質量分析装置の質量較正方法

【課題】正確な質量較正を簡便に行うことができ、且つ、適応範囲も広い質量較正法および該方法に使用する標準物質を提供する。
【解決手段】質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンを組み合わせて用いる。2種類以上のポルフィリンのうち、1種又は2種類以上のポルフィリンが錯塩である。2種類以上のポルフィリンを用意する工程と、前記2種類以上のポルフィリンを質量分析し、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれのイオンピークの質量の実測値を得る工程と、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれの、質量分析におけるイオンピークの質量の理論値を算出する工程と、前記実測値と前記理論値とを比較することによって質量較正曲線を作成する工程とを含む、質量分析装置の質量較正方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置で、精密質量測定を行う際に用いる質量分析用標準物質および該標準物質を使用する質量分析装置の質量較正方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法として、高速原子衝撃イオン化法(Fast Atom Bombardment Ionization:以下、FAB)、電子イオン化法(Electron Ionization:以下、EI)およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization:以下、MALDI)が知られており、それぞれ対応する質量分析装置が用いられる。
【0003】
質量分析を行なう際、低分解能質量測定では、整数質量電荷比(m/z)を決定することができるが、一般に未知物質の組成を決定することができない。例えば、m/z=14の場合、NまたはCH2の可能性があるが、整数質量電荷比だけではどちらかを決定できない。しかし、小数第4桁まで質量数を表わすと、Nは14.0031であるのに対し、CH2は14.0156と、明らかに判別できる。そこで、組成決定を行うために、精密質量測定が用いられてきた。
【0004】
図1は、精密質量測定法の概念図である。ここで、精密質量測定では、まず、精密質量測定を行う試料と内部標準物質を混合して質量分析を行なう。内部標準物質としては、試料イオンピークの両側に近接してピークが出現するようなものが選ばれる。図1におけるStandard A及びStandard Bがそれに相当する。そして、質量数が既知であるこれらの内部標準物質の2つのピークに基づいて、その間に存在する試料ピークM+の質量数を内挿法により校正し、試料イオンの精密質量を小数第4桁まで求める。
【0005】
図1に示すように、測定試料の精密質量の実測値M+(obs)と理論値M+(calc)との間の差の値をとって、理論値で除し、結果(error)の絶対値が10ppm以内であれば、一般に、試料イオンの組成は理論値に一致すると見なすことができると言われている。
【0006】
FABにおいて、標準物質としてポリエチレングリコール(PEG)、ペルフルオロアルキルホスファジン(ウルトラマーク)、ヨウ化セシウム(CsI)などが用いられている。
また、エレクトロスプレーイオン化法において、標準物資として、クラウンエーテル類にアルカリ金属塩を付加した錯化合物(特許文献1)、テトラアルキルピペリジン基を分子内に2個以上有する化合物(特許文献2)、単糖・オリゴ糖(特許文献3)、MALDIおいて、同一分子量の1種又は複数種の単糖を構成糖とし且つ構成糖の数が互いに異なる複数種の糖鎖の組み合わせ(特許文献4)、内部標準物質に異なる質量を持たせるためのタグ(特許文献5)、5,10,15,20−テトラキス(4−ヒドロキシフェニル)ポリフィリンにO−保護シクロデキストリンが結合した化合物(特許文献6)が知られている。
また、FABにおいて、異なる分子量のPEGの組み合わせ、PEG+NBA(m-ニトロベンジルアルコール)などの組み合わせの最適化が試みられている(非特許文献1)
【0007】
【特許文献1】特開2000-310617
【特許文献2】特開2003-014696
【特許文献3】特開2004-205431
【特許文献4】特開2005-292093
【特許文献5】特開2006-300752
【特許文献6】特開2006-300752
【非特許文献1】分析化学,Vol.53,No6,624-627(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
標準物質としてFABで用いられているPEG(図2)およびウルトラマークでは、質量数600から1000付近の範囲ではピーク強度が非常に低いことから、ピーク形状のノイズが大きく精密な質量測定が困難である(図16)。
【0009】
標準物質としてFABで用いられているCsIは測定可能範囲が6000程度であるが、水溶性無機塩であるため、水溶性に乏しい有機化合物を測定する際は、厳密な意味での内部標準物質として用いることができない。
【0010】
また、標準物質としてEIで用いられているペルフルオロケロセン(PFK)は溶媒に溶けにくいためFABに適用することは困難であり、さらに質量数500以降はピーク強度が低いことから、同領域で用いることができない(図15)。
【0011】
さらにPEG、ウルトラマーク、PFK、CsIなどの標準物質はポリマーであるため、測定範囲外の成分もイオン化される。そのため、イオン源が汚染されるという問題がある。
【0012】
また、MALDIで用いられている標準物質は主にペプチドであるが、ペプチドは生体分子であるため扱いにくく、冷凍保存が必須であり、長期間使用することは難しい。すなわち、質量数600から1000付近において十分に使用可能な標準物質はこれまでに存在しなかった。
【0013】
一方、FABの正イオンスペクトルにおいて、PEG200およびPEG400は、試料ターゲットにそのまま塗布して測定が可能であるが、PEG600、1000、1540は粘性が増すためそのままターゲットに乗せて測定すると満足なスペクトルを得ることができない。したがってマトリックスとしてNBAを混合して測定を行う。しかしながら分子量が大きくなるとm/z=45、89のフラグメントイオンが多くなり分子イオンピークの強度が低下していく。また、FAB負イオンスペクトルはPEG200およびPEG400はピークがあらわれるが、PEG600およびPEG1000はNBAを混合しても満足できるスペクトル強度は得られない。
【0014】
また、ウルトラマークの測定可能質量範囲は1100から2000であり、揮発性が高いことから3回ほど測定するとピークが消失するので、長時間測定が不可能である。
本発明は、上述した諸点に鑑みてなされたものであり、ピーク強度の低い質量範囲に対して適用可能な精密質量測定用の内部標準物質を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前述の課題を解決するために、第1の本発明は、質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンを組み合わせて用いることを特徴とする質量分析装置の質量較正方法である。
【0016】
第2の本発明は、前記ポルフィリンが1種又は2種類以上のポルフィリンの錯塩である質量分析装置の質量較正方法である。
【0017】
第3の本発明は、2種類以上のポルフィリンを用意する工程と、
前記2種類以上のポルフィリンを質量分析し、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれのイオンピークの質量の実測値を得る工程と、
前記2種類以上のポルフィリンそれぞれの、質量分析におけるイオンピークの質量の理論値を算出する工程と、
前記実測値と前記理論値とを比較することによって質量較正曲線を作成する工程とを含む、質量分析装置の質量較正方法である。
【0018】
第4の本発明は、2種類以上のポルフィリンを組み合わせて質量校正に用いた場合に、
前記2種類以上のポルフィリンを質量分析し、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれのイオンピークの質量の実測値を得る工程と、
前記2種類以上のポルフィリンそれぞれの、質量分析におけるイオンピークの質量の理論値を算出する工程と、
前記実測値と前記理論値とを比較することによって質量較正曲線を作成する工程とを実行するプログラムを有する質量分析装置を提供することである。
【0019】
第5の本発明は、質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンを組み合わせたことを特徴とする質量分析装置用の質量分析用標準物質キットである。
【0020】
第6の本発明は、前記ポルフィリンが1種又は2種類以上のポルフィリンの錯化合物である質量分析装置用の質量分析用標準物質キットである。
【0021】
以下、本発明の実施の形態を詳説する。
本発明で、ポルフィリンとは、式[1]に示すポルフィン核に直鎖アルキル基、分岐アルキル基、ポリグリセロール、アルキル脂肪酸、アリール基、ピレニル基などの置換基を有する化合物を意味し、さらにポルフィリンに鉄、銅、マグネシウム、ニッケルの導入された錯塩(以下、金属錯体と称す)も含むものである。
【0022】
【化1】

【0023】
本発明で用いるポルフィリンは、特に限定はされないが、ポルフィン核の5,10,15,20の位置に置換基が導入されたもの(タイプA)、2,3,7,8,12,13,17,18の位置に置換基が導入されたもの(タイプB)およびそれらの金属錯体が好ましい。
【0024】
タイプAのポルフィリン誘導体(式[2])
【化2】

【0025】
「式中、R1、R2、R3、R4は、同一または異なって、置換されていてもよいアリール基を示す。」
で表わされるポルフィリン誘導体。
式[2]のポルフィリン誘導体のアリール基としては、フェニル基、ナフチル基が挙げられ、フェニル基が好ましい。
またアリールの置換基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、tert-ブチルなどの低級アルキル基;ビニル、アリルなどの低級アルケニル基;メチルオキシ、エチルオキシ、プロピルオキシ、イソプロピルオキシなどの低級アルキルオキシ基などが挙げられ、それらの置換基は、さらに、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子;ヒドロキシル基;カルボキシル基:スルホニル基などの基で置換されていてもよい。
【0026】
タイプAのポルフィリン誘導体として、具体的な化合物として、例えば、以下のものが挙げられる。
・5,10,15,20‐テトラキス(フェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C44H30N4,精密質量 614.24705ポルフィリン誘導体1(図4のTPP)]
・5,10,15,20‐テトラキス(2,6‐ジメチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C52H46N4,精密質量 726.3722 ポルフィリン誘導体2(図4の26-Me)]
・5,10,15,20‐テトラキス(2,4,6‐トリメチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C56H54N4,精密質量 782.4348 ポルフィリン誘導体3(図4の246-Me)]
・5,10,15,20‐テトラキス(2,4,6‐トリエチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C68H78N4,精密質量 950.6226 ポルフィリン誘導体4(図4の246-Et)]
・5,10,15,20‐テトラキス(2,3,4,5,6‐ペンタメチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C64H70N4,精密質量 894.5600ポルフィリン誘導体5(図4の23456-Me)]
・5,10,15,20‐テトラキス(3,5‐ジ‐tert‐ブチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C76H94N4,精密質量 1062.7478ポルフィリン誘導体6(図4の35-tBu)]
・5,10,15,20‐テトラキス(3,5‐ジメトキシフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン
[C52H46N4O8,精密質量 854.3316ポルフィリン誘導体7(図4の35-OMe)]
・5,10,15,20‐テトラキス[4‐(トリフルオロメチル)フェニル]‐21H,23H‐ポルフィリン
[C48H26F12N4O8,精密質量 886.1966ポルフィリン誘導体8(図4の4-CF3)]
【0027】
タイプBのポルフィリン誘導体(式[3])
【化3】


「式中、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、R12は、同一または異なって、置換されていてもよいアルキルまたはアルケニル基を示す。」
で表わされるポルフィリン誘導体。
式[3]のポルフィリン誘導体のアルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、tert-ブチルなどの低級アルキル基;アルケニル基としては、ビニル、アリルなどの低級アルケニル基が挙げられ、それらの置換基は、さらに、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子;ヒドロキシル基;カルボキシル基:スルホニル基などの基で置換されていてもよい。
【0028】
タイプBのポルフィリン誘導体として、具体的な化合物として、例えば、以下のものが挙げられる。
・オクタエチルポルフィリン
[C36H46N4精密質量 534.37225 ポルフィリン誘導体9(図4のOct-Et)]
・ウロポルフィリン[ポルフィリン誘導体10]
・コプロポルフィリン[ポルフィリン誘導体11]
・ヘマトポルフィリン[ポルフィリン誘導体12]
・プロトポルフィリン[ポルフィリン誘導体13]
【0029】
本発明に使用するポリフィリン誘導体は、例えば、試薬会社から購入することが可能(ポルフィリン誘導体1、8、9など)であるが、公知文献に開示された方法によって合成することもできる。
【0030】
上記したポルフィリン誘導体で、カルボキシル基を有する弱酸性化合物は、ポジティブモード測定において好ましく、スルホニル基を有する強酸性化合物はネガティブモード測定において好ましい。
【0031】
ポルフィリンを合成するには、ピロールとアルデヒドを酸性条件で縮合させるのが一般的である。用いるアルデヒドを変化させることで、ピロール間の炭素上(メソ位)へ、またピロールの誘導体を使うことでピロール環のβ位へ様々な置換基を導入することができる。たとえば、Lindseyらにより開示された合成方法が一般的に用いられている(J. Org.Chem. 1989, 54, 828-836)。
【0032】
上記のタイプAおよびタイプBのポルフィリン誘導体の金属錯体を形成する金属イオンとして、亜鉛イオン(Zn2+、質量63.92915)、マグネシウムイオン(Mg2+、質量23.98505)、パラジウムイオン(Pd2+、質量105.90348)、鉄イオン(Fe2+、質量55.93494)、銅イオン(Cu2+、質量62.92960)、ニッケルイオン(Ni、質量57.93535)が挙げられる。
これら金属イオンと、ポルフィリンとを組み合わせて使用すれば、質量数の異なる多彩な錯塩を提供することができるが、具体的には、例えば、以下のポルフィリン誘導体の金属錯体が挙げられる。
・5,10,15,20‐テトラキス(2,4,6‐トリメチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン亜鉛
[C56H52N4Zn精密質量 844.3483 (図4のZn 246-Me)]
・5,10,15,20‐テトラキス(2,4,6‐トリメチルフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン銅
[C56H52N4Cu精密質量 845.3644 (図4のCu 246-Me)]
・5,10,15,20‐テトラキス(3,5‐ジメトキシフェニル)‐21H,23H‐ポルフィリン亜鉛
[C52H44N4O8Zn精密質量 916.2451(図4のZn 35-OMe)]
・オクタエチルポルフィリンニッケル
[C36H44N4Ni精密質量 590.29195(図4のNi Oct-Et)]
【0033】
ポルフィリン錯体を合成する方法としては、ポルフィリンを適当な金属塩と共に混合し、室温下1〜3時間攪拌することで容易に得ることが可能である。例えば、ポルフィリン誘導体7(0.05mmol)のクロロホルム溶液(60 mL)に酢酸亜鉛メタノール飽和溶液(12 mL)を加え室温で2時間攪拌後、反応液を水で洗浄し無水硫酸ナトリウムで乾燥させたのち、溶液をエバポレーターで除去後、再結晶することでポルフィリン誘導体7の亜鉛錯体を95%収率で得ることができる(参考文献:J. Phys. Chem. C 2007,111,3528-3537など)。
【0034】
本発明のキットは、質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンが組み合わされている。
キットに使用されるポリフィリンは、質量が600から1100であるものが好ましく、さらに上記したタイプAおよびタイプBのポルフィリン誘導体並びにそれらの金属錯体の中から選ばれること好ましい。また、キットには、ポリフィリンの溶媒、マトリックス物質、最適な質量分析結果を得るためのサンプル調製方法などを記載した使用説明書などを含めることができる。
【0035】
ポルフィリンは有機溶媒およびまたはマトリックスで希釈して用いることが好ましい。ポルフィリンの濃度としては、限定はされないが、FABおよびEIにおいては、0.001〜10mg/mLの濃度範囲が好ましい。MALDIにおいては、1pg〜10mg/mLの濃度範囲が好ましい。
【0036】
ポルフィリンは有機溶媒に対して高い溶解性を示すので広範囲の溶媒を使用可能であるが、限定はされないが、溶媒としてはクロロホルム、ジクロロメタン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、ヘキサンなどの溶媒を1種類または2種類以上混合して用いることが好ましく、マトリックスとしては、FABにおいては、NBA、ニトロフェニルオクチルエーテル(NPOE)、ジチオスレイトール(DTT)、チオグリセロール(TG)、グリセロールなどのマトリックスを1種類または2種類以上混合して用いることが好ましく、MALDIにおいては、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、ジスラノールなどのマトリックスを1種類または1種類以上混合して用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0037】
ポルフィリン類は、FAB、EI、MALDIなどの様々なイオン化法で効率よくイオン化する性質を有し、2種類以上のポルフィリンを組み合わせて、内部標準物質として用いることで、ポジティブモード、ネガティブモードの両モードに対応する質量較正を行うことができる。
【実施例】
【0038】
以下に本発明を、ポルフィリンがイオン化することを確認した実験で説明する。
<実施例1>
ポルフィリンはFABおよびEIにおいては0.1mg/mLのクロロホルム溶液を用い、MALDIにおいては1μg/mLのクロロホルム溶液を用いた。PEGは原液をそのまま用いた。また、マトリックスとしてはFABにおいてはNBAを用い、MALDIにおいてはCHCA溶液(CHCA 50mgをエタノール2.5mL、水2.5mL、およびトリフルオロ酢酸2.5μLから成る混合溶媒に溶解したもの)0.5μLにポルフィリン溶液0.5μL混合して調製して用いた。なお、以下に述べる結果は、日本電子製磁場型質量分析装置JMS−HX110AおよびJMS−SX102Aまたはアプライドバイオシステムズ社製TOF型質量分析装置Voyager−Eliteを用いた。JMS−HX110AおよびJMS−SX102Aを使用する際には装置の分解能を3000以上に設定した上で、電場スキャン法(加速電圧スキャン法)により測定を行った。
【0039】
イオン化を確認したポルフィリンを図5に示す。つぎに2種類のポルフィリンを混合した場合においてもイオン化することを確認した。その結果、図5に示すように、混合した2種類のポルフィリンは、FAB(正イオン)マススペクトル上ですべてイオンピークとして検出された。また、図6に示すようにFAB(負イオン)マススペクトル上でもすべてイオンピークとして検出された。さらに図7に示すようにMALDI(正イオン)マススペクトル上でもすべてイオンピークとして検出された。さらに、図13に示すようにEI(正イオン)マススペクトル上でもすべてイオンピークとして検出された。
【0040】
図8はポルフィリンおよびポルフィリン金属錯化合物のFAB(正イオン)スペクトルである。このように、1種類のポルフィリンでも金属を導入することで質量シフトが可能であるため、精密質量測定を行いたい有機化合物の質量に応じてポルフィリンおよび金属を選択することが可能である。
【0041】
次に、これらのポルフィリン類を内部標準物質に用いて、有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定を行なうことができるか否かを確認した実験を説明する。この測定は、日本電子製磁場型質量分析装置JMS−HX110Aを用い、装置の分解能を3000以上に設定した上で、電場スキャン法により行なった。
【0042】
結果を図9および図10に示す。図9は、質量979の有機化合物(C40H37F12N3O10S)の高分解能FABマススペクトル(HR FAB-MS spectrum)を示し、図10は測定された精密質量数を示している。また、図9の横軸は試料の質量電荷比、図9の縦軸はイオン強度を表わしている。また、精密質量測定のための内部標準物質としては、ポルフィリン246Et(質量950.6226)とポルフィリン35-tBu(質量1062.7478)の2種類を用いた。
【0043】
今、2つの内部標準物質の間に挟まれて観測されたイオンピークの質量電荷比を、2つの内部標準物質のイオンピーク位置からの内挿によって精密に求めると、質量電荷比は979.2029となる。これは当該有機化合物の分子イオンを示しており、測定値979.2029と理論値979.2008の誤差は、わずかに2.1mmu(ミリマスユニット)、すなわち2.1ppmとなり、両者は10ppm以下の誤差で完全に一致する。これは、試料イオンの組成式が理論式と一致していることを示すものである。
【0044】
比較例として、ポルフィリンのかわりにPEGを用いて精密質量測定をおこなった例を図11および図12に示す。整数質量電荷比を測定後、PEGの原液を1μL加えて測定してもピークは検出されなかったので有機化合物(C40H37F12N3O10S)およびマトリックスを1μL取り除きPEGを1μL加えたところようやくPEGのピークが検出された(図11)。この手法は、対象とする有機化合物のイオン化効率がポルフィリンのように高い場合のみに適用され得るが、イオン化効率が高くない化合物の場合には適用されないため、精密質量測定は困難である(図16参照)。
【0045】
今、2つの内部標準物質の間に挟まれて観測されたイオンピークの質量電荷比を、2つの内部標準物質のイオンピーク位置からの内挿によって精密に求めると、質量電荷比は979.1975となる。これは当該有機化合物の分子イオンを示しており、測定値979.1975と理論値979.2008の誤差は3.3mmu(ミリマスユニット)、すなわち3.4ppmとなり、両者は10ppm以下の誤差で一致する。これは、試料イオンの組成式が理論式と一致したことを示すものである。
【0046】
<実施例2>
ポルフィリン類を内部標準物質に用いて、有機化合物(C44H28N4Cu)の精密質量測定を行なうことができるか否かを確認した実験を説明する。この測定は、日本電子製磁場型質量分析装置JMS−SX102Aを用い、装置の分解能を3000以上に設定した上で、電場スキャン法により行なった。
【0047】
結果の一例を図13および図14に示す。図13は、質量675の有機化合物((C44H28N4Cu)の高分解能EIマススペクトル(HR EI-MS spectrum)を示し、図14は測定された精密質量を示している。また、図13の横軸は試料の質量電荷比、図14の縦軸はイオン強度を表わしている。また、精密質量測定のための内部標準物質としては、ポルフィリンTPP(質量614.2471)とポルフィリン26-Me(質量726.3723)の2種類を用いている。
【0048】
今、2つの内部標準物質の間に挟まれて観測されたイオンピークの質量電荷比を、2つの内部標準物質のイオンピーク位置からの内挿によって精密に求めると、質量電荷比は675.1597となる。これは当該有機化合物の分子イオンを示しており、測定値675.1597と理論値65.1610の誤差は、わずかに1.3mmu(ミリマスユニット)、すなわち1.9ppmとなり、両者は10ppm以下の誤差で完全に一致する。これは、試料イオンの組成式が理論式と一致したことを示すものである。
【0049】
<実施例3>
結果の一例を図17および図18に示す。図17は、質量726の有機化合物(C52H46N4)の高分解能FABマススペクトル(HR FAB-MS spectrum)を示し、図18は測定された精密質量を示している。また、図17の横軸は試料の質量電荷比、図17の縦軸はイオン強度を表わしている。また、精密質量測定のための内部標準物質としては、ポルフィリンOct-Et(質量534.37225)とポルフィリン金属錯化合物Ni Oct-Et(質量782.4348)の2種類を用いている。
【0050】
今、2つの内部標準物質の間に挟まれて観測されたイオンピークの質量電荷比を、2つの内部標準物質のイオンピーク位置からの内挿によって精密に求めると、質量電荷比は726.3716となる。これは当該有機化合物の分子イオンを示しており、測定値726.3716と理論値726.3722の誤差は、わずかに0.6mmu(ミリマスユニット)、すなわち0.8ppmとなり、両者は10ppm以下の誤差で完全に一致する。これは、試料イオンの組成式が理論式と一致していることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、高質量のポルフィリンを含む、さまざまな質量のポルフィリンのおよびポルフィリン金属錯体を固体の状態で、あるいは溶媒に溶解した状態で、セットにして予め準備することにより、FAB、EIおよびMALDIにおける精密質量測定のための標準物質キットとして、きわめて有用である。さらに、本発明の標準物質はケミカルイオン化法(Chemical Ionization: CI)、ESIなど他のイオン化法についても適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】質量分析法における精密質量測定の概念図である。
【図2】従来技術であるPEGのFABスペクトルである。
【図3】従来技術であるPEGを内部標準物質に用いてポルフィリン類の精密質量測定を行なったスペクトルである。
【図4】本発明の内部標準物質に使用されるポルフィリン類の化学構造式を示す図である。
【図5】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体3および6)の整数質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルである。
【図6】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体3および6)の整数質量測定を行なったFAB(負イオン)スペクトルである。
【図7】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体3および6)の整数質量測定を行なったMALDI(正イオン)スペクトルである。
【図8】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体7)およびポルフィリン金属錯体(ポリフィリン誘導体7の亜鉛錯体)の整数質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルである。
【図9】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体4および6)を内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルである。
【図10】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体4および6)を内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定(FAB(正イオン))を行なった結果を示す。
【図11】従来技術であるPEGを内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルである。
【図12】従来技術であるPEGを内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定(FAB(正イオン))を行なった結果を示す。
【図13】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体1および2)を内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定を行なったEI(正イオン)スペクトルである。
【図14】本発明のポルフィリン類(ポリフィリン誘導体1および2)を内部標準物質に用いて有機化合物(C40H37F12N3O10S)の精密質量測定(EI(正イオン))を行なった結果を示す。
【図15】従来技術であるPFKのEIスペクトルおよび主ピークの精密質量および相対強度表である。
【図16】従来技術であるPEGを内部標準物質に用いて有機化合物(C47H43ClN2O2SPRh:質量数868)の精密質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルである。
【図17】本発明のポルフィリン類(ポルフィリン誘導体9)およびポルフィリン金属錯体(ポリフィリン誘導体9のニッケル錯体)を内部標準物質に用いて有機化合物(C52H46N4)の精密質量測定を行なったFAB(正イオン)スペクトルを示す。
【図18】本発明のポルフィリン類(ポルフィリン誘導体9)およびポルフィリン金属錯体(ポリフィリン誘導体9のニッケル錯体)を内部標準物質に用いて有機化合物(C52H46N4)の精密質量測定(FAB(正イオン))を行なった結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンを組み合わせて用いることを特徴とする質量分析装置の質量較正方法。
【請求項2】
2種類以上のポルフィリンのうち、1種又は2種類以上のポルフィリンが錯塩であることを特徴とする、請求項1に記載の質量分析装置の質量較正方法。
【請求項3】
2種類以上のポルフィリンを用意する工程と、
前記2種類以上のポルフィリンを質量分析し、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれのイオンピークの質量の実測値を得る工程と、
前記2種類以上のポルフィリンそれぞれの、質量分析におけるイオンピークの質量の理論値を算出する工程と、
前記実測値と前記理論値とを比較することによって質量較正曲線を作成する工程とを含む、請求項1〜2のいずれか1項に記載の質量分析装置の質量較正方法。
【請求項4】
2種類以上のポルフィリンを組み合わせて質量校正に用いた場合に、
前記2種類以上のポルフィリンを質量分析し、前記2種類以上のポルフィリンそれぞれのイオンピークの質量の実測値を得る工程と、
前記2種類以上のポルフィリンそれぞれの、質量分析におけるイオンピークの質量の理論値を算出する工程と、
前記実測値と前記理論値とを比較することによって質量較正曲線を作成する工程とを実行するプログラムを有する質量分析装置。
【請求項5】
質量較正のための標準物質として、2種類以上のポルフィリンを組み合わせたことを特徴とする質量分析装置用の質量分析用標準物質キット。
【請求項6】
2種類以上のポルフィリンのうち、1種又は2種類以上のポルフィリンが錯塩であることを特徴とする請求項5に記載の質量分析装置用の質量分析用標準物質キット。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−117153(P2010−117153A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288624(P2008−288624)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】