説明

質量分析用基板、質量分析方法および質量分析装置

【課題】高分子量化合物の検出を高感度に行うと共に、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けることを可能にする質量分析用基板を提供する。
【解決手段】表面に多孔質構造1を有する金属を含む基板2の表面に酸化物層3が形成され、該酸化物層3と、少なくともカルボキシル基(−COOH)、スルホン酸基(−SO3H)又は塩化アンモニウム基(−NH3Cl)のいずれか1種類の官能基4が共有結合により結合している質量分析用基板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析用基板、質量分析方法および質量分析装置に関する。特に、本発明は、高分子量の質量分析用測定対象分子を効率良く脱離化/イオン化処理でき、かつ低分子量域においても、分解物等に由来する複雑なピークの発生が少ない質量分析を、高精度で簡単に行うことを可能にした質量分析用の試料支持基板、該質量分析用の基板を用いた質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計は、測定対象分子を何らかの方法でイオン化し、これに電界あるいは磁界を作用させ、質量/電荷数(m/z)に従って分離した後、電気的に検出した質量スペクトルから測定対象物の定性分析、定量分析を行うものである。この場合、イオン化法としては、電子スプレイイオン化(ESI)、電子衝撃イオン化(EI)、化学イオン化(CI)、高速原子衝撃(FAB)、フィールドデソープション(FD)、レーザー脱離イオン化(LDI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)などの各種方法がある。例えば、レーザイオン化質量分析計では、試料にパルスレーザ光を照射してイオン化し、そのイオンを飛行時間型等の分析部に導くことで質量スペクトルなどを測定することができる。
【0003】
従来、LDI法のようなレーザイオン化質量分析計においては、まず測定対象化合物を水または有機溶媒に溶解させた試料溶液を調製し、この試料溶液を金属製ホルダーの平滑面に塗布、乾燥させることで、試料を薄膜に形成し、この試料薄膜にレーザー光を照射すると、レーザー光が金属製試料支持基板に吸収され、照射個所で急激な温度上昇が生じ、試料のイオン化が起こる。
【0004】
しかしながら、この試料作製方法では、レーザー光照射による測定対象分子の脱離/イオン化に加え、分解反応(以下、フラグメンテーションとも言う)も同時に発生し、測定対象分子の質量スペクトルが十分な強度で得られなかったり、分解物自体のピークも検出されるため質量スペクトルが複雑になり、その解析が困難になるという弊害が発生する。
【0005】
そこで、この問題点の解決策として、グリセリンのような高粘性で低蒸気圧の液体と、金属微粒子との混合物(例えば、特許文献1)や、2,5−ジヒドロキシベンゾイックアシッド(DHB)、シナピニックアシッド、α−シアノ−ヒドロキシ−シンナミックアシッド(CHCA)などの固体有機分子(例えば、特許文献2,3)をマトリックスとして用いたMALDI法では、マトリックス自身が照射レーザー光のエネルギーを吸収して脱離/イオン化が起き、マトリックス中に含まれていた測定対象分子自体に対する照射レーザー光の影響が軽減されることから測定対象分子のフラグメンテーションは抑制され、高感度で検出を行う事が可能となった。このMALDI法の進歩により、従来の質量分析法では取り扱うことの出来なかった高分子量の測定対象化合物をごく僅かな量でも測定することが可能となり、生体材料や合成高分子の分析に広く用いられるようになった。
【0006】
しかし、このMALDI法においても、測定対象分子の分解物は相当抑制できるものの、マトリックス自体がレーザー光を吸収することで引き起こる複雑な反応に由来したピークが多数検出されることになり、やはり低分子量域のスペクトル解析は困難な場合が多い。特に、近年のプロテオミックス、メタボロミクス分野においては単一の分子種だけではなく、血液、体液等に含有される化合物を網羅的に分析を行う必要性が高まっている。この網羅的分析の場合は、基質や代謝物などの質量数が数百程度の比較的低分子量の化合物の解析も重要情報を提供することになるが、従来のMALDI法ではマトリックス由来の複雑なピークのために、この低分子量域の解析が精度よく行えない問題が、クローズアップされている。また、合成高分子材料の分野においても、高分子材料の成型品においては酸化防止剤、紫外線吸収剤、可塑剤等の分子量が数百程度の添加剤を含有させることはごく一般的に行われており、高分子材料と低分子化合物を一括して分析する必要性もあり、上述の生化学における網羅的分析同様、MALDI法におけるマトリックス由来の複雑なピークは解析の支障となっている。
【0007】
更に、高分子量化合物をMALDI法で分析する場合、例えば照射レーザー光の強度等の測定条件を変更することで積極的に測定対象化合物のフラグメンテーションを起こさせることが可能となる場合がある。ここで発生したフラグメントイオンを解析することにより、単なる分子量の分析に留まらず、置換基や側鎖構造と言った測定対象化合物の分子構造に関する情報を得ることも可能となる。しかし、マトリックス由来の複雑なピークが多数ある場合には、上述の測定対象化合物からのフラグメントイオンの解析においても大きな支障となる。
【0008】
このような低分子量域の質量分析も同時に行えることが可能となる技術として、電解エッチングで形成した多孔質シリコン基板等の表面に微細な多孔質構造を有する試料支持基板上に直接測定対象分子を付着させた後にレーザー光照射することで、マトリックス由来の複雑なピークを出現させること無く、測定対象分子の脱離、イオン化をおこなう方法(SALDI:表面支援レーザー脱離イオン化)法が提案されている(例えば、特許文献4)。この方法により、効率的な脱離、イオン化及びレーザー光照射時の分解物生成抑制の両立が可能となってきたが、測定対象化合物の分子量の上限が概ね数千程度であり、それ以上の化合物の脱離、イオン化は困難であると言われている。
【特許文献1】特開昭62−043562号公報
【特許文献2】特開平10−182704号公報
【特許文献3】特開2005−326391号公報
【特許文献4】米国特許第6288390号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、レーザー光照射による脱離、イオン化法の質量分析においては、低分子量域から高分子量域までを、一括的、網羅的に検出することが困難であり、広い分子量範囲の解析を行う事ができない課題がある。
【0010】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、レーザー光照射による脱離、イオン化法の質量分析において、脱離/イオン化による高分子量化合物の検出を高感度に行うと共に、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けることを可能にする質量分析用基板を提供するものである。
【0011】
また、本発明は、該質量分析用基板を用いた質量分析方法および質量分析装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決する質量分析用基板は、レーザー脱離イオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、表面に多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合により結合していることを特徴とする。
【0013】
上記の課題を解決する質量分析方法は、上記の質量分析用基板に試料を載せ、レーザーを照射する工程を有することを特徴とする。
上記の課題を解決する質量分析装置は、上記の質量分析用基板を装着したことを特徴とする質量分析装置である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、レーザー光照射による脱離、イオン化法の質量分析において、脱離/イオン化による高分子量化合物の検出を高感度に行うと共に、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けることを可能にする質量分析用基板を提供できる。
【0015】
また、本発明は、該質量分析用基板を用いた質量分析方法および質量分析装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、レーザー脱離型質量分析計に用いるサンプルターゲット基板として、レーザー脱離イオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、表面に多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合により結合している基板を用いると、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けられることができることを特徴とする。
【0017】
前記多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に酸化物層が形成され、該酸化物層と、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合していることが好ましい。
【0018】
本発明の質量分析方法は、上記の質量分析用基板に試料を載せ、レーザーを照射する工程を有し、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)イオン源を有する質量分析装置を用いて、測定対象物質の質量数を測定する方法である。
【0019】
ここで、現時点において、MALDI法における脱離、イオン化及び、フラグメンテーションのメカニズムについては完全に解明されている状況にはない。本明細書では、現在最も多く受け入れられているメカニズムの解釈に基づいて本発明を説明する。
【0020】
MALDI法による一般的な測定について解説する。ニトロアントラセン(9NA)44、2,5−ジヒドロキシベンゾイックアシッド(DHB)、シナピニックアシッド、α−シアノ−ヒドロキシ−シンナミックアシッド(CHCA)などの固体有機分子をマトリックス分子とし、そのマトリックス中に測定対象分子を微量含有させた混合結晶を分析用試料支持基板上に形成させる。このとき測定対象分子は、希薄な状態であり、測定対象分子間の相互作用が無い状態になっていることが好ましい。次いでこの混合結晶にレーザー光を照射し、レーザー光を吸収したマトリックス分子が電子励起及び/或いは振動励起され気化される。マトリックス分子の気化は単純に分子の構造を維持したまま気化するだけではなく、複雑な分解、イオン化等の光、熱反応を含む。マトリックス分子が気化される過程で、結晶中の測定対象分子も同時に気化するが、測定対象分子間の相互作用が少ない状態であれば、一分子単位に独立した状態で気化することが必要となる。レーザー光のエネルギーの大半は、マトリックス分子が吸収するため、測定対象分子自体はフラグメンテーションを起こさないのが理想的な状態である。また、実際に測定対象分子の質量が測定可能となるためには、測定対象分子がイオン化される必要があるが、このイオン化過程もマトリックス分子からのプロトネーション(プロトン付加で陽イオン生成)や、デプロトネーション(プロトン引き抜きで陰イオン生成)、ラジカルカチオン(電子の引き抜きで陽イオン生成)、ラジカルアニオン(電子の供与で陰イオン生成)、金属塩等のイオン化促進剤からのイオンの付加(金属イオンの付加:陽イオン生成、ハロゲンイオンの付加:陰イオン生成)等が知られている。このようにMALDI法では、マトリックス分子は測定対象分子の気化(脱離)並びにイオン化の過程に深く関わり、測定対象分子を効率よく脱離・イオン化させていると考えられている。特に、MALDI法では分子量が数万以上の化合物でも測定対象分子として扱えるのは、マトリックス分子が気化する際にマトリックス分子自体並びのその分解物が測定対象分子の運び屋として作用しているかであると考えられている。しかし、この運び屋であるマトリックス分子及びその分解物も同時にイオン化されることが多く、質量スペクトルにはこれらの化合物も招かざる客として出現してしまう。更にこのマトリックス分子の分解する反応過程は複雑であり、測定対象分子やイオン化促進剤、試料調整に用いた溶剤、或いはレーザー光強度、波長、測定対象の極性やイオンの加速電圧等、種々の測定パラメータの影響を受けるため、質量スペクトルに現れたマトリックス由来のピークは非常に複雑で、実質的に全てを同定することは不可能である。
【0021】
そこで、本発明者らが鋭意検討を行った結果、レーザー光照射により質量数が160未満のもの、より好ましくは質量数が50未満のものに分解する化合物をマトリックスとして選択すれば、実質的に質量スペクトルの解析においても夾雑物として支障を来たすことが殆ど無いことがわかった。MALDI法が用いられている生化学材料において、低分子量域に出現する可能性のある化合物としては、例えば必須アミノ酸では質量数が120から200程度、単糖類が150から180程度、DANを構成する4塩基は110から150程度であり、合成高分子材料中に添加されるものとして使用されている可塑剤や酸化防止剤の大半も質量数が200以上の化合物である。
【0022】
本発明者らは、レーザー脱離型質量分析計に用いる質量分析用基板として、表面に多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合により結合している基板を用いると、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けられることを見出した。
【0023】
図1は、本発明の質量分析用基板の一実施態様を示す概略図である。図1において、本発明の質量分析用基板は、表面に多孔質構造1を有する金属を含む基板2の表面に酸化物層3が形成され、該酸化物層3と、カルボキシル基(−COOH)、スルホン酸基(−SO3H)又は塩化アンモニウム基(−NH3Cl)のいずれか1種類の官能基4が共有結合により結合して構成されている。
【0024】
まず、表面に多孔質構造1を有する金属を含む基板(金属基板)について説明する。表面に多孔質構造1を有する金属を含む基板の製造方法は、例えば特開2006−049278号公報に開示されている方法で設けることが可能である。
【0025】
金属を含む基板は、例えば取扱い上の簡便性より用いられる。以降、金属を含む基板を金属基板と称する。
前記多孔質構造の厚さは30nm以上1000nm以下、更には50nm以上500nm以下が好ましい。この多孔質構造の厚さに対するメカニズムは不明ではあるが、30nmの厚さよりも薄い場合は、多孔質構造化による比表面積アップの割合が少なく基板効果が低減すると考えられ、逆に1000nmの厚さよりも厚い場合には測定対象分子が多孔質構造の内部に浸透しすぎてレーザー照射による脱離が困難になるもと考えられる。
【0026】
また、多孔質構造に関しては、質量分析用基板の断面を観察することにより確認することが可能である。多孔質構造が20nm以上200nm以下、更には50nm以上150nm以下が好ましい。多孔質構造部分の厚さのうち表面から20%のところ(例えば多孔質構造を有する部分が200nmのときは、表面から40nmの部分)において基板の表面と平行な直線(図1のAA’線)を引いて、凸部の金属部分と空孔部分にかかる長さを観察し、凸部の基板表面と平行方向の長さLが20nm以上200nm以下の範囲であるものの割合が70%以上である状態が、本発明における20nm以上200nm以下の多孔質構造を意味する。また、上述のような方法で観察する場合に、凸部の金属部分と空孔部分の占める面積の割合としては、凸部の占める面積の割合が表面全体の面積の20%以上90%以下、好ましくは30%以上80%以下、より好ましくは40%以上60%以下とすることにより、高い感度での質量分析を行うことができる。
【0027】
多孔質構造が20nm以上200nm以下である質量分析用基板を用いると、試料液を載せた時に、多孔質構造により試料液が拡散して広がるのを防止でき、単位面積当たりの試料濃度の低下を防止できる。
【0028】
図2は、本発明の表面に多孔質構造を有する質量分析用基板に試料液を載せた状態を示す概略図である。図2に示す様に、質量分析用基板に試料液5を載ると、多孔質構造1により試料液の拡散を防止できる。本発明においては、基板の表面に、カルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合により結合しているために表面エネルギーが下がり、試料液の液滴が広がるために、単位面積あたりの試料濃度が低下するが、上記の様に表面を多孔質構造とすることにより、試料液の拡散を防止できる。
【0029】
図3は、表面に多孔質構造が無い質量分析用基板に試料液を載せた状態を示す概略図である。図3に示す様に、質量分析用基板に多孔質構造が無いと、カルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基の官能基により表面エネルギーが下がるために、試料液5は拡散し、試料濃度が低下する。
【0030】
金属基板の表面にカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基から選ばれる官能基のうちの一種類が共有結合により結合している本発明の質量分析用基板板が、レーザー脱離イオン化質量分析計において有効である理由は不明であるが、比表面積が大きくなり測定分子同志が、ある程度離れて基板表面に吸着しているために脱離し易く、更に基板表面にあるカルボキシル基やスルホン酸基或いは塩化アンモニウム基により、測定分子に対しプロトンや塩素イオンが付加するためにイオン化効率が上がるためと思われる。マトリックスを使わず、基板表面に測定分子をレーザー照射で脱離・イオン化させる場合に、例えば上述の特開2006−049278号公報に記載されているよな多孔質基板を用いても確かに脱離効率は上げられると考えられる。しかし、イオン化過程は、特に蛋白質やDNAのような生体材料の場合、カチオン若しくはアニオン種の付加によることが多い。マトリックスを用いる系では、レーザー照射によりマトリックスから生成したイオン種が測定分子に付加するために、効率的にイオン化は行える。しかし、マトリックスを用いない場合には、イオン化を促進するには付加するイオン種も同時に多く生成させる必要があるものの、イオン源は測定分子自体の分解反応に依存しなければならない。これは、イオン化の促進は測定分子の破壊の促進を意味し、従って微量分析における高感度化には、必然的に限界があることを意味する。本発明の基板を用いる事で、測定分子の不必要な破壊を引き起こすことなく、測定分子の脱離・イオン化が同時に促進できるようになったものと考えられる。
【0031】
更に、本発明のマトリクスに9−NA,DHB,CHCA等の従来公知のマトリックス分子を、夾雑物ピークが測定、解析に支障を来たさない程度の範囲で混合して使用することも可能である。
【0032】
本発明における金属基板の材料としては、導電性がある程度高い必要がある。これは、レーザーを照射して、基板表面での測定分子を脱離・イオン化を起こさせる場合に、測定分子が例えばカチオンになった瞬間には、その逆の電荷を有するものがカチオン化した測定分子近傍に存在するはずである。質量分析装置のイオン部分には電界が掛かっており、カチオン種は電界により引き寄せられる形で基板表面から脱離する。従って、カチオン種が脱離するためには、近傍に存在する逆電荷を持つものと離れなければならないが、これらの間にはお互いに静電引力が働いているので、電荷の再結合が起きる可能性がある。電荷の再結合が起きると、その時点で測定分子のイオン化が阻害される事になる。従って、イオン化を促進するためには、イオン化された測定分子とは逆極性の電荷を速やかにイオン化された測定分子から遠ざける必要がある。ここで、逆電荷を持つものは電界により脱離はせずに基板上に残っているために、逆極性の電荷を逃がすためには、基板の導電性を利用して電荷のみを逃がす必要がある。従って、基板材料としては高い導電性を有するものが好ましく、特に金属を用いるのがよい。また、本発明のように、マトリックスを使用しない状態でレーザー照射で測定分子を脱離・イオン化させるためには基板がレーザーのエネルギーを吸収して、脱離・イオン化を起させる状態になる必要がある。従って、本発明者らが鋭意検討を行った結果、単に導電性の高い金属材料というだけでは十分でなく、特定の金属で特に脱離・イオン化の効率が高くなることを見出した。特に照射レーザーが波長300nm乃至400nm程度の紫外線の場合は、この波長域の反射率の高いアルミニウムよりは、反射率が高くないプラチナ、銀、銅、ステンレス等が好ましいことを見出した。これらの金属のなかでも、金や銀は紫外線照射により、これらの金属自体がカチオンとして脱離・イオン化するため、測定スペクトルに影響を及ぼす。従って、プラチナや銅、ステンレス基板がより好ましい。また、金属表面の腐蝕や酸化により性質が変化をすることを考慮すると、プラチナ若しくはステンレスが最も好ましい。
【0033】
本発明において、前記多孔質構造が基板に孔が設けられ多孔質構造からなるか、または前記多孔質構造が、基板の表面に凸部を形成した突起構造からなる質量分析用基板を用いるのが好ましい。
【0034】
これらの金属基板に、表面多孔質構造が20nm以上200nm以下であるような表面形状を作成する方法について述べる。
前記多孔質構造として、例えば微細なナノ構造として、多孔質基板といわれる細孔があいているもの、逆にロッド状の突起が立っているもの、更には繊維状や樹形状のようなより複雑な構造体が挙げられる。本発明においては、測定分子同士がなるべく凝集しないで基板面に付着し、かつ測定時に位置分ずつ効率的に脱離することを考えると、例えば図4に示す模式図のような突起状更にはより複雑な樹形状構造の多孔質構造11が好ましい。
【0035】
このような表面多孔質構造を有する金属基板の作成方法としては、例えば金属基板をエチング処理する方法や、スパッタ処理で金属成分を表面に堆積させる方法を挙げる事ができる。特に樹形状の多孔質構造の場合は、特開2006−049278号公報に示されるような分岐した枝若しくは片は、その短手方向の長さが5nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0036】
前記多孔質構造が、白金酸化物または複合酸化物を還元処理してなる白金、あるいは白金を含んだ多元金属からなる樹形状構造からなることが好ましい。また、前記白金以外の金属元素は、Al,Si,Ti,V,Cr,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ge,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Ir,Au,La,Ce,Ndから選ばれる少なくとも一種類以上の金属からなることが好ましい。
【0037】
次に、表面にカルボキシル基、スルホン酸基、アンモニウム塩基による修飾について述べる。基板表面に微細な構造を有することで、測定分子が基板表面に均一に付着する事ができ、凝集を妨げる事ができるため測定分子の脱離効率は挙げる事ができる。しかし、質量分析装置において測定分子の検出はイオンとして検出するために、イオン化の効率も上げる必要がある。マトリックスを使う測定では、レーザー照射によりマトリックス分子からプロトンが生成し、測定分子に付加してイオン化を促進することができるが、マトリックスを使用しない系での測定においては、イオン源が問題となる。核酸や蛋白質なのどの生体分子は主にプロトン付加によるイオン化が主流である。マトリックスを使用しないで測定できている場合においても、詳細な解析から測定分子がプロトン化されていることが明らかになっているが、測定分子の一部が破壊された際に生成するプロトンが付加したものと考えられる。従って、イオン化の促進は測定分子の破壊の促進とも言え、微量分析における高感度化には自ずと限界があった。本発明者らが鋭意検討を行った結果、基板表面にカルボキシル基、スルホン酸基、アンモニウム塩基を有する化合物を基板表面に共有結合で結合させた基板を用いる事で、イオン化効率を促進できることを見出した。このような官能基を有する化合物を単に基板表面に塗布するだけでもある程度イオン化効率の向上は望めるが、質量分析の測定条件が一般的には高真空下であるために、基板表面に塗布しただけでは揮発してしまう可能性があること、更に塗布しただけでは測定の際に脱離・イオン化してしまうため、マトリックス使用と同じようにスペクトル上に不必要なピークとして観測されてしまう問題があった。
【0038】
カルボキシル基、スルホン酸基、塩化アンモニウム基を有する化合物を基板表面に共有結合により結合させる方法としては、これらの官能基を有する表面処理剤での処理、若しくは所望の官能基の前駆体となる構造を有する表面処理剤で処理をした後に更に別の化学反応により所望の官能基に変化させる処理方法が挙げられる。また、カルボキシル基の場合は、アルキル基、フッ素化アルキル基を有する表面処理剤で処理した後のオゾン処理等で酸化させてカルボキシル基を生成させることも可能である。また、アンモニウム塩基を持たせるためには、初めにアミノ基を有する化合物で表面処理をした後に、このアミノ基を化学処理してアンモニウム基に変換することもできる。
【0039】
官能基を有する表面処理剤としては、例えば3−シアノプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロキシデシル)トリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン等のシランカップリング剤が挙げられる。
【0040】
表面処理により金属表面に直接共有結合を持たせる事が困難な場合には、金属表面に特定の酸化物被膜を設ける事も可能である。この場合に、酸化物被膜の物性により、例えば絶縁性の高い化合物の場合は、上述のイオン化における電荷の分離に支障を来たす事が予想されるため、酸化チタン(TiO2)、酸化ルテニウム(RuO2)、酸化タングステン(WO3)、酸化ニッケル(NiO2)等の材質による被膜が好ましい。これらの酸化物層の形成の仕方は従来公知の方法を用いる事ができる。例えば、TiO2層の場合は、Ti(O−C374のゾルゲル反応を利用して形成させることが可能であるが、本発明はこの方法に限定されるものではない。
【0041】
次に、本発明の質量分析方法は、上記の質量分析用基板に試料を載せ、レーザーを照射する工程を有することを特徴とする。
本発明の質量分析方法において、質量分析用基板に試料を載せ、レーザーを照射すると、イオン供給源のカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基の官能基が励起して、測定分子の放出とイオン化の両方が促進されるために好ましい。
【0042】
本発明の質量分析装置は、上記の質量分析用基板を装着したことを特徴とする。
本発明の質量分析用基板は、質量分析用測定対象分子を持続的に効率良く脱離、イオン化させることができる。この質量分析用基板を用いた本発明の物質の脱離、イオン化方法によれば、質量分析用測定対象分子を持続的に比較的穏やかな条件でイオン化でき、試料調製が簡単である上、質量分析時のイオン化補助剤由来のノイズを大幅に低減して、分析精度の向上を図ることができる。それ故、このイオン化方法を用いることにより、広範囲な分子量の物質を高精度で簡単に質量分析することができ、特に低分子化合物の部分構造解析、モル分布、分子量分布などを簡単に行うことができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
<多孔質構造を有する基板材料例1>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0044】
次いで、テトライソプロピルチタネートを0.45g、n−ブタノールを20g及び酢酸を0.5gを混合し、8時間攪拌した後に、上述の基板上にスピンコート(3500rpm、2分)した。塗布した基板を25℃、80RH%の環境で10時間放置した後、450℃で4時間焼成し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0045】
次いで、上記基板を80℃に加熱した3−シアノプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた後、1規定の塩酸で処理をしてシアノ基をカルボキシル基へ変換した。
【0046】
<多孔質構造を有する基板材料例2>
基板材料例1においてスパッタ時間を変えて白金酸化物層の厚さを500nmにした以外は同様にして基板を作成した。
【0047】
<多孔質構造を有する基板材料例3>
基板材料例1においてスパッタ時間を変えて白金酸化物層の厚さを250nmにした以外は同様にして基板を作成した。
【0048】
<多孔質構造を有する基板材料例4>
基板材料例1においてスパッタ時間を変えて白金酸化物層の厚さを100nmにした以外は同様にして基板を作成した。
【0049】
<多孔質構造を有する基板材料例5>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)を濃塩酸(37wt%)に5分間浸漬させた後、蒸留水で十分に洗浄して基板を作成した。
【0050】
次いでテトライソプロピルチタネート(東京化成)を0.45g、n−ブタノールを20g及び酢酸を0.5gを混合し、8時間攪拌した後に、上述の基板上にスピンコート(3500rpm、2分)した。塗布した基板を25℃、80RH%の環境で10時間放置した後、450℃で4時間焼成し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0051】
次いで、上記基板を80℃に加熱した3−シアノプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた後、1規定の塩酸で処理をしてシアノ基をカルボキシル基へ変換した。
【0052】
<多孔質構造を有する基板材料例6>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0053】
次いで、テトライソプロピルチタネート(東京化成)を0.45g、n−ブタノールを20g及び酢酸を0.5gを混合し、8時間攪拌した後に、上述の基板上にスピンコート(3500rpm、2分)した。塗布した基板を25℃、80RH%の環境で10時間放置した後、450℃で4時間焼成し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0054】
次いで、上記基板を100℃に加熱した3−メルカプトプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた後、30%の過酸化水素水で処理をしてSH基をスルホン酸基へ変換した。
【0055】
<多孔質構造を有する基板材料例7>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0056】
次いで、テトライソプロピルチタネート(東京化成)を0.45g、n−ブタノールを20g及び酢酸を0.5gを混合し、8時間攪拌した後に、上述の基板上にスピンコート(3500rpm、2分)した。塗布した基板を25℃、80RH%の環境で10時間放置した後、450℃で4時間焼成し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0057】
次いで、上記基板を(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロキシデシル)トリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた。その後、この基板を紫外線−オゾン処理を25℃、80RH%の環境に8時間放置し、基板表面にカルボキシル基を発生させた。
【0058】
<多孔質構造を有する基板材料例8>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0059】
次いで、テトライソプロピルチタネート(東京化成)を0.45g、n−ブタノールを20g及び酢酸を0.5gを混合し、8時間攪拌した後に、上述の基板上にスピンコート(3500rpm、2分)した。塗布した基板を25℃、80RH%の環境で10時間放置した後、450℃で4時間焼成し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0060】
次いで、上記基板を3−アミノプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた。その後、この基板を37%の濃塩酸に浸し、表面のアミノ基を塩化アンモニウム基へ変換した。
【0061】
<多孔質構造を有する基板材料例9>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0062】
次いで、塩化ルテニウム(RuCl)を80℃の水に飽和溶解して3時間攪拌し、この溶液をろ過した後に上記の樹枝状構造白金基板の上に滴下し、乾燥後に300℃で3時間過熱しした後に、室温まで徐冷し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0063】
次いで、上記基板を80℃に加熱した3−シアノプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた後、1規定の塩酸で処理をしてシアノ基をカルボキシル基へ変換した。
【0064】
<多孔質構造を有する基板材料例10>
多孔質構造を有する基板材料例9において、塩化ルテニウムを塩化タングステンに変えた以外は同様にして基板を作成した。
【0065】
<多孔質構造を有する基板材料例11>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)上に反応性スパッタ法により樹枝状構造をとる白金酸化物層を1000nmの厚さに形成した。このときのPt担持量は0.27mg/cm2であった。反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2))70%、基板温度80℃、投入パワー4.9W/cm2なる条件にて行った。引き続き、この樹枝状構造をとる白金酸化物を2%H2/He雰囲気(1atm)にて120℃、30分間の還元処理を行い、樹枝状構造を有する基板を得た。
【0066】
次いで、塩化ニッケルを80℃の水に飽和溶解して3時間攪拌し、この溶液をろ過した後に上記の樹枝状構造白金基板の上に滴下し、乾燥後に500℃で3時間過熱しした後に、室温まで徐冷し、再度、25℃、80RH%の環境に8時間放置した。
【0067】
次いで、上記基板を80℃に加熱した3−アミノプロピルトリエトキシシランに5時間浸し、エタノールでよくすすいで乾燥させた後、1規定の塩酸で処理をしてアミノ基を塩化アンモニウム基へ変換した。
【0068】
<測定対象物質>
質量分析の測定においては、RASG−1(WATERS MASSPREPTM PEPTIDE STANDARD、分子量:Mw=1000.49)、アンギオテンシン フラグ 1−7(Angiotensin frag.1−7、Mw=898.47)、ブラディキニン(bradykinin、Mw=1059.56)、アンギオテンシン I(Angiotensin I、Mw=1295.68)、アンギオテンシン II(Angiotensin II、Mw=1045.53)、レニン物質(Renin substrate、Mw=1757.93)、エノラーゼ T35(Enolase T35、Mw=1871.96)、エノラーゼ T37(Enolase T37、Mw=2827.28)、メリチン(Melittin、Mw=2845.74)の組成からなる9種類のペプチドが混合しているサンプル(MassPREP Peptides Mixture、Waters社)を用いた。各ペプチドの含有量はおよそ1.0nmolである。このペプチド混合試料に水を加え各ペプチド濃度が約10μmol/Lとなるように調整し、質量分析の測定においては基板上にこのペプチド溶解液を1μL滴下、乾燥させた。従って、測定試料の1スポット当たりに書くペプチドが約10pmol含有された状態である。
【0069】
<実施例1>
上記基板材料例1で作成した基板を、0.6mmだけ切削したMALDI−TOF MS測定用のステンレス製ターゲット基板へ導電性両面テープで接着して固定した。この基板上へ、上述のペプチド混合溶液を1μL滴下し、乾燥させた。
【0070】
次いでこの基板をMALDI−TOF MS装置(商品名:REFLEX−III、ブルカー・ダルトニクス社製)へ装着した。MALDI−TOF MSの測定における照射レーザーは窒素レーザー(波長=337nm)であり、ポジイオンの反射モード(レフレクターモード)とした。照射レーザー強度は親イオンのピークが出始めた強度よりも2%だけ強い強度で測定し、一箇所において20パルスぶんのスペクトルを積算し、それを10箇所に渡り積算し、合計200パルスぶんのレーザー照射から得られる信号強度を合計したスペクトルを得た。
【0071】
また、加速電圧26.5kVに設定し、質量数0から3000までのピークを取り込んだ。
また、測定における低分子量域のカットオフ値は0以上、即ちカットオフ無しで、検出器に飛行してきたカチオン種を全ての領域で取り込んだ。
【0072】
得られたスペクトルの評価は、測定対象分子(各ペプチドのプロトンの付加体として分子量域:890から2900付近に出現するピークを親イオンとした)の強度、及び、分子量域50から700における分解物のピークの強度及び種類の多さにより判定を行った。それぞれのスペクトルにおいて、親イオンならびに夾雑物ピークの相対的な強度を比べ、親イオンの強度のまったく無いものを0、以下、強度が強くなったり、種類が増えるごとに1から5までのランク付けを行った。その評価の結果を表1に示す。
【0073】
(1)親イオンの評価
5:分子量1000以上のピークの強度合計のうち、親イオン強度が80%以上
4:分子量1000以上のピークの強度合計のうち、親イオン強度が50%以上、80%未満
3:分子量1000以上のピークの強度合計のうち、親イオン強度が30%以上、50%未満
2:分子量1000以上のピークの強度合計のうち、親イオン強度が2%以上、30%未満
1:分子量1000以上のピークの強度合計のうち、親イオン強度が2%未満
【0074】
(2)分解物、夾雑物の評価
1:分子量500以下のピークの合計が親ピーク強度の3%以下である。
2:分子量500以下のピークの合計が親ピーク強度の3%以上、20%未満である。
3:分子量500以下のピークの合計が親ピーク強度の20%以上、40%未満である。
4:分子量500以下のピークの合計が親ピーク強度の40%以上、60%未満である。
5:分子量500以下のピークの合計が親ピーク強度の60%以上である。
【0075】
<実施例2から7及び実施例9、実施例10>
実施例1において、基板材料を基板材料例2から7で作成したものに代えた以外は、実施例1と同様に評価を行った。
【0076】
<実施例8、実施例11>
実施例1において、板材料を基板材料例8で作成したものに変え、測定モードをネガイオンとした以外は、同様にして評価した。
【0077】
<比較例1>
実施例1において、基板材料例1の変わりに鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)を用いたい以外は同様に評価を行った。
【0078】
<比較例2>
実施例1において、市販の質量分析用基板(多孔質シリコン、MassPREPTM DIOS−target プレート、日本ウォーターズ社)を20mm×20mmに切断したもの変えた以外は同等にして測定を行った。
【0079】
<比較例3>
鏡面加工したステンレス(SUS430、30mm×30mm×t0.6mm)を、0.6mmだけ切削したMALDI−TOF MS測定用のステンレス製ターゲット基板へ導電性両面テープで接着して固定し、マトリックスとして1,8,9−トリヒドロキシアントラセンのテトラヒドロフラン溶液(5wt%)をマイクロピペットで2μL滴下し、更にペプチド混合物の溶液をマイクロピペッターにより1μL滴下、乾燥させた以外は、実施例1と同様に評価を行った。
【0080】
【表1】

【0081】
以上の実施例、比較例より、本発明の質量スペクトル用基板を使用することにより低い分子量域における測定分子の分解物やマトリックス由来の夾雑物ピークを抑制し、親ピークを高強度で得ることが可能となることが確認される。更に、マトリックスを使用する測定においても、親イオンの増強及び分解物やマトリックス由来のピークの低減が確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の質量分析用基板は、レーザー光照射による脱離、イオン化法の質量分析において、脱離/イオン化による高分子量化合物の検出を高感度に行うと共に、実質的に低分子領域の解析に支障がでないようにフラグメンテーションを極力避けることを可能にするので、質量分析装置に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の質量分析用基板の一実施態様を示す概略図である。
【図2】本発明の表面に多孔質構造を有する質量分析用基板に試料液を載せた状態を示す概略図である。
【図3】表面に多孔質構造が無い質量分析用基板に試料液を載せた状態を示す概略図である。
【図4】樹形状構造体の多孔質構造を示す概略図である。
【符号の説明】
【0084】
1 多孔質構造
2 金属を含む基板
3 酸化物層
4 官能基
5 試料液
11 多孔質構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー脱離イオン化質量分析に用いる質量分析用基板であって、表面に多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合により結合していることを特徴とする質量分析用基板。
【請求項2】
前記多孔質構造を有する金属を含む基板の表面に酸化物層が形成され、該酸化物層と、少なくともカルボキシル基、スルホン酸基又は塩化アンモニウム基のいずれか1種類の官能基が共有結合していることを特徴とする請求項1に記載の質量分析用基板。
【請求項3】
前記酸化物層が、TiO2、RuO2、NiO2又はWO3からなることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析用基板。
【請求項4】
前記多孔質構造が、基板に孔が設けられ多孔質構造からなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の質量分析用基板。
【請求項5】
前記多孔質構造が、基板の表面に凸部を形成した突起構造からなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の質量分析用基板。
【請求項6】
前記多孔質構造が、白金酸化物または複合酸化物を還元処理してなる白金、あるいは白金を含んだ多元金属からなる樹形状構造からなることを特徴とする請求項5に記載の質量分析用基板。
【請求項7】
前記白金以外の金属元素は、Al,Si,Ti,V,Cr,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ge,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Ir,Au,La,Ce,Ndから選ばれる少なくとも一種類以上の金属からなることを特徴とする請求項5または6に記載の質量分析用基板。
【請求項8】
前記多孔質構造の凸部の基板表面と平行方向の長さが20nm以上200nm以下の範囲であるものの割合が70%以上であることを特徴とする請求項5乃至7のいずれかの項に記載の記載の質量分析用基板。
【請求項9】
前記多孔質構造の厚さが30nm以上1000nm以下であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかの項に記載の質量分析用基板。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の質量分析用基板に試料を載せ、レーザーを照射する工程を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項11】
請求項1乃至9のいずれかに記載の質量分析用基板を装着したことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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