説明

貴金属めっきを施したチタン又はチタン合金材料

【課題】とりわけ耐食性及び低接触抵抗が要求される用途に好適な、表面に均一に貴金属めっきを施すことのできるチタン材を提供する。表面に均一に貴金属めっきが施されたチタン材及びその製造法を提供する。
【解決手段】最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%以下である貴金属めっき用チタン材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は貴金属めっき用チタン又はチタン合金材(以下チタンまたはチタン合金材を「チタン材」という。)に関する。また本発明は、とりわけ耐食性及び低接触抵抗が要求される用途に好適な、貴金属めっきが施されたチタン材に関する。更に本発明は、貴金属めっきが施されたチタン材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン材は高耐食性を有するという点で特に優れており、この特性を活かして今日では医療・健康、装飾、スポーツ・レジャー等の民生分野のほか、航空・宇宙、化学、電気、建築・土木、輸送及び軍事等の多くの産業分野で利用されている。一方、チタンは導電性が銅などと比べて低く、更には表面に絶縁性の不動態膜(酸化皮膜)を形成しやすいといった性質を有していることから接触抵抗が比較的高い。このため、チタン材は耐食用途がメインであり、導電性を要する用途にはこれまで用いられてこなかった。
ところが、近年、耐食性の厳しい環境下での導電用途が現れてチタンが注目を浴びている。このような要請に応えるために、接触抵抗が高いという弱点を補うと共に、更なる耐食性の向上を目的として金めっき等の貴金属めっきをチタン材の表面に施すことが有効な手段の一つと考えられる。
【0003】
しかしながら、今述べたようにチタン材は表面に酸化皮膜を形成しやすいといった性質を有しており、これがめっき層との密着性を低下させるため、チタン材表面に密着性の高いめっき皮膜を安定して形成することは難しかった。そこで、これまでチタン材へのめっきの密着性を向上させるための前処理が提案されている。
例えば、特開平3-47991号公報には、硝酸、塩酸、フッ酸等の酸性溶液中でエッチングを施した表面上にニッケル層の陰極めっきを施すことを特徴とする、耐火性金属元素を含有するチタンベース合金上に、ニッケル層の電気めっきを施す方法が記載されている。
また、特開平6-93494号公報には、チタン材を、ギ酸、酢酸、又はこれらの塩の内の、少なくとも1種を含有した電解浴中で、10〜300Vの電圧で陽極酸化処理することを特徴とするめっきの前処理が記載されている。該文献では具体例として銅めっき層を電気めっきにより形成している。
【0004】
金めっきを始めとする貴金属めっきは古くから装飾用に利用されてきた。今日では電気伝導性、低接触抵抗、耐食性、半田付け性、耐摩耗性、平滑性及び/又は光反射性等を付与する目的で各種の工業用途に利用されており、特に電子工業の分野では重宝されている。ところが、金めっきをチタン材に施す技術については本発明者による調査からはあまり発見されず、以下のような文献が見出される程度である。
例えば、めっき法によるチタン材への金めっき技術を具体的に開示したものではないが、特開2001-29777号公報では燃料電池のセパレータの耐久性の改良及び低コスト化を目的として、アノード側又はカソード側導電性セパレータの少なくとも一方の表面にAu等の貴金属元素被膜を配置した金属板を開示しており、その金属板の材料の一つとしてチタンが開示されている。該文献ではAuをチタン上にrfスパッタ法により島状に形成し、該島状の個々の貴金属元素被膜の面積を0.04mm2とし、それら全体の占める割合を面積比で50%とした実施例が記載されている。
また、これもチタン材への金めっき技術に関するものではないが、特開2004-296381号公報ではニッケルめっきによる下地処理を行わずにステンレス鋼板の表面に金が面積率2.3〜94%で被覆されていることを特徴とする燃料電池用金属製セパレータが開示されている。金の被覆はめっき法により施すことが記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開平3-47991号公報
【特許文献2】特開平6-93494号公報
【特許文献3】特開2001-29777号公報
【特許文献4】特開2004-296381号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの文献において、チタン材と金めっきの関係については充分に記載されておらず、特にチタン材に金めっきを施したときの耐食性と接触抵抗の関係については未だに詳細に解明されていない。また、見かけ上(装飾上)は均一にめっきされた従来ではめっき良好と評価される状態でもSEMによる微視的な観察ではかなりまだらであり、高耐食性及び低接触抵抗を有するという点においては、充分なめっきでないことが判明した。チタン材は高耐食性のほか、低密度及び高強度といったような特性も有していることから今後も多くの産業分野への利用が期待される分野であり、耐食性及び接触抵抗の観点からチタン材と金めっき等の貴金属めっきとの関係を明らかにし、これに基づいて高耐食性及び低接触抵抗を有するチタン材を提案しておくことはチタン材の応用分野の可能性を広げる上で有用であろう。
【0007】
そこで、本発明は、とりわけ耐食性及び低接触抵抗が要求される用途に好適な、表面に均一に貴金属めっきを施すことのできるチタン材を提供することを課題とする。また、本発明は表面に均一に貴金属めっきが施されたチタン材を提供することを別の課題とする。更に本発明は表面に均一に貴金属めっきが施されたチタン材の製造方法を提供することを別の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、貴金属めっきに好適なチタン材の条件を鋭意検討したところ、材料表面から上記C(炭素)及びN(窒素)成分が極力除去されたチタン材に対して貴金属を直接めっきすると、チタン材表面に驚くほど均一な貴金属めっきが成膜されることを見出した。
一方、チタン材表面のC、N濃度が高いと、貴金属めっき前に湿式前処理を充分に行ってもC、Nが除去できず、SEMよって微視的に観察した場合には貴金属めっきが大きな島状のムラとなって付着し、低接触抵抗を確保できない。特にこの状態では、貴金属めっきを過剰に施しても、貴金属めっきされた部分に過剰に厚く付着するだけで、めっきの付着していない部分の領域が少なくならない。
【0009】
チタンの冷間圧延加工材等の場合には、冷間圧延後に再結晶焼鈍が行われ、チタンは活性な金属であることから、焼鈍は非酸化性ガス中や真空中で行われる。従って、空気中のNやC成分は通常の焼鈍条件で遮断されていると思われる。しかしながら、圧延工程で用いられる圧延油がチタン材表面に付着しており、圧延油をきっちり、除去していかないと焼鈍の際、残った油分が分解して、チタンと反応し、焼鈍後の表面にC、N成分がある種の化合物となって残留する。
【0010】
上記の知見を基礎として完成した本発明は、一側面において、最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%以下である貴金属めっき用チタン材である。
【0011】
また、本発明は別の一側面において、貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、被めっき箇所において貴金属最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々2at.%以下であるチタン材である。
【0012】
また、本発明は更に別の一側面において、貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、被めっき箇所のSEM像(倍率:5,000倍)の視野(15×20μm)において1μm2以上の正方形を形成する未めっき部分が一つも存在しないチタン材である。
【0013】
本発明は更に別の一側面において、貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、該貴金属はチタン材の表面上に粒子状に存在しているチタン材である。
【0014】
本発明の一実施形態においては、前記粒子の平均粒径は10〜400nmである。
【0015】
本発明の一実施形態においては、前記貴金属はAu−Pd合金である。
【0016】
本発明は更に別の一側面において、最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々2at.%以下であるチタン材の表面に対して貴金属めっきを施す工程を含む貴金属めっきが施されたチタン材の製造方法である。
【0017】
本発明の一実施形態においては、前記貴金属めっきが電気めっきにより行われる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、とりわけ耐食性及び低接触抵抗が要求される用途に好適な、表面に均一に貴金属めっきを施すことのできるチタン材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
チタン材
本発明に用いることのできるチタン材の組成は特に制限を受けるものではなく、用途に応じて適宜選択すれば良く、例えば、純チタン(例えばJIS 1種〜3種)、耐食性や強度を向上させるための元素を添加したチタン合金も使用可能である。この中でも、めっき性、耐食性及び接触抵抗の観点からは純チタンが好ましい。
【0020】
本発明に係るチタン材の形状は特に制限されるものではないが、例えば板状、繊維状、スポンジ状とすることができ、これらに更に加工を加えて所望の形状に成形することもできる。
また、本発明の一実施形態においては、二枚の板状チタン材で他の金属材料を挟んで形成したクラッド材とすることもできる。斯かるクラッド材も本発明においてはチタン材に含まれるものとする。特に、チタン材よりも廉価な金属材料、例えばステンレス、鉄、Al及びCu等と組み合わせることで低コスト化を図ることができる。
【0021】
表面に均一に貴金属めっきを施すことのできる本発明に係るチタン材は、一実施形態において、最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%以下、好ましくは合計で5at.%以下である。このようなチタン材に後述する通常の前処理を施すと、前処理後のチタン材は最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々2at.%以下、好ましくは各々1at.%以下となる。
【0022】
チタン材の製造方法
C及びNは、めっき工程や前処理でチタン材表面に付着するものではなく、それ以前の工程でチタン材表面に付着するものなので、チタン材の製造段階でC及びNの付着を制限することが重要となる。
冷間圧延後のチタン材は一般に圧延油を除去するため、脱脂洗浄工程に入る。その後、焼鈍工程に入り、非酸化性ガス中や真空中のバッチ式の炉で行われる。
C及びNの平均値が各々5at.%以下であるような本発明のチタン材を得るには、焼鈍前の脱脂洗浄工程で圧延油分が十分除去される必要がある。十分除去されていないと焼鈍中に圧延油が分解し、圧延油成分のCやNがチタン材と反応し、表面にC及びNの化合物を生成してしまうからである。
ところが、チタン材の表面は一般的に粗くなりやすく、また、チタンの圧延は、他の金属の圧延と比べ、圧延中に金属粉を発生しやすい。表面が粗い場合、表面の凸状の部分、特には、ピット状の部分に入り込んだ圧延油は、単に洗浄液等に浸漬しただけでは十分除去できない。また、金属粉が除去されないまま脱脂洗浄工程を終えると金属粉と材料表面の間に油分が残ってしまう。
そこで、脱脂洗浄工程において、攪拌、振動、ブラッシング及び超音波処理等により洗浄効果を高めることにより、表面の凸状(ピット状)の部分に溜まった油分の除去、金属粉の除去され、チタン素材表面の油分を減少させることができる。この結果、非酸化性ガス中や真空中のバッチ式焼鈍後において、C及びNの平均値が各々5at.%以下の表面を有するチタン材を得ることが可能となる。脱脂洗浄工程後に、物理研磨又は化学研磨を行ってもよいが、工程が増えるため、脱脂洗浄工程で作りこむことが好ましい。
また、焼鈍前の脱脂洗浄工程で浸漬のみとし、焼鈍後に研磨を実施してもC及びNの平均値が各々5at.%以下の表面を有するチタン材を得ることは可能であるが、C及びNの化合物が硬い及び酸にとけにくいため、除去しにくくなるので、コスト的には焼鈍前に行うことが望ましい。
用途によっては、焼鈍をしないで冷間圧延上がりのチタン材のままで次の前処理工程に移ることも可能である。
【0023】
前処理
前処理は通常、いかなるめっきを施す場合でもめっき処理に入る前に行う付属的処理であり、チタンに貴金属めっきを施す場合には、浸漬脱脂→水洗→酸洗→水洗→活性化処理→水洗の順に前処理を行う。
上述したように、C及びNは、めっき処理工程において持ち込まれるわけではないので、めっきする直前のチタン素材においてC及びNの平均値が各々2at.%以下、好ましくは各々1at.%以下の表面を有するチタン材であることが重要である。
前処理を行う前の段階で、最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%以下、好ましくは合計で5at.%以下であるチタン材の場合は、通常の前処理で上記要件を十分達成できる。一方、前処理を行う前の段階で、最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%を超えるチタン材の場合でも、通常の前処理よりも厳しい条件で前処理を行えば上記要件の達成は可能である。
そのような前処理としては、活性化処理において攪拌、振動、超音波処理及びブラッシング等による活性化の反応を促進させる方法が挙げられる。攪拌にはプロペラによる攪拌、水流による攪拌等の方法があるが、これらの方法に限るものではない。超音波を用いることで攪拌が強くなり、チタン材料表面のC、N成分のほか、酸化皮膜(TiO2等)や不純物も効果的に除去されるため、特に超音波処理が有利である。また、酸洗時間を長くする等の酸洗の強化も活性化処理の促進と合わせるとより有効である。
【0024】
前処理工程の中で脱脂処理においては水素ぜい性の点に留意すべきであり、この観点から脱脂処理は水素発生を伴う電解脱脂よりは浸漬脱脂により行うのが好ましい。例えば水酸化ナトリウムを含む浴組成の液に浸漬する。酸洗においては脱脂処理後の試験片の中和の点に留意すべきである。例えば硫酸を含む液組成の液に浸漬する。活性化処理液としては不動態皮膜の除去の点でフッ酸系処理液を用いるのが好ましい。例えば、フッ化水素アンモニウム及びアニオン系界面活性剤を含む浴組成の処理液に浸漬する。浸漬脱脂、酸洗及び活性化処理の各工程の合間には水洗を行うのが通常である。
前処理を行うことによってチタン材の表面におけるC及びNの平均値は各々2%程度までは低減することができる。
【0025】
貴金属めっき
本発明において「貴金属」とはAu、Ag及び白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)を指し、本発明の好適な一実施形態ではAu、Ru、Rh、Pd、Ir及びPtからなる群より選択される少なくとも1種以上の貴金属でチタン材の表面をめっきする。本発明の有利な一実施形態ではめっき被膜中に少なくともAuが含まれ、好ましくはAuが50〜100質量%、より好ましくはAuが80〜100質量%含まれる。例えばAu:90〜100質量%、Pd:0〜10質量%であるようなAuめっき又はAu−Pd合金めっきである。このような二種以上の元素を所望の重量比で含むめっき被膜は、例えばめっき浴中での各貴金属イオン濃度の比、電流密度、攪拌条件等を適宜調節することで得られる。
【0026】
本発明では上記貴金属をチタン材表面上に直接めっきする。すなわち、本発明ではチタン材上にNi等の下地めっきを施すことなく貴金属めっきを施す。これは、貴金属よりも卑な下地めっきを施すと、耐食性低下、めっき剥離を生じるためである。耐食性の理由による。また、チタン材表面に貴金属めっきを施す箇所は用途に応じて適宜選択することができ、チタン材表面の一部又は全部とすることができる。但し、ここでいう「一部又は全部」とは肉眼で判断される概念であり、SEM等によって微視的に観察して判断されるものではない。
【0027】
チタン材に貴金属めっきを行う方法としては、例えば真空蒸着、物理蒸着(PVD)及び化学蒸着(CVD)、スパッタリング、イオンプレーティング等の乾式めっき、並びに電気めっき及び無電解めっき等の湿式めっきが挙げられるが、電気めっきが好ましい。めっき粒子の粒径や数の制御容易性の観点及びコスト面(特に設備費用)から有利なためである。電気めっきによる表面処理は、乾式めっきのように雰囲気を真空にする必要がなく、成膜速度が速いといった利点もある。また、細かい粒状のめっきを形成する場合には、電気めっきが適している。
【0028】
本発明に係る貴金属めっきを施したチタン材の被めっき箇所は均一に成膜されており、一実施形態においては、SEM像(倍率:5,000倍)の視野(15×20μm)において未めっき部分(すなわち貴金属が付着していない部分)が1μm2以上である正方形が観察されることはない。また、好ましい実施形態においては該未めっき部分が0.25μm2以上である正方形が観察されることはなく、より好ましい実施形態においては該未めっき部分が0.04μm2以上である正方形が観察されることはない。
【0029】
本発明に係る貴金属めっきを施したチタン材の当初の接触抵抗、そしてこれを腐食環境に曝したときの接触抵抗の上昇率は主として貴金属のめっき粒子がチタン材表面を覆う微視的な面積割合(面積率)に依存し、該面積率(理論的には0%〜100%の範囲が考えられ得る。)はSEMによる微視的な観察で少なくとも10%、有利には15%とすることが所望の耐食性及び接触抵抗を満足するのに必要である。一方で、面積率をあまり高くしても耐食性の効果が飽和する傾向にあること及びコスト高になることから好ましくは10〜95%、より好ましくは30〜95%、更により好ましくは40〜80%、典型的には60〜70%である。
【0030】
また、めっき粒子の粒径が340nm以下である場合には、貴金属めっきを施したチタン材の当初の接触抵抗、そしてこれを腐食環境に曝したときの接触抵抗の上昇率はめっき粒子の粒径にはほとんど依存しないことが経験的に分かった。めっき粒子の粒径が340nmを超えるとめっきの密着性が有意に悪化し始め、そのため腐食環境下等でめっきが剥がれやすくなり、接触抵抗の上昇も大きくなるので好ましくない。
【0031】
このように、めっき粒子の粒径が340nm以下であれば接触抵抗及び耐食性は粒径にほとんど依存しなくなるため、貴金属の面積率を同一とした場合にはめっき粒子の粒径が小さい方が要求される貴金属の付着量を少なくすることができ、経済性を向上させることができる。例えば、貴金属の面積率を同一とした場合、粒径を1/10にすることができれば、同等の接触抵抗及び耐食性を維持しながら、付着量を1/10に軽減することが可能となる。
【0032】
従って、チタン材表面上にできるだけ微細なめっき粒子を所望の面積率を達成するような個数(例えば粒径5nmのめっき粒子で面積率50%を達成するには25,000個/μm2程度もの粒子の生成が必要となる。)をできるだけ均一に付着させること望ましいが、本発明によれば、めっき粒子の平均的な粒径を300nm以下とすることができ、更には100nm以下とすることができ、好ましくは50nm以下とすることができ、最も小さい場合で10nmとすることができる。
【0033】
本発明に係る貴金属めっきを施したチタン材の具体的な製造条件を電気めっき法を用いた場合を例にして説明する。本発明に使用可能なめっき浴はシアン浴(シアン化第一金系、シアン化第二金系)や非シアン浴(無機亜硫酸金系、有機亜硫酸金系)が挙げられるが、密着性の観点からは非シアン浴が好ましい。
めっき粒子の粒径及び数(面積率)は、陽極と陰極の極間距離、電流密度、めっき時間、温度及び攪拌方法を調節することにより制御することができる。極間距離は100mm以下とするのが好ましく、可能なかぎり極間距離は短くした方が、無めっきが少なく、均一にめっき粒子がつくという観点で好ましい。電流密度は亜硫酸浴では0.1〜0.5A/dm2とするのが好ましい。0.5A/dm2以上にしてしまうとめっきが粗く脆くなる場合がある。めっき時間は電流密度に依存するが、めっき付着量の観点で、可能なかぎり短いほうが好ましく、通常は数秒から数分であり、例えば40秒以下である。温度は亜硫酸浴では50〜60℃とするのが好ましい。攪拌は、めっき液の循環流量等を変えることにより、めっき液の流速を制御することが好ましい。
【0034】
粒径及び面積率を調節をするためには特に極間距離、攪拌方法、電流密度の点に留意する必要がある。粒径を小さくするためには極間距離及び電流密度が重要である。
本発明の一実施形態では、例えば、陽極と陰極の極間距離は好ましくは10mm〜100mmである。ここで、極間距離とはアノードとチタン材との間の距離をいう。攪拌はチタン材への到達流速が早くなる、攪拌を強攪拌するほうが、粒子数(又は面積率)の増加の点で好ましい。
【0035】
後処理
貴金属めっきをチタン材表面に施した後は、Ar、He、Ne等の不活性雰囲気で加熱処理するのが密着性の観点で好ましい。この加熱処理においては温度を250℃以上、好ましくは300〜350℃とし、時間を数分以上、好ましくは30〜40分程度とすることが密着性及び接触抵抗の観点でより有利である。
【0036】
本発明に係る貴金属めっきを施したチタン材は一実施形態において、pH=2の硫酸溶液に温度90℃で168時間浸すことにより行った耐食試験前後の接触抵抗の比(試験後の平均接触抵抗/試験前の平均接触抵抗)が2.0以下であり、好ましくは1.5以下であり、より好ましくは1.3以下であり、最も好ましくは1.0である。この値が1.0であるというのは、耐食試験後に接触抵抗の上昇が全く見られないことを示す。
【実施例】
【0037】
本発明及びその利点をより理解するために以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
試験片の材料
すべての比較例及び実施例において、チタン材として厚さ0.1mmの純チタン(JIS1種)の板状の冷間圧延終了後の材料を用いた。材料については冷間圧延後の脱脂洗浄条件を変化させた以下の3種類を準備した。
(A)試験片を市販のアルカリ剤洗浄液に十分浸漬し、浸漬中にブラシで表面を洗浄したもの(浸漬時間60秒間)
(B)試験片を市販のアルカリ剤洗浄液に十分浸漬したが、ブラシで表面を洗浄しなかったもの(浸漬時間60秒間)
(C)試験片を市販のアルカリ剤洗浄液に浸漬したが、ブラシで表面を洗浄しなかったもの(浸漬時間10秒間)
これら3種類の材料に対して焼鈍を実施し、前処理前のチタン素材を得た。
【0039】
前処理
前処理前のチタン素材すべてに対し、表1に記載の条件に従って、浸漬脱脂→水洗→酸洗→水洗→活性化処理→水洗の順に前処理を行った。
但し、酸洗・活性化処理は条件の異なる以下の3条件を用いた。
(a)酸洗については浸漬時間を15秒とし、活性化処理ではバッチ槽内に超音波を用いて攪拌力を強めた条件
(b)酸洗については浸漬時間を7秒とし、バッチ槽内に超音波を用いて攪拌力を強めた条件
(c)酸洗については浸漬時間を7秒とし、バッチ槽内に単に浸漬するのみの強制的な攪拌なく、自然に起きる攪拌で行う条件
【0040】
【表1】

【0041】
表2にすべての比較例及び実施例で用いたチタン材及び前処理条件一覧を示す。
【表2】

【0042】
Au−Pd合金めっき
次に、前処理を施した各試験片の表面に対してAu−Pd合金めっきを電気めっきにより行った。めっき浴条件は以下の通りである。
浴種:亜硫酸浴
浴組成:Au4.0g/L、Pd2.0g/L
pH:9.05〜9.10
浴温:50℃
めっき液の攪拌:強攪拌
陽極:Pt−Ti
陽極と陰極の極間距離:50mm
電流密度:0.4A/dm2
めっき時間:5秒
【0043】
後処理
その後、Au−Pd合金めっきを施した各試験片に対してアルゴン雰囲気で加熱処理を350℃で30分間行った。
【0044】
結果
図1にNo.3、図2にNo.5、図3にNo.8の試験片表面のAu−Pd合金めっき粒子の状態を示すSEM像を例示的に示す。めっきを施した各試験片に対して、電着分布、平均粒径[nm]、単位面積あたりの粒子数[個/μm2]、面積率[%]、付着量[mg/cm2]及び密着性を調べた。結果を表3に示す。
【0045】
SEM観察は倍率5000倍と50000倍で行った。5000倍の写真はAu−Pd合金めっきの電着分布状況観察するために用いた。50000倍の写真は、平均粒径、単位面積あたりの粒子数を把握するために用いた。
【0046】
電着分布は、任意に3箇所選択した5,000倍のSEM像の視野(15×20μm)において1μm2以上の正方形を形成する未めっき部分が一つでも存在するかを判断した。該未めっき部分の個数が0であった場合を○とし、1以上であった場合を×とした。
【0047】
平均粒径は、任意に3箇所選択した50,000倍のSEM像の視野(1.5×2.0μm)から平均的と思われる粒子を10個選択してその算術平均を求めた。
【0048】
単位面積あたりの粒子数は、任意に3箇所選択した50,000倍のSEM像(の視野(1.5×2.0μm)の粒子数を数えて、求めた。
【0049】
面積率は、めっき粒子がSEM像よりほぼ球状であることが分かるので、各めっき粒子を真球と仮定して電着分布の判定が○であったサンプルについてのみ平均粒径及び単位面積当たりの粒子数から算出した。
【0050】
付着量は、得られた各試験片を王水に溶解させ、その溶液に含まれるAu及びPdの重量を誘導結合プラスマ発生分析装置(ICP)を用いて定量分析し、その値から算出した。
【0051】
密着性は、得られた各試験片の金めっき表面に1mm間隔で碁盤の目を罫書き、テープ剥離試験実施した。また、各試験片を任意に180°曲げて元の状態に戻し、曲げ部のテープ剥離試験を行った。剥離が全くない場合を○とし、一部でもある場合には×とした。
なおめっき被膜の電着組成は、試験片を王水に溶解させ、その溶液中に含まれるAu及びPbの重量を誘導結合プラズマ発光分析装置(ICP)(Seiko Instruments社製型式SPS300)を用いて調べた結果、各試験片共、Au約91質量%、Pd約9質量%であった。
【0052】
【表3】

【0053】
また、すべての実施例及び比較例において、各工程後(前処理前、金めっき前(前処理後、後処理後)のチタン材表面のX線光電子分光分析(XPS、アルバック・ファイ株式会社製型式5600MCスパッタ速度:SiO2換算で1.2nm/min)を行った。その結果を表4に示す。表4に示したNとCの量は、各サンプルにつき、最表層から5〜30nmにおける平均値を示す。平均値は、分析で得られたXPSのデータから、1nmごとに各元素の量を拾って計算した。
【0054】
【表4】

【0055】
更に、各試験片に対して耐食試験を行い、試験前後の接触抵抗を調べた。耐食試験は、40×50mmのサイズの各試験片にpH=2の液量350ccの硫酸水溶液に温度90℃で168時間(1週間)浸すことにより行った。
接触抵抗の測定は図2に示すようにサンプル全面に荷重を加える方法にて行った。40×50mmのサンプルを上下から、同サイズの銅板(10mmt)に1.0μmのNi下地めっきをし、その上に0.5μmのAuめっきしたサンプルで鋏み、接触させ、ロードセルで10kg/cm2の荷重を加え、電流密度100mA/cm2で電流を流した時の接触抵抗を4端子法で測定した。(この測定方法では、銅板及びチタン板の比抵抗も含むが、ここではそれを含んだ値を接触抵抗とする。)
【0056】
また、耐食試験で使用した硫酸溶液中のTi濃度からTi溶出量をそれぞれ測定した。具体的には耐食試験後に200ccの液を分取し、50ccに濃縮して、ICP分析により求めた。
【0057】
接触抵抗及び耐食試験の結果は、pH=2の硫酸水溶液に温度90℃で168時間浸すことにより行った耐食試験前後の接触抵抗の比(試験後の平均接触抵抗/試験前の平均接触抵抗)が2.0以下であり、耐食試験によりTiの溶出量がない場合を○とし、それ以外の場合を×とした。
表5に接触抵抗及び耐食性試験結果を示す。
【0058】
【表5】

【0059】
上記の比較例と発明例の結果から以下のことが確認できる。
・金めっき前のチタン材表面にNやCがあると、1μm全てのエリアで均一に貴金属が成膜できなく、要求特性(接触抵抗、耐食性)を評価すると、耐食試験後の接触抵抗が増加する。
・チタン材表面にあるNやCは、本発明に係る処理を行うことでほとんど除去でき、要求特性を満たす均一な貴金属が成膜される。
図5及び図6に、発明例1及び比較例8の被めっき物を貴金属表面からXPS分析したときのスパッタ時間(4分10秒及び25分0秒がそれぞれ深さ5nm及び30nmに相当)と各元素濃度の関係をそれぞれ例示的に示した。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る貴金属めっきを施したチタン材はチタン材の本来的特性である低密度、高強度、高耐食性及び高融点等に加え、更に高耐食性及び低接触抵抗を兼備したものと言うことができる。従って、本発明に係る貴金属めっきが施されたチタン材は高耐食性及び低接触抵抗が要求される用途に特に好適であり、例えば燃料電池用セパレータ、チタン電極、耐食性接地体等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】No.3におけるチタン材表面のめっき粒子の状態を示す50,000倍と5,000倍のSEM像である。
【図2】No.5におけるチタン材表面のめっき粒子の状態を示す50,000倍と5,000倍のSEM像である。
【図3】No.8におけるチタン材表面のめっき状態を示す50,000倍と5,000倍のSEM像である。
【図4】接触抵抗の測定方法を示す概略図である。
【図5】発明例1の試験片について、XPS分析したときの結果を示す図である。
【図6】比較例8の試験片について、XPS分析したときの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々5at.%以下である貴金属めっき用チタン材。
【請求項2】
貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、被めっき箇所において貴金属最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々2at.%以下であるチタン材。
【請求項3】
貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、被めっき箇所のSEM像(倍率:5,000倍)の視野(15×20μm)において1μm2以上の正方形を形成する未めっき部分が一つも存在しないチタン材。
【請求項4】
貴金属で表面を直接めっきしたチタン材であって、該貴金属はチタン材の表面上に粒子状に存在している請求項2又は3に記載のチタン材。
【請求項5】
前記粒子の平均粒径が10〜400nmである請求項4に記載のチタン材。
【請求項6】
前記貴金属はAu−Pd合金である請求項2〜5の何れか一項に記載のチタン材。
【請求項7】
最表面から5〜30nmの深さ範囲(SiO2換算)でXPS(分析エリア800μmφ)により分析したときに検出されるC及びNの平均値が各々2at.%以下であるチタン材の表面に対して貴金属めっきを施す工程を含む貴金属めっきが施されたチタン材の製造方法。
【請求項8】
前記貴金属めっきが電気めっきにより行われる請求項7に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−88455(P2008−88455A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−267390(P2006−267390)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(591007860)日鉱金属株式会社 (545)
【Fターム(参考)】