説明

豆腐の製造方法

【課題】ニガリ(塩化マグネシウム)を主体とした豆腐用凝固剤を豆乳に添加して豆腐を製造する方法であり、さらに詳しくは豆乳への分散混合が容易であって、かつ凝固反応に対して十分な遅効作用効果(遅効性)を発揮できる凝固剤液を開発することで、弾力性に優れ、風味も良好となる豆腐を連続的に得られる豆腐の製造方法を提供する。
【解決手段】豆乳又はおから成分等の不溶成分を除去する前の大豆原料液を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、豆腐用の凝固剤を混合して凝固剤液を製造し、その凝固剤液を豆乳に添加して凝固反応させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニガリ(塩化マグネシウム)を主体とした豆腐用凝固剤を豆乳に添加して豆腐を製造する方法に関するものであり、さらに詳しくは豆乳への分散混合が容易であって、かつ凝固反応に対して十分な遅効作用効果(遅効性)を発揮できる凝固剤液を開発することで、弾力性に優れ、風味も良好となる豆腐を連続的に得られる豆腐の製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
豆腐の製造においては、以前は硫酸カルシウムあるいはグルコノデルタラクトン(GDL)といった豆乳との凝固反応が緩やかな、いわゆる遅効性のある凝固剤が用いられることが多かった。
【0003】
これらの遅効性のある凝固剤は、豆腐製造の作業性や歩留りが良いため、豆腐を大量生産する場合に好んで用いられてきた。
しかし最近では、風味の面で昔ながらのニガリ(塩化マグネシウム)を使用した豆腐に消費者の嗜好が移ったため、ニガリを用いた豆腐製造が主流となっている。
しかし元来、ニガリは速効性(すなわち凝固反応が著しく速い)のある凝固剤であるため、このニガリを用いて豆腐を製造すると、安定した品質の豆腐を作るために熟練した技を必要とし、そのことで豆腐の大量生産を行うには問題があった。
【0004】
この問題に対処するために、ニガリ溶液を高温の豆乳に添加して即座に均一に溶解できるように攪拌装置を工夫したり、あるいは熱い豆乳を一旦冷却し、その状態下でニガリを添加して凝固反応を制御するようにするなどの方法が採用されてきた。
しかしながら、前者は豆腐の品質を安定させることが難しく、また生産能力の面で不十分であり、後者は豆乳を冷却するための設備を必要としたり、エネルギーコストが高騰するなどの難点があった。
【0005】
そこで上記の問題を解決するために、ニガリの凝固反応を遅効化するための研究が進められ、さまざまな方法が提案されてきた。
例えば、塩化マグネシウム等の無機塩系凝固剤に油脂や乳化剤を混合することで、凝固反応の遅効性を確保した種々の凝固剤製剤が提案されている(特許文献1〜11など)。これらの凝固剤は、塩化マグネシウム等を乳化剤や油脂でコーティングすることによって凝固反応を遅効化した、いわゆる乳化凝固剤である。このような乳化凝固剤のいくつかのタイプのものは、すでに実用に供されており、ニガリを凝固剤に使用した豆腐の大量生産に貢献している。
一方、食品添加物を用いた乳化凝固剤ではなく、豆腐又は豆乳にニガリを高濃度に添加したものを、凝固剤液として使用する方法(特許文献12)も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−304923号公報
【特許文献2】特開平10−57002号公報
【特許文献3】特開平10−179072号公報
【特許文献4】特開平11−98970号公報
【特許文献5】特開2000−32942号公報
【特許文献6】特開2005−176751号公報
【特許文献7】特開2006−204184号公報
【特許文献8】特開2008−154526号公報
【特許文献9】特開2008−193999号公報
【特許文献10】特開2006−101848号公報
【特許文献11】特開2008−295381号公報
【特許文献12】特開2002−112728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した従来の乳化凝固剤においては、凝固剤の乳化物を豆乳中に細かく分散混合するために、大きな分散剪断力を必要としていた。またグリセリン脂肪酸エステル等合成系の乳化剤を使用した場合には、豆腐の風味に敏感な人からは、合成系乳化剤特有の風味の影響で、豆腐の風味が損なわれるとの指摘もあり、品質面での改善が望まれていた。
また特許文献12の技術の場合には、豆乳の持つ天然の乳化作用を活用した方法と考えられるが、凝固反応を制御する方法としてはその効果が不十分であるという課題があった。
【0008】
本発明の課題は、豆乳への分散混合が容易となり、かつ遅効性のある凝固反応を達成できる凝固剤液を開発し、この凝固剤液により弾力性に優れ、風味も良好となる豆腐を連続的に製造できるようにするという点にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、豆乳もしくは大豆原料液を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、ニガリなどの凝固剤を混合溶解した豆腐用凝固剤液を得て、当該凝固剤液を豆乳に添加することにより豆乳の凝固反応を遅効化して、弾力性に富み、風味も良好となる豆腐を製造する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、請求項1記載の発明は、豆乳を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、豆腐用の凝固剤を混合して凝固剤液を製造し、その凝固剤液を豆乳に添加して凝固反応させるようにしたことを特徴とする豆腐の製造方法である。
【0011】
また、請求項2記載の発明は、おから成分等の不溶成分を除去する前の大豆原料液を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、豆腐用の凝固剤を混合して凝固剤液を製造し、その凝固剤液を豆乳に添加して凝固反応させるようにしたことを特徴とする豆腐の製造方法である。
【0012】
ついで、請求項3記載の発明は、大豆原料液が、大豆を加水後に磨砕又は破砕して得た生呉か、その生呉を加熱処理した煮呉か、大豆粉末を水に分散溶解した生粉末豆乳か、その生粉末豆乳を加熱処理した加熱粉末豆乳のいずれかの大豆原料液であることを特徴とする請求項2記載の豆腐の製造方法である。
【0013】
さらに、請求項4記載の発明は、大豆粉末が、大豆を微磨砕して得た粉末又は水に分散、溶解しやすいように処理された大豆の微粉砕加工粉末のいずれかであることを特徴とする請求項3記載の豆腐の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の豆腐の製造方法は、豆乳への分散混合が容易で、かつ凝固反応への十分な遅効作用を発揮できる凝固剤液を得ることができ、当該凝固剤を使用することで、弾力性に優れ、風味も良好な豆腐を製造できるという効果が達成される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、これらは例示的に示されるもので、本発明の技術思想から逸脱しない限り種々の変形が可能なことはいうまでもない。
本発明における大豆原料液とは、大豆を加水後に磨砕又は破砕して得た生呉か、その生呉を加熱処理した煮呉か、大豆粉末を水に分散溶解した生粉末豆乳か、その生粉末豆乳を加熱処理した加熱粉末豆乳のいずれかの原料液のことを意味する。一方豆乳とは、大豆原料液をろ過を始めとするさまざまな固液分離操作にかけて、不溶成分を除去したものを意味する。
【0016】
本発明において用いる豆腐用凝固剤は、塩化マグネシウム(ニガリ)を主体とした凝固剤で、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、グルコノデルタラクトン(GDL)などを併用したものを意味する。
【0017】
本発明で用いる高速遠心分離機は、バッチ式のものでも連続式のものでも良いが、大量生産する場合には連続式の遠心分離機が好ましい。
おから分離用にスクリューデカンターと呼ばれる連続型の遠心分離機が使用される場合があるが、二相分離型の装置構造および遠心能力の点から現状の当分離機では本発明の浮上層液を得ることはできない。
【0018】
ついで豆乳を用いる場合は、乳業業界で使用されている「クリームセパレーター」のような連続高速遠心分離機が使用できる。大豆原料液を用いる場合は、三相分離型の高速遠心分離機又はその改良機の活用等が考えられる。
【0019】
本発明で用いる豆乳もしくは大豆原料液を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液は、豆乳もしくは大豆原料液を高速遠心分離機にかけた結果「上層液」として、連続式高速遠心分離機を用いた場合は「軽液」として得られるものである。
【0020】
豆乳もしくは大豆原料液を、適度な条件を選んで高速遠心分離機にかけると、クリーム成分を主体とする浮上層、脂肪が低減した豆乳層、不溶成分の沈殿層の3層に分離する。連続式の高速遠心機を用いれば、上記浮上層は「軽液」側に、豆乳層は「重液」側に分離して得られる。
【0021】
豆乳もしくは大豆原料液を遠心分離機にかける条件は、前記のように浮上層が分離する条件であれば特に制限はないが、効率性を考慮すれば、遠心加速度は3500×g以上が好ましく、また遠心分離操作時の温度については、当該原料液が液状を保てる温度であれば良いが、ことさら低温にする必要も無く、高温にしすぎると湯葉が生じやすいため、4℃〜85℃が好ましい。
【0022】
こうして得られる浮上層液は、豆乳と同様に水、タンパク質、脂質、炭水化物より成り、脂質含有率が高いのが特徴であるが、この浮上層液を用いて豆腐を作ることもできるので、いわば脂肪が濃縮された豆乳と言える。
前記の特許文献12には、豆腐又は豆乳に塩化マグネシウム(ニガリ)を混合した凝固剤液が開示されているが、本発明のごとく遠心分離法により脂肪を濃縮した豆乳(浮上層液)を用いることについては何ら記載がない。
【0023】
本発明の凝固剤液における浮上層液と凝固剤との混合割合は、所望する遅効性の程度や最終の凝固剤濃度に応じて調整することになるが、凝固剤の混合割合を高めすぎると浮上層液への溶解が困難となり、低めすぎると凝固剤液の凝固剤の濃度が薄まり、その結果、豆腐を製造する際の凝固剤液の添加必要量が過大となるため、重量比で1:1〜20:1とするのが好ましい。
【0024】
浮上層液と凝固剤の混合は、攪拌器具を用いて手動で行っても良く、一般的なプロペラ式攪拌機等の攪拌装置を用いて行っても良い。
なお、豆乳は適量の凝固剤を添加混合した時に凝固反応を起こし豆腐となる性質があり、凝固剤の添加量が少なすぎても、多すぎても、凝固反応を起さない。
前述のとおり本発明の浮上層液は、水、タンパク質、脂質、炭水化物から成るので、そこに適量の凝固剤を添加することで豆腐を製造することができる。
しかしながら、本発明の凝固剤液を調製するために上記の浮上層液に凝固剤を添加する場面においては、前述のような混合割合をとることになり、結果的に、浮上層液に対して過剰の凝固剤を添加混合することになるため、その場面では凝固反応を起すことはない。
【0025】
本発明に用いる凝固剤液の豆乳への混合には、特に大きな分散力を必要とせず比較的容易に分散するので、特別に高性能の乳化装置等を用いる必要はなく一般的な攪拌装置を使用することができる。
また凝固剤液混合時の豆乳の温度は、特に制限はないが、本発明の目的である凝固剤液の遅効性を効果的に活用するためには、60〜90℃とすることが望ましい。
【0026】
なお、市販されている一般的な乳化凝固剤は、W/O型の乳化状態を持ち、これを豆乳に分散させてW/O/W型の乳化状態にすることで遅効性を発揮する。しかし、本発明における凝固剤液は、むしろO/W型となっていると考えられるため、一般的な乳化凝固剤とは異なるメカニズムで遅効作用効果を発揮していると推定される。
【0027】
さらに本発明によれば、豆乳より一旦浮上層液を分離し、これに適当量のニガリを混合した凝固剤液を調製し、ふたたび残りの豆乳に戻して豆腐を製造すれば、豆乳に単にニガリを加えた場合と全く同じ組成の豆腐を製造することができる。
【実施例】
【0028】
以下に本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
豆腐工場製造現場において常法に基づき連続的に製造しているラインから、豆乳を採取し試験に供した。当製造ラインは、カナダ産大豆を用いて、一晩水に浸漬後加水しながらグラインダーで磨砕し、連続蒸煮釜において加熱、スクリュープレス装置でおからを分離して豆乳を製造している。
連続的に流れている工程中より、スクリュープレス装置でおからを分離した直後の豆乳を採取したものを、ラボにおいて高速遠心分離機(日立工機(株)18PR−52)用遠心チューブに分注し、8000rpm(チューブ中心の遠心加速度約6000×g)、30分間の遠心分離を行った。
豆乳の温度は40℃、遠心分離機の温度条件も40℃とした。
遠心分離操作によって豆乳は、浮上層(クリーム成分を主体とする液状層)、豆乳層(脂肪が低減した豆乳層)および沈殿層の3層に分離した。これより浮上層を分取し凝固剤液を調製した。凝固剤には塩化マグネシウムを使用した。この時の浮上層液の成分組成と凝固剤との配合組成を表1に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
上記の凝固剤液を豆乳に混合して豆腐を製造した。豆乳の温度は65℃、凝固剤液の添加量は、塩化マグネシウム濃度が0.28重量%となるように調整した。その後、80℃で30分間保温した。
【比較例1】
【0032】
凝固剤液を塩化マグネシウム水溶液とし、実施例1と同様の条件で豆腐を製造した。
【比較例2】
【0033】
豆乳:塩化マグネシウム・6水塩=3:1(重量比)の割合で混合したものを凝固剤液とし、実施例1と同様の条件で豆腐を製造した。なお用いた豆乳は、実施例1に記載した遠心分離機にかける前の豆乳である。
【比較例3】
【0034】
凝固剤液を市販の乳化凝固剤とし、実施例1と同様の条件で豆腐を製造した。なお、乳化凝固剤の豆乳への分散混合は、ホモジナイザー(Ystral
GmbH社製、D−7801)を用いて行った。
【0035】
上記、実施例1、比較例1、比較例2、比較例3で製造した豆腐の物性値測定と専門パネラー10名による官能評価試験を行った。
豆腐の物性値測定は、レオメーター(サン科学社製、CR−500DX−SII)を用いて、貫入試験(直径10mmの円盤型プランジャー使用)による破断強度及び圧縮試験(直径50mmの円盤型プランジャー使用)による破断歪の2指標について行った。破断強度は硬さ、破断歪は弾力の目安となり、数値が高いほどそれぞれの度合いが大きいことを示す。
官能評価は、なめらかさと風味について5段階評価を行い、平均点が3.0以上は○、2.0以上3.0未満は△、2.0未満は×で表した。
その結果を表2にまとめて示した。
【0036】
【表2】

【0037】
上記結果のように、本発明による凝固剤液で作成した豆腐(実施例1)は、物性的には市販乳化凝固剤を用いて製造した豆腐(比較例3)に近く、風味の官能評価ではそれを上回る評価が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、豆腐やその加工食品を製造する産業において利用される。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
豆乳を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、豆腐用の凝固剤を混合して凝固剤液を製造し、その凝固剤液を豆乳に添加して凝固反応させるようにしたことを特徴とする豆腐の製造方法。
【請求項2】
おから成分等の不溶成分を除去する前の大豆原料液を高速遠心分離機にかけて得られる浮上層液に、豆腐用の凝固剤を混合して凝固剤液を製造し、その凝固剤液を豆乳に添加して凝固反応させるようにしたことを特徴とする豆腐の製造方法。
【請求項3】
大豆原料液が、大豆を加水後に磨砕又は破砕して得た生呉か、その生呉を加熱処理した煮呉か、大豆粉末を水に分散溶解した生粉末豆乳か、その生粉末豆乳を加熱処理した加熱粉末豆乳のいずれかの大豆原料液であることを特徴とする請求項2記載の豆腐の製造方法。
【請求項4】
大豆粉末が、大豆を微磨砕して得た粉末又は水に分散、溶解しやすいように処理された大豆の微粉砕加工粉末のいずれかであることを特徴とする請求項3記載の豆腐の製造方法。