説明

質量分析用の低圧での電子イオン化および化学イオン化

【課題】0.1Torr未満の圧力で、サンプルおよび試薬ガスをイオン源へと流すことにより、化学イオン化によってサンプルをイオン化する。
【解決手段】イオン源を0.1Torr未満の圧力に維持しながら、電子イオン化により、試薬ガスをイオン源内でイオン化して、試薬イオンを生成する。0.1Torr未満の圧力で、サンプルを試薬イオンと反応させて、サンプルの生成イオンを生成する。質量分析のために、生成イオンをイオントラップへと移送する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は全体として、例えば、質量分析(MS)などの分析化学の分野において使用されている、分子のイオン化に関する。より詳しくは、本発明は、低圧条件下での電子イオン化および化学イオン化に関する。
【背景技術】
【0002】
サンプル(試料)の質量分光分析では、サンプルが、ガスまたは分子蒸気の形状で供給され、次いでイオン化される必要がある。イオン化は、質量分析計の質量分析部(すなわち、質量振り分けが行われる同じ低圧の領域)で行われてもよい。あるいは、イオン化は、質量分析計の低圧の領域の外部にあるイオン源(またはイオン化装置)で行われてもよい。次いで、得られたサンプルイオンは、さらなる処理のために、外部のイオン源から質量分析計の低圧の質量分析器へと移送される。サンプルは、例えば、ガスクロマトグラフの(GC)カラムの出力であってもよく、または、サンプルが最初はガス状でなくて適切な加熱手段により気化されなければならない別の源から発生していてもよい。イオン源は、1つ以上の技術によりイオン化を行うよう構成されていてもよい。イオン源の1つのクラスは気相イオン源である。これは、電子衝撃または電子イオン化(EI)源および化学イオン化(CI)源を含んでいる。EIにおいて、エネルギー電子のビームは、ふさわしいフィラメントからの放出により形成され、電圧電位(通常70V)によりイオン源内へと加速されて、サンプル分子に衝突される。CIにおいて、メタンなどの試薬ガスが、従来から、高圧(例えば1〜5Torr)でイオン源へと通され、エネルギー電子のビームによりイオン化される。次いで、サンプルは、得られた試薬イオンとサンプルとの間の衝突によりイオン化される。次いで、得られたサンプルイオンを、試薬ガスの流れの中でイオン源から除去し、1つ以上のイオンレンズにより質量分析器内へと集束させてもよい。質量分析計は、EIおよびCIを交換可能なように行うよう構成されていてもよい(すなわち、ユーザの必要に従って、EI態様とCI態様との間で切り換えられてもよい)。
【0003】
高圧のCIイオン源が、3次元(3D)四重極イオントラップ質量分析計とともに使用されており、2次元(2Dまたは「線形」)イオントラップ質量分析計(線形イオントラップすなわちLIT)に適用することもできる。3DイオントラップまたはLITにより、サンプルがGCカラムの出力である場合などに、サンプルはしばしば、上昇された温度で外部のイオン源へと導入される。サンプルが上昇された温度で供給される場合、サンプルがイオン源内で凝結するのを防ぐため、イオン源を加熱することが必要である。しかし、この場合のイオン源はイオントラップの外部にあって、イオントラップ自体がイオン化のために使用されているわけではないので、イオントラップをも加熱することは、この場合必要ではない。これは、外部のイオン源の長所である。しかし、従来の外部のCIイオン源は、上述したように高圧で作動する。これは短所である。高圧のCIは、イオン源と非常に低圧のイオントラップとの間の真空ポンピングステージとともに、試薬ガスを供給するための圧縮ガスシリンダの使用を必要とする。高圧のCIは、電子を放出するのに使用されるフィラメントの周りの領域で特に、イオン源の汚染を増加させる場合がある。フィラメントの周りの領域では、高温により、試薬ガスの熱分解と汚染とが生じる。高圧によって、使用可能な試薬ガスの選択も制限され、それゆえに、CIについて使用可能な化学特性および反応経路の選択も制限される。高圧により、CI収量も制限される。イオンは高圧のイオン源内に捕捉(トラップ)されないので、サンプルが試薬ガスと相互作用および反応することができる時間は、イオン源の容積と総ガス流量とによって制限される。高圧のイオン源内のガス流量は大きく、それゆえに、試薬イオンが存在するイオン化領域内のサンプル分子の滞留時間は短い。
【0004】
外部のイオン源の代わりに、3Dイオントラップ自体を、CIを行うために使用してもよい。この場合、試薬イオンは、3Dイオントラップの電極により区画された内部領域内で直接形成され、次いで、サンプルが同じ内部領域へと導入される。この場合、サンプルはこの内部領域でイオン化され、次いで、質量スペクトルを生成するために、得られたサンプルイオンが同じ内部領域から走査される。内部イオン化は、イオントラップの低い作動圧で実施されるため、有利である。しかし、内部イオン化は、外部イオン化と異なり、GCからのサンプルが電極に凝結するのを防ぐためにイオントラップの電極アセンブリ全体を加熱する必要があるため、不利である。上昇された温度で質量分析器を作動させることは、加熱器機が必要になる点、および、電極の大きな表面領域へのサンプルの吸着によってスペクトルデータが不正確になる可能性がある点で、不利である。さらに、繰り返される高温の作動に電極アセンブリが確実に耐えられるよう設計された特別な技術により、電極アセンブリを製造する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第7,034,293号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記記載に鑑みて、質量分析に使用されるイオントラップの外部にあるイオン処理装置内でサンプルをイオン化する、低圧のEIおよびCIを実施する機器および方法を提供する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記問題の全部もしくは一部、および/または、当業者が観察してきたであろう他の問題を解決するため、以下に説明する実施態様中に例により示すように、本開示は、方法、処理、システム、機器、器具および/または装置を提供する。
一実施態様によれば、化学イオン化によりサンプルをイオン化する方法が提供される。0.1Torr未満の圧力で、前記サンプルおよび試薬ガスが、イオン源へと流される。前記イオン源を前記0.1Torr未満の圧力に維持しながら、電子イオン化により、前記試薬ガスを前記イオン源内でイオン化して、試薬イオンを生成する。0.1Torr未満の圧力で、前記サンプルを前記試薬イオンと反応させて、前記サンプルの生成イオンを生成する。質量分析のために、前記生成イオンをイオントラップへと移送する。
【0008】
別の実施態様によれば、イオン源を作動する方法が提供される。前記イオン源を0.1Torr未満の圧力に維持しながら、電子イオン化により、第1のサンプルを前記イオン源内でイオン化して、第1のサンプルイオンを生成する。質量分析のために、前記第1のサンプルイオンをイオントラップへと移送する。前記イオン源を0.1Torr未満の圧力に維持し続けながら、試薬ガスおよび第2のサンプルを、前記イオン源へと流す。電子イオン化により、前記試薬ガスを前記イオン源内でイオン化して、試薬イオンを生成する。0.1Torr未満の圧力で、前記第2のサンプルを前記試薬イオンと反応させて、前記第2のサンプルの生成イオンを生成する。質量分析のために、前記生成イオンをイオントラップへと移送する。
【0009】
別の実施態様によれば、質量分析機器は、イオン源と、真空ポンプと、第1のイオン光学系と、イオンガイドと、第2のイオン光学系と、イオントラップとを含んでいる。前記イオン源は、イオン化チャンバと、電子線を前記イオン化チャンバへと向けるよう構成された電子源とを備えている。前記イオン化チャンバは、サンプルおよび試薬ガスを受け入れるための1つ以上の入口を有している。前記真空ポンプは、前記イオン化チャンバ内で、0.1Torr未満の圧力を維持するよう構成されている。前記イオンガイドは、前記イオン化チャンバに連通したイオンガイド内部空間を包囲する複数のガイド電極を備え、イオン捕捉電界を印加するよう構成されている。前記第1のイオン光学系は、前記イオン源と前記イオンガイドとの間に介在され、電位障壁を形成するよう構成されている。前記イオントラップは、前記イオンガイド内部空間に連通したイオントラップ内部空間を包囲する複数の捕捉電極を備え、イオンを質量分析するよう構成されている。前記第2のイオン光学系は、前記イオンガイドと前記イオントラップとの間に介在され、電位障壁を形成するよう構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本教示の特定の局面が実施されていてもよい質量分析(MS)システムの一例のブロック図である。
【図2】本開示に係るMSシステムで使用されてもよい線形イオントラップ(LIT)の横平面における断面図である。
【図3】図2に示すLITの縦平面における断面図である。
【図4】図2に示すLITの一部の断面斜視図である。
【図5】図1に示すMSシステムのブロック図、ならびに、本開示に係る低圧EI処理のイオン充填ステージ(プロットA)およびイオン捕捉ステージ(プロットB)中のサンプル/イオン流れ方向に沿った位置の関数としてのMSシステムの構成要素に印加される電圧の2つのプロットAおよびBである。
【図6】図1に示すMSシステムのブロック図、ならびに、本開示に係る低圧CI処理の試薬イオン充填ステージ(プロットA)、試薬イオン捕捉/サンプル反応ステージ(プロットB)およびサンプル生成物充填ステージ(プロットC)中のサンプル流れ方向に沿った位置の関数としてのMSシステムの構成要素に印加される電圧の3つのプロットA、BおよびCである。
【図7】本開示に係るイオン源の一例の断面図である。
【図8】本開示に係る電子源およびイオン化チャンバの断面図であり、電子線の偏向について、ソフトウェアにより生成されたシミュレーションを含んでいる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の他の装置、機器、システム、方法、特徴および利点は、以下の図面および詳細な説明を検討することにより、当業者にとって明らかになるであろう。こうした追加のシステム、方法、特徴および利点はすべて、本詳細な説明に含まれ、本発明の範囲内にあり、添付の特許請求の範囲により保護されることが意図されている。
以下の図面を参照することにより、本発明をよりよく理解することができる。図中の構成要素は必ずしも縮尺が同じではなく、発明の原理を示す際に強調が加えられている。図中、同様の参照番号は、異なる図面を通じて対応する部分を示している。
【0012】
本開示の文脈において、「低圧」という用語は、質量分析システムに関する場合、一般に0.1Torr未満の圧力を指しており、「高圧」という用語は、一般に0.1Torr以上の圧力に指しているが、より一般的には1Torr以上を指す。電子イオン化(EI)および化学イオン化(CI)が低圧(すなわち0.1Torr未満、いくつかの実施形態では0.005〜「0.1Torrをわずかに下回る」範囲)で行われる実施形態を以下に説明する。
【0013】
図1は、本教示の特定の局面が実施されてもよい質量分析(MS)システム100(または機器、装置、器具など)の一例の模式的なブロック図である。サンプルに基づく材料およびイオンの全体の流れは、図1において左から右の方向となっている。説明のために、この方向を、サンプル/イオン流れ方向と呼ぶことにし、MSシステム100の特定の構成要素がそれに沿って配置される長手方向軸104に沿って概念化されている。この方向に沿って、MSシステム100は一般に、外部イオン源108、イオン源レンズ112、イオンガイド入口レンズ116、イオンガイド120、イオントラップ入口レンズ124、イオントラップ128およびイオントラップ出口電極132を含んでいる。MSシステム100は、EI装置(イオン源108)、CI装置(イオンガイド120、またはイオン源108とイオンガイド120との組み合わせ)および質量分析装置(イオントラップ128)を含んでいると見なしてもよく、これらの装置に関して必要に応じ、イオン源108とイオンガイド120との間に介在された第1のイオン光学系、および、イオンガイド120とイオントラップ128との間に介在された第2のイオン光学系を含むさまざまなイオン光学系が配置される。くわえて、MSシステム100を本明細書で意図する低圧に維持するために、真空システムが設けられている。
【0014】
イオン源108は、サンプル分子のCI用に、試薬ガスをイオン化するよう構成されている。あるいは、イオン源108は、ユーザの選択により、サンプル分子に対してEIまたはCIを実施するよう構成されている(すなわち、EI態様の作動とCI態様の作動との間で切り換えられてもよい)。サンプル材料の性質または起源およびその濃縮に対する傾向に依存して、イオン源108は、適切な加熱装置(図示せず)を含んでいてもよい。例えば、サンプルがGCカラムから溶出する場合に、加熱装置を採用するのが好ましい可能性がある。CIの場合、試薬ガスおよびサンプルは、適切な手段により、低圧でイオン源108内へと導かれる。例えば、真空ポンプ136を含む真空ポンピングステージが、イオン源108に設けられていてもよい。簡略化のために、MSシステム100のさまざまな領域内で低圧を維持するのに必要な筐体は示していない。イオン源108内の低圧は、真空ポンプ136のポンピング速度と、イオン源108のガスコンダクタンス(伝導率)とに依存している。ガスコンダクタンスは、イオン源108の構造の解放性によって決定される。低圧作動について、イオン源108の入口および出口は、低減された圧力を維持することができるように、従来の高圧イオン源に比較して、寸法が大きくされていてもよい。この構成により、ガスコンダクタンスが高くなり、低圧と併せて、総ガス流量が低くなり、滞留時間およびイオン化収率が増加される。
【0015】
イオン源108は、電子線を発生させ、かつ、試薬ガスおよびサンプル分子が存在する内部空間へと電子線を誘導するための適切な手段を含んでいる。その一例は、図7および図8に関連付けて以下に説明する。試薬イオンが、EIによりイオン源108で形成され、次いで、イオン源レンズ112およびイオンガイド入口レンズ116により、イオンガイド120内へと集束される。本実施態様によれば、図6に関連付けて以下に詳細に説明するように、CIはイオンガイド120で起きる。イオンガイド120は、公知の構成を有していてもよい。1つの例では、イオンガイド120は、CIが起こる内部領域を区画する、軸方向に長尺のイオンガイド電極(例えばロッド)一式を含んでいる。RF周波数の交流電圧または交流電圧と直流電圧との組み合わせが、イオンガイド電極の対向する対に印加されて横方向のイオン捕捉場(長手方向軸104に対して横方向のまたは直交する)を形成し、それにより、選択された質量(または、より正確には、質量対電荷比すなわちm/z比)のイオンが、長手方向軸104を直接に包囲し横方向路に沿ってイオンガイド120から逃げることを選択的に防止する長尺の領域に限定されてもよい。イオンガイド120の複数電極構造は、イオン源108の構造よりも開かれている。ゆえに、イオンガイド120において、イオン源108よりも、ガスコンダクタンスは高くなり、圧力は低くなる。イオンガイド120の軸方向に長尺の構造により、捕捉することができる試薬イオンの数が、内部捕捉(イントラップ)イオン化のために従来から使用されている3Dトラップにおけるよりも大きな規模のオーダーとなる。その結果、本教示に係るイオンガイド120を使用した場合、CIによる試薬イオン濃度およびサンプルイオンの収率が高くなる。
【0016】
イオンガイド120を通過するイオンは、イオントラップ入口レンズ124により、イオントラップ128内へと集束される。1つの代替案では、イオントラップ128は、イオントラップ入口レンズ124によりイオン源108のチャンバから分離された、分離してポンピングされる真空チャンバ内に配置されていてもよい。この代替案では、イオンは、第2のイオンガイド(図示せず)により、イオントラップ入口レンズ124からイオントラップ128へと移送されてもよい。いずれの場合も、イオン源108からイオントラップ128までMSシステム100を通じて、低圧状態が維持される。
【0017】
イオントラップ128は、3Dイオントラップまたは線形イオントラップ(LIT)であってもよい。図2〜図4は、LIT228の非限定的な例を示している。特に、図2は、LIT228の横平面における断面図であり、図3は、LIT228の縦平面における断面図であり、図4は、LIT228の断面斜視図であり、その電極のいくつかを示している。
図2は、LIT228の電極構造、および、それに関連した電気回路のいくつかを示している。電極構造は、軸方向に長尺で双曲線状の4つの電極142、144、146、148の構成を含んでいる。この構成では、電極142および144が対向する対を構成し、他の電極146および148が同様に対向する対を構成するようになっている。適切な手段により、電極対142、144は電気的に相互接続されていてもよく、電極対146、148は電気的に相互接続されていてもよい。電極142、144、146、148は、LIT228の中央の長手方向軸周りに配置されている。本例では、中央軸は、任意でz軸とされており、z軸は、図2の向きからは、点によって示されている。電極構造の断面は、z軸に直交する径方向の平面すなわちx-y平面内に位置している。中央のz軸は、図3に示す別の実施形態の側断面図において、より明らかである。線形形状を形成するために、電極142、144、146、148は、z軸に沿って構造的に長尺にされており、x-y平面においてz軸から径方向に間隔を空けられている。対向する電極対142、144および146、148の内面は、互いに対向しており、LIT228の軸方向に長尺の内部空間または領域150を、協働して区画している。内部領域150の構造上のまたは幾何学的な中心は、中央のz軸と大略的に一致している。図3に示すように、中央の軸に対して径方向または横方向へと内部領域150から排出される選択されたm/z比のイオンの収集および検知を可能にするために、電極142、144、146、148の1つ以上が、イオン出口開口部362を含んでいてもよい。出口開口部362は、スロットとして、軸方向に長尺にされていてもよい。
【0018】
図2に示すように、各電極142、144、146、148の断面は双曲線状であってもよい。「双曲線状」という用語は、実質的に双曲線状の輪郭(すなわち、厳密には双曲線状でない形状)をも包含することを意図している。双曲線状のシートまたはプレートの代わりに、電極142、144、146、148は、多くの四重極質量フィルタにおけるように円筒状のロッドとして、または平坦なプレートとして構成されていてもよい。それでも、これらの後者の場合、電極142、144、146、148は、多くの実施態様に適した仕方で、有効な四重極電界を形成するために採用されてもよい。z軸に対して各電極142、144、146、148が最も近づく点(すなわち、双曲線の湾曲の頂点)の径方向の間隔が一定の値r0により与えられ、ゆえにr0が電極構造の特徴的な寸法とみなされてもよいように、電極142、144、146、148は、z軸を中心に対称に配置されていてもよい。いくつかの実施態様では、基本的な四重極電界パターンよりも高い次数の多重極電界成分を生成するという目的のために、電極142、144、146、148の1つ以上が理想的な双曲線形状もしくは配置から外れている、または、電極対の間の間隔がその理想的な隔離よりも引き延ばされている、または、電気的な手段が設けられているのが望ましい場合もある。これらの種類のLITの構造および作動の詳細は、本開示の譲受人に譲渡された上記特許文献1に記載されている。
【0019】
適切な強度および周波数の主電位差V1が、相互接続された電極対142、144および他の相互接続された電極対146、148の間に印加されるように、電極142、144、146、148と連結された、適切な設計の電圧源152を、図2はさらに示している。例えば、電圧源152は、+V1の電圧を電極対142、144に印加し、-V1の電圧を他の電極対146、148に印加してもよい。いくつかの実施形態では、電圧源152は、図2に示すように変圧器154により、電極142、144、146、148に連結されていてもよい。電極構造に対して電圧源152を適用することにより、簡略化された一般式Φ=U+Vcos(Ωt)に従う、選択されたm/z比の安定したイオンを内部領域150内に捕捉するのに有効な四重極電界が形成される。すなわち、電圧源152により、少なくとも基本的な交流(AC)電位Vが提供されるが、ゼロ値または非ゼロ値を有するオフセットされた直流(DC)電位Uが提供されてもよい。四重極捕捉場により、安定した仕方でイオンを捕捉することができるかは、イオンのm/z値と、印加されている場の捕捉パラメータ(振幅Vおよび周波数Ω)とに依存している。したがって、電圧源152が作動するパラメータを選択することにより、捕捉されることになるm/z値の範囲を選択することができる。
【0020】
一般的な事項として、本明細書で開示されている方法に適するように移送機能、信号調整などを実施するために必要とされる負荷、インピーダンスなどの電気的な構成要素の特定の組み合わせを、当業者は容易に理解するものであり、ゆえに、図2に示す模式図は、本主題を説明するのに十分であるとみなされる。図2で電圧源152を示す回路記号は、交流電圧源、または、直流電圧源と交流電圧源との直列の組み合わせを表すことを意図している。したがって、特に説明のない限り、一般的な事項としての「交流電圧」、「交流電位」という用語は、交流電圧信号の印加、または、交流および直流電圧信号の両方の印加を包含している。電圧源152は公知の仕方で設けられていてもよく、関連する直流源を有するまたは有さない交流発振器または波形発生器が一例である。いくつかの実施形態では、波形発生器は、広帯域多重周波数波形発生器である。捕捉場の交流成分の周波数Ωは、高周波(RF)領域内にある。
【0021】
電圧源152により生成された四重極捕捉または貯蔵(保存)場により、内部領域150に存在するイオンに復元力が発生する。復元力は、捕捉場の中心に向けられている。その結果、特定のm/z範囲内のイオンが中央のz軸に対して横方向に捕捉されて、これらのイオンの動きがx-y(または径方向の)平面に制限される。上述したように、安定していて、それゆえに場に捕捉されることが可能なイオンのm/z範囲を、捕捉場のパラメータが決定する。このようにして捕捉されたイオンは、電極構造の内部領域150内に配置された捕捉領域に制限されているとみなすことができる。捕捉場の中央は、場の強度がゼロまたはゼロ付近であるヌルまたは近ヌル領域である。純粋な四重極場が修正なしに印加されているとすると、捕捉場の中央は一般に、電極構造の幾何学的中心(すなわち、z軸上の)に対応する。z軸に対する捕捉場の位置は、上記特許文献1に開示された仕方で変更されてもよい。
【0022】
LIT228の形状および四重極捕捉場の2次元的性質により、電極構造の軸方向端部からのイオンの望ましくない漏れを防ぐため、および、場の歪みが存在している可能性のある四重極捕捉場の端部からイオンを遠ざけておくために、イオンの動きをz軸方向に制限するための追加の手段が必要である。軸方向の捕捉手段は、z軸に沿って電極構造の中央へと戻るいずれかの方向へイオンの動きを反射するのに有効な、z軸に沿ったポテンシャル井戸または障壁を生成するための適切な手段であってもよい。図3に模式的に示す一例として、LIT228は、軸方向に関して電極構造の前端または後端周辺に配置された適切な導電体(イオントラップ入口レンズ364およびイオントラップ出口電極366など)を含んでいてもよい。一方で、適切な強度の直流電圧を入口レンズ364および出口電極366に印加し、他方で、異なる強度の直流電圧を電極構造に印加することにより、イオンに、電極構造のz軸に沿って方向付ける力が加えられることになる。これにより、イオンは、電圧源152(図2)により設定される交流電圧勾配により、x軸方向およびy軸方向に沿って制限されることになり、電極構造と入口レンズ364および出口電極366との間に印加された直流電位により、z軸方向に沿って制限されることになる。軸方向の直流電圧を、内部領域150へのイオンの導入を制御するために使用してもよい。
【0023】
イオンが、制御された方向性のある仕方で、捕捉場の復元力を克服できる状態へと、m/z比の所望の範囲内でこれらのイオンを共振(共鳴)的に励起するために、追加の電圧電位などの電気エネルギー入力が、四重極捕捉場を生成するために使用される電圧源152に加えて、設けられていてもよい。図2に示す例では、追加の電圧源156が設けられて、対向する電極対(例えば、電極142および144)に、補足的な交流励起電位V2を印加する。電圧源156は、変圧器158を介して、電極142、144に連結されていてもよい。電圧源152および156は協働して、電極142に(+V1+V2)の電圧を、電極144に(+V1-V2)の電圧を印加する。イオンを放出するために、捕捉電位V1の振幅(および、設けられている場合は、四重極場の関連する直流オフセット成分)を増加させて、イオンの振動の永年周波数を走査してもよい。所与のm/z比の永年周波数が、補足的な共振電位V2の周波数と一致すると、適切なイオン検知器による検知のために、イオンがトラップから放出される。上記特許文献1を参照のこと。
【0024】
図3および図4を参照して、いくつかの実施形態では、上述した長尺の双曲線状の4つの電極142、144、146、148は軸方向に分割されて(すなわち、z軸に沿って分割されて)、一式の中央電極142A、144A、146A、148A、対応する一式の前端電極142B、144B、146B、148B、および対応する一式の後端電極142C、144C、146C、148Cを形成していてもよい。前および後電極148Bおよび148Cは図中に実際に示されていないが、前および後電極148Bおよび148Cは固有に存在しており、図示された他の電極と同様の形状をしており、本質的に、図4の断面斜視図に示す前および後電極146Bおよび146Cの鏡像と理解されたい。通常、前端電極142B、144B、146B、148Bおよび後端電極142C、144C、146C、148Cは、中央電極142A、144A、146A、148Aよりも軸方向に短くされている。一式の電極それぞれにおいて、対向する電極は電気的に相互接続されて、上述したように電極対を形成している。いくつかの実施形態では、四重極捕捉場を形成する基本の電圧V1(図2)は、前電極142B、144B、146B、148Bおよび後電極142C、144C、146C、148Cさらには中央電極142A、144A、146A、148Aの電極対の間に印加される。入口レンズ364が、軸方向に関して、前電極142B、144B、146B、148Bの前端に隣接して配置されており、出口電極366が、軸方向に関して、後電極142C、144C、146C、148Cの後端に隣接して配置されている。
【0025】
図3に示す分割された実施態様では、z軸に沿って電位障壁を設けて(陽イオンには正、陰イオンには負)イオンの動きをz軸に沿って制限するのに適切な仕方で、直流バイアス電圧を印加することができる。直流軸方向捕捉電位は、1つ以上の直流源により生成することができる。例えば、電圧DC-1を入口レンズ364に印加し、電圧DC-2を出口電極366に印加してもよい。追加の電圧DC-3を、一式の前電極142B、144B、146B、148Bおよび一式の後電極142C、144C、146C、148Cの両方の4つの電極すべてに印加してもよい。あるいは、電圧DC-1を前端電極142B、144B、146B、148Bに印加し、電圧DC-2を一式の後端電極142C、144C、146C、148Cに印加し、電圧DC-3を中央電極142A、144A、146A、148Aに印加することもできる。電圧DC-1の強度を適切に調節することにより、所望の時点で、z軸に沿って内部領域150へとイオンを導入するためのゲートとして、入口レンズ364を使用できるようにするために、入口レンズ364は入口開口部372を有している。例えば、入口レンズ364に印加された初めは大きいゲーティング電位DC-1’が値DC-1へと降下されて、入口レンズ364の電位障壁を超えて電極構造に入るのに十分な運動エネルギーをイオンに持たせることができてもよい。電圧DC-1よりも通常大きくされている電圧DC-2は、電極構造の後部からイオンが漏れ出すのを防ぐ。所定の時間ののちに、入口レンズ364の電位が再び値DC-1’へと上昇されて、追加のイオンがトラップへ入るのを停止してもよい。出口電極366は同様に、イオンまたはガスをLIT228から軸方向に沿って除去するなどの目的のために、出口開口部374を有していてもよい。
【0026】
いくつかの実施態様では、補足的な励起電位V2を印加するために採用された電圧源156(図2)は、広帯域多重周波数波形信号発生器である。例えば、出口開口部362を含み、所望の時間に共振放出によりイオンをトラップから除去するために選択された周波数成分を有する対向する電極対142、144(または、分割されている場合、対向する電極対142A、144A)に、広帯域多重周波数波形信号を印加してもよい。
【0027】
図5は、図1に示すMSシステム100のブロック図、ならびに、低圧EI処理のイオン充填ステージ(プロットA)およびイオン捕捉ステージ(プロットB)中のサンプル/イオン流れ方向に沿った位置の関数としてのMSシステム100の構成要素に印加される電圧の2つのプロットAおよびBである。図5は、イオン源108内でEIにより形成されたサンプルイオンが、イオン源光学系112およびイオンガイド入口レンズ116によりイオンガイド120内へと集束される方法を示している。プロットAは特に、質量分析のためにサンプルイオンをイオントラップ128内へと注入するのに使用される電極電圧を示している。プロットA(充填ステージ)において、点512は、イオン源レンズ112において印加された電圧に対応し、点516は、イオンガイド入口レンズ116において印加された電圧に対応し、点524は、イオントラップ入口レンズ124において印加された電圧に対応し、点532は、イオントラップ出口電極132において印加された電圧に対応する。プロットB(捕捉ステージ)において、点522は、イオン源レンズ112において印加された電圧に対応し、点526は、イオンガイド入口レンズ116において印加された電圧に対応し、点534は、イオントラップ入口レンズ124において印加された電圧に対応し、点542は、イオントラップ出口電極132において印加された電圧に対応する。プロットAがプロットBの上方に現れること、ならびに、作動の各ステージ中にMSシステム100に沿った異なる位置における電圧強度の相違を比較して示すのに単に都合がよいように、プロットAおよびプロットBの両方が、同じ電圧および位置軸を使って示されていることが理解されるであろう。すなわち、プロットAがプロットBの上方に現れることを、充填ステージ(プロットA)中にさまざまな点に印加される電圧がすべて、捕捉ステージ(プロットB)中に同じ点に印加される電圧よりも高いことを示していると解釈すべきではない。
【0028】
図5のプロットAを参照して、サンプルイオンの位置エネルギーは、イオン源108からイオントラップ128へと減少しており、それによって、サンプルイオンは、その運動エネルギーが上昇し、電極の軸に沿ってトラップ電極の内部領域に導かれる。上述した捕捉電場により供給されるイオントラップ128内の横方向の力は、サンプルイオンが径方向に漏れ出すのを防いでいる。イオントラップ出口電極132(点532)からの大きな斥力直流電圧電位により、サンプルイオンが、イオントラップ128の電極構造に入った方向へ戻るように反射される。サンプルイオンと、イオントラップ128内に供給された、ヘリウムなどの軽量の緩衝ガスとの間の衝突により、サンプルイオンの運動エネルギーの減少が起きる。運動エネルギーの減少により、イオントラップ128の電極構造に入った方向へ動いているサンプルイオンが、イオントラップ128の入口の電位障壁のために、軸方向に漏れ出すことが防止される。
【0029】
プロットBを参照して、所定の時間ののちに、イオントラップ入口レンズ124の電圧電位が上昇されて(点534)、イオンガイド108からの追加のサンプルイオンがイオントラップ128内に入るのを防ぐ電位障壁が形成される。イオントラップ128内に存在するサンプルイオンはここで、イオントラップ入口レンズ124(点534)およびイオントラップ出口電極132(点542)によって形成された直流電位障壁により、軸方向に制限され、捕捉電極からの交流電圧勾配により横方向に制限される。トラップ形状の他の変形例としては、図3および図4に関連して上述したようなものが公知である。これらの場合、捕捉電極の短い部分が、中央の捕捉電極の各端部に追加されており、同じRF電圧が、すべての捕捉電極に印加されてもよく、共通の直流電位が、各端部の一式の短い電極に印加されてもよく、一式の短い電極に印加される共通の直流電位と異なる共通の直流電位が、中央の一式の電極に印加されてもよい。これにより、主要な(または中央の)一式の電極の直流が、端部電極よりも低い電圧電位に設定され、その結果、サンプルイオンが、軸に沿って、中央の電極の領域にのみ存在するようにされる。
【0030】
サンプルイオンは、捕捉されると、捕捉電極の1つにある開口部を介して、公知の手段(例えば、上述した手段および上記特許文献1の手段など)により、イオントラップ128から走査し、EI質量スペクトルを形成することができる。
図6は、図1に示すMSシステム100のブロック図、ならびに、低圧CI処理の試薬イオン充填ステージ(プロットA)、試薬イオン捕捉/サンプル反応ステージ(プロットB)およびサンプル生成イオン充填ステージ(プロットC)中のサンプル/イオン流れ方向に沿った位置の関数としてのMSシステム100の構成要素に印加される電圧の3つのプロットA、BおよびCである。プロットA(イオンガイド充填ステージ)において、点612は、イオン源光学系112において印加された電圧に対応し、点616は、イオンガイド入口レンズ116において印加された電圧に対応し、点624は、イオントラップ入口レンズ124において印加された電圧に対応し、点632は、イオントラップ出口電極132において印加された電圧に対応する。プロットB(捕捉/反応ステージ)において、点642は、イオン源光学系112において印加された電圧に対応し、点646は、イオンガイド入口レンズ116において印加された電圧に対応し、点654は、イオントラップ入口レンズ124において印加された電圧に対応し、点662は、イオントラップ出口電極132において印加された電圧に対応する。プロットC(イオントラップ充填ステージ)において、点672は、イオン源光学系112において印加された電圧に対応し、点676は、イオンガイド入口レンズ116において印加された電圧に対応し、点684は、イオントラップ入口レンズ124において印加された電圧に対応し、点692は、イオントラップ出口電極132において印加された電圧に対応する。図5と同様に、プロットAがプロットBの上方に現れ、プロットBがプロットCの上方に現れること、ならびに、作動の各ステージ中にMSシステム100に沿った異なる位置における電圧強度の相違を比較して示すのに単に都合がよいように、プロットA、BおよびCのすべてが、同じ電圧および位置軸を使って示されていることが理解できるであろう。すなわち、プロットAがプロットBの上方に現れ、プロットBがプロットCの上方に現れることを、試薬イオン充填ステージ(プロットA)中にさまざまな点に印加される電圧がすべて、捕捉/反応ステージ(プロットB)中に同じ点に印加される電圧よりも高いことを示していると解釈すべきではなく、または、捕捉/反応ステージ(プロットB)中にさまざまな点に印加される電圧がすべて、サンプル充填ステージ(プロットC)中に同じ点に印加される電圧よりも高いことを示していると解釈すべきではない。
【0031】
CIについて、メタンなどの試薬ガスが、サンプルとともに低圧(0.1Torr未満)でイオン源108内へと入れられる。試薬ガスおよびサンプルのEIは、イオン源108で起きる。イオンは、イオン源108から除去され、プロットAに示される電圧を印加することにより、イオンガイド120へと集束される。本例では、イオン源108からの、ヘリウムなどのキャリアガスが、イオン源108から流れて、最初にイオンガイド領域に入り、そこで、イオンガイド120内で運動エネルギーの衝突冷却を行うための緩衝ガスとして機能し、それによって、試薬イオンおよびサンプルイオンが、イオンガイド120内で軸方向に捕捉されるようにする。所定の時間ののちに、イオンガイド入口レンズの電圧電位が、プロットBに示すように、上昇され(点646)、以下により詳しく説明するように、イオン源108からのイオン化電子線を偏向させることにより、イオン源108内でのイオンのさらなる形成が開始される。イオンガイド120はここで、EIにより形成されたサンプルイオンおよび試薬イオンの、イオン源108へと運び出された混合物を含有している。
【0032】
高圧のCIでは、試薬イオンは、サンプルイオンに対して大幅に過剰に形成される。これは、試薬ガスの圧力が、サンプルの圧力よりもはるかに高いためである。これに反して、本明細書で説明する低圧のCIでは、EIステージ中に形成されるサンプルイオンおよび試薬イオンの相対的な存在度が、より接近している。理想的には、サンプル分子のプロトン化された分子イオンを(通常)形成するための、CI試薬イオンおよび中性のサンプルの反応から得られたスペクトルが、CI反応により形成されたサンプルイオンおよび残ったCI試薬イオンのみを有することになる。しかし、必然的に、サンプルのEIによって形成されたイオンも、いくらか存在する。これらのEIサンプルイオンは、CIおよびEIの混合したスペクトルとなる。イオンガイド120内でCIにより形成されたイオンのスペクトルと混ぜられるのは、EIによって形成されたサンプルイオンにとって望ましくない。ゆえに、サンプルをCIによりイオン化する前に、EIによって形成された不要なサンプルイオン(一般に、より高い質量で見られる)を試薬イオン(一般に、より低い質量で見られる)およびイオンガイド120から選択的に除去し、結果として、試薬イオンをイオンガイド120内で分離することが望ましい。本文脈において、「サンプル」という用語は、イオンガイド120内でCIによりイオン化されることになる中性のサンプル分子を指しており、イオン源108内でEIにより生成されるサンプルイオンとは区別されることを理解されたい。1つの有利な実施態様では、イオンガイド120は、図2に示すイオントラップ228の四重極電極構造に類似した四重極電極構造、または他の適切な六、八もしくはそれ以上などの多重極電極構造を有している。補足的な多重周波数波形が、イオンガイド120の1対の対向する電極に印加されて、波形の周波数成分に一致する永年周波数を有するすべてのイオンを共振的に排出してもよい。波形の周波数成分を特定の仕方で構成することにより、特定の値を超える質量対電荷比(m/z)のイオンが、印加された補足的な周波数からのエネルギーを吸収し、イオンガイド電極に衝突してイオンガイド120から失われるまで、その振動の振幅を上昇させることになる。イオンガイド120からすべてのサンプルイオンを排出するために、この技術を採用してもよい。特定のm/z値を下回る残ったイオンは、すべて試薬イオンであり、これらは、低圧条件下で、CIによる反応が起きるのに十分な所定の期間、イオンガイド120内に捕捉されていてもよい。
【0033】
本例では、サンプルは、イオン源108から、その前側の開口部を通って出て行き、イオンガイド120内へと流れ、そこで、サンプルは、試薬イオン(ここでは、事前に生成されたサンプルイオンから分離されている)と反応して、サンプルの生成イオン(CIにより形成されたサンプルイオン、すなわち「サンプルCIイオン」)を形成する。所定の反応期間ののちに、試薬イオンは、適切な技術により、イオンガイド120から除去されてもよい。例えば、イオンガイド120内で試薬イオンを不安定にし、それゆえに、それらをイオンガイド120からイオンガイド電極の方向に排出させ、イオンガイド120内にCIにより形成されたサンプルイオンしか残らないような水準に、イオンガイド120に対するRF電圧の振幅を上昇させてもよい。次いで、イオントラップ入口レンズ124(点684)の電圧電位を低下させ、図6のプロットCで示すように、質量分析などのさらなる処理のために、CIにより形成されたサンプルイオンをイオンガイド120からイオントラップ128へと移動させる。
【0034】
多重周波数広帯域波形の使用によりイオンガイド120から不要なEIサンプルイオンを除去する代わりに、イオンガイド120に印加されるRF捕捉電圧の振幅を低下させてもよい。これは、六、八またはそれ以上の多重極を使用する場合に、特に有用である。より高い次数の多重極イオンガイドは、より大きな質量範囲を同時に捕捉することができる。すべてのイオンガイドは、捕捉することができる最小の質量を有する。この「低質量切り捨て」質量を下回るイオンは、所与の電極形状(ロッドの直径および間隔)、捕捉周波数ならびにRF捕捉振幅に関する安定限度を下回っている。質量切り捨てを下回るイオンは、不安定になり、捕捉されないであろう。質量切り捨てを上回るイオンは、捕捉されることになるが、質量が非常に大きくなるため、捕捉電位が非常に低くなり、捕捉力が非常に弱くなるであろう。イオンガイド120に、大量の低質量イオン(すなわち試薬イオン)が充填されている場合、得られる空間電荷により、高質量イオンがイオンガイド120から除去されることになる。これは、捕捉力が弱すぎるためである。最低質量試薬イオンを大幅に下回る低質量切り捨て(最高質量試薬イオンを捕捉することなしに可能な最低電圧)の設定は、高質量除去について最適となるであろう。この技術は、波形を使用するよりも効率が劣るが、はるかに簡単であるという利点を有しており、追加の電子回路を必要としない。この技術を、以下の順序で実施してもよい。イオンガイド120に対するRF電圧を、試薬イオンの捕捉はできるが、EIサンプルイオンの捕捉はできない低い値に調節する。次いで、RF捕捉電圧を、CIにより形成された、より高い質量の生成イオンの捕捉ができる、より高い値へと調節する。次いで、生成イオンを、イオンガイド120からイオントラップ128内へと、質量分析のために、上述した仕方で放出してもよい。
【0035】
図7は、本開示に係るイオン源708の一例の断面図である。イオン源708は、サンプル/イオン流れ方向702および長手方向軸704に沿って連続的に配置された、いくつかの構成要素を含んでいる。これらの構成要素は、イオン化チャンバ706、イオン源レンズ712、イオンガイド入口レンズ716、イオンガイド720、イオントラップ入口レンズ724(またはイオンガイド出口レンズ)を含んでいる。イオン化チャンバ706は、長手方向軸704付近に配置されたサンプル/イオン出口開口部710と、長手方向軸704を横切る方向に向けられたサンプル入口開口部714と、同様に長手方向軸704を横切る方向に向けられた電子入口開口部718とを有する、適切な構造体またはハウジングにより区画されている。サンプル入口開口部714はまた、イオン化チャンバ706内へと試薬ガスを流すために使用されてもよく、または、代わりに、別体の試薬ガス入口(図示せず)が設けられていてもよい。これにより、サンプル入口開口部714が、GCなどの適切なサンプル源(図示せず)に、または、サンプル源および適切な試薬ガス源(図示せず)の両方に連通する。イオン排撃(反射)電極722が、イオン化チャンバ内に配置されており、イオン化チャンバ706の壁において電気絶縁体730に支持された電気接続部726に連通している。イオン排撃電極722は一般に、共通の長手方向軸704に沿って、サンプル/イオン出口開口部710とともに配置されていてもよい。電子源734が、長手方向軸704を横切る軸に沿って、イオン化電子線738をイオン化チャンバ706内へと方向付けるよう構成されている。本例では、電子源734は、適切な熱イオン材料で形成されたフィラメント746であって、イオン排撃電極750とイオン集束電極754との間に介在されたフィラメント746を含んでいる。さらに、電子源734は、電子偏向装置を含んでいる。本例では、電子偏向装置は、四重極構成に取り付けられた一式の電子偏向器電極758を含んでいる。イオン源レンズ712およびイオンガイド入口レンズ716は、1つ以上の電気絶縁体762によって取り付けられていてもよい。イオンガイド720は、類似の手段により取り付けられていてもよく、本例では、イオンガイド電極742、744(図7では、そのうちの2つを示す)の四重極構成を含んでいる。
【0036】
作動時に、フィラメント746が、フィラメント電源(図示せず)により加熱されて、電子を生成する。イオン排撃電極750とイオン集束電極754との間に適切な電圧電位を印加することで、イオン集束電極754が電子を電子線738として集束させ、電子が偏向器電極758へと方向付けられる。偏向器電極758に適切な電圧を印加することで、電子線738が、電子入口開口部718を介してイオン化チャンバ706へと偏向される。電子線738の偏向を、図8にさらに示す。図8は、電子源734およびイオン化チャンバ706の断面図であり、電子線の偏向について、SIMION(登録商標)というソフトウェアにより生成されたシミュレーションを含んでいる。イオン源708内でイオンを形成しないことが望ましい場合、偏向器電極758に印加される電圧電位は、電子線を反対方向へと180度偏向させるために、逆にされてもよい。イオン化チャンバ706で生成されたイオンは、イオン源レンズ712およびイオンガイド入口レンズ716を介して、イオンガイド720へと移送されてもよく、サンプルは、本開示中で先に説明した仕方で、試薬イオンとの反応を介し、イオンガイド720内でイオン化されてもよい。イオン源レンズ712およびイオンガイド入口レンズ716を整列させる電気絶縁体762もまた、イオン化チャンバ706とイオンガイド720との間で気密な封止を形成し、それにより、試薬イオンとの反応のために、サンプル分子が、イオン化チャンバ706からイオンガイド720へと確実に方向付けられるようにする。いくつかの実施態様では、イオン源708は、イオンガイド720の少なくとも入口端部を包囲しイオンガイド入口レンズ716に当接する覆い766をさらに含んでいてもよい。ガスをイオンガイド720内により良好に閉じ込め、かつ、サンプルと試薬イオンとの間の反応の効率を高めるために、覆い766は、長手方向軸704を横切る方向に、ガスコンダクタンスを低下させる。
【0037】
このようにして、本開示は、外部のイオン源で低圧のEIおよびCIを、かつ、別体の質量分析器で続く質量分析を、選択的に実施するための機器および方法を提供する。質量分析器は、3Dまたは線形のイオントラップに基づく機器であってもよい。本明細書に教示する外部のEI/CI機器およびイオンガイドの線形構成は、線形イオントラップ質量分光計とともに使用するのに特に適している。また、真空を損なうことまたは機械的構成要素を変更することを必要とせずに、同じ装置を使用して、EIまたは代わりにCIによりイオンを形成してもよく、それゆえに、ユーザの必要に応じて、作動のEIおよびCIモードの間で、すばやくて容易な切り換えが可能になることも理解することができる。例えば、第1のサンプルを、EIにより(図5に関連して上述した処理などにより)イオン化し、次いで質量分析を受けさせてもよく、続いて、第2のサンプルを、CIにより(図6に関連して上述した処理などにより)イオン化し、次いで質量分析を受けさせてもよく、その逆であってもよい。
【0038】
さらに、イオン化は低圧で行われ、次いで、生成イオンが質量分析器に注入される。このようにして、質量分析器は、作動中、低圧に維持されてもよい。これにより、イオントラップの捕捉電極アセンブリが、より簡単な手段によって形成される。さもなくば、例えば、特定用途向けの精密な位置合わせで捕捉電極を電気絶縁体に接着することなどにより、高温の作動に適合しなくなるであろう。くわえて、サンプルの凝結および有害なクロマトグラフィーの結果を防ぐために電極を加熱するという従来の必要に関連する複雑さが回避される。本開示にしたがって行われるイオン化により、イオントラップの電極を加熱する必要がなくなる。一例として、サンプルガスが導入されるイオン源の温度は100〜300℃の範囲であってもよいが、質量分析のために使用されるイオントラップの温度は、150℃未満または60〜150℃の範囲などと、実質的に、より低くてもよい。実務上、イオントラップの温度は、吸着された水を最初に熱するのに十分なだけの熱さ(100〜150℃)でよく、次いで、温度を、室温を上回る温度に低下させて、捕捉電極を、室温を上回る温度に調節することにより、捕捉電極の寸法を安定させることができる。
【0039】
低圧のイオン化では、メタンなどの従来の試薬に加えて、メタノール、アセトニトリルなどの、より多様な化学成分を、試薬として使用することが可能になり、それにより、より多様なイオン化手法または分離過程が利用可能となる。低圧のイオン化ではまた、制御された仕方で所望の期間、試薬イオンを捕捉することが可能になり、それにより、反応時間およびイオン産生を増加させることができる。
【0040】
本明細書で開示した機器および方法が、縦並び(タンデム)のMS用途(MS/MS分析)および複数MS(MSn)用途に適用されてもよいことを理解されたい。例えば、所望のm/z範囲のイオンが捕捉され、「親」イオンと衝突させるための適切な背景ガス(例えばヘリウム)を使用した周知の方法により、衝突誘起解離(CID)されてもよい。次いで、得られた分離物すなわち「娘」イオンが質量分析されてもよく、イオンの連続する世代について処理が繰り返されてもよい。不要なm/z値のイオンを排出すること、および、検知のためにイオンを排出することに加えて、本明細書で開示した共振励起方法を、イオン共振の振幅を増加させることにより、CIDを促進するために使用してもよい。
【0041】
本明細書で開示した実施形態で適用された交流電圧が、シヌソイド(正弦曲線)の波形に限定されないことも理解されたい。三角(鋸歯)波、方形波などの他の周期的な波形を採用してもよい。
一般に、「連通(接続)している」および「連通(接続)した状態にある」(例えば、第1の構成要素は第2の構成要素と「連通(接続)している」または「連通(接続)した状態にある」)などの用語は、本明細書中で、2つ以上の構成要素または要素の間の、構造的、機能的、機械的、電気的、信号的、光学的、磁気的、電磁気的、イオン的または流体的な関係を示唆するために使用されている。ゆえに、1つの構成要素が第2の構成要素と連通(接続)していると書かれている事実は、追加の構成要素が間に存在する、ならびに/または、第1および第2の構成要素と作動的に関連もしくは係合している可能性を排除することを意図していない。
【0042】
本発明のさまざまな局面または詳細を、本発明の範囲を逸脱することなく変更できることを理解されたい。さらに、上記説明は、単に例示を目的としていて、限定を目的としておらず、本発明は、特許請求の範囲により規定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学イオン化によりサンプルをイオン化する方法であって、
0.1Torr未満の圧力で、前記サンプルおよび試薬ガスを、イオン源へと流すステップと、
前記イオン源を前記0.1Torr未満の圧力に維持しながら、電子イオン化により、前記試薬ガスを前記イオン源内でイオン化して、試薬イオンを生成するステップと、
0.1Torr未満の圧力で、前記サンプルを前記試薬イオンと反応させて、前記サンプルの生成イオンを生成するステップと、
質量分析のために、前記生成イオンをイオントラップへと移送するステップとを含む、方法。
【請求項2】
前記イオンを移送している間、前記イオントラップを150℃未満の温度に維持するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記サンプルを前記試薬イオンと反応させている間、前記試薬イオンを所望の時間だけ捕捉するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
電子イオン化によるイオン化ののち、前記試薬イオンをイオンガイドへと移送し、前記サンプルを前記イオン源から前記イオンガイドへと流すステップを含み、前記生成イオンは、前記イオンガイド内で生成され、前記イオンガイドから前記イオントラップへと移送される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記イオンガイド内で、時間変化する四重極電界を印加することにより、前記サンプルを前記試薬イオンと反応させている間、前記試薬イオンを所望の時間だけ前記イオンガイド内に捕捉するステップを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
電子イオン化により前記イオン源内で生成されたサンプルイオンを、前記試薬イオンとともに前記イオンガイドへと移送するステップと、前記サンプルを前記試薬イオンと反応させる前に、前記サンプルイオンを前記イオンガイドから除去するステップとを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記サンプルイオンを除去するステップが、前記イオンガイドの1対の対向する電極の間に、補足的な時間変化する電界を印加することにより、前記サンプルイオンを前記イオンガイドから共振的に排出するステップを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記サンプルイオンを除去するステップが、前記イオンガイドの電極に印加される時間変化する捕捉電圧を、前記試薬イオンを捕捉するのに十分で、かつ前記サンプルイオンを捕捉するのに不十分な低い値に調節するステップを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記生成イオンの生成後、前記イオンガイドから前記試薬イオンを除去するステップを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項10】
イオン源を作動する方法であって、
前記イオン源を0.1Torr未満の圧力に維持しながら、電子イオン化により、第1のサンプルを前記イオン源内でイオン化して、第1のサンプルイオンを生成するステップと、
質量分析のために、前記第1のサンプルイオンをイオントラップへと移送するステップと、
前記イオン源を0.1Torr未満の圧力に維持し続けながら、試薬ガスおよび第2のサンプルを、前記イオン源へと流すステップと、
電子イオン化により、前記試薬ガスを前記イオン源内でイオン化して、試薬イオンを生成するステップと、
0.1Torr未満の圧力で、前記第2のサンプルを前記試薬イオンと反応させて、前記第2のサンプルの生成イオンを生成するステップと、
質量分析のために、前記生成イオンを前記イオントラップへと移送するステップとを含む、方法。
【請求項11】
前記第2のサンプルを前記試薬イオンと反応させている間、前記試薬イオンを所望の時間だけ捕捉するステップを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記試薬イオンのイオン化後、前記試薬イオンをイオンガイドへと移送し、前記サンプルを前記イオン源から前記イオンガイドへと流すステップを含み、前記生成イオンは、前記イオンガイド内で生成され、前記イオンガイドから前記イオントラップへと移送される、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
電子イオン化により前記イオン源内で生成されたサンプルイオンを、前記試薬イオンとともに前記イオンガイドへと移送するステップと、前記第2のサンプルを前記試薬イオンと反応させる前に、前記サンプルイオンを前記イオンガイドから除去するステップとを含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
イオン化チャンバ、および、電子線を前記イオン化チャンバへと向けるよう構成された電子源を備えたイオン源であって、前記イオン化チャンバは、サンプルおよび試薬ガスを受け入れるための1つ以上の入口を有しているイオン源と、
前記イオン化チャンバ内で、0.1Torr未満の圧力を維持するよう構成された真空ポンプと、
前記イオン化チャンバに連通したイオンガイド内部空間を包囲する複数のガイド電極を備え、イオン捕捉電界を印加するよう構成されたイオンガイドと、
前記イオン源と前記イオンガイドとの間に介在され、電位障壁を形成するように構成された第1のイオン光学系と、
前記イオンガイド内部空間に連通したイオントラップ内部空間を包囲する複数の捕捉電極を備え、イオンを質量分析するように構成されたイオントラップと、
前記イオンガイドと前記イオントラップとの間に介在され、電位障壁を形成するように構成された第2のイオン光学系とを含む、質量分析機器。
【請求項15】
前記電子源が、前記イオン化チャンバから離れる方へ、前記電子線を選択的に偏向させるように構成された電子偏向器を備えた、請求項14に記載の質量分析機器。
【請求項16】
前記イオンガイドが、前記イオンガイド内部空間から試薬イオンを除去するよう構成されている、請求項14に記載の質量分析機器。
【請求項17】
前記複数のガイド電極が、2次元のイオン捕捉場を印加するよう構成された、少なくとも4つの軸方向に長尺の電極を備えた、請求項14に記載の質量分析機器。
【請求項18】
前記イオン源と前記イオンガイドとの間に気密に介在された電気絶縁体を備え、前記第1のイオン光学系が前記電気絶縁体に取り付けられている、請求項14に記載の質量分析機器。
【請求項19】
前記第1のイオン光学系から軸方向に延びて、前記ガイド電極の少なくとも一部を包囲している覆いを備えた、請求項14に記載の質量分析機器。
【請求項20】
前記イオントラップが、2次元または3次元のイオントラップである、請求項14に記載の質量分析機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−222491(P2011−222491A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−44062(P2011−44062)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(399117121)アジレント・テクノロジーズ・インク (710)
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
【Fターム(参考)】