説明

豚丹毒・豚マイコプラズマ肺炎経口投与型多価ワクチン

【課題】経口投与においても豚丹毒菌およびマイコプラズマハイオニューモニエの感染防御に効果的であり、安全かつ経済的なワクチンを提供する。
【解決手段】我が国で長年注射用の生ワクチン株として実績のある豚丹毒菌小金井株を経口投与型マイコプラズマワクチンのベクターとしての弱毒豚丹毒菌として選択し、本菌に相同組換えによりマイコプラズマ・ハイオニューモニエのP97アドへジン遺伝子の一部を導入し、マイコプラズマ・ハイオニューモニエP97アドへジンの一部を発現する豚丹毒小金井株を作出した。本株は、強毒豚丹毒菌及び強毒マイコプラズマ・ハイオニューモニエに対し良好なワクチン効果を示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は豚丹毒・豚マイコプラズマ肺炎経口投与型マイコプラズマワクチンの発明に関する。本発明は、マイコプラズマ・ハイオニューモニエのアドヘジン蛋 白(P97)とそのパラログ中にある反復配列を含むポリペプチド、該ポリペプチドをコードする遺伝子、ならびにそれらの豚マイコプラズマ肺炎感染防御用ワ クチンとしての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の大規模化する養豚産業において、豚呼吸器疾病のコントロールは経営上欠かすことのできない要素のひとつである。豚の呼吸器疾病はその研究が進むに つれて複雑であることが明らかとなってきている。すなわち、いくつかのウイルス及び細菌が複合的に働き呼吸器疾患を引き起こすことが明らかとなり、「豚の 複合呼吸器疾患」という考え方が一般化してきた。疾病のコントロールは主にワクチン及び抗生物質にて行われてきたが、近年、抗生物質の使用が制限される傾 向にあり、ワクチンの需要が高まっている。現在のワクチン投与は主に注射によるものである。前述のように呼吸器疾患に関わる病原体は多種に及ぶため、数種 のワクチンを接種する必要があり、これにより注射回数が増加し、豚に対するストレスは大きくなる一方である。この問題点を解決する手段として2つの方法が 考えられる。1つは投与方法を注射以外の方法に変えること、もう1つは複数の疾病に効果のある混合ワクチンを開発することである。
【0003】
豚の複合呼吸器疾患の主要な病原因子の1つであるマイコプラズマ・ハイオニューモニエは、豚マイコプラズマ肺炎の起因菌であり、肥育期における豚の増体 や飼料効率に影響を与えるため経済的な損失が大きい。また、複合呼吸器疾患の引き金となる最初の病原体の1つとも考えられている。そこで、我が国ではワク チンによるコントロールが行われており、その普及率は高い。それらのワクチンはマイコプラズマ・ハイオニューモニエの菌体もしくは培養上清を不活化したも のにアジュバントとして油性アジュバントもしくはアルミニウムゲルアジュバントを添加したもので、用法・用量としてワクチン1mlまたは2mlを豚の筋肉 内に1回または2回接種するというものである。
【0004】
豚丹毒は豚丹毒菌(エリシペロスリクス属菌)の感染によって起こる豚の疾病で100年以上も前から世界中の養豚地帯で発生している疾病である。経過は甚 急性で致死率も高く、慢性経過をとった場合は関節炎を惹起し、保菌豚となることがある。豚丹毒菌は人畜共通感染症であるため、屠畜時の検査で陽性となった 場合、その個体は全廃棄となり、経済損失はきわめて大きい。豚丹毒の予防にはワクチンが有効で、日本では弱毒化した菌(アクラフラビン耐性株:小金井株) で製造した生ワクチンが広く使用されている。日本国内で使用されているワクチンはすべて注射による投与であるが、諸外国では経口投与によるワクチンも市販 されている。
【0005】
我々は、下地らにより開発された無毒化豚丹毒菌YS-1株に、マイコプラズマ・ハイオニューモニエの感染初期に働く豚気管繊毛への付着に重要な菌体側の 抗原蛋白分子量97キロダルトンの蛋白、P97アドへジン遺伝子を豚丹毒菌の菌体表面に存在する感染防御関連蛋白質SpaA.1の遺伝子内部に挿入し、 P97アドへジン蛋白を菌体表面に発現する豚丹毒菌YS-19株を作出した。さらに、我々は豚丹毒菌YS-19株を豚に鼻腔内投与し、豚丹毒菌およびマイ コプラズマ・ハイオニューモニエの攻撃に対し良好なワクチン効果を示すことを確認した(例えば特許文献1〜3を参照。)。我々は注射以外の投与方法でかつ 複数の疾病にワクチン効果を発揮する有望なワクチン候補株である豚丹毒菌YS-19株の発明に成功した。しかし、本株の投与経路は鼻腔内であり、ワクチン 投与の際は個体一頭一頭を保定する必要があった。この投与方法は労働力を削減したいという生産者の要求を満足し得なかった。
【0006】
現在、我が国では各メーカーより多種類の豚マイコプラズマ肺炎用ワクチンが市販されている。ワクチン用抗原としてはマイコプラズマ菌体を使用したものが一 般的で一部に培養上清を用いた製品が見られるが、すべて不活化した抗原を使用している。また、免疫賦活を目的としたアジュバントを加えてあるのが一般的 で、そのアジュバントには各製品で工夫が見られるが、投与法は注射による筋肉内投与であり、全身性の免疫は誘導するが、局所の免疫は誘導できない。
【0007】
豚丹毒菌のワクチンは、生ワクチンと不活化ワクチンの2種類があり、どちらもその効果は高く評価されている。我が国における生ワクチンは、長い間シード ロットとして管理された豚丹毒菌小金井株を用いたもので、その安全性も高い。豚丹毒菌の被害は主として全身性の菱形疹を伴った菌血症による突然死であるた め、そのワクチン効果の主体は全身性の免疫である。
【0008】
養豚業においては、抗生物質使用を控える傾向にあり、代わって豚疾病のコントロールにはワクチンによる対応が増えてきている。豚は生涯多くの病原体に暴露 されることから、それらの病原体が撲滅できない限り数多くのワクチンを接種されることになる。ワクチン注射は豚にとって大きなストレスとなり時には増体に も影響する。そこで、経口投与によるワクチネーションの可能性を検討した。日本での豚丹毒菌生ワクチンは注射により投与されているが、アメリカでは飲水投 与等による経口投与が実施されている(例えば特許文献4を参照。)。ただし、両者のワクチン株の性状は異なるため、日本で経口投与用のワクチンは市販され ていない。我々は既に開発済みの豚丹毒菌YS-19株の経口投与用ワクチンの可能性を検討したが、本株は安全性を高めるために高度に弱毒化してある株で あったため、経口投与ではワクチン効果を付与できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2992980号公報
【特許文献2】特許第3793889号公報
【特許文献3】特開2006−311824号公報
【特許文献4】特表2004−501979号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Applied and Environmental Microbiology, January 1999, P278-282, Vol. 65, No.1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って本発明の課題は、ワクチン投与による豚のストレスを軽減するため、経口投与によって豚丹毒菌およびマイコプラズマ・ハイオニューモニエの発症を防御する安全かつ効果的なワクチンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
我々は、既に豚丹毒菌のSurface Protective Antigen (SpaA.1)の遺伝子をクローニングし、本遺伝子内部に外来遺伝子を挿入し、キメラ遺伝子を作製、そのキメラ遺伝子を豚丹毒菌に導入し、外来抗原を発 現する豚丹毒菌を発明している。今回さらにキメラ遺伝子導入の効率の向上と安定化を目的とした方法を開発し、経口投与型ワクチンの開発に応用した。
通常、グラム陽性菌の形質転換には、大腸菌とその菌とで複製が可能なシャトルプラスミドにクローニング後、その目的の菌株に導入して形質転換を行う。しかしながら、形質転換法が確立されていない豚丹毒菌を遺伝学的に改変することは極めて困難である。
【0013】
p97遺伝子断片の豚丹毒菌染色体上への挿入は、p97遺伝子断片を豚丹毒菌のspaA.1遺伝子の中央部に挟むようにして設計したキメラ遺伝子をエレク トロポレーション法などにより菌体内へ遺伝子を導入後、染色体上のspaA.1遺伝子とプラスミド上のspaA.1遺伝子との相同組換えにより行われる。 その遺伝的組換えが一ヶ所で起こる場合をシングルクロスオーバー(single crossover)、それが同時に二ヶ所で起こる場合をダブルクロスオーバー(double crossover)という。遺伝子組換え菌をワクチンとして使用する場合、遺伝学的に安定していることが求められるが、外来遺伝子の挿入がシングルクロ スオーバーの場合、遺伝学的に不安定であり、薬剤耐性の選択圧をかけないで培養すると、すなわち抗生物質を培地に添加しないと、元の株に戻る可能性がある。また、抗生物質耐性遺伝子を含めてプラスミド上の遺伝子が丸ごと染色体上に残るため、遺伝子組換えワクチンとして不適である。従って、遺伝子組換えワ クチンの開発には、ダブルクロスオーバーにより抗生物質耐性遺伝子やベクター由来遺伝子部分を含まず、目的とする遺伝子(p97遺伝子)のみを導入した遺 伝学的に安定した組換え菌を作製しなければならない。しかしながら、形質転換により遺伝子を導入後、シングルクロスオーバーで相同性組換えが起こる確率は 極めて低く、さらに、ダブルクロスオーバーで相同性組換えが起こる確率はより低い。そのため、ダブルクロスオーバーで相同性組換えが起こったクローンを選択するのは極めて困難である (非特許文献1を参照。) 。
【0014】
本発明では、相同性組換えが起こる確率を上げるため、p97遺伝子断片を挟んでいる豚丹毒菌spaA.1遺伝子の上流約1000kb、下流700kbの未知の遺伝子領域を新たにクローニングし、遺伝子導入のための新たな組換えプラスミドを作製し、実験に使用した。
宿主になる豚丹毒菌には我が国で長年注射用の生ワクチン株として実績のある豚丹毒菌小金井株の経口投与によるワクチン効果を確認し、これを経口投与型マ イコプラズマワクチンのベクターとしての弱毒豚丹毒菌として選択した。本菌に前述した相同組換えによりマイコプラズマ・ハイオニューモニエのP97アドへ ジン遺伝子の一部を導入し、マイコプラズマ・ハイオニューモニエP97アドへジンの一部を発現する豚丹毒小金井株を作出した。本株のワクチン効果を豚における感染及び発症防御試験で確認したところ、強毒豚丹毒菌、強毒マイコプラズマ・ハイオニューモニエに対し良好なワクチン効果を認めた。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、豚マイコプラズマ肺炎と豚丹毒の感染防御用ワクチンとして利用できる生ワクチンが提供される。該生ワクチンは、通常の豚丹毒菌と同様の 条件で大量に生産することができ、また、これを成分とするワクチンは、安全性が高く、マイコプラズマ全菌体を使用したワクチンよりも安価となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】豚丹毒菌小金井株の遺伝子にマイコプラズマ・ハイオニューモニエP97アドへジンの一部を挿入した遺伝子配列
【図2】図1のつづき
【図3】シャトルプラスミドのコンストラクト
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0017】
(実施例1)遺伝子導入プラスミドの構築
SpaA.1の両端をクローニングした方法:<BR> SpaA.1は免疫原性が強い。そのため、豚丹毒菌の遺伝子ライブラリーの中から豚丹毒感染耐過豚の血清と反応するファージクローンを選択し、さらに、それらの中からspaA.1遺伝子及び、spaA.1遺伝子の上下流領域を含むファージミドクローンpER3を選択した。これはpBK-CMVベク ター(Stratagene)に約4300bpのインサートが挿入されたクローンである。この遺伝子の中央にあるEcoRIサイト断片と、EcoRIサイ トが付加するようにPCRで増幅したマイコプラズマP97蛋白遺伝子の断片とを置換する予定であったが、ベクターのマルチクローニングサイト(MCS)の 3'側にEcoRI切断サイトがあるため、その操作ができないことが分った。そこで、ベクター側のEcoRI、及びHindIII切断サイトを含む AAGAATTCAAAAAGCTTの配列を除去する形で変異を入れ、そのプラスミドにEcoRIサイトが付加するようにPCRで増幅したマイコプラズマ P97蛋白遺伝子の断片を挿入した。全体のシークエンスは図1及び図2に示した。
【0018】
豚丹毒に形質転換する際のプラスミドのコンストラクト:
上記の配列を持つインサートを、グラム陽性菌と大腸菌とのシャトルベクターであるpGA14を以下に示す制限酵素サイトで切断し、spaA.1遺伝子に挟 まれた形のp97遺伝子を挿入した。これをエレクトロポーレーションにより豚丹毒菌に導入し、spaA.1遺伝子上下流領域が、導入した遺伝子とダブルク ロスオーバーにより置き換わった株を選択した。
構造を図3に示す。
【0019】
(実施例2)外来遺伝子導入豚丹毒菌のスクリーニング
得られた形質転換体の菌体表面へのマイコプラズマ抗原の発現を確認する目的で、培養菌体をナイロンメンブランにドットブロットし、抗SpaA抗体と抗 P97抗体を感作し、陽性を示したクローンを選択した。その結果、約90クローンの形質転換体より4個の陽性クローンErMh-KoA、B、C及びDを選択した。
【0020】
(実施例3)マウスを用いたスクリーニング
ErMhKo-A、B、C及びDそれぞれの培養菌液(10CFU/ml)を0.1ml宛て4週齢ddyマウスの内股部皮下に接種し、マウスの生死と関節炎の有無を観察した。豚丹毒菌強毒株のマウスのLD100は10であり、毒性が復帰すればマウスが死亡する。毒性が復帰せず、免疫原性を保持しているクローンの指標として、マウス関節炎の発症率を採用した。
【0021】
これらのクローンのマウス関節炎発症率を比較したところ、その発症率はクローンにより異なっていた(表1)。親株である小金井株と同様の発症率を示す豚丹毒菌ErMhKo-Dを豚試験用に選択した。
【0022】
【表1】

【0023】
(実施例4)経口投与型マイコプラズマワクチンのワクチン効果
1)豚マイコプラズマ肺炎に対する効果
約10日齢のSPF豚11頭をワクチン群6頭、対照群5頭の2群にわけ、ワクチン群にはErMhKo-D株を対照群には豚丹毒菌小金井株をそれぞれ1頭当たり1010個、 抗生物質不含の代用乳と混合し、5日間投与した。最終投与より2週後、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ培養液と感染肺乳剤の混合液を鼻腔内に3日間連 続で投与した。投与より4週後剖検し、肺病変形成率を比較した。その結果、攻撃後の飼育期間中、両群において発咳、くしゃみ等の呼吸器症状や発熱は認めな かった。しかし、剖検時に両群の肺病変を比較すると、表2に示すように、ワクチン群の肺病変形成率は対照群と比較して有意に低く、ErMh-D株を経口投 与された豚はマイコプラズマ・ハイオニューモニエ強毒株の攻撃に対し、良好な肺病変形成抑制効果を示すことが確認された。
【0024】
【表2】


【0025】
2)豚丹毒菌に対する効果
約10日齢のSPF豚11頭をワクチン群5頭、対照群2頭の2群にわけ、ワクチン群にはErMhKo-D株を対照群には豚丹毒菌小金井株をそれぞれ1頭当たり1010個、抗生物質不含の代用乳と混合し、5日間投与した。最終投与より2週後、強毒藤沢株5.0×10を 皮内投与した。攻撃後、臨床症状及び菱形疹の発現の状態を観察した。表3に示すように、対照群は攻撃翌日より元気消失し、体温の上昇を認めた。また、菱形 疹は全身に転移し、豚No.26は6日目に死亡、豚No.27は6日目に横臥し、回復傾向を認めなかったため、安楽死させた。一方、ワクチン群は発熱、元 気消失などの臨床症状を認めず、菱形疹も接種部位のみで転移せず、良好なワクチン効果を認めた。
【0026】
【表3】

【受託番号】
【0027】
寄託者が付した識別のための表示 受領番号
EnMhKo−D FERM−AP−21759
【配列表フリーテキスト】
【0028】

1235460550531_3.htm

【特許請求の範囲】
【請求項1】
経口投与でワクチン効果を付与できる能力をもつ弱毒豚丹毒菌の菌体表面にマイコプラズマ・ハイオニューモニエのP97アドヘジン蛋白の一部を発現させた豚丹毒菌。
【請求項2】
弱毒豚丹毒菌が豚丹毒菌小金井株である請求項1記載の豚丹毒菌株。
【請求項3】
二重交差により宿主DNAに外来遺伝子が挿入された請求項1記載の豚丹毒菌。
【請求項4】
請求項1記載の菌株を用いたワクチン。
【請求項5】
生きた菌体を用いる請求項4に記載のワクチン。
【請求項6】
安定剤及び/又はアジュバントを含む請求項4〜5に記載のワクチン。
【請求項7】
請求項4〜6に記載のワクチンを経口投与し、免疫を誘導する方法。
【請求項8】
請求項4〜6に記載のワクチンを飲水もしくは飼料に混ぜて投与し、動物を免疫化する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−193759(P2010−193759A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−40970(P2009−40970)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者: 大会長 伊藤 勝昭、宮崎大学農学部獣医薬理学講座 刊行物名:第146回日本獣医学会学術集会 宮崎大学 講演要旨集 発行日: 平成20年9月5日
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(591193370)株式会社微生物化学研究所 (14)
【Fターム(参考)】