説明

質量分析による無機分析方法

【課題】大気イオン化法を適用可能な物質の範囲を金属や他の無機種を含むまでに拡大する。無傷の有機または有機金属分子も分析できるものと同じ機器を用いて、表面試料を直接サンプリングする、あるいは、拭き取って別の場所で分析するための物質を収集する。
【解決手段】無機元素が揮発し表面から直接脱離されるように表面をキレート試薬で処理する工程と、前記表面の上のボリュームまたは前記表面を拭き取る綿棒を大気圧で準安定原子および分子の流れに曝して、揮発性化合物をイオン化する工程と、前記イオン化した揮発性化合物を質量分析計等に移す工程とを含むことを特徴とする質量分析による無機分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、準安定中性励起状態種を用いた大気圧イオン化によって、金属および金属化合物の有無に関する表面分析を行うための質量分析に関する。
【背景技術】
【0002】
無機質量分析は、通常、誘導結合プラズマ質量分析(ICPMS)またはスパーク源質量分析および/またはレーザアブレーション質量分析によって実現される。これらの方法は十分に確立されているが、試料の溶解や他の不利な試料の調製方法を必要とする。試料物質は、表面から取り除かれ、分析用に調製されなければならない。質量分析を必要としない他の元素分析方法は周知であり、それらには蛍光X線や原子発光による分光法が含まれる。これらには様々な長所や短所があり、その長短所に対して、質量分析は同位体組成といった確認情報や補足情報を提供することができる。
【0003】
リアルタイム直接分析(direct analysis in real time: DART(登録商標))、脱離エレクトロスプレーイオン化(desorption electrospray ionization: DESI)、大気圧検体サンプリング(analyte sampling at atmospheric pressure: ASAP)等多数の大気および/またはオープンエアイオン源が、有機化合物やいくつかの有機金属化合物の分析に有用であることが立証されている。試料調製がわずかで済むオープンエア質量分光分析の速度や利便性は認められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、大気および/またはオープンエアイオン源が金属または他の無機元素の分析に有用であることはこれまで明らかにされていなかった。無傷の有機分子や有機金属分子を判別することができ、かつ、無機元素の有無を判別することもできる簡便な分析方法を有することが望まれる。また、表面から速やかに物質をサンプリングしその場で組成を判別するか、あるいは、表面を拭き取るか別の方法でサンプリングして、後で試料を分析することが望まれる。
【0005】
金属種を検出する周知の方法は、トーチで試料を熱する工程と、大気圧での熱イオン化によって金属を検出する工程とを含む。熱イオン化によって形成されたイオンは、衝突誘起解離によってフラグメント化され、元素イオンおよび/またはその酸化物および水酸化物を生成する。
【0006】
高分解能質量分析は、干渉する有機種の質量電荷比とは異なる正確な質量電荷比によって元素イオンを同定するのに用いられる。この方法では、イオン化される物質に熱損傷を引き起こすかなり高温まで試料を熱する必要がある。この方法で、アルミニウムのようないくつかの元素をイオン化するのに十分な高温を実現することは困難または不便である。エレクトロスプレーイオン化も金属や他の元素種を検出するために利用することができる。しかしながら、この方法では、試料は溶解されて溶液中で分析されなければならない。
【0007】
本発明の目的は、大気イオン化法を適用可能な物質の範囲を金属や他の無機種を含むまでに拡大することにある。この方法の利点は、無傷の有機または有機金属分子も分析できるものと同じ機器を用いて、元素種を認識できる点である。また、別の利点は、表面試料を直接サンプリングできる、あるいは、拭き取って別の場所で分析するための物質を収集できるという点である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
つまり、本発明の一実施形態に示すように、無機元素を揮発させて表面から直接脱離させることができるように、表面をキレート試薬で処理する。本発明の別の実施形態によれば、キレート試薬に曝した後、表面は布で拭き取られるか綿棒で擦られる。この実施形態では、物質を取り除き、後で直接綿棒上で分析できるようにするか、あるいは、さらに分析するために物質を別のサンプリング装置に設置できるようにしてもよい。処理された表面または綿棒は、大気圧で準安定原子や分子の流れに曝される。準安定原子や分子は長寿命の励起状態種である。準安定種は、例えばコロナ放電またはグロー放電で生成される。励起状態種と基底状態種との衝突はイオン化を引き起こすことができる。イオン化された無機種はその後質量分析計にかけられる。
【0009】
好適な実施形態によれば、分析される表面は、水、メタノール、NaOHを含むアセチルアセトン、および/またはNH4OHの混合物で処理される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に基づくアルカリ電池内部の質量スペクトル。
【図2】本発明に基づくアメリカの1セント硬貨の表面上の金属の質量スペクトル。
【図3】本発明に基づく綿棒を分析して得られた鉛板の表面の質量スペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、準安定原子および分子や同様のプラズマによる検体の大気圧イオン化に関する。準安定原子や分子は長寿命の励起状態種である。準安定種は、例えばコロナ放電またはグロー放電で生成される。励起状態種と基底状態種との衝突はイオン化を引き起こすことができる。
【0012】
準安定原子および分子源は、参照によって本明細書に組み込まれた米国特許第6,949,741号および第7,112,785号に記載される。このイオン源は、市場ではDART(登録商標)として知られてきた。DART(登録商標)源からの準安定種を検体に向けると、検体はイオン化されて質量分析計等で分析可能となる。
【0013】
表面を励起状態原子や分子を含む加熱されたガス流に曝すだけでは、金属またはほとんどの無機元素を気化したり脱離させるには不十分である。溶媒スプレーに強酸または強塩基を添加することでいくつかの元素を溶解することが可能になるかもしれないが、同じことはスプレー脱離法にも言える。しかしながら、キレート試薬で表面を処理すると、無機元素を揮発させて表面から直接脱離させることができる。あるいは、キレート試薬に曝されていた表面を布で拭き取るか綿棒で擦ることによって、物質を取り除き、後で直接綿棒上で分析できるようにするか、あるいは、さらに分析するために物質を別のサンプリング装置に設置できるようしてもよい。試薬は布で拭き取る前に表面に塗布されることができる。または、綿棒で表面を擦る前に布を試薬で湿らせてもよい。
【0014】
アセチルアセトン(ACAC)は周知の遷移金属用のキレート剤である。大気イオン化によって無機種をサンプリングするのに好適な試薬は、アンモニアや水酸化ナトリウムといった塩基が添加され、アセチルアセトン陰イオンが形成されたアセチルアセトンの水/メタノール溶液である。アセトニトリルといった他の溶媒が代用されてもよい。アンモニア、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびヘキサフルオロアセチルアセトンを含む他の配位子やキレート剤も利用されることができ、その効率は様々である。
【0015】
DART(登録商標)分析では、ヘリウムDART(登録商標)ガスはガスヒーターを350度に設定して使用された。飛行時間型質量分析計(JEOL USA社から販売されているAccuTOF(登録商標)-DART(登録商標))は、m/z609(レセルピンからMH+)で定義される分解能6,000(半値全幅(FWHM)で定義)において、以下の大気圧の界面電位で操作された:オリフィス1=200V、オリフィス2=15V、リングレンズの電位=10V。これらの電位は、元素錯体をより単純な元素イオンまたはその酸化物や水酸化物にフラグメント化するのに適していた。より一般的な電位(オリフィス1=20V、オリフィス2=5V、リングレンズの電位=5V)では、Cu(ACAC)+またはAl(ACAC)2+といったキレート錯体に対応するイオンが観察できた。
【0016】
他の大気イオン化構造が想定されることができる。キレート剤は、脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)または脱離ソニックスプレーイオン化といったスプレー脱離に使用される溶液にも添加されることができる。
【0017】
脱離した錯体は無傷で検出されてもよいし、あるいは、衝突でフラグメント化されるか光フラグメント化されて、小さな元素イオンおよび/またはその酸化物および水酸化物が生じてもよい。後者の方法は、高分解能質量分析によって小さな元素イオンが容易に干渉物から分離され、その正確な質量に基づき認識されることができるので簡便である。また、前駆錯体と対応の元素フラグメントイオンとを関連付けて元素を認識するために、タンデム質量分析が使用されてもよい。
【0018】
この方法により、Na、K、Rb、Cs、Al、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、As、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Hg、Tl、Pb、Bi、GdおよびU等の元素の分析が成功したことが示されている。その分析のために、上記元素を含む試料または物質が実験室で用意されていた。したがって、Cd、Pb、Hgといった有毒金属をうまく検出したり、プリント基板上のハンダトレースにおけるPb、Snといった共通金属の有無を判定したり、磁石等の物質におけるCo、Cu、Ni、Feといった共通金属の有無を判定したり、Uといった戦略的に注目される物質を検出することができる。
【0019】
Pt、Rh、RuおよびV等のいくつかの他の元素で効果があると期待されるが、容易にはテストできなかった。Au、W、MoおよびII属の元素(Be、Ca、Mg、Sr、Ba)といった比較的反応性に乏しい元素は、今のところこの方法で検出されたことがない。C、H、N、O、S、Si、Se、Te、F、Cl、BrおよびIといった他の元素は、純元素や無機化合物として容易に検出されており、検出にこの方法を必要としない。この方法は希ガスの検出には適さない。
【0020】
金属(例えばNa、KまたはAg)や基質検体(例えばポリエチレングリコール)と共にキレート剤(アセチルアセトネート溶液)を添加することで、[M+Na]+、[M+K]+および[M+Ag]+といった付加生成物を形成することができる。こういった付加生成物は、一般にエレクトロスプレーイオン化やDESIおよび関連の技術によって観察されるが、これまでにDART(登録商標)や関連の気相イオン化技術によって観察されたことはなかった。このことは化学的に注目されるであろうイオン錯体を形成する簡便な手段を提供する。
【実施例】
【0021】
[実施例1]
アルカリ電池内部のペーストをキレート剤で処理し、その後大気圧で準安定原子および分子の流れに曝して、揮発性化合物をイオン化した。イオン化した揮発性化合物は質量分析計に移された。生の質量スペクトルおよび元素のみの質量スペクトルが図1に示される。
【0022】
[実施例2]
アメリカの1セント硬貨の表面をキレート剤で処理し、大気圧で準安定原子および分子の流れに曝して、揮発性化合物をイオン化した。イオン化した揮発性化合物は質量分析計に移された。生の質量スペクトルおよび元素のみの質量スペクトルが図2に示される。
【0023】
[実施例3]
鉛板の表面をキレート剤で処理し、綿棒で擦った。綿棒を大気圧で準安定原子および分子の流れに曝し、揮発性化合物をイオン化した。イオン化した揮発性化合物は質量分析計に移された。生の質量スペクトルおよび元素のみの質量スペクトルが図3に示される。
【0024】
以上、特許法によって必要とされる細目および詳細を伴って本発明を説明してきたが、特許証による保護が望まれる内容は、以下の特許請求の範囲に記載される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析による無機分析方法であって、
無機元素が揮発して表面から直接脱離されるように表面をキレート試薬で処理する工程と、
前記表面の上のボリュームを大気圧で準安定原子および分子の流れに曝して、揮発性化合物をイオン化する工程と、
前記イオン化した揮発性化合物を質量分析計等に移す工程とを含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の無機分析方法において、前記キレート試薬は、溶媒、水、メタノールおよび塩基を含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項3】
請求項2に記載の無機分析方法において、前記溶媒はアセチルアセトンまたはアセトニトリルであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の無機分析方法において、前記塩基はアンモニアまたは水酸化ナトリウムであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の無機分析方法において、前記脱離した無機元素を衝突でフラグメント化するか光フラグメント化する工程をさらに含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の無機分析方法において、前記キレート試薬に金属や基質検体を添加して付加生成物を形成する工程をさらに含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項7】
請求項6に記載の無機分析方法において、前記金属はNa、KまたはAgであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の無機分析方法において、前記基質検体はポリエチレングリコールであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項9】
質量分析による無機分析方法であって、無機元素が揮発し表面から直接脱離されるように表面をキレート試薬で処理する工程と、キレート試薬に曝した後前記表面を綿棒で擦る工程と、前記綿棒を大気圧で準安定原子および分子の流れに曝して、揮発性化合物をイオン化する工程と、前記イオン化した揮発性化合物を質量分析計等に移す工程とを含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項10】
請求項9に記載の無機分析方法において、前記キレート試薬は、溶媒、水、メタノールおよび塩基を含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項11】
請求項10に記載の無機分析方法において、前記溶媒はアセチルアセトンまたはアセトニトリルであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項12】
請求項10または11に記載の無機分析方法において、前記塩基はアンモニアまたは水酸化ナトリウムであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項13】
請求項9から12のいずれかに記載の無機分析方法において、前記脱離した無機元素を衝突でフラグメント化するか光フラグメント化する工程をさらに含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項14】
請求項9から13のいずれかに記載の無機分析方法において、前記キレート試薬に金属や基質検体を添加して付加生成物を形成する工程をさらに含むことを特徴とする無機分析方法。
【請求項15】
請求項14に記載の無機分析方法において、前記金属はNa、KまたはAgであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項16】
請求項14または15に記載の無機分析方法において、前記基質検体はポリエチレングリコールであることを特徴とする無機分析方法。
【請求項17】
請求項9から16に記載の無機分析方法において、前記キレート試薬は拭き取りの前に前記表面に塗布されることを特徴とする無機分析方法。
【請求項18】
請求項9から16に記載の無機分析方法において、前記キレート試薬は拭き取りの前に前記綿棒に塗布されることを特徴とする無機分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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