説明

豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法

【課題】 豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法を提供する。
【解決手段】 (1)遺伝子組み換え技術により得られたボルデテラ・ブロンキセプチカの皮膚壊死毒素産生大腸菌を培養する工程、(2)前記(1)の菌体の破砕液から可溶性に発現した皮膚壊死毒素を回収・精製する工程、(3)前記(2)の皮膚壊死毒素をホルマリンで無毒化する工程及び(4)前記(3)の無毒化皮膚壊死毒素を製剤化する工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法に関する。詳細には、遺伝子組み換え技術により得られた皮膚壊死毒素産生宿主を培養する工程、前記の培養物から可溶性に発現した皮膚壊死毒素を回収・精製する工程、前記の皮膚壊死毒素を無毒化する工程及び前記の無毒化皮膚壊死毒素を製剤化する工程を含む豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
豚の萎縮性鼻炎(atrophic rhinitis;AR)は、鼻甲介形成不全あるいは萎縮を特徴とする呼吸器系疾患である。発育遅延、二次感染の誘発などにより、重大な経済的損失をもたらすため、養豚業界にとって重大な疾病である(例えば、非特許文献1参照)。その原因菌としてボルデテラ・ブロンキセプチカ(Bordetella bronchiseptica;以下Bbと略すこともある)及び毒素産生性パスツレラ・ムルトシダ(Pasteurella multocida;以下Pmと略すこともある)が知られている。Bbは定着因子である赤血球凝集素や線毛を保有しているため、鼻粘膜に対する定着性が強いが、それを保有していないPmは単独では定着することが困難である。そのため、毒素産生性Pm感染が成立するためにはあらかじめ鼻粘膜を障害する因子の存在が必要である。その最も代表的な因子がBbの産生する皮膚壊死毒素(以下Bb-DNTと略す)である。障害を受けた鼻粘膜に毒素産生性Pmが定着し、産生される毒素(PmTと略す)によりARの症状が悪化すると考えられている。
【0003】
Bb-DNTは出血壊死、鼻甲介萎縮、発育遅延、血管平滑筋収縮、局所の血行障害、脾臓萎縮及び抗体産生阻害などの生物学的活性を持つ。それ故、古くからBb-DNTをトキソイド化したワクチンの必要性が指摘されていた(例えば、非特許文献2参照)。これまでに、イオン交換クロマトグラフィーによる方法(例えば、非特許文献3参照)、透析、ショ糖密度勾配超遠心及びゲルろ過クロマトグラフィーによる方法(例えば、非特許文献4参照)、核酸除去剤及び陽イオン交換クロマトグラフィーの組み合わせによる方法(例えば、非特許文献5参照)などの方法により精製したBb-DNTについてトキソイドワクチン作製の試みが行なわれたが、いずれも再現性や製造コスト上の問題で商品化には至っていない。唯一、硫酸基を導入したクロマト担体ゲルによる方法(例えば、特許文献1参照)により精製したBb-DNTのトキソイドワクチンが製品化に成功している。現在ではARを予防するために、単味不活化ワクチンとしてBb死菌ワクチン、Bbの産生する繊維状赤血球凝集素を主成分とするコンポーネントワクチン及びPmTトキソイドが使用され、また、混合ワクチンとしてPm死菌とBb死菌の混合ワクチン、PmTトキソイドとBb死菌の混合ワクチン、Bb-DNTトキソイドとPmTトキソイドの混合ワクチンなどが実用化されている。何れもホルマリン等で化学的に不活化したトキソイドが使用されている。
【0004】
遺伝子組換え技術を用いた有用蛋白質の発現は今日では広く用いられている技術であり、中でも大腸菌を宿主とした発現系は最も一般的に用いられる発現系である。有用蛋白質の発現には、プロモーター配列の下流に目的遺伝子を結合した発現ベクターを構築することが一般的である。例えば大腸菌のプロモーター配列には、lac、trp、tac、trc、ara、T7などが知られている。しかしながら、大腸菌を用いて有用蛋白を高レベルで発現させた場合、しばしば不溶性のインクルージョンボディーを形成することが知られている(例えば、非特許文献6参照)。インクルージョンボディーから活性型の蛋白を得るときは、一般には、一旦インクルージョンボディーを尿素あるいは塩酸グアニジンなどの蛋白変性剤を用いて可溶化し、これをリフォールディングする方法が取られる。このような可溶化及びリフォールディングには様々な方法が試みられているが、その方法は取り扱う蛋白によって著しく異なり、目的とする活性型蛋白の回収量の低下をきたす場合が多い。Bb-DNTについても大腸菌を用いた発現の試みがなされている。PullingerらはBb-DNTの塩基配列を決定するとともに、trcプロモーターを用いた大腸菌での発現を報告した(例えば非特許文献7参照)。また、HoriguchiらはT7プロモーターを(例えば、非特許文献8参照)用いた発現を報告されている。しかしながら、これらの報告においてはBb-DNTの全長あるいは一部分を組換え大腸菌で精製し、その活性を評価しているのみであり、これら組換え体についての産業上の利用、例えば組換え体の発現量、不溶性画分の毒素活性、あるいはそれを用いたワクチンとしての有用性については示されていない。
【0005】
【非特許文献1】柏崎ら., 豚病学第4版, 286-294, 1999.
【非特許文献2】Roop II et al., Infect. Immun., 55:217-222, 1987.
【非特許文献3】Kume et al., Infect. Immun., 52:370-377, 1986.
【非特許文献4】Endoh et al., Microbiol. Immun., 30:659-673, 1986.
【非特許文献5】Horiguchi et al., FEMS Microbiol. Lett., 66:39-44, 1990.
【非特許文献6】Singh et al., J. Biosci. Bioeng., 99: 303-310, 2005.
【非特許文献7】Pullinger et al., Infect. Immun., 64:4163-4171, 1996
【非特許文献8】Horiguchi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 94:11623-11626, 1997
【特許文献1】特許第3884066号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、ARを予防するための死菌ワクチンやコンポーネントワクチンが実用化され、養豚業界に大いに貢献しているものの、コスト、安全対策、ワクチンの品質向上において改善・改良の余地がある。
したがって、本願発明が解決しようとする課題は、ARの発症阻止に有効で、且つ安全性、低コスト、安定供給を満足させる、組換え皮膚壊死トキソイドを有効成分として含有する豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法を提供することにある。ここで本願発明における「薬剤」とは、治療及び予防に適用される医薬組成物と定義される。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、ボルデテラ属菌の皮膚壊死毒素(Bb-DNT)を産生する組換え大腸菌(以下、「Bb-DNT産生大腸菌」と称することもある)を作製し、該Bb-DNT産生大腸菌からBb-DNTの回収を試みたところ、Bb-DNTは、可溶性画分及び不溶性画分の両方から回収されることを観察した。得られた可溶性画分及び不溶性画分の皮膚壊死毒素をそれぞれマウスに免疫した後、無毒化処理していない活性型のボルデテラ属菌皮膚壊死毒素で攻撃試験を行ったところ、可溶性画分の皮膚壊死毒素で免疫したマウスのみ致死から免れることを発見し、本願発明を完成するに至った。すなわち、本願発明は以下のとおりである。
〔1〕皮膚壊死毒素産生宿主から可溶性に発現した組換え皮膚壊死毒素を回収する工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法。
〔2〕下記(1)から(4)の工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法。
(1)遺伝子組み換え技術により得られた皮膚壊死毒素産生宿主を培養する工程
(2)前記(1)の培養物から可溶性に発現した皮膚壊死毒素を回収・精製する工程、
(3)前記(2)の皮膚壊死毒素を無毒化する工程
(4)前記(3)の無毒化皮膚壊死毒素を製剤化する工程
〔3〕皮膚壊死毒素がボルデテラ菌由来である、〔1〕又は〔2〕記載の製造方法。
〔4〕ボルデテラ菌がボルデテラ・ブロンキセプチカ、百日咳菌及びパラ百日咳菌からなる群より選択される、〔3〕記載の製造方法。
〔5〕宿主が大腸菌である、〔1〕ないし〔4〕の何れか一項記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本願発明に従えば、ARの発症阻止に有効な豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法が提供される。本願発明の豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法においては、Bb-DNT産生大腸菌の破砕物から可溶性に発現した皮膚壊死毒素を回収する工程が含まれる。該工程により回収した皮膚壊死毒素のみが、ARの発症を阻止することができる免疫原性を保持した抗原蛋白として回収され、その後の製剤化に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本願発明の特徴は、皮膚壊死毒素産生宿主から可溶性に発現した組換え皮膚壊死毒素を回収する工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法にある。
【0010】
遺伝子組み換え技術により発現させたときに不溶性のインクルージョンボディーを形成し、これを蛋白変性剤である塩酸グアニジンや尿素等で可溶化してもAR発症阻止に有効な免疫原性を得ることができない皮膚壊死毒素が本願発明の製造方法における対象となる。斯かる皮膚壊死毒素として、ボルデテラ菌由来の皮膚壊死毒素が挙げられるが、好ましくは、ボルデテラ・ブロンキセプチカの皮膚壊死毒素(Bb-DNT)、ARワクチンの代替品として利用することができる百日咳菌の皮膚壊死毒素(Bp-DNT)(特開平10-251298号公報参照)、及びBb-DNTの塩基配列と99%のホモロジーがあるパラ百日咳菌の皮膚壊死毒素(以下、「Bpp-DNT」と称することもある)(非特許文献6、Kimberly E Walker and Alison Ann Weiss Infection and Immunity 62,3817-3838,1994 参照)である。本願発明においては、Bb-DNTを用いた豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法について詳述する。
【0011】
(1)ボルデテラ属菌皮膚壊死毒素遺伝子のクローニング
本願発明では、財団法人化学及血清療法研究所において1988年に野外材料より分離され維持されたボルデテラ・ブロンキセプチカ S611株からクローニングされたBb-DNTをコードする遺伝子を用いた。
ボルデテラ・ブロンキセプチカの増殖には、例えば、マッコンキー培地(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)、ボルデ・ジャング培地(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)、堀口らの培地(Horiguchi et al., Microb. Pathog., 6:361-368,1989)などが用いられる。細菌の分離、マスターシードの調製、大量培養など、目的に合わせて、適宜選択すれば良い。本願発明では、小・中容量の菌体増殖のために堀口らの培地を使用した。使用前に添付のプロトコールに従ってpHを6.8〜7.6に調整した後に115℃、25分間の高圧蒸気滅菌が行なわれる。培養条件は、通常、温度36〜38℃、期間1〜5日間の範囲で設定されるが、使用目的、培養形態、植え付けた菌量、培地スケール等に応じて適宜調節すれば良い。
【0012】
培養液中の菌体は、低速遠心(5000rpm、5〜10分間)により沈渣に回収される。ボルデテラ・ブロンキセプチカのBb-DNTをコードする遺伝子は、菌体から抽出したゲノムDNAを出発材料として、Sambrookらが述べている一般的な遺伝子組換え技術(Molecular Cloning, A Laboratory Manual Second Edition. Cold Spring Harbor Laboratory Press, N.Y., 1989)に従って調製することができる。実際には、種々の市販のキットが使用される。例えば、ゲノムDNAの取得には、ISOPLANT(和光純薬)、インスタジーン(日本バイオ・ラッド株式会社)、E.Z.N.A. Bacterial DNA kit(フナコシ株式会社)、MagPrep Bacterial Genomic DNA kit(タカラバイオ株式会社)、DNAアイソレーションキット(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)、QIAamp DNA Mini Kit(株式会社キアゲン)などのキットが使用され、遺伝子の取得には、制限酵素切断による方法及びPCR法を応用した、Takara Ex Taq(タカラバイオ株式会社)、iTaq DNA polymerase(日本バイオ・ラッド株式会社)、KOD DNA polymerase(東洋紡績株式会社)、Taq DNA polymerase(株式会社キアゲン)などが使用される。また、得られた遺伝子をクローニングするときには、TOPO-TAクローニングキット(インビトロジェン株式会社)、pT7 BlueT-Vector(タカラバイオ株式会社)、QIAGEN PCR Cloning Kit(株式会社キアゲン)などのキットが使用される。
【0013】
より具体的には、低速遠心により回収された菌体からからISOPLANT(和光純薬)を用いて染色体DNAを抽出し、この染色体DNAを鋳型(テンプレート)として、LA Taq(タカラバイオ株式会社)を用いて、添付のプロトコールに従い、PCR法によりBb-DNTをコードする遺伝子領域が増幅される。PCRに用いるプライマーは、GenBank Accession No. U59687に登録された塩基配列に基づいて設計される。このとき上流側プライマーの5’末端及び下流側プライマーの5’末端に適当な制限酵素切断部位の塩基配列が付加される。PCR増幅産物は、遺伝子クローニングベクター、pCR-XL-TOPO(インビトロジェン株式会社)にクローニングされ、DNAシークエンサー(ABI Prism 310 Genetic Analyzer、アプライドバイオシステムズ社)により塩基配列の決定が行われる。こうしてBb-DNT遺伝子が挿入されたプラスミドpCRDNTが取得される。本願発明のBb-DNT遺伝子は配列番号1で示した塩基配列を有するものである。
【0014】
(2)Bb-DNT遺伝子の発現
上記のpCRDNTからBb-DNT遺伝子を切り出し、これを適当な発現ベクターに組み込み、当該発現ベクターを宿主に導入することによって、Bb-DNTの発現が行なわれる。外来蛋白の発現には細菌、酵母、動物細胞、植物細胞及び昆虫細胞などが常用される。Bb-DNTトキソイドを発現させる場合は、いずれの宿主も利用できるが、宿主に毒性を示さない大腸菌等の細菌が好ましい。発現ベクターは、大腸菌発現用にtrcプロモーター、T7プロモーター、cspAプロモーターなどのプロモーター領域を有する種々の発現ベクターが開発・市販されているのでこれらの中から適宜選択して使用すれば良い。
本発明の抗原として使用されるBb-DNTトキソイドは、不溶性に発現させたままではAR発症を阻止できる免疫原性を保持しない。不溶性の封入体として発現させたものを、一旦、タンパク変性剤、例えば、塩酸グアニジンや尿素で溶解しても、これを除去するときに容易に凝集される性質を有する。したがって、本発明のBb-DNTトキソイドは、可溶性に発現させるのが好ましい。大腸菌においてBb-DNTトキソイドを可溶性に発現させる方法として、低温で培養する方法、低濃度の誘導剤で発現誘導する方法、分泌シグナルペプチドを付加して発現させる方法及びシャペロン蛋白と共発現させる方法が挙げられるが、何れの方法を使用しても良い。発現ベクターに合わせて適当な大腸菌、例えば、BL21、HMS174、DH5α、HB101、JM109などが宿主として選択される。本願発明では、低温で蛋白発現を誘導できるcspAプロモーターを有するpColdベクター(タカラバイオ株式会社)、trcプロモーターを有するpTrcベクター(GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社)及びT7プロモーターを有するpETベクター(メルク株式会社)を用いた。大腸菌の形質転換は、市販のコンピテントセルを用い、添付の方法に従って行うことができる。こうしてBb-DNTを産生する大腸菌ColdDNT、TrcDNT、ETDNTが得られる。大腸菌の培養に使用される培地(例えば、LB、SOC、SOBなど)及び形質転換体の選択に用いられる試薬(例えば、アンピシリンなど)は、一般に市販されているものを使用すれば良い。また、培地のpHは、大腸菌の増殖に適した範囲(pH6〜8)で用いられる。
【0015】
Bb-DNT及を発現している組換え大腸菌のスクリーニングは、以下のように行われる。必要に応じて適当な発現誘導剤の存在下に、培養・増殖した菌体を低速遠心分離により回収し、これに一定の緩衝液(例えば、10mM Tris(pH 8)、100mM NaCl、1mM EDTA)を加え懸濁した後、超音波破砕機、フレンチプレス、高圧ホモジナイザー等により菌体を破砕し、高速遠心(15000rpm、15分間)により沈渣又は上清に分離・回収する。緩衝液には界面活性剤(例えば、Triton X100など)、リゾチーム等を添加しても良い。上清及び沈渣に回収したBb-DNTの一定量をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけ、クマシーブリリアントブルーで染色した後、分子サイズ及び染色像からBb-DNT蛋白の発現を確認する。沈渣に回収したBb-DNTは、一般的にインクルージョンボディーと呼ばれる。なお、Bb-DNT蛋白の確認(または検出)には、上記の分子サイズに基づく方法以外に、ELISA法、ウェスタンブロット法、ドットブロット法などの抗原抗体反応に基づく方法が取られることもある。いずれも大腸菌で発現させた外来蛋白を検出する際の一般的な方法であり、目的に応じて適宜選択すればよい。
【0016】
斯かるBb-DNT産生大腸菌からこれらの蛋白を精製する際には、一般に、蛋白質化学において使用される精製方法、例えば、遠心分離、塩析法、限外ろ過法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換クロマト法、ゲルろ過クロマト法、アフィニティークロマト法、疎水クロマト法、ハイドロキシアパタイトクロマト法などの方法を組み合わせた方法が使用される。Bb-DNT及びBb-DNTトキソイドは、陽イオン交換クロマトグラフィーにより容易に精製することができる。得られた蛋白質の量は、BCA Protein Assay Reagent Kit(Pierce Biotechnology, Inc)、プロテインアッセイキット(日本バイオ・ラッド株式会社)などを用いて測定される。
【0017】
(5)Bb-DNTトキソイドのワクチンとしての評価
こうして得られたBb-DNTは、種々の方法で無毒化(トキソイド化)され、ワクチンとしての評価が行われる。無毒化は、一般には、ホルマリン、グルタールアルデヒドが使用される。無毒化の条件は、使用される試薬、蛋白の濃度により適宜調節される。例えば、0.8%のホルマリンを使用し、37〜40度7日間の処理が行われる(特許文献1)。ワクチンとしての評価は、小動物に免疫した後、致死量のBb-DNTを投与することにより調べることができる。免疫方法(例えば、皮下、筋肉内、腹腔内、経鼻、経口、舌下等の投与部位、免疫期間等)は、通常ワクチン等の免疫原性を調べる時に使用される一般的な手法に従い行えば良い。陽性コントロールとして、Bbの菌体破砕液を上記と同様にホルマリン処理したものが使用される。陰性コントロールとして、リン酸緩衝液、生理食塩水、精製水などが用いられる。アジュバントとして、ホルマリン処理Bb−DNTに、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、ミネラルオイル及びノンミネラルオイル等を添加することがある。こうして調製されたBb-DNTトキソイドワクチン及びコントロールワクチンを、一群、5〜10匹のマウスの腹腔内に、2週間後に同量を腹腔内に投与し、2回目投与後、2週後に半数致死量の10倍量以上のBb-DNTを投与する。その後、7〜14日間、マウスの生死を観察することにより、Bb-DNTトキソイドの免疫応答能の評価が行なわれる。本願発明のBb-DNTトキソイドは、AR発症を防御するためのワクチンとして有効な材料となり得るものである。
【0018】
したがって、本願発明のBb-DNTトキソイドは、上記のアジュバントに加えて、一般に用いられる添加剤、例えば、安定化剤(アルギニン、ポリソルベート80、マクロゴール4000など)、賦型剤(マンニトール、ソルビトール、スクロース)などを添加し、無菌濾過、分注、凍結乾燥等の処理を行い製剤化され、注射剤としてあるいは経粘膜的に投与(経鼻、経口、舌下)される製剤として、ARの感染・発症を防御するためのワクチンとして使用される。また、上記のBb-DNTトキソイドは、他の豚感染症のワクチンと混合することにより、数種の豚感染症を同時に防御するための混合ワクチンとして使用することができる。このような他の豚感染症ワクチンとしては、豚日本脳炎ワクチン、豚伝染性胃腸炎ワクチン、豚流行性下痢症ワクチン、豚パルボウイルス感染症ワクチン、豚ゲタウイルス感染症ワクチン、豚オーエスキー病ワクチン、豚丹毒ワクチン、豚繁殖・呼吸器障害症候群ワクチン、豚アクチノバシラス・プルロニューモニエ感染症ワクチン、豚ヘモフィルス・パラスイス感染症ワクチン、豚大腸菌性下痢症ワクチン、豚マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染症ワクチンなどが挙げられる。以下に、実施例を挙げて本願発明を具体的に説明する。
【実施例1】
【0019】
《ボルデテラ属菌Bb-DNT遺伝子のクローニング》
Bordetella bronchiseptica S611株(財団法人 化学及血清療法研究所において1988年に野外材料より分離され維持された株)を使用した。これをHoriguchiらの培地(表1に組成表を示す)に接種し、37℃で1日間培養した。遠心により菌体を回収し、ISOPLANT(和光純薬)を用いて染色体DNAを抽出した。Horiguchiらの培地は、pH6.8〜7.6に調整し、115℃、25分間高圧蒸気滅菌を行なった。
【0020】
【表1】

【0021】
この染色体DNAをテンプレートとし、LA Taq(タカラバイオ株式会社)を用いて、PCR法によりBb-DNT遺伝子領域を増幅した。増幅に用いたPCRプライマーは、GenBank Accession No. U59687に登録された塩基配列より設計した(配列番号2及び3)。増幅産物の5’側にはPci Iサイト、3’側にはBamHIサイトが付加される。PCRは、94℃、60秒反応後、94℃、30秒と68℃、5分間を20回繰り返し、その後72℃、10分間反応させた。
PCR増幅産物をpCR-XL-TOPO(インビトロジェン株式会社)と混合し、添付の方法に従って反応後、反応液をTOP10F’(インビトロジェン株式会社)に加え、常法により形質転換を行った。カナマイシン添加サークルグロー寒天培地(フナコシ株式会社)で37℃、1夜培養し、出現したコロニーから、Bb-DNT遺伝子が挿入されたプラスミドpCRDNTを得た。
Bb-DNT遺伝子の塩基配列は、DNAシークエンサー(ABI Prism 310 Genetic Analyzer、アプライドバイオシステムズジャパン株式会社)により決定された。配列を配列番号1に示す。
【実施例2】
【0022】
《発現ベクターの構築》
実施例1で得られたプラスミドpCRDNTを制限酵素PciI及びBamHIで処理し、約4.4 KbpのBb-DNT遺伝子断片を精製した。これを、予め制限酵素NcoI及びBamHIで処理したpTrc99A(ファルマシアバイオテク株式会社)、pET-11d(メルク株式会社)と混合し、16℃で30分間ライゲーション反応を行った(Ligation high、東洋紡績株式会社)。各ライゲーション反応液をDH5αコンピテントセル(タカラバイオ株式会社)に加え、常法により形質転換を行った。アンピシリン添加サークルグロー培地に接種し、37℃、一夜培養後に出現したコロニーから、Bb-DNT遺伝子が挿入された発現ベクターpTrcDNT、pETDNTを得た。
また、実施例1で得られたpCRDNTを鋳型として、LA Taq(タカラバイオ株式会社)を用いて、PCR法によりBb-DNT遺伝子領域を増幅した。増幅に用いたPCRプライマーは、GenBank Accession No. U59687に登録された塩基配列より設計した(配列番号4及び5)。増幅産物の5’側には制限酵素Kpn Iサイト、3’側には制限酵素BamHIサイトが付加される。PCRは、94℃、60秒反応後、94℃、30秒と68℃、5分間を20回繰り返し、その後72℃、10分間反応させた。増幅した断片をKpnI及びBamHIで処理し、あらかじめKpnI及びBamHIで消化したpColdIV(タカラバイオ株式会社)と混合し、16℃で30分間ライゲーション反応を行った。ライゲーション反応液をDH5αコンピテントセルに加え、常法により形質転換を行った。アンピシリン添加サークルグロー培地に接種し、37℃、一夜培養後に出現したコロニーから、Bb-DNT遺伝子が挿入された発現ベクター pColdDNTを得た。
【実施例3】
【0023】
《Bb-DNTの発現》
実施例2で得られたそれぞれの発現ベクターで大腸菌BL21株(メルク株式会社)を形質転換し、Bb-DNTを産生する大腸菌ColdDNT、TrcDNT及びETDNTをクローニングした。各クローンの一部を 3 mLのアンピシリン加YE培地(表2に組成表を示す)に接種し、一夜振盪培養した。振盪培養で得られた菌液 50 uLを 50 mLのアンピシリン加YE培地に接種し、37℃で振盪培養した。TrcDNT及びETDNTの場合には、OD660が1.0を超えた時点でIPTG(イソプロピル-β-D-ガラクトピラノシド)を終濃度1 mMとなるように添加し、約16時間、30℃または37℃で振盪培養を続けた。ColdDNTの場合にはOD660が1.0を超えた時点で15℃に1時間静置し、IPTGを添加後、15℃で約24時間振盪培養を行った。培養終了後、遠心により菌体を回収し、菌体を溶解Buffer(50 mM Tris-Cl, 1 mM EDTA, 100 mM NaCl, pH 8.0)に懸濁した。懸濁液にLysozyme(生化学工業、10mg/mL・DW)を加え、室温で20分間溶菌処理した。溶菌処理液をさらに超音波破砕して遠心し、上清を可溶性画分、沈渣を不溶性画分(インクルージョンボディー)とした。それぞれの画分について、常法に従いSDS-PAGEを行い、CBB染色後、デンシトメーターでBb-DNT及びBb-DNTトキソイドの発現量を算出した。その結果を表3に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【実施例4】
【0026】
《Bb-DNTトキソイドのワクチン評価》
実施例3で得られたColdDNTで可溶性に発現したBb-DNT(sBb-ColdDNT)及びTrcDNTで可溶性に発現したBb-DNT(sBb-TrcDNT)をHoriguchiらの報告(Horiguchi et al., FEMS Microbiol. Lett., 66:39-44, 1990)に準じて精製した。これに終濃度0.8%の割合でホルマリンを加え、37度で7日間処理することで不活化した。また、実施例3で得られたETDNTで不溶性に発現したBb-DNT(isBb-ETDNT)を8M尿素溶液で溶解した。sBb-ColdDNT、sBb-TrcDNT及びisBb-ETDNT溶液にアルハイドロゲル(水酸化アルミニウムゲル、Brenntag Biosector A/S)を添加し、1mL当たり1 ugの各抗原及び0.5mgのアルハイドロゲルを含有するワクチン液を調製した。この3種類のワクチン0.5mLを、3週齢メス、SPF ddYマウス腹腔内にそれぞれ2週間隔で2回注射した。陽性コントロールとして、市販のARワクチン(スイムジェンART2、財団法人 化学及血清療法研究所)を用いた。これはBb S611株の超音波処理による菌体破砕液の上清から特許第3884066号(特許文献1)に記載の方法に従って精製、不活化したBb-DNTを約10ug/mL含む。投与量をあわせるために、アルハイドロゲルとPBSを加え、1 mLあたり1ugのBb-DNTと0.5mgのアルハイドロゲルを含むワクチンを調整した。陰性コントロールとして1mLあたり0.5mgのアルハイドロゲルを含むプラセボワクチンをPBSで調整した。2回目投与後2週目に半数致死量の34倍量のBb-DNT(ホルマリン不活化処理をしていない活性型)を腹腔内に注射し、注射後7日間、マウスの生死を観察した。その結果を表4に示した。
【0027】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0028】
本願発明の製造方法は、豚のAR発症を阻止するための豚萎縮性鼻炎用薬剤を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚壊死毒素産生宿主から可溶性に発現した組換え皮膚壊死毒素を回収する工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法。
【請求項2】
下記(1)から(4)の工程を含む、豚萎縮性鼻炎用薬剤の製造方法。
(1)遺伝子組み換え技術により得られた皮膚壊死毒素産生宿主を培養する工程
(2)前記(1)の培養物から可溶性に発現した皮膚壊死毒素を回収・精製する工程、
(3)前記(2)の皮膚壊死毒素を無毒化する工程
(4)前記(3)の無毒化皮膚壊死毒素を製剤化する工程
【請求項3】
皮膚壊死毒素がボルデテラ菌由来である、請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
ボルデテラ菌がボルデテラ・ブロンキセプチカ、百日咳菌及びパラ百日咳菌からなる群より選択される、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
宿主が大腸菌である、請求項1ないし4の何れか一項記載の製造方法。

【公開番号】特開2011−116658(P2011−116658A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−63439(P2008−63439)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(000173555)一般財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】