説明

質量分析装置及び質量分析方法

【課題】固体・液体試料が、どんな成分であっても、また溶媒があっても無くても、熱分解がなく液体・固体試料を構成する原子団のイオンを計測する。
【解決手段】液体試料又は固体試料が気化できるように所定の温度とされたイオン化室11と、液体試料又は固体試料をイオン化室に導入する手段と、イオン化室内で気化した液体試料又は固体試料をフラグメントフリーでイオン化する手段と、イオン化された液体試料又は固体試料の原子団の質量を測定する質量分析計と、を備える。排気手段により排気し得る第一及び第二の容器と、第二の容器は前記第一の容器とアパーチャによって接続され、イオン化室は前記第一の容器に設けられ、質量分析計は第二の容器に設けられている構成をとることができる。液体試料は霧状に、固体試料は微粒子状にして導入することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱分解しやすい固体・液体試料をフラグメントフリーで測定する質量分析装置、特にイオン化にイオン付着方式を用いた質量分析装置及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン付着質量分析装置(IAMS;Ion Attachment Mass Spectrometer )は、被測定ガスを解離(フラグメント)させずにイオン化して質量分析を行なう、すなわちフラグメントフリー質量分析装置である。そして、このイオン付着質量分析装置は、特にイオン化の際に分解(解離・開裂・フラグメント)しやすい有機物の分析に大変有効となっている。
【0003】
非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5によりイオン付着質量分析装置の報告がなされている。また、関連技術が、特許公報(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6など)に公開されている。
【0004】
図9および図10に従来の固体・液体試料用質量分析装置の構成の一例を示す。いずれも、イオン化にはイオン付着方式が使用されている。
【0005】
エミッタ・イオン化室100、試料気化室101は第一の容器130、質量分析計108は第二の容器140に配され、第一及び第二の容器130,140は真空ポンプ109により減圧される。したがって、エミッタ・イオン化室100、試料気化室101、及び質量分析計108はすべて大気圧より低い減圧雰囲気に存在している。金属酸化物であるエミッタ107は加熱され、Liなどの正電荷の金属イオンを発生する。
【0006】
試料気化室101にて加熱された固体・液体試料105は、気化され中性気相分子(ガス)106となる。その後、中性気相分子106は自身の拡散、ガスの流れ、浮力などによりイオン化室方向に移動して、イオン化室100に導入される。固体・液体試料105は試料ホルダ104に挿入され、傍熱ヒータ103で加熱される。傍熱ヒータ103、試料ホルダ104は試料挿入プローブ102の先端に設けられる。
【0007】
次に、中性気相分子106はイオン化室100にてイオン化されてイオンが生成する。イオン付着方式の場合には、中性気相分子の電荷の片寄りがある場所に金属イオンが付着する。金属イオンが付着した分子は、全体として正電荷を持つイオンとなる。付着の際に余分となるエネルギーは非常に小さいため分子は分解しない。
【0008】
最終的には、生成されたイオンは電場による力を受けてイオン化室100から質量分析計108まで輸送され、質量分析計108によりイオンは質量ごと分別・計測される。固体・液体ではなく気体(ガス)の試料の場合には、試料気化室101は存在せず気体試料は配管によってイオン化室100に直接導入される。
【0009】
分解せずに本来の分子のままイオン化させることが出来るイオン付着方式では、迅速かつ簡便な測定を高精度で行なえるという利点を有する。具体的には、イオン付着方式では計測される質量スペクトルには分解ピークは存在せず、本来の分子ピークのみが出現する。簡単に言えば、n種の成分を含む試料ではn本のピークが出現し、その質量数から各成分の同定・定量を行うことが出来る。そのため、複数の成分が存在する混合試料であっても、成分分離せずにそのまま測定することが出来る。
【0010】
イオン付着方式以外では、質量スペクトルに雑多な分解ピークが出現するため、質量分析の前にガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)によって成分分離を行う必要がある。また、多くの試料でGC/LCでの成分分離が正常に行えるように試料ごとに異なる複雑で手間のかかる前処理が必要となる。通常、成分分離には数十分、前処理には数時間から数十時間も必要となる。イオン付着方式では、前処理も成分分離も不要で、わずか数分で測定が完了するメリットがある。
【0011】
しかしながら、一部の試料では、気化と同時に分子が分解(熱分解)してしまうことがある。このような試料に対しては、たとえイオン付着方式を使用してイオン化の際の分解が無いとしても、気化の際の分解によって本来の分子のままのイオンを生成することが出来ない。
【0012】
熱分解しやすい試料を熱分解なしに気化させる対策として、急速加熱法が知られている。これは、試料を急速に加熱させることにより、熱分解が始まる前に気化させてしまう方法である。しかし、通常ダイレクトインレットプローブ(DIP)と呼ばれている従来例の図9では、試料105だけでなく熱容量の大きな試料ホルダー104や試料挿入バー102も一緒に傍熱ヒータ103によって加熱するため急速加熱は難しい。この方式では、一般的には気化温度に達するまで数分も必要であった。
【0013】
そこで、通常ダイレクトエクスポージャープローブ(DEP)と呼ばれている改良された従来例の図10では、試料105だけを直熱ヒータ110によって加熱するため急速加熱が可能であり、気化温度まで数秒に短縮されたとなった。しかし、これではまだ熱分解する試料が多かった。また、試料気化室101とイオン化室100が離れているため、たとえ気化された時には熱分解が避けられたとしても、イオン化室100まで移動する間に熱分解することもある。
【0014】
一方、通常パーティクルビームと呼ばれている従来例の図11は、媒体(溶媒)に試料成分が溶解・混入している溶液試料を連続的に計測する液体クロマトグラフ/質量分析装置(LC/MS)のインターフェースとして利用されている。このパーティクルビームでは、溶液試料125を噴霧器124で微粒子として、加熱された試料気化室123で気化(中性気相分子と)してからイオン化室100に導入する。また、試料気化室123において測定の邪魔となる溶媒を除去・排気して試料の濃縮を行うことが特徴となっている。セパレータ120では、排気管121により排気されている領域に気化したガスを噴出させ、重い分子(試料成分)だけを通り抜けさせ、軽い分子(溶媒)は排気させている。122は試料気化室123を加熱するヒータである。
【0015】
ただし、気化温度の高い成分が試料気化室では充分に気化されず微粒子のままイオン化室に入る場合、あるいは凝集(独立していた分子同士が寄り集まって集合体を形成)しやすい成分が試料気化室で気化された後に微粒子を形成してイオン化室に入る場合もある。
【0016】
なお、イオン化法としては中性気化分子に対するイオン化として一般的である電子イオン化法(EI)が使われている。
【0017】
また、LC/MS用に使われるイオン化としては最も一般的であるエレクトロンスプレーイオン化(ESI)法では、溶液試料のまま(気化せずに)イオン化するので、熱分解の影響が少なくなっている。尚、上記の従来例で使用されている電子イオン化(EI)及びエレクトロンスプレーイオン化(ESI)ともフラグメントフリーなイオン化方法ではない。
【0018】
なお、これらを使用したGC/LC測定では手間・時間がかかるだけでなく、定量測定の際には高価な内部標準試料を用いなければならない大きな問題点もあった。LC測定で内部標準試料が求められるのは、前処理・成分分離において何段階ものプロセスを経るために絶対値での比較が出来なくなるためである。この点、前処理・成分分離が不要のイオン付着方式では内部標準試料なしの定量測定が可能となっている。
【特許文献1】特開平6-11485号公報
【特許文献2】特開2001-174437号公報
【特許文献3】特開2001-351567号公報
【特許文献4】特開2001-351568号公報
【特許文献5】特開2002-124208号公報
【特許文献6】特開2002-170518号公報
【非特許文献1】Hodge(Analytcal Chemistry vol.48 No.6 P825 (1976) )
【非特許文献2】Bombick(Analytcal Chemistry vol.56 No.3 P396 (1984)
【非特許文献3】藤井(Analytcal Chemistry vol.61 No.9 P1026 (1989)
【非特許文献4】Chemical Physics Letters vol.191 No.1.2 P162 (1992)
【非特許文献5】Rapid Communication in Mass Spectrometry vol.14 P1066 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
固体・液体試料が、どんな成分であっても、また溶媒があっても無くても、熱分解がなく液体・固体試料を構成する分子の質量を計測することが可能であり、これによって迅速かつ高精度な測定を行なえること、また簡便かつ安価に定量測定が行えることが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の質量分析装置は、液体試料又は固体試料が気化できるように所定の温度とされたイオン化室と、
前記液体試料又は固体試料を前記イオン化室に導入する手段と、
前記イオン化室内で気化した前記液体試料又は固体試料をフラグメントフリーでイオン化する手段と、
イオン化された前記液体試料又は固体試料の分子の質量を測定する質量分析計と、を備えた質量分析装置である。
【0021】
本発明の質量分析方法は、液体試料又は固体試料が気化できるように所定の温度とされたイオン化室に、液体試料又は固体試料を導入して、前記液体試料又は固体試料を気化させ、
前記イオン化室内で気化した前記液体試料又は固体試料をフラグメントフリーでイオン化し、
イオン化された前記液体試料又は固体試料の分子の質量を質量分析計で測定する質量分析方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、固体・液体試料が、どんな成分であっても、また溶媒があっても無くても、熱分解がなく液体・固体試料を構成する原子団のイオンを計測することが可能となる。これによって迅速かつ高精度な測定を行なえること、また簡便かつ安価に定量測定が行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について図面を用いて詳細に説明する。
(第1の実施形態)
本発明に係る第1の実施形態の質量分析装置の全体図を図1に示す。試料は固体試料である。まず、固体試料を乳鉢や凍結粉砕などで微粒子状とし、微粒子化した固体試料10をイオン化室11の上方に位置している固体試料落下機構から重力による落下によって、試料を高温となっているイオン化室11の内部に直接導入する。なお、微粒子の輸送には、重力落下以外にキャリアガスの流れを利用することも可能である。
【0024】
固体試料10はイオン化室11の内部の熱を吸収して昇温するが、それぞれの微粒子は熱容量が小さいので極めて急速に加熱される。粒径・温度などに依存するが、一般的にはmS(ミリ秒)オーダで気化温度に達すると考えられる。このため、熱分解しやすい試料であっても、熱分解せずに気化させることが出来る。尚、上記微粒子の大きさとしては、1μm以上で、10μm以下であることが望ましい。微粒子化した固体試料10の気化はイオン化室11内の空間である領域13で行われ、この領域13で固体試料10が急速加熱され、気化し、エミッタ12から放出された金属イオンが付着してイオン化が行われる。
【0025】
また、固体試料10の昇温はイオン化室11の内部の温度まで進むがその後は一定となるので、イオン化室11の温度を気化温度より少しだけ高くしておけば、気化した中性気化分子に対して過剰な熱が加わることがなく、熱分解などの熱変質を回避することが出来る。すなわち、気化に必要十分な温度まで急速に加熱した後は、熱変質の少ない温度に保つことが出来る。
【0026】
さらに、気化がイオン化室11の内部で行なわれるので、気化したその場で直ちに(すなわち、同じ時空で)イオンが生成されることになる。したがって、試料気化室とイオン化室が分離している従来方式に比べて、時間の点で熱変質がより少なく、また空間の点で損失(途中の壁への吸着など)が大幅に少なくなる。
【0027】
イオン化室11にはエミッタ12から、Liなどの正電荷の金属イオンから入射(流入)される。金属イオンは気化された分子に付着し、金属イオン付着分子が質量分析計16、二次電子増倍管17を用いて質量分析が行われる。イオン化室11、エミッタ12は第一の容器14に配置され、質量分析計16は第二の容器15に配置される。第一の容器14及び第二の容器15は真空ポンプ18により大気圧より低く減圧される。第一の容器14は穴が設けられた壁19(アパーチャとなる)を介して第二の容器と接続される。
【0028】
図2及び図3は図1に示した質量分析装置の一部拡大図である。固体試料落下機構21が試料挿入プローブ20の先端に設置されており、ロードロック室26を経て第一の容器(真空チャンバー)14内のイオン化室11の上方に位置することが出来る。すなわち、図2に示されているように、試料バルブ27が閉じられた状態で試料挿入プローブ20の先端(=固体試料落下機構21と試料)はロードロック室26に装着された後、排気バフル25が開いてロードロック室26が排気管28から排気され真空状態になる。その後、図3に示されているように、試料バルブ27が開いて試料挿入プローブ20の先端がイオン化室11の上方に移動する。
【0029】
固体試料落下機構21の試料ホルダ22は、微粒子の固体試料10を収容しているが、外部からの操作で試料ホルダ22の上下が反転して固体試料10を落下させることが出来る。外部からの操作の具体例としては、試料ホルダ22の支え棒が回転機構23となるラック・アンド・ピニオンで回転する、あるいは回転自由となっている試料ホルダの底に取付けられているワイヤーを上方に引っ張るなどが考えられる。
【0030】
固体試料落下機構21とイオン化室11の間には漏斗30があり、効率・精度の良くイオン化が行なわれるイオン化室の中心付近に固体試料10が導入される。ここでは、漏斗30が示されているが、必ずしも係る形状に限定されず、イオン化室11側に先端が向いており、且つ少なくとも先端部に孔がある中空錐体であればよい。すなわち、イオン化室11内の空間である領域13に固体試料が落下できるような形状であればよい。漏斗の場合には中空円錐体の先端に細管が接続される形状となるが、このような形状も先端部に孔がある中空錐体である。
【0031】
また、固体試料落下機構21と漏斗30には、それぞれ振動を与える加振器24、32が取り付けられており、微粒子である固体試料10が機械部表面に固着せず、また微粒子が固まらずにスムーズに輸送できるようにしている。なお、漏斗30内にはメッシュ31が取り付けられており、大きな粒子は落下しないようにしている。さらに、イオン化室11の底には排出口11Aがあり、気化しなかった微粒子は速やかに排出され、高温のイオン化室11の内部に留まって熱分解などが発生しないようにしている。これらによって、気化・イオン化の効率および精度を確保している。
【0032】
なお、定量精度を確保するためには、イオン化室内で瞬時に均一に加熱させること、最適な粒径と粒径をそろえること、落下させた時に飛散せず落下すること、イオン化が起こる空間へ粒子を均等に落とすことなどが重要となる。
【0033】
上記のようにイオン化室11内の空間で加熱・気化されるのが理想であるが、試料が気化しにくい物質の場合、あるいは粒子サイズをあまり小さく出来ない場合には、図4に示すように、イオン化室の中(底辺あたり)に直接通電して加熱されたボート(高融点材料製)33を設置してそこに試料を落下させて加熱・気化させることも可能である。
【0034】
また、微粒子を落下させるのが最も自然(簡単)であるが、ガス流で微粒子をイオンに吹き込むことも出来る。この場合は方向の制限が無くなる、イオン化室11内での滞在時間を制御できるなどのメリットがある。
【0035】
また、本実施形態のイオン付着方式と従来のパーティクルビーム(図11)とを組合せることもできる。試料は溶液試料(溶媒を伴う)である。図11のイオン化方式を図1のイオン付着方式に代えたものとなる。
【0036】
従来のパーティクルビームでも気化温度の高い成分が試料気化室では充分に気化されず微粒子のまま、あるいは凝集しやすい成分が気化された後に微粒子を形成してイオン化室に入る場合もあるが、本実施形態ではこれらの試料に対しても、気化およびイオン化の両方でフラグメントフリーを実現することができる。
【0037】
(第2の実施形態)
図5は本発明に係る第2の実施形態の質量分析装置の概略的な全体図である。試料は液体試料(溶媒を伴わない)である。液体試料は噴霧室40によって微粒子にされ、噴霧力(霧発生のための高い圧力を受けて微粒子が前進する力)によって、高温となっているイオン化室11の内部に直接導入され、領域13で気化される。なお、噴霧力の代わりに、キャリアガスの流れや重力落下による輸送も可能である。その他、噴霧室40による微粒子化以外は、図1の固体試料用と同じ全体構成となる。
【0038】
(第3の実施形態)
本発明の第3の実施形態のプロセスを図6に示す。試料は固体・液体試料、あるいは溶液試料(溶媒を伴う)である。溶液試料の場合はそのまま、また固体・液体試料の場合には、試料を拡散させる溶媒を用意する。定量測定の場合には、試料と溶媒を秤量し、必要に応じて分取を行なう。
【0039】
次に、粒状の担体を利用する。担体とは、その表面に試料を付着・固定してイオン化室に試料を確実、正確に、また容易に導入するためのものである。
【0040】
図6に示す通り、固体・液体試料を拡散させた溶媒、あるいは溶液試料を満たしたビーカなどに担体を浸して、担体の表面に試料を付着させる。その後、溶媒を揮発させて、試料を担体の表面に固定する。その後は、第1の実施形態(図1と図2、図3又は図4)での試料の代わりにこの担体を使用する。
【0041】
担体は、気化しにくい微粒子であればいかなる材料であっても構わない。表面に試料が均一に付着しやすいもの、試料と反応しにくいもの、熱変質を受けにくいもの、粒径が揃っているもの、熱容量が小さいものであれば尚良い。固体・液体試料だけの場合には、微粒子にするのが困難、あるいは粒径を揃えることが困難な場合があるが、担体を使えばこの問題は解決する。また、試料が軽すぎる、固着しやすい場合などにも効果がある。さらに、定量測定の場合に挿入する試料量はわずかとなりそのまま秤量するのは困難な場合が多いが、溶媒利用の分取によってこの問題は解決する。
【0042】
なお、ビーカの内表面が微粒子の総表面積よりも小さいことが前提となる。それは試料が担体ではなく容器に吸着しては精度・感度が大幅に落ちてしまうからである。ただ、容器の面積が大きくても、担体よりも十分に円滑・不活性な表面であれば問題は回避できる。担体の具体例としては、一般的には珪素系のガラス微粉末、SiO2、及び珪藻土、海砂が利用でき、また炭素系のフラーレン、カーボンナノチューブ、吸着炭などが利用できる。熱変質を重視する場合には、無機塩(硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、塩化ナトリウムなど)、アルミナが望ましい。
【0043】
担体表面の特性の違いを利用することにより、成分の抽出(試料から特定成分のみを取り出す)、分画(試料成分を種類分けする)などの試料の前処理を行なうことも可能である。すなわち、特定の成分にだけ吸着性を持つ担体を使用すれば、特性成分のみが担体表面に高濃度で付着し他の成分は液体に残るので、これは抽出を行なったことになる。また、複数のプロセスで異なる吸着性を持つ担体を使い、同じ試料をそれぞれのプロセスで特性成分を抽出すれば、これは分画を行なったことになる。
【0044】
なお、吸着性のある担体では、加熱・気化時に試料と反応を起こしてしまうこともある。この対策としては、一度担体表面に固定された成分を新たな(溶質のない)溶媒に溶解して、それを今度は不活性の担体に固定してから装置に導入すれば良い。
【0045】
さらに、複雑な試料から一種類の特定成分を抽出したい場合、一回で特定成分のみを吸着させることは困難となる場合が多い。この場合には、担体表面への選択的な固定とその溶解を1セットとして、大まかな選択から順次細かい選択へと複数のセットを行なうことが有効となる。
【実施例1】
【0046】
以下、本実施形態の質量分析装置を用いた具体的な実施例について説明する。
【0047】
質量分析装置としては、図1、図2及び図3に示した質量分析装置を用いた。試料は微結晶状のスクロースを乳鉢により粒径1〜10μmまで微細した。微細化したスクロースの0.1〜0.2mgをイオン化室11内に導入した。メッシュ31は上記粒径を超える微粒子がイオン化室11に導入されないものとした。測定条件は、プライマリイオン:Li、イオン化室温度:約300℃、イオン化室の圧力:約40Pa(N2)、計測サイクル時間:150 msec/scanである。
【0048】
図7は従来の試料ホルダ加熱法によるスクロースのイオン付着質量分析装置(IonAttachment Mass Spectrometer)によるマススペクトル(以降IAマススペクトルと略記する)を示す特性図である。図8は本発明に係わる第1の実施形態の質量分析装置を用いたスクロースのIAマススペクトルを示す特性図である。熱分解しやすい多糖のスクロースは従来のDIPでは熱分解が激しかった(図7)が、本実施形態の質量分析装置では熱分解の全くない結果(図8)が得られた。
【0049】
ここでは、試料としてスクロースを取り上げたが、他の試料に関しても今回のスクロースに対する条件を基準として設定することができる。ただし、イオン化室の温度は被測定試料の気化温度よりも若干高めに設定するのが望ましいので、必要に応じて変化させてもよい。具体的には、気化しにくい試料では300℃以上に、熱分解しやすい成分では300℃未満とする場合がある。
【0050】
また、スクロースの例では試料そのものが被測定成分であったが、もし被測定成分が母材にわずか含有されている場合では導入する試料量はその割合に概ね反比例して多くするのが望ましい。具体的には、被測定成分が0.1 mg 程度となるように導入する試料量を調整すれば、常に充分なS/N比(信号/ノイズ比)で測定することが出来る。
【0051】
なお、粒径は小さければ小さいほど昇温速度は速くなる、そして昇温速度が速ければ早い程分解(熱分解)はしない。従って、分解しやすい試料では出来るだけ微細にした方がよい。すなわち、必要な粒径は被測定成分の分解しやすさに依存することとなり、実際には成分の分解性と微細化の時間・手間とで粒径が決まることになる。
【0052】
担体を使用する場合も、測定条件に関しては上記と同じ条件を用いることができる。
【0053】
以上、本発明を適用するフラグメントフリーイオン化法としては、既に説明したイオン付着法が望ましい。しかし、その他にもH3OイオンからのH(プロトン)が付着することによるPTR(Proton Transfer Reaction http://www.ptrms.com/index.html)、および水銀イオンなどからの電荷交換によるIMS(Ion Molecule Spectrometer http://www.vandf.com/)などを利用することも可能である。
【0054】
また、イオン付着法で使用するイオンとしてLiの例を示したが、これに限定されずK、Na、Rb、Cs、Al、Ga、Inなども使用できる。また、質量分析計としてはQポール型質量分析計(QMS)、イオントラップ型質量分析計(IT)、磁場セクター型質量分析計(MS)、飛行時間型質量分析計(TOF)、イオンサイクロトロンレゾナンス型質量分析計(ICR)などあらゆる種類の質量分析計を使用することが出来る。
【0055】
さらに全体構造としては、イオン化室が設けられた第一の容器と質量分析計が設けられた第二の容器による二室構造を示したが、これに限らない。フラグメントフリーイオン化法ではイオン化室の外側の空間の圧力は0.01〜0.1Paとなるが、この圧力で動作できる質量分析計では一室構造が可能であり、桁違いに低い圧力を必要とする質量分析計では三室あるいは四室構造となる。一般的に、超小型QMSやITでは一室構造、通常のQMSやMSでは二室構造、TOFは三室構造、ICRは四室構造が適当と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は熱分解しやすい固体・液体試料をフラグメントフリーで測定する質量分析装置、特にイオン化にイオン付着方式を用いた質量分析装置に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係る第1の実施形態の質量分析装置の概略的な全体図である。
【図2】図1に示した質量分析装置の一例の一部拡大図である。
【図3】図1に示した質量分析装置の一例の一部拡大図である。
【図4】図1に示した質量分析装置の他の例の一部拡大図である。
【図5】本発明に係る第2の実施形態の質量分析装置の概略的な全体図である。
【図6】本発明に係る第3の実施形態の質量分析方法を示す説明図である。
【図7】従来の試料ホルダ加熱法によるスクロースのIAマススペクトルを示す特性図である。
【図8】第1の実施形態の質量分析装置を用いたスクロースのIAマススペクトルを示す特性図である。
【図9】従来の固体・液体試料用質量分析装置の構成の一例を示す図である。
【図10】従来の固体・液体試料用質量分析装置の構成の他の一例を示す図である。
【図11】従来の固体・液体試料用質量分析装置の構成の他の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
10 固体試料
11 イオン化室
12 エミッタ
14 第一の容器
15 第二の容器
16 質量分析計
17 二次電子増倍管
20 試料挿入プローブ20
21 固体試料落下機構
22 試料ホルダ
24 加振器
30 漏斗
31 メッシュ
34 加振器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料又は固体試料が気化できるように所定の温度とされたイオン化室と、
前記液体試料又は固体試料を前記イオン化室に導入する手段と、
前記イオン化室内で気化した前記液体試料又は固体試料をフラグメントフリーでイオン化する手段と、
イオン化された前記液体試料又は固体試料の分子の質量を測定する質量分析計と、を備えた質量分析装置。
【請求項2】
排気手段により排気し得る第一及び第二の容器と、
前記第二の容器は前記第一の容器とアパーチャを介して接続され、
前記イオン化室は前記第一の容器に設けられ、前記質量分析計は前記第二の容器に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記液体試料又は固体試料は微粒子状で前記イオン化室に導入されることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記液体試料又は固体試料は粒状の担体の表面に固定されて前記イオン化室に導入されることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記イオン化室に排出口があることを特徴とする請求項1乃至4のうちのいずれか一項に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記イオン化室に前記液体試料又は固体試料を加熱し、気化するための加熱手段を有することを特徴とする請求項1乃至4のうちのいずれか一項に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記液体試料又は固体試料は重力を利用して前記イオン化室に導入されることを特徴とする請求項1乃至6のうちのいずれか一項に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記イオン化室に導入する手段は前記固体試料を前記イオン化室へ落下させる落下手段を有し、前記落下手段は、前記イオン化室側に前記落下手段の先端が向いており、且つ少なくとも先端部に孔がある中空錐体を備えていることを特徴とする請求項7に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記落下手段は前記固体試料を落下させるための振動手段を備えていることを特徴とする請求項8に記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記イオン化する手段は、加熱されることにより金属イオンを放出するエミッタを有し、
前記イオン化室には前記エミッタから前記金属イオンが流入し、気化された前記液体試料又は固体試料の分子に前記金属イオンが付着してイオン化が行われることを特徴とする請求項1乃至9のうちのいずれか一項に記載の質量分析装置。
【請求項11】
液体試料又は固体試料が気化できるように所定の温度とされたイオン化室に、液体試料又は固体試料を導入して、前記液体試料又は固体試料を気化させ、
前記イオン化室内で気化した前記液体試料又は固体試料をフラグメントフリーでイオン化し、
イオン化された前記液体試料又は固体試料の分子の質量を質量分析計で測定する質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−270838(P2009−270838A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−119042(P2008−119042)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、革新技術開発研究事業に関する委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503421139)キヤノンアネルバテクニクス株式会社 (26)
【Fターム(参考)】