説明

質量分析器およびこの質量分析器のための液体金属イオン源

【課題】高いデータレート(Datenraten)と短い分析時間とによる二次イオン形成の高い効率を達成するために、二次イオン質量分析器の操作のための、クラスターイオンに関し改善された生成量を有するイオン源を提供すること。
【解決手段】液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタ1を用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBiP+の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBiP+イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、前記イオン源は、加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており、該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものに関する。本発明は、またこの質量分析器のためのイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
本明細書では、「ビスマス」をIUPAC命名法推奨の“Wismut”の代わりに“Bismut”と表記することを選択する〔ROEMPP;CHEMIELEXIKON(レンプ著「化学辞典」、第9版)、“Bismut”と“Wismut”の項参照〕。さらに、質量と電荷とに関するクラスターにおけるイオンのための以下のような通常の表示が使用されている。
Bip+
この場合、nは、クラスターにおける原子の数を示し、p+は、電荷を示している。
【0003】
特に、飛行時間型二次イオン質量分析器(Time−of−Flight Secondary Ion Mass Spectroscopy; TOF−SIMS)として操作される二次イオン質量分析器において、液状金属イオン源を使用するのは公知である。本出願人により、本明細書冒頭部の本発明の上位概念に記載の従来技術を示す、分析器用液状金属(金クラスター)イオン源が提供されている(カタログ“Liquid Metal Gold Cluster Ion Gun for Improved Molecular Spectroscopy and Imaging”、日付なし、2002年発行参照)。
【0004】
単原子のガリウムイオンから成る一次イオンビームと比較すると、TOF−SIMSの効率は、例えばタイプAuのような、金一次クラスターイオンにより、著しく向上している。一次イオンビーム用の材料として金を使用する場合の欠点は、金イオンの発生の際にタイプAuの金イオンがもちろん優勢になり、Au、Auのようなクラスターフォーマットが全イオン流における僅かの部分しか占めない。
【0005】
二次イオン質量分析器用の、他のクラスターを形成する、ただ1つの天然の同位元素を有する物質を強く探し求める過程で、ビスマスが探し当てられた。ビスマスは、271.3℃の融点を持つ異方性物質である。ビスマスと並んで、Bi+Pb,Bi+Sn、Bi+Znの様なビスマス合金が公知である。これらビスマス合金は、純粋なビスマスよりも低い融点(46℃乃至140℃)を有している。液体金属イオン源にとって、しかしながら、純粋なビスマスのほうが優れている。
【0006】
米国特許第6002128号明細書には、ビスマスは、電荷された粒子を発生するために適していると記載されている。しかし、ビスマスによるクラスター形成も液体金属イオン源の可能性も記載されていない。特開平03−084435号明細書にも、高い分解能を有する質量スペクトルが得ることができる、二次イオン質量分析器用の較正用合金が記載されている。この場合、負の二次イオン化率の高い元素として、V,Ge、Cd、OsおよびBiが挙げられている。これら挙げられた元素の同位元素曲線(パターン)は、再現可能な特性スペクトルを示している。しかしながら、この公報には、クラスター形成または液状金属イオン源については何も記載されていない。さらに、ビスマスが、クラスター発生にとって特に適していることも述べられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第6002128号明細書
【特許文献2】特開平03−084435号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、高いデータレート(Datenraten)と短い分析時間とによる二次イオン形成の高い効率を達成するために、二次イオン質量分析器の操作のための、クラスターイオンに関し改善された生成量を有するイオン源を提供する点にある。提案された改良は、不変の試料表面の二次イオン形成の高い効率Eと、大きなクラスター流とを組み合わせて、分析時間の相応する短縮を導いている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この課題は、請求項1もしくは6の冒頭に記載の前提部の二次イオン質量分析器もしくは所属のイオン源において、液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBiP+の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBiP+イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることにより解決されている。
【0010】
二次イオン質量分析は、分析される固体表面の破壊によるので、表面の一部は壊される。所与の固体表面から、従って、分子二次粒子が、限定数だけ発生し検出することができる。特に、固体表面の分子成分は、一次イオン衝撃により崩壊し、分析に使用できなくなる。分子表面の分析のためのTOF−SIMSのより広範な使用のため、有機体に対するこれまで達成可能な検出感度の向上が要求される。このような検出感度の向上は、厚い有機体層からの、二次粒子、特に二次イオンの効率的な形成が必要となる。提案された改良により、不変な試料表面の二次イオン形成の効率Eが向上する。
【0011】
効率Eの値は、分析器により検出された、表面単位につき、完全に使い尽くされた単層から捕捉できる二次粒子の数に対応する。この効率から、どのくらいの二次イオンが、選択された衝撃条件下の小さな面の化学分析において検出できるのか算出される。
【0012】
特に好適にものは、質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンが、Bi、Bi、Bi2+、Bi、Bi、Bi、Bi2+またはBi2+のうちの1種に属していることである。好ましくは、全イオン数における比較的高い割合を占めるイオン種で作業すべきである。
【0013】
二次イオン質量分析器は、飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF−SIMS)として動作可能であると有利である。なぜなら、この型式に関しては、豊富な経験があり、その操作の潜在利用者が一番多いからである。
【0014】
湿潤性、安定性および作業性から、ビスマス被覆のための、ニッケルクロム先端部を備えたイオンエミッタが、現在の水準では、適している。
【0015】
二次イオン質量分析器の動作中の平均的な放射流の強さとして、10-8と5×10-5Aの間の一次イオンビームの放射流の強さが選ばれる。
【0016】
純粋なビスマスの代わりに、ビスマスの金属合金が採用される場合には、好ましくは、ビスマスの割合が高く、低い融点を有する金属合金が選択される。例えば、Ni,Ag,Pb,Hg,Cu,Sn,Znから選ばれた1つ又は複数の金属とのビスマス合金が、液体金属被覆として選択されており、この場合有利には、融点が、純粋なビスマスの融点以下である合金が選択されている。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】液状金属イオン源の発生システムの構造の略示図
【図2】1μAの放射流における相応するエミッタ用の原子の、容易に電荷される種Bi若しくはAuに正規化される放射流比率を示すグラフ
【図3】異なる一次イオン種を有する色素フィルター配列の色素の横分配(413uと640u)の種々の写真図
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の主要な特性、利点および構造原理を図に基づいて説明する。
図1は、液状金属イオン源の発生システムの構造の略示図である。図2は、1μAの放射流における相応するエミッタ用の原子の、容易に電荷される種Bi若しくはAuに正規化される放射流比率が示されている。図3は、異なる一次イオン種を有する色素フィルター配列の色素の横分配(413uと640u)の種々の写真であり、この場合、分析条件として、視野サイズ50×50μmにおける25keVが選択されている。TOF−SIMSの構造自体は、周知であり、本出願人のドイツ国特許公開第4416413号の明細書と図1を参照のこと。
【0019】
TOF−SIMSに適した液体金属イオン源は、本出願の図1に図示されている。液体金属イオン源は、材料加工および表面分析のために非常に広く使用されている。このイオン源は、約10nmの非常に僅かな実際の大きさと高い指向性の特性をもつ。これらの特性により、液体金属イオン源では、非常に良好にビーム収束させることができる。その際、7nmまでのビーム直径が可能で、その際比較的大きなビーム流を得ることができる。
【0020】
図1には、液体金属イオン源からのイオンのための発生システムが、エミッタユニット1として略示されている。担体ユニット7が、両端部にそれぞれ1つの剛性の供給線6を有している。この場合、供給線6を介して、強さを調節可能なヒータ電流が供給される。両供給線6は、貯留部5と接続されている。貯留部5内には、エミッタユニット1の稼働中に、溶融したビスマスが貯蔵されている。貯留部5と同心上に、エミッタニードル1が突出している。エミッタユニット1は、ビスマスが溶融状態に維持されかつニードルをぬらしている温度に保持される。
【0021】
エミッタニードル1は、ニッケルクロム合金からなりかつその先端まで、液状のビスマス4でぬらされている。エミッタニードルは、約200μmの線材直径と、先端部において2μm乃至4μmの曲率半径を有している。エミッタユニット1は、射出シャッタ2に対して同心上に配置され、かつ抑制ユニット3によって取り囲まれている。
【0022】
高電圧を、射出シャッタ2とぬれたエミッタニードル4との間に印可すると、ニードル4の先端に、所定の電圧から、液状のビスマスから形成される鋭角的な円錐、いわゆるテイラーコーンが形成される。ニードル4の先端の、先端と結合されたテーパー部は、電場強度の明らかな上昇につながる。電場強度が、電界脱離に十分になると、テイラーコーンの先端部において、金属イオンが放射される。図示の形式の液体金属イオン源の放射流は、ほぼ0.2μAと5μAとの間にある。
【0023】
図2には、1μAの放射流におけるAuGeエミッタおよびBiエミッタ用の原子の、容易に電荷されるイオンに正規化された形で、ビスマスと金の放射流比率が図示されている。
【0024】
ビスマスの正規化された放射比率は、金の正規化された放射比率よりも明らかに良好であることが認識される。低融点を達成するために、合金成分が必要である金に比べて、ビスマスは、純金属として使用できるさらに別の利点がある。融点は、271.3°Cで比較的低い。これに加えて、ビスマスの場合、金の場合に比べて、融点を支配する蒸気圧が低い。別の利点として重要なことは、金の場合、放射されたイオン流が、ゲルマニウムのような合金成分と混合するので、質量フィルタに対する仕様が高くなってしまう点である。
【0025】
AuとBiとの絶対放射流は、ほぼ等しい。従って、原子の、容易に電荷されるビーム成分AuとBiとが明らかに大きいと、生成クラスター量において明確な相違が表れる。容易に電荷されるイオンの場合、Auに対するBiの利点は、クラスターの大きさと共に、常に大きくなる。二重電荷されるクラスターイオンは、ビスマスの場合しか、顕著な強さで放射されない。
【0026】
図2に示したクラスター成分は、1μAの総放射流に関連する。クラスター成分は、放射流と関連するので、クラスター流は、ビスマスのための別のパラメータと関連してさらに大きくなる。
【0027】
従来技術と本発明を比較するために、同一の液状金属イオン質量分光計で、同一の有機表面を、異なる一次イオン種で分析する(図3参照)。試料は、例えば、デジタルカメラにおいて、色情報を提供するために、受光CCD面の前に装着されるカラーフィルタ(colour filter array)である。この試料は、比較基準として非常に適当である、なぜならこの試料は、非常に均質でかつ再現可能に製作されるからである。その上、一次イオン種間の得られた相違は、全く類型的でかつ定性的に、別の分子固体表面に置き換えることができる。
【0028】
図3に示す画像列は、質量413uと質量641uとを有する2つの使用された色素の横分配を示している。一次イオン衝撃後の表面の増大する破壊により、信号強度が連続的に減少する。図示の種類の全ての一次イオン種のためには、表面が同じ損傷度の場合の合計された信号強度が示されている(信号強度の1/e低下)。得られた信号強度は、従って分析の効率の尺度である。
【0029】
非常に僅かなAuクラスター流は、比較的長い測定時間につながる。Biクラスターの使用により、一次イオン流は、Auに比べてファクタ4乃至5だけ増大する。生成量の僅かな増大により、データレートの上昇が生じる。信号強度の1/e低下は、Au一次イオンでは、750s後に、Bi一次イオンでは、既に、180sの明らかに短い分析時間で達成される。測定時間の減少は、この場合、増大したBiクラスター流に帰するものである。Bi++の選択も類似の短い測定時間につながる。効率の向上は、例えばBi++のようなより大きなクラスターを使用することにより達成される。もちろんこれらクラスター流は、比較的僅かであるので、分析時間は、全体では、延長されることになる。
【0030】
測定時間は、分析時間の主要な部分であるので、BiもしくはBi++の使用によるデータレートの上昇が、試料の処理能力の相応する増大につながる。
【0031】
測定時間に関する上記記載の利点に加えて、ビスマスエミッタは、金エミッタに比較して、放射流が少ない場合の放射の安定性と、放射されたイオンの種類の質量分離とに関する利点を有している。上記記載の利点は、従って、ビスマスエミッタが、従来では期待できなかった、著しい経済的かつ分析技術的な利点を有していることを認識させるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、前記イオン源は、加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており、該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて、
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBiP+の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBiP+イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。
【請求項2】
質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンは、Bi、Bi、Bi2+、Bi、Bi、Bi、Bi2+またはBi2+のうちの1種に属している請求項1記載の質量分析器。
【請求項3】
二次イオン質量分析器は、飛行時間型二次イオン質量分析器として動作可能である請求項1または2記載の質量分析器。
【請求項4】
動作時に、一次イオンビームの放射流は、10-8Aと5×10-5Aとの間である請求項1乃至3のいずれか一項記載の質量分析器。
【請求項5】
ビスマスと、Ni,Ag,Pb,Hg,Cu,Sn,Znから選ばれた1つ又は複数の金属又は金属合金が、液体金属被覆として選択され、好ましくは融点が純粋なビスマスの融点以下である合金が選択される請求項1乃至4のいずれか一項記載の質量分析器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−243591(P2011−243591A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193692(P2011−193692)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【分割の表示】特願2006−524234(P2006−524234)の分割
【原出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(509053628)イーオン‐トーフ・テクノロジーズ・ゲー・エム・ベー・ハー (1)
【氏名又は名称原語表記】ION‐TOF TECHNOLOGIES GMBH
【住所又は居所原語表記】HEISENBERGSTRASSE 15, 48149 MUENSTER, BUNDESREPUBLIK DEUTSCHLAND
【Fターム(参考)】