説明

質量分析用多価プローブ

【課題】高質量のタンパク質をはじめとする生体高分子化合物の質量分析のためのイオン化法を提供する。
【解決手段】アミノ酸,ペプチド,たんぱく質,核酸あるいは糖およびその他の物質(生体分子化合物)について、複数の電荷を有する官能基、即ちプローブ、を温和な条件で多数付加することにより生体高分子の1価または2価以上の多価イオンを生成し、質量分析に供する。プローブは、charged−siteとlinkerとanchoring−siteの3部分から構成され、これらは共有結合により連結されている。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は、温和なイオン化を用いた質量分析(MS)によることを特徴とする、アミノ酸,ペプチド,たんぱく質,核酸あるいは糖およびその他の物質(生体分子化合物)を分析する手法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、質量分析による生体分子化合物の分析が広く行われるようになったが、数百キロダルトンを超える生体分子化合物については感度および分解能の低下が著しく現状では測定困難である。
【0003】
これまでの報告例として、エレクトロ・スプレイ・イオン化(ESI)法を用いたたんぱく質の分析で、酸を加え加熱することでプロトネーションを誘起しこれによる多価イオンを観察しているが、この場合たんぱく質は酸と熱により変性している事が多い(非特許文献1)。
【0004】
近年開発されたコールド・スプレイ・イオン化(CSI)法によれば、低温でイオンを生成するため変性は免れるが、プロトネーションは起こりにくく、イオン生成が困難であった(特許文献1,2)。
【0005】
一方、Aebersoldらは重水素化されたビオチンをたんぱく質と結合させることでSaccharomycescerevisiaeの炭素源のたんぱく質変動を解析し、Guoらは水銀と硫黄の親和性を利用し、リゾチームのジスルフィド結合を有機水銀化合物を用いてイオン化することで質量分析を行った例が報告されている。しかしながら、これらのいずれの手法をしても数十万ダルトン以上のたんぱく質をイオン化することは依然として困難であり、新たな解析法の開発が望まれていた(非特許文献2,3)。
【特許文献1】特許第3137953号(平成12年12月8日)
【特許文献2】特許第3616780号(平成16年11月)
【非特許文献1】Science,1989,246,64.
【非特許文献2】Nat.Biotechnol,1999,17,999.
【非特許文献3】J.Am.Soc.Mass.Spectrom.2008.19,1108
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のとおりの背景から、温和な条件で生体分子化合物の1価または2価以上の多価イオン生成し、これらの質量分析を可能とする手法を提供することを目的とする。
【課題を解決する為の手段】
【0007】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、生体分子化合物に電荷を有する官能基(プローブ)を付加することによりイオン化できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は以下のことを特徴としている。
【0009】
第1:次式(1)
【0010】
【化1】

(式(1)中のcharged−siteは種類及び価数を自在に変えることができる金属と配位子からなる錯体を示し、linkerは長さを自在に調整できる炭化水素鎖,含酸素炭化水素鎖,含窒素炭化水素鎖または含硫黄炭化水素鎖を示し、anchoring−siteは生体分子化合物の特定の構造または官能基に選択的に結合する構造を有するものを示し、これらは共有結合により連結されているものを示す。)で表される、電荷を有する官能基(プローブ)を1個以上付加することによりイオン化することを特徴とする、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0011】
第2:上記第1に記載のプローブを生体分子化合物に2個以上付加し、このものと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物多量体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0012】
第3:上記第1に記載のプローブを2種類以上の生体分子化合物にそれぞれ1個以上付加し、これらと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物複合体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0013】
第4:上記第1に記載のプローブを生体分子化合物とともに低分子化合物にも1個以上付加し、これらと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物−低分子化合物複合体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0014】
第5:生体分子化合物が、リジン残基或いはアルギニン残基を含むペプチド或いはたんぱく質である、上記第1ないし第4に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0015】
第6:プローブを構成する金属が遷移金属である、上記第1ないし第5に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0016】
第7:質量分析(MS)法が、エレクトロ・スプレイ・イオン化(ESI)法或いはコールド・スプレイ・イオン化(CSI)法である、上記第1ないし第6に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【0017】
第8:上記第1ないし第7のいずれか1項に少なくとも一つの同位体元素を導入することにより、同位体標識機能を付帯する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【発明を実施する為の最良の形態】
【0018】
本発明は上記のとおりの特徴を有するものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0019】
本発明における前記の式(1)として表わされるプローブは(イ)電荷部位(charged−site),(ロ)連結部(linker),(ハ)生体分子化合物付加部位(anchoring−site)から構成され、共有結合により連結されている。
このプローブは標的となる生体分子化合物の性質に即した構造に調整できる機構を持ち(イ)は種類及び価数を自在に変えることができる金属と配位子からなる錯体であって、金属の対イオンが電荷を相殺することを免れるための、2個目の配位子を与えることが可能である。(ロ)は長さを自在に調整できる特徴を備えている、炭化水素鎖,含酸素炭化水素鎖,含窒素炭化水素鎖または含硫黄炭化水素鎖で構成される。(ハ)は標的とする生体分子化合物の特定の構造または官能基に選択的に結合する構造を有している。上記プローブを生体分子化合物に付加することにより、温和な条件でイオン化し、質量分析に供することができることを見出した。
【0020】
また、上記プローブを生体分子化合物に1個はもとより、複数,好適には出来うる限り多数付加することにより2価以上の多価イオンを生成することを見出した。さらに、上記プローブを複数の生体分子化合物,2種類以上の生体分子化合物の組合せ,または生体分子化合物と低分子化合物の組合せにそれぞれ付加しこれらと結合する金属を介して連結すれば、生体分子化合物多量体,生体分子化合物複合体,または生体分子化合物−低分子化合物複合体のそれぞれのイオンを生成することができ、生体分子化合物の機能解明や低分子化合物との相互作用の解明に有益な結果を提供できることを見出した。
【0021】
上記プローブを(イ)電荷部位(charged−site),(ロ)連結部(linker),(ハ)生体分子化合物付加部位(anchoring−site)の3つに分類し、図1に示す。さらに、図2に示すように、本方法は従来の生体分子化合物のスペクトル解析と異なり標的を直接イオン化するのではなく、大量に導入したプローブをイオン化するため、従来の方法よりも温和な条件で多価イオンに導くことができ、不安定な生体分子化合物(例えば、たんぱく質)の測定や生体分子化合物−低分子化合物(例えば、たんぱく質−薬物)相互作用の解析に応用できる。また、図3に示すように上記プローブに少なくとも一つの同位体元素を導入することにより、同位体標識機能を持たせることができる。
【0022】
より具体的には、上記プローブは図4に例示するごとく、(イ)電荷部位(charged−site)としてオキサゾリン環を2個備えたピリジン誘導体(ピボックス)である配位子に、金属としてランタン系元素を配位させ,(ロ)連結部(linker)として鎖長を立体障害の及ばぬ値(例えばn=3またはn=4)に調整し,(ハ)生体分子化合物付加部位(anchoring−site)としてN−ヒドロキシスクシイミドカルボニルを持つ構造である。本プローブをたんぱく質におけるアミノ基に温和な反応条件で付加させ、次に最適金属を選択、配位結合により導入した後、2個目の配位子によりこのイオンを保護する。
【0023】
図5のように、上記プローブは生体分子化合物−低分子化合物の相互作用の、質量分析による解析を可能とする。これは本プローブを生体分子化合物と低分子化合物の両方に付加させ、これらを金属を介して結合させることによって実現できる。また、本方法により生体分子化合物同士や通常相互作用を示さない化合物同士の相互作用も観測可能となる。上記プローブは様々な生体分子化合物の高次構造解析を可能とする。例えば、本プローブをたんぱく質表面に大量に反応させた後、たんぱく質をある程度の大きさを持つペプチドに分解する。これにより、プローブが付加したペプチドは高次構造の外側,付加していないペプチドは内側と判断できるので、本法はたんぱく質の高次構造情報を提供する。
【0024】
さらに、上記プローブは様々な生体分子化合物の高次構造解析を可能とする。例えば、図5のように、本プローブをたんぱく質表面に大量に反応させた後、たんぱく質をある程度の大きさを持つペプチドに分解する。これにより、プローブが付加したペプチドは高次構造の外側,付加していないペプチドは内側と判断できるので、本法はたんぱく質の高次構造情報を提供する。
【0025】
本発明における金属としては、遷移金属などを用いる。より好ましくはランタニドなどを挙げる事ができる。
本発明における配位子としては、ピボックスなどを用いる。より好ましくはアルキル基を備えたピボックスなどを挙げる事ができる。
本発明における対イオンとしては、PF6,BF4,アセチルアセトネートなどを用いる。より好ましくはPF6などを挙げる事ができる。
本発明における連結部としては、直鎖状ないしは分岐を持つアルキル鎖,エチレン鎖およびこれに酸素,窒素,硫黄等ヘテロ原子が含まれるものなどを用いる。より好ましくはポリアルキル基などを挙げる事ができる。
【0026】
本発明方法に用いることができる質量分析法としてはイオン化法に、ESI,CSI,MALDI,およびFABなどを用いる。より好ましくはESIやCSIなどを挙げる事ができる。
【0027】
質量分析計としては電場・磁場を用いるセクター型,四重極型,飛行時間型およびフーリエ変換イオンサイクロトロン型などと用いる.
【実施例】
【0028】
以下に本発明の実施例を説明する。もっとも、本発明はこれらに限定されるものではない。測定条件は以下の通りである。
金属としてランタン,配位子としてアルキルピボックス,リンカーとしてアルキル鎖(n=4)のプローブを用い,リジン付加体を図6に,アルギニン付加体を図7に,またペンタペプチド(TTKTT),但し,Tはグリシン,Kはリジン,との付加体の質量分析スペクトルを図8に示す.いずれも各アミノ酸およびペプチドに1個のプローブが付加した2価イオンを明瞭に観測することができる.さらに,ペンタペプチド(TKTKT)に同プローブが二分子付加した場合のスペクトルを図9に示す.最大4価までの分子イオンピークが明瞭に観測され,本法の実用性が示された.
【本発明の効果】
【0029】
当該分析に例えばESI法或いはCSI法を用いると弱い相互作用の分析が可能になり,創薬リード化合物のスクリーニングに適用可能となる.
【0030】
本発明方法によって得られる質量スペクトルにおいては多価イオンに相当する分子量が明瞭に認められるので解析が容易であり従来法では難しかった生体分子化合物の分析に極めて有利である.
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明による多価プローブ本体の構造を模式的に説明する。1)charged site,2)linker,3)anchoringより構成される。
【図2】タンパク質に本発明による多価プローブを付加し、電荷を複数付与する状況を模式的に説明する。
【図3】本発明による多価プローブのアミノ酸からの電荷付与部の合成、および全体の構築、さらにタンパク質(大円型図形で指示)との結合事例について説明している。
【図4】タンパク質とこれに作用する小分子との、本発明による多価プローブの結合について模式的に説明している。
【図5】畳み込まれたタンパク質分子に本発明による多価プローブを結合させる際、温和な条件では、タンパク質は変成しないため、外側にのみ結合される。これを後に化学的に解体して畳み込みの構造を解析するする手順を説明している。
【図6】リジンに多価プローブを結合した化合物の質量分析スペクトルを示す。2価イオンとして当該分子が観測される。
【図7】アルギニンに多価プローブを結合した化合物の質量分析スペクトルを示す。2価イオンとして当該分子が観測される。
【図8】ペンタペプチド(TTKTT)多価プローブが結合した質量分析スペクトルを示す。当該ペプチドに本プローブが1個結合した2価の分子イオンピークが明瞭に観測される。
【図9】ペンタペプチド(TKTKT)多価プローブが結合した質量分析スペクトルを示す。当該ペプチドに本プローブが2個結合した2価の分子イオンピーク等が明瞭に観測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸,ペプチド,たんぱく質,核酸あるいは糖およびその他の物質(生体分子化合物)についての、次式(1)

(式(1)中のcharged−siteは種類及び価数を自在に変えることができる金属と配位子からなる錯体を示し、linkerは長さを自在に調整できる炭化水素鎖,含酸素炭化水素鎖,含窒素炭化水素鎖または含硫黄炭化水素鎖を示し、anchoring−siteは生体分子化合物の特定の構造または官能基に選択的に結合する構造を有するものを示し、これらは共有結合により連結されていることを示す。)で表される、電荷を有する官能基(プローブ)を1個以上付加することによりイオン化することを特徴とする、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項2】
請求項1に記載のプローブを生体分子化合物に2個以上付加し、このものと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物多量体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項3】
請求項1に記載のプローブを2種類以上の生体分子化合物にそれぞれ1個以上付加し、これらと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物複合体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項4】
請求項1に記載のプローブを生体分子化合物とともに低分子化合物にも1個以上付加し、これらと結合する金属を介して連結することで生じる、生体分子化合物−低分子化合物複合体についての、質量分析(MS)に供する目的に使用する、1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項5】
生体分子化合物が、リジン残基或いはアルギニン残基を含むペプチド或いはたんぱく質である、請求項1ないし4に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項6】
プローブを構成する金属が遷移金属である、請求項1ないし5に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項7】
質量分析(MS)法が、エレクトロ・スプレイ・イオン化(ESI)法或いはコールド・スプレイ・イオン化(CSI)法である、請求項1ないし6に記載の1価または2価以上の多価イオン生成法。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項に少なくとも一つの同位体元素を導入することにより、同位体標識機能を付帯する、1価または2価以上の多価イオン生成法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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