説明

質量分析方法

【課題】 現在、GC/MSにおいて、負化学イオン化は、選択性が高く、高感度な測定法として広がってきている。しかしながら、負化学イオン化法で得られるマススペクトルは情報が少なく、同定にクロマトの保持時間や保持指標を用いることが望まれる。しかしながら、負化学イオン化法においては保持指標を用いることができず、必ず、標準物質を準備し、保持時間を測定しなければならなかった。
【解決手段】
炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化し、「NCI用基準物質」とする。同じ条件下で「NCI用基準物質」の保持時間と、各成分の保持時間を求め、「NCI用保持指標」とする。この、「NCI用保持指標」を利用すれば、標準物質を測定しなくても、保持時間での訂正を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガスクロマトグラフ質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフと質量分析計を組み合わせたガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)は、ガスクロマトグラフの高い分離能力と質量分析計のすぐれた定性能力を兼ね備えた汎用分析装置として広く応用されている。GC/MSでは、有機化合物の混合物試料をガスクロマトグラフで分離し、ガスクロマトグラフの溶出ガスを質量分析計に導いて成分の定性及び定量を行なう。GC/MSを用いた化合物の測定には、ガスクロマトグラフのキャリアガスとしてHe(ヘリウム)などを用い、カラムで分離され溶出された成分を、電子衝撃型イオン化法(EI法)などの方法でイオン化し、質量分析計により質量分離した後検出し、マスクロマトグラム、トータルイオンクロマトグラムや質量スペクトルを得る。そののち、ガスクロマトグラフ分野で周知の方法で、クロマトグラムのピーク面積などから定量を行ったり、保持時間により定性を行うことができる。また質量分析の分野で周知の方法で、質量スペクトルをNISTやWileyなどのデータベースを利用して定性することができる。
【0003】
ガスクロマトグラフ分野では通常、未知成分の同定は、未知成分の測定と全く同一の条件で、含まれていると予測される測定対象成分の標準試料の測定を行い、それぞれの保持時間が一致することで同定する。しかし、各成分の標準試料を準備しなくてはならないので、多成分の定性の際には多数の標準試料を準備しなくてはならず、中には、入手が困難な物質があることもある。また、ガスクロマトグラフィにおける保持時間は、スペクトル分析における波長や質量分析における質量数と違って、成分物質の物性にもとづいて一義的に定まる値ではなく、カラムの種類や寸法、或いはその温度、キャリアガスの種類や圧力・流量、さらには装置の違いなど、数多くの要因に左右されるものである。したがって、同一分析条件に設定しても、装置の機差や、室温、カラムの状態などが異なることで、全く同一の条件とはなっていないため、保持時間は相違することがある。すなわち、流量や温度を変更するときだけでなく、同一の条件に設定したとしても、装置やカラムを交換したり、長期間が経過したりしている際には、保持時間が変わるため、測定対象成分の標準試料の測定を行い、保持時間を測定しなおす必要がある。
【0004】
このため、従来からこれらの変動要因を極力排除するために、保持指標(retention time index)を成分の同定に用いることが行われている。保持指標とは、各成分物質の保持時間を、予め定めた基準物質(一般的にはn-アルカン)の保持時間により指標化したものであり、GC条件やカラムメーカー,長さ,内径,膜厚の違いなどの影響を受けないとされている。したがって、測定対象成分の標準試料の測定を行わなくても、測定対象成分の保持指標がわかれば、未知成分の保持指標を求めて比較することで、同定を行うことができるので、標準試料の測定を行う必要がない。(例えば非特許文献1参照)
【0005】
【非特許文献1】Journal of chromatography,91(1074)89-103
【0006】
質量分析におけるイオン化法は、EI法の他に、反応ガス(メタン、イソブタン、アンモニア等)をイオン化室に導入し、反応ガスを電子衝撃等によりイオン化させるとともに、放出された電子が電子捕獲されることにより負イオンを生成する方法である。このような負イオンが生成されるような化学イオン化を負化学イオン化(Negative Chemical Ionization、NCI法)という。
【0007】
電子は電子親和性の高い物質に選択的に取り込まれるので、NCI法においては、電子親和性の高い化合物が、選択的に負イオン化されるため、夾雑物の影響を軽減することが可能で、ある種の化合物に対して、通常使用されるEI法に比べて約10〜100倍の感度向上がはかれることがある。このような選択性が高いことや、高感度であるといった特徴があるため、NCI法は微量成分の定量にさまざまな分野で用いられるようになっている。しかしながら、NCI法のマススペクトルによる同定・定性能力に関してはEI法よりも劣っているとされている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
NCI法によるイオン化法は、電子親和性の高い、ハロゲン化合物などを選択的にイオン化し、高感度で測定を行うのに適したイオン化法として知られている。しかしながら、EI法のマススペクトルに比較して、NCI法のマススペクトルはフラグメントイオンが少なく、スペクトルパターンが簡単である。また、イオン化時の条件によってはマススペクトルのパターンが多少異なるケースもあり、マススペクトルによる同定能力に関してはEI法のマスススペクトルよりも劣っているとされている。したがって、同定の確実さを高めるために、従来技術である保持時間の一致を確認することが有効である。
【0009】
しかしながらそのためには、前記したように、含まれていると予測される測定対象成分の標準試料の測定を行い、クロマトグラムの保持時間の一致を確認することとなり、測定したい成分ごとに、その標準試料を準備する必要があり、多成分の分析の際にはその種類は膨大であり、中には入手が困難であったり、非常に高価なものもある。さらに、装置の機差や、カラムをカットするなどにより保持時間は変わるので、標準試料の測定はしばしば行う必要がある。
【0010】
さらに、標準試料の測定を行わず、保持指標を用いる、従来技術に記載した方法は、GC/MSにおいてNCI法により測定を行う場合、利用できない。一般的に保持指標はn−アルカンの保持時間によって定義されているが、NCI法により測定を行う場合、n−アルカンは検出されず、未知試料と同じ条件でのn−アルカンの保持時間を知ることができない。したがって、未知試料の保持指標を求めることはできず、保持指標を用いることで、標準試料の分析を行わずにクロマトグラムでの同定を行うことはできないという問題があった。
【0011】
本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、
NCI法を用いたGC/MS分析を行う際に用いることのできる「NCI用保持指標」によって、たびたび測定対象成分の標準試料を準備し、分析を行わなくても、保持時間情報により信頼性の高い定性を行うことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本方法は、負化学イオン化を用いたガスクロマトグラフ質量分析法において、
炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化したNCI用基準物質と、
NCI用基準物質と、1乃至複数の標準試料と、を同一の条件で分析し、それぞれの保持時間を求める工程と、
前記それぞれの保持時間を用いて各標準物質のNCI用保持指標を求める工程
を持つことを特徴としている。
また本発明は、負化学イオン化を用いたガスクロマトグラフ質量分析用のデータベースであって、炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化したNCI用基準物質と、1乃至複数の物質の標準試料と、を同一の条件で分析し、それぞれの保持時間からもとめた各物質のNCI用保持指標を、物質名と関連付けた情報を持っていることを特徴としている。
本発明で言う「炭素数の異なる脂肪酸」としては、例えば炭素数4〜30などの飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸を用いればよい。具体的には例えば、butyric acid(酪酸)やisobutyric acid(イソ酪酸)である。
誘導体化試薬としては、例えば、PFB(ペンタフルオロベンジル)、TFA(トリフルオロアシル)、PFP(ペンタフルオロプロピオニル)、HFB(ヘプタフルオロブチリル)などを用いればよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、NCI法を用いたGC/MSにおいて、ある物質を、ある条件で分析した際の保持時間を予測するために、「NCI用保持指標」が既知であれば、標準試料の分析を行わなくても、「NCI用基準物質」の測定を行うことで、その条件での保持時間が予測できる。
また、NCI法を用いたGC/MSにおいて、成分同定にNCIのマススペクトルと「NCI用保持指標」を用いることで、より正確な同定を行うことができる。
また、NCI法を用いたGC/MSにおいて、未知試料のスペクトルをNCIライブラリで検索する際に、「NCI用保持指標」を用いて候補を絞り込むことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施例について図1を参照して説明する。炭素数の異なる飽和脂肪酸を、PFB−Br(Pentafluorobenzyl bromide)により誘導体化を行う(ステップ1)。以下にPFB−Brの構造式を示す。
【化1】

【0015】
PFB−Brによる誘導体化を行う方法の一例を以下に示す。炭素数の異なる飽和脂肪酸に、5ulのPFB−Br、10ulトリエチルアミン、50ulアセトニトリルを混合し、80℃で30分加熱する。その後、0.5ml,0.1mol/lのHClで洗浄し、1.5mlのヘキサンで抽出する。炭素数nの脂肪酸は、式(1)のように誘導体化される
CH(CHn−2−CH−COOH→CH(CHn−2−COO−CH−C 式(1)
【0016】
以上の方法で、炭素数の異なる飽和脂肪酸をPFB−Br誘導体化し、PFB−Br化した炭素数の異なる飽和脂肪酸の混合物を「NCI用基準物質」として用いる。たとえば、炭素数4〜10の飽和脂肪酸をそれぞれ誘導体化し、その混合物を「NCI用基準物質」として用いる。本実施例においては、PFB−Brにより誘導体化を行ったが、誘導体化の方法および試薬は、この方法に限定されるものではなく、NCI法で検出される周知の方法を用いればよい。
【0017】
NCI法を用いたGC/MSを用いて、上記した方法により得られた「NCI用基準物質」の測定を行い、炭素数ごとに、保持時間を求める(ステップ2)。各測定対象成分の標準試料についても、まったく同じ条件で測定し、それぞれの成分について保持時間を求める(ステップ3)。これら、「NCI用基準物質」と各測定対象成分の保持時間をもとに、各測定対象成分について、「NCI用基準物質」を基準物質とした「NCI用保持指標」を求める(ステップ4)。
このとき、重要なのは、ステップ2とステップ3はまったく同一の分析条件で行うことであり、たとえば、時間的に近接して測定したり、「NCI用基準物質」と各測定対象成分を混合して測定してもよい
【0018】
「NCI用保持指標」は、従来から用いられるn−アルカンを基準物質とした「n−アルカンの保持指標」の求め方に準じて、飽和脂肪酸の炭素数をn−アルカンの炭素数(式2,3においてはz)に置き換えて求めればよい。この、「NCI用保持指標」は、「n−アルカンの保持指標」と同様、各物質に固有の値である。n−アルカンの保持指標は、例えば非特許文献1によれば、恒温分析の際には式(2)、昇温分析においては式(3)によって、定義されている。
【数1】

【数2】

【0019】
このように、ある標準物質について「NCI用保持指標」を求めてあれば、実試料を測定しようとする条件において「NCI用基準物質」を測定し、「NCI用基準物質」の保持時間を求める。測定対象成分の「NCI用保持指標」と「NCI用基準物質」の保持時間から、その条件における測定対象成分の保持時間を予測することができる。
【0020】
また、各測定対象成分ごとに、「NCI用保持指標」を求め、物質名や、NCIマススペクトルと「NCI用保持指標」を対応させて、データベースとしてもよい。
【0021】
未知試料の分析を行う際には分析条件を設定し、「NCI用基準物質」の測定を行い、保持時間を求める。その後、分析条件はそのままで未知試料についても測定を行い、保持時間を求める。ここで重要なことは、「NCI用基準物質」と未知試料の測定をまったく同一の条件で行うことであり、例えば、未知試料に「NCI用基準物質」を混合して測定を行ってもよい。このとき得られた「NCI用基準物質」と未知試料の保持時間から、未知試料の「NCI用保持指標」を求める。
【0022】
各測定対象成分について標準物質を準備しなくても、未知試料の「NCI用保持指標」と、各成分の「NCI用保持指標」を比較し、同定を行うことができる。
【0023】
また、各測定対象成分ごとに、物質名と、NCIマススペクトルと「NCI用保持指標」を対応させて、データベースとしておけば、NCI法を用いたGC/MSにおいて、未知試料の定性、同定を行う際に、NCIマススペクトルのデータと「NCI用保持指標」を併用し、さらに信頼性の高い定性、同定を行うこともできる。
【0024】
なお、上記実施例はいずれも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行えることは明らかである。
例えば、TFA(トリフルオロアシル)、PFP(ペンタフルオロプロピオニル)、HFB(ヘプタフルオロブチリル)などにより誘導体化を行って、「NCI用基準物質」としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明におけるフローチャート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
負化学イオン化を用いたガスクロマトグラフ質量分析法において、
炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化したNCI用基準物質と、
NCI用基準物質と、1乃至複数の標準試料と、を同一の条件で分析し、それぞれの保持時間を求める工程と、
前記それぞれの保持時間を用いて各標準物質のNCI用保持指標を求める工程と、
前記NCI用保持指標により保持時間を補正する方法
【請求項2】
負化学イオン化を用いたガスクロマトグラフ質量分析法において、
炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化したNCI用基準物質と、
NCI用基準物質と、1乃至複数の標準試料と、を同一の条件で分析し、それぞれの保持時間を求める工程と、
前記それぞれの保持時間を用いて各標準物質のNCI用保持指標を求める工程と、
前記NCI用保持指標により、物質の同定を行う方法。
【請求項3】
負化学イオン化を用いたガスクロマトグラフ質量分析用のデータベースであって、
炭素数の異なる脂肪酸を誘導体化試薬により誘導体化したNCI用基準物質と、1乃至複数の物質の標準試料と、を同一の条件で分析し、それぞれの保持時間からもとめた各物質のNCI用保持指標を、物質名と関連付けたデータベース。

【図1】
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