説明

質量分析装置及び質量分析方法

【課題】微量試料の質量分析を行う場合の分析感度を向上させる。
【解決手段】イオントラップ18に導入するイオンを一時的に集積するためのイオンガイド14を四重極ロッド型とし、このイオンガイド14にそのイオン飽和量よりも少ない量のイオンを導入して、出口側端部に集積する。四重極ロッド型は八重極ロッド型と比較してイオン蓄積性は劣るもののイオン収束性が良好であり、少量のイオンをイオン光軸C近傍に閉じ込めて保持することができる。それによって、出口側ゲート電極16が開放したときに、イオンは電場補正用電極17及び入口側エンドキャップ電極182の2つの開口を経てイオントラップ18内に効率良く導入され、高感度の分析が可能となる。また、イオンガイド14に導入するイオン量は少量でよいので、試料の消費量は少なくて済む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置及び質量分析方法に関し、さらに詳しくは、三次元四重極型イオントラップに外部からイオンを導入して保持した後に質量分析を行う質量分析装置及び該質量分析装置を用いた質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元四重極イオントラップ(以下、単にイオントラップという)は、四重極電場の作用により特定の質量電荷比(m/z)を有するイオンを蓄積した後に開裂させたり、蓄積したイオンを一斉に吐き出して飛行時間型質量分析装置に導入したりするために利用されている。こうしたイオントラップを利用した質量分析装置において、高い検出感度を達成するには、イオントラップにイオンを効率良く導入し、イオントラップ内に蓄積されるイオンの量をできるだけ増やすことが重要である。こうした観点から、従来、圧縮イオン導入法(CII:Compressed Ion Injection)と呼ばれる手法が開発され実用に供されている(特許文献1、非特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載のように、圧縮イオン導入法を実施する質量分析装置では、イオン供給源とイオントラップとの間に、高周波電場によりイオン閉じ込め作用を持たせた多重極ロッド型のイオン保持部を設置し、イオン保持部とイオン供給源との間に入口側ゲート電極、イオン保持部とイオントラップとの間に出口側ゲート電極を配置する。イオン保持部にはイオン光軸方向に勾配を持つ直流電位を与え、この電場により、イオン保持部の出口端手前で一旦イオンを集積しておく。そして、出口側ゲート電極を開くことで、イオン保持部出口端近傍に集積しておいたイオンを一斉に吐き出してイオントラップ内に導入する。これにより、イオントラップに効率よくイオンを導入することができ、分析感度の向上を図ることができる。
【0004】
なお、イオン保持部は、電場の作用によりイオンを一時的に保持するという点で、一種のリニア(線形)イオントラップであるとみることができる。
【0005】
非特許文献1に記載の質量分析装置は、上記の圧縮イオン導入法を採用した質量分析装置を液体クロマトグラフの検出器として利用した液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)である。LC/MSでは、イオン供給源はエレクトロスプレイイオン化法(ESI)や大気圧化学イオン化法(APCI)などの大気圧イオン化法を用いたイオン源であり、該イオン源は液体クロマトグラフのカラムから溶出する試料溶液を受けて、該試料溶液中の試料成分を順次イオン化する。
【0006】
近年、生化学分野や医療分野などでLC/MSを始めとする質量分析装置が多用されているが、こうした分野では、測定対象の試料が生体由来であって少量しか確保できない場合や試料が非常に高価であって極力その使用量を抑えたいというケースが多い。これに対応して、ナノエレクトロスプレイイオン化(nanoESI)と呼ばれる、従来よりも流量を1/100〜1/1000程度に抑えた微量な試料溶液を噴霧するイオン化法が開発されている。また、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)など他のイオン化法においても、測定に供する試料の量をできるだけ少なくしたいという要望が高く、そのためにレーザ光の照射強度を落としたり、或いは同一試料や試料部位に対する分析結果を得るべく積算を行うためのレーザ光の照射の繰り返し回数を減らしたりすることが行われる。
【0007】
上記のような微量測定では、十分な量の試料が供給される場合に比べて、イオン源で生成されるイオンの量自体が少なくなることは避けられない。一方で、上記のような各分野の測定ではごく微量の含有成分が非常に重要であることがあり、検出感度の向上の要求は強いものがある。イオン源でのイオンの生成量が減少する状況下で高感度化を図るには、イオン源から発した各種イオンの中で、分析対象のイオンをいかに高い効率で最終的に検出器まで到達させるか、ということがますます重要となる。
【0008】
【特許文献1】特許第3386048号公報
【特許文献2】特開2006−162256号公報
【非特許文献1】「液体クロマトグラフ質量分析計LCMS-IT-TOF 高感度を支える圧縮イオン導入法」、[online]、株式会社島津製作所、[平成20年3月7日検索]、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/products/lcms/it-tof2.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、より少ない量の試料で十分に高い感度の質量分析を行うことができる質量分析装置及び質量分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述の圧縮イオン導入法を用いたイオントラップ型質量分析装置において、イオン供給源から検出器までイオンが輸送される間には様々なイオン損失の要素があるが、本願発明者は、特にイオン保持部でのイオンの保持効率、及び、イオン保持部から三次元四重極型イオントラップへのイオンの導入効率、に着目した。これは、電極などの寸法や温度、真空度などの環境条件にも依るが、一般に、三次元四重極型イオントラップとリニアイオントラップとを比較した場合、前者のほうがイオンを保持可能な空間の容積が小さいため、蓄積可能なイオンの量が少なく、イオン保持部から三次元四重極型イオントラップにイオンを導入する際にイオンの損失が比較的多い可能性がある、と考えたためである。
【0011】
上記観点で、イオン保持部の極子数、イオン保持部に導入するイオンの量、及び検出される信号強度、の関係を実験的に調べた。その結果、一般的なLC/MS分析などのように十分な量の試料が与えられ、イオン保持部に導入されるイオンの量が比較的多い場合には、イオン保持部として極子数の多い八重極ロッド型のほうが四重極ロッド型よりも高い信号強度が得られるのに対し、特に試料が微量であってイオン保持部に導入されるイオンの量が少ない場合には、四重極ロッド型のほうが八重極ロッド型よりも高い信号強度が得られることが判明した。
【0012】
四重極又はそれ以上の多重極ロッド型イオン光学系では、その極子の数によって、ロッド電極で囲まれる空間に形成される高周波電場の形状が異なる。それに伴い、イオンの収束性、透過性、受容性、蓄積性などのイオン光学特性が相違する。一般に、極子数の少ないほうが中性分子との衝突冷却(クーリング)による収束性が良好であり、極子数が増加するに従い収束性は低下する反面、イオンの透過性や蓄積性は向上すると言われている。イオン保持部に導入されるイオンの絶対量が少ない場合、イオン保持部においてイオンが飽和するおそれはないので蓄積性は重要でない。反面、イオンの収束性が良好でないと、イオン光軸付近に存在するイオンの密度が低くなり、イオン保持部から吐き出されたイオンの中でイオントラップに受容される(捕捉される)イオンが少なくなる。こうしたことから、特にイオンの量が少ない場合には、イオン保持部の光学特性としてイオン収束性が重要であり、イオンの蓄積性は重要でないと言える。こうしたイオン光学特性の相違から考えれば、上述したようにイオン保持部に導入されるイオンの量が少ない場合に四重極ロッド型のイオン保持部のほうが検出感度の点で良好な結果が得られることも説明がつく。本発明はこうした実験結果とそれに基づく知見とに基づいて成されたものである。
【0013】
即ち、上記課題を解決するために成された第1発明に係る質量分析方法は、
a)試料成分由来のイオンを供給するイオン供給源と、
b)外部から導入されたイオンを一旦蓄積し、それ自体で質量分析を行う、又は外部で質量分析を行うためにイオンを放出する三次元四重極型イオントラップと、
c)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
d)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
を備える質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記イオン保持部に保持可能なイオンの飽和量よりも少ない量のイオンを、前記イオン供給源から前記入口側ゲート電極を通して前記イオン保持部に導入して該イオン保持部に保持し、その後に出口側ゲート電極を開放して前記イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入して該三次元四重極型イオントラップにイオンを蓄積するようにしたことを特徴としている。
【0014】
また第2発明に係る質量分析装置は上記第1発明に係る質量分析方法を実施するための装置であり、三次元四重極型イオントラップに外部からイオンを導入して蓄積した後に質量分析を行う質量分析装置であって、
a)試料成分由来のイオンを供給するイオン供給源と、
b)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
c)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
d)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部に保持可能なイオンの飽和量よりも少ない量のイオンを該イオン保持部に導入して保持させるように前記イオン供給源又は前記入口側ゲート電極を制御し、その後に該イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入するように前記出口側ゲート電極を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置では、イオン収束性の高い四重極ロッド型のイオン保持部にイオンが保持・集積されるので、イオン保持部においてイオンはイオン光軸近傍の狭い範囲に高密度で(空間電荷効果が許す範囲の高密度)存在する。したがって、出口側ゲート電極が開放されたときに、イオンは三次元四重極型イオントラップの入口側エンドキャップ電極に形成されたイオン導入口を効率良く通過し、イオン受容性の低いイオントラップの内部空間に確実に捕捉される。四重極ロッド型のイオン保持部は八重極ロッド型に比べてイオン飽和量が小さく、少ない量のイオンしか保持できないものの、イオンを少ない損失で以てイオントラップに導入することができるので、高い検出感度を実現することができる。また、イオン保持部は上述のようにイオン飽和量が小さく、多量のイオンを保持できない。したがって、イオン保持部へ導入するイオンの量は少なくてよく、イオン供給源で消費される試料の量も少なくて済む。
【0016】
なお、四重極ロッド型のイオン保持部に保持可能なイオンの飽和量は、理論的にもおおよその値を求めることは可能であるが、実際には実験的に求めるほうが信頼性が高い。また、或る程度実験的に目安がつけば、ユーザが経験的に決めることができる。
【0017】
上記イオン供給源は、例えばMALDIを代表とするレーザ光を試料又は試料成分を含む被調製物(マトリックスと試料との混合物)に照射するレーザ脱離イオン化法(LDI)や、エレクトロスプレイイオン化や大気圧化学イオン化法などの大気圧イオン化法、などによるイオン源とすることができる。
【0018】
イオン供給源がLDIである場合、照射するレーザ光の強度を下げるとイオンの生成量は少なくなり、イオン保持部へのイオンの導入量は少なくなる。また、通常、1回のレーザ光照射で発生するイオンの量は少ないため、複数回繰り返しレーザ光を試料又は被調製物に照射し、各照射に応じて生成されたイオンをイオン保持部に蓄積してゆくが、その場合には、その繰り返し回数を減らすことでイオン保持部へのイオンの導入量は少なくなる。したがって、制御手段はイオン供給源を制御することで、イオン保持部に保持されるイオン量を飽和量よりも少なくすることができる。
【0019】
イオン供給源が大気圧イオン源である場合には、例えばノズルからの試料溶液の噴霧量(つまりは流量)を少なくするといったイオン生成条件の変更を行ったり入口側ゲート電極の開放時間を短くしたりすることで、イオン保持部に保持されるイオン量を飽和量よりも少なくすることができる。但し、試料の量を減らすという点では、イオン生成条件を変えてイオン生成効率を落とすのは好ましくないから、イオン供給源としてナノエレクトロスプレイイオン源を用い、噴霧量をできるだけ抑えることが望ましい。
【0020】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置は、三次元四重極型イオントラップのイオン受容性が低い、つまりイオンが導入されにくいというイオン光学特性のために生じる問題を解決するものである。したがって、イオントラップへのイオン導入条件が厳しいほど、本発明の効果が顕著であるとも言える。三次元四重極型イオントラップが、一対のエンドキャップ電極及びリング電極に印加される電圧が矩形波形状であり(つまり、デジタル駆動方式)、入口側エンドキャップ電極に形成されたイオン導入口の外側に電場補正用電極を有するものである場合、電場補正用電極の開口とエンドキャップ電極のイオン導入口との2つの開口をイオンが連続的に通過しないとイオントラップ内に導入されない。したがって、デジタル駆動方式のイオントラップは通常のアナログ駆動方式に比べてイオン導入条件が厳しく、本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置が有効である。
【0021】
なお、四重極ロッド型ではイオンの質量選択性も八重極ロッド型より良好である。そこでこの特性を活かし、イオン保持部の各ロッド電極に印加する直流電圧及び高周波電圧を調整することで、該イオン保持部に保持するイオンの質量選別を行うようにしてもよい。これにより、イオン保持部に蓄積するイオンの中で分析目的以外のイオンを減らし、分析目的のイオンの量を増やすことで検出感度の一層の向上を図ることができる。
【0022】
また上記課題を解決するために成された第3発明に係る質量分析方法は、
a)試料又は試料成分を含む被調製物へのレーザ光の照射により試料成分をイオン化するイオン供給源と、
b)外部から導入されたイオンを一旦蓄積し、それ自体で質量分析を行う、又は外部で質量分析を行うためにイオンを放出する三次元四重極型イオントラップと、
c)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
d)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
を備える質量分析装置を用い、前記イオン供給源において複数回のレーザ光照射に応じて生成されたイオンを前記入口側ゲート電極を通して前記イオン保持部に導入して保持し、その後に前記出口側ゲート電極を開放して前記イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入して該三次元四重極型イオントラップに蓄積し、それから蓄積したイオンに対する質量分析を実行する質量分析方法であって、試料上又は被調製物上の同一部位に対する質量分析結果を得るために、
前記イオン保持部にイオンを保持させる際の前記イオン供給源でのレーザ光照射の所定の繰り返し回数を複数に分割し、
その分割された繰り返し回数のレーザ光照射で生成されたイオンを前記イオン保持部に保持し、該イオンを前記三次元四重極型イオントラップに導入して質量分析する、というサイクルを前記分割数だけ繰り返し、
各質量分析で得られた結果を積算することを特徴としている。
【0023】
前述のように、一般にLDIでは1回のレーザ光照射で発生するイオンの量が少ないので、試料上又は被調製物上の同一部位に対する質量分析結果を得るために多数回のレーザ光照射を行うが、その多数回のレーザ光照射で生成したイオンをイオン保持部に蓄積し、一気にイオントラップに導入して質量分析を行って結果を得るのではなく、トータルのレーザ光照射回数は同一でもそれを複数に分割し、より少ないレーザ光照射回数で発生した少量のイオンをイオン保持部に蓄積して、イオントラップに導入し質量分析を行う、という操作を複数回繰り返す。即ち、試料成分由来のイオンを複数に小分けして、その少量のイオンに対する質量分析を複数回行い、各質量分析で得られた結果を積算する。これにより、四重極ロッド型であるイオン保持部に保持されるイオンの量が少なくなり、イオントラップへのイオンの導入効率が改善されて、結果的に検出感度が向上する。
【発明の効果】
【0024】
第1発明に係る質量分析方法及び第2発明に係る質量分析装置によれば、イオン供給源で生成されるイオンの量が少ない場合に、これを保持したイオン保持部から無駄なくイオントラップにイオンを導入することができる。即ち、イオン量が少ない場合におけるイオン保持部からイオントラップへのイオン導入効率を向上させることにより、高い検出感度を達成することができる。その結果、イオン供給源での試料の消費量やイオン供給源への試料の供給量を抑えながら、高い分析感度を達成することができる。
【0025】
また第3発明に係る質量分析方法によれば、LDIイオン源での同一試料部位に対するレーザ照射回数を従来と同じにしても分析感度が向上するので、例えば1回当たりのレーザ光強度を落として試料の消費量を抑制することができる。また、試料が生体試料である場合には、レーザ光強度を落とすことで試料の損傷を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の一実施例であるイオントラップ飛行時間型質量分析装置(IT−TOFMS)を、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のIT−TOFMSの概略構成図である。この前段には、例えば図示しない液体クロマトグラフが設けられ、液体クロマトグラフのカラムで時間的に分離された各試料成分を含む試料溶液がこのIT−TOFMSに導入される。
【0027】
このIT−TOFMSは、略大気圧雰囲気であるイオン化室23から、第1中間真空室24、第2中間真空室25、分析室26と、順に真空度が高くなる多段差動排気系の構成となっている。イオン化室23にはイオン供給源としてのナノESIノズル11が配設され、イオン化室23と第1中間真空室24との間は、図示しないヒータにより加熱されたキャピラリ管が12を通して連通している。第1中間真空室24内には、イオンの進行方向に、イオンレンズ13、入口側ゲート電極15、四重極ロッド型イオンガイド14、出口側ゲート電極16が配置されている。四重極ロッド型イオンガイド14が本発明におけるイオン保持部である。
【0028】
第2中間真空室25内には、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極181と、それを挟んで対向して設けられた、内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極182、183と、から成るイオントラップ18が設けられ、そのエンドキャップ電極182、183の外側にはそれぞれ電場補正用電極17、19が配置されている。このイオントラップは、駆動電圧として矩形波電圧が印加される、いわゆるデジタル駆動方式のイオントラップである。なお、イオントラップ18内にクーリングガスを導入するガス流路などは記載を省略している。
【0029】
最後段の分析室26内には、リフレクトロン電極21を有する飛行時間型質量分析器(TOF)20とイオン検出器22とが配設されている。このTOF20に対するイオンの飛行出発点がイオントラップ18である。
【0030】
イオントラップ18に駆動電圧を印加するイオントラップ電源部30は、リング電極181に主としてイオン捕捉用の高周波電圧を印加する主電源部31と、エンドキャップ電極182、183に主としてイオン導入時やイオン排出時に直流電圧を印加する補助電源部32と、を含む。また、四重極ロッド型イオンガイド14に高周波電圧と直流電圧との重畳電圧を印加し、入口側ゲート電極15、出口側ゲート電極16に直流電圧を印加するためにイオンガイド電源部34が設けられている。これらイオントラップ電源部30やイオンガイド電源部34はCPUなどを含んで構成される制御部36により制御され、所定のタイミングで所定の電圧を各部に印加する。なお、それ以外の例えばイオンレンズ13などの各部にもそれぞれ電圧が印加されるが、ここではそれらについては記載を省略している。また、図示しないが、制御部36はナノESIノズル11に供給される試料溶液の流量を決めるポンプの動作なども制御する。
【0031】
図2は四重極ロッド型イオンガイド14の概略斜視図、図3は四重極ロッド型イオンガイド14のイオン光軸C方向の直流ポテンシャルを示す概略図である。4本の円柱状のロッド電極141、142、143、144はイオン光軸Cと平行に該イオン光軸Cを取り囲むように配設されている。各ロッド電極141〜144は金属等の導電体から成るが、出口側端部の表面には抵抗体被膜層14bが形成され、この部分のみ抵抗率が高くなっている。イオンガイド電源部34により、各ロッド電極141〜144の入口側端部には直流電圧Vdc1が印加され、出口側端部には直流電圧Vdc2(Vdc1>Vdc2)が印加される(正イオンの場合であって後述の説明も同様)。抵抗体被膜層14bがない部分ではほぼ同電位となるため、直流ポテンシャルは図3(b)に示すように、出口側端部の抵抗体被膜層14bの範囲で入口側から出口側に向かって下傾斜の勾配を持つ。
【0032】
また、4本のロッド電極141〜144の中でイオン光軸Cを挟んで対向する2本ずつがペアとして互いに接続され、一方のペアにはv・cosωtの高周波電圧、他方のペアには位相が180°ずれたv・cos(ωt+π)=−v・cosωtなる高周波電圧が印加される。これによりイオンガイド14には四重極電場が形成され、この電場によってイオンは振動しつつ捕捉される。
【0033】
本実施例のIT−TOFMSの動作の一例を説明する。試料溶液がナノESIノズル11に導入されると、試料溶液はノズル11先端に印加されている高電圧により電荷を付与され、帯電液滴として略大気圧雰囲気中に噴霧される。帯電液滴は周囲の大気ガスに衝突して分裂して微細化し、さらに溶媒が気化することでさらに小さくなる。その過程で、液滴に含まれる試料成分はイオンとして放出される。生成されたイオンはキャピラリ管12の両端の差圧によってキャピラリ管12に吸い込まれ、第1中間真空室24へと送られてイオンレンズ13により収束される。
【0034】
入口側ゲート電極15には、所定時間だけ、四重極ロッド型イオンガイド14の入口側端部に印加される直流電圧Vdc1と同じ又はそれより低い電圧が印加され、それ以外の期間には直流電圧Vdc1よりも高い電圧が印加される(図3(b)の状態)。前者が入口側ゲート電極15が開放している期間であり、その期間中にイオンは四重極ロッド型イオンガイド14に導入される。このとき、出口側ゲート電極16には、四重極ロッド型イオンガイド14の出口側端部に印加される直流電圧Vdc2よりも高く、通常、直流電圧Vdc1よりも高い電圧が印加され、それによって出口側ゲート電極16は閉じた状態にある。
【0035】
導入されたイオンは、高周波電場によりイオンガイド14の内部に保持されるとともに、初期運動エネルギーによりイオンガイド14内部を移動する。イオンガイド14の出口側端部の出口側ゲート電極16手前に達した時点で、イオンはそれに印加された電圧により反発され、入口側の方向に押し戻される。こうしたイオンが戻って来る前に入口側ゲート電極15も閉じていれば、イオンはイオンガイド14内部に閉じ込められる。第1中間真空室24内にはイオン化室23内から気化溶媒や大気ガス、或いはESIに用いられたネブライズガスなどが流入してくるため、こうしたガスがクーリングガスとして機能する。イオンガイド14の内部を往復する間にクーリングガスと衝突することによりイオンは運動エネルギーを徐々に失うとともに、イオンガイド14の出口側端部付近に形成された電位勾配によるポテンシャルポケットに集積されてゆく。
【0036】
なお、イオンガイド14内部に、測定対象であるイオンと衝突してもイオン化又は開裂を生じない安定したガス、例えば、窒素(N2)、ヘリウム(He)、アルゴン(Ar)等、をクーリングガスとして供給してもよい。
【0037】
上述のようにしてイオンガイド14の出口側端部付近にイオンを集積させた後の所定のタイミングで、出口側ゲート電極16への印加電圧を下げることで該出口側ゲート電極16を開放する。すると、集積されていたイオンが一斉にイオントラップ18に向かって流れ出す。イオンが出口側ゲート電極16を通過した直後に出口側ゲート電極16への印加電圧を上げることにより、流出したイオンを後ろから押し出してイオンのパルス幅を圧縮することができる。イオンは電場補正用電極17の開口及びイオントラップ18の入口側エンドキャップ電極182に形成されたイオン導入口を通してイオントラップ18内に導入される。
【0038】
このとき、イオントラップ18のイオン導入口手前でイオンが跳ね返されたり、或いは逆に、イオントラップ18内に入った直後に急に加速されて出口側エンドキャップ電極183に衝突して消失してしまったりしないように、イオンガイド14からのイオンの吐き出しのタイミングとイオントラップ18での各電極への電圧印加のタイミング又は高周波電圧の位相とを、適切に合わせておくことが望ましい。例えば、パルス状に圧縮されたイオンがイオントラップ18に導入されるときには、リング電極181への高周波電圧の印加を停止しておき、イオンガイド14からのイオンが全て(又は最も多く)イオントラップ18の内部に導入された時点で即座にリング電極181への高周波電圧の印加を立ち上げ、且つそのときの高周波電圧の位相も決められた状態に設定する。それにより、イオントラップ18内に効率良くイオンを導入して保持することができる。
【0039】
そうしてイオントラップ18内にイオンを保持し十分にクーリングを行った後に、エンドキャップ電極182、183に所定の直流電圧を印加することにより、イオンに初期運動エネルギーを与え、出口側エンドキャップ電極183に形成されているイオン出射口からイオンを一斉に放出する。このイオンはTOF20に導入され、リフレクトロン電極21により形成される電場により跳ね返されて飛行する間に、質量に応じて時間差がつき、軽いイオンから順番にイオン検出器22に到達して検出される。
【0040】
なお、イオントラップ18に各種イオンを保持した後に質量選択を行って特定の質量を持つイオンをイオントラップ18内に残し、それからイオントラップ18内に衝突誘起解離ガスを導入して残したイオンを開裂させ、開裂により生じたプロダクトイオンを質量分析に供するようにしてもよい。また、TOF20を用いずに、イオントラップ18の質量選択機能を利用して質量分析を行うことも可能であるが、質量分解能の点ではTOF20のほうが優れている。
【0041】
上述したように本実施例のIT−TOFMSでは、入口側ゲート電極15が開放している期間中に四重極ロッド型イオンガイド14に導入されたイオンをその出口側端部付近に集積するが、導入するイオンの量がイオンガイド14に保持可能な(実際にはイオンガイド14の中のポテンシャルポケットに集積可能な)イオンの量を超えないように設定されている。
【0042】
いま、例えばナノESIノズル11への印加電圧や周囲温度などの他のイオン生成条件が同一であるとすると、イオンガイド14へのイオン導入量は、ナノESIノズル11からの試料溶液の噴霧量(供給流量)と入口側ゲート電極15の開放時間とに依存する。そこで、これらを適宜設定することで、導入されるイオン量を調整することができる。但し、前段に液体クロマトグラフのカラムが接続されている場合には、導入される試料溶液中の試料成分は時間経過に伴って変化し、質量スペクトルの作成周期をむやみに長くすることはできない。したがって、質量スペクトルの作成周期で、入口側ゲート電極15の開放時間の上限は制限され、一般的な作成周期に対応した入口側ゲート電極15の開放時間であって、ナノESIノズルで噴霧可能な流量であれば、殆どの場合、イオンガイドへのイオン導入量をその飽和量よりも小さく抑えることができる。
【0043】
ここで、本発明に係る質量分析装置のようにイオン保持部として四重極ロッド型の構成を用いた場合と八重極ロッド電極型を用いた場合との作用・効果の相違を説明する。
【0044】
図4は四重極ロッド型と八重極ロッド型とで内接円の径方向に生じるポテンシャル分布を理論値を示す図である。横軸の0の位置がイオン光軸C上であり、横軸の両端はロッド電極の内縁端(内接円の外周上)の位置である。図5はイオンガイドの出口側端部に集積・保持されるイオンの状態を概念的に示す図であり、(A)は四重極ロッド型、(B)は八重極ロッド型である。ここでは同量のイオンが保持されているものとする。
【0045】
図4で明らかなように、四重極ロッド型イオンガイドにより形成される高周波電場の擬ポテンシャルは、およそ中心からの距離rの2乗に比例する。つまり、この場合の擬ポテンシャルは2次関数に近い形状となる。一方、八重極ロッド型イオンガイドにより形成される高周波電場の擬ポテンシャルは、およそ距離rの6乗に比例する。つまり、この場合の擬ポテンシャルは6次関数に近い形状となる。
【0046】
電荷を有するイオンはポテンシャルの低いほうに移動しようとする。八重極ロッド型では、擬ポテンシャルの底の平坦部がイオン光軸C付近だけでなく端部側にまで広がっている。そのため、イオンはイオン光軸C付近だけでなくその周囲の広い空間に存在し易い。これに対し、四重極ロッド型ではイオン光軸C付近から両側に急峻にポテンシャルが立ち上がるので、イオンがイオン光軸C付近に集まり易く、外側には拡がりにくい。
【0047】
即ち、四重極ロッド型の構成では、高周波電場によるイオンの収束性が高いために、イオンはイオン光軸C付近に高い密度で存在する。もちろん、同極性の電荷を有するイオンには互いに反発力が作用する(つまり空間電荷効果がある)ため、イオン密度には上限があるが、イオンの絶対量が少なければ、その殆ど全てがイオン光軸C付近に集積された状態となる。これにより、図5(A)に示すように、イオン光軸Cを中心とするS1で示す狭い範囲(空間)にイオンが高密度で存在する。
【0048】
これに対し、八重極ロッド型の構成では、高周波電場によるイオン収束性が相対的に低いため、イオンが存在し得る空間が四重極の場合よりも広い。このため、図5(B)に示すように、イオン光軸Cを中心とするS2で示す広い範囲にイオンが存在し得る。このようにイオンの存在空間が広いために、イオン蓄積性が高く、より多くの量のイオンを保持することが可能である。しかしながら、その反面、イオンの絶対量が少ない場合には、それが広い空間に広がって存在するため、イオン光軸C付近に存在するイオンの量は四重極ロッド型の構成に比べてかなり少なくなる。
【0049】
出口側ゲート電極16が開放されると、上記のような集積状態にあるイオンが一斉に出口側ゲート電極16を経て、イオントラップ18のイオン導入口に向かって進む。イオントラップ18はもともとイオンの受容性が小さく、イオン光軸Cから離れた位置にあるイオンはイオントラップ18に捕捉されない。このため、図5(A)のようにイオンがイオン光軸C付近に集積された状態であれば、その殆ど全てがイオントラップ18に導入されて捕捉されるのに対し、図5(B)に示すようにイオン光軸Cから離れて広がって存在していると、イオン光軸C付近に存在する少量のイオンのみがイオントラップ18に導入され、イオン光軸Cから離れた位置に存在しているイオンはイオントラップ18に導入されないで無駄になる。その結果、八重極ロッド型の場合には、イオンガイドに導入され集積されたイオンに対し、イオントラップに導入捕捉されるイオンの割合、つまり導入効率が低くなる。逆に、四重極ロッド型の場合、イオントラップへのイオン導入効率が高く、より多くの量のイオンをイオントラップに保持して質量分析に供することができる。
【0050】
上記説明はイオンガイドへのイオン導入量が、イオンガイドのイオン飽和量よりも少ない場合についてである。当然のことながら、このイオン飽和量は四重極ロッドの径や内接円半径などの寸法、印加される高周波電圧、などによって異なり、また周囲温度や真空度などの影響も受ける。そのため、理論的な計算によって正確に求めることは困難である。本願発明者が、イオンの空間電荷効果を考慮したシミュレーション計算により、所定条件の下でイオンガイドに導入されたイオン個数とイオンの挙動とを調べたところでは、イオン個数が106個の場合にはイオンはイオンガイドに保持されずに周囲に発散し、イオン個数が105個の場合にはイオンはイオンガイドに保持されるものの一部がイオン光軸方向に沿って散逸してしまい、イオン個数が104個の場合にはイオンは良好にイオンガイドに保持される、との結果が得られた。この結果からみれば、イオン個数が104〜105個の範囲にイオン飽和量があると推定することができる。
【0051】
一方、イオンの空間電荷効果によるポテンシャルと高周波電場によるポテンシャルとの関係の理論的な考察によっても、上記のような結果を裏付けることができる。図7は四重極ロッド型イオンガイドの高周波電場による擬ポテンシャルVqpとイオンの空間電荷効果によるポテンシャルVscとの関係を示す図であり、横軸は内接円の半径方向の位置である。ここでは、四重極ロッド型イオンガイドの内接円半径を2mmとしている。擬ポテンシャルVqpは図4に示したカーブと同じである。一方、イオンの空間電荷効果によるポテンシャルVscは103、104、105、106個のイオンが中心点に分布していると仮定したときのポテンシャルの計算結果である。
【0052】
イオンの空間電荷効果によるポテンシャルVscが高周波電場による擬ポテンシャルVqpを超えてしまう範囲では、イオンが空間電荷効果により発散するものと考えることができる。したがって、ポテンシャルVscのカーブと擬ポテンシャルVqpのカーブとの交差点に対応する半径位置までイオンは広がり得る。但し、この半径位置が0.5mmを超えるとイオンに対する拘束力が十分に働かずイオンの多くは発散し、0.5mm以下でもそれに近いとイオンはイオン光軸C方向に逃げ易い。それを考えると、105個のイオン個数はイオンを安定的に保持するには厳しい条件であり、104個であれば十分に安定な保持が可能であるとみなせる。したがって、ここで想定した条件の下では、四重極ロッド型イオンガイドのイオン飽和量は104個又はそれよりも少し多い程度の個数であると考えられる。
【0053】
本願発明者の考察によれば、従来一般的に使用されているLC/MSの分析条件などでは、四重極ロッド型イオンガイドの飽和量を超えた量のイオンがイオンガイドに導入される。このため、導入されたイオンのうちの一部がイオンガイドで保持できずに廃棄されることになる。これに対し、八重極ロッド型イオンガイドはイオン蓄積性が高く、イオンの飽和量が四重極に比べてかなり大きい。したがって、導入されたイオンを無駄にせずにより多く保持することができる。このときに八重極ロッド型イオンガイドに保持されるイオンは図5(B)に示すように広い範囲に広がっているが、導入量が多いためにイオンの存在密度は図5(A)と同程度に高くなる。そのため、出口側ゲート電極が開放されたときに流出するイオンの量は多く、イオン光軸Cから離れた位置にあるイオンは確率的にはイオントラップに導入されにくいものの、絶対量として四重極ロッド型よりも多量のイオンをイオントラップに導入して捕捉させることができる。
【0054】
以上の考察を確認するために行った実験について説明する。使用サンプルはNa−TFA、イオン化法はESIであり、入口側ゲート電極の開放時間を変えながら、m/z=1246.7のピーク強度を測定した結果が図6である。入口側ゲート電極の開放期間中、ほぼ一定の量のイオンが連続的にイオン供給源から供給されている。したがって、図6の横軸の開放時間はイオンガイドに導入されるイオンの量に換算可能である。八重極ロッド型の場合、200[ms]以下の開放時間では、イオン導入量に比例して信号強度は増加し、200[ms]以上の範囲では信号強度は飽和する。これは、200[ms]の開放時間に対応したイオン導入量で八重極ロッド型イオンガイドのイオン飽和量に達したとみることができる。
【0055】
一方、四重極ロッド型の場合、20〜30[ms]程度の開放時間で信号強度は飽和してしまい、その飽和量に対応する信号強度は八重極ロッド型よりも低い。これは、四重極ロッド型は八重極ロッド型に比べるとイオンの蓄積性が劣り、保持可能なイオンの量が少ないためであると考えられる。したがって、このように十分な量のイオンがイオン供給源から供給される状況であれば、八重極ロッド型のほうが四重極ロッド型よりも高い分析感度が得られると言うことができる。
【0056】
これに対し、四重極ロッド電極で信号強度の飽和が生じる20〜30[ms]以下の開放時間では、四重極ロッド型は八重極ロッド型に比較して明確に高い信号強度を示している。これは、上述の説明のように、四重極ロッド型では高いイオン収束性によって、少ない量のイオンがイオン光軸C付近に集まっており、イオン受容性が小さいイオントラップに効率よくイオンを送り込むことができるためであると考えられる。この実験結果から見ても、イオンガイドに導入するイオンの量が少ない場合、具体的に言えば、四重極ロッド型のイオンガイドでのイオンの飽和量よりも少ない量のイオンを導入する場合には、四重極ロッド型としたほうが検出感度が良好であると、結論付けることができる。
【0057】
なお、四重極ロッド電極において、入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場を形成する方法は、上記記載のものに限らず、特許文献1に記載のような各種の変形が可能であることは容易に理解できる。
【0058】
次に本発明の他の実施例であるIT−TOFMSについて説明する。図8はこの実施例によるIT−TOFMSの概略構成図であり、上記実施例と同一の構成要素には同一の符号を付して詳しい説明を略す。
【0059】
この実施例のIT−TOFMSでは、イオン供給源として大気圧MALDIを利用している。即ち、レーザ駆動部45により駆動されたレーザ光源41から放出されたパルス状のレーザ光が、集光光学系42により集光されて試料台43上に載置された被調製物であるサンプル(マトリックスと試料との混合物)44に照射される。そのレーザ光の熱エネルギーによってサンプル44中のマトリックスが気化する際に試料分子も放出されてイオン化される。生成されたイオンはキャピラリ管12を通して第1中間真空室24に送られ、その後は上記実施例と同様にイオンガイド14に保持され、イオントラップ18に蓄積された後に質量分析に供される。
【0060】
試料台43は試料台駆動部46により2次元的(図8においては水平2次元)に移動可能であり、それによってサンプル44上でレーザ光の照射位置が移動する。例えば生体から切除した生体組織をサンプル44とすることで、その生体組織表面の2次元的な質量分析イメージを取得することができる。なお、試料台43上のサンプル44を顕微観察可能な光学系や機構を設けることで、顕微観察を行って質量分析イメージングを行う範囲などをユーザが決めた上で分析を行うことができる。
【0061】
この実施例の構成では、サンプル44に照射されるレーザ光強度を調整することで1回のレーザ光照射で発生するイオンの量を制御することができる。また、複数回のパルス的なレーザ光照射で発生するイオンをまとめて四重極ロッド型イオンガイド14に保持する場合には、そのレーザ光照射の回数を減らすことでイオンの導入量を制御できる。したがって、入口側ゲート電極15を開放状態にしたまま、レーザ光強度を適度に設定する、又はレーザ光照射の繰り返し回数を適度に設定する、のいずれか又は両方により、イオンガイド14に導入されるイオン量が飽和量よりも少なくなるように制御することができる。
【0062】
MALDIやそのほかのLDIでは、1回のレーザ光照射で生成されるイオンの量が少ないため、上述のように複数回の繰り返し照射により生成されるイオンを集めて質量分析するのは一般的である。但し、同じ回数だけレーザ光の繰り返し照射を行うのであれば、少ない繰り返し回数で集めたイオンを質量分析する、というサイクルの回数を増やし、各サイクルで得られた質量分析結果(各質量電荷比m/zに対する信号強度)を積算するほうが高い信号強度が得られる。
【0063】
これについて行った実験結果を図9により説明する。これは、マウス小脳のサンプルに対するm/z=798.5の信号強度を測定するために80回の繰り返しレーザ照射を行った場合のものである。横軸のレーザ照射回数「80」とは、80回の繰り返しレーザ照射で生成されたイオンをイオンガイド14に集積し、それからこの集積したイオンをイオントラップ18に導入して保持し、イオントラップ18から一斉に放出してTOF20で質量分析したものである。この場合、質量分析は1サイクルしか行わないので、質量分析後の信号強度の積算は行われない。一方、例えばレーザ照射回数「20」とは、20回の繰り返しレーザ照射で生成されたイオンをイオンガイド14に集積し、それからこの集積したイオンをイオントラップ18に導入して保持し、イオントラップ18から一斉に放出してTOF20で質量分析する、というサイクルを4回実行して、その4回の質量分析で得られた信号強度を積算処理したものである。つまり、1回のレーザ照射で生成されるイオンの量が一定であるとすると、後者は前者よりも1サイクルにおいてイオンガイド14に導入されるイオン量が1/4になっているとみることができる。
【0064】
図9より、10[μm]、28[μm]、74[μm]の全てのレーザ光スポット径に対して、1サイクル当たりの繰り返し照射回数を減らし、その代わりにサイクル数を増やす(つまり積算回数を増やす)ほうが信号強度が高くなることが分かる。即ち、イオンを少量ずつ小分けして質量分析に供し、その結果を積算したほうが高い分析感度が得られると言える。これは、四重極ロッド型イオンガイド14でイオンが飽和しない範囲であっても、イオンガイド14に集積されるイオンの量が少ないほうがイオンはイオン光軸Cに近い空間に位置し易くなり、より効率的にイオントラップ18に導入されるからではないかと推測できる。
【0065】
但し、特に質量分析にTOFを用いる場合には、質量分析に時間を要するため、上述のようにサイクル数を増やすと分析時間やスループットの点で不利になり易い。したがって、分析目的や試料の種類(例えばイオン化の容易性など)に応じて、分析感度よりも分析時間やスループットを重視したい場合には1サイクル当たりのレーザ光照射繰り返し回数を増やしてサイクル数を減らし、反対に、分析時間やスループットよりも分析感度を重視したい場合には1サイクル当たりのレーザ光照射繰り返し回数を減らしてサイクル数を増やすように分析条件を切り替えるとよい。
【0066】
図6及び図9の結果によれば、本発明で用いた技術により分析感度は従来の5倍程度に改善されることが分かる。例えば質量分析イメージングでは、信号強度が5倍改善するだけで、コントラストが格段に向上した画像を得ることができる。したがって、本発明の効果は大きいと言うことができる。
【0067】
なお、上記実施例では、イオントラップ18に印加される高周波電圧を矩形波電圧とすしたが、高周波電圧を正弦波電圧としたいわゆるアナログ駆動方式のイオントラップとしてもよい。上述したようなデジタル駆動方式のイオントラップでは、入口側エンドキャップ電極182の外側に電場補正用電極17が設けられ、イオンを外部からイオントラップ18内部に導入するために、電場補正用電極17の開口とエンドキャップ電極182のイオン導入口との2つの開口を連続的に通過させることになる。このため、アナログ駆動方式のイオントラップよりもイオンの導入条件は厳しくなり、導入効率を上げるにはイオン光軸C付近にイオンを集積させることが重要である。この点で、本発明は特にデジタル駆動方式のイオントラップを用いた質量分析装置に有効である。
【0068】
また、八重極ロッド型の構成と比べた四重極ロッド型の構成の特徴の1つは、イオンの質量選択性が高いことである。即ち、四重極質量フィルタで行われているように、適宜の直流電圧を高周波電圧に重畳して各ロッド電極に印加することで、特定の質量又は質量範囲のイオンを選択することができる。そこで、四重極ロッド型イオンガイド14に保持するイオンの質量電荷比m/zを所定の範囲に制限し、特定のイオン種のみを多く保持して検出感度を上げることができる。この手法は、MALDIなどにおいて、夾雑物由来の低質量イオンを除去することでイオンガイド14での空間電荷効果を低減し、観測したいイオンの感度を上げるのに有効である。
【0069】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、上述した各種変形のほかにも、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明の一実施例であるIT−TOFMSの概略構成図。
【図2】本実施例のIT−TOFMSにおける四重極ロッド型イオンガイドの概略斜視図。
【図3】四重極ロッド型イオンガイドのイオン光軸C方向の直流ポテンシャルを示す概略図。
【図4】四重極ロッド型と八重極ロッド型とで内接円の径方向に生じるポテンシャル分布を理論値を示す図。
【図5】イオンガイドの出口側端部に集積・保持されるイオンの状態を概念的に示す図であり、(A)は四重極、(B)は八重極。
【図6】入口側ゲート電極の開放時間とピーク強度との関係の測定結果を示す図。
【図7】四重極ロッド型イオンガイドの高周波電場による擬ポテンシャルVqpとイオンの空間電荷効果によるポテンシャルVscとの関係を示す図。
【図8】本発明の別の実施例であるIT−TOFMSの概略構成図。
【図9】同一レーザ照射回数における1サイクル当たりのレーザ照射回数とを信号強度との関係の測定結果を示す図。
【符号の説明】
【0071】
11…ナノESIノズル
12…キャピラリ管
13…イオンレンズ
14…四重極ロッド型イオンガイド
141、142、143、144…ロッド電極
14b…抵抗体被膜層
15…入口側ゲート電極
16…出口側ゲート電極
17、19…電場補正用電極
18…イオントラップ
181…リング電極
182…入口側エンドキャップ電極
183…出口側エンドキャップ電極
20…飛行時間型質量分析器(TOF)
21…リフレクトロン電極
22…イオン検出器
23…イオン化室
24…第1中間真空室
25…第2中間真空室
26…分析室
30…イオントラップ電源部
31…主電源部
32…補助電源部
34…イオンガイド電源部
36…制御部
41…レーザ光源
42…集光光学系
43…試料台
44…サンプル
45…レーザ駆動部
46…試料台駆動部
C…イオン光軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)試料成分由来のイオンを供給するイオン供給源と、
b)外部から導入されたイオンを一旦蓄積し、それ自体で質量分析を行う、又は外部で質量分析を行うためにイオンを放出する三次元四重極型イオントラップと、
c)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
d)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
を備える質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記イオン保持部に保持可能なイオンの飽和量よりも少ない量のイオンを、前記イオン供給源から前記入口側ゲート電極を通して前記イオン保持部に導入して該イオン保持部に保持し、その後に出口側ゲート電極を開放して前記イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入して該三次元四重極型イオントラップにイオンを蓄積するようにしたことを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
三次元四重極型イオントラップに外部からイオンを導入して蓄積した後に質量分析を行う質量分析装置であって、
a)試料成分由来のイオンを供給するイオン供給源と、
b)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
c)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
d)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部に保持可能なイオンの飽和量よりも少ない量のイオンを該イオン保持部に導入して保持させるように前記イオン供給源又は前記入口側ゲート電極を制御し、その後に該イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入するように前記出口側ゲート電極を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置であって、前記イオン供給源は試料又は試料成分を含む被調製物へのレーザ光の照射によりイオン化を行うイオン源であり、前記制御手段は、前記イオン保持部から前記三次元四重極型イオントラップに導入するイオンを前記イオン保持部に保持する際の前記イオン源におけるレーザ光照射回数を減らす又は1回の照射レーザ光強度を弱めることにより、前記イオン保持部に保持されるイオン量を飽和量よりも少なくすることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の質量分析装置であって、試料又は被調製物上における前記レーザ光の照射位置を2次元的に走査することにより、2次元的な質量分布情報を取得することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項2に記載の質量分析装置であって、前記イオン供給源は試料成分を含む試料溶液を略大気中に噴霧して試料成分をイオン化する大気圧イオン源であり、前記制御手段は、該大気圧イオン源におけるイオン生成条件と前記入口側ゲート電極の開放時間との一方又は両方の設定により、前記イオン保持部に保持されるイオン量を飽和量よりも少なくすることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項5に記載の質量分析装置であって、前記イオン供給源はナノエレクトロスプレイイオン源であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項2乃至6のいずれかに記載の質量分析装置であって、前記三次元四重極型イオントラップは、一対のエンドキャップ電極及びリング電極に印加される電圧が矩形波形状であり、入口側エンドキャップ電極に形成されたイオン導入口の外側に電場補正用電極を有するものであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項2乃至7のいずれかに記載の質量分析装置であって、前記イオン保持部の各ロッド電極に印加する直流電圧及び高周波電圧を調整することで、該イオン保持部に保持するイオンの質量選別を行うことを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
a)試料又は試料成分を含む被調製物へのレーザ光の照射により試料成分をイオン化するイオン供給源と、
b)外部から導入されたイオンを一旦蓄積し、それ自体で質量分析を行う、又は外部で質量分析を行うためにイオンを放出する三次元四重極型イオントラップと、
c)前記イオン供給源と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設され、イオンの閉じ込めを行うための高周波電場と入口側から出口側に向かって電位勾配を有する直流電場とにより、出口端部側にイオンを集積して保持可能な四重極ロッド型のイオン保持部と、
d)前記イオン供給源と前記イオン保持部との間に配設された入口側ゲート電極と、
e)前記イオン保持部と前記三次元四重極型イオントラップとの間に配設された出口側ゲート電極と、
を備える質量分析装置を用い、前記イオン供給源において複数回のレーザ光照射に応じて生成されたイオンを前記入口側ゲート電極を通して前記イオン保持部に導入して保持し、その後に前記出口側ゲート電極を開放して前記イオン保持部の出口端部側に集積したイオンを一斉に前記三次元四重極型イオントラップに導入して該三次元四重極型イオントラップに蓄積し、それから蓄積したイオンに対する質量分析を実行する質量分析方法であって、試料上又は被調製物上の同一部位に対する質量分析結果を得るために、
前記イオン保持部にイオンを保持させる際の前記イオン供給源でのレーザ光照射の所定の繰り返し回数を複数に分割し、
その分割された繰り返し回数のレーザ光照射で生成されたイオンを前記イオン保持部に保持し、該イオンを前記三次元四重極型イオントラップに導入して質量分析する、というサイクルを前記分割数だけ繰り返し、
各質量分析で得られた結果を積算することを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−222554(P2009−222554A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−67343(P2008−67343)
【出願日】平成20年3月17日(2008.3.17)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】