説明

質量分析用プレート、その調製方法およびその用途

本発明は、支持体上にPVDFを含有するコーティング(すなわち、PVDFが堆積した薄層)を有してなる質量分析用プレート、およびPVDFで支持体表面をコーティングすることを特徴とする質量分析用プレートの調製方法を提供する。また、本発明は、分析対象物含有試料をゲル電気泳動して分析対象物を分離し、分離した分析対象物をゲルから前記質量分析用プレートに転写し、該プレートを質量分析に供することにより移行した分析対象物を分析することを特徴とする分析対象物の同定方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、プロテオーム解析を多量、迅速、かつ高感度に実施できる、新規な質量分析用プレート、その調製方法およびその用途に関する。
【背景技術】
分子生物学やゲノミクス(ゲノム科学)をはじめとする創薬の基盤研究の進歩により、ここ数年間で創薬の様相が急速に変化し、ゲノム創薬に代表される新しい創薬方法が開発されつつある。
しかしながら、ゲノミクスが明らかにした塩基配列からはまだ蛋白質の機能(生理作用)は予測できず、遺伝情報を新薬に結び付ける手法の確立がポストゲノムに求められている。その一つとして、上述の塩基配列から翻訳される蛋白質(10万種以上とも言われる)を全て単離・同定し、その機能を帰属することを目的とするプロテオミクス(蛋白質解析科学)が注目を浴びている。
プロテオームとは、狭義には一個の生物体を構成する全ての蛋白質を意味するが、広義にはある細胞の細胞液中の全蛋白質、血清中に含まれる全ての蛋白質、ある組織に含まれる全ての蛋白質等のように、生物体の組織学的、解剖学的に特定される部位に含まれる全ての蛋白質を意味する場合もある。本明細書では、広義で使用しているが、広義のプロテオームの完全な集合体が狭義のプロテオームであることは明らかである。
プロテオーム解析では、従来より二次元電気泳動法と質量分析法を組合わせる方法が汎用されてきたが、以下の問題点が未だ解決されずにいる。すなわち、従来法では、泳動後の試料を質量分析法にかけるまでに、泳動ゲルを小片に分断し、特殊な溶液でそれぞれの小片から蛋白質を抽出しなければならない。このように長時間を消費し、多段階の煩雑な操作が要求されるために、測定時間の短縮化、装置の小型化、大量検体の処理、全装置のロボット化が極めて困難であった。
さらに、いわゆる「多数の微量蛋白質」(low−abundance proteins)の問題がある。例えば、酵母では、たった100個の遺伝子が酵母の全蛋白質重量の50%を製造している。これは、残り50%の蛋白質が何千もの遺伝子の産物であることを意味する。大量の微量蛋白質には、調節蛋白質、受容体を含めた情報伝達蛋白質等、生体にとって最も重要な蛋白質が大量に含まれる。しかしながら、従来法では電気泳動により分離した多数かつ微量の蛋白質試料を回収することが不可能な状況にある。
このような電気泳動法と質量分析法の組合せ技術の限界を解決し、かつ蛋白質−蛋白質相互作用を解明すべく、現在様々な取り組みが行われている。例えば、同位体標識化アフィニティタグ法(ICAT:isotope−coded affinity tag;Nat.Biotech.,17:994−999(1999))、酵母でのtwo−hybrid system、BIA−MS−MS、蛋白質アレイ法(溶液、チップ;Trends Biotechnol.,19:S34−39(2001))、LC−MS−MSによるペプチドミクス等である。このうち、蛋白質アレイ法としては、固相蛋白質アレイ法(チップ法;Curr.Opin.Biotechnol.,12:65−69(2001))、ナノ粒子に情報を組み込んだ液相アレイ法(fluorescence−encodedbeads;Clin,Chem.,43:1749−1756(1997);Nat,Biotech.,19:631−635(2001);barcoded nanoparticles;Trends Biotechnol.(2001)前記)などが挙げられる。
一方、本発明者らは、膜蛋白質と当該蛋白質と相互作用可能な化合物とを各々グループ化し、両者を同時分析することが可能なプロテオーム解析法を提案している(WO 02/56026)。
このような測定方法(システム)の改良とは別に、プロテオーム解析を目的としないか、あるいは技術的にプロテオーム解析への使用は困難であるが、蛋白質の質量分析分野での改善を目指した幾つかの報告がある。電気泳動により分離した蛋白質をポリビニリデンジフロリド(polyvinylidene difluoride;PVDF)膜に転写して、MALDI型質量分析用のステンレス製プレートに両面テープ(Electrophoresis,17:954−961(1996))、フレーム(Anal.Chem.,69:2888−2892(1997))あるいはグリース(Anal.Chem.,71:4800−4807(1999);Anal.Chem.,71:4981−4988(1999);WO 00/45168)で固定化して測定する方法が報告されている。これらの方法は、一旦PVDF膜を測定途中で質量分析用プレートに固定化する点で操作が煩雑となるだけでなく、バックグラウンドが高く、相対ピーク強度が極端に低いという欠点があり、高い検出感度が求められるプロテオーム解析には不向きである。
また、予めマトリックスを塗布した質量分析用プレートに電気泳動後のゲルを直接転写させて質量分析する方法や、一旦ブロット用のPVDF膜に蛋白質を電気転写した後に、予めマトリックスを塗布した質量分析用プレートに拡散転写する方法も報告されている(US 5,595,636)。しかしながら、これらの方法においては、電気転写を用いた場合、マトリックスが転写中に転写緩衝液中に溶出して測定自体が不可能になる恐れがある。一方、拡散転写を用いた場合は転写効率が低いため、特に微量蛋白質を質量分析用プレートに転写するには検出感度の面から不十分である。
さらに上記の技術を改良して、マトリックスにニトロセルロース(ブロット用の膜成分である)を混合して質量分析用プレートに塗布する方法が報告されている(GB 2312782 A)。しかし、この方法でも電気転写、拡散転写のいずれの場合における問題点も完全に解決されたとはいえない。
ところで、質量分析用プレートとしては、通常用いられるアルミニウムあるいはステンレス・スチール製プレートの他に、これらを改良し、シリカでコートした、あるいは、疎水性基を付加した質量分析用プレート等も市販されている(Ciphergen社製、WO 94/28418)。しかし、これらの技術・製品も、大量、迅速かつ高感度にプロテオーム解析を行うという研究開発のニーズを必ずしも満たすものではない。
本発明の目的は、従来の電気泳動法と質量分析法の組合せ技術によるプロテオーム解析法に新しい技術を導入することにある。詳しくは、プロテオーム解析を多量、迅速かつ高感度に実施できる技術を提供することにある。
【発明の開示】
本発明は、PVDFで基板をコーティングして該基板上にPVDFの薄層を形成させた質量分析用プレートは、PVDFを膜の形態で基板上に固定化したものに比べて、質量分析の検出感度および精度が飛躍的に向上することの発見に基づいている。また、このような質量分析用プレートは、転写時にマトリックスを含まないので、電気転写によっても溶出することがないというさらなる利点を有する。
すなわち、本発明は、
1)支持体上にPVDFを含有するコーティングを有してなる質量分析用プレート;
2)PVDFで支持体表面をコーティングすることを特徴とする質量分析用プレートの調製方法;
3)分析対象物含有試料をゲル電気泳動して分析対象物を分離し、分離した分析対象物を前記1)の、もしくは前記2)の方法により得られる質量分析用プレートに転写し、転写した分析対象物を質量分析することを特徴とする分析対象物の同定方法;
に関するものである。
本発明のさらなる目的および特徴、並びに本発明の効果は、以下の発明の詳細な説明においてより明確となるであろう。
【図面の簡単な説明】
図1は、泳動ゲルから質量分析用プレートへの電気転写の度合いを示す。Aは泳動ゲル(転写前)、Bは泳動ゲル(転写後)、Cは本発明の質量分析用プレート(転写後)を示す。左端の数字はバンドに対応する蛋白質の分子量を表す。電気転写によって蛋白質の種類によってはゲル中のほぼ全量が質量分析用プレートへ移行することを示している。
図2は、泳動ゲルと質量分析用プレートの位置関係(図2A)およびプレート上の移行した蛋白質が受けるレーザー光量の差異(図2B)を示す。図中、1は質量分析用プレート、2は泳動ゲル、3は蛋白質を各々示す。また、Aは光量最大、Bは光量小、Cは光量ゼロ、の場合を各々示す。
図3は、本発明の質量分析用プレート(図3A)、アルミプレート(図3B)、ProteinChip array(H4、図3C)を用いたときの質量分析ピークの相対強度を示す。
図4は、本発明の質量分析用プレートまたはアルミプレートを用いて得られるSCUPAとHSAの質量分析スペクトル(ピーク像)を示す。横軸は分子量、縦軸は相対強度を示す。図4AおよびBはSCUPAを、図4CおよびDはHSAを、各々示す。また、図4AおよびCは本発明の質量分析用プレートを用いた場合を、図4BおよびDはアルミプレートを用いた場合を、各々示す。
図5は、本発明の質量分析用プレートを用いて電気転写した蛋白質(SCUPA)とそれに特異的に反応する抗体(抗SCUPA抗体)との蛋白質−蛋白質相互作用を質量分析法により解析した結果を示す。横軸は分子量、縦軸は相対強度を示す。図中の数字はピークの分子量を示す。図5Aは分離・転写されたSCUPAと抗SCUPA抗体の相互作用を示す。また、図5Bは抗SCUPA抗体を単独で用いた場合の結果を示す。
図6は、電気泳動により分離した蛋白質をPVDF膜に転写した場合の質量分析スペクトルを示す。横軸は分子量、縦軸は相対強度を示す。図中の数字はピークの分子量を示す。図6AはSCUPAを、図6BはHSAを、各々示す。
【発明を実施するための最良の形態】
質量分析用プレート
本発明の質量分析用プレートは、支持体(基本構造)上にポリビニリデンジフロリド(polyvinylidene difloride;PVDF)を含有するコーティング(薄層)を有するものである。支持体の素材は、通常質量分析用プレートにおいて使用されているものであれば特に限定されない。例えば、絶縁体(ガラス、セラミクス、プラスチック・樹脂等)、金属(アルミニウム、ステンレス・スチール等)、導電性ポリマー、それらの複合体などが挙げられる。好ましくはアルミニウムプレートを用いる。
本発明の質量分析用プレートの形状は、使用する質量分析装置の、特に試料導入口に適合するように考案される。例えば、電気泳動後のゲルのサイズに合わせた集合型の質量分析用プレートに蛋白質を転写した後に、質量分析装置の試料導入口にフィットするように一本一本が簡単に分離できるようにあらかじめ切れ目を入れたクラスター型質量分析用プレート等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
本発明において「PVDFを含有するコーティング」とは、従来公知のPVDF膜のように予め成型された構造体を支持体上に重層するのではなく、PVDF分子が分散した状態で支持体上に堆積されて形成される薄層をいう。PVDFが堆積される態様は特に制限されないが、後述の質量分析用プレートの調製方法において例示される手段が好ましく用いられる。
薄層の厚さは、蛋白質の転写効率および質量分析の測定感度等に好ましくない影響を与えない範囲で適宜選択することができるが、例えば、約0.1〜約1000μm、好ましくは約1〜約300μmである。
質量分析用プレートの調製方法
本発明の質量分析用プレートは、PVDFで支持体表面をコーティングすることにより調製される。コーティングの手段としては、塗布、噴霧、蒸着、浸漬、印刷(プリント)、スパッタリングなどが好ましく例示される。
「塗布」する場合、PVDFを、適当な溶媒、例えば、ジメチルホルムアミド(dimethyl formamide;DMF)などの有機溶媒に適当な濃度(例えば、約1〜約100mg/mL程度)で溶解したもの(以下、「PVDF含有溶液」という)を、刷毛などの適当な道具を用いて支持体(基本構造,基板)に塗布することができる。
「噴霧」する場合、上記と同様にして調製したPVDF含有溶液を噴霧器に入れ、支持体上に均一にPVDFが堆積されるように噴霧すればよい。
「蒸着」する場合、通常の有機薄膜作製用真空蒸着装置を用い、支持体を入れた真空槽中でPVDF(固体でも溶液でもよい)を加熱・気化させることにより、支持体表面上にPVDFの薄層を形成させることができる。
「浸漬」させる場合、上記と同様にして調製したPVDF含有溶液中に支持体を浸漬させればよい。
「印刷(プリント)」する場合は、支持体の材質に応じて通常使用され得る各種印刷技術を適宜選択して利用することができ、例えば、スクリーン印刷などが好ましく用いられる。
「スパッタリング」する場合は、例えば、真空中に不活性ガス(例、Arガス等)を導入しながら支持体とPVDF間に直流高電圧を印加し、イオン化したガスをPVDFに衝突させて、はじき飛ばされたPVDF分子を支持体上に堆積させて薄層を形成させることができる。
コーティングは支持体全面に施してもよいし、質量分析に供される一面のみに施してもよい。
PVDFはコーティング手段に応じて適宜好ましい形態で使用することができ、例えば、PVDF含有溶液、PVDF含有蒸気、PVDF固体分子などの形態で支持体にアプライされ得るが、PVDF含有溶液の形態でアプライすることが好ましい。「アプライする」とは、接触後にPVDFが支持体上に残留・堆積されるように支持体に接触させることをいう。アプライ量は特に制限はないが、PVDF量として、例えば、約1〜約100μg/cmが挙げられる。アプライ後に溶媒は自然乾燥、真空乾燥などにより除去する。
本発明の質量分析用プレートにおける支持体(基本構造,基板)は、PVDFでコーティングする前に予め適当な物理的、化学的手法により、その表面を修飾(加工)しておいてもよい。具体的には、プレート表面を磨く、傷を付ける、酸処理、アルカリ処理、ガラス処理(テトラメトキシシランなど)等の手法が例示される。
本発明の質量分析用プレートは安定性に優れている。すなわち、pH2〜10あるいは各種塩を含む水溶液、メタノール、アセトニトリルなどの溶媒、これらの混合溶媒への浸漬、電気的な負荷、湿潤と乾燥の繰り返し、高度な真空状態、などの条件下であっても接着面は剥がれないという特性を有する。
当該プレートの用途
A.蛋白質等の同定
本発明の質量分析用プレートを用いて蛋白質をはじめとする種々の化合物を同定することができる。すなわち、分析対象物(例:蛋白質、核酸、オリゴヌクレオチド、糖、オリゴ糖、細胞膜レセプターに対するアゴニストもしくはアンタゴニスト、毒素、ウイルスエピトープ、ホルモン、ペプチド、酵素、酵素の基質もしくはインヒビター、コファクター、薬物、レクチン、抗体等)含有試料を電気泳動(例:ポリアクリルアミドゲル電気泳動)に付して分析対象物を分離し、分離された分析対象物を本発明の質量分析用プレートに転写し、転写された分析対象物を質量分析することにより、(その分子量に関する情報から)分析対象物を同定するものである。
分析対象物含有試料
分析対象物含有試料は、公知のいかなる手法によって(生体)材料より調製されてもよい。ここで(生体)材料としては、例えば、動植物や微生物等の、任意の生物の細胞または組織、あるいは細胞外液(例えば、血液、血漿、尿、骨髄液、腹水等)、細胞内液、細胞小顆粒内液などが挙げられる。また、細胞培養液、遺伝子組換えにより得られる培養液なども含まれる。
電気泳動に供される分析対象物含有試料を調製するには公知の方法が用いられる。例えば、蛋白質含有試料の場合、標的細胞を入手後、適切な緩衝液中で種々の蛋白質分解酵素阻害剤の存在下にホモゲナイズするか、ポリトロン等の細胞破壊装置で懸濁化するか、低浸透圧ショックにより細胞を破壊するか、超音波処理により細胞膜を破壊した後、遠心分離して上清を採取することにより可溶性画分を得ることができる。また得られた沈殿(不溶性)画分を、界面活性剤や蛋白質変性剤により可溶化して用いることもできる。
電気泳動
試料中の分析対象物を電気泳動により分離(ゲル上に展開)する工程である。電気泳動装置は公知のものを用いることができる。また市販品を用いてもよい。目的に応じて一次元ゲル電気泳動、二次元ゲル電気泳動のどちらも使用することができる。二次元ゲル電気泳動では、一次元の泳動は分析対象物の等電点による分離、二次元の泳動は分析対象物の分子量による分離が基本である。電気泳動に使用されるゲルのサイズは特に制限されない。10cm×10cmが一般的であるが、必要ならば20cm×20cmあるいは他のサイズも使用できる。また、ゲルの素材もポリアクリルアミドが基本であるが、目的によってはアガロースゲル、セルロースアセテート膜等、他の媒体の利用も可能である。ゲルの濃度も均一な濃度あるいはグラジエントな濃度の両方が使用できる。
転写
ゲル電気泳動により分離した分析対象物を、ゲルから本発明の質量分析用プレートに移行させる工程である。転写装置としては公知のものを用いることができる。また市販品を用いてもよい。転写の方法自体は公知である。泳動後ゲルに展開された分析対象物は、種々の方法(拡散、電気力その他)によって質量分析用プレートに移行される。この工程は一般に転写(blot)と呼ばれる。拡散転写、電気転写などが挙げられる。特に好ましくは電気転写である。
電気転写時に使用する緩衝液としては、pH7〜9、低塩濃度のものを用いることが好ましい。具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液などが例示される。トリス緩衝液としては、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、SDS−トリス−トリシン緩衝液など、リン酸緩衝液としては、ACN/NaCl/等張リン酸緩衝液、リン酸ナトリウム/ACNなど、ホウ酸緩衝液としては、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液、トリス−ホウ酸塩/EDTA、ホウ酸塩/ACNなど、酢酸緩衝液としては、トリス−酢酸塩/EDTAなどが挙げられる。好ましくは、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液である。トリス/グリシン/メタノール緩衝液の組成としては、トリス10〜15mM、グリシン70〜120mM、メタノール7〜13%程度が例示される。ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液の組成としては、ホウ酸ナトリウム5〜20mM程度が例示される。
また、当該転写後に、後の質量分析(MALDI法による)に有利なように、レーザー光を吸収し、エネルギー移動を通じて分析対象物分子のイオン化を促進するためにマトリックスと呼ばれる試薬を添加することもできる。当該マトリックスとしては、質量分析において公知のものを用いることができる。例えば、シナピン酸(sinapinic acid;SPA(=3,5−dimethoxy−4−hydoroxycinammic acid))、インドールアクリル酸(Indoleacrylic acid;IAA)、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−dihydroxybenzoic acid;DHB)、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(α−cyano−4−hydroxycinammic acid;CHCA)等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、DHBまたはCHCAである。CHCAの場合、少なくとも21%飽和濃度のものを添加することが好ましい。具体的には21〜100%飽和濃度のもの、好ましくは40〜100%飽和濃度のもの、特に好ましくは50〜100%飽和濃度のものが挙げられる。
質量分析
本発明の質量分析用プレート上に転写された分析対象物を質量分析することにより、(分子量に関する情報から)分析対象物を同定する工程である。質量分析装置は、ガス状の試料をイオン化した後、その分子や分子断片を電磁場に投入し、その移動状況から質量数/電荷数によって分離、物質のスペクトルを求めることにより、物質の分子量を測定・検出する装置である。試料とレーザー光を吸収するマトリックスを混合、乾燥させて結晶化し、マトリックスからのエネルギー移動によるイオン化とレーザー照射による瞬間加熱により、イオン化した分析対象物を真空中に導くマトリックス支援レーザー脱イオン化(MALDI)と、初期加速による試料分子イオンの飛行時間差で質量数を分析する飛行時間型質量分析(TOFMS)とをあわせて用いるMALDI−TOFMS法、1分析対象物を1液滴にのせて液体から直接電気的にイオン化する方法、試料溶液を電気的に大気中にスプレーして、個々の分析対象物多価イオンをunfoldの状態で気相に導くナノエレクトロスプレー質量分析(nano−ESMS)法等の原理に基づく質量分析装置を使用することができる。
本発明の質量分析用プレート上に存在する分析対象物を質量分析する方法自体は公知である。
また、本発明によるプロテオーム解析の完全自動化のためには、レーザー射出口か、あるいは逆に質量分析用プレートを乗せた架台を一次元または二次元方向へ移動させ、連続全面スキャンすることにより、電気泳動により一次元または二次元に展開された分析対象物を全て分析にかけることが可能となる(断続的なスキャン法では、レーザー光の照射されない、すなわち分析されない分析対象物が残存する)。この方式に断続スキャン法を取り入れれば、96穴プレートに分注された96種のサンプルを一括して質量分析用プレートにマウントし(矩形チップに96種類のサンプルが等間隔で配列する)、そのまま質量分析に供することも可能である。
B.分析対象物群の同定
本発明によれば、複数種の分析対象物の集合体(分析対象物群)を一度に解析することができる。すなわち、上述の種々の生体材料から調製される分析対象物含有試料は、通常、多種多様な分析対象物を含有している。かかる分析対象物群を一次元もしくは二次元のゲル電気泳動によって分離し、ゲル上に分離・展開された分析対象物群を、例えば、泳動ゲルと適合する大きさの本発明の質量分析用プレート(好ましくは、転写後、質量分析装置の試料導入口にフィットするように一本一本が簡単に分離できるようにあらかじめ切れ目を入れたクラスター型質量分析用プレート)に転写することにより、原則的に分析対象物含有試料中に含まれるすべての分析対象物(分析対象物が蛋白質であれば、プロテオーム)を、個別の位置に分画して質量分析用プレート上に転写することができる。これらの分析対象物群を上記の連続スキャン型質量分析装置を用いて測定することにより、転写された分析対象物群を一括して同定することが可能となる。
C.分析対象物複合体の同定
本発明によれば、分析対象物と当該分析対象物と親和性を有するもの(相互作用を示すもの)の関連性を一度に解析することができる。すなわち、電気泳動により分析対象物を分離し、分離した分析対象物を本発明の質量分析用プレートに転写し、その後に当該分析対象物と親和性を有する(相互作用を示す)化合物を含有する試料(例えば、ペプチド、蛋白質、核酸、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、細胞膜画分、オルガネラ膜画分など)を添加して当該プレート上で複合体を形成させ、形成された複合体を質量分析することにより、(分子量に関する情報から)転写された分析対象物、当該分析対象物と親和性を有する(相互作用を示す)化合物、および/またはそれらの複合体を同定するものである。
本発明をより詳細に説明するために以下に実施例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
実施例1:質量分析用プレートの調製
ProteinChip System(Ciphergen社製)の質量分析用プレート導入部に適合するように調製したアルミニウム製の基本構造(アルミプレート)を1%テトラメトキシシラン/1%酢酸溶液に浸漬し、風乾した後に焼成(130℃、3時間)した。このプレートに、ポリビニリデンジフロリド(PVDF)をジメチルホルムアミド(Df)に10mg/mLとなるように溶解したものを塗布した。調製された質量分析用プレートは大きさが78mm×8mm×2mm、表面が白色の板状であった。
本質量分析用プレートは、その後の有機溶媒への浸漬による前工程、電気泳動ゲルとの接触、種々の緩衝液中での電気転写、その後のマトリックスの塗布・乾燥及び質量分析時の高度真空下、などの各工程で、亀裂、剥離、損傷、変色等の化学的、電気的、機械的、物理的変性が一切生じなかった。
本質量分析用プレートを使用して以下の検討を行った。
実施例2:質量分析用プレートへの蛋白質の電気転写
プレステインド分子量マーカー(Bio−Rad社製)を12%SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動した後に、ゲル上の蛋白質を12.5mM Tris/96mM グリシン/10%メタノール緩衝液中で、実施例1で調製した質量分析用プレートに対して、90mAで3時間電気転写した。その結果、転写後のポリアクリルアミドゲルには分子量9万と11万のプレステインド蛋白質が若干残存するものの(図1B)、いずれの蛋白質とも本発明の質量分析用プレートに効率よく転写された(図1C)。
実施例3:質量分析用プレートに転写された蛋白質に対する質量分析
サンプル(蛋白質混合物)を12%SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動した後にゲルを直接、実施例1の質量分析用プレートに接触させ、電気泳動で分離された蛋白質を実施例1で調製した質量分析用プレートに電気転写させ、本質量分析用プレートを直ちに質量分析装置に導入して測定した。マトリックスとして2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB;75mg/mLのエタノール溶液)を用い、測定装置はProteinChip System(前記)を使用して、Detector voltage:1800 V;Detector Sensitivity:8;Laser Intensity:280の条件で測定を行った。質量校正はミオグロビン(ウマ筋肉由来)、GAPDH(ウサギ由来)、アルブミン(ウシ血清由来)を用いて外部校正を行った。本実験では蛋白質混合物として、一本鎖尿性プラスミノーゲンアクチベータ(single chain urinary plasminogen activator;SCUPA)とヒト血清アルブミン(human serum albumin;HSA)の二種類の蛋白質を使用し、12%SDS−ポリアクリルアミドゲルに各4μgの蛋白質混合物を還元下でタンデムに2回電気泳動した。すなわち、初回サンプルを添加し、30mAで40分間電気泳動した後、電流を一旦止め、2回目に同じレーンに同じサンプルを添加し、さらに30mAで23分間電気泳動した。泳動後、ゲルを泳動レーンごとにカットし、さらにゲル上面の添加位置から39mmの位置でカットし、二枚の泳動ゲルの上面同士が接触するように並べた後に、質量分析用プレートを接触させた(図2A)。この時、泳動サンプルはSCUPA、HSA、SCUPA、HSA、HSA、SCUPA、HSA、SCUPA、の順序に配列し、質量分析用プレートには各蛋白質が4バンド、合計8バンド転写された。
使用した質量分析装置は、一本の質量分析用プレートに対してレーザー光が連続的に照射されず、24個所にわたって等間隔で照射されるために、転写された蛋白質の質量分析用プレート上の位置によっては、レーザー光が全く当たらない場合、一部分当たる場合、完全に当たる場合が想定される(図2B)。このような分析装置の制約の下でレーザー光が最も多最に当たリピーク強度が最も高くなる確率を向上させるために、先に述べた手法で各モデル蛋白質を質量分析用プレートの異なる位置にそれぞれ4箇所転写させるように工夫した。その結果、理論的には同じ質量の蛋白質が転写されても、質量分析の結果得られたピークの高さは様々であった(図3)。したがって、本実験では、得られた複数のピークの中で相対強度の最も高いピークをレーザー光が完全に当たった真の値に最も近い値とみなして考察を行った。
質量分析用プレートは事前にメタノールに浸漬し、転写用緩衝液(10mMホウ酸ナトリウム緩衝液、pH8.0)で平衡化した後に、90mAで2時間電気転写を行った。さらに質量分析して相対ピーク強度を測定した。比較対照として、PVDFをコートしない通常のアルミプレート、ヘキサデシル基を導入したアルミプレート(ProteinChip array、Ciphergen社製、H4)も用いて同様の実験を行った。結果を図3、図4に示す。
SCUPAの場合、本発明の質量分析用プレート(図3A)での相対ピーク強度は12.31で、通常のアルミプレート(図3B)の値(0.87)の14倍高いものであった。HSAについて同様に比較すると、本質量分析用プレートでの相対ピーク強度はアルミプレートに比較して49倍(6.26:0.129)高いものであった。また、質量分析用プレートはH4(図3C)と比較しても2倍から4倍相対ピーク強度が高いものであった。さらに、本発明の質量分析用プレート(図4AおよびC)はアルミプレート(図4BおよびD)に比較してスペクトルが鮮明であった。これらの結果から、本発明の質量分析用プレートを用いることにより、複数種の蛋白質を電気泳動で分離した後、迅速かつ高感度に一括して質量分析できることが判明した。
実施例4:電気泳動分離後の電気転写蛋白質と結合蛋白質の相互作用の解析
本発明の質量分析用プレートを用いた応用例の一つとして、質量分析用プレートに転写された蛋白質と相互作用しうる蛋白質との結合およびその後の質量分析によるそれら蛋白質複合体の同定を検討した。材料(マテリアル)としてSCUPAとその抗体(抗SCUPA抗体)を用いた。
SCUPA(4μg)を12%SDS−ポリアクリルアミドゲルに添加後、1時間電気泳動した。泳動後にゲルをカットし、ゲル上のSCUPAを実施例1で調製した質量分析用プレートに実施例3と同様に電気転写した。SCUPAが転写された質量分析用プレートをブロッキング後、抗血清(硫安により粗精製したもの、抗SCUPA抗体を含んでいる)を添加し、一晩反応させた。反応終了後、プレートをPBS緩衝液で洗浄し、マトリックスを添加して、質量分析を行った。その結果を図5に示す。
電気泳動後の質量分析用プレートに転写されたSCUPAは48,616にピークが現れ、同プレート上に固定されたSCUPAと相互作用した抗SCUPA抗体のピークは145,300(73,115は同抗体の2価イオン)に認められた(図5A)。また、コントロールとしてSCUPAを含まないゲルでは、電気転写、ブロッキング、抗SCUPA抗体添加、PBS洗浄等、同様の操作を行ったにもかかわらず、本質量分析用プレートには一切ピークが観察されなかった(図5B)。
以上の結果から、電気泳動分離後、本質量分析用プレートに転写されたSCUPAは、自身と相互作用しうる蛋白質(抗SCUPA抗体)との結合活性を保持したこと、及び転写された蛋白質とそれと相互作用する蛋白質の双方の分子量が実際に一括して測定され、その結果、両分子が同定されたことから、本質量分析用プレート上で蛋白質−蛋白質複合体の検出と、本質量分析用プレート上で生成された複合体の同定が可能であることが証明された。
比較例1:PVDF膜への転写と質量分析
12%SDS−ポリアクリルアミドゲルにSCUPAとHSAの二種類の蛋白質各4μgの混合物を還元下でタンデムに2回電気泳動した。初回サンプルを添加し、30mAで40分間電気泳動した後、電流を一旦止め、2回目に同じレーンに同じサンプルを添加し、さらに30mAで23分間電気泳動した。泳動後ゲルを泳動レーンごとにカットし、さらにゲル上面の添加位置から39mmの位置でカットし、図2Aに示すように二枚の泳動ゲルの上面同士が接触するように並べたゲル上に、78mm×8mmにカットしたPVDF膜を載せ、10mMホウ酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)中で90mA、2時間電気転写した。転写終了後、PVDF膜をPBSで洗浄し、蒸留水でリンス、乾燥させ、さらに透明両面テープ(住友スリーエム社製)でアルミプレートに貼り付けた。これにマトリックス(DHB)を添加してProteinChip System(前記)で質量分析を行った。
その結果、PVDF膜に転写されたSCUPAは50,096.9に、HSAは67,394.5に、各々ピークが現れたが、相対ピーク強度が極めて低く、さらにS/N比も低いためピークの同定が困難であった(図6)。また、通常の質量分析用プレート(本発明の質量分析用プレートも同様であるが)では高度真空状態に到達する時間が2〜3分で、その後すぐに測定可能となるのに対して、PVDF膜を使用した場合は、真空状態に到達する時間が45分もかかり、使用した質量分析装置に過大な負荷をかけ、頻繁な使用に耐えられないことが判明した。
実施例5:本発明の質量分析用プレートを用いた種々のプロテオーム解析
種々の細胞もしくは組織抽出サンプルを用いて、比較的低分子量域(分子量1,000〜20,000)での本発明の質量分析用プレートの性能を確認した。以下の実験では、検体を16%SDS−ポリアクリルアミドゲル(トリス−トリシン緩衝液中)にアプライし、90分間電気泳動した後、10mMホウ酸ナトリウム緩衝液(塩酸でpH8.0に調整したもの)中、ゲルから本発明の質量分析用プレートに1〜2時間電気転写した。転写終了後、プレートをリンスし、マトリックスをスポットして質量分析を行った。
(1)ブタ小脳を、4℃、1N酢酸でホモジナイズし、4℃、3,000rpmで30分間遠心して上清を回収した。アセトニトリルを終濃度10%となるように添加し、逆相クロマト用カラムにアプライした。10%アセトニトリルを含む0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)で洗浄し、60%アセトニトリルを含む0.1%TFAで溶出した。溶出物を凍結乾燥し、ブタ小脳抽出物とした。この抽出物を、SDS−PAGEで分離後、本発明の質量分析用プレートに電気転写した。マトリックスとして、0.5%TFA/50%ACN中に飽和α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)を含むものを用いて質量分析を行った。その結果、分子量3,000〜20,000の範囲でピークを検出可能であった。
これを、マトリックスとして飽和CHCAの代わりに、DHB(150mg/mLエタノール)、飽和SPA(0.5%TFA/50%ACN中)を用いた場合と比較してみた。DHBの場合は、分子量3,000〜20,000の範囲では明確なピークを認めなかった。飽和SPAの場合は、同じ分子量の範囲で数個のピークを認めただけであった。これに対して、飽和CHCAでは、分子量2,000〜10,000の範囲および5,000〜20,000の範囲で多数のピークを認めた。これらの結果から、比較的低分子量域の蛋白質の同定にはCHCAがより好ましいことが示された。
(2)マトリックスとして50%飽和CHCAを用いた以外は上記(1)と同様にして、ブタ小脳抽出物の質量分析を行った。その結果、分子量1,000以上の範囲でピークを検出可能であった。特に、分子量3,000〜20,000の範囲でピークを検出するのに優れていた。
これを、50%飽和濃度のCHCAの代わりに、10または20%飽和濃度のものを用いた場合と、分子量1,000〜10,000の範囲での質量分析におけるピークの出現の程度を比較してみた。10%飽和濃度のCHCAの場合は数個のピークを認めた。20%飽和濃度のCHCAの場合はピークの数が10%飽和濃度のものに比べて若干多く認められた。これに対し、50%飽和濃度のCHCAの場合は多数のピークを認めた。
(3)U937細胞(1×10〜2×10個/ml)を、10%FCSを含むRPM11640培地中、100ng/mlホルボール12−ミリスチン酸エステル13−酢酸塩(PMA)の共存下で48時間培養した。PMA非共存下で同様に実験を行ったものを対照とした。培養終了後にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で細胞を洗浄し、セルペレットを調製した。さらに、プロテイン抽出試薬(ノバジュン)およびプロテアーゼインヒビターを添加して4℃で15分間放置した後、遠心して上清を回収し、セルライセートとした。これをSDS−PAGEにて分離後、本発明の質量分析用プレートに電気転写した。さらに質量分析を行い、分子量3,000〜20,000の範囲で検出されたピークの強度について、PMAで刺激したU937細胞での結果を対照のU937細胞での結果と比較した。その結果、PMA刺激による蛋白質発現(ピーク強度)の変動は以下の通りであった(表1)。

(4)マウス組織のプロファイリングを行った。マウスの各組織(脳、肺、肝、筋肉)をビーズショッカー(安井器械,大阪)を用いて2,500rpmで10〜30秒間処理して粉砕し、トリシンPAGEサンプル緩衝液(和光純薬工業)を添加して12,000rpmで5分間遠心し、上清を回収した。SDS−PAGEにて分離後、本発明の質量分析用プレートに電気転写し、質量分析を行った。その結果、各々の組織で組織特異的なペプチド(分子量3,000〜20,000)が検出された。
実施例6:電気転写時の緩衝液の効果の検討
電気転写時の緩衝液として、トリス緩衝液(25mMトリス/192mMグリシン/20%メタノール、pH8.3)、リン酸緩衝液(5%ACN/125mM NaCl/PBS、pH7.2)、酢酸緩衝液(40mMトリス−酢酸塩/1mM EDTA、pH8.0)、ホウ酸緩衝液(10mMホウ酸ナトリウム−塩酸、pH8.0)を用いた。質量分析用の蛋白質としては、HSA、SCUPAを用いた。その他は実施例5の方法に準じて実験を行った。その結果、各緩衝液の中では、ホウ酸緩衝液を用いた場合に質量分析のピーク強度が最大となった。例えば、ピーク強度の最大値は、ホウ酸緩衝液対リン酸緩衝液ではSCUPAで約21倍、HSAで約4倍であった。
【産業上の利用可能性】
本発明の質量分析用プレートは、リガンド吸着素材としてPVDFを用いたことにより、各種の蛋白質を均等に吸着でき、転写効率に優れ、蛋白質の三次元構造・機能を正常に保持することが可能となる。また、非特異吸着が起こらない、転写後瞬時に質量分析を行うことができるなどの特徴を有する。
本発明の質量分析用プレートのこのような特徴を活かして、多量、迅速かつ高感度に蛋白質を分析・同定することができる。蛋白質は1種でもよく、複数種の集合体(蛋白質群)でもよく、また、当該蛋白質と親和性を有する(相互作用を示す)化合物との複合体であっても同様に(つまり、多量、迅速かつ高感度に)分析・同定することができる。
また、操作時間の大幅な短縮化と工程の簡略化、装置の小型化、低廉化、自動化、大量の検体処理が可能となり、大規模なプロテオーム解析が容易になる。さらに、生理的に重要な微量蛋白質のプロテオーム解析が可能となり、診断用のバイオマーカーの発見、新規な医薬品開発のシードの発見に貢献できる。
従って本発明は、電気泳動法と質量分析法を組合せた従来のプロテオーム解析に新たな手法を導入することを可能とするものである。
本出願は、米国で出願されたUS 10/264,505および日本で出願された特願2002−344710を基礎としており、それらの内容は本明細書に全て包含されるものである。
ここで述べられた刊行物および特許を含めたすべての引用文献は、ここに言及したことで、引用により組み込まれるべく、個々に、詳細に示され、ここにそのすべてが明示されたと同程度に、明細書中に組み込まれるものである。
本発明は、好適な具体例を強調して記載したものであるが、好適な具体例を変更してもよいことは当業者には明白である。ここで詳細に記載された以外の方法で本発明を実行してもよい。したがって、本発明は添付の請求の範囲の精神および範囲内に包含されるすべての変更を含むものである。
【図1】







【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体およびそれに接着するコーティングを含んでなる質量分析用プレートであって、該コーティングがポリビニリデンジフロリドを含有するプレート。
【請求項2】
支持体がアルミニウムまたはステンレス・スチール製である請求項1記載のプレート。
【請求項3】
ポリビニリデンジフロリドで支持体をコーティングすることを特徴とする質量分析用プレートの調製方法。
【請求項4】
コーティング手段が塗布、噴霧、蒸着、浸漬、印刷またはスパッタリングである請求項3記載の方法。
【請求項5】
ポリビニリデンジフロリド含有溶液を支持体にアプライすることを特徴とする請求項3または4記載の方法。
【請求項6】
アプライ後に溶媒を除去することを含む請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項3〜6のいずれかに記載の方法により得られる質量分析用プレート。
【請求項8】
以下の(a)〜(d)の工程を含む分析対象物の同定方法:
(a)請求項1または7記載の質量分析用プレートを提供し、
(b)分析対象物含有試料をゲル電気泳動に供し、
(c)泳動後のゲルを該プレートに転写して分析対象物を該プレートに移行させ、
(d)該プレートを質量分析に供して移行した分析対象物を分析する。
【請求項9】
転写が電気転写である請求項8記載の方法。
【請求項10】
質量分析がMALDI−MSである請求項8または9記載の方法。
【請求項11】
分析対象物含有試料が複数種の分析対象物を含有する、請求項8〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
分析対象物が、蛋白質、核酸、オリゴヌクレオチド、糖、オリゴ糖、細胞膜レセプターに対するアゴニストもしくはアンタゴニスト、毒素、ウイルスエピトープ、ホルモン、ペプチド、酵素、酵素の基質もしくはインヒビター、コファクター、薬物、レクチンおよび抗体からなる群より選択される、請求項8〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
工程(c)と(d)の間に、移行した分析対象物と親和性を有する物質を含有する試料をプレートに接触させて、該プレート上で該分析対象物と該物質との複合体を形成させる工程(c2)をさらに含むことにより、工程(d)において該分析対象物と該物質とを同時に分析する、請求項8〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
工程(c)もしくは(c2)と工程(d)との間に、質量分析用マトリックスをプレートに添加することをさらに含む、請求項8〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
マトリックスが2,5−ジヒドロキシ安息香酸である請求項14記載の方法。

【国際公開番号】WO2004/031759
【国際公開日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【発行日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−541284(P2004−541284)
【国際出願番号】PCT/JP2003/012711
【国際出願日】平成15年10月3日(2003.10.3)
【出願人】(504150782)株式会社プロトセラ (8)
【Fターム(参考)】