説明

質量分析方法

本発明は、対象サンプルがまず複数の知られている位置においてイオン化され、その後複数の知られている位置の各々におけるイオン化サンプルの質量スペクトルが質量分析計を用いて生成される、基質のイメージング方法を含む。サンプル全体の全体スペクトルがその後作成され、全体スペクトル内のいくつかのピークが選択される。選択されたピークのうち少なくともいくつかの走査分布が作成され、走査分布は、サンプル内の異なるアナライトの間の相関を特定するために比較される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析イメージングは、プロテオミクス、リピドミクス、およびメタボロミクスなどのポストゲノム科学における新しいツールである。
【0003】
リピドミクスは、ゲノミクスおよびプロテオミクスの後、細胞リピドーム、ならびに生命過程に影響する脂質およびタンパク質成分の組織的階層を研究する、急速に広まった研究分野である。リピドミクスは、エレクトロスプレイイオン化質量分析(ESI/MS)の最近の進歩、およびその新規の応用によって非常に容易になっている。
【0004】
さらに、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)イメージング質量分析は、生体分子が組織切片から直接的に分析されることを可能にし、組織サンプル内のアナライトの空間的分布に関する情報を提供する。これは、基質の異なる領域の化学的構造における違いの分析を伴う。マトリクス材料の存在下におけるレーザー光による対象の基質の領域の照射は、質量分析、一般的には飛行時間型質量分析(ToF)によって分析可能なイオンを生成する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
MALDIイメージングの限界は、特に標的とされない、オープンプラットフォームの実験の場合には、収集されたデータの複雑さである。
【0006】
この限界を克服するために、MALDIイメージングデータは、データの複雑性を減少させるように、通常は異なる切片内に配置される。この場合、緊密な関係にある基質の領域からのイオンは、基質内のこれらの切片の全体的なスペクトルを生成するために、ともに添加される。しかしながら、この手順を用いるということは、データを失う可能性があり、基質の各切片内の領域の化学的構造の違いが特定されない可能性があるということを意味する。
【0007】
したがって、サンプルに関する対象情報を特定するための有効な方法において、全てのデータおよび基質の全ての異なる領域間の違いを利用する分析方法を見出すことが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の好適な実施形態は、基質のイメージング方法を含み、本方法は:
サンプル上の複数の知られている位置において対象サンプルをイオン化するステップと、
質量分析計を使用して、前記複数の知られている位置の各々においてイオン化サンプルの質量スペクトルを生成するステップと、
サンプル全体の全体スペクトルを作成するステップと、
全体スペクトル内のいくつかのピークを選択するステップと、
前記選択されたピークのうち少なくともいくつかの走査分布を作成するステップと、
サンプル内の異なるアナライトの間の相関を特定するために走査分布を比較するステップと、を含む。
【0009】
好ましくは、各所定位置は、イオン化サンプルが前記所定位置から生成されるような、1組の座標によって特定可能である。
【0010】
好ましくは、質量分析器は飛行時間型質量分析器である。
【0011】
好ましくは、サンプルのイオン化はMALDIを使用して実行される。
【0012】
好ましくは、方法は、各所定位置において生成されたイオンのIMSデータを作成するステップをさらに含む。
【0013】
好ましくは、方法は、各所定位置において生成されたイオンのMSおよびMS/MSデータを作成するステップをさらに含む。
【0014】
好ましくは、方法は、ピークの強度のX%の減算によってスペクトル雑音のわずかな変動を排除するステップをさらに含む。
【0015】
好ましくは、Xは最大15%であり、より好ましくはXは1から10%の範囲内である。最も好ましくは、Xは3から7%の範囲内である。
【0016】
好ましくは、走査分布は、相互に対するピークをスケーリングするために正規化される。
【0017】
好ましくは、方法は、バックグラウンド除去を実行するために、前記全体質量スペクトルデータをフィルタリングするステップをさらに含む。
【0018】
好ましくは、基質は組織サンプルである。
【0019】
好ましくは、方法は、前記組織情報内の薬物および薬物代謝産物に関する情報または生成物の分析のために使用される。
【0020】
好ましくは、走査分布の比較は、主成分分析の実行を含む。
【0021】
「全体論的」手法を取ることで、内因性(すなわちペプチド、脂質)または外因性(すなわち薬物およびその代謝産物、マトリクス)を含む非常に多くの分子が、組織内で検出されることが可能である。データが一連の画像として提示されると、分子局在化の間の違いおよび類似点を観察するために、全ての質量を走査しなければならない。
【0022】
本発明の実施形態は、以下の添付図面を参照して、例示によって記載される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】MALDIイオン源の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の好適な実施形態は:
サンプル上の複数の知られている位置において対象サンプルをイオン化するステップと、
質量分析計を使用して、前記複数の知られている位置の各々においてイオン化サンプルの質量スペクトルを生成するステップと、
サンプル全体の全体スペクトルを作成するステップと、
全体スペクトル内のいくつかのピークを選択するステップと、
前記選択されたピークのうち少なくともいくつかの走査分布を作成するステップと、
サンプル内の異なるアナライトの間の相関を特定するために走査分布を比較するステップと、を含む。
【0025】
図1に戻ると、これは質量分析装置(1)を示す。装置は、サンプル板(7)を保持するためのサンプル保持部(5)を有するハウジング(3)を含む。サンプル板(7)は、サンプル(9)を搭載している。使用時に、レーザー光を用いてサンプル保持部(5)上の所定の点においてサンプル(9)を照射するようにレーザーが向けられるように、レーザー(11)がハウジング内に設けられている。レーザー光によるサンプルの照射の際に、サンプル上の所定の点からイオン(13)が形成される。これらのイオンはその後、質量分析計の分析部に搬送される。
【0026】
好適な実施形態において、イオンは、質量分析システム内に搬送されるように、イオンガイドまたはイオントンネル内に誘導される。適切なシステムの例は、QToF型質量分析計、またはWatersのSynapt HDMS質量分析計を含む。本発明の一実施形態において、イオンの飛行時間は、ToF質量分析器を使用して判定されることが可能である。本発明の別の実施形態において、イオンの飛行時間に加えて、イオンのイオン移動度も測定される。これは、同じ質量を有する可能性のある異なる種のイオンの区別を可能にする場合がある。
【0027】
それほど好適ではない実施形態において、生成されたイオンは、Micromass MALDI Micro質量分析計の場合と同様の方法で、イオン源内のプッシャ装置を使用して、軸方向飛行時間ドリフト管内に直接搬送されることが可能である。
【0028】
本発明の一実施形態において、イオンは衝突セルを通過させられてもよく、衝突セル内で生成された断片イオンは、開示される方法によって分析されてもよい。
【0029】
本発明のさらなる実施形態において、イオンはドリフトセルを通過させられてもよく、イオンのイオン移動度は、飛行時間分析器による分析の前に測定されてもよい。イオン移動度データの使用は、開示される方法による分析の下で組織サンプル内の同じ質量の異なるイオン間で区別するのに有用であり得る。
【0030】
本発明の一実施形態において、サンプル保持部は、固定レーザーを使用するときに、レーザーがサンプル保持部上のサンプルの異なる領域を照射することができるように、可動であってもよい。本発明の代替実施形態において、レーザーは可動であってもよいが、サンプル保持部は、レーザーがサンプル保持部上のサンプルの異なる領域を照射することができるように、固定的であってもよい。
【0031】
サンプル内の各所定位置には位置指標が割り当てられるべきである。これは、座標、走査番号、またはその他の位置指標の形態であってもよい。
【0032】
本発明の好適な実施形態において、サンプルは生体サンプルである。
【0033】
本発明の別の実施形態において、サンプルは、MALDI質量分光分析向けに適合および設計されてもよい。
【0034】
本発明のそれほど好適ではない実施形態において、サンプルは、二次イオン質量分析向けに適合および設計されてもよい。本発明のさらなる実施形態において、サンプルは、サンプルをイメージングするためのその他の方法向けに設計されてもよい。
【0035】
本発明の一実施形態において、レーザーは、サンプル上の個々の箇所が継続的に照射されてもよいように、および各所定の点のスペクトルがレーザーのいずれか1つまたは複数のパルスによって生じるイオンから生成されてもよいように、パルス化されてもよい。
【0036】
本発明の別の実施形態において、サンプルおよび/またはレーザーは相互に対して移動する間、レーザーは連続的にサンプルを照射してもよい。
【0037】
本発明のさらなる実施形態において、サンプルおよびレーザーが相互に対して移動する間、レーザーは、実質的な、しかし連続的ではない、時間の割合だけ、イオンを照射してもよい。
【0038】
レーザーは、いずれのタイプの適切なレーザーであってもよい。適切なレーザーの一例は、固体YaGレーザーである。
【0039】
全体スペクトルは、サンプル全体にわたって獲得された各所定位置のスペクトルを加えることによって、生成されてもよい。
【0040】
一旦全体スペクトルが生成されると、さらなる分析のために全てのまたはいくつかのピークが選択されることが可能である。各ピークは特定のアナライトを示す。
【0041】
最も好適な実施形態において、選択されたピークは、全体スペクトルにおいて最も強い「n」個のピークである。
【0042】
それ程好適ではない実施形態において、選択されたピークは、スペクトル全体のいずれのピークであってもよい。
【0043】
サンプル全体にわたって選択された各アナライトに対して、「走査分布」が作成される。これは、表面上の各点についてX軸上の位置指標に対するY軸上の各ピークの強度をプロットすることによって作成される。
【0044】
好適な実施形態において、イオン移動度次元が考慮されることになり、選択されたドリフト時間範囲が各m/zピークについて選択されることが可能である。これは、たとえばApex 3Dのアルゴリズムがデータセットに適用された後に行われることが可能である。
【0045】
好適な実施形態において、走査分布は平滑化されることが可能であり、質量スペクトルデコンボリューションプログラムを使用して背景「雑音」が減じられてもよい。
【0046】
好適な実施形態において、スペクトル雑音は、生成可能である走査分布の強度の少ないパーセンテージXの減算によって除去されることが可能である。好ましくはXは15%未満である。より好ましくはXは1から10%の範囲内である。最も好ましくはXは3から7%の範囲内である。
【0047】
好適な実施形態において、走査分布は正規化されることが可能である。
【0048】
「n」個の選択されたピークの走査分布はその後、サンプル内の異なるアナライトの間の相関を特定するために比較される。好ましくは、nは10から100,000の範囲内である。
【0049】
一実施形態において、別の走査分布と相関すると認識され得る走査分布に関するデータは保持されてもよく、別の走査分布と相関すると認識され得ない走査分布に関するデータは、望ましければ排除されてもよい。
【0050】
一実施形態において、開示された方法によって生成されたデータは、基質全体の異なるアナライトの間の関係を特定するために、多変量統計を用いる統計ソフトウェアパッケージに入力されてもよい。これに適したソフトウェアパッケージの例は、SpotfireおよびEz infoを含む。
【0051】
本発明は、データセット全体を調査するために、データセットが対象の異なる領域に分割されたより伝統的な手法ではなく、むしろ無監督の統計学的手法を利用する。これは、「n」個の領域から「n」個のスペクトルを取得して、1つの領域においてほかの領域よりも豊富な注目される分子と比較する、通常の手法を伴わない。本方法において、組織切片全体にわたる分子の分布は、統計学的アルゴリズムに、類似の局在化を呈する類似の走査分布を有する分子を分類させることができるように、比較される。MSスペクトルを比較するのではなく、むしろこの方法は、抽出された分子の各々について走査分布を比較し、各走査は特定の所定位置を示す。
【0052】
予備データ
統計学的手法を実証するために、冷凍マウス子宮組織切片の分析から得られたMALDIイメージングデータが使用された。この方式を試験するために、MALDI MSイメージングおよびMALDI IMS−MSイメージングの両方からのデータが使用された。イオン移動度の使用は、非常に複雑なサンプルデータセットにもう1つの分離の次元を提供する。データ解釈ワークフローは、各m/z値の走査分布の抽出から始まる。各m/z値について、走査分布は、その空間座標を考慮することなく、その画素分割された画像を示す。平滑化、バックグラウンド除去、雑音除去、および/または正規化を含んでもよい処理の後、データセットは、クラスタリングまたは主成分分析(PCA)などの異なる多変量統計的アルゴリズムを使用して、照会可能である。PCAは、予備知識なしに、組織全体にわたって類似の分布を呈するm/z値を迅速に分類することができる。この手法は、たとえば、外因性分子と内因性分子との区別、ならびに画像内の構造的特徴の識別を容易にする。
【0053】
その他の実施形態
本発明の範囲を逸脱することなく、上述の特定の実施形態に対して様々な変形例が作成されてもよいことは、明らかとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質のイメージングから生成されるデータの分析方法であって、
サンプル上の複数の所定位置において対象サンプルをイオン化するステップと、
質量分析器を使用して、前記複数の所定位置の各々においてイオン化サンプルの質量スペクトルを生成するステップと、
サンプル全体の全体スペクトルを作成するステップと、
全体スペクトル内のいくつかのピークを選択するステップと、
前記選択されたピークのうち少なくともいくつかの走査分布を作成するステップと、
サンプル内の異なるアナライトの間の相関を特定するために走査分布を比較するステップと、を含む方法。
【請求項2】
イオン化サンプルが前記所定位置から生成されるように、各所定位置が1組の座標によって特定可能である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記質量分析器が飛行時間型質量分析器である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記サンプルのイオン化がMALDIを使用して実行される、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
各所定位置において生成されたイオンのIMSデータを作成するステップをさらに含む、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
各所定位置において生成されたイオンのMSMSデータを作成するステップをさらに含む、請求項1から5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ピークの強度のX%の減算によってスペクトル雑音のわずかな変動を排除するステップをさらに含む、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
Xが15%までの値である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
Xが1から10%の範囲内である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
Xが3から7%の範囲内である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記走査分布が、相互に対するピークをスケーリングするために正規化される、請求項1から10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
バックグラウンド除去を実行するために、前記全体質量スペクトルデータをフィルタリングするステップをさらに含む、請求項1から11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
基質が組織サンプルである、請求項1から12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記組織情報内の薬物および薬物代謝産物に関する情報または生成物の分析のための、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記走査分布の比較が主成分分析の実行するステップを含む、請求項1から14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
実質的に上記に記載されたような基質のイメージングから生成されたデータの分析方法。

【図1】
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【公表番号】特表2012−517588(P2012−517588A)
【公表日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−548786(P2011−548786)
【出願日】平成22年2月8日(2010.2.8)
【国際出願番号】PCT/GB2010/050194
【国際公開番号】WO2010/089611
【国際公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【出願人】(511192218)マイクロマス・ユー・ケイ・リミテツド (6)
【Fターム(参考)】