説明

貴金属物品の製造方法

【課題】銀の硫化が起こりにくく、指輪のような過酷な使用環境であっても長期間に亘って黄金色の輝きが保たれ、金被覆層の剥離も発生しにくい貴金属物品の製造方法を提供する。
【解決手段】銀又は銀合金からなる銀粘土焼結体2の表面の少なくとも一部に表面金被覆層4および下地金合金層3の少なくとも2層からなる金被覆層5が形成された貴金属物品1を製造する方法であって、銀粘土焼結体2の表面に目付け0.2〜1.2mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して下地金合金層3を形成する下地金合金層形成工程と、下地金合金層3に、目付け0.4〜2.8mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して表面金被覆層4を形成する表面金被覆層形成工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀粘土焼結体の表面の少なくとも一部に金被覆層を形成した貴金属物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銀粘土は、銀粉末に有機バインダー類を調合して可塑性を付与し、手作りで銀製の造形物品を製作できるようにした素材であり、焼結すると銀製の造形物品が得られ、ホビー用素材、ジュエリー用素材として知られている(特許文献1参照)。
銀粘土には、粘土状のもの、ペースト状のもの、シート状のものなどの水分を含んだ状態のもの、彫刻板用に成形して乾燥したブロック状や板状の形態の焼結前のもの、あらかじめ指輪型、星型、ハート型、十字型、文字型などに造形して乾燥した焼結前の成形中間体の形態のものなどがある。
このような銀粘土を造形、焼結して製作した作品(銀粘度作品)の一部、或いは全部に着色したいとの要望がある。とくに高級感を出すために金で黄金色に着色したいという要望がある。
【0003】
このような銀粘土作品にハンドメイドで色づけをする手段として、いぶし液に漬けて表面を硫化させて黒くする方法、七宝焼でガラスを焼き付ける方法、銀粘土の焼結収縮を利用してエメラルドやルビーなどの有色の固体を嵌合する方法などがある。
また、金で黄金色に色づける方法として、金箔や金箔を粉砕した燐片状の金粉で被覆する方法、金粉末と有機バインダー類を調合してペースト状にした金ペーストを銀粘土作品に塗布して焼き付ける方法、簡易めっき用具(例えばマルイ鍍金工業株式会社製商品名「めっき工房」)で金を電気めっきする方法、および室温で焼結する性質をもつ金コロイド溶液を塗布する方法などがある。
【0004】
金箔や金箔を粉砕した燐片状の金粉で被覆する場合、基材となる銀粘土作品との密着性を十分に担保できず、指輪、ペンダント、イヤリングなどの日常的に手で触って、擦られるような用途の作品には利用できない。熱処理によって密着性を増すという手段も考えられるが、金箔や金箔を粉砕した燐片状の金粉で被覆した銀粘土作品を加熱すると、ところどころ金がめくりあがったようになって、それを研磨すると素地の銀が露出するなどの問題がある。
【0005】
銀粘土作品に金ペーストを塗布して焼付ける場合、輝きのある黄金色を発色させるためには金粉同士が緻密に焼結した状態にしてから磨く必要があるため、金粉の粒子径にもよるが、焼付け温度として500℃以上に加熱する必要がある。しかし、金と銀との合金化は約200℃から始まるので、500℃以上に加熱すると、金と銀の合金化が進むため、色が銀色になってしまう。それを避けて黄金色を出すためには金ペーストを重ね塗りして厚さ100μm以上にまで厚塗りする必要がある。従って、使用する金の量が多くなるという問題がある。
【0006】
簡易めっき用具で金を電気めっきする場合、1回あたり0.02μm〜0.2μmの厚さに薄く均質に被覆できるので、金の使用量を低減できる。但し、金は装飾品として身に着けていると1年間に約1μmの厚さで損耗することが知られておいる。このため、指輪などのような身につける装飾品として、日常的に手で触ったり、水に浸かったり、石鹸や家庭用洗剤で洗われたり、タオルで拭かれたりする過酷な環境下で使用すると、さらに短時間で色落ちしてしまうという問題がある。それを予防するためには、少なくとも0.2μmの厚さ、望ましくは1μm以上の厚さにめっきする必要がある。
しかし、銀粘土焼結体に金めっきする場合、銀粘土焼結体は多孔質であるので、ロストワックス法で製造された銀溶製材に比べてピンホールが発生しやすいという問題がある。銀製品は基材の銀の硫化の影響を受けやすく、ピンホールがあるとその部位の銀が硫化し、シミのようにな黒点が生じるので好ましくない。とくに銀粘土焼結体は多孔質であって孔が内部で連通しているので、ピンホールがあるとピンホール部位のみならず、周辺に広がりをもって硫化が進む傾向がある。それを予防するためにニッケル下地めっきをしておくという方法も考えられえるが、ニッケルはアレルギー反応を示す人がいるので、指輪のような身体につける用途には好ましくない。従って、簡易めっき用具等で金を電気めっきする場合には、銀粘土焼結体に適した硫化が発生しにくい下地処理法が必要である。
【0007】
特許文献2に開示されるような室温焼結性の金コロイド溶液を塗布する場合、簡易めっき用具で金を電気めっきする場合と同様に、1回あたり0.05μm〜0.5μmの厚さに金で薄く均質に被覆できるので、金の使用量を低減できる。しかも、ピンホールが出来にくいという特徴がある。しかし、電気めっきに比べると密着性が弱く、とくに、鏡面研磨した銀粘土焼結体に直接1μm以上の厚さに形成すると剥離しやすくなるという問題がある。従って、室温焼結性の金コロイド溶液を塗布する場合には、銀粘土焼結体に適した剥離しにくい下地処理法が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−241802号公報
【特許文献2】特許第4282630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、銀の硫化が起こりにくく、指輪のような過酷な使用環境であっても長期間に亘って黄金色の輝きが保たれ、金被覆層の剥離も発生しにくい貴金属物品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、銀又は銀合金からなる銀粘土焼結体の表面の少なくとも一部に表面金被覆層および下地金合金層の少なくとも2層からなる金被覆層が形成された貴金属物品を製造する方法であって、前記銀粘土焼結体の表面に目付け0.2〜1.2mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して前記下地金合金層を形成する下地金合金層形成工程と、前記下地金合金層に、目付け0.4〜2.8mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して前記表面金被覆層を形成する表面金被覆層形成工程と、を有することを特徴とする。
【0011】
本発明では、銀粘土焼結体の表面に金を被覆し、それを加熱し合金化して形成した下地金合金層の上に金を被覆し、さらに加熱することにより表面金被覆層を形成するので、下地金合金層が表面金被覆層よりも銀濃度の高い金銀合金層となり、この下地金合金層は、その内部において、表面金被覆層側が銀粘土焼結体側よりも金濃度が高くなるように、金と銀の組成が傾斜した状態を形成することができ、下地金合金層の最表面(表面金被覆層側)は金濃度の高い金銀合金となっている。金銀合金は耐硫化性に優れており、金の配合量が多いほど銀の硫化による黒点の発生を抑制することができる。すなわち、下地金合金層の最表面を金濃度の高い金銀合金としたことにより、銀粘土焼結体の硫化による黒シミの発生が抑制される。
また、下地金合金層は金と銀の組成が傾斜して最表面が金濃度の高い金銀合金であることから、下地金合金層上に形成する表面金被覆層の密着性が著しく向上する。
本発明では、銀粘土焼結体の表面に金を被覆し、それを加熱し合金化して形成した下地金合金層の上に金を被覆し、さらに加熱して焼き付けることにより表面金被覆層を形成するので、例えば指輪のような過酷な使用環境であっても、長期間に亘って黄金色に輝きを保ち、黄金色の色合いの良い貴金属物品が得られる。
【0012】
下地金合金層を形成するための金被覆は、目付け0.2〜1.2mg/cmであることが好ましく、0.2mg/cm未満であると、貴金属物品の耐硫化性を十分に向上できない場合があり、1.2mg/cmを超えると、加熱処理時に下地合金層が銀粘土焼結体から剥離してしまう場合がある。また、表面金被覆層を形成するための金被覆は、0.4〜2.8mg/cmであることが好ましく、0.4mg/cm未満であると、貴金属物品の黄金色を維持することができない場合があり、2.8mg/cmを超えると、密着性を十分に向上できない場合がある。
【0013】
本発明の製造方法において、前記下地金合金層形成工程及び前記表面金被覆層形成工程では、金粒子の表面に保護剤が配位修飾した金コロイド粒子を分散媒に分散させてなる金コロイド液を塗布することにより前記金被覆を施すことを特徴とする。
下地金合金層及び表面被覆層は厚く形成すると剥離し易いが、金コロイド液は薄い膜状に被覆することが可能であり、金濃度の調整も簡単に行えるため、貴金属物品の製造を容易にする。
【0014】
本発明の製造方法において、前記下地金合金層形成工程では、温度200℃〜420℃、1秒間から30分間の条件で加熱保持し、前記表面金被覆層形成工程では、温度200℃〜350℃、1秒間から30分間の条件で加熱保持するとよい。
下地金合金層を形成するための金塗布後の熱処理温度を200℃以上とすることにより金と銀とを相互拡散によって十分に合金化することができ、420℃以下とすることにより、合金化の進行速度を適切にして所望の下地金合金層を得ることができる。一方、表面金被覆層を形成するための金被覆後の熱処理温度を200℃以上とすることにより、下地金合金層と表面金被覆層とを十分に密着させることができ、350℃以下とすることにより、金と銀の合金化を適度にして、表面が銀色に脱色してしまうことを防止することができる。
【0015】
本発明が適用される焼結体の銀粘土は、ホビー用素材、ジュエリー用素材など、手作りでの造形を楽しむ素材として普及しており、そのような手作りでの造形において、手軽に金被覆を施すことができる。
本発明の貴金属物品の製造方法において、下地金合金層は上述の金コロイド溶液を塗布したり、簡易めっき用具で電気めっきを施したりすることにより形成することができ、下地金合金層への加熱処理は家庭用のトースタなどで行うことができる。また、表面金被覆層は上述の金コロイド溶液を塗布したり、簡易めっき用具で電気めっきを複数回行うことで金被覆を行うことができ、表面金被覆層への加熱処理は同じく家庭用のトースタなどで行うことができる。尚、家庭用トースタは通常300℃前後で停止するようサーモスタットが具備されているので、容易に所望の範囲の温度まで加熱することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、銀の硫化が起こりにくく、指輪のような過酷な使用環境であっても長期間に亘って黄金色の輝きが保たれ、金被覆層の剥離も発生しにくい貴金属物品およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態の製造方法により製造された貴金属物品の表面付近の層構造を示すもので、(a)が断面図、(b)が金濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る貴金属物品の製造方法の一実施形態を説明する。
本実施形態の製造方法が適用される貴金属物品1は、銀粘土によって製作した銀粘土焼結体2の表面の少なくとも一部に、下地金合金層3および表面金被覆層4の少なくとも2層を備えた金被覆層5が形成されている。この銀粘土は、銀又は銀合金からなる銀粉末に、有機系バインダー等を添加して作製される。
【0019】
銀粉末は、例えば、平均粒径:2μm以下のAg微細粉末(好ましくは平均粒径:0.5〜1.5μmのAg微細粉末):15〜50質量%に、平均粒径:2μmを越え100μm以下のAg粉末(好ましくは平均粒径:3〜20μmのAg粉末):50%越え〜85質量%未満を混合して得られる。
有機系バインダーは、セルロース系バインダー、ポリビニール系バインダー、アクリル系バインダー、ワックス系バインダー、樹脂系バインダー、澱粉、ゼラチン、小麦粉などいかなるバインダーを使用してもよいが、セルロース系バインダー、特に水溶性セルロースが最も好ましい。この有機系バインダーは、銀粘土中に、銀粉末が50〜95質量%(好ましくは70〜95質量%)に対して、0.8〜8質量%(好ましくは0.8〜5質量%)含まれる。
その他、必要に応じて油脂、界面活性剤などを含有し、残りは水が含まれる。
このようにして作製される銀粘土を造形し、550〜900℃の温度で、造形物の大きさにもよるが5〜70分間加熱することにより、銀粘土焼結体が形成される。
【0020】
本実施形態の貴金属物品1は、銀粘土によって製作した銀粘土焼結体2の表面の少なくとも一部に、下地金合金層3および下地金合金層3上に設けられた表面金被覆層4の少なくとも2層を備えた金被覆層5が形成されている。下地金合金層3は、金および銀を含み表面金被覆層4よりも銀濃度の高い金銀合金層であり、下地金合金層3内部において、表面金被覆層側は銀粘土焼結体側よりも金濃度が高い。下地金合金層3は、銀粘土焼結体2の表面に形成した金被覆と基材の銀粘土焼結体2との加熱により得られる相互拡散相であり、表面金被覆層4は、下地金合金層3の上に形成した金被覆と下地金合金層との加熱により得られる相互拡散相である。
この下地金合金層3および表面金合金層4を形成するための金被覆手段はとくに限定しないが、ここでは金コロイド液による金被覆について説明する。
【0021】
金コロイド液は、金コロイド粒子を水系又は非水系の分散媒、あるいはこれらを混合した分散媒に所定の割合で分散させたものである。金コロイド粒子は、金粒子と、その金粒子の表面に配位修飾した保護剤とにより構成される。
保護剤としては、分子中に窒素を含む炭素骨格を有し、かつ窒素又は窒素を含む原子団をアンカーとして金粒子表面に配位修飾した構造を有し、アルコキシシリル基、シラノール基及びハイドロキシアルキル基からなる群より選ばれた1種又は2種以上の官能基を分子構造に含む構成とされる。
【0022】
金コロイド粒子の具体的な製法の一例としては、非水系において、チオール基を含むアルコキシシランと金化合物とを混合し、還元剤の存在下で金化合物を還元することによって、チオール基を含むアルコキシシランをアンカーとして上記アルコキシシランからなる保護剤が金粒子表面に結合した金コロイド粒子を得ることができる。チオール基を含むアルコキシシランの存在下で非水系の還元反応によって金コロイド粒子を生成させる。非水系とは金化合物の水溶液中で金属還元を行わずに、チオール基含有アルコキシシランやアルコールなどの有機溶液中で金化合物の金属還元を行うことを云う。
【0023】
βジケトンなどのキレート剤を用い、アルコキシシリル基又はハイドロキシアルキル基のいずれか一方又はその双方がキレート剤によってキレート配位させた金コロイド粒子は加水分解反応を遅延させる効果があり、更に安定性が増す。
【0024】
アルコキシシランは、1個又は2個のアミノ基を含有し、かつnが1以上〜3以下の有機鎖(−CH2−)nを有するものが好ましい。具体的には、アミノ基を有するアルコキシシランとしては、例えば、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルトリエトキシシランなどが挙げられる。これらの保護剤(アミノ基含有アルコキシシラン)の量は金属量に対してモル比で2倍から40倍であればよい。
【0025】
還元剤としては、水素化ホウ素ナトリウム、トリメチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、ターシャリーブチルアミンボラン、2級アミン、3級アミン次亜リン酸塩、グリセリン、アルコール、過酸化水素、ヒドラジン、硫酸ヒドラジン、ホルムアルデヒド水溶液、酒石酸塩、ブドウ糖、N-N-ジエチルグリシンナトリウム、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸ガス、硫酸第1鉄などを用いることができる。
【0026】
金粒子を生成させる金化合物としては、塩化金酸、シアン化金カリウムなどを用いることができる。金粒子の平均粒子径は1〜100nmの範囲内、好ましくは1〜60nmの範囲内である。また、この金粒子の表面に保護剤を配位修飾した金コロイド粒子の形状は球状、多角状又はアメーバ状を有する粒状粒子である。
【0027】
前述したように、この金コロイド粒子を水系又は非水系のいずれか一方の分散媒又はその双方を混合した分散媒に所定の割合で分散させて金コロイド液を作製する。この金コロイド液は、金コロイド粒子を形成する保護剤が窒素原子又は原子団をアンカーとして金粒子表面に強固に結合しているので、コロイド溶液が極めて安定であり、高濃度の金コロイドとすることができる。しかも、このような高濃度の金コロイドにおいてもコロイド液が安定であり、粘度変化が小さい。更に膜強度の大きな薄膜を形成することができる。
【0028】
このように製作した金コロイド液の塗布方法としては、刷毛塗り、吹き付け、印刷、ノズルからの吐出、転写等の方法を採用することができる。
<下地金合金層形成工程>
まず、この金コロイド液を銀粘土焼結体2の表面に塗布した後、乾燥させ、所定温度に加熱して下地金合金層3を形成する。この下地金合金層3を形成するための金被覆は、目付け0.2〜1.2mg/cmであることが好ましい。0.2mg/cm未満であると、貴金属物品の耐硫化性を十分に向上できない場合があり、1.2mg/cmを超えると、表面金被覆層との密着性を十分に向上できない場合がある。
下地金合金層3を形成するための金塗布後の熱処理温度は、200〜420℃が好適である。200℃未満では金と銀との相互拡散による合金化が不十分となる場合があり、420℃を超えると合金化が早く進みすぎるため所望の下地金合金層3が得にくくなる場合があるためである。熱処理温度は240℃〜320℃がより好ましい。最高温度での保持時間としては1秒間〜30分間で良い。
前記熱処理後に下地金合金層3をバフ研磨したりシルバーポリッシュクロスで擦ったりして磨いても良い。この段階で、下地金合金層を削り取らないよう磨いておくと、次工程の表面金被覆層形成後の色合いが良くなりやすい。
【0029】
<表面金被覆層形成工程>
次いで、下地金合金層3の上に金コロイド液を塗布した後、乾燥させ、所定温度に加熱して表面金被覆層4を形成する。この表面金被覆層4を形成するための金被覆は、目付け0.4〜2.8mg/cmであることが好ましい。0.4mg/cm未満であると、貴金属物品の黄金色を維持することができない場合があり、2.8mg/cmを超えると、密着性を十分に向上できない場合がある。
表面金被覆層4を形成するための金被覆後の熱処理温度は、200〜350℃が好適である。200℃未満では下地金合金層と表面金被覆層との密着性が不十分となる場合があり、350℃を超えると金と銀の合金化が進んで表面が銀色に脱色してしまう場合がある。熱処理温度は、240℃〜300℃がより好ましい。最高温度での保持時間としては1秒間〜30分間で良い。
【0030】
このようにして銀粘土焼結体2の表面に下地金合金層3と表面金被覆層4との2層構造からなる金被覆層5を有する貴金属物品1が形成される。図1(a)には各層の境界を破線で示しているが、実際には、銀粘土焼結体2と下地金合金層3の界面は熱処理によって金と銀が相互に拡散しており、また下地金合金層3と表面金被覆層4の界面も同じく熱処理によって相互に拡散して密着している。
したがって、図1(b)に示すように、この貴金属物品1の表面付近の金濃度は、表面金被覆層4の最表面が最も高く、深くなるにしたがって徐々に低くなるように傾斜した濃度勾配となるが、表面金被覆層4と下地金合金層3との界面付近では、濃度勾配にわずかな不連続部分が生じる傾向にある。
【0031】
この貴金属物品1は、最表面は、金濃度の高い表面金被覆層4により黄金色に輝く貴金属物品であり、その下層の下地金合金層3は、表面金被覆層4よりも銀濃度の高い金銀合金層となる。そして、この下地金合金層3は、その内部において、表面金被覆層側が銀粘土焼結体側よりも金濃度が高くなるように、金と銀の組成が傾斜した状態に形成され、下地金合金層3の最表面(表面金被覆層側)は金濃度の高い金銀合金となっている。金銀合金は耐硫化性に優れており、金の配合量が多いほど銀の硫化による黒点の発生を抑制することができる。すなわち、下地金合金層4の最表面を金濃度の高い金銀合金としたことにより、銀粘土焼結体2の硫化による黒シミの発生が抑制される。
また、下地金合金層3は金と銀の組成が傾斜して最表面が金濃度の高い金銀合金であることから、下地金合金層3上に形成する表面金被覆層4の密着性が著しく向上する。
【実施例】
【0032】
金コロイド液を次の(1)〜(4)の手順によって作製した。
(1)金濃度が100g/l(リットル)の塩化金酸水溶液:40g、アミノプロパノール:30g、ジメチルアミン錯体:0.01gを色が茶褐色になるまで攪拌混合する。
(2)得られた金コロイド分散液を遠心分離機にかけて沈降させ、上澄み液を捨てる。そして、蒸留水を加えて振とうした後、遠心分離機にかけて沈降させる、という操作を3度繰り返して洗浄する。
(3)洗浄後の金コロイド分散液0.1mlをとって、その乾燥重量から金含有濃度を算出する。
(4)金濃度が0.1g/ml、分散媒として水:エチルアルコールが1:3の重量比率になるようにエチルアルコール及び水を加える。
【0033】
次に、市販の指輪形状の銀粘土成形体(三菱マテリアル株式会社製PMCデザインリング平打ちM2)を、市販の専用焼成用ポット(三菱マテリアル株式会社製シルバーポット)を用いて専用のアルコール固形燃料を熱源として焼結し、次いで、前記銀粘土焼結体の表面を1500番の研磨紙を用いて研磨し、円筒型フェルトバフを取り付けたリューターを用いて研磨し、さらにシルバークロスで磨いていくことにより、表面を鏡面研磨したリングサイズ約14号の平打ち指輪形状の銀粘土焼結体を8個用意した。
尚、焼成用ポット、シルバークロスは、三菱マテリアル株式会社製PMCスターターキットの内容物を使用した。
【0034】
これらの銀粘土焼結体に対して、表1に示したように電気めっきもしくは前記金コロイド液を塗布して乾燥する方法のいずれかの方法で金を塗布し、同じく表1に示した条件で熱処理して、下地金合金層を形成した。尚、電気めっきは市販の簡易めっき用具;マルイ鍍金工業株式会社製商品名「めっき工房」を用いて行った。
金塗布前の銀粘土焼結体の重量と、金被覆して熱処理した後の貴金属物品の重量との差の重量増加分を金塗布重量とし、指輪形状の銀粘土焼結体の外径寸法、内径寸法、幅寸法から銀粘土焼結体の表面積を算出し、前記金塗布重量を前記表面積で除した値を金塗布目付け重量として算出し、その値を表1に示した。
比較例として、下地金合金層を形成しない銀粘土焼結体のままのものを用いた。
【0035】
次いで、得られた指輪形状の銀粘土焼結体を半円状に2つに切断し、一方の試料の下地金合金層について、オージェ分光分析法で表面の金濃度、および深さ方向の金分布を測定した。表面の金濃度は10点測定して、その平均値を表1に示した。深さ方向の金分布の測定は、試料表面をアルゴンエッチングしつつ金濃度を測定することにより行い、そのときのアルゴンエッチングは、純度99.9%以上の石英を標準試料としたときにその石英の減肉速度が5nm/minになる条件で行った。得られた深さ方向の金分布の測定結果から、金濃度が表面の金濃度の20%になるアルゴンエッチング時間を求め、そのアルゴンエッチング時間に前記石英の減肉速度を乗じた値を石英換算厚さとして算出し、その値を表1に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
次に、前記切断した銀粘土焼結体のうち分析に使用しなかった残りの半円状の試料について、表2に示した方法、条件で金を塗布、熱処理して、表面金被覆層を形成した。得られた表面金被覆層を目視観察して剥離の有無を確認し、その結果を表3に記載した。
次いで、耐硫化性試験として、純水200mlにいぶし液(日陶科学株式会社製、目薬タイプの容器入り)を5滴滴下したいぶし液水溶液を準備し、剥離の無かったものについて、前記いぶし液水溶液に30秒間浸漬し、黒シミの発生の有無を目視観察し、その結果を表3に示した。
【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
この表3の結果から明らかなように、下地金合金層を形成させていない比較例1〜4は、剥離したり、熱処理によって色が銀色になってしまったり、いぶし液への浸漬で硫化による黒シミが発生したりしている。一方、実施例のものは、剥離もなく、黄金色で、いぶし液に浸漬しても黒シミも発生していない。
さらに、実施例1のものを別途1個作製し、右手薬指に2個とも着装し、2ヶ月間の日常生活を過ごしたところ、自動車運転時にハンドルと擦れた部位に0.5mmφ程度の大きさで黄金色が剥がれて下地の銀色が現れていたものの、他の部位は黄金色が維持されていた。
【符号の説明】
【0041】
1 貴金属物品
2 銀粘土焼結体
3 下地金合金層
4 表面金被覆層
5 金被覆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀又は銀合金からなる銀粘土焼結体の表面の少なくとも一部に表面金被覆層および下地金合金層の少なくとも2層からなる金被覆層が形成された貴金属物品を製造する方法であって、
前記銀粘土焼結体の表面に目付け0.2〜1.2mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して前記下地金合金層を形成する下地金合金層形成工程と、
前記下地金合金層に、目付け0.4〜2.8mg/cmの金被覆を施し、加熱保持して前記表面金被覆層を形成する表面金被覆層形成工程と、を有する
ことを特徴とする貴金属物品の製造方法。
【請求項2】
前記下地金合金層形成工程では、温度200℃〜420℃、1秒間から30分間の条件で加熱保持し、
前記表面金被覆層形成工程では、温度200℃〜350℃、1秒間から30分間の条件で加熱保持する
ことを特徴とする請求項1記載の貴金属物品の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法により製造された貴金属物品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−179081(P2011−179081A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45356(P2010−45356)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】