説明

質量分析装置及び質量分析方法

【課題】 多種類のバックグラウンド成分中に少数の疾患マーカー成分が含まれる試料について、MSを用いた疾患マーカー探索を行うには、APCI/MSとEI/MSを併用する方法が有用であるが、2台のMSを必要とし、装置コストが高いという問題があった。
【解決手段】 APCIとEIを切り替え可能なイオン源を有する質量分析装置において、APCIイオン源の上流に、APCI測定に適した条件で試料を分離できる第1のGCを接続する。第1のGCで分離した試料の一部を、流路を分岐させることにより第2のGCに導入する。第2のGCにおいて、試料中に含まれる目的物質とバックグラウンド成分をさらに分離し、EIイオン源に導入する。目的物質とバックグラウンド成分を分離することで、バックグラウンド成分の影響を受けることなく、目的物質のEIスペクトルを取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフィにより分離された試料ガスを分析する質量分析装置及
びそれを用いた分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下では、ガスクロマトグラフィをGC(Gas Chromatography)、液体クロマトグラフィをLC(Liquid Chromatography)、質量分析計をMS(Mass Spectrometer)、ガスクロマトグラフィと質量分析計を結合した装置をGC/MS(Gas Chromatography / Mass Spectrometer)、大気圧化学イオン化をAPCI(Atmospheric Pressure Chemical Ionization)、化学イオン化をCI(Chemical Ionization)、電子衝撃イオン化をEI(Electron Impact)、エレクトロスプレーイオン化をESI(Electro-spray Ionization)とそれぞれ略記する。
【0003】
近年、質量分析装置を疾患の診断に用いようとする研究が多くなされるようになってきた。特に、疾患マーカーを探索する用途でよく用いられている。
【0004】
疾患マーカーの探索では、健常者と、特定の疾病の罹患者から検体を取得し、それらに含まれる代謝物やタンパク質などを質量分析装置によって網羅的に分析し、健常者と罹患者の間で差異のある物質を見出す。疾患マーカー探索の検体としては、呼気や、尿のヘッドスペースガスといった気体試料や、血液、尿、唾液、涙などの液体試料、あるいは細胞や組織が用いられる。疾患マーカーの信頼性を確保するために、多数の検体を測定しなければならない。また、これらの検体に非常に多種類含まれる物質の中から、健常者と罹患者の間で差異のある少数の物質を見つけ出さなければならない。さらに、発見された疾患マーカーと疾患の発生メカニズムとの関連を考察するためには、発見された疾患マーカーを、どのような物質であるか同定しなければならない。この作業を効率的に行うためには、気体試料ではGC/APCI/MSとGC/EI/MSの併用が、液体試料ではLC/APCI(またはESI)/MSとLC/EI/MSの併用が有用である。
【0005】
APCI/MSは、イオン−分子反応を用いて混合試料中の微量成分をイオン化し高感度に検出する装置であり、環境試料、生体試料中の微量成分の分析に利用されている。APCIはソフトなイオン化方法であり、イオン化に際して分子が壊れにくい。従って、分子の分子量が測定でき、また、複数の物質が同時にイオン源に入りイオン化されても、各々の分子量が測定できる。検体には数千種類の物質が含まれているため、実際にはイオン化の前に、GCによる分離が必要であるが、複数の物質を同時に検出できるため、短時間の粗い分離でよい。このため、APCI/MSは、多数の検体を測定して比較し、差異のある物質を見出すのに有用である。特開平9−15207号公報には、半導体製造用の特殊ガスを含む各種微量不純物分析を行うGCとAPCI/MSとを結合した高感度分析装置が記載されている。この装置は、GCのカラムで分離された試料ガスをキャリアガスと混合してラインを介してAPCI源へ導入し、分析する。
【0006】
一方、EI/MSは、熱電子を分子に衝突させるという高エネルギーのイオン化方法を用いた質量分析装置であり、イオン化の際に分子が壊れることで生ずるフラグメントイオンのパターンから、物質を同定できる。非特許文献1では、APCI/MSとEI/MSを併用した例として、GCで分離した後、流路を分岐ティーで分流し、APCI/MSとEI/MSに導入し、2台のMSで同時に測定を行うという方法が述べられている。
【0007】
また、特開平11−307041号公報には、2種類のイオン源を1台のMSに装着した例として、CI用の第1イオン化室、EI用の第2イオン化室、及び質量分析部を直列に隣接させ、各イオン源の間にはイオンが通過するための通過口を設けた装置が記載されている。試料ガスは、第1イオン化室に入り、通過口を通して、第2イオン化室に導入される。CI動作時にはEI動作を停止した状態で試料ガスをイオン化し、EI動作時にはCI動作を停止した状態で試料ガスをイオン化して、導入された試料を2つのイオン源を切り替えて分析する。
【0008】
特開2000−357488号公報には、1台のLCから流出する成分を分岐ティーで分流し、ESIとAPCIの2つのイオン源に送る装置が記載されている。イオン源を切り替えることにより、2つのイオン化方式で分析することができる。
また、特許文献4には、混合物試料を高度に分離する方法として、分離方式の異なる2つのLCを用いた装置が記載されている。1つめのLCで分離した試料を紫外可視吸光光度計で測定し、複数のトラップカラムに分割して吸着させ、さらに2つめのLCで分離して、質量分析装置で測定する。これにより、多種類の物質を含む試料の分離度が向上する。
【0009】
【特許文献1】特開平9−15207号公報
【特許文献2】特開平11−307041号公報
【特許文献3】特開2000−357488号公報
【特許文献4】特開2003−254955号公報
【非特許文献1】Journal of Agricultural and Food Chemistry (2002) p.5400-5405 (ジャーナル オブ アグリカルチュアル アンド フード ケミストリー 2002年、第5400項から第5405項)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
気体試料について、MSを用いた疾患マーカー探索を行うには、APCI/MSとEI/MSを併用する方法が有用であるが、2台のMSを必要とし、装置コストが高いという問題があった。
【0011】
EI/MSは、イオン化の際に分子が壊れることで生ずるフラグメントイオンのパターンから物質を同定することができ、既に10万種類以上の物質のEI/MSスペクトルがデータベース化されていることにより、データベース検索を行うことで物質を同定することができる。しかし、EIイオン化では多数のフラグメントが生ずることから、EI/MSスペクトルは1物質から複数のフラグメントイオンが観測される。このため、複数の物質が同時にイオン化された場合、スペクトルが複雑になり、同定精度が低下する。これは、多種類のバックグラウンド成分の中に存在する少数の目的物質を同定する際には特に問題であった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の質量分析装置では、試料のイオン化を行う第1の試料イオン源と第2の試料イオン源が隣接して設けられ、第2の試料イオン源の下流に質量分析部がある。
【0013】
第1の分離部に導入された試料は、第1の分離部におけるカラム条件等に従い分離される。第1の分離部で分離された試料は分岐部で2方向に分流される。分流された試料は、一方は第1の試料イオン源に導入され、もう一方は第2の分離部へ送られる。第2の分離部に送られた試料は、第2の分離部におけるカラム条件等に従ってさらに分離され、第2の試料イオン源に導入される。
【0014】
また、分岐部と第2の分離部との間に、遅延流路を設ける。遅延流路は例えば、内面が不活性なシリカキャピラリなどを必要な遅延時間が発生する長さに切断して用いる。第1の分離部で分離された試料が、分岐部を経て遅延流路を通過するのに要する時間が、第1の分離部で分離された試料が第1の試料イオン源でイオン化され、検出されるまでの時間よりも長くなるように、遅延時間を設定することで、第1の試料イオン源でイオン化された試料から目的物質を検出した後に、第2の分離部の上流に設けられたバルブの切り替えが可能となるので、目的物質の含まれる試料を排出してしまうことなく、第2の分離部に送ることができる。
【0015】
また、遅延流路と第2の分離部の間に、第1の分離部で分離した試料をトラップカラムに送る機構を設ける。トラップカラムによる試料の捕捉・脱離を制御することで、第2の試料イオン源へより多くの試料を導入することができ、特に少量しか含まれない物質をEI/MSで同定する場合には、イオン強度が向上することから、同定精度が向上する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、1台のMSで2種類のイオン源によるイオン化ができ、かつ、物質の同定精度を向上させることができる。
【実施例1】
【0017】
図1に、本発明に基づく質量分析システムの装置構成例を示す。
【0018】
イオン源としては、圧力の高いイオン源と圧力の低いイオン源を組み合わせて用いることができる。例えば、APCIとEI,ESIとEI,CIとEI,APCIとCI,ESIとCIなどがある。その他のイオン化方式のイオン源を組み合わせて用いても良い。また、分離手段としては、GCやLCを用いることができる。ここではAPCIイオン源とEIイオン源を用い、試料の分離手段としてGCを用いた場合について説明する。
【0019】
APCIイオン源2とEIイオン源3は隣接して設けられ、EIイオン源の下流に質量分析部23がある。第1のGC1と第2のGC32を備え、第1のGC1に導入された試料は、第1のGC1におけるカラム条件とキャリアガス流量と温度条件に従い、分離される。GCカラム1を流れてきたサンプルガスは分岐6で2方向に分流される。分流された試料ガスは、一方はAPCIイオン源2に導入され、もう一方は切り替えバルブ26へ送られる。切り替えバルブ26では、送られてきた試料ガスを排出するか、第2のGC32へ送るかを選択できる。試料が第2のGC32に送られた場合は、第2のGC32におけるカラム条件とキャリアガス流量と温度条件に従って分離され、EIイオン源3に導入される。第1のGC、第2のGC、バルブ26、イオン源のコントローラは、コンピュータ9により制御されている。
【0020】
APCIイオン源2とEIイオン源3とは細孔8及び細孔20が設けられた中間差動排気部21によって隔てられている。中間差動排気部21及びEIイオン源3は、真空ポンプにより排気口24から排気されている。APCIイオン源2は、図1に示すように針電極5を用いたコロナ放電を用いたものでも良いし、放射線源を用いたものでも良い。
【0021】
以下、コロナ放電を用いた場合について説明する。放電を安定に持続するために、放電用ガス(空気など)を0.5〜1.0L/min程度、APCIイオン源2に導入する。図1では、放電用ガスが針電極5の前方から先端に向かって流れるようにしているが、放電ガスが針電極5の根元側から先端方向に流れるようにしてもよい。
【0022】
放電用ガスに乾燥空気を用いた場合、下式(数1)又は(数2)に示す反応により、1次イオン(NあるいはN)が生成する(The Journal of Chemical Physics, Vol.53, 212-229(1970)参照)。
【0023】
(数1)
→N+e
(数2)
+2N→N+N
引き出し電極16には、直径約2mmの1次イオン導入細孔17があり、生成した1次イオンが電界によりAPCIイオン源11に導入される。APCIイオン源11では、コロナ放電で生成した1次イオンと、GCカラムの出口の終端18から導入される試料ガスとが反応(イオン−分子反応)して、試料ガスのイオン(2次イオン:試料イオン)が生成される。生成された試料イオンは、細孔8、細孔20、細孔25を経由して質量分析部23に導入されて分析される。
【0024】
APCIイオン源2に導入するサンプルガスは、1次イオンが通過する1次イオン導入細孔17の中心と、試料イオンが移動していく細孔8の中心とを結ぶ軸の近傍の位置からAPCIイオン源11に、GCカラムの終端18から直接導入される。
【0025】
1次イオン導入細孔17の半径をR、1次イオン導入細孔17の中心と細孔8の中心とを結ぶ軸からのGCカラムの終端の開口の中心までの距離をrとする時、GCカラムの終端18の開口の中心を、1次イオン導入細孔17のイオン出口の中心と、試料イオン移動細孔8のイオン入口の中心とからほぼ等しい距離で、r≦2Rを満たす位置に配置する。この条件を満たすことにより、1次イオン導入細孔17から導入された1次イオンとGCカラムの終端から導入された試料ガスが共存する滞在時間を長くでき、イオン−分子反応が進行する十分な時間を確保することができるため、高い感度を得ることができる。
【0026】
GCカラムの終端の開口18の中心が細孔8に近づきすぎると、試料ガスの殆ど全量が試料イオン移動細孔8から排出される。イオン−分子反応の場に、1次イオンと試料分子が共存する滞在時間が短くなり、イオン−分子反応が進行する十分な時間を確保できないため、試料イオンの生成量が低下し、感度が低下してしまう。
【0027】
また、GCカラムの終端の開口18の中心が1次イオン導入細孔17に近づきすぎると、試料ガスの殆ど全量が1次イオン導入細孔17から排出される。この時も、イオン化されずに1次イオン導入細孔17から試料ガスが排出されてしまうため、上記と同様に、イオン−分子反応の場に、1次イオンと試料分子が共存する滞在時間が短くなり、イオン−分子反応が進行する十分な時間を確保できず、試料イオンの生成量が低下し、感度が低下してしまう。
【0028】
つまり、高感度化を実現するためには、1次イオン導入細孔17と細孔8の間で、GCカラムの終端の開口18より導入した試料ガスが、1次イオン導入細孔17または細孔8とから排出されるまでに要する時間が最も大きくなる位置に、GCカラムの終端の開口18の中心を配置することにより、イオン−分子反応の場に、1次イオンと試料分子が共存する滞在時間を十分長くして、イオン−分子反応が進行する十分な時間を確保して、試料イオンの生成量を増大させ、感度を向上させることができる。
【0029】
GCカラムの終端の開口18を流れる試料ガスの流量をQ、Qのうち細孔8を経由して中間差動排気部21へ排出される流量をQ’とする時、0.02Q≦Q’≦0.9Qを満たすように、軸の方向での、GCカラムの終端の開口18の中心位置を調整し、さらに1次イオンの濃度が高い一点鎖線で示す軸近傍にr≦2Rとなる位置に開口18の中心位置を調整するのが好ましい。
【0030】
EIイオン源3では、イオン源内に設けた電子生成装置(フィラメント7)から放射された電子が、GCカラムの出口の終端19から導入された試料分子と衝突することによりイオン化される。GCカラムの出口の終端19も、細孔20と細孔25を結ぶ軸の近傍に配置されるのが好ましい。
【0031】
APCIとEIイオン源の切り替えは、コントローラ10からの信号により行う。APCIイオン化を行う場合は、針電極の電源4をOnするように信号14を送り、EIイオン源のフィラメント電源13をOffにするように信号15を送る。EIイオン化を行う場合は、逆に、針電極への電源4をOffにして、フィラメント電源13をOnにする。
【0032】
APCIあるいはEIでイオン化された成分は質量分析部23で分析され、質量スペクトルとして、データ収集部9で質量スペクトルとして表示あるいは保存される。用いる質量分析計としては、四重極型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、イオントラップTOF(飛行時間)型質量分析計、磁場型質量分析計などが、適用可能である。
【0033】
APCIイオン源2の圧力はほぼ大気圧、EIイオン源3の圧力は10−3[torr]のオーダーであるが、1段目の細孔8が十分小さく、EIイオン源3の圧力が10−3[torr]レベルに維持できる場合は、差動排気部を省略してもよい。
【0034】
APCIイオン源2は、大気圧で動作可能であることから、10mL/min程度のガス流量で試料ガスを導入することができる。従って、第1のGC1で用いるGCカラムは、例えば、内径0.53mmのワイドボアカラムを使用することができる。これにより、より多量の試料を導入することが可能となり、微量の物質も検出することができる。
【0035】
EIイオン源3は、圧力が10−3torr程度で動作するので、1mL/min程度のガス流量で試料ガスを導入する必要である。従って、第2のGCで用いるGCカラムは、例えば、内径0.25mmのナローボアカラムが適している。
【0036】
従って、第1のGCでは10mL/minの流量とし、分岐6では、APCI側と第2のGC側へ分岐する流量の比が9:1程度となるように調整し、APCIイオン源側に9mL/min、第2のGC側に1mL/minの流量で試料を送るような構成が望ましい。
【0037】
分岐6の下流側には遅延流路31を設ける。遅延流路としては、内面が不活性なシリカキャピラリなどを、必要な遅延時間が発生する長さに切断して用いる。例えば1mL/minの流量で通過に10秒を要するように設定するためには、遅延流路の内容積を0.17mLとすればよい。これにより、目的物質をAPCI/MSで検出した後にバルブを切り替えても、目的物質の含まれる試料ガスを排出してしまうことはなく、第2のGCに送ることができる。
【0038】
図2に、図1の装置構成を用いた測定における、各部の動作の一例を示す。
【0039】
APCIとEIを併用した測定に先立ち、罹患者と健常者の検体を複数取得し、全て同条件でGC/APCI/MS測定を行い、それぞれの測定結果を比較して、罹患者あるいは健常者に特有のピークを選出する。これを疾患マーカー候補とし、GCの保持時間とスペクトルをコンピュータに記録する。図2では、保持時間150秒で検出される疾患マーカー候補ピークを同定するための装置動作例を示している。
【0040】
第1のGC1では、疾患マーカー候補選出に用いた方法と同じ条件で試料の分離を行うことが望ましい。第1のGC1で分離された物質は、APCIイオン源2でイオン化し、MS23で検出する。得られたスペクトルパターンと保持時間から、コンピュータにて目的の疾患マーカー候補であると確認された場合は、切り替えバルブ26を位置2に切り替え、第2のGC32へ試料ガスを送る。
【0041】
試料導入を0秒とし、第1のGC1で試料を分離してAPCI/MS測定を行う。保持時間の誤差の範囲内において、保持時間150秒に、あらかじめ記録しておいた疾患マーカー候補と一致するスペクトルが得られたことをコンピュータ9が確認すると、切り替えバルブ26を位置2に切り替える。目的の疾患マーカー候補が検出された前後5秒の試料ガスを第2のGC32へ送りたい場合、試料ガスが分岐6を通ったあとAPCI/MSで検出されるまでの時間よりも、遅延流路31を通って切り替えバルブ26に達するまでの時間が10秒長いような構成にしておけば、時間155秒から165秒まで切り替えバルブ26を位置2に切り替えることにより、目的の疾患マーカー候補を含む試料ガスを確実に第2のGC32に送ることができる。
【0042】
試料ガスを第2のGC32に送った後、イオン化をEIに切り替える。第2のGC32に送られた試料は、さらに分離される。第2のGC32では、温度変化の勾配を小さくし、ゆっくり昇温することで、目的の疾患マーカー候補とその他のバックグラウンド成分を分離することができる。これにより、EIイオン源3に同時に導入される成分数が減少し、バックグラウンド成分からのフラグメントイオンによる妨害が低減できることから、目的物質のEIスペクトルによる同定精度が向上する。
第1のGCにおける測定条件が、疾患マーカー候補選出における測定条件と異なる場合には、分析に先立ち、保持時間較正用の標準試料混合物を、第1のGC1とAPCIイオン源2を用いて分析し、保持時間の較正を行なうことができる。あるいは、試料中に保持時間較正用の標準試料混合物を混合し、疾患マーカー候補より保持時間が小さい物質と大きい物質を目印として、その間の試料ガスを第2のGC32に導入してもよいし、試料中に必ず含まれるバックグラウンド成分をあらかじめ選出しておき、それを標準試料と同様に目印としてもよい。また、試料中に混合した標準試料や必ず含まれるバックグラウンド成分の保持時間から、コンピュータ9にて測定中にリアルタイムに保持時間の較正を行ない、疾患マーカー候補の予想される保持時間を算出して用いることもできる。
【0043】
図3〜図8に、APCI/MSおよびEI/MSを用いた測定例を示す。
【0044】
例として、GC温度30℃から280℃で溶出する成分数1000種類、クロマトグラム上の分離ピーク半値幅の平均が1秒である場合、MS測定で同時に検出される物質数は平均3種類である。
【0045】
図3に、ピーク同士が重なっている場合の全イオンクロマトグラムの例を示す。また、図4に3種類の物質が同時に観測されたAPCIスペクトルの例を示す。アセトン(質量数58)については[M+H]+であるピークがm/z59に、エタノール(質量数46)については[M+H]+であるピークがm/z47に、メタンチオール(質量数48)については[M+H]+であるピークがm/z49に、同時に検出された場合を示している。これと同じ試料を、第2のGCを通さずにEIイオン源に導入した場合に得られるスペクトルを図5に示す。各物質から生じたフラグメントイオンが同時に検出されるため、多数のピークが観測される。これをスペクトルデータベース検索にかけると、図6に示すプロパナールのEIスペクトルとの一致度が高いため、プロパナールであると同定されてしまう。
【0046】
そこで、アセトン、エタノール、メタンチオールの3成分が混合した状態の試料ガスを低速昇温GCにて分離し、それぞれの物質が別々にEIイオン源に導入されるようにしてEI/MS測定を行うと、図8に示すようなEIスペクトルが得られる。各物質に特有のフラグメントイオンのみが観測されることから、各物質を精度良く同定することができる。
【実施例2】
【0047】
図9に、本発明に基づく質量分析システムの装置構成例を示す。
【0048】
イオン源として、APCIイオン源2とEIイオン源3が隣接して設けられ、EIイオン源の下流に質量分析部23がある。第1のGC1と第2のGC32を備え、第1のGC1に導入された試料は、第1のGC1におけるカラム条件とキャリアガス流量と温度条件に従い、分離される。GCカラムを流れてきたサンプルガスは分岐6で2つに分けられる。分流された試料ガスは、一方はAPCIイオン源2に導入され、もう一方は遅延流路31および切り替えバルブ27を経由して、選択バルブ28へ送られる。選択バルブ28では、送られてきた試料ガスを排出するか、トラップカラムへ送るかを選択できる。
分岐6の下流側に設けられた遅延流路31は、実施例1と同様に、内面が不活性なシリカキャピラリなどを、必要な遅延時間が発生する長さに切断して用いる。これにより、目的物質をAPCI/MSで検出した後にバルブを切り替えても、目的物質の含まれる試料ガスを排出してしまうことはなく、トラップカラムに送ることができる。
【0049】
選択バルブ28には、個別に温調を備えたトラップカラム40,41,42を接続し、その下流にさらに選択バルブ29と30を設ける。第1のGC1、第2のGC32、バルブ27,28,29,30、イオン源のコントローラ10は、コンピュータ9により制御されている。
【0050】
分岐6を通って切り替えバルブ27と選択バルブ28を通過した試料ガスは、トラップカラム40を通過し、選択バルブ29と30を通過して排出される。この過程ではトラップカラムは低温に保たれ、試料ガス中の有機成分はトラップカラムに捕捉される。トラップカラムに捕捉された試料を第2のGC32で分析する際には、トラップカラムを加熱して試料を脱離させ、バルブ30からキャリアガスを導入して選択バルブ29、トラップカラム40、選択バルブ28を通過させて切り替えバルブ27を通して第2のGC32へ送る。トラップカラム41あるいは42を使用する場合にも同様である。
【0051】
複数のトラップカラムを有する場合は、各トラップカラムに異なる試料を導入することや、それぞれ異なる充填剤を用いることができるので、保持時間の小さい成分には保持の強い充填剤、保持時間の大きい成分には保持の弱い充填剤、というような使い分けが可能となる。
【0052】
APCIイオン源2は、大気圧で動作可能であることから、10mL/min程度のガス流量で試料ガスを導入することができ、従って、第1のGC1で用いるGCカラムは、例えば、内径0.53mmのワイドボアカラムを使用することができる。これにより、より多量の試料を導入することが可能となり、微量の物質も検出することができる。
【0053】
EIイオン源3は、圧力が10−3torr程度で動作するので、1mL/min程度のガス流量で試料ガスを導入する必要があり、従って、第2のGC32で用いるGCカラムは、例えば、内径0.25mmのナローボアカラムが適している。しかし、トラップカラムを使用する場合は、トラップカラムへの試料導入の流量と、トラップカラムから加熱脱離した試料を第2のGC32に導入する流量が異なることも可能である。
【0054】
例えば、第1のGC1では10mL/minの流量とし、分岐6では、APCI側と第2のGC側へ分岐する流量の比が1:1程度となるように調整してもよい。この場合、5mL/minの流量で試料ガスをトラップカラムに導入することになる。トラップカラムを-10℃程度の低温にしておけば、試料はトラップの上流側に濃縮される。そのため、トラップカラムからの試料の加熱脱離の際、選択バルブ30からキャリアガスを導入し、第2のGC側に1mL/minの流量で試料を送っても、第2のGCでの分離を良好に保つことができる。このようにトラップカラムを用いることにより、EIイオン源へより多くの試料を導入することができ、特に少量しか含まれない物質をEI/MSで同定する場合には、イオン強度が向上することから、同定精度が向上する。
【0055】
図10に、図9の装置構成を用いた測定における、各部の動作の一例を示す。
【0056】
APCIとEIを併用した測定に先立ち、罹患者と健常者の検体を複数取得し、全て同条件でGC/APCI/MS測定を行い、それぞれの測定結果を比較して、罹患者あるいは健常者に特有のピークを選出する。これを疾患マーカー候補とし、そのうちでEI/MSによる物質の同定を行いたいピークのGC保持時間とスペクトルのリストをコンピュータに記録しておく。図10では、3つの物質をEI/MSによる同定対象とする場合について示す。
【0057】
第1のGCでは、疾患マーカー候補選出に用いた方法と同じ条件で試料の分離を行うことが望ましい。第1のGCで分離された物質は、APCI/MSで検出する。得られたスペクトルパターンと保持時間から、コンピュータにて1つめの目的の疾患マーカー候補であると確認された場合は、選択バルブ28と29をトラップ1の位置に切り替え、トラップカラム1へ試料ガスを送る。2つめ、3つめの疾患マーカー候補の場合も同様に、それぞれ選択バルブ28と29をトラップ2、トラップ3に切り替え、トラップカラム41、42へ試料ガスを送る。目的の試料を全てトラップカラムに送り終えたら、早く溶出した物質から順に、第二のGCへ送って分離を行い、EI/MS測定を行う。
【0058】
試料が溶出した第1のGCの温度から、第2のGCで分離する際の温度メソッドを決定することができる。例えば、第1のGCと第2のGCで同じ種類の固定相を持ったGCカラムを用いている場合は、第1のGCでは30℃から280℃まで50℃/minで昇温して分離し、その間70℃で溶出した物質を第2のGCで分離する際には、第2のGCの温度条件を60℃から80℃まで1℃/minで昇温し、150℃で溶出した物質を第2のGCで分離する際には、第2のGCの温度条件を140℃から160℃まで1℃/minで昇温し、210℃で溶出した物質を第2のGCで分離する際には、第2のGCの温度条件を200℃から220℃まで1℃/minで昇温する、などにより、第2のGCにおいて目的物を効率よく分離することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明による質量分析装置の構成例を示す概略図。
【図2】図1の装置構成を用いた測定における各部の動作の時間的制御を示す図。
【図3】第1のGCで分離した試料をAPCI/MS測定した場合の全イオンクロマトグラムの例を示す図。
【図4】3種類の物質が同時に測定されたAPCIスペクトルの例を示す図。
【図5】3種類の物質が同時に測定されたEIスペクトルの例を示す図。
【図6】ペンタナールのEIスペクトル。
【図7】3種類の物質を低速昇温のGCで分離した場合のクロマトグラムの例を示す図。
【図8】3種類の物質をそれぞれEI測定して得られるスペクトルの例を示す図。
【図9】本発明による質量分析装置の構成例を示す概略図。
【図10】図9の装置構成を用いた測定における各部の動作の時間的制御を示す図。
【符号の説明】
【0060】
1…第1のGC、2…APCIイオン源、3…EIイオン源、4…針電極の電源、5…針電極、6…分岐、7…フィラメント、8…細孔、9…データ収集部、10…コントローラ、11…APCIイオン源、12…EIイオン源、13…フィラメント電源、14,15…信号、16…引き出し電極、17…1次イオン導入細孔、18,19…GCカラムの出口の終端、20…細孔、21…中間差動排気部、22…放電用ガス導入口、23…質量分析部、24…排気口、25…細孔、26,27…切り替えバルブ、28,29,30…選択バルブ、31…遅延流路、32…第二のGC、40,41,42…トラップカラム、101,106…データベース上で既知物質のピーク、104,105…データベース上で未知物質のピーク。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の分離部と、
前記第1の分離部で分離した試料をイオン化する第1の試料イオン源と、
第2の分離部と、
前記第1の分離部で分離した試料を前記第1の試料イオン源と第2の分離部に分流する分岐部と、
前記第2の分離部で分離した試料をイオン化する第2の試料イオン源と、
前記第1の試料イオン源でイオン化した試料および前記第2の試料イオン源でイオン化した試料を検出する質量分析部を有し、
前記第2の試料イオン源は前記第1の試料イオン源のイオンの進行方向に対して下流側に設けられ、
前記質量分析部は前記第2の試料イオン源のイオンの進行方向に対して下流側に設けられることを特徴とする質量分析装置
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記第2の試料イオン源は、前記第1の試料イオン源より圧力が低いことを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記第1の試料イオン源は大気圧化学イオン化によって試料イオンを生成し、前記第2の試料イオン源は電子衝撃イオン化によって試料イオンを生成することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記第1の試料イオン源による試料のイオン化と前記第2の試料イオン源による試料のイオン化を制御するコントローラを備え、
前記コントローラは、前記第1の試料イオン源と前記第2の試料イオン源を択一的に動作させる
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記分岐部と前記第2の分離部との間に試料が通過する遅延流路を有し、
前記第1の分離部で分離された試料が、前記分岐部を経て前記遅延流路を通過するのに要する時間が、前記第1の分離部で分離された試料が前記第1の試料イオン源でイオン化され、検出されるまでの時間よりも長いこと特徴とする質量分析装置
【請求項6】
請求項5に記載の質量分析装置であって、
前記遅延流路と前記第2の分離部の間に、前記第1の分離部で分離した試料をトラップカラムに送る機構と、
前記トラップカラムの温度を制御する装置と、
前記トラップカラムに捕捉された試料を前記第2の分離部に送る機構を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項6に記載の質量分析装置であって、
前記トラップカラムを複数備え、
各前記トラップカラムに異なる試料を導入する機構を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記第1の分離部の終端の開口を流れる試料ガスの流量Qと、流量Qのうち細孔を経由して中間差動排気部へ排出される流量Q’の関係が、0.02Q≦Q’≦0.9Qを満たす位置に、前記第1の分離部の終端の開口の中心を配置することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項8に記載の質量分析装置であって、
前記第1の分離部の終端の開口は、1次イオンが通過する1次イオン導入細孔の中心と試料イオンが移動していく細孔の中心とを結ぶ軸から、前記第1の分離部の終端の開口の中心までの距離が、1次イオン導入細孔の半径の2倍以下の距離となる位置に配置されることを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
第1の分離部で分離した試料を、分岐部によって、第1の試料イオン源と切り替えバルブに分流する工程と、
前記第1の試料イオン源に導入された試料を前記第1の試料イオン源でイオン化し、質量分析部で検出する工程と、
前記切り替えバルブに送られてきた試料を、前記切り替えバルブによって、排出するか、第2の分離部に送るかを切り替える工程と、
試料が前記第2の分離部へ送られた場合に、前記第2の分離部で試料をさらに分離し、前記第1の試料イオン源のイオンの進行方向に対して下流に位置する第2の試料イオン源に導入する工程と、
前記第2の試料イオン源でイオン化した試料を前記質量分析部で検出する工程とを有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項11】
請求項10に記載の質量分析方法であって、
試料が前記分岐部を通ったあと、前記第1のイオン源でイオン化し、前記質量分析部で検出されるまでの時間よりも、前記分岐部を通り、前記分岐部と前記第2の分離部との間にある遅延流路を通って前記切り替えバルブに達するまでの時間が長いことを特徴とする質量分析方法。
【請求項12】
請求項10に記載の質量分析方法であって、
前記第1の分離部で分離した試料は、前記第1のイオン源でイオン化し、
前記質量分析部で検出され、
得られたスペクトルパターンと保持時間から、目的の試料候補であると確認された場合は、
前記切り替えバルブを切り替えることで前記第1の分離部で分離した試料を前記第2の分離部に送り、
前記第2の分離部において前記第1の分離部で分離した試料をさらに分離し、
前記第2のイオン源に導入することを特徴とする質量分析方法。
【請求項13】
請求項10に記載の質量分析方法であって、
前記第2の試料イオン源は、前記第1の試料イオン源より圧力が低いことを特徴とする質量分析方法。
【請求項14】
第1の分離部で分離した試料を、分岐部によって、第1の試料イオン源と選択バルブに分流する工程と、
前記第1の試料イオン源に導入された試料を前記第1の試料イオン源でイオン化し、質量分析部で検出する工程と、
前記選択バルブに送られてきた試料を、前記選択バルブによって、排出するか、トラップカラムに送るかを切り替える工程と、
試料が前記トラップカラムに送られた場合に、前記トラップカラムに試料を捕捉する工程と、
前記トラップカラムに捕捉した試料を第2の分離部に送る工程と、
前記第2の分離部で試料をさらに分離し、前記第2のイオン源に導入する工程と、
前記第2の試料イオン源でイオン化した試料を前記質量分析部で検出する工程とを有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
請求項14に記載の質量分析方法であって、
試料が前記分岐部を通ったあと、前記第1のイオン源でイオン化し、前記質量分析部で検出されるまでの時間よりも、前記分岐部を通り、前記分岐部と前記第2の分離部との間にある遅延流路を通って前記選択バルブに達するまでの時間が長いことを特徴とする質量分析方法。
【請求項16】
請求項15に記載の質量分析方法であって、
前記第1の分離部で分離した試料は、前記第1のイオン源でイオン化し、
前記質量分析部で検出され、
得られたスペクトルパターンと保持時間から、目的の試料候補であると確認された場合は、
前記選択バルブを切り替えることで前記第1の分離部で分離した試料を前記トラップカラムに送り、前記トラップカラムに捕捉することを特徴とする質量分析装置。
【請求項17】
請求項14に記載の質量分析方法であって、
前記トラップカラムを複数備え、
各前記トラップカラムに異なる試料を導入する機構を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項18】
請求項14に記載の質量分析方法であって、
前記第2の試料イオン源は、前記第1の試料イオン源より圧力が低いことを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−36739(P2009−36739A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−203764(P2007−203764)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】