説明

質量分析用マトリックスの添加剤

【課題】疎水性ペプチドのイオン化効率を向上させることができる新規化合物を提供する。
【解決手段】下記式(I):


(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸。上記式(I)で示される、質量分析用マトリックスの添加剤。α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスに添加される、上記の添加剤。疎水性ペプチドの質量分析に用いられる、上記の添加剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MALDI−MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析)アプリケーションに関する。より具体的には、本発明は、質量分析用マトリックスの添加剤に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2005−326391号公報(特許文献1)に、α−シアノ−3−ヒドロキシケイ皮酸(3-CHCA)、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸(3H4NBA)、又はそれらの混合物をマトリックスとして用いることで、一般的マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)や2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)に比べ、疎水性ペプチド、特に2−ニトロベンゼンスルフェニル基によって修飾されたペプチド(NBS修飾ペプチド)を効率よくイオン化する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−326391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、試料修飾(具体的には標識やラベル化等)を行うことなく、容易に且つ効率よく、質量分析におけるイオン化効率を向上させることができる分析法を可能する新規化合物をマトリックス添加剤として提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討の結果、2,5−ジヒドロキシ安息香酸の類似化合物及び3,5−ジヒドロキシ安息香酸の類似化合物であって、ある程度の長さのアルキル基を有する化合物が、マトリックスとしては機能しないがマトリックスの添加剤として用いることによって本発明の目的を達成することができるものであることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
本発明は、以下の発明を含む。
(1)
下記式(I):
【化1】

(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)
で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸である、質量分析用マトリックスの添加剤。
【0007】
(2)
α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスに添加される、(1)に記載の添加剤。
【0008】
(3)
疎水性物質の質量分析に用いられる、(1)又は(2)に記載の添加剤。
(4)
前記疎水性物質が疎水性ペプチドである、(3)に記載の添加剤。
なお、本発明においては、ペプチドにはタンパク質も含まれる。
【0009】
(5)
前記疎水性物質のHPLCインデックスが100〜10,000である、(3)又は(4)の添加剤。
(6)
質量分析用マトリックスの0.01〜50倍のモル比で使用される、(1)〜(5)のいずれかに記載の添加剤。
【0010】
(7)
質量分析用ターゲットプレート上に、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、(1)〜(6)のいずれかに記載の添加剤とを溶媒中に含む混合液の液滴を用意する工程と、前記液滴から前記溶媒を除去する工程とを含む、質量分析用結晶の作成方法。
【0011】
(8)
質量分析用ターゲットプレート上に作成された質量分析用結晶であって、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、(1)〜(6)のいずれかに記載の添加剤とを含み、前記質量分析用ターゲットプレートとの接触面において平均直径が1〜3mmの略円の形状をなし、前記略円の外縁部領域に前記疎水性物質の50モル%以上が局在しており、前記外縁部領域の平均外径が前記平均直径であり、前記外縁部領域の平均内径が前記平均外径の80%以上である、質量分析用結晶。
上記(8)の質量分析用結晶は、(7)に記載の方法によって作成することができる。
【0012】
(9)
質量分析用ターゲットプレート上に、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、(1)〜(6)のいずれかに記載の添加剤とを溶媒中に含む混合液の液滴を用意する工程と、
前記液滴から前記溶媒を除去して質量分析用結晶を作成する工程と、
前記質量分析用結晶にレーザーを照射することにより前記疎水性物質を検出する工程とを含む、質量分析法。
(10)
前記質量分析用結晶において、平均内径が平均外径の80%以上である外縁部領域に前記レーザーを照射する、(9)に記載の質量分析法。
上記(10)においては、疎水性物質が局在している外縁部領域にレーザーを照射する。
(11)
前記混合液中に親水性物質をさらに含む、(9)又は(10)に記載の質量分析法。
【0013】
下記式(I):
【化2】

(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸である質量分析用マトリックス添加剤と、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスとを含む、質量分析用マトリックス組成物。
【0014】
(12)
下記式(I):
【化3】

(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、疎水性物質のイオン化効率を向上させることができるマトリックス添加剤を提供することができる。
本発明により、質量分析における疎水性物質の検出感度向上を達成することができることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の化合物の一例の1H NMRスペクトルである。
【図2】本発明の化合物の一例の構造及び図1に基づくプロトン帰属結果である。
【図3】本発明の化合物の一例の質量分析スペクトルである。
【図4】本発明の化合物の一例の構造及び図3に基づく質量分析結果である。
【図5】本発明の化合物の他の一例の1H NMRスペクトルである。
【図6】本発明の化合物の他の一例の構造及び図5に基づくプロトン帰属結果である。
【図7】実施例6で得られた、本発明の化合物ADHBを質量分析用マトリックス添加剤として用いた場合(a)及び用いなかった場合(b)における、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11及び疎水性ペプチドHumaninの混合物のマススペクトルである。
【図8】図7の場合における、MALDIプレート上のウェル内の結晶の写真、疎水性ペプチドHumaninの質量イメージング画像及び親水性ペプチドβ-amyloid 1-11の質量イメージング画像である。
【図9】実施例7で得られた、本発明の化合物ADHBを質量分析用マトリックス添加剤として用いた場合(a)及び用いなかった場合(b)における、Phosphorylase bトリプシン消化物のマススペクトル、及びm/z3715.2及びm/z4899.3のピーク物質の質量イメージング画像(挿入図)である。
【図10】実施例8で得られた、本発明の化合物ADHBを質量分析用マトリックス添加剤として用いなかった場合(b)に対する、ADHBを用いた場合(a)における感度向上率と、(a)及び(b)の場合における質量イメージング画像とを、HPLCインデックスが異なる様々な分析対象を測定した場合について示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[1.5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸]
本発明は、下記式(I)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸である。
【化4】

式(I)中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表す。アルキル基は、直鎖及び分岐を問わない。また、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。
【0018】
上記式(I)で示される化合物は、例えば、R−X(Rは炭素数6〜10のアルキル基、Xはハロゲン(F、Cl、Br、I)その他の脱離基を表す。)で示されるアルキル化剤を用い、2,5−ジヒドロキシ安息香酸又は3,5−ジヒドロキシ安息香酸にアルキル基を導入することで合成することができる。
【0019】
この場合、アルキル化剤R−Xは、2,5−ジヒドロキシ安息香酸又は3,5−ジヒドロキシ安息香酸の1.0〜2.0当量用いることができる。溶媒としては、アセトン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミドなどを用いることができる。反応条件としては、50〜170℃、(例えばアセトンで56℃、テトラヒドロフランで66℃、ジメチルホルムアミドで153℃など)、2時間以上でありうる。
【0020】
[2.質量分析用マトリックス添加物]
式(I)の化合物は、マトリックスレーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析におけるマトリックスの添加剤として有用である。本発明の化合物は、単独では分析対象のイオン化能力はないため、マトリックスとしては機能しない。しかしながら、マトリックスと混合して使用することによって、マトリックスによる分析対象のイオン化能力を増強し、検出限界の向上を図ることができる。
【0021】
[3.マトリックス]
本発明の添加剤と共に使用されるマトリックスとしては特に限定されない。一般的なマトリックスから当業者によって適宜選択されてよいが、例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれることができる。
【0022】
特に、カルボキシル基と水酸基とが互いにオルト位で置換された下記式(II)に記載の5−アルコキシ−2−ヒドロキシ安息香酸は、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスと好ましく組み合わされて使用されることができる。
【0023】
【化5】

【0024】
また、カルボキシル基と水酸基とが互いにメタ位で置換された下記式(III)に記載の5−アルコキシ−3−ヒドロキシ安息香酸は、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスと好ましく組み合わされて使用されることができる。
【0025】
【化6】

【0026】
[4.質量分析対象]
本発明の添加剤を用いる質量分析対象は特に限定されない。例えば、分子量が500〜30,000、好ましくは1,000〜10,000の分子でありうる。好ましくは、本発明の添加剤は、疎水性物質の質量分析に用いられる。この場合、試料中には、分析対象としての疎水性物質以外に、他の物質(例えば親水性物質)が混在していることを許容する。疎水性の程度としては特に限定されるものではなく、様々な公知の疎水性指標や疎水性度算出法に基づいて、疎水性と判断し得る程度であればよい。例えば、疎水性物質の疎水性の程度は、当業者がBBインデックス(Bull and Breese Index)によって疎水性と判断しうる程度であればよい。より具体的には、BBインデックスは例えば1000以下、好ましくは−1000以下でありうる。
【0027】
あるいは、疎水性物質の疎水性の程度は、当業者がHPLCインデックスによって疎水性と判断しうる程度であればよい。HPLCインデックスは、C.A.Brownw, H.P.J.Bennett, S.SolomonによりAnalytical Biochemistry, 124, 201-208, 1982で報告された、0.13%ヘプタフルオロ-n-酪酸(HFBA)を含むアセトニトリル水溶液を溶離液として使用した逆相HPLC保持時間に基づく疎水性指数で、HPLC/HFBA retentionとも称される。より具体的には、HPLCインデックスは例えば100以上、例えば100〜10,000好ましくは100〜1,000でありうる。
【0028】
本発明においては、特に疎水性ペプチド(本発明においては、ペプチドにはタンパク質も含まれる)のイオン化能増強効果が高い。疎水性ペプチドであるか否かについても、BBインデックスあるいはHPLCインデックスを指標とすることができるが、具体的には、ペプチドを構成するアミノ酸に、疎水性度のより高いアミノ酸をより多く含むものであってよい。例えば疎水性アミノ酸としては、イソロイシン、ロイシン、バリン、アラニン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニン、トリプトファン、グリシンなどが挙げられる。また、システイン、チロシンなどを含むこともある。
疎水性ペプチドは、このようなペプチドの1次構造のみによらず、より疎水性度の高い高次構造を持つものでもありうる。例えば、逆相HPLCカラムが使用される疎水性の固定相表面と相互作用が起こりやすい構造を持つペプチドが挙げられる。
【0029】
[5.質量分析用結晶の作成]
質量分析用結晶は、分析対象と、マトリックスと、添加物とを溶媒中に少なくとも含む混合液の液滴を質量分析用ターゲットプレート上に形成する工程と、形成された前記混合液の液滴から前記溶媒を除去し、前記混合液中の不揮発分(すなわち少なくとも分析対象、マトリックス及び添加剤)を残渣として得る工程とによって得ることができる。得られた残渣が、すなわち質量分析用結晶である。本明細書においては、質量分析用結晶と残渣とは同義である。
質量分析用ターゲットとしては、通常MALDI質量分析用として用いられる導電性を有する金属製プレートを使用することができる。具体的には、ステンレス製又は金製のプレートを用いることができる。
【0030】
[5−1.ターゲットプレート上の混合液滴の用意]
混合液の液滴をターゲットプレート上に用意する具体的方法としては特に限定されない。たとえば、まず、分析対象を含む試料溶液とマトリックス溶液と添加剤溶液とをそれぞれ別々に、又は分析対象を含む試料溶液と添加剤混合マトリックス溶液とを別々に調製する。次に、それら溶液を混合させて混合液を得て、得られた混合液をターゲットプレート上に滴下する。又は、それら溶液をそれぞれターゲットプレート上の同じ位置に滴下することにより、ターゲットプレート上で混合させる(on-target mix法)。on-target mix法の場合、溶液の滴下順序は問わない。
【0031】
マトリックスに対する添加剤の比率は、例えば、マトリックスの0.01〜50倍、好ましくは0.05〜0.5倍のモル比を目安にすることができる。
【0032】
より具体的には、添加剤は、例えば、0.5〜50mg/ml、好ましくは5〜10mg/ml、例えば5mg/mlの溶液に調製することができる。マトリックスは、例えば、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは1〜10mg/ml、例えば10mg/mlの溶液に調製することができる。これら添加剤溶液及びマトリックス溶液は、例えば、10:1〜1:10、好ましくは1:1〜1:10、例えば1:10の体積比で混合することができる。
【0033】
混合液の溶媒としては、アセトニトリル(ACN)、トリフルオロ酢酸(TFA)、メタノール(MeOH)、エタノール(EtOH)、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスホキシド(DMSO)及び水などからなる群から選ばれうる。より具体的には、混合液の溶媒としては、例えば、ACN−TFA水溶液、ACN水溶液、MeOH−TFA、MeOH水溶液、EtOH−TFA水溶液、EtOH水溶液、THF−TFA水溶液、THF水溶液、DMSO−TFA水溶液、DMSO水溶液などが用いられ、より好ましくは、ACN−TFA水溶液やACN水溶液を用いることができる。ACN−TFA水溶液におけるACNの濃度は例えば10〜90体積%、好ましくは25〜75体積%であり、TFAの濃度は例えば0.05〜1体積%、好ましくは0.05〜0.1体積%でありうる。
【0034】
混合液の液滴の体積としては特に限定されず、当業者が適宜決定することができる。
ターゲットプレート上にウェルが設けられている場合、混合液の液滴は、ウェル内に形成することができる。この場合、液滴は、当該ウェル内に収まる程度の体積をもって形成される。具体的には、0.1μL〜2μL程度、例えば0.5μL程度の液滴を形成することができる。
【0035】
[5−2.溶媒の除去及び質量分析用結晶の具体的態様]
ターゲットプレート上の混合液の液滴から溶媒を除去する。溶媒の除去には溶媒の自然蒸発が含まれる。蒸発によって生じる残渣(すなわち質量分析用結晶)1個当たりに含まれるマトリックスの量は、例えば1〜1,000nmol、好ましくは10〜100nmolを目安にすることができ、添加剤の量は前述のとおりマトリックスの0.01〜50倍、好ましくは0.05〜0.5倍とすることができ、分析対象の量は、マトリックス25nmolに対し、50amol〜100pmol、又は100amol〜50pmolの範囲で許容される。
【0036】
残渣は、ターゲットプレートとの接触面において、略円の形状をなす。すなわち、残渣の外縁は略円の形状である。前記の略円の平均直径は、試料量、滴下量、マトリックス量及び溶媒組成等によって異なりうるが、例えば1〜3mm、好ましくは1〜2mmである。なお、平均直径とは、1個の残渣において、前記の略円の重心を通る直線が残渣の外縁で切り取られた線分の長さの平均である。
【0037】
溶媒除去前のターゲットプレート上に用意された混合液の液滴中においては、疎水性物質は均一に存在しているが、溶媒の除去によって得られる残渣においては、疎水性物質は一様に存在せず、残渣の外縁部領域に局在する。具体的には、残渣の外縁部領域に疎水性物質が濃縮されており、外縁部領域より内側の領域には疎水性物質は存在しにくい状態である。より具体的には、残渣に存在する全ての疎水性物質の50モル%以上、好ましくは70モル%以上が、外縁部領域に集中して存在しうる。
残渣において疎水性物質が局在する外縁部領域は、略円環状(リング状)をなしている。外縁部領域の外側の縁の平均直径すなわち平均外径は、前記の重心を通る直線が外縁部領域の外側の縁で切り取られた線分の長さの平均であり、既に述べた残渣の平均直径と一致するものである。一方、この外縁部領域の内側の縁の平均直径すなわち平均内径は、前記の重心を通る直線が外縁部領域の内側の縁で切り取られた線分の長さの平均であり、例えば、平均外径の80%以上、好ましくは90%以上である。上記範囲の上限は特に限定されるものではないが、例えば99%である。
【0038】
試料中に疎水性物質以外の他の物質(例えば親水性物質)が含まれている場合、疎水性物質が上述のように残渣において局在する一方で、他の物質は疎水性物質が存在しにくい中心部も含め、残渣の全領域に一様に存在する。このような場合の他の物質は、疎水性物質よりも相対的に親水性であり、具体的には、BBインデックスが−1,000よりも大きい、好ましくは1,000よりも大きいか、又はHPLCインデックスが100よりも小さい、好ましくは60よりも小さい物質でありうる。
【0039】
上記のような局在態様の利点は、分析対象である疎水性物質を非常に狭い領域に集中させることができることにある。分析対象が非常に狭い領域に集中することは、レーザーを照射するポイントに存在する分析対象が密になることであるため、高感度計測を可能にする点で好ましい。
このため、質量分析を行う際は、従来法のように残渣の全領域(すなわち外縁及びその内側領域のすべて)をレーザー照射の標的にせず、疎水性物質が局在する前記のリング状の外縁部領域のみをレーザー照射の標的にすることで、高感度の計測を行うことが可能になる。しかしながら、本発明は、質量分析を行う際に、従来法のように残渣の全領域をレーザー照射の標的にする操作を特別除外するものではない。残渣の全領域をレーザー照射の標的にする操作を行った場合も、外縁部領域における疎水性物質の濃縮効果により感度向上効果を得ることが可能である。
【0040】
[6.質量分析装置]
本発明の添加剤を用いて使用される質量分析装置としては、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)イオン源が組み合わされたものであれば特に限定されない。例えば、MALDI-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−飛行時間) 型質量分析装置、MALDI-IT(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−イオントラップ)型質量分析装置、MALDI-IT-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−イオントラップ−飛行時間)型質量分析装置、MALDI-FTICR(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置などが挙げられる。
【実施例】
【0041】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
[実施例1:添加剤化合物の合成]
[1−1.オルト置換化合物]
2,5−ジヒドロキシ安息香酸(10mmol)1、1−ブロモオクタン(12mmol)2、無水K2CO3(3.0g)、及び無水アセトン(20mL)の混合物を撹拌しながら8時間加熱還流した。
【0042】
【化7】

【0043】
混合物を冷却後、溶媒を減圧下で留去し、これに水(80mL)を加え、エーテル(100mL)で2回抽出した。抽出されたエーテル層を合わせ、Na2SO4で乾燥させた。目的化合物3は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(φ0.06-0.2mm SiO2 150g、ヘキサン:酢酸エチル=8:2(v/v)、70cmカラム)に付して精製した。収率は76% (平均70〜85%程度。再結晶により10%程度下がる)であった。1H NMR(400 MHz, CDCl3) δ 7.29(d, J=3.2Hz, 1H), 7.00(dd, J=8.9, 3.2 Hz, 1H), 6.88(d, J=8.9 Hz, 1H), 4.32(t, J=6.7 Hz, 2H), 1.76(tt, J=7.4, 6.7Hz, 2H), 1.25 (m, 10H), 0.89(t, J=6.9Hz, 3H)及びHRMS (linear ion trap (LIT)-Orbitrap MS): Calculated for C15H23O4+ [M+H]+ 267.1591, found 267.1591]により、化合物を同定した。1H NMRスペクトルを図1に、プロトンの帰属の結果を図2に示す。また、質量分析スペクトルを図3に、質量分析結果を図4に示す。
【0044】
[1−2.メタ置換化合物]
3,5-ジヒドロキシ安息香酸(10mmmol)1−ブロモオクタン(12mmol)NaOH(20mmol)、及び無水アセトン(20mL)の混合物を撹拌しながら8時間加熱還流した。混合物を冷却後、溶媒を減圧下で留去し、これに水(80mL)および塩酸を加えpH調整(2〜3)した後、エーテル(100mL)で2回抽出した。抽出されたエーテル層を合わせ、Na2SO4で乾燥させた。目的化合物は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(φ0.06-0.2mm SiO2 150g、ヘキサン:酢酸エチル=8:2(v/v)、70cmカラム)に付して精製した。収率は 36%であった。1H NMR(400 MHz, CDCl3) δ 7.12 (d, J=2.2 Hz, 2H), 6.59 (t, J=2.2Hz, 1H), 4.28 (t, J=6.8 Hz, 2H), 1.73 (quin, J=6.8 Hz, 2H), 1.27 (m, 10H), 0.88 (t, J=6.5 Hz, 3H)]により、化合物を同定した。H NMRスペクトルを図5に、プロトンの帰属の結果を図6に示す。
【0045】
[実施例2: 疎水性ペプチド(Humanin)の測定]
本実施例においては、化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA、以下においては4-CHCAと記載することもある。)の添加剤として用い、疎水性ペプチド(Humanin)の測定を行った。比較用として、添加剤を用いず、従来のマトリックスCHCAを単独で用いた測定も行った。
【0046】
(1)4-CHCA 10mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water(%は体積を基準とする。以下において同様))溶液とC8-ADHB 10mg/mL(50%ACN/ 0.05%TFA water)溶液とを10:1(v/v)で混合し、添加剤混合マトリックス溶液(C8-ADHB+CHCA)を作成した。
(2)試料溶液として、疎水性ペプチドHumaninの 20a〜2pmol/μL( 50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)ターゲットプレート(MALDIプレ−ト:sample plate 2.8 mm ring X 384 well(Shimadzu/Kratos, UK) ステンレス-スチール表面を有するプレート、以下、同様。)上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance (登録商標) (島津製作所)のリニアTOF、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモ−ドで計測した。計測は、手動で残渣上の試料イオンの検出されやすい場所(スウィートスポット)を探索し、レ−ザ−照射することで行った。なお、以下実施例2から5まで、同様にレーザー照射を行った。
【0047】
(比較用)
(1)マトリックス溶液として、CHCA (Laser Bio)の 10 mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(2)試料溶液として、疎水性ペプチドHumanin の20a〜2pmol/μL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance (登録商標) (島津製作所)のリニアTOF、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモ−ドで計測した。
【0048】
【表1】

【0049】
上記表に示すように、CHCAを単独で使用した場合に比べ、添加剤混合マトリックス(4-CHCA+C8-ADHB)を使用することで、ポジティブモード及びネガティブモードの両方で、検出限界(mol/ウェル)が1/100、すなわち感度が100倍向上したことが確認された。
【0050】
[実施例3:種々の疎水性ペプチド(β-Amyloid 1-42, NF-κB Inhibitor, [Gly14]-Humanin)の測定]
[3−1:マトリックスCHCAと添加剤C8-ADHBとの組み合わせ]
化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)の添加剤として用い、種々の疎水性ペプチドの測定を行った。比較用として、添加剤を用いず、従来のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)を単独で用いた測定も行った。
【0051】
(1)4-CHCA 10mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液と、C8-ADHB 10mg/mL(50%ACN/ 0.05%TFA water)溶液とを10:1(v/v)で混合し、添加剤混合マトリックス溶液(C8-ADHB+CHCA)を作成した。
(2)試料溶液として、疎水性ペプチドβ-amyloid 1-42、NF-kB Inhibitor、及び[Gly14]-Humaninの、20amol〜2pmol/μL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance (登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブ及びネガティブモ−ドで計測した。
【0052】
(比較用)
(1)マトリックス溶液として、4-CHCA (Laser Bio) 10 mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(2)試料溶液として、疎水性ペプチドβ-amyloid 1-42、NF-kB Inhibitor、及び[Gly14]-Humaninの、20amol〜2pmol/μL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液を0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance (登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブ及びネガティブモ−ドで計測した。
【0053】
【表2】

【0054】
上記表が示すように、CHCA単独で使用した場合に比べ、添加剤混合マトリックス(4-CHCA+C8-ADHB)を使用することで、ポジティブモード及びネガティブモードの両方で、検出限界(mol/ウェル)が1/10〜1/100、すなわち感度が10〜100倍向上したことが確認された。
【0055】
[3−2:マトリックスDHBと添加剤C8-ADHBとの組み合わせ]
化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)の添加剤として用い、種々の疎水性ペプチドの測定を行った。具体的には、マトリックスをDHBとしたことを除いて上記3−1と同様の操作を行った。
また、比較用として、添加剤を用いず、従来のマトリックス2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を単独で用いた測定も行った。具体的には、マトリックスをDHBとしたことを除いて上記3−1の比較用の例と同様の操作を行った。
【0056】
【表3】

【0057】
上記表が示すように、DHB単独で使用した場合に比べ、添加剤混合マトリックス(DHB+C8-ADHB)を使用することで、ポジティブモード及びネガティブモードの全てにおいて、従来のマトリックスに劣らない感度が確認された。アスタリスクを付した結果は、S/Nが向上したものであることを示す。特に、ネガティブモードにおいて、検出限界(mol/ウェル)が1/10、すなわち感度が10倍向上したことが確認された。
【0058】
[実施例4:種々の添加剤による測定(疎水性基の鎖長の感度向上効果への影響)]
本実施例においては、式(I)のRにおける、炭素数が、4,6、及び10であって、カルボキシル基と水酸基が互いにオルト位で置換された化合物について、実施例2と同様の操作を行うことによってMALDI-TOF質量分析を行い、疎水性基であるRの鎖長の感度向上効果への影響を調べた。
式(I)のRにおける炭素数が4、6及び10である化合物は、1−ブロモオクタンの代わりに、それぞれ1−ブロモブタン、1−ブロモヘキサン及び1−ブロモデカンを用いたことを除いて、実施例1と同様の方法によって合成した。
【0059】
【表4】

【0060】
上記表が示すように、炭素数が4、6、8及び10である添加剤を用いた場合にも、良好な感度向上が確認された。
【0061】
[実施例5:種々の添加剤による測定(位置異性体の高感度効果への影響)]
本発明の添加剤のうち、炭素数が8であって、カルボキシル基と水酸基とが互いにオルト位で置換されたものすなわち化合物3(o-C8-ADHB)及びメタ位で置換されたもの(m-C8-ADHB)それぞれについて、実施例2と同様の操作を行うことによってMALDI-TOF質量分析を行い、位置異性体(オルト配置とメタ配置)の感度向上効果への影響を調べた。
【0062】
【表5】

【0063】
質量分析用マトリックスCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)と組み合わされた場合の結果を、添加剤を用いない場合と比較して示した。上記表が示すように、オルト配置である添加剤(o-C8-ADHB)を用いた場合に、検出限界の感度上昇効果が確認された。
【0064】
他の質量分析用マトリックスDHB(2,5−ジヒドロキシ安息香酸)、SA(シナピン酸)及びDAN(1,5−ジアミノナフタレン)についても同様の実験を行った結果を下記表に示す。アスタリスクを付した結果は、S/N比が向上したものであることを示す。
上記表が示すように、本発明の添加剤により、検出限界の感度上昇効果及び/又はSN比向上効果が確認された。
【0065】
【表6】

【0066】
[実施例6:親水性ペプチド及び疎水性ペプチドの混合物の測定]
化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)の添加剤として用い、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11(BB Index:+2510, HPLC Index:1.4)と疎水性ペプチドHumanin (BB Index:-5800, HPLC Index:117.4)との1:1(mol/mol)混合物の測定を行った。
また、比較用として、添加剤を用いず、従来のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)を単独で用いた測定も行った。
【0067】
(1)4-CHCA 10mg/mL(50%ACN/0.05%TFAwater)溶液とC8-ADHB 5mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液とを10:1(v/v)で混合し、添加剤混合マトリックス溶液(4-CHCA+ADHB)を作成した。
(2)試料溶液として、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11、及び疎水性Humaninの20amol〜2pmol/μL( 50%ACN/0.05%TFA water)溶液の1:1(mol/mol)混合液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニアTOF、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモ−ドで計測した。計測は、ラスター走査(残渣の一定領域を一定間隔毎に自動でレーザー照射する方法)により、ウェル上の残渣全領域を含む4000μm×4000μmの範囲を、50μm間隔で、81点×81点の計6561点を、2ショットずつ、レーザ−照射することで行った。
【0068】
(比較用)
(1)マトリックス溶液として、4-CHCA (Laser Bio) 10 mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(2)試料溶液として、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11、及び疎水性ペプチドHumaninの20fmol/μL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液を1:1(mol/mol)で混合した混合液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニアTOF、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモ−ドで計測した。
【0069】
(結果1)
図7に、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11及び疎水性ペプチドHumaninの20fmol/μLの1:1混合液を用いた場合(すなわちそれぞれ10fmolの親水性ペプチド及び疎水性ペプチドの混合物をMALDIプレート上に搭載した場合)の結果を示す。具体的には、図7(a)に添加剤混合マトリックス(4-CHCA+ADHB)を用いた場合、図7(b)にマトリックス(4-CHCA)を単独で用いた場合のポジティブモードのマススペクトルを示す。4-CHCAを単独で使用した場合は、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11がメインピークとして検出されており、この親水性ペプチド対する疎水性ペプチドHumaninのピークの相対強度はかなり低い。一方、添加剤混合マトリックスを用いた場合は、疎水性ペプチドHumaninがメインピークとして検出されており、この疎水性ペプチド対する親水性ペプチドβ-amyloid 1-11のピークの相対強度はかなり低い。
ネガティブモードの測定においても上記と同様の傾向が確認された。
【0070】
(結果2)
図8に、添加剤混合マトリックス4-CHCA+ADHBを使用した場合(a)及びマトリックス4-CHCAを単独で使用した場合(b)それぞれについて、MALDIプレ−ト上のウェル内の結晶の写真と、ポジティブモードにおける疎水性ペプチドHumaninのMSイメージング(MS imaging)画像と、ポジティブモードにおける親水性ペプチドβ-amyloid 1-11のMSイメージング(MS imaging)画像とを示す。
【0071】
添加剤混合マトリックス4-CHCA+ADHBを使用した場合、親水性ペプチドβ-amyloid 1-11は主に結晶の内側領域で検出され、疎水性ペプチドHumaninは主に結晶の外縁部領域で検出された。一方、マトリックス4-CHCAを単独で使用した場合、親水性ペプチド及び疎水性ペプチドの両方が、結晶の全領域で検出された。
従って、添加剤の存在が、試料−マトリックス結晶化の過程における外縁部領域への疎水性ペプチドの局在化を引き起こしたと考えられる。本実施例で示された疎水性ペプチドの感度向上の一因は、疎水性ペプチドの局在化による濃縮効果が可能性として考えられる。
【0072】
[実施例7:タンパク質消化物分析]
化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)の添加剤として用い、タンパク質Phosphorylase bトリプシン消化物の測定を行った。
また、比較用として、添加剤を用いず、従来のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)を単独で用いた測定も行った。
【0073】
(1)4-CHCA 10mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液とC8-ADHB 5mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液とを10:1(v/v)で混合し、添加剤混合マトリックス溶液(4-CHCA+ADHB)を作成した。
(2)試料溶液として、市販のPhosphorylase bトリプシン消化物 (MassPREPTMphosphorylase b digestion standard, Waters) の100 fmol/μL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブイオンモードで計測した。計測は、ラスター走査(残渣の一定領域を一定間隔毎に自動でレーザー照射する方法)により、ウェル上の残渣全領域を含む4000μm×4000μmの範囲を、50μm間隔で、81点×81点の計6561点を、2ショットずつ、レーザ−照射することで行った。
【0074】
(比較用)
(1)マトリックス溶液として、4-CHCA (Laser Bio) 10 mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(2)試料溶液として、Phosphorylase bトリプシン消化物 (Mass PREPTMphosphorylase b digestion standard, Waters) の100 fmol/μL( 50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブイオンモードで計測した。
【0075】
(結果)
図9に、添加剤混合マトリックス4-CHCA+ADHBを使用した場合(a)及びマトリックス4-CHCAを単独で使用した場合(b)それぞれにおける、Phosphorylase bトリプシン消化物のマススペクトルを示す。アスタリスクを付したイオンピ−クは、Phosphorylase bトリプシン消化物のペプチド断片由来であることを示す。また、NDはイオンが検出できなかったことを示す。
【0076】
図9に示されるように、m/z 2500以下の範囲では4-CHCA+ADHBを使用した場合及び4-CHCAを使用した場合いずれにおいても同じイオンが検出されたが、m/z 2600以上の範囲ではADHBを使用した場合で特にペプチド断片由来のピ−ク強度が高くなった。より具体的には、m/z 3715.2及びm/z 4899.3のイオンピ−クはC8-ADHBを用いた場合のみで検出された。図9には、m/z 3715.2及びm/z 4899.3におけるピ−ク物質のMSイメージング(MS imaging)画像を挿入図として示している。
【0077】
図9挿入図のMSイメージング画像より、m/z 3715.2及びm/z 4899.3におけるイオンがマトリックス-試料混合結晶の外縁部領域で検出されたことが確認できた。すなわち、実施例6の図8で示された場合と同様、ペプチド断片の感度向上の一因は、試料−マトリックス結晶の外縁部領域における局在化による濃縮効果が可能性として考えられる。
この結果、4-CHCA+ADHBを使用した場合のPhosphorylase bトリプシン消化物のシーケンスカバレッジは、4-CHCA単独使用の場合に比べ約10%向上した。
【0078】
[実施例8:C8-ADHBによる感度向上率]
化合物3(C8-ADHB)を、マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)の添加剤として用い、分析対象としてHPLCインデックスの異なるペプチド14種 (HPLC Index -60.2〜200.0)の測定を行い、従来のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)を単独で用いた場合に対し、検出感度において何倍の向上効果が確認されるか(感度向上率)について調べた。
【0079】
(1)4-CHCA 10mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液とC8-ADHB 5mg/mL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液とを10:1(v/v)で混合し、添加剤混合マトリックス溶液(4-CHCA+ADHB)を作成した。
(2)検出限界評価用の試料溶液として、Temporin A amide、NF-kB inhibitor、OVA-BIP hybrid peptide、melittin honey bee、β-amyloid 22-42、MPGΔNLS、β-amyloid 1-11、β-amyloid 1-28、GPHRSTPESRAAV(配列番号1)、β-conglycinin、Humanin、[Gly14]-humanin、β-amyloid 1-42、及びACTH 18-39それぞれの20amol〜2pmol/μL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。一方で、MSイメ−ジング評価用の試料として、上記ペプチド14種を等モルずつ混合した試料混合溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブイオンモードで計測した。検出限界の計測は、手動で残渣上の試料イオンの検出されやすい場所(スウィートスポット)を探索し、レ−ザ−照射することで行った。MSイメ−ジングの計測は、ラスター走査(残渣の一定領域を一定間隔毎に自動でレーザー照射する方法)により、ウェル上の残渣全領域を含む4000μm×4000μmの範囲を、50μm間隔で、81点×81点の計6561点を、2ショットずつ、レーザ−照射することで行った。
【0080】
(比較用)
(1)マトリックス溶液として、4-CHCA (Laser Bio) 10 mg/mL (50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(2)試料溶液として、Temporin A amide、NF-kB inhibitor、OVA-BIP hybrid peptide、melittin honey bee、β-amyloid 22-42、MPGΔNLS、β-amyloid 1-11、β-amyloid 1-28、GPHRSTPESRAAV(配列番号1)、β-conglycinin、Humanin、[Gly14]-humanin、β-amyloid 1-42、及びACTH 18-39それぞれの20amol〜2pmol/μL(50%ACN/0.05%TFA water)溶液を作成した。
(3)MALDIプレ−ト上の1ウェル毎に、(2)の試料溶液と(1)のマトリックス溶液とを0.5μLずつ滴下し、混合した(on-target mix法)。
(4)AXIMA Performance(登録商標) (島津製作所)のリニア、ポジティブイオンモードで計測した。
【0081】
(結果)
図10に、分析対象(analyte)のHPLCインデックス(HPLC index)及び名前(name)、従来のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)を単独で用いた場合(b)に対する4-CHCA+ADHBを用いた場合(a)の感度向上率(sensitivity improvement degree (rate))、並びに4-CHCA+ADHBを用いた場合(a)及び4-CHCAを単独で用いた場合(b)のポジティブモードのMSイメージング(MS imaging)画像を示す。MSイメージングは、分析対象の[M+H]+のイオンピ−クの相対強度に基づいて作成された。
【0082】
図10に示されるように、添加剤C8-ADHBによる感度向上は、ペプチド14種のうち、主にHPLC Indexが100以上の疎水性ペプチドに対し確認できることを確かめた。さらに、4-CHCA+ADHBを使用した場合のMSイメージング結果から、HPLC Indexが100以上のペプチドは、全て試料−マトリックス結晶の外縁部領域において検出されたことが確認できた。実施例6の図8及び実施例7の図9で示された場合と同様、ペプチド断片の感度向上の一因は、試料−マトリックス結晶の外縁部領域における局在化による濃縮効果が可能性として考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I):
【化1】

(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸である、質量分析用マトリックスの添加剤。
【請求項2】
α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、及び1,5−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる質量分析用マトリックスに添加される、請求項1に記載の添加剤。
【請求項3】
疎水性物質の質量分析に用いられる、請求項1又は2に記載の添加剤。
【請求項4】
前記疎水性物質が疎水性ペプチドである、請求項3に記載の添加剤。
【請求項5】
前記疎水性物質のHPLCインデックスが100〜10,000である、請求項3又は4の添加剤。
【請求項6】
質量分析用マトリックスの0.01〜50倍のモル比で使用される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の添加剤。
【請求項7】
質量分析用ターゲットプレート上に、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、請求項1〜6のいずれか1項に記載の添加剤とを溶媒中に含む混合液の液滴を用意する工程と、前記液滴から前記溶媒を除去する工程とを含む、質量分析用結晶の作成方法。
【請求項8】
質量分析用ターゲットプレート上に作成された質量分析用結晶であって、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、請求項1〜6のいずれか1項に記載の添加剤とを含み、前記質量分析用ターゲットプレートとの接触面において平均直径が1〜3mmの略円の形状をなし、前記略円の外縁部領域に前記疎水性物質の50モル%以上が局在しており、前記外縁部領域の平均外径が前記平均直径であり、前記外縁部領域の平均内径が前記平均外径の80%以上である、質量分析用結晶。
【請求項9】
質量分析用ターゲットプレート上に、少なくとも疎水性物質と、マトリックスと、請求項1〜6のいずれか1項に記載の添加剤とを溶媒中に含む混合液の液滴を用意する工程と、
前記液滴から前記溶媒を除去して質量分析用結晶を作成する工程と、
前記質量分析用結晶にレーザーを照射することにより前記疎水性物質を検出する工程とを含む、質量分析法。
【請求項10】
前記質量分析用結晶において、平均内径が平均外径の80%以上である外縁部領域に前記レーザーを照射する、請求項9に記載の質量分析法。
【請求項11】
前記混合液中に親水性物質をさらに含む、請求項9又は10に記載の質量分析法。
【請求項12】
下記式(I):
【化2】

(式中、Rは炭素数6〜10のアルキル基を表し、カルボキシル基と水酸基とは互いにオルト位又はメタ位に置換している。)で示される5−アルコキシ−2−又は3−ヒドロキシ安息香酸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−68598(P2013−68598A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−76289(P2012−76289)
【出願日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】