説明

質量分析装置における検出構成

【課題】イオンビームの空間的分布による影響が最小限になるように、質量分析装置のダイナミックレンジを著しく高める。
【解決手段】質量分析装置の検出器のダイナミックレンジを拡大する手法において、高い強度のビームの場合、イオンビームを検出するための手段が、コレクタスリット1の後に、小さい穴のグリッドまたはアレイであってよい減衰器4に設けられ、数分の1のイオンビームのみがこの中を通ってイオン検出器6に到達する。穴のアレイを使用することにより、記録される信号が、ビーム内のイオンの分布に影響を受けないことを確実にする。ビームは、信号が低い強度である場合、検出器にまっすぐに進む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置における検出構成に関し、より詳細には、広範なダイナミックレンジにわたって十分に作動することが要求される質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置における電子増倍検出器の使用に関する主要な制限の1つは、イオン計数モード(パルス計数とも呼ばれる)で作動する際そのダイナミックレンジが制限されること、およびアナログ検出モードで作動する際その安定性が失われノイズが生じることである。
【0003】
イオン計数方式で作動する際、記録された増倍信号が弁別器を通過し、その結果、特定の事前設定値を超える高さのパルスのみが記録される。これにより電子回路が、検出システムそれ自体の中で生成されるほとんどのノイズを拒絶することが可能になり、極めて低い信号(典型的には、0.1cps未満)を記録することはできるが、記録され得る全てのイオンビーム強度に対して制限を与える。それぞれ記録されたパルスは、有限幅(典型的には、2から10ナノセカンド)を有するため、この時間内に2つの事象が起こった場合、それらは個々のカウントとして記録されない。この問題に対する数学的な修正は存在するが、それは、イオン計数モードでの作動を使用して、記録され得る最大イオンビーム強度を1から10x10cpsまでに有効に制限する。
【0004】
アナログ検出モードで作動する際、電子増倍管からの全ての増幅信号が記録される。デバイスのゲインが一定、すなわち均一であると推測すると、これにより、記録された信号は、入射イオンビーム強度と同等とみなすことが可能である(ゲイン定数により)。残念ながらこの仮定は、不適切である。増幅過程の各ステージでのゲインは小さいため(典型的には、10未満)、ポアソン統計によりこの値には大きな広がりがあり、その結果、このモードでの作動は、イオン計数と比べて精度が劣る。この作動モードは、2つのさらなる欠点を伴う。イオン計数モードで作動する増倍管システムと比較すると、速度が遅くなりがちであり(次の電子機器の時間応答に起因して)、有意なベースラインノイズが生じる。しかしながら、イオン計数モードのものと比較してより低い全体のゲインで増倍管を作動させることによって、より大きな入射イオンビーム信号を記録することができる。この作動モードにより、約10cpsまでのイオンビームを監視することが可能になる。
【0005】
これより大きなビームに関して、ファラデーバケット(Faraday bucket)タイプの検出器を使用して信号を記録することが可能であり、収集されたイオンビーム電流は、大きな抵抗を介して(通常は、高インピーダンス作動増幅器の両端の)、または小型キャパシタ上にまとめられるかのいずれかで電圧に変換される。この手法は、検出システムの固有のノイズを克服するのに十分な積分時間(およそ1秒)が許容されるという条件で、およそ10cpsを超えるイオンビーム強度に対して使用することができる。しかしながら、高速走査質量分析装置の場合、各事象は、1ミリセカンド未満の時間スケールで記録される必要があり、このような検出器は、10cpsを超えるビームに関してノイズレベルに対して作用できる信号のみを生成する。
【0006】
従来の高速走査質量分析装置では、1つの試料中で、かなり小さなもの(1cps未満)からかなり大きな(10cpsを超える)イオンビーム信号に直面するのが普通である。したがって、この範囲の入射イオンビーム強度に適応することができる検出器システムを有することが望ましい。いくつかの手法が、先に記載されている。
【0007】
この問題に対する1つの手法は、デュアルモード検出器を使用することであった。この手法は、US−A−5463219に記載され、この手法を使用するシステムは、商業的に入手可能である。検出器は、一連の増倍管までの約半分の距離に「ゲート」を組み込み、このゲートは、後に続くダイノードに対してわずかにマイナスに付勢される際、電子がイオン計数ステージに進むのを阻止する。この時点でのコレクタは、アナログ検出電子機器用の入力として使用される。したがって、およそ10cps未満の入力信号の場合、ゲートが開放されイオン計数モードが採用され、このビーム強度を超えるとき、ゲートは閉鎖されアナログ検出が採用される。理解されるように、この手法は、アナログモードがイオン計数モードより低い乗算ゲインで作動されることを必然的に保証し(ゲートが、一連の増倍管まで約半分の距離であるため)、空間電荷に起因する問題なしに、観察される強力な電子ビームからより大きな電子ビームを記録することを可能にする。しかしながら、これらのデバイスは、実際には安定性がないことが証明されており、定期的な再校正を必要とする。また、極めて強力なイオンビームが増倍管の第1のダイノードに入射するため、その寿命は、それほど酷使されないデバイスと比較するとかなり短くなる。
【0008】
代替の手法は、イオン検出器に衝突する前のイオンビーム強度を制限することである。これは、第1のダイノードの劣化によってその寿命を縮めることなく、検出器の高速イオン計数モードでの作動を維持するという利点を有する。EP−A−1215711は、このタイプのシステムを記載しており、これにより飛行時間型質量分析装置の入り口スリットに対するイオンビームの入射をこのスリットの前で焦点をずらすことができ、したがって、質量分析装置へと進むイオンの数を減少させることができる。
【0009】
別の代替の手法が、US−A−5426299に記載される。そこに開示される分光計では、全てのイオンが、質量分析装置内を通過する。検出器は、そのスロート部の前方に単一の開口を備え、一定の比率のイオンビームが簡素な静電偏向板を使用してこの開口を通って偏向される。小さな入射イオンビーム強度で、全てのビームが開口を通って偏向され、より大きな強度の入射信号の場合、少量のビームのみが伝達される。
【0010】
これらの手法は共に、ビーム自体の中の実際のイオンの分布に極めて影響されやすい傾向がある。イオンビーム形状の中のこの空間的分布は変化するため、減衰要素(スリットまたは穴)によって検出器に伝達される比率も変化する。これは特に、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICPMS)の分野で厳密であり、対象イオンは、全イオンビームのうちのわずかな比率のみである。ここでイオン源は、高い強度のアルゴンプラズマを有し、試料分子が、これに対して散布される。エネルギーがアルゴンイオンから試料に伝達され、その結果、分子が原子化およびイオン化され、簡素な原子質量分析を生じさせ、試料の元素および同位体組成の判定を可能にする。このように大きなイオンビーム強度(全体でおよそ10マイクロアンペア)が存在することにより、ビーム形状内に空間電荷の歪みが生じることになる。さらに、全体のイオンビームが大きいことにより、イオンレンズおよびスリットに「イオン焼け」が生じ、これは帯電によりイオンビーム形状をさらに歪ませる恐れがある。強力なビームの集束状況が変化する場合(EP−A−1215711に記載されるように)、またはプラズマの試料搭載が変化する際、歪みの度合いは時間内で変化し得る。これは例えば、質量分析装置応答を校正するのに標準規格が使用される場合、および標準的なマトリクス組成が、未知の試料のものと正確に一致しない場合(かなり例外的なシナリオ)に起こる可能性がある。このような問題は、解決策によって対処されるだけでなく、マイクロスケールで大きな組成の変化が観察されることが多いレーザサンプリングの場合特に厳しくなる。
【0011】
このような空間電荷の問題はまた、試料がキャリア内に閉じ込められる質量分析装置に関する他のイオン源にも生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】EP−A−1215711
【特許文献2】US−A−5426299
【発明の概要】
【発明の効果】
【0013】
我々は次に、イオンビームの空間的分布による影響が最小限になるように、質量分析装置のダイナミックレンジを著しく高めることができることに気付いた。
【0014】
概ね本発明によって、イオンのビームがイオン増倍管に向かって一定の方向にそこから出現するイオンビーム画定スリットから、一定の距離に配置されたイオン増倍検出手段を含む検出システムを備える質量分析装置であって、スリットと検出器の間に、作動されるとスリットから検出器へのビームの経路を代替のこのような経路に偏向することができる偏向手段が配置され、2つの経路の一方に減衰器が配置される質量分析装置が提供される。
【0015】
このような分光計を使用する際、イオン増倍管を含む検出システムは、質量分析装置の最終画定スリットを通って進む全イオンビームを記録する、または減衰器から出現するわずかな比率のビームを記録することができる。減衰器は好ましくは、好適なプレート内の微細なグリッドの穴で構成される。検出システムは、一組の検出器を備えてよく、一方は、質量分析装置の最終画定スリットを通過する全イオンビームを記録するように設定され、第2の検出器は、わずかな比率のビームを記録する。第1の検出ダイノードが十分大きい場合、単一の検出器を使用して両方のビームを記録してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ICPMSの関連部分の極めて簡素化された形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明はさらに、本発明および添付の図面に図式的に示される関連部分によって構築されるICPMSの以下の記載によって説明される。
【0018】
図面を参照すると、これは、ICPMSの関連部分の極めて簡素化された形態を示している。イオンのビームを生成するための主要な構成要素は示されていないが、図面の右側にあると考えることができる。分析を受けるべきイオンビームは、ビームのサイズを画定する従来式のスリットを介して出現する。これは、図面中に1で表される。慣習的に、ICPMS調査においてキャリアイオンビーム強度は測定されないのが普通であるため、主なキャリアイオンビームは、主要な質量分析装置エンベロープ内で拒絶され、スリット1を通過しない。
【0019】
スリット1から出現するビーム内のイオンは、イオンが衝突するダイノード6を有する標準的イオン増倍検出器5に向かって、図面に示されるように右から左に移動する。
【0020】
本発明によると、ICPMSは、スリット1と検出器5の間に、示される実施形態において2つの偏向器2、3で構成されるビーム偏向構成を含む。これらは、いずれの好適なタイプであってよい。これらの偏向器が作動される際、ビームは、スリット1とダイノード6の間で、8で表される直線の経路ではなく7で表される経路をたどる。
【0021】
偏向器3とイオン増倍管の間に減衰器4が配置され、これは、入射ビームの数分の1のみがダイノード6まで通過することを可能にする。
【0022】
ICPMSは、イオンビームの強度を検出し、事前設定の基準に従ってビーム偏向器2、3を作動させたり、非作動のままにしたりする適切な構成要素を含む。典型的な作動において、これは、10cps以下のイオンビームの場合、ビームが、経路8に沿ってイオン増倍管5のダイノード6までまっすぐに進み、これ以上の強度のイオンビームの場合、ビームが、2つの偏向器2、3によって経路7をたどるように偏向されるように配置されてよい。
【0023】
減衰器4は好ましくは、イオンビーム形状全体から確実に試料が抽出されるように、イオンビームの予測される領域にわたって分布される多数の穴をその中に有する開口プレートで構成される。好ましい実施形態において、0.057mmで離間されたおよそ2.5ミクロンの円形の穴のアレイが、25ミクロン程度の厚みの固い電鋳ニッケルプレート内で6mm四方の領域にわたって使用される。各列は好ましくは、その隣のものから約71.5°ずらされ、これにより、磁石が走査され、イオンビームがこのグリッドに渡って掃引される際、ピクセレーションに似た作用が最小限になる。このような減衰器の観察される透過は、およそ1/800である。
【0024】
所望であれば、他のタイプの減衰器構造を使用することもでき、減衰の度合いは、特定の条件に適合するように選択されてよい。
【0025】
使用されるイオン増倍管は、商業的に入手可能なものから選択されてよい。好ましいタイプは、オーストラリア、NSW、エミントン、ETP PTY社より入手可能な電子増倍管AF144タイプがよい例である。これは、幅7mm高さ12mmの利用可能なダイノード領域を有する。イオン計数モードで使用すると、それは、9オーダの大きさの検出範囲(偏向せずに2x10cpsまで、また偏向および減衰する場合10cpsまで)にわたって十分に作動することができる。
【0026】
このような減衰器および検出器を使用する好ましい構成において、コレクタスリット1から減衰器4までの距離は、およそ100mmである。これは、ビームが集束スリットを通過した後のその自然な分岐により、減衰器でのイオンビームの幅が、およそ2mm四方であることを保証する。イオンビーム全体が試料抽出されるため、この形状内のイオンの空間的分布の変化は、グリッドアレイによって正確に伝達される。穴またはスリットアパーチャの数が少ない場合、観察される伝達は、ビームの空間的分布に決定的に依存するであろう。しかしながら、好ましい実施形態において、減衰器内の小さい穴のアレイにより、ビームは、およそ1300の場所で試料抽出される。
【0027】
添付の図面に図式的に示されるシステムの実際の実現において、光子が全く増倍ダイノードに入射しないようにイオンビームは共に図面の平面の外にも偏向され(図示せず)、これは記録される信号に対してベースラインノイズを生じさせるであろう。これは、従来技術でよく知られている。
【0028】
図面に示される単一の検出器の代わりに、2つの検出器を使用してもよく、より小さい第1のダイノード領域と共にデバイスを利用することが可能になる。また、減衰器は、スリット1からの直線経路上に配置されてよく、ビーム強度が高いというよりむしろ低いときに検出器が作動する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンのビームがイオン増倍管に向かって一定の方向でそこから出現するイオンビーム画定スリットから一定の距離に配置されたイオン増倍検出手段を含む検出システムを備える質量分析装置であって、前記スリットと前記検出器の間に、作動されると前記スリットから検出器への前記ビームの経路を代替のこのような経路に偏向することができる偏向手段が配置され、前記2つの経路の一方に減衰器が配置される質量分析装置。
【請求項2】
前記減衰器が、プレート内の小さな穴のアレイで構成される、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記アレイが、20から50mmの全体の領域、および1:100より低い伝達率を有する、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記伝達率が1:1000である、請求項3に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記プレートが、固いニッケル製であり、20−50ミクロンの厚みを有する、請求項3または4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記イオン増倍検出手段が、それぞれが、前記2つの経路のうちの一方に配置される
2つの別個のイオン検出器を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の質量分析装置。

【図1】
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【公開番号】特開2010−182672(P2010−182672A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−13037(P2010−13037)
【出願日】平成22年1月25日(2010.1.25)
【出願人】(510022990)ヌー インストゥルメンツ リミテッド (1)
【Fターム(参考)】