説明

質量分析システムおよび質量分析方法

【課題】
未知試料の同定を目的として質量分析システムにおいて、効率良く未知試料に関する情報を取得する手法を提供する。
【解決手段】
質量分析を行うことで得られたマススペクトルの各ピークに対してガウス関数を用いることで強度変化を予測し、その強度変化にもとづいて次に行うタンデム質量分析の回数および親イオンを決定する。試料の分離手段と質量分析装置から構成される質量分析システムにおいて、既に得られている質量分析のマススペクトルから、そこに出現している各ピークの強度変化を予測することで、タンデム質量分析の回数を決定することを1つの特徴とする。本発明によれば、これにより1測定中におけるタンデム質量分析の回数が増加することにより、試料における成分の多くの構造情報を取得可能となり、同定の精度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析システムおよび質量分析方法に係わり、質量分析により得られたスペクトルを用いて同定を行う技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な質量分析方法では、対象となる試料をイオン化して、それらのイオンを質量分析装置へ送る。質量分析装置では、送られてきたイオンに対して質量(m)と価数(z)の比からなる質量対電荷比(m/z)ごとにイオン強度を測定する。この結果として、横軸がm/z、縦軸がイオン強度からなるマススペクトルを得ることができる。
【0003】
試料中に含まれる各成分は、質量分析装置で測定された結果、マススペクトル上においてイオン強度のピークとして出現する。試料中に複数の成分が含まれる場合、マススペクトル上には複数のピークが出現する。これらのピークにおいて重心点を求める処理はセントロイド化と呼ばれ、一般的にこの重心点をピークに対応する試料成分の質量数とされる。
【0004】
質量分析方法には、試料をイオン化しそのまま測定するMS分析法と試料をイオン化し測定したあと、ある特定のイオンを選択して解離させ生成したイオンを測定するタンデム質量分析法がある。タンデム質量分析法において解離の対象となるイオンを親イオンと呼ぶ。タンデム質量分析法では、解離させたイオンから更に親イオンを選択して解離させて生成したイオンを質量分析するといったように、多段に解離と質量分析を行う機能がある。以降、n段目の質量分析をMSnと呼ぶ。タンデム質量分析法は、試料の質量数情報のほかに試料の構造情報を取得することを目的として実施される。タンデム質量分析を行った結果をデータベースと照合することにより試料中に含まれる成分の同定を行うことが可能となる。
【0005】
タンパク質や糖などの生体試料のように様々な成分を多く含む試料に対しては、クロマトグラフと質量分析装置を組み合わせたシステムが多用される。クロマトグラフにおいて物質のカラムへの吸着度の違い等から試料中の成分が時間的に分離されることにより,質量分析装置では分離が困難なイオン種の分離が可能となる。
【0006】
クロマトグラフを使用した質量分析では、クロマトグラフで試料の分離を開始してからすべての試料がクロマトグラフから流出するまでの間、質量分析装置において質量分析やタンデム質量分析を繰り返し実施する。分析の対象とする試料が既知である場合、タンデム質量分析を行うイオンの質量数を直接指定することが可能である。しかしながら、対象が未知試料である場合は、一度質量分析を行い、タンデム質量分析を行うイオンを選定することが必須であり、質量分析とタンデム質量分析を1回のセッションとして繰り返す手法がとられる。
【0007】
未知試料に対する同定を目的とした質量分析とタンデム質量分析の手法に関して、例えば、特許文献1及び特許文献2が挙げられる。
(1)特許文献1では、データベースを利用することでタンデム質量分析を優先的に行うイオンとタンデム質量分析が不必要なイオンを選定する手法について述べられている。
(2)特許文献2では、質量分析したマススペクトルの取得後に内部データベースを検索し、親イオン候補数等に応じて親イオンを幾つかのグループに分類して、グループ毎にタンデム質量分析を行う手法について述べられている。
【0008】
【特許文献1】特開2004−71420号公報
【特許文献2】特開2007−46966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
未知試料に対してそこに含まれる成分の同定を目的とした場合、1回の測定、すなわちクロマトグラフで試料が流出し始めてから終わるまでの間に多くの成分についての構造情報を取得することが同定の精度を上げるうえで望ましい。そのため、特許文献1のような、同定をする上で意味のある成分イオンを選択的にタンデム質量分析を実施する手法や、特許文献2のような多くの成分イオンを高効率でタンデム質量分析を実施する手法が考案されている。
【0010】
試料中に含まれる成分に対して多くの構造情報を取得するためには、測定中に構造情報を得ることができるタンデム質量分析の回数を増加させることが大きな要因となっている。しかしながら、従来、未知の試料に対してタンデム質量分析を行うには、事前に質量分析を行い、タンデム質量分析のためのイオンの選定を実施することが必要である。クロマトグラフを使用した試料の測定では、通常、数時間を要し、その間に数千回の質量分析とタンデム質量分析が実施されることとなり、測定全体に対する質量分析のために要する時間も大きい。すなわち、タンデム質量分析を実施するにあたり事前に質量分析を実施する必要性が、測定におけるタンデム質量分析の回数を増加させる上での課題となっている。
【0011】
本発明では、1測定におけるタンデム質量分析の回数が増加する質量分析システムの提供を1つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明では、試料の分離手段と質量分析装置から構成される質量分析システムにおいて、既に得られている質量分析のマススペクトルから、そこに出現している各ピークの強度変化を予測することで、タンデム質量分析の回数を決定することを1つの特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、1測定中におけるタンデム質量分析の回数が増加することにより、試料における成分の多くの構造情報を取得可能となり、同定の精度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の実施例を示す。
【実施例1】
【0015】
図1に、本発明における第1の実施形態を適用する質量分析システムを示す。図1のシステムは、未知の試料に対して質量分析を行うことで試料中に含まれる成分を同定することを目的としたシステムであり、入力部1,表示部2,データ処理部3,制御部4,試料分離部5,イオン化部6,質量分析部7,イオン検出部8およびデータベース9を備える。
【0016】
図1では、まず分析の対象となる未知試料を試料分離部5に導入する。試料分離部5では、未知試料中の成分を時間的に分離を行う。試料分離を行う装置としては液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(LC)などを適用することが望ましい。
【0017】
分離が行われた試料は、イオン化部6においてイオン化が行われる。イオン化の方法には、エレクトロスプレーイオン化(ESI),大気圧化学イオン化(APCI)、電子イオン化(EI)や化学イオン化(CI)などが考えられ、分析の対象とする試料や分析の目的に応じたイオン化法が選択される。
【0018】
イオン化が行われた試料中の成分は、質量分析部7にてイオンの質量対電荷比(m/z)に応じて分離される。ここで、mはイオン質量、zはイオンの帯電価数である。質量分析部には、様々な質量分析装置が適用可能であるが、四重極型質量分析装置,イオントラップ型質量分析装置などのタンデム質量分析が可能な質量分析装置が望ましい。質量分析方法には、試料をイオン化してそのまま分析する方法(MS)の他に、特定の試料イオン(親イオン)を質量選択して、それを解離して生成した解離イオンを質量分析するタンデム質量分析法(MS2)がある。タンデム質量分析法では、解離したイオンの中から更に親イオンを選択して解離,質量分析を行うといったように、解離,質量分析を多段(MSn)に行う場合もある。タンデム質量分析を行うことで親イオンの分子構造情報を取得され、この情報を利用して未知試料の同定が行われる。
【0019】
親イオンの解離方法としては衝突解離(Collision Induced Dissociation)法や電子捕獲解離(Electron Capture Dissociation)法などがある。衝突解離法はヘリウムなどのバッファーガスをイオンに衝突させて解離する方法であり、電子捕解離法は、低エネルギーの電子を照射し、親イオンに多量に低エネルギー電子を捕獲させることにより解離する方法である。
【0020】
質量分析部7において分離されたイオンはイオン検出部8にて検出され、データ処理部3にて検出したデータの処理と解析が実施される。解析された結果は、マススペクトルとして表示部2にて表示される。試料を分離し、イオンとして検出し、マススペクトルとして表示するという一連の分析過程は、制御部4にて制御される。また、ユーザーが分析処理や装置を制御するためのインターフェースとして入力部1を備える。
【0021】
データ処理部3では、取得したマススペクトルに対してノイズ除去,ピーク判定、及び同位体ピーク除去等の後処理を実施する。このように得られたマススペクトルをデータベース9の情報と照合することにより、試料中に含まれる成分が同定される。
【0022】
試料の同定に使用するデータベース9は、既知試料のマススペクトルが蓄えられたデータベースである。インターネット上で公開されているデータベースなどが用いられる。
【0023】
図2に、タンデム質量分析による未知試料中の成分を同定する場合の一般的な処理フローを示す。図2の処理フローは、試料導入10,試料分離11,イオン化12,質量分析(MS)13,親イオンの解離14,質量分析(MS2)15により構成される。まず、同定の対象となる未知試料に対して試料導入10を行い、試料分離11を実施する。試料中の成分は、LCやGCなどのクロマトグラフにより時間ごとに分離され、時間ごとにクロマトグラフから流出する。クロマトグラフから送られてくる成分は、順次イオン化12される。その後、イオン化12されて送られてくる試料成分に対して、質量分析(MS)13,親イオンの解離14,質量分析(MS2)15という一連の処理を繰り返し実施する。まず、質量分析(MS)13を行うことにより、試料中に含まれる成分を分析し、親イオンの選択を行う。親イオンの選択は、イオン強度が大きいものを選択する方法が一般的に用いられる。その他、一度、解離を行ったイオンを選択除外するなどの方法が用いられ場合もある。次に親イオンとして選択されたイオンを解離し、解離により生成したイオンを、質量分析(MS2)15する。質量分析(MS2)15により得られたマススペクトル(MS2スペクトル)は親イオンの分子構造情報を有しており、試料中に含まれる各成分の同定に使用されるものである。質量分析(MS)13,親イオンの解離14,質量分析(MS2)15の処理を繰り返し実施することで、未知試料中の様々な成分に対してMS2スペクトルを取得し試料情報として蓄積する。一般に、質量分析(MS)13に要する時間及び親イオンの解離14を行い質量分析(MS2)15を実施するのに要する時間は、それぞれ0.5〜2.0秒程度である。一方、試料の分析を行う場合において試料がクロマトグラムから流出し終えるまでの時間は、LCやGCの試料分離部5における装置条件等に依存するが、一般的に要する時間は数時間程度となり、クロマトグラムより試料が流出し終える間に質量分析(MS)13から質量分析(MS2)15の一連の処理は数千回繰り返されることとなる場合が多い。このようにして取得したMS2スペクトルをデータベース9と照合することで未知試料中に含まれる成分の同定が行われることとなる。
【0024】
図3に、本発明の第一の実施例における質量分析フローの概略図を示す。本発明の第一の実施例の処理フローは、主には、試料導入10,試料分離11,イオン化12,質量分析(MS)13,MS2回数の決定16,親イオンの解離14,質量分析(MS2)15、および所定回数終了判定17により構成される。本発明の第一の実施例の主な特徴は、質量分析(MS)13を行った後に、MS2回数の決定16の処理を備える点である。以下に本発明の第一の実施例による処理フローの詳細を示す。
【0025】
まず、同定の対象となる未知試料に対して試料導入10を行い、試料分離11を実施する。クロマトグラムにより分離された試料中の成分に対してイオン化を行い、質量分析(MS)13を実施する。ここで、本発明では、質量分析(MS)13して得られたマススペクトルから、この後に実施する親イオンの解離14と質量分析(MS2)15を行う回数、およびその際に解離を行う親イオンの決定を行う。以下、この親イオンの解離14と質量分析(MS2)15の一連の処理をMS2分析と呼ぶこととする。この処理において決定された回数、MS2分析を実施し、所定回数が終了した場合に再び、質量分析(MS)13の処理を行う。クロマトグラムより試料が流出する間この処理を繰り返し、MS2スペクトルを蓄積させる。このように、質量分析(MS)13の後にMS2回数の決定16により実施するMS2分析の回数を決定することで、1回の質量分析(MS)13に対して複数回数のMS2分析を実施される。これにより、従来の処理フローに比べてクロマトグラフより試料が流出する間に行う質量分析(MS)13が減少し、MS2分析の回数が増加することとなる。結果として、従来処理フローに比べて、多くのMS2スペクトルを取得することが可能となり、データベース9を用いて同定を行った際に精度の向上や同定する成分数の向上に繋がる。MS2回数の決定16では、MS2分析を行うべき最適な回数を決定する。
【0026】
図4に、本発明の第一の実施例におけるMS2回数決定のフローの概略図を示す。MS2回数の決定16は、ピーク抽出処理18,ピーク強度変化計算19,MS2回数決定20,ピーク情報データベース21から成る。ピーク抽出処理18では、質量分析(MS)を行うことで得られたマススペクトルに対してピーク判定処理を実施する。ピーク判定においては、前処理としてスムージングなどのノイズ除去を行うことが望ましい。ピーク判定後は、同位体ピークを除き、主同位体ピークのみを抽出する。結果として、m/zとイオン強度と保持時間から成るピークリストが生成される。
【0027】
図5に、本発明の第一の実施例におけるピークリストの説明図を示す。ピークリストには、符号22で示すピークリストピークNo.に、それぞれ対応した、符号23で示すピークリストm/zと、符号24で示すピークリストイオン強度、符号25で示すピークリスト保持時間(分)が示される。ピークリスト保持時間(分)25は、試料分離11の開始時間から質量分析(MS)13が実施されるまでの時間であり、同じ質量分析(MS)13で得られたピークにおいては等しい値となる。ピークリストの内容は、ピーク情報としてピーク情報データベース21へ登録する。ピーク情報データベース21には、過去に質量分析(MS)を行った際に得られたピーク情報が保存されることとなる。
【0028】
ピーク抽出処理18の次のピーク強度変化計算19では、ピークリストとして得られている各ピークについて、ピーク情報データベース21に保存されている過去のピーク情報を使用することにより、以降のイオン強度の変化を推定する。ピークリスト上に存在するある1ピークについてのイオン強度変化の推定方法は以下のとおりである。
【0029】
まず、ピーク情報データベース21を参照して、過去の質量分析(MS)13の結果で得られたピークリストより対象となるピークを検索する。検索では、m/zが一致するピークを探索する。ノイズや条件等により同じ成分のイオンに対してもm/zが全く一致することはないため、ある裕度Δm/zで一致するピークを同じピークとして抽出する。ここでΔm/zは予め設定された値かユーザーが任意に設定できる値であることが望ましい。
【0030】
図6に、検索を行った結果として得られたピークの例を示す。検索結果には、符号26で示す探索結果ピークNo.と、符号27で示す探索結果m/zと、符号28で示す探索結果イオン強度と、符号29で示す探索結果保持時間(分)が含まれる。図6では結果として3つのピーク(ピークNo.1,2,3)が見つかった例である。
【0031】
次に探索を行った結果における探索結果イオン強度28と探索結果保持時間(分)29から対象となるピークのイオン強度変化について予測を行う。保持時間を横軸、イオン強度を縦軸として探索して得られたピークを座標軸にプロットする。
【0032】
図7に、一例として図6の結果をプロットしたものを示す。すなわち、図7は、本発明の第一の実施例におけるイオン強度の保持時間の説明図である。ピークP1(符号30),ピークP2(符号31),ピークP3(符号32)は、図6におけるピークNo.(符号26)と一致するものである。図6における探索結果保持時間(分)29と探索結果イオン強度28の関係から今後の保持時間に対してイオン強度がどのように変化するかを予測する。
【0033】
通常、試料中に含まれる成分は、試料分離を行い、質量分析をした結果、イオン強度は、保持時間に対してガウス関数曲線に類似する形状で変化する。そこで、現在までに得られているイオン強度と保持時間の関係に対して、ガウス関数でフィッティングをすることで今後のイオン強度変化を予測する。
【0034】
図8に、図7のイオン強度と保持時間の関係に対してフィッティングを適用した場合の結果を示す。ピークP1(符号33),ピークP2(符号34),ピークP3(符号35)の各点に対して誤差が少なくなるよう、最適な形状のガウス関数が適用される。このガウス関数曲線36を今後のイオン強度の変化と考える。
【0035】
既に得られたイオン強度と保持時間からガウス関数曲線を求める方法を以下に示す。まず、ガウス関数曲線は、Iをイオン強度、tを保持時間として以下の式により表される。
【0036】
【数1】

【0037】
ここでa,b,cはガウス関数曲線の形状を決定するためのパラメータである。これらのパラメータを既に取得した、イオン強度,保持時間より決定する。決定を行うにあたり上記の式の両辺に対して自然対数に変換すると以下のようになる。
【0038】
【数2】

【0039】
この式をtについての多項式とみなし以下のように変形する。
【0040】
【数3】

【0041】
ここで、新たに変数A,B,Cを以下のように定義する。
【0042】
【数4】

【0043】
【数5】

【0044】
【数6】

【0045】
上記の式は、A,B,Cの変数を用いると以下のような2次元多項式となる。
【0046】
【数7】

【0047】
この2次元多項式に対して、既に得られたイオン強度Iと保持時間tを用いて、最小2乗法を適用することにより、A,B,Cの値を決定する。A,B,Cの値が得られたら、それぞれの値を用いて、(式4)(式5)(式6)から以下の式により、a,b,cを決定する。
【0048】
【数8】

【0049】
【数9】

【0050】
【数10】

【0051】
図9は、本発明の第一の実施例におけるピーク探索結果の代表例の説明図である。本実施例では、ピーク情報データベースを検索した結果として、あるピークのイオン強度と保持時間が図9となる場合の例を示す。
【0052】
まず、各ピークにイオン強度39に対して自然対数をとる。その結果を図10における対数イオン強度41に示す。次に4つの対数イオン強度と保持時間の組を用い、最小2乗法を行うことでA,B,Cの値を決定する。その結果として、A=−1.15,B=6.83,C=−6.76となる。これらを(式8)(式9)(式10)に代入することで、a=28.89,b=2.96,c=0.657と決定される。
【0053】
図11に、これらのパラメータによりガウス関数曲線を描いた図を示す。実点42が得られているイオン強度と保持時間のデータであり、点線が上記手段により決定した実演算ガウス関数曲線43であり、イオン強度変化の予測を示すものである。
【0054】
続いて、上記手段により得られたイオン強度変化より、対象ピークが今後の存在時間を求める。図12に、本発明の第一の実施例における存在時間の説明図を示す。図12に示すように、存在時間を求めるにあたっては、イオン強度変化に対して、ある閾値44を適用し、イオン強度がその閾値44以上であればイオンが存在するものとして、現在時刻からイオン強度が閾値44より小さくなるまでの時間を対象となるピークの存在時間とする。図12は、図8に対して存在時間45を求めたものである。閾値44の設定方法としては、固定値もしくはユーザーが入力部より指定する方法などがある。また、閾値44の指定方法には、直接イオン強度を指定する。また、最大イオン強度に対する相対値(%)で指定する方法でもよく、質量分析(MS2)を行うのに最低限必要な強度が設定されていることが望ましい。
【0055】
次に、対象ピークに対して、存在時間45の間に行えるMS2分析の回数(MS2回数)を決定する。親イオンの解離と質量分析(MS2)に要する時間で存在時間を割った商を回数とする。
【0056】
以上、ピーク情報データベース21からピークを探索する処理からMS2回数を求めるまでの処理を、現在の質量分析(MS)で得られたピークに対して実施する。対象とするピークを選ぶにあたっては、ある閾値を設定するなどピークの絞りこみを行うことも可能である。
【0057】
以上の結果として質量分析(MS)で得られた各ピーク対してMS2回数を求めたMS2回数リストを生成する。図13に、MS2回数リストの例を示す。このMS2回数リストを元にして、実施すべきMS2分析の回数と親イオンを決定する。MS2分析の実施回数には、MS2回数リストのピークにおいて最大のMS2回数を用いる。ただし、MS2回数が大きくなるような場合に対応するため、ユーザーが事前に最大数を設定しておくことも可能である。以上の処理により、質量分析(MS)で得られた結果から次に行うべきMS2分析の回数が決定される。
【0058】
図3においてMS2回数の決定16を行った後、決定された回数の親イオン解離14と質量分析(MS2)15を行う。親イオン解離14と質量分析(MS2)15を繰り返し、所定回数に達した場合に質量分析(MS)13を行い、再びMS2回数の決定16を行うという処理を試料分離11が行われている間繰り返す。
【0059】
親イオン解離14と質量分析(MS2)15における親イオンの選択にあたっては、MS2回数の決定により得られたMS2回数リスト中のピークから選択を行う。ピークの選択にあたっては、現在の親イオン解離と質量分析(MS2)の繰り返し数とMS2回数リストMS2回数50が一致するピークを選択する。
【0060】
図14のMS2回数リストを用いて、ピークの選択方法について説明を行う。まず、MS2回数リストにおける最大のMS2回数リストMS2回数50である「5」が親イオン解離14と質量分析(MS2)15の実施回数となる。まず、1回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15では、MS2回数リストのMS2回数リストMS2回数50が「1」のピークの中から選択を行う。ここでは、MS2回数リストピークNo.46が「2」と「4」のピークが該当する。このように複数のピークが存在する場合は、イオン強度が高いものを選択する方法や質量数が大きいほうを選択する方法などがある。本実施例では、複数のピークが存在する場合は、イオン強度が高いピークを選択することとする。したがって、本実施例においてはMS2回数リストピークNo.46が「4」のピークを、1回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15の親イオンとする。次に、2回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15の親イオンでは、MS2回数リストMS2回数50が「2」のピークの中から選択する。ここでも、MS2回数リストピークNo.46が「1」と「7」の2つのピークが該当するが、イオン強度の大きいMS2回数リストピークNo.46が「7」のピークを2回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15における親イオンとして選択する。次に、3回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15については、MS2回数リストにおいてMS2回数が3のピークは存在しない。そのような場合、対象とするMS2回数リストMS2回数50を1増加させて、MS2回数リストMS2回数50が「4」のピークの中から親イオンの選択を行う。ここでは、MS2回数リストピークNo.46が、「3」と「6」のピークが該当し、イオン強度が高いMS2回数リストピークNo.46が「6」のピークを親イオンとして選択する。
【0061】
ここで、MS2回数リストMS2回数50が「4」のピークも存在しないような場合には、更にMS2回数リストMS2回数50を1増加させ、MS2回数リストMS2回数50が「5」のピークの中から探すというように、ピークが見つかるまでMS2回数リストMS2回数50を増加させていく。MS2回数リストMS2回数50を増加させて実施回数まで到達した場合には、親イオン解離14と質量分析(MS2)15の処理を終了して、再び質量分析(MS)13を行う。次に、4回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15では、同様にしてMS2回数リストMS2回数50が「4」のピークから選択する。MS2回数リストMS2回数50が「4」のピークは、MS2回数リストピークNo.46が「3」と「6」のピークが該当するが、MS2回数リストピークNo.46が「6」のピークは3回目のときに既に選択されているため、これを除外する。条件を設定により繰り返してMS2回数リストピークNo.46が「6」のピークを選択することも可能であるが、本実施例では除外することで、できるだけ多くの種のピークに対して親イオン解離14と質量分析(MS2)15を行う。最後に5回目の親イオン解離14と質量分析(MS2)15では、MS2回数リストMS2回数50が「5」であるMS2回数リストピークNo.46が「5」のピークを選択する。上記の方法により、1回目から5回目までの親イオン解離14と質量分析(MS2)15における親イオンは、それぞれピークNo.が「4」,「7」,「6」,「3」,「5」のピークが順に選択される。
【0062】
以上、質量分析(MS)13を行いMS2回数の決定16を行い、決定された回数の親イオンの解離14と質量分析(MS2)15を実施するという処理を繰り返すことにより、1回の質量分析(MS)13に対して複数回の質量分析(MS2)15を実施可能となり従来の手法に比べて多くのMS2スペクトルを得ることが可能となる。
【0063】
次に、図15に本実施例におけるUI(ユーザーインターフェース)の例を示す。強度予測条件52では、イオン強度の予測に係わる条件の設定を行う。本実施例においては、設定項目として、一致裕度(m/z)の設定欄53および閾値を備えている。一致裕度(m/z)の設定欄53は、ピーク情報データベースよりピークを探索するのに用いられるもので、本実施例では質量数(m/z)で指定を行う。また、直接、質量数(m/z)で指定する他に、ピークの質量数のパーセンテージ(%)で指定する方法も考えられる。閾値の設定欄54は、ガウス関数曲線において存在時間を求める際に用いる値である。本実施例では、直接イオン強度で指定を行う。また、その他に、得られたガウス関数曲線の最大のイオン強度に対するパーセンテージ(%)で指定する方法も考えられる。
【0064】
MS2実施条件55は、MS2分析の実施に関する条件を設定するものである。本実施例においては、最大回数の設定欄56と優先条件を備える。最大回数は、親イオン解離14と質量分析(MS2)15の実施回数を制限するものである。MS2実施回数は自動的に決定されるため、予めユーザーがその回数を制限させたい場合に使用される。優先条件の設定部57は、複数のピークが実施の候補となった場合に使用される。本実施例では、質量数と強度の2つの選択肢より成る。質量数が選択された場合は、質量数が大きいほうのピークを親イオンとして選択する。また、強度が選択された場合には、強度が大きいほうのピークを親イオンとして選択する。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の第一の実施例における質量分析システムの全体の概念図。
【図2】従来の質量分析フローの概略図。
【図3】本発明の第一の実施例における質量分析フローの概略図。
【図4】本発明の第一の実施例におけるMS2回数決定のフローの概略図。
【図5】本発明の第一の実施例におけるピークリストの説明図。
【図6】本発明の第一の実施例におけるピーク探索結果の説明図。
【図7】本発明の第一の実施例におけるイオン強度の保持時間の説明図。
【図8】本発明の第一の実施例におけるガウス関数曲線の説明図。
【図9】本発明の第一の実施例におけるピーク探索結果の代表例の説明図。
【図10】本発明の第一の実施例における対数イオン強度の説明図。
【図11】本発明の第一の実施例におけるガウス関数曲線の実算結果の説明図。
【図12】本発明の第一の実施例における存在時間の説明図。
【図13】本発明の第一の実施例におけるMS2回数リストの説明図。
【図14】本発明の第一の実施例におけるMS2回数リストの代表例の説明図。
【図15】本発明の第一の実施例における入力を行うUIの概略図。
【符号の説明】
【0066】
1 入力部
2 表示部
3 データ処理部
4 制御部
5 試料分離部
6 イオン化部
7 質量分析部
8 イオン検出部
9 データベース
10 試料導入
11 試料分離
12 イオン化
13 質量分析(MS)
14 親イオンの解離
15 質量分析(MS2
16 MS2回数の決定
17 所定回数終了判定
18 ピーク抽出処理
19 ピーク強度変化計算
20 MS2回数決定
21 ピーク情報データベース
22 ピークリストピークNo.
23 ピークリストm/z
24 ピークリストイオン強度
25 ピークリスト保持時間(分)
26 探索結果ピークNo.
27 探索結果m/z
28 探索結果イオン強度
29 探索結果保持時間(分)
30,33 ピークP1
31,34 ピークP2
32,35 ピークP3
36 ガウス関数曲線
37 探索結果の代表例におけるピークNo.
38 探索結果の代表例におけるm/z
39 探索結果の代表例におけるイオン強度
40 探索結果の代表例における保持時間(分)
41 探索結果の代表例における対数イオン強度
42 実取得値
43 実演算ガウス関数曲線
44 閾値
45 存在時間
46 MS2回数リストピークNo.
47 MS2回数リストm/z
48 MS2回数リストイオン強度
49 MS2回数リスト保持時間(分)
50 MS2回数リストMS2回数
51 MS2分析条件の設定画面
52 強度予測条件設定欄
53 一致裕度(m/z)の設定欄
54 閾値の設定欄
55 MS2実施条件の設定欄
56 最大回数の設定欄
57 優先条件の設定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を分離する試料分離部と、前記試料分離部を備えた質量分析部と、前記質量分析部に関する条件を設定する入力部からなる質量分析システムにおいて、過去に得られた質量分析結果からイオン強度変化を予測して、その予測を元に親イオンの解離を実施する回数を決定する手段を備えることを特徴とする質量分析システム。
【請求項2】
請求項1において前記イオン強度変化を予測する手段を備える質量分析システム。
【請求項3】
請求項1においてガウス関数を使用することで前記イオン強度変化を予測する手段を備える質量分析システム。
【請求項4】
第一の質量分析を実行する処理と、
第一の質量分析から得られたスペクトルのピークについて、その後親イオンの解離を行った場合のイオン強度変化を予測する処理と、
前記ピークについて、そのイオン強度が所定値より小さくなるまでの親イオンの解離の回数を求める処理と、
を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項5】
請求項4において、
求められた親イオンの解離を実施する回数を表示することを特徴とする質量分析方法。
【請求項6】
請求項4において、
求められた親イオンの解離を実施する回数だけ、親イオンの解離を実行することを特徴とする質量分析方法。
【請求項7】
請求項4において、
ガウス関数を使用することで前記イオン強度変化を予測することを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−288113(P2009−288113A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141827(P2008−141827)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】