説明

貴金属化合物中の貴金属の定量分析法

【解決課題】 貴金属化合物中の貴金属含有量を定量分析する方法において、簡潔な工程からなり、また、熟練を要せず自動化が可能な分析方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、貴金属化合物中の貴金属含有量を定量分析する方法において、固体状の貴金属化合物、又は、貴金属化合物水溶液を濃縮した試料を、1〜4%の水素を含む還元性ガス中で、300〜500℃、0.5〜1時間還元処理した後、貴金属単体を回収して秤量する工程を含む方法である。ここで、貴金属化合物水溶液を濃縮する際には、貴金属水溶液を水分がなくなるまでサンドバス又は乾燥器にて均一加熱するのが好ましい。また、還元処理前の試料に塩化アンモニウムからなる添加剤を添加し、試料を被覆した後に還元処理するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種貴金属化合物中の貴金属含有量を分析するための方法に関する。詳しくは、工程が簡略化され、従来よりも効率的な分析が可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金、ロジウム、イリジウム等の貴金属の化合物、例えば、ヘキサクロロ白金酸塩、塩化ロジウム等は、燃料電池触媒や浄化触媒等の各種触媒における触媒成分や、装飾材料、電子材料としての貴金属めっきのための貴金属源として広く利用されている。
【0003】
ここで、貴金属化合物を上記用途へ供する場合においては、その使用量を厳密に規定する必要があることから、貴金属化合物中の貴金属含有量を正確に把握する必要がある。このことは、化合物中の貴金属含有量の正確な定量分析方法の重要性に繋がる。
【0004】
従来の貴金属化合物中の貴金属含有量の分析方法としては、貴金属化合物を水溶液とし、これに適宜の沈澱剤(例えば、白金含有量の分析に対しては飽和塩化アンモニウム水溶液等)を添加して沈澱生成し、生成した沈澱をろ過、焼成した後、還元処理をして貴金属単体を得て秤量する方法がある。また、貴金属化合物中の種類によっては、含有する貴金属の価数の関係から複数の還元処理を行いつつ、貴金属単体を得る場合もある。
【非特許文献1】JISハンドブック 48 試薬、2001、1255ページ、日本規格協会編
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のような従来の分析方法は、沈澱生成工程や、還元剤除去のための洗浄等、分析精度のために必要なものとはいえ、付加的な工程数が多く効率的な分析処理の妨げとなる。また、従来の分析方法では、正確な分析のために熟練を要する工程もあり、作業者の経験により精度が異なるおそれもある。
【0006】
そこで、本発明は、貴金属化合物中の貴金属含有量を定量分析する方法において、簡潔な工程からなり、また、熟練を要せず自動化も可能な分析方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行い、貴金属化合物から貴金属単体を抽出する工程として、試料となる貴金属化合物を直接還元する方法の適用を検討した。そして、貴金属化合物を直接還元する際の還元剤として、還元力が比較的低い少量の水素を含むガスを適用することが好適であるとして本発明に想到した。
【0008】
即ち、本発明は、貴金属化合物中の貴金属含有量を定量分析する方法において、固体状の貴金属化合物、又は、貴金属化合物水溶液を濃縮したものを試料とし、前記試料を1〜4%の水素を含む還元性ガス中で、300〜500℃、0.5〜1時間還元処理した後、貴金属単体を回収して秤量する工程を含む方法である。
【0009】
以下、本発明につきより詳細に説明する。本発明に係る分析方法において、分析試料となる貴金属化合物は、固体状態の貴金属化合物、又は、貴金属化合物の水溶液いずれも適用可能である。但し、貴金属化合物水溶液を試料として還元する場合には、還元の効率を確保するため溶液を濃縮したものを試料とする。溶液の濃縮は、加熱により行なうことが好ましいが、その加熱方法としては貴金属水溶液を縦横各方向から均一に加熱することが好ましい。濃縮自体は、ホットプレート等による一方向の加熱によっても可能であるが、この場合、溶液全体を均一に濃縮することが困難となり、場合により貴金属化合物の析出、飛散が生じることがあるからである。濃縮のための加熱方法の具体的な態様としては、サンドバス、乾燥器等に溶液を収容する容器を導入して加熱する。
【0010】
還元処理に供するための濃縮は、試料の量にもよるが、120〜200℃で15分間〜3時間加熱し、水分が完全になくなるまで行なうことが好ましい。
【0011】
試料の還元処理は、1〜4%の水素を含む還元性ガスにより行う。還元剤として、かかる還元力の比較的弱い還元剤を使用するのは、化合物中の全ての貴金属を均一且つ確実に還元して貴金属単体とするためである。この点、還元力の強い還元剤を使用すると、化合物全体を均一還元できないおそれがあり、また、急激な還元反応を制御するための調節を要し作業に熟練を要することがあるからである。また、ガス状の還元剤を用いるのは、還元後の副生成物の除去を不要とするためである。この水素ガスを含む還元性ガスとしては、バランスとして窒素を含むものが好ましい。
【0012】
そして、還元条件は、温度を300〜500℃とし、還元時間を0.5〜1時間とすることが好ましい。温度、処理時間をかかる範囲に規定するのは、還元処理を穏やかに、かつ完全に行うためであり、これにより還元処理の途中で試料より発生する副生成物及び添加剤を除去することができるである。また、還元処理は、還元性ガスの気流下で行なうことが好ましく、その流量は、2〜10L/minとするのが好ましい。
【0013】
以上の還元処理により、貴金属単体が生成される。ここで、貴金属化合物中の貴金属以外の元素は還元処理の際の加熱により消失することとなる。そして、この貴金属単体を回収して、必要に応じて洗浄等し秤量することで、化合物中の含有量を算出することができる。
【0014】
ところで、貴金属化合物水溶液を用いる場合の濃縮処理及び還元処理の際には、濃縮時の突沸や加熱に伴う水分蒸発への同伴、更に、雰囲気中の気流によって、試料が飛散するおそれがある。かかる試料の飛散は、ニトロ基を含む貴金属化合物(例えば、ジアンミンジニトロ白金)や塩化物(例えば、塩化パラジウム)で生じる傾向にあるが、分析精度の低下の要因となる。そこで、本発明においては、必要に応じて還元処理前の試料に塩化アンモニウムを添加剤として試料に添加して試料を被覆することが好ましい。試料の被覆は、固体の貴金属化合物については還元処理の直前に行なうことが好ましい。また、貴金属化合物水溶液を試料とする場合には、濃縮処理中と濃縮処理後還元処理直前の2段階で添加剤を加えることが好ましい。濃縮処理及び還元処理の双方において試料の飛散を防止するためである。添加剤の添加量は、試料が雰囲気に曝される表面を覆うことができる程度であれば良いが、具体的には、濃縮処理中に添加する場合には液の粘度が上がり、シロップ状になった時点で添加剤を液量0.3〜1mLに対して0.5〜1g添加する。また、濃縮処理後還元処理前に添加する場合や当初から固体状の試料に添加する場合には、1〜2gの添加剤で試料表面を被覆するのが好ましい。尚、添加剤として上記化合物を選定したのは、貴金属化合物と反応することなく、また、還元処理の加熱により除去可能であり余計な残留物を生じさせることがないからである。
【0015】
また、貴金属化合物の種類によっては、還元処理による加熱によっても貴金属以外の元素が残留する場合がある。この残留物発生の傾向は、白金の化合物ではあまり見られないが、ロジウム、イリジウム、ルテニウムの塩化物において塩素が残留することがある。かかる残留物は、放置すると分析精度を低下させる。そこで、残留物発生のおそれのある貴金属化合物を試料とする場合においては、還元処理後に高温熱処理による焼成及び水素炎での還元処理を行なうことが好ましい。高温熱処理を行なうのは、残留物を除去するためであるが、この熱処理条件としては、600〜800℃で0.5〜1時間とするのが好ましい。また、水素炎による還元処理は、高温熱処理により貴金属単体の酸化が生じることがあるためである。水素炎による還元は、15〜60秒行なうことが好ましい。そして、これらの焼成処理及び水素炎還元処理により残留物が除去された高純度の貴金属単体を得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明による定量分析方法は、試料となる貴金属化合物を直接還元して貴金属単体を得るものであり、従来よりも効率的な分析が可能である。本発明は、固体状の貴金属化合物の他、適宜に濃縮処理を施すことで貴金属化合物の水溶液の分析も可能である。本発明によれば、貴金属化合物中の貴金属含有量を分析に要する時間を従来法より大幅に短縮することができ(例えば、ジアンミンジニトロ白金(II)溶液の分析に関して言えば、1/4程度にすることができる)、また、廃液、副生成物の発生も抑制されている。そして、本発明に係る分析方法は、熟練を要せず、自動化も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明の好適な実施の形態を説明する。本実施形態では、貴金属化合物として、ヘキサクロロ白金(IV)酸溶液、ジアンミンジニトロ白金(II)溶液、塩化ロジウム結晶を分析試料とし、それぞれについて分析を行い貴金属含有量の分析精度を検討した。
【0018】
実施例1:ヘキサクロロ白金(IV)酸溶液の分析
図1は、本実施例におけるヘキサクロロ白金(IV)酸溶液の分析工程の概略を説明する図である。図1において、まず、試料となるヘキサクロロ白金(IV)酸溶液を磁製ルツボに5g秤量し、これをサンドバスにて150℃で30分間濃縮した。溶液濃縮後の試料は、水分のない結晶状のものであった。
【0019】
次に、濃縮した溶液を磁製ルツボに収容した状態で、電気炉中で還元処理した。図2は、本実施例で使用した還元処理用電気炉を示すものである。この電気炉は、本発明に係る分析方法の簡潔さを考慮して、その自動化を図るべく専用設計されたものである。電気炉1は、試料を収容するルツボ10を複数載置可能な炉室100と、還元処理のために炉室100へ試料を挿入するための試料室101と、炉室100と試料室101とを隔離するシャッター102と、炉室の炉体103への給電を制御し温度を調整する温度制御部104及び炉室100へのガス供給を制御するガス制御部105を備える電気炉本体106と、からなる。還元処理に際しては、試料室101へ所定数のルツボ10を載置した後、シャッター102を開けてルツボをスライドさせて炉室100へ導入する。還元処理工程中は、予め設定した還元条件となるように温度制御部104及びガス制御部105が炉室内の雰囲気を調整する。そして、還元処理終了後は、逆に炉室100から試料室101へとルツボ10がスライドされて取り出し可能となっている。本実施例では、電気炉1による還元条件として、還元性ガスを4%水素/窒素ガスを流量6L/minで導入し、温度400℃で1時間加熱した。
【0020】
還元処理後には試料を冷却し、磁製ルツボ内の白金単体を回収した。そして、これを秤量し、貴金属化合物中の白金含有量を計算した。本実施例では、3つのサンプルについて、それぞれn=2の分析を行い各サンプルの分析値のばらつきを検討した。また、比較のため従来の分析方法(図3参照)による分析を行った。表1はその結果を示す。
【0021】
【表1】

【0022】
この結果、本実施例による分析法は、繰り返しのばらつきも小さく、また、分析値も従来法により得られるものと略等しいことが確認された。
【0023】
実施例2:ジアンミンジニトロ白金(II)溶液の分析
図4は、本実施例におけるジアンミンジニトロ白金(II)溶液の分析工程の概略を説明する図である。図4の分析工程は、基本的に実施例1の分析工程と同様であるが、濃縮工程の途中及び還元工程の直前に添加剤として塩化アンモニウムを添加している。
【0024】
この実施例では、試料となるジアンミンジニトロ白金(II)溶液を磁製ルツボに3g秤量し、これをサンドバスにて150℃で濃縮した。この濃縮工程開始から液量が0.1〜1mL程度になるまで濃縮した後に0.5g添加し、溶液が乾燥するまで濃縮を継続した。そして、濃縮した試料に塩化アンモニウムを1g添加して試料を被覆し、これを図2の電気炉中で還元処理した。このときの還元条件としては、還元性ガスを4%水素/窒素ガスを流量6L/minで導入し、温度400℃で1時間加熱した。還元処理後には試料を冷却し、磁製ルツボ内の白金単体を回収してこれを秤量し、貴金属化合物中の白金含有量を計算した。また、比較のため従来の分析方法(図5参照)による分析を行った。表2はその結果を示す。
【0025】
【表2】

【0026】
この結果、本実施例による分析法は、繰り返しのばらつきも小さく、また、分析値も従来法により得られるものと略等しいことが確認された。
【0027】
ところで、この実施例では、溶液の濃縮及び還元工程において塩化アンモニウムを添加して試料の飛散を抑制している。この添加剤の効果につき、図4の分析工程において塩化アンモニウムの添加を行なわずに、分析を行なったところ以下の結果が得られた。
【0028】
【表3】

【0029】
この結果からわかるように、添加剤として塩化アンモニウムを加えることなく濃縮、還元を行なった場合、繰り返しによる分析値の偏差が比較的大きくなる。これは、濃縮、還元工程中における試料の飛散が要因と考えられる。従って、試料の飛散が予測されるような貴金属化合物について分析を行なう場合には、添加剤の添加を行なうことが分析精度を確保する上で好ましいといえる。
【0030】
実施例3:塩化ロジウム結晶の分析
図6は、本実施例における塩化ロジウムの分析工程の概略を説明する図である。図6の分析工程においては、実施例1の分析工程と比較すると、試料の濃縮工程がない点が相違する。また、この実施例では、還元処理後の試料について焼成処理及び水素炎還元がなされている。
【0031】
この実施例では、試料となる塩化ロジウムを磁製ルツボに1g秤量し、これを図2の電気炉中で還元処理した。このときの還元条件としては、還元性ガスを4%水素/窒素ガスを流量6L/minで導入し、温度400℃で1時間加熱した。そして、還元処理後に試料を冷却し、大気中、750℃で30分焼成した。そして、焼成後の試料を水素炎で30秒還元した後、再度冷却して磁製ルツボ内のロジウム単体を回収して秤量し、貴金属化合物中のロジウム含有量を計算した。また、比較のため従来の分析方法(図7参照)による分析を行った。表4はその結果を示す。
【0032】
【表4】

【0033】
この結果、本実施例による分析法は、繰り返しのばらつきも小さく、また、分析値も従来法により得られるものと略等しいことが確認された。
【0034】
この実施例では、還元工程後の試料について、高温での焼成及び水素炎で加熱することで残留する塩素の除去を行なっている。この分析方法により得られたロジウムの塩素濃度は100ppmであった。そこで、この焼成及び水素炎の効果につき、図4の分析工程において焼成及び水素炎の加熱を行なわずに分析を行ない、回収されたロジウム中の残留塩素濃度を測定したところ、700ppmであった。従って、塩素の残留が懸念される貴金属化合物においては、焼成及び水素炎還元を行なうことが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】実施例1のキサクロロ白金(IV)酸溶液の分析工程を示す図。
【図2】本実施形態における還元処理で使用した専用電気炉の構成を示す図。
【図3】従来のキサクロロ白金(IV)酸溶液の分析工程を示す図。
【図4】実施例2のジアンミンジニトロ白金(II)溶液の分析工程を示す図。
【図5】従来のジアンミンジニトロ白金(II)溶液の分析工程を示す図。
【図6】実施例3の塩化ロジウム結晶の分析工程を示す図。
【図7】従来3の塩化ロジウム結晶の分析工程を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
貴金属化合物中の貴金属含有量を定量分析する方法において、
固体状の貴金属化合物、又は、貴金属化合物水溶液を濃縮したものを試料とし、前記試料を1〜4%の水素を含む還元性ガス中で、300〜500℃、0.5〜1時間還元処理した後、貴金属単体を回収して秤量する工程を含む方法。
【請求項2】
貴金属化合物水溶液の濃縮は、貴金属化合物水溶液を水分がなくなるまで均一加熱するものである請求項1記載の定量分析法。
【請求項3】
貴金属化合物水溶液の濃縮をサンドバス又は乾燥器にて行なう請求項1又は請求項2記載の定量分析法。
【請求項4】
試料は固体状の貴金属化合物であり、還元処理前の試料に、塩化アンモニウムからなる添加剤を添加して試料を被覆し還元処理する請求項1項記載の定量分析法。
【請求項5】
試料は貴金属化合物水溶液であり、濃縮の途中及び還元処理前の試料に、塩化アンモニウムからなる添加剤を添加して試料を被覆して試料を濃縮及び還元処理する請求項1〜請求項3のいずれか1項記載の定量分析法。
【請求項6】
還元処理後の試料を、600〜800℃で加熱して焼成し、更に、水素炎で還元する工程を含む請求項1〜請求項5のいずれか1項記載の定量分析法。
【請求項7】
請求項1〜請求項6のいずれか1項記載の定量分析法での還元処理で使用される電気炉であって、
試料を収容するルツボを複数載置可能な炉室と、
還元処理前後の前記ルツボを収容すると共に、前記炉室と連通しており還元処理の前後においてルツボを炉室へ出し入れ可能としている試料室と、
前記炉室と前記試料室とを隔離するシャッターと、
炉室の温度を調整する温度制御部及び炉室へのガス供給を制御するガス制御部を備える電気炉本体と、からなる電気炉。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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