諸味からの調味液の採取には、通常醤油製造において採用されている固液分離方法であればよく、特に制限はない。本発明の方法によれば、麹由来の窒素成分とトマト搾汁若しくはその濃縮物に由来する窒素成分とを利用することになるので、高窒素で旨味が強く、かつトマト風味を有する、新規な調味液とすることができる。なお、本発明の方法によって採取された調味液は、そのまま調味液として用いてもよく、またこの調味液に、必要により糖類、酸味料、塩味料、香辛料、旨味調味料、増粘剤、水等を適宜加えて用いてもよく、さらにまた、この調味液を、通常採用されている液体の殺菌方法である加熱等の処理を施してもよい。以下、参考例、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はそれらの例によって何ら限定されるものではない。なお、実施例等における総窒素、グルタミン酸、アルコール等の分析は、「しょうゆ試験法」(財団法人日本醤油研究所 1985年)に記載の方法に従って行った。
【0014】
【実施例】参考例1(トマト搾汁の製造)
トマト果実をブラウンタイプ搾汁機で処理し、3〜5重効用缶で真空濃縮後、無菌充填された市販のトマトペースト〔デコム社製(トルコ)〕7500Kgにレジン水25トンを加えてマイルダー(荏原製作所社製 MDN303V−C型)を用いて1000rpmで破砕処理した。Brixを6に調製したものを、遠心分離機(Far East Westfalia Separator社製SB7−06−076型)で、6000G、4分間の遠心分離により脱パルプ処理を行い、遠心上澄み液(約28トン)を回収した。この上澄み液を、日東電工社製 UFスパイラル膜(排除分子量75万MW)で処理し、透過液約27トンを得て、この透過液をトマト搾汁とした。なお、このトマト搾汁の成分を分析した結果、総窒素は0.15%(w/v)、総アミノ酸は0.36%(w/v)、グルタミン酸は0.17%(w/v)であり、またBrixは6、NaClは0%(w/v)であった。
【0015】参考例2(トマト搾汁濃縮物の製造)
参考例1に示したと同様にしてトマト搾汁を調製し、これを以下のようにして約10倍濃縮したトマト搾汁濃縮物を調製した。すなわち、前記トマト搾汁24.1トンをロータリーコイルエバポレーター(電熱面積10m2)を用い、コイル内の蒸気圧力3kg/cm2 、真空度60 Torr、蒸発量30〜50リットル/分の条件で濃縮を行い、トマト搾汁濃 縮物2300kgを得た。このトマト搾汁濃縮物の成分を分析したところ、総窒素が1.49%(w/v)、総アミノ酸が3.55%(w/v)、グルタミン酸が1.73%(w/v)であり、またBrixは60、NaClは1.09%(w/v)であった。
【0016】実施例1(トマト搾汁を用いた調味液の製造)
脱脂大豆(500kg)に、約1.5倍量の水を加えて常法により加圧蒸煮し、30℃に冷却した蒸煮脱脂大豆と、小麦を常法により炒ごうして割砕した小麦(500kg)とを混合し、この混合物に種麹(アスペルギルス・ソーヤ)を撒布し、これを強制通風製麹装置に盛り込み、常法に従い、温度20〜30℃の範囲で、48時間製麹して醤油用麹を得た。本発明区としては、前記麹(800kg)に、食塩(290kg)及び参考例1に記載したと同様にして得たトマト搾汁(1200kg)を加えて混合して仕込みタンクに仕込んだ。また、比較区は、トマト搾汁の代わりに同量の食塩水(25%w/v)を用いた以外は前記本発明区と同様にして仕込みタンクに仕込んだ。それぞれの諸味を、温度10〜30℃の範囲で、5ケ月間の同一条件で、常法により分解、発酵、熟成させて熟成諸味とした。なお、いずれの諸味にも、仕込み7日経過後に、予め別に培養しておいた醤油用乳酸菌(テトラジェノコッカス・ハロフィルス)の培養液(20リットル)を、また仕込み30日経過後には、予め別に培養しておいた醤油用酵母(チゴサッカロミセス・ルーキシー)の培養液(30リットル)を添加した。
【0017】前記の各熟成諸味を、ナイロン製ろ布を用いて通常の醤油諸味を圧搾するときと同様の方法でそれぞれ圧搾し、本発明方法による調味液(1800リットル)、比較区の調味液(1800リットル)を得た。得られた各調味液の成分のうちの総窒素、食塩、グルタミン酸を分析した結果(単位はいずれもw/v%)を表1に示す。
【0018】
【表1】
表1 調味液の成分分析結果

総窒素 食 塩 グルタミン酸 比較区 1.63 15.6 1.28 本発明区 1.73 16.3 1.31

【0019】表1に示すとおり、トマト搾汁を仕込み水として用いた本発明の方法による調味液は、比較区の調味液に比べて、総窒素、グルタミン酸の濃度が高いことがわかる。また、前記各調味液について官能検査を行ったところ、本発明による調味液は、比較区のそれとは異なり、トマトの香りを有した、新しいタイプの調味液であることが確認された。
【0020】実施例2(トマト搾汁濃縮物を用いた調味液の製造)
本発明区として、トマト搾汁の代わりに、参考例2と同様にして調製したトマト搾汁濃縮物を用いる以外は実施例1に示したと同様にして仕込み、分解、発酵、熟成、圧搾して本発明方法による調味液(1750リットル)、比較区の調味液(1800リットル)を得た。得られた各調味液の成分のうちの総窒素、食塩、グルタミン酸を分析した結果(単位はいずれもw/v%)を表2に示す。
【0021】
【表2】
表2 調味液の成分分析結果

総窒素 食 塩 グルタミン酸 比較区 1.60 16.2 1.21 本発明区 2.05 17.3 1.35

【0022】表2に示すとおり、トマト搾汁濃縮物を仕込み水として用いた本発明の方法による調味液は、比較区の調味液に比べて、総窒素、グルタミン酸の濃度が明らかに高いことがわかる。また、前記各調味液について官能検査を行ったところ、本発明による調味液は、比較区と比べて濃厚な旨味があり、味において有意な差異が確認された。また、香りにおいても比較区のそれとは異なり、本発明の方法の調味液は、トマトの香りを有していた。
【0023】
【発明の効果】通常の醤油製造においては、醤油中の窒素成分は麹原料にのみ由来するため、高窒素濃度の調味液とするのが困難である。本発明の方法は、トマト搾汁若しくはトマト搾汁の濃縮物由来の窒素成分と、麹原料由来の窒素成分とを利用するものである。したがって、本発明の方法によれば、両窒素成分が溶出するので、高窒素含有で濃厚な旨味を有し、トマト風味を有する、新しいタイプの調味液を、容易に効率的に製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 トマト搾汁若しくはその濃縮物と麹とを混合し、この混合物を分解、発酵、熟成させた後、固液分離して得ることを特徴とする、調味液の製造方法。
【請求項2】 トマト搾汁若しくはその濃縮物が、トマト搾汁の遠心分離上澄液を精密膜ろ過又は限外ろ過膜処理した透過液を濃縮したトマト搾汁物である、請求項1記載の調味液の製造方法。
【請求項3】 麹が、大豆、小麦、米、グルテンの群から選ばれる1種又は2種類以上の原料を用いた麹である、請求項1記載の調味液の製造方法。
【請求項4】 麹が、醤油用麹菌アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、又はアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)を用いて培養した麹である、請求項1記載の調味液の製造方法。
【請求項5】 分解、発酵、熟成を、食塩存在下で行う、請求項1記載の調味液の製造方法。

【公開番号】特開2001−46013(P2001−46013A)
【公開日】平成13年2月20日(2001.2.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−225912
【出願日】平成11年8月10日(1999.8.10)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【出願人】(000104559)日本デルモンテ株式会社 (44)
【Fターム(参考)】