質量分布分析方法及び質量分布分析装置

【課題】イオン化ビームの試料への照射の時間的ばらつきによる質量分析結果への影響を低減し、信頼性の高い質量分布を測定することのできる質量分布分析方法を提供する。
【解決手段】本発明の質量分布分析方法は、一次イオンビームを試料に照射し、発生した二次イオンを検出する質量分析方法であって、この一次イオンビームは進行方向に対して垂直な方向への広がりを有し、かつ軌道を偏向することにより、一次イオンビームに含まれる各々の一次イオンの一次イオン源から試料表面までの行路長を調整したうえで、試料表面に対して斜めに入射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料上の物質をイオン化して、その物質の質量分析を行い、その物質の面内分布を画像化して出力する方法及びそのために用いられる装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体組織を構成する多数の物質の分布情報を網羅的に可視化する分析方法として、質量分析法を応用したイメージング質量分析方法の開発が進んでいる。質量分析法とは、レーザー光や一次イオンを照射することによってイオン化した試料を質量電荷比によって分離し、質量電荷比とその検出強度とからなるスペクトルを得る方法である。試料表面を二次元的に質量分析することで、それぞれの質量電荷比に対応する物質の二次元的な検出強度の分布を得ることができ、各物質の分布情報を得る(質量イメージング)ことができる。
【0003】
質量分析法としては、試料をイオン化し、試料から検出器までの飛行時間の違いによってイオン化された対象物質を分離して検出する飛行時間型のイオン分析手段が主に用いられる。試料をイオン化する手段としては、パルス化され微細に収束されたレーザー光をマトリックスに混ぜて結晶化した試料に照射してイオン化するマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI:;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)や、一次イオンビームを照射して試料をイオン化する二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectroscopy)が知られている。これらのうち、既に、イオン化方法としてMALDI等を用いたイメージング質量分析方法が、タンパク質や脂質等を含む生体試料の分析に広く利用されている。しかし、MALDI方式はマトリクス結晶を利用する原理上、空間分解能が数十μm程度に制限される。これに対して、イオン照射式のイオン化方式と飛行時間型のイオン検出方式を組み合わせた飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS;Time Of Flight−Secondary Ion Mass Spectroscopy)は、サブミクロンの高い空間分解能を持つことから、近年注目を集めている。
【0004】
これらの方法を用いた従来のイメージング質量分析方法では、イオン化用のビームを走査し、多数の微小な計測領域において逐次質量分析を行うことにより二次元分布情報を得ている。そのため、広い領域の質量イメージを得るには多大な時間を要するという課題がある。
【0005】
この課題を解消するため、二次元一括(投影)方式の質量分析方法が提案されている。この方法では、広い領域の構成成分を一括してイオン化し、このイオンを検出手段に投影することで、成分の質量情報と二次元的分布とを一度に取得することができるので、計測時間を大幅に短縮することが可能である。例えば特許文献1には、イオンの検出時間と検出位置とを同時に記録することで、質量分析と二次元分布の検出とを同時に行うイメージング質量分析装置が開示されている。
【0006】
ところで、SIMSでは、質量分析部を形成するイオン光学系の軸が基板表面に対して垂直方向になるように配置されているのに対して、通常、イオン化ビームは基板に対して斜めから入射される。
【0007】
投影方式の質量分析装置では、ビーム径が大きい一次イオンビーム等を用いて広い領域に一度に照射するので、一次イオンビームの照射密度の不均一性はイオン発生率の均一性に顕著に影響を与える。その結果、質量分布分析の信頼性を著しく低下させる要因になる。
【0008】
これに関して、特許文献2に記載のイオン注入装置では、広い面積の基板に対して、イオン電流密度が均一となるようにイオンを照射する手段が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−157353号公報
【特許文献2】特開2006−139996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の装置に代表される投影型の質量分析装置において、イオン化に一次イオンを用いる場合、以下のような課題があった。
【0011】
即ち、パルス化された広がりの大きい一次イオンを基板に対して斜めに入射するとき、一次イオンが基板に到達する時刻に、面内でのばらつきが生じる。その結果、二次イオンの発生時刻にばらつきが生じる。特にイオンの飛行時間を計測して質量分離する飛行時間型(TOF)のイオン検出法と組み合わせる場合には、二次イオンの発生時刻のばらつきにより質量分離能が低下し、質量分布を正しく計測できなくなる。
【0012】
これに対して、特許文献2の装置を一次イオンビーム源として適用した場合、試料表面でのイオン照射密度の均一化は図れるものの、パルス化された一次イオンの試料面への到達時間のばらつきに対しては、有効な解決手段とはなり得ない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、一次イオンビームを試料に照射し、発生した二次イオンを検出する質量分析方法であって、この一次イオンビームは進行方向に対して垂直な方向への広がりを有し、かつ軌道を偏向することにより、一次イオンビームに含まれる各々の一次イオンの一次イオン源から試料表面までの行路長を調整したうえで、試料表面に対して斜めに入射されることを特徴とする、質量分析分布方法である。
【0014】
また、本発明は、一次イオン照射手段と、一次イオンの試料への照射により発生した二次イオンの検出手段とを備え、該一次イオン照射手段は、進行方向に対して垂直な方向への広がりがある一次イオンのビームを形成する機能と、該一次イオンの軌道を偏向することにより、一次イオンビームに含まれる各々の一次イオンの一次イオン源から試料表面までの行路長を調整する機能と、該各々の一次イオンの行路長を調整した一次イオンを試料表面に対して斜めに入射する機能と、を備えることを特徴とする、質量分布分析装置である。
また、本発明は、試料表面に対して斜めに入射する一次イオン照射手段と、試料から発生した二次イオンを検出する検出手段と、を備え、前記一次イオン照射手段が、出射された一次イオンの前記試料表面に到達する時間が揃うように、前記一次イオンの行路を入射方向に偏向する偏向手段を有することを特徴とする、質量分布分析装置である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の質量分布測定装置によれば、パルス化された広がりのある一次イオンビームを試料表面に対して斜めに照射する場合でも、一次イオンが試料表面に到達する時間のばらつきを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施形態に係る装置構成の概要を示すための模式図である。
【図2】従来技術における、一次イオンビームの試料表面への到達時間差を説明するための模式図である。
【図3】本発明の実施形態に係る一次イオン照射手段を説明するための模式図である。
【図4】(a)本発明の第1の実施例に係る装置構成、及び、イオン軌道計算結果の概要を示すための模式図である。(b)本発明の第1の実施例に係るイオン軌道計算結果の、試料表面付近の拡大図である。
【図5】(a)本発明の第2の実施例に係る装置構成、及び、イオン軌道計算結果の概要を示すための模式図である。(b)本発明の第2の実施例に係るイオン軌道計算結果の、試料表面付近の拡大図である。
【図6】(a)本発明の第3の実施例に係る装置構成、及び、イオン軌道計算結果の概要を示すための模式図である。(b)本発明の第3の実施例に係るイオン軌道計算結果の、試料表面付近の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、一次イオンビームを照射する試料のイオン化方法と、投影方式のイオン検出方法と、を備えた二次イオン質量分析法に広く適用することができる。特に飛行時間型(TOF)のイオン検出法を採用する場合に、一次イオンが試料表面に到達する時間のばらつきを抑制することで、試料表面での二次イオンの発生時間のばらつきを抑制することによる利点が顕著に得られる。これは、イオン検出方式としてイオンの飛行時間を計測して質量分離するTOFにおいては、二次イオンの発生時刻のばらつきにより同じイオンでも検出器への到達時間のばらつきが発生し、そのため検出された飛行時間にもばらつきが生じるためである。この検出された飛行時間のばらつきは、質量分離能の低下を招き、質量分布の正しい計測の妨げになる。そのため、本発明を適用することにより、特にTOFにおいて質量分離能の低下の抑制、及び信頼性の高い質量イメージング画像の取得が可能となる。
【0018】
以下、本発明の質量分布分析方法及び本発明の方法に用いる装置の構成を、図1を用いて説明する。図1は、本発明の実施形態に係る方法を実施するための装置構成の概要を示すための模式図である。上記の観点から、ここでは投影TOF型の質量分析を例として説明するが、これらの記載は本発明の一実施形態であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0019】
本発明の装置は、試料のイオン化に一次イオンを用い、投影TOF型のイオン検出手段を用いた質量分布分析装置である。装置は、試料3を載置する試料ステージ4、一次イオンを試料3に向けて照射する一次イオン照射手段1、試料表面で発生した二次イオンを検出する二次イオン検出手段5、検出した二次イオンの信号から試料表面での質量分布を構成するための信号処理手段9、及び質量分布分析結果を出力するための出力手段10で構成される。
【0020】
試料3は固体であり、有機化合物、無機化合物、又は生体試料を試料とすることができる。試料3は、およそ平坦な面を持つ基板2上に固定される。基板2は、試料ステージ4上に設置される。試料ステージ4は並進機構を有しており、試料ステージ4をXY方向に任意に変移させることにより、試料3上の任意の領域を測定対象領域として設定することができる。
【0021】
一般的に走査型のTOF-SIMSでは、一次イオンビームは、1μm程度、或いは、それ以下の径に収束して用いられる。これに対して、投影型である本発明の質量分布分析装置では、二次イオンが発生した際の二次元的な二次イオンの位置情報を検出するために、進行方向に直交する方向に平面的にも広がりのある一次イオンビームを用いる。即ち、一次イオンビームは、擬円盤状又は擬円筒状の、空間的に広がりのあるイオン群である。試料上での一次イオンビームの照射エリアは、計測エリアの大きさに応じて設定される。例えば、生体試料において複数の細胞を含むエリアを計測する場合は、好ましくは数十μm〜数mm程度に設定される。
【0022】
一次イオンとしては、Bi若しくはGaなどの液体金属系イオン、Bi3+ 若しくは Au3+等の金属系のクラスターイオン、又はAr等のガス系のクラスターイオン等を用いることができる。生体試料に対しては、クラスターイオンはダメージを軽減する効果があるので特に有効である。
【0023】
一次イオンビームは、一次イオン照射手段1から極めて短時間のパルス状に射出され、試料3に向けて照射される。これを受けて、試料表面では一次イオンに励起された二次イオンが発生する。また、イオン化ビームは、イオン検出手段を構成するイオン光学系との干渉を避けるため、基板2表面に対して斜め方向から試料表面に入射する。
【0024】
二次イオン分析手段5は、引出電極6、飛行時間型の質量分析部7及び二次元イオン検出部8によって構成される。発生した二次イオンは、試料1表面の二次イオン発生位置でのイオンの位置関係を保持したまま質量分析部7を通過し、二次元イオン検出部8で検出される。
【0025】
引出電極6と基板2は1〜10mm程度の間隔を持って配置され、この間隔には、二次イオンを引き出すための電圧Vdが印加される。Vdとしては、正又は負の100V〜10kVの電圧が印加される。質量mをもった二次イオンは、電圧Vdにより加速され、質量分析部に入射する。なお、引出電極6の後段には、適宜投影型の光学系を構成する複数の電極を配置してもよい(不図示)。これらの電極は、二次イオンの空間的な広がりを抑制するための収束機能、及び、拡大機能を有し、電極への印加電圧を変化させることで拡大倍率を任意に設定することができる。
【0026】
質量分析部7は、飛行管と呼ばれる筒状の質量分析管で構成される。飛行管内は等電位となっており、二次イオンは飛行管内を一定の速度で飛行する。飛行時間は質量電荷比(m/z ; mは質量、zはイオンの価数)の平方根に比例することから、二次イオンの発生時刻と検出時刻との差から飛行時間を測定することで、発生した二次イオンの質量電荷比を分析することができる。
【0027】
質量分析部7を通過した二次イオンは、二次元イオン検出部8に投影される。二次元イオン検出手段8では、個々のイオンに関して、検出時刻と二次元検出器上での位置が関連付けられて出力される。ここで、二次元イオン検出部8と質量分析部7との間に、投影倍率を調整するためのイオンレンズを構成する投影調整電極を配置しても良い(不図示)。
【0028】
なお、質量分離能を上げるには、飛行管の長さは長い方が有利である。投影型の場合は、飛行管を長くすれば拡大率を上げることも容易になり、空間分解能を上げる上でも有利である。ただし、飛行管を長くすると装置が大型になるという難点がある。これらを考慮すると、飛行管の長さは、1000mm以上、3000mm以下の範囲で設定することが好ましい。
【0029】
二次元イオン検出部8としては、イオンを検出した時刻と位置情報を検出できるものであれば、いかなる構成をとってもよい。例えば、二次元イオン検出手段8の構成として、マイクロ・チャネル・プレート(MCP)と蛍光板又は電荷結合素子(CCD)型等の二次元的光検出器とを組み合わせた構成を用いることができる。超高速度カメラに用いられるようなCCD型検出器等を用いれば、高速で動作するシャッタによって時間分割した撮像を行うことができる。撮像フレーム毎に、検出器への到達時刻の異なるイオンを別々に撮像されるので、質量分離されたイオン分布像を一度に取得することができる。
【0030】
図2を用いて、従来の一次イオン照射手段201において、イオン発生源から直線的に射出された一次イオンビームが試料表面203に斜め入射した場合の、一次イオン到達時刻の試料表面上での面内ばらつきについて説明する。
【0031】
一次イオン照射手段201から射出された一次イオン202を平坦な試料表面203に照射するとき、試料面に最も早く到達する計測点をaとし、最も遅く到達する計測点をbとして、aとbとの間の距離をdとする。ただし、dはイオンが到達する二点間の、イオンビームの入射方向における距離の最大値には限られず、任意の二点間のイオンビームの入射方向における距離としてよい。つまり、斜め方向から入射されるイオンビームを試料表面に水平な平面に投影した場合に、投影された範囲内にある任意の二点の間の、イオンビームの入射方向における距離を dとしてもよい。試料表面203とイオンビームとの成す角、つまり試料表面203と点a又は点bのいずれかに入射する一次イオン202の入射方向との成す角をθとする。幾何学的な関係から、試料表面近傍における点aと点bに入射するイオンの行路差ΔL は、ΔL = d * cosθと表わされる。イオンの入射速度を v とすると、点Aと点Bに入射するイオンの到達時間の差Δtは、Δt = ΔL / v で表わされる。
【0032】
次に、図2を用いて、イオン到達時刻のばらつきが質量分析結果へ及ぼす影響について説明する。一次イオン202の試料表面203への到達時間差 Δtは、即ち、二次イオン204発生時刻の差となる。更に、点aと点bとの間で、発生したある質量m(或いは、m/z ;zはイオンの価数)を持つ二次イオン204が二次イオン検出器205の検出面へ到達する時間にはΔt の差が生じることになる。従って、イオンの飛行時間の計測値には、Δt が重畳されるため、任意の質量mのイオンに関して、飛行時間には最大Δtの差が生じることになる。即ち、点aと点bとの間の計測点においては、二次イオンの検出時間に最大Δt の「ばらつき」が生じることになる。
【0033】
ここで、二次イオンの加速電圧を Vacc、飛行管の長さを Ltube、電気素量をe、飛行時間 tとすると、ある質量 mのイオンに関して、飛行時間の差 Δtは、Δm = 2 z e Vacc * (Δt / Ltube) ^ 2 の質量の差に相当する。即ち、質量分離結果には、最大Δmのあいまいさが生じるとも言える。これにより、一次イオンの射出条件及又はビーム照射エリアの大きさ等によっては、数u(u :統一原子量単位)以上の質量分離能の低下をもたらす恐れがある。
【0034】
二次元イオン検出部8では、予め設定されたシャッタ時間の間に検出器に到達した二次イオンの分布が計測される。そのため、二次イオンの到達時間に面内のばらつきがあると、ある質量 mの二次イオンに関して、その一部の二次イオンの信号が欠損するか、或いは、最大Δm異なった質量のイオンの信号が、混信して検出される。その結果、正しく質量分布を計測できない恐れがある。
【0035】
そこで、本発明の質量分布分析装置の一次イオン照射手段1は、イオン軌道を偏向させて、イオン源から試料表面までの行路長の差が小さくなるように、イオン軌道を修正する機能を備えている。即ち、上記、試料表面上の任意の二点については、各々の点に入射するイオンの行路長の差が、ΔL = d * cosθよりも小さくなるように行路長が調整される。この調整機能により、一次イオンを試料表面に一斉に到着させることができるようになる。
【0036】
本発明におけるイオン化ビーム照射手段1を、図3を用いてより詳細に説明する。一次イオンビーム照射手段1、は、一次イオン発生部101、接続部102、イオン偏向部103、及び導入部104で構成される。一次イオン発生部101のイオン射出窓107からは、広がりのある一次イオンビームが、時間t1以下のパルス状に射出される。接続部はイオン発生部とイオン偏向部を接続する。イオン発生部から射出された一次イオンは、接続部102を通過してイオン偏向部103に入射する。一次イオンは、イオン偏向部103で軌道が変化した後、導入部104を通過して、基板3上の試料2の表面に導入される。一次イオンは、基板3表面に対して角度θを持って斜めに入射される。ただし、接続部102及び/又は導入部104を省略しても、同等の機能を有することは可能である。
【0037】
接続部102及び導入部104の内部は減圧されているか、又は真空となっている。また、接続部102及び導入部104は導電性の部材で囲まれており、内部は等電位となっていて、イオンは速度を保ったまま飛行する。なお、接続部102は、対向する電極を配置して弱い電圧を印加することによって、イオンの軌道を微修正する機能を有してもよい。
【0038】
イオン偏向部103は、一次イオンの軌道を変化させて一次イオンの行路長を変化させる。試料2の表面上の任意の点Aに到達するイオンの行路をp(A)、点Bに到達するイオンの行路をp(B)とする。イオン偏向部103では、p(A)とp(B)の行路長が等しくなるように、イオン軌道が調整される。これにより、一次イオン発生部101からの射出されるイオンの速度が同じであれば、点A及び点Bでは、同時にイオンが到達することになる。同様に、全てのイオンの行路長が等しくなるように、調整される。すなわち、イオン偏向部103は、出射された一次イオンの試料表面に到達する時間が揃うように、一次イオンの行路を入射方向に偏向する偏向手段となっている。
【0039】
イオン偏向部103は、間隔ΔRを保つ空隙を挟んで対向する一対の電極である第一偏向電極105、及び第二偏向電極106からなる。これらの一対の電極は、その空隙の外周部及び内周部が、それぞれ曲率半径R1及びR2(ΔR = R1−R2)を有する円弧を形成する扇型の電極である。ここで、円弧の中心Oに関する変位角をφ[radian] とする。イオン偏向部103では、第一偏向電極105及び第二偏向電極106に、それぞれVg1、Vg2の電圧を印加することで内部に電界を発生させる。イオン偏向部103内を飛行するイオンに対して概ね中心O側に向かう静電力が働くことによって、変位量は互いに異なるものの、すべてのイオン行路が一方向に変化する。
【0040】
イオン偏向部103、接続部102、及び導入部104のイオンが通過する空隙の幅は、一次イオン軌道の広がりに対して十分大きく設定される。また、一次イオンが一次イオン照射手段の構成部材に衝突しないように、Vg1、Vg2等の電圧が調整される。なお、イオン偏向部103のイオンの入口付近及び出口付近には、適宜、補正電極を設けてもよい(不図示)。補正電極は一対の電極からなり、電界の広がりを補正してイオン軌道の乱れを抑制するために用いることができる。
【0041】
イオン偏向部103における、p(A)、及び、p(B)に関する曲率半径をそれぞれ、r(A)、r(B)、とすると、イオン偏向部103内での行路長は、それぞれ、r(A) *φ及びr(B) *φと表わされる。従って、Δr=r(A)−r(B) とすると、イオン偏向部103においてp(A)及びp(B)の間に生じる行路差は、近似的には Δr *φ程度となる。
【0042】
先に述べたように、一次イオンが斜めに入射するときに、試料表面近傍での行路差ΔLは、ΔL = d * cosθと表わされる。従って、Δr *φ ≒ d * cosθ となるように各パラメータを調整すれば、イオン軌道p(A)とp(B)の行路長を等しくすることができる。ただし、イオン軌道はイオン偏向部での方向変化で曲率半径は変化するので、厳密には、各パラメータはイオン光学シミュレーションによって決定する。その結果を参照し、イオン偏向部103は、一次イオンの入射角θ又は一次イオン照射範囲の変更に応じて、角度φ又は偏向電極への印加電圧を変化する機能を有することができる。イオン偏向部103には、電極105及び106の曲率半径をそれぞれ変化させる機能を有することもできる。
【0043】
ここでは、一対の偏向電極からなるイオン偏向部によってイオン軌道を一方向に偏向する手段を説明したが、複数のイオン偏向部を組み合わせて、全体としてイオン軌道の行路長を等しくすることもできる。
【0044】
また、ここでは静電力によってイオン軌道を偏向する方式をイオン偏向部に用いたが、磁気力によってイオン軌道を偏向する方式を用いてもよい。このとき、例えば、イオンを偏向させる方向に対して垂直に静磁場を印加する手段が設けられる。ただし、磁場を用いる方式では、重いイオンの軌道を偏向するためには強い磁場が必要であり、装置が大型化してしまうという問題がある。また、磁場印加手段からの磁気の漏れが質量分析部でのイオンの軌道を歪ませて、質量分析結果に悪影響を及ぼす恐れがある。これらのことから、イオン偏向部には静電力を用いる方式を採用することが好ましい。
【0045】
以上のように、上記イオン照射手段1によれば、個々の一次イオンの行路長の違いによって生じるイオンの試料表面への到達時間のばらつきは抑制される。ただし、本発明は、一次イオン発生部から射出された時点で発生する、パルス時間t1に相当するばらつきを縮小するものではない。
【0046】
このように、本実施形態によれば、広がりのある一次イオンビームを試料表面に対して斜めに照射した場合でも、一次イオンが試料表面に到達する時間のばらつきを抑制することができる。更に、試料表面での二次イオンの発生時間のばらつきが抑制されることで、特にTOF型のイオン検出手段を採用する場合に、従来よりも質量分離能の低下が抑制された、信頼性の高い質量イメージング画像を取得することができる。
【0047】
(実施例1)
本発明に関る第一の実施例を、図4を用いて説明する。図4に、実施例1の一次イオン照射手段の一部及びイオン軌道のシミュレーション結果を示す。
【0048】
図4(a)には、イオン射出窓107、イオン偏向部103を構成する第一偏向電極105、第二偏向電極106、及び試料2の配置を示す。なお、一次イオン発生部101、接続部102及び導入部104については記載を省略する。
【0049】
また、図4中、イオン射出窓107から射出された一次イオンのイオン軌道を曲線108で示す。イオン射出窓107からは同時に一次イオンが放出されるものとする。曲線108上の点は、一次イオン発生部101のイオン射出窓107から一次イオンが放出されてから一定時間経過した際の各イオンの位置を表わす。なお、図4(b)は、図4(a)中、試料2への照射部近傍の拡大図である。
【0050】
本実施例においては、一次イオン発生部から射出されるイオンのエネルギーを6keVとした。イオン偏向部は、R1=60mm、R2=40mm、ΔR=20mm、φ=45[deg]に設定した。試料2表面の電位はVs=0Vとした。第一偏向電極105、第二偏向電極106への印加電圧には、それぞれ、Vg1=1250V、Vg2=-2500Vを設定した。また、ビームの試料表面への入射角を θ= 50[deg] とした。なお、入射時のビームの広がりd を約4mmとした。
【0051】
図4(b)にも示されるように、各一次イオンは試料2の表面にほぼ同時に到達している。具体的には、一次イオンの行路長のばらつきは最大0.35mmであった。Biイオンの場合、一次イオンの放出面での射出速さは約75km/secであるので、試料表面上に一次イオンが到達する時間は、5nsec 以内に収まることがわかる。
【0052】
以上のように、本実施例の構成によれば、広がりのある一次イオンビームを試料表面に対して斜めに照射した場合でも、一次イオンが試料表面に到達する時間のばらつきを抑制することができる。また、一次イオン源を、二次イオン検出手段の近くに設置することが可能となり、装置の小型化を図ることができる。
【0053】
(実施例2)
本発明に関る第2の実施例を、図5を用いて説明する。図5に、実施例2の一次イオン照射手段の一部及びイオン軌道のシミュレーション結果を示す。なお、図5(b)は、図5(a)中、試料2への照射部近傍の拡大図である。
【0054】
本実施例においては、実施例1と、イオン照射手段1と試料2の配置、パラメータの設定、及びビーム軌道が異なる。上記、実施例1と共通する構成については、同一符号を付し、説明を省略する。
【0055】
本実施例では、一次イオン発生部から射出されるイオンのエネルギーを4keVとした。イオン偏向部は、R1=60mm、R2=40mm、ΔR=20mm、φ=45[deg]に設定した。試料表面の電位はVs=0Vとした。イオン偏向部の電極への印加電圧には、Vg1=1250V、Vg2=-2500Vを設定した。また、ビームの試料表面への入射角θを約16[deg] とした。なお、入射時のビームの広がりd を約2.6mmとした。
【0056】
本実施例では、一次イオンの行路は収束し、イオン窓での広がりよりも、試料表面でのビームの広がりが25%小さくなっている。ただし、図5(b)からもわかるように、各一次イオンは試料表面にほぼ同時に到達している。具体的には、一次イオンの行路長のばらつきは最大0.35mmであった。従って、Biイオンの場合、試料表面上に一次イオンが到達する時間は5nsec 以内に収まることがわかる。
【0057】
なお、印加電圧等のパラメータを調整すれば、ビーム軌道を拡大し、且つ、一次イオンを試料表面に同時に到達させることも可能である。
【0058】
以上のように、本実施例によっても、広がりのある一次イオンビームを試料表面に対して斜めに照射したときに、一次イオンが試料表面に到達する時間がばらつくことを抑制することができる。また、イオンを収束することができるので、イオン密度を上げることが可能となる。
【0059】
(実施例3)
本発明に関る第3の実施例を、図6を用いて説明する。図6に、実施例3の一次イオン照射手段の一部及びイオン軌道のシミュレーション結果を示す。なお、図6(b)は、図6(a)中、試料2への照射部近傍の拡大図である。
【0060】
本実施例においては、実施例1と、イオン照射手段1と試料2の配置、パラメータの設定、及びビーム軌道が異なる。上記、実施例1と共通する構成については、同一符号を付し、説明を省略する。
【0061】
本実施例では、一次イオン発生部から射出されるイオンのエネルギーを4keVとした。イオン偏向部は、R1=60mm、R2=40mm、ΔR=20mm、φ=45[deg]に設定した。試料表面の電位はVs=0Vとした。イオン偏向部の電極への印加電圧には、Vg1=1250V、Vg2=-2500Vを設定した。また、ビームの試料表面への入射角θを約 30[deg] とした。なお、入射時のビームの広がりd を約2.5mmとした。
【0062】
本実施例では、一次イオンの軌道は一旦収束し、再度広がっている。ただし、図6(b)からもわかるように、各一次イオンは試料表面にほぼ同時に到達している。具体的には、一次イオンの行路長のばらつきは最大0.7mmであった。従って、Biイオンの場合、試料表面上に一次イオンが到達する時間は、12nsec以内に収まることがわかる。
【0063】
以上のように、本実施例によっても、広がりのある一次イオンビームを試料表面に対して斜めに照射したときに、一次イオンが試料表面に到達する時間がばらつくことを抑制することができる。また、一次イオン源を二次イオン検出手段から離れた位置に設置することが可能となり、装置構成の自由度が向上する。
【符号の説明】
【0064】
1 一次イオン照射手段
2 基板
3 試料
4 試料ステージ
5 二次イオン検出手段
6 引出電極
7 質量分析部
8 二次元イオン検出部
9 信号処理部
10 出力手段
101 一次イオン発生部
102 接続部
103 イオン偏向部
104 導入部
105 第一偏向電極
106 第二偏向電極
107 イオン射出窓
108 一次イオン軌道
201 一次イオン照射手段
202 一次イオン
203 試料表面
204 二次イオン
205 二次元イオン検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次イオンビームを試料に照射し、発生した二次イオンを検出する質量分析方法であって、
該一次イオンビームは進行方向に対して垂直な方向への広がりを有し、かつ
軌道を偏向することにより、一次イオンビームに含まれる各々の一次イオンの一次イオン源から試料表面までの行路長を調整したうえで、
試料表面に対して斜めに入射される
ことを特徴とする、質量分布分析方法。
【請求項2】
前記二次イオンは飛行時間型のイオン検出法により検出されることを特徴とする、請求項1に記載の質量分布分析方法。
【請求項3】
前記二次イオンが発生した際の二次元的な二次イオンの位置情報を同時に検出することを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分布分析方法。
【請求項4】
前記軌道の偏向は、静電力又は磁気力によって行われること特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の質量分布分析方法。
【請求項5】
前記軌道の偏向は、前記軌道をはさんで対向する一対の偏向電極により発生した静電力によって行われることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の質量分布分析方法。
【請求項6】
一次イオンが入射する試料表面上の任意の二点について、
試料表面に水平な平面に投影した該二点の間のイオンビームの入射方向における距離をdとし、該二点のうちいずれかの点に入射するイオンの入射角をθとしたとき、該二点についての一次イオンの行路長の差がd * cosθよりも小さくなるように、行路長を調整することを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の質量分布分析方法。
【請求項7】
前記任意の二点は、dがイオンが到達する二点間のイオンビームの入射方向における距離の最大値となるような二点であることを特徴とする、請求項6に記載の質量分布分析方法。
【請求項8】
一次イオン照射手段と、一次イオンの試料への照射により発生した二次イオンの検出手段とを備え、
該一次イオン照射手段は、
進行方向に対して垂直な方向への広がりがある一次イオンのビームを形成する機能と、
該一次イオンの軌道を偏向することにより、一次イオンビームに含まれる各々の一次イオンの一次イオン源から試料表面までの行路長を調整する機能と、
該各々の一次イオンの行路長を調整した一次イオンを試料表面に対して斜めに入射する機能と、
を備えることを特徴とする、質量分布分析装置。
【請求項9】
試料表面に対して斜めに入射する一次イオン照射手段と、
試料から発生した二次イオンを検出する検出手段と、を備え、
前記一次イオン照射手段が、出射された一次イオンの前記試料表面に到達する時間が揃うように、前記一次イオンの行路を入射方向に偏向する偏向手段を有することを特徴とする、質量分布分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−109837(P2013−109837A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−251552(P2011−251552)
【出願日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】