説明

質量分析用デバイス及びそれを用いた質量分析装置、質量分析方法

【課題】表面支援レーザ脱離イオン化質量分析法において、測定光の低パワー化を実現し、難揮発性の物質や高分子量の物質の高感度な質量分析を可能にする。
【解決手段】質量分析用デバイス1は、表面1sに接触させた試料に測定光L1を照射することにより、試料中に含まれる被分析物質Sを表面1sから脱離させるものであって、基板10の一表面10sに、測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30と、微細構造体30の表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デバイス表面に接触された試料に測定光を照射して、試料中に含まれる質量分析の被分析物質を表面から脱離させ、脱離した該物質を質量分析する方法に用いられる質量分析用デバイス、及びそれを用いた質量分析装置及び質量分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
物質の同定等に用いられる質量分析法において、質量分析用デバイス上に接触された試料に測定光を照射して被分析物質をデバイスから脱離させ、脱離された物質を質量別に検出する質量分析方法が知られている。例えば、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectroscopy : TOF-MS)は、デバイスから脱離された物質を所定距離飛行させて、その飛行時間により物質の質量を分析するものである。
【0003】
このような質量分析法においては、通常、被分析物質をイオン化させて脱離させている。しかしながら、特に生体物質等の難揮発性の物質や合成高分子等の高分子量の物質が被分析物質である場合は被分析物質のイオン化、脱離が難しく、これらの物質を質量分析可能とする方法が種々検討されている。
【0004】
マトリクス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI法)は、被分析物質をマトリクスと呼ばれるシナピン酸やグリセリン等に混入して混晶としたものを試料とし、マトリクスが吸収した光エネルギーを利用して被分析物質をマトリクスとともに気化させ、次いでマトリクス−被分析物質間でのプロトン移動がおこって被分析物質をイオン化させる方法である。MALDI法は、被分析物質に対しフラグメント化や変性等の化学的な影響の少ないソフトイオン化法として、難揮発性の物質や生体分子、合成高分子等の高分子量の物質の質量分析に幅広く用いられている(特許文献1など)。
【0005】
しかしながら、被分析物質が合成高分子などの場合は、ポリマー鎖の化学構造の違いによって溶媒に対する溶解性やポリマー鎖の極性などが大きく異なり、また、主鎖構造が同じであっても平均分子量や末端基の化学構造などの違いにより様々な特性が異なるため、被分析物質の種類に応じてマトリクス剤の種類や結晶の調製方法を最適化する必要がある。
【0006】
一方、マトリクス剤を用いずに、被分析物質の脱離・イオン化を支援する機能を、質量分析用デバイスそのものに備えることによりソフトイオン化を行う表面支援レーザ脱離イオン化質量分析法(Surface-assisted laser desorption/ionization-mass spectrometry : SALDI-MS)が検討されている。例えば、特許文献2及び特許文献3では、表面にナノオーダの細孔構造を有するポーラスシリコン基板を用いた質量分析用デバイスでは、シリコンナノ構造と測定光との相互作用を利用してソフトイオン化を行っている。
【特許文献1】特開平9−320515号公報
【特許文献2】米国特許第2008/0073512号明細書
【特許文献3】米国特許第2006/0157648号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、SALDI-MSのイオン検出効率の増強は未だ充分なものではないため、難揮発性の物質や高分子量の物質の質量分析においては高パワーの測定光が必要とされている。そのため、被分析物質のフラグメント化や変性、及び基板自体の変形等の問題が未だ残されている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、表面支援レーザ脱離イオン化質量分析法において、測定光の低パワー化が可能であり、被分析物質のフラグメント化や変性、及び基板自体の変形を生じることなく難揮発性の物質や高分子量の物質の質量分析が可能な質量分析用デバイス、それを備えた質量分析装置及び質量分析方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の質量分析用デバイスは、表面に接触させた試料に測定光を照射することにより、該試料中に含まれる被分析物質を前記表面から脱離させる質量分析用デバイスであって、基板の一表面に、前記測定光の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体を備えた微細構造体と、該微細構造体の前記表面の少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤とを備えたことを特徴とするものである。
【0010】
本発明の質量分析用デバイスの第1の好適な態様としては、前記微細構造体において、前記基板が、前記表面において開口した複数の有底の微細孔を有する誘電体を備えたものであり、前記複数の金属体が、前記複数の微細孔の少なくとも底部及び/又は前記基板の表面の前記微細孔の非開口部分の少なくとも一部に固着されたものが挙げられる。
【0011】
本発明の質量分析用デバイスの第2の好適な態様としては、前記微細構造体において、前記基板が、前記表面において開口した複数の有底の微細孔を有する誘電体を備えたものであり、前記複数の金属体が、前記複数の微細孔内に充填された充填部と、該充填部上に前記表面より突出して形成され、前記表面と平行方向の最大径が前記充填部の径よりも大きい突出部とからなり、前記複数の金属体の突出部の少なくとも一部が、互いに離間されているものが挙げられる。かかる態様において、互いに隣接する前記突出部同士の平均離間距離が10nm以下であることが好ましい。
【0012】
上記第1及び第2の態様において、前記複数の微細孔の分布が略規則的であることが好ましい。また、前記誘電体が被陽極酸化金属体の一部を陽極酸化して得られる金属酸化物体からなり、前記複数の微細孔は、前記陽極酸化の過程で該金属酸化物体内に形成されたものであることが好ましい。
【0013】
本発明の質量分析用デバイスにおいて、前記イオン化促進剤は、有機ケイ素化合物であることが好ましい。
【0014】
本発明の質量分析装置は、上記本発明の質量分析用デバイスと、該質量分析用デバイスの前記イオン化促進剤が固着された表面に接触された試料に前記測定光を照射して、前記試料中の質量分析の被分析物質を前記表面から脱離させる光照射手段と、脱離した前記被分析物質を検出して該被分析物質の質量を分析する分析手段とを備えたことを特徴とするものである。本発明の質量分析装置の好適な態様としては、飛行時間型質量分析装置が挙げられる。
【0015】
本発明の質量分析方法は、上記本発明の質量分析用デバイスを用いる分析方法であって、前記質量分析用デバイスの前記イオン化促進剤が固着された表面に試料を接触させた後、該試料の接触された前記表面に測定光を照射し、該測定光の照射により前記複数の金属体において生じる局在プラズモン増強電場と、該局在プラズモン増強電場において増強された前記測定光により前記イオン化促進剤の効果を増大し、前記試料中に含まれる被分析物質を前記表面から脱離させ、該脱離した被分析物質を捕捉して質量分析することを特徴とするものである。
【0016】
ここで、イオン化促進剤の効果とは、イオン化促進剤に測定光が照射されることにより、被分析物質にイオンやエネルギーを供与して被分析物質のイオン化を促進させる効果を意味する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の質量分析用デバイスは、基板の一表面に測定光の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体を備えた微細構造体と、該微細構造体の前記表面の少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤とを備えたものである。かかる構成によれば、質量分析デバイスの試料接触面において測定光の照射により誘起された局在プラズモン増強電場、及びイオン化促進剤により、被分析物質を高効率にイオン化すると共に表面から脱離させることができる。また、局在プラズモンによる増強電場により、測定光のエネルギーのみならず、イオン化促進剤の励起効率も同時に高められることから、これらの相乗効果により、イオン化効率及び検出される信号の絶対強度を効果的に増強することができる。従って、本発明によれば、表面支援レーザ脱離イオン化質量分析法において、測定光の低パワー化を実現し、被分析物質が難揮発性の物質や高分子量の物質であっても、被分析物質のフラグメント化や変性、及び基板自体の変形を生じることなく、高感度に質量分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
「質量分析用デバイスの第1実施形態」
図1を参照して、本発明に係る第1実施形態の質量分析用デバイスについて説明する。図1は厚み方向断面図であり、図2はその製造工程を示す図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0019】
図1に示されるように、本実施形態の質量分析用デバイス1は、表面1sに接触させた試料に測定光L1を照射することにより、試料中に含まれる質量分析の被分析物質を表面1sから脱離させる質量分析用デバイスであって、基板10の一表面10sに、測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30aと、微細構造体30aの表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたデバイス構造を有している。
【0020】
本実施形態において、質量分析用デバイス1は、導電体12上に形成され、平面視略同一形状の多数の微細孔11aが、表面11sにおいて開口して略規則配列した誘電体11を備えた基板10に、微細孔11a内に充填されている充填部21と、微細孔11a上に表面11s(10s)より突出して形成され、該表面と平行方向の最大径が充填部21の径よりも大きく、且つ、局在プラズモンを誘起しうる大きさの径を有する突出部22とからなる微細金属体20が、突出部22の少なくとも一部が、互いに離間されように複数固定されたものである。
【0021】
質量分析用デバイス1において、微細孔11aは誘電体11の表面11sから厚み方向に略ストレートに開孔され、裏面11rに到達せずに閉口された非貫通孔である。
【0022】
本実施形態において、誘電体11は、図2に示されるように、アルミニウム(Al)を主成分とし、微少不純物を含んでいてもよい被陽極酸化金属体40の一部を陽極酸化して得られたアルミナ(Al)層(金属酸化物層)41である。導電体12は、陽極酸化されずに残った被陽極酸化金属体40の非陽極酸化部分42により構成されている。
【0023】
被陽極酸化金属体40の形状は制限されず、板状等が挙げられる。また、支持体の上に被陽極酸化金属体40が層状に成膜されたものなど、支持体付きの形態で用いることも差し支えない。
【0024】
陽極酸化は、例えば、被陽極酸化金属体40を陽極とし、カーボンやアルミニウム等を陰極(対向電極)として、これらを陽極酸化用電解液に浸漬させ、陽極と陰極の間に電圧を印加することで実施できる。電解液としては制限されず、硫酸、リン酸、クロム酸、シュウ酸、スルファミン酸、ベンゼンスルホン酸等の酸を、1種又は2種以上含む酸性電解液が好ましく用いられる。
【0025】
図2(a)に示す被陽極酸化金属体40を陽極酸化すると、図2(b)に示されるように、表面40s(図示上面)から該面に対して略垂直方向に酸化反応が進行し、アルミナ層41(11)が生成される。
【0026】
陽極酸化により生成されるアルミナ層41(11)は、平面視略正六角形状の微細柱状体が隣接して配列した構造を有するものとなる。各微細柱状体の略中心部には、表面40sから深さ方向に微細孔11aが開孔される。また、各微細孔11a及び微細柱状体の底面は、図示する如く、丸みを帯びた形状を有している。陽極酸化により生成されるアルミナ層の構造は、益田秀樹、「陽極酸化法によるメソポーラスアルミナの調製と機能材料としての応用」、材料技術Vol.15,No.10、1997年、p.34等に記載されている。
【0027】
陽極酸化条件は、非陽極酸化部分が残り、かつ微細孔11aの深さが、微細金属体20が容易にアルミナ層11(誘電体)から剥がれ落ちない程度に深くなる範囲内で、適宜設計すればよい。電解液としてシュウ酸を用いる場合、好適な条件例としては、電解液濃度0.5M、液温15℃、印加電圧40Vが挙げられる。電解時間を変えることで、任意の層厚のアルミナ層41(11)を生成できる。陽極酸化前の被陽極酸化金属体40の厚みを、生成されるアルミナ層41(11)よりも厚く設定しておけば、非陽極酸化部分が残り、非陽極酸化部分からなる導電体42(12)上に設けられ、平面視略同一形状の多数の微細孔11aが、表面11sにおいて開口して略規則配列したアルミナ層41(誘電体)(11)を得ることができる。
【0028】
各微細孔の径や互いに隣接する微細孔同士の配列ピッチは、陽極酸化条件により制御することができ、測定光L1の波長より小さいことが好ましい。通常、互いに隣接する微細孔11a同士のピッチは10〜500nmの範囲で、また微細孔の孔径は、5〜400nmの範囲でそれぞれ制御可能である。特開2001−9800号公報や特開2001−138300号公報には、微細孔の形成位置や孔径をより細かく制御する方法が開示されている。これらの方法を用いることにより、上記範囲内において任意の孔径及び深さを有する微細孔を略規則的に配列形成することができる。
【0029】
次に、基板10の各微細孔11aに充填部21と突出部22とからなる微細金属体20を形成して微細構造体30aを形成する。微細金属体20は、誘電体11の微細孔11aに電気メッキ処理等を施すことにより形成される。
【0030】
電気メッキ処理を行う場合には、導電体12が電極として機能し、電場が強い微細孔11aの底部から優先的に金属が析出する(図2(c))。この電気メッキ処理を継続して行うことにより、微細孔11a内に金属が充填されて微細金属体20の充填部21が形成される。充填部21が形成された後、更に電気メッキ処理を続けると、微細孔11aから充填金属が溢れるが、微細孔11a付近の電場が強いことから、微細孔11a周辺に継続して金属が析出していき、充填部21上に表面11sより突出し、充填部21の径よりも大きい径を有する突出部22が形成され、微細構造体30aを得る(図2(d))。
【0031】
微細金属体20は、突出部22の大きさが、局在プラズモンを誘起可能な大きさであればよいが、最大径が測定光L1の波長未満であることが好ましい。入射光L1の波長を考慮すると、突出部22の最大径が10nm以上300nm以下の範囲であることが好ましい。
【0032】
微細構造体30aにおいて、互いに隣接する突出部22同士は離間されていることが好ましく、その平均離間距離wは、数nm〜10nmの範囲であることがより好ましい。平均離間距離wが上記範囲内である場合は、その近接部に局在プラズモン効果による電場増強効果の非常に高いホットスポットと呼ばれる領域を生じるため、好ましい。
【0033】
局在プラズモン現象は、凸部の自由電子が光の電場に共鳴して振動することで凸部周辺に強い電場を生じる現象であるので、微細金属体20は、自由電子を有する任意の金属でよく、Au,Ag,Cu,Pt,Ni,Ti等が挙げられ、電場増強効果の高いAu,Ag等が特に好ましい。
【0034】
本実施形態では、微細孔11aは誘電体の裏面11rに到達せずに開孔された非貫通孔であり、微細金属体20の充填部21は微細孔11a内に充填されたものであるので、微細金属体20と導電体12とは互いに導通されていない。
【0035】
次いで、微細構造体30aの表面30sの少なくとも一部に、イオン化促進剤Iを固着させて質量分析用デバイス1を得る(図2(e))。イオン化促進剤Iの固着方法は特に制限されないが、イオン化促進剤Iを含む溶液を表面30sに適量を塗布し、オーブン等で加熱処理して溶媒を除去する方法等が挙げられる。過剰なイオン化促進剤Iが固着されないようにするには、加熱処理後にエアガン等で過剰なイオン化促進剤Iを飛ばし、再度加熱処理を施す工程を繰り返せばよい。
【0036】
固着させるイオン化促進剤Iの量は特に制限されないが、過剰では、微細金属体20において局在プラズモンを誘起させるのに充分な測定光L1を微細金属体20に到達させることができなくなる、過剰量のイオン化促進剤Iが測定時に脱離されて検出されて検出感度を低下させる、等の問題を生じ、過少では、効果的な被分析物質のイオン化を行うことができなくなってしまう。本実施形態では、少なくとも隣接する微細金属体20の突出部22同士の間隙の一部に固着されていることが好ましい。
【0037】
イオン化促進剤Iは、測定光L1の照射により被分析物質にイオンやエネルギーを供与して被分析物質のイオン化を促進させるものであり、かかる機能を有していれば特に制限されないが、被分析物質Sの検出感度を低下させるような妨害ピークを生じない物質であることが好ましい。生体分子や合成高分子等が被分析物質である場合は、文献Nature Vol.449 1033-1037 (2007)に記載(Supplementary Information、16頁)されている、ビス(トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル)テトラメチル-ジシロキサン、1,3-ジオクチルテトラメチルジシロキサン、1,3-ビス(ヒドロキシブチル)テトラメチルジシロキサン、1,3-ビス(3-カルボキシプロピル)テトラメチルジシロキサン等の有機ケイ素化合物が好ましい。その他のイオン化促進剤としては、カーボンナノチューブ、基質、フラーレン等が挙げられる。
【0038】
また、ニコチン酸、ピコリン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、3-アミノピコリン酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸、シナピン酸、2-(4-ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸、2-メルカプトベンゾチアゾール、5-クロロ-2-メルカプトベンゾチアゾール、2,6-ジヒドロキシアセトフェノン、2,4,6-トリヒドロキシアセトフェノン、ジスラノール、ベンゾ[a]ピレン、9-ニトロアントラセン、2-[(2E)-3-(4-tret-ブチルフェニル)-2-メチルプロプ-2-エニリデン]マロノ二トリルなどのMALDI法で用いられるマトリクス剤をイオン化促進剤Iとして使用してもよい。
【0039】
イオン化促進剤Iは、1種の化合物を用いてもよく、また、2種以上の化合物の混合物や積層体として用いてもよい。
【0040】
上記したように、質量分析用デバイス1は、基板10の一表面10sに測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30aと、微細構造体30aの表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたものである。質量分析用デバイス1の試料接触面(表面)1sに、被分析物質Sを含む試料を接触させ、試料に対して測定光L1を照射すると、複数の微細金属体20に局在プラズモンが誘起されて表面に増強電場を生じると同時に、イオン化促進剤Iが励起され、この増強電場において高められた測定光L1のエネルギーと、イオン化促進剤Iからのプロトン,イオン,エネルギー等の供与によって被分析物質Sを高効率にイオン化すると共に表面1sから脱離させることができる。また、局在プラズモンによる増強電場により、測定光L1のエネルギーのみならず、イオン化促進剤Iの励起効率も同時に高められることから、これらの相乗効果により、イオン化効率及び検出される信号の絶対強度を効果的に増強することができる。従って、質量分析用デバイス1によれば、表面支援レーザ脱離イオン化質量分析法において、測定光L1の低パワー化を実現し、被分析物質Sが難揮発性の物質や高分子量の物質であっても、被分析物質Sのフラグメント化や変性、及び基板自体の変形を生じることなく、高感度に質量分析することができる。
【0041】
質量分析用デバイス1においてイオン化促進剤Iは、少なくとも一部が最表面に露出している構成であるため、デバイス表面に上記イオン化促進機能以外の機能を付加可能なものであってもよい。例えば、被分析物質Sと化学結合が可能であり、かつ測定光L1の照射により分解して被分析物質Sをイオン化・脱離させることができるものであってもよい。被分析物質Sが抗原であるような場合は、イオン化されやすく抗原と特異的に結合可能な抗体が結合可能な官能基が表面に露出したイオン化促進剤Iを用いることにより、イオン化促進剤Iと被分析物質Sを、抗体を介して結合させることができるので、試料接触面1s上の被分析物質Sの濃度を高めて、感度を向上させることができる。
【0042】
更に、局在プラズモンによる増強電場は、試料接触面1sからの距離に対して指数関数的に減少していくものである。従って、抗体を介して被分析物質Sを表面1s上に捕捉した状態で質量分析を行えば、増強電場の発生面から比較的離れて存在している被分析物質Sに直接照射される測定光L1のエネルギーの増強度は低くなるため、被分析物質Sのフラグメント化をより効果的に抑制し、精度の高い質量分析を可能とすることができる。
【0043】
「背景技術」の項に記載したように、これまで、難揮発性の物質や高分子量の物質を、被分析物質への化学的影響を与えずに質量分析するためには、MALDI法が採用せざるを得なかったが、これらの物質は化学構造が複雑であるため被分析物質の化学的性質に応じたマトリックス剤と試料との混晶の調製方法の最適化が必須であり、工程が複雑にならざるを得なかった。上記のように、本実施形態の質量分析用デバイスによれば、表面支援レーザ脱離イオン化法により、被分析物質Sのフラグメント化や変性、及び基板自体の変形を生じることなく、難揮発性の物質や高分子量の物質の質量分析を可能にすることができる。表面支援レーザ脱離イオン化法では、サンプルの調製は、試料溶液を質量分析用デバイスの試料接触面上に塗布するだけで済むことから、本発明によれば、簡易な方法で、且つ、被分析物質Sのフラグメント化や変性、及び基板自体の変形を生じることなく、難揮発性の物質や高分子量の物質の高感度な質量分析を行うことができる。
【0044】
「質量分析用デバイスの第2実施形態」
図3を参照して、本発明に係る第2実施形態の質量分析用デバイス2について説明する。図3(a)は質量分析用デバイス2の厚み方向断面図、図3(b)は質量分析用デバイス2’の厚み方向断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0045】
図示されるように、質量分析用デバイス2(2’)と第1実施形態の質量分析用デバイス1とは、微細金属体20の充填形態が異なっており、それに伴いイオン化促進剤Iの固着形態も異なっている。
【0046】
質量分析用デバイス2において、微細構造体30bは、第1実施形態と同様の、導電体12上に形成され、平面視略同一形状の多数の微細孔11aが、表面11sにおいて開口して略規則配列した誘電体11を備えた基板10に、複数の微細孔11aの底部に充填された複数の微細金属体20を備えたものである。
【0047】
基板10は第1実施形態と同様であるので好ましい材料や形状、製造方法については記載を省略する。イオン化促進剤Iについても好適な材料は第1実施形態と同様である。
【0048】
微細金属体20は、第1実施形態と充填形態が異なるが、それ以外は第1実施形態と同様である。従って、充填形態以外の好適な条件等は第1実施形態と同様である。
【0049】
微細金属体20の充填方法も第1実施形態と同様、誘電体11の微細孔11aに電気メッキ処理等を施すことにより形成される。本実施形態の微細構造体30bは、図2(c)の状態でメッキ処理等による金属の充填をやめ、次いで、第1実施形態と同様に微細構造体30bの微細構造体30aの表面30sの少なくとも一部に、イオン化促進剤Iを固着させて質量分析用デバイス2を得る(図3(a))。
【0050】
また、微細構造体30bの上面から、個々の微細孔11aの底部に、局在プラズモンを誘起しうる大きさの微細金属体20が形成されるまで微細金属体20の構成金属を堆積させた後、微細構造体30bの表面30s上に堆積された微細金属体20の構成金属の層を除去する方法によっても容易に充填させることができる。この場合、微細金属体20の形成方法としては制限されず、例えば、真空蒸着法、スパッタ法、CVD法、レーザ蒸着法、及びクラスタイオンビーム法等の気相成長法が好ましい。微細金属体20は常温下で形成しても加熱下で形成してもよく、形成温度は制限されない。
【0051】
図3(a)に示される質量分析用デバイス2では、微細孔11aの内部にのみイオン化促進剤Iが固着されているが、図3(b)に示される質量分析用デバイス2’のように、質量分析用デバイスの表面2sにもイオン化促進剤Iが固着されていてもよい。どちらの形態も、第1実施形態と同様の方法により製造することができ、図3(a)に示される質量分析用デバイス2の場合は、微細孔11a内にのみイオン化促進剤Iが固着されるように、表面2sに塗布されたイオン化促進剤Iを充分に除去することにより得ることができる。
【0052】
また、微細孔11aの表面2sにおける開口径が小さく、表面2sに塗布されたイオン化促進剤溶液が表面張力により微細孔11aに入らずに表面2s上にのみ存在する場合は、微細孔11aの底部及び内部にはイオン化促進剤Iが固着されておらず、表面2sのみに固着された形態とすることも可能である。
【0053】
本実施形態においても、第1実施形態と同様、基板10の一表面に測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30bと、微細構造体30bの表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたものであるので、第1実施形態と同様の作用及び効果を奏する。
【0054】
「質量分析用デバイスの第3実施形態」
図4及び図5を参照して、本発明に係る第2実施形態の質量分析用デバイス3について説明する。図4(a)は質量分析用デバイス3の厚み方向断面図、図4(b)は質量分析用デバイス3’の厚み方向断面図である。図5は、質量分析用デバイス3の製造工程を示す図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0055】
図示されるように、質量分析用デバイス3(3’)と第2実施形態の質量分析用デバイス2とは、誘電体11の表面11sに金属膜20mを備えている点で異なっている。
【0056】
質量分析用デバイス3において、微細構造体30cは、第1実施形態と同様の、導電体12上に形成され、平面視略同一形状の多数の微細孔11aが、表面11sにおいて開口して略規則配列した誘電体11を備えた基板10に、複数の微細孔11aの底部に局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の微細金属体20が固着され、且つ、誘電体11の表面11sの微細孔11aの非開口部分に半透過半反射性の金属膜20mが成膜されたものである。
【0057】
基板10は第1実施形態と同様であるので好ましい材料や形状、製造方法については記載を省略する。イオン化促進剤Iについても好適な材料は第1実施形態と同様である。
【0058】
また、微細孔11aの底部に充填された微細金属体20の好適なサイズや材料は第1実施形態と同様である。
【0059】
誘電体11の表面11s上に成膜された半透過半反射性の金属膜20mの膜厚は特に制限されないが、基板10と金属膜20mとにより共振器構造となるため、金属膜20mが共振器中の全反射光により表面プラズモンを励起可能な膜厚であれば、金属膜20m上に表面プラズモンによる増強電場を生じることができ、好ましい。金属膜20mの構成材料は特に制限されないが、好適な材料は微細金属体20と同様のものが挙げられる。
【0060】
図5に示されるように、本実施形態の質量分析用デバイス3は、基板10は第1及び第2実施形態と同様にして基板10を陽極酸化法により形成することができる(図5(a)、(b))。
【0061】
金属膜20m及び微細金属体20の形成方法も特に制限されないが、誘電体表面11sの上面側から、例えば真空蒸着法、スパッタ法、CVD法、レーザ蒸着法、及びクラスタイオンビーム法等の気相成長法により形成することが好ましい。誘電体表面11sの上面から上記気相成長法により金属膜20mを成膜すると、微細孔11aの底部にも金属膜20mの構成元素が堆積するため、微細金属体20及び金属膜20mを同時に形成することができる(図5(c))。微細金属体20及び金属膜20mは常温下で形成しても加熱下で形成してもよく、形成温度は制限されない。
【0062】
次に、微細構造体30cの表面30sの少なくとも一部に、イオン化促進剤Iを固着させて質量分析用デバイス1を得る。イオン化促進剤Iの固着は第1実施形態と同様にして実施することができる(図5(d),(e))。
【0063】
図4(a)に示される質量分析用デバイス3では、微細孔11aの内部にのみイオン化促進剤Iが固着されているが、図4(b)に示される質量分析用デバイス3’のように、質量分析用デバイスの表面3sにもイオン化促進剤Iが固着されていてもよい。どちらの形態も、第1実施形態と同様の方法により製造することができ、図4(a)に示される質量分析用デバイス3の場合は、微細孔11a内にのみイオン化促進剤Iが固着されるように、表面3sに塗布されたイオン化促進剤Iを充分に除去することにより得ることができる。
【0064】
また、第2実施形態と同様、微細孔11aの表面2sにおける開口径が小さく、表面2sに塗布されたイオン化促進剤溶液が表面張力により微細孔11aに入らずに表面2s上にのみ存在する場合は、微細孔11aの底部及び内部にはイオン化促進剤Iが固着されておらず、表面2sのみに固着された形態とすることも可能である。
【0065】
本実施形態においても、第1実施形態と同様、基板10の一表面10sに測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30cと、微細構造体30cの表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたものであるので、第1実施形態と同様の作用及び効果を奏する。
【0066】
また、本実施形態において、金属膜20mにおいて表面プラズモンを生じる場合は、上記微細金属体20による増強場よりも増強度の高い電場を生じることができるので、より測定光L1のエネルギーを下げることができ、好ましい。
【0067】
上記実施形態では、微細構造体30cにおいて、誘電体表面11sの非開口部分に金属膜20mが備えられた形態について説明したが、表面11sの非開口部分に局在プラズモンを誘起しうる大きさの微細金属体20を固着させた構成としてもよい。かかる構成では、微細構造体30cの表面30sの非開口部分において、局在プラズモンによる増強電場を生じさせることができる。この場合、表面11s上に固着された互いに隣接する微細金属体20同士は離間されていることが好ましく、その平均離間距離wは、数nm〜10nmの範囲であることがより好ましい。平均離間距離が上記範囲内である場合は、局在プラズモン効果による電場増強効果を効果的に得ることができる。
【0068】
表面11s上に局在プラズモンを生じる大きさを有する微細金属体20を固着させる方法としては特に制限されないが、例えば、金属膜20mを表面11sの微細孔11aの非開口部分に成膜した後(図5(c))、熱処理により、金属膜20の構成金属を凝集させて粒子化させる方法が挙げられる。金属膜20mの膜厚がナノオーダである場合は、熱処理によって金属膜20の構成金属がいったん溶融し、降温過程において、溶融した金属が誘電体11の表面11sに自然に凝集して粒子化すると考えられる。金属膜20mの熱処理方法は制限なく、例えば、レーザアニール、電子ビームアニール、フラッシュランプアニール、ヒータを用いた熱放射アニール、及び電気炉アニール等のアニール処理が挙げられる。
【0069】
熱処理温度は、金属膜20の構成金属が凝集することができれば制限されず、金属膜20の融点以上かつ誘電体11の融点未満の温度であることが好ましい。金属膜20mの膜厚がナノオーダである場合は、バルク金属の融点よりもはるかに低い温度において溶融する融点降下現象が顕著に起こるため、この現象を利用すれば、熱処理温度は、金属膜20の融点以上の温度であり、かつ誘電体11の融点未満の温度とすることができる。
【0070】
表面11s上に金属膜20を成膜した後に熱処理により形成する方法以外の方法としては、金属コロイドを利用する方法,LB法,シランカップリング法,斜め蒸着法,マスクを用いた蒸着,クエン酸をCTABに置換後自然蒸発(J. Am. Chem. Soc., Vol. 127, 14992-14993, 2005.)等が挙げられる。
【0071】
「質量分析用デバイスの第4実施形態」
図6を参照して、本発明に係る第4実施形態の質量分析用デバイス4について説明する。図6は質量分析用デバイス4の厚み方向断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0072】
図示されるように、質量分析用デバイス4は、基板10’の一表面10’sに、局在プラズモンを誘起しうる大きさの微細金属体20を複数備えた微細構造体30dを備え、微細構造体30dの表面30sの少なくとも1部にイオン化促進剤Iを備えた構成としている。本実施形態では、第1〜第3実施形態の質量分析用デバイスと異なり、表面が略平滑な平坦基板10’上に複数の微細金属体20が固着されている。
【0073】
基板10’としては特に制限なく、金属、半導体、誘電体など種々の基板を用いることができるが、微細金属体20に効果的に局在プラズモンによる増強電場が生じることから誘電体基板が好ましい。
【0074】
微細金属体20は、第1実施形態と同様、局在プラズモンを生じる大きさの金属体であるので、好ましい材料やサイズ等は第1実施形態と同様である。また、イオン化促進剤Iについても好適な材料は第1実施形態と同様である。
【0075】
本実施形態において、微細金属体20の固着方法は特に制限されないが、微細金属体20を含む溶液を基板10の表面に塗布した後乾燥させる方法や、基板10’の上面側から、例えば真空蒸着法、スパッタ法、CVD法、レーザ蒸着法、及びクラスタイオンビーム法等の気相成長法によりナノオーダの膜厚の金属膜を成膜した後、熱処理を施して金属膜の構成金属を凝集させて粒子化させる方法、金属コロイドを利用する方法,LB法,シランカップリング法,斜め蒸着法,マスクを用いた蒸着,クエン酸をCTABに置換後自然蒸発(J. Am. Chem. Soc., Vol. 127, 14992-14993, 2005.)等を用いればよい(詳細は第3実施形態に記載の方法と同様である)。
【0076】
イオン化促進剤Iの固着方法は、上記第1実施形態と同様の方法が挙げられる。
【0077】
本実施形態においても、第1実施形態と同様、基板10’の一表面に測定光L1の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体20を備えた微細構造体30dと、微細構造体30dの表面30sの少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤Iとを備えたものであるので、第1実施形態と同様の作用及び効果を奏する。
【0078】
上記した質量分析用デバイス4において、図7に示されるように、更に基板10’上に誘電体粒子50を複数備えた構成とすれば、微細金属体20を孤立させる割合を増やすことができるため、測定時に試料接触面5sにおいて熱を局在させることができる。熱が局在している場合はそうでない場合に比して熱のエネルギーが局在部分に集中するために、イオン化効率を高くすることができる。誘電体粒子50の大きさは特に制限されないが、より効果的に熱を局在させるためには、微細金属体20の径の2階以上の大きさを有していることが好ましく、例えば100nm以上であることが好ましい。
【0079】
また、微細金属体20を含む溶液を用いて基板10’上へ固着させる場合は、塗布溶液中に、誘電体粒子50を同時に含ませて塗布することにより、塗布後の乾燥時に隣接する微細金属体20同士が凝集することを抑制することができる。
【0080】
(設計変更)
上記第1〜第3実施形態では、被陽極酸化金属体40の一部を陽極酸化して得られたアルミナ層を誘電体11、非陽極酸化部分を導電体12とし、誘電体11の微細孔11aに、電気メッキ法により金属を析出させて金属体20を形成する方法について説明したが、被陽極酸化金属体40をすべて陽極酸化した後に、別途蒸着等により導電体12を成膜してもよい。この場合、導電体12の材料は制限なく、任意の金属やITO(インジウム錫酸化物)等の導電性の材料等を用いてもよい。
【0081】
また、被陽極酸化金属体40の主成分としてAlのみを挙げたが、陽極酸化可能で生成される金属酸化物が透光性を有するものであれば、任意の金属が使用できる。Al以外では、Si、Ti、Ta、Hf、Zr、In、Zn等が使用できる。被陽極酸化金属体40は、陽極酸化可能な金属を2種以上含むものであってもよい。用いる被陽極酸化金属の種類によって、形成される微細孔12の平面パターンは変わるが、平面視略同一形状の微細孔12が隣接して配列した構造を有する誘電体11が形成されることには変わりない。
【0082】
また、陽極酸化を利用して微細孔11aを規則配列させる場合について説明したが、微細孔11aの形成方法は、陽極酸化に制限されない。表面全面を一括処理でき、大面積化に対応でき、高価な装置を必要としないことから、陽極酸化を利用した上記実施形態は好ましいが、陽極酸化を利用する以外に、樹脂等の基板の表面にナノインプリント技術により規則配列した複数の凹部を形成する、金属等の基板の表面に、集束イオンビーム(FIB)、電子ビーム(EB)等の電子描画技術により規則配列した複数の凹部を描画する等の微細加工技術が挙げられる。微細孔12は規則配列させてもよいし、させなくてもよい。
【0083】
また、誘電体11の裏面11rに導電体12を備えた場合について説明したが、金属体20を微細孔11aに充填する方法として、電気メッキ等の電極を必要とする方法を用いない場合は、導電体12は備えてなくてよい。また、金属体20の形成後に導電体12を除去した構成としてもよい。
【0084】
「質量分析装置」
図8を参照して、上記第1実施形態の質量分析用デバイス1を用いる場合を例として、本発明にかかる第1実施形態の質量分析装置について説明する。本実施形態の質量分析装置は飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)である。図8は本実施形態の質量分析装置6の構成を示す概略図であり、上記第2〜第4実施形態の質量分析用デバイス2〜5を用いた場合も装置構成及び得られる効果は同様である。
【0085】
図示されるように、質量分析装置6は、真空に保たれたボックス68内に、上記実施形態の質量分析用デバイス1と、質量分析用デバイス1を保持するデバイス保持手段60と、質量分析用デバイス1の第1の反射体10の表面1sに接触された試料に測定光L1を照射して、試料中の質量分析の被分析物質Sを第1の反射体10の表面1sから脱離させる第1の光照射手段61と、脱離した被分析物質Sを検出して被分析物質Sの質量を分析する分析手段64とを備え、質量分析用デバイス1と分析手段64との間に、第1の反射体10の表面1sに対向する位置に配された引き出しグリッド62と、引き出しグリッド62の質量分析用デバイス1側の面と反対側の面に対向して配されたエンドプレート63を備えた構成としている。
【0086】
光照射手段61は、レーザ等の単波長光源を備えており、光源から出射される光を導光するミラーなどの導光系を備えていてもよい。単波長光源としては、例えば、波長337nm、パルス幅50ps〜50ns程度のパルスレーザが挙げられる。
【0087】
分析手段64は、測定光L1の照射により質量分析用デバイス1の第1の反射体10の表面から脱離され、引き出しグリッド62及びエンドプレート63の中央の孔を通過して飛行してきた被分析物質Sを検出する検出部65と、検出部65の出力を増幅さえるアンプ66と、アンプ66からの出力信号を処理するデータ処理部67により概略構成されている。
【0088】
以下に上記構成の質量分析装置6を用いた質量分析について説明する。
まず、試料が接触された質量分析用デバイス1に電圧Vs印加され、所定のスタート信号により光照射手段61から特定波長の測定光L1が質量分析用デバイス1の表面1sに照射される。測定光L1の照射により、質量分析用デバイス1の表面1sにおいて電場が増強されるとともに、その電場により増強された測定光L1の光エネルギーと励起されたイオン化促進剤とにより試料中の被分析物質Sが表面1sからイオン化され、脱離される。
【0089】
脱離された被分析物質Sは、質量分析用デバイス1と引き出しグリッド62との電位差Vsにより引き出しグリッド62の方向に引き出されて加速し、中央の孔を通ってエンドプレート63の方向にほぼ直進して飛行し、更にエンドプレート63の孔を通過して検出器65に到達して検出される。
【0090】
被分析物質Sは、質量分析用デバイス1上の表面修飾の一部等の他の物質が結合された状態であってもよい。脱離後の被分析物質Sの飛行速度は物質の質量に依存し、質量が小さいほど速いため、質量の小さいものから順に検出器65により検出される。
【0091】
検出器65からの出力信号は、アンプ66により所定レベルに増幅され、その後データ処理部67に入力される。データ処理部67では、上記スタート信号と同期する同期信号が入力されており、この同期信号とアンプ66からの出力信号とに基づいて被分析物質Sの飛行時間を求めることができるので、その飛行時間から質量を導出して質量スペクトルを得ることができる。
【0092】
本実施形態の質量分析装置6は、上記実施形態の質量分析用デバイス1を用いて構成されたものであるので、質量分析用デバイス1と同様の効果を奏する。
【0093】
本実施形態では、ボックス68内に、すべてが備えられた構成について説明したが、少なくとも、質量分析用デバイス1、引き出しグリッド62、エンドプレート63及び検出器65がボックス68内に配置されていればよい。
【0094】
本実施形態では、質量分析装置6がTOF−MSである場合を例に説明したがその他の質量分析方法にも適用可能である。
【実施例】
【0095】
以下に、本発明に係る実施例について説明する。
(実施例1)
下記手順にて、上記第1実施形態の微細構造体1を製造した。
被陽極酸化金属体として、アルミニウム板(Al純度99.99%、10mm厚)を用意し、このアルミニウム板を陽極とし、アルミニウムを陰極として、アルミニウム板の一部がアルミナ層となる条件で、陽極酸化を実施して微細孔基板を作製した。得られた基板の微細孔の平均径は50nm、平均ピッチPは約100nmであった。陽極酸化において液温は15℃とした。その他の反応条件は以下の通りとした。
反応条件:電解液0.5Mシュウ酸、印加電圧40V、反応時間5時間。
【0096】
次いで、非陽極酸化部を電極として用い、微細孔の底部からAuメッキ処理を施し、基板表面に溢れさせてマッシュルーム形状の微細金属体の茎部が各微細孔内に充填された微細構造体を作製した。このとき、マッシュルーム状の金属体の頭部同士は、10nm程度離間するようにメッキ時間を調整した。
【0097】
次に、イオン化促進剤として、ビストリデカフルオロテトラヒドロオクチルテトラメチルジシロキサン溶液を用意し、微細構造体の表面にイオン化促進剤を固着させて本発明の質量分析用デバイスを得た。イオン化促進剤の固着は、イオン化促進剤の塗布と乾燥、そして過剰分の除去を数回繰り返すことにより行った。乾燥は、120度のオーブン中で50秒間の熱処理とし、過剰分の除去には窒素ガンを使用した。
【0098】
得られた本発明の質量分析用デバイス、及び比較用としてイオン化促進剤を固着させる前の微細構造体を質量分析用デバイスとして用いて、ブルカー社製autoflexTMIII質量分析装置により、質量分析を実施した。測定試料及び測定条件は下記のとおりである。
被分析物質:SIGMA−ALDRICH製AngiotensinI
試料濃度:1μM
試料滴下量:0.5μL
測定光波長:355nm
測定モード:正イオンモード
【0099】
図9は、測定光のレーザ強度に対する検出されたイオン強度(信号光強度)を示すグラフであり、(a)が上記本発明の質量分析用デバイスを用いて測定した結果、(b)が上記でイオン化促進剤を固着する前の比較用のデバイスを用いて測定した結果である。図9に示されるように、イオン化促進剤が固着されていない(b)では、レーザ強度が18μJにて初めてイオンが検出されているのに対し、(a)ではレーザ光強度10μJ程度と低パワーな領域からイオンが検出されることが確認された。また、図9には、比較用のデバイスを用いた(b)に比して、本発明の質量分析用デバイスを用いた(a)では、信号光強度の絶対量が格段に大きいことも示されている。
【0100】
図10(a)、(b)は、測定光レーザ強度20μJとした時の図9(a)、(b)にそれぞれ対応するマススペクトルである。図10からも、同じパワーの測定光を用いた場合に、本発明の質量分析用デバイスを用いた(a)の方が、(b)に比して信号光強度の絶対量が格段に大きく、低パワーの光源による高感度測定が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明は、物質の同定等に用いられる質量分析装置に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】(a)は本発明に係る第1実施形態の質量分析用デバイスの厚み方向断面図、(b)は本発明に係る第1実施形態の質量分析用デバイスのその他の好適な態様を示す厚み方向断面図
【図2】(a)〜(e)は図1(a)の質量分析用デバイスの製造工程を示す断面図
【図3】(a)は本発明に係る第2実施形態の質量分析用デバイスの厚み方向断面図、(b)は本発明に係る第2実施形態の質量分析用デバイスのその他の好適な態様を示す厚み方向断面図
【図4】(a)は本発明に係る第3実施形態の質量分析用デバイスの厚み方向断面図、(b)は本発明に係る第3実施形態の質量分析用デバイスのその他の好適な態様を示す厚み方向断面図
【図5】(a)から(e)は図4(a)の質量分析用デバイスの製造工程を示す断面図
【図6】本発明に係る第4実施形態の質量分析用デバイスの厚み方向断面図
【図7】本発明に係る第4実施形態の質量分析用デバイスのその他の好適な態様を示す厚み方向断面図
【図8】本発明に係る一実施形態の質量分析装置の構成を示す概略図
【図9】実施例1において測定光強度と信号光強度との関係を示す図
【図10】(a)は実施例1において本発明の質量分析用デバイスを用いた場合のマススペクトル、(b)は比較用の質量分析用デバイスを用いた場合のマススペクトル
【符号の説明】
【0103】
1、1’、2〜5 質量分析用デバイス
1s、1’s、2s、3s、4s、5s 表面(試料接触面)
10、10’ 基板
10s、10’s 基板表面
11 誘電体
11a 微細孔
12 導電体
20 金属体(微細金属体)
20s 透光体表面
21 微細孔
30a,30b,30c,30d 微細構造体
40 被陽極酸化金属体
41 金属酸化物体
42 非陽極酸化部分
50 誘電体粒子
21 充填部
22 突出部
6 質量分析装置
61 光照射手段
64 分析手段
76 検出手段(分光手段)
L1 測定光
S 被分析物質
I イオン化促進剤
w 突出部同士の離間距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に接触させた試料に測定光を照射することにより、該試料中に含まれる被分析物質を前記表面から脱離させる質量分析用デバイスであって、
基板の一表面に、前記測定光の照射により局在プラズモンを誘起しうる大きさの複数の金属体を備えた微細構造体と、
該微細構造体の前記表面の少なくとも一部に固着されたイオン化促進剤とを備えたことを特徴とする質量分析用デバイス。
【請求項2】
前記微細構造体において、前記表面に、複数の誘電体粒子を更に備えたことを特徴とする請求項1に記載の質量分析用デバイス。
【請求項3】
前記微細構造体において、前記基板が、前記表面において開口した複数の有底の微細孔を有する誘電体を備えたものであり、前記複数の金属体が、前記複数の微細孔の少なくとも底部及び/又は前記基板の表面の前記微細孔の非開口部分の少なくとも一部に固着されたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析用デバイス。
【請求項4】
前記微細構造体において、前記基板が、前記表面において開口した複数の有底の微細孔を有する誘電体を備えたものであり、前記複数の金属体が、前記複数の微細孔内に充填された充填部と、該充填部上に前記表面より突出して形成され、前記表面と平行方向の最大径が前記充填部の径よりも大きい突出部とからなり、
前記複数の金属体の突出部の少なくとも一部が、互いに離間されていることを特徴とする請求項1に記載の質量分析用デバイス。
【請求項5】
互いに隣接する前記突出部同士の平均離間距離が10nm以下であることを特徴とする請求項4に記載の微細構造体。
【請求項6】
前記複数の微細孔の分布が略規則的であることを特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の質量分析用デバイス。
【請求項7】
前記誘電体が被陽極酸化金属体の一部を陽極酸化して得られる金属酸化物体からなり、前記複数の微細孔は、前記陽極酸化の過程で該金属酸化物体内に形成されたものであることを特徴とする請求項6に記載の質量分析用デバイス。
【請求項8】
前記イオン化促進剤が、有機ケイ素化合物であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の質量分析用デバイス。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の質量分析用デバイスと、
該質量分析用デバイスの前記イオン化促進剤が固着された表面に接触された試料に前記測定光を照射して、前記試料中の質量分析の被分析物質を前記表面から脱離させる光照射手段と、
脱離した前記被分析物質を検出して該被分析物質の質量を分析する分析手段とを備えたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項9に記載の質量分析装置。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれかに記載の質量分析用デバイスを用いる分析方法であって、
前記質量分析用デバイスの前記イオン化促進剤が固着された表面に試料を接触させた後、該試料の接触された前記表面に測定光を照射し、
該測定光の照射により前記複数の金属体において生じる局在プラズモン増強電場と、該局在プラズモン増強電場において増強された前記測定光により前記イオン化促進剤の効果を増大し、前記試料中に含まれる被分析物質を前記表面から脱離させ、
該脱離した被分析物質を捕捉して質量分析することを特徴とする分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−71727(P2010−71727A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−237681(P2008−237681)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】