質量分析装置及び質量分析方法
【課題】低真空での動作が可能であり、小型、安価、簡便なイオントラップを提供し、それを用いて計測精度を低下させることなく質量分析を行う技術を提供する。
【解決手段】イオン源でイオンを生成し、円筒電極に導入する。この円筒電極の直流電圧によるポテンシャルと交流電圧によるポテンシャルとにより形成された1次元ポテンシャルにイオンを捕捉する。印加する直流電圧及び交流電圧の少なくとも一方を変化させることにより、捕捉したイオンを、円筒電極の中心に配置される電極に衝突させて電流値として検出する。
【解決手段】イオン源でイオンを生成し、円筒電極に導入する。この円筒電極の直流電圧によるポテンシャルと交流電圧によるポテンシャルとにより形成された1次元ポテンシャルにイオンを捕捉する。印加する直流電圧及び交流電圧の少なくとも一方を変化させることにより、捕捉したイオンを、円筒電極の中心に配置される電極に衝突させて電流値として検出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子の電荷質量比を測定することにより、試料中に含まれる分子種を同定する質量分析技術に関する。例えば荷電粒子の捕捉技術に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばイオン等の電荷を帯びた試料の質量と電荷との比(質量電荷比:m/z)を電磁場内で計測することにより、試料を同定する質量分析と呼ばれる手法がある。
【0003】
現在、広く利用されている質量分析手法の代表例の一つにイオントラップがある。イオントラップは、電極で構成されるトラップによってイオンを捕捉し、その後、トラップ内の電位を変化させることによりイオンを選択的に放出する。この一連の動作により、試料中に含まれる分子種を同定する。
【0004】
イオントラップには、例えば1つのドーナッツ形電極(リング電極と呼ばれる。)を2つのお椀形の電極(end cap電極と呼ばれる。)で挟んだ形状のポールトラップ(Paul Trap)を用い、リング電極に高周波電圧を印加することにより、その中心部の1点にイオンを集束する高周波イオントラップと呼ばれるものがある(例えば、特許文献1、非特許文献1、非特許文献2参照。)。この種のイオントラップは、イオンが空間的(すなわち3次元的)に形成された高周波電場で集束されていることから、3次元トラップとも呼ばれている。
【0005】
この他、イオントラップには、例えば4本のロッド電極を四重極的に平行に並べ、対面する2つの電極ペアの間に高周波電圧を印加して4本のロッド電極が作る中心領域にイオンを捕捉する線形イオントラップと呼ばれるものがある。この種のイオントラップは、高周波により2つの方向が集束されることから2次元イオントラップとも呼ばれている。
【0006】
また、イオントラップには、四重極ロッドで構成される1組の中心電極と外部電極とによって構成される空間に交流電界と直流電界を重畳的に印加することにより、中心電極の回りに荷電粒子を捕獲する手法もある(例えば、特許文献2参照。)。
【0007】
また、イオントラップには、低真空にて動作可能で、多量のイオンをトラップ可能な質量分析手段である1次元イオントラップと呼ばれるものがある(例えば、特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第2,939,952号明細書
【特許文献2】特開平9−61597号公報
【特許文献3】特開2009−9863号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Quadrupole Storage Mass Spectrometry: R.E. March and R. J. Hughes, John Wiley and Sons ISBN 0-471-85794-7
【非特許文献2】Quadrupole Ion Trap Mass Spectrometry: Raymond E. March and John F. Todd, Wiley-Interscience ISBN 0-471-488887
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
いずれのイオントラップの場合も、電磁場内でのイオンの正確な軌跡を確保するためにガスとの衝突を避ける必要がある。このため、高真空の環境(例えば、0.1Pa以下)が要求される。このような真空環境の実現には、排気量の大きい大型のターボ分子ポンプが必要である。しかし、この種のポンプを必要とする質量分析装置は、装置の高価格化、大型化、保守管理頻度の高さを招き、利用可能性を制限している。
【0011】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであり、使用環境の制約が少ないイオントラップの提供を通じ、計測精度を低下させることなく質量分析を実行できる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、直流電圧によるポテンシャルと交流電圧によるポテンシャルとにより形成される1次元ポテンシャルにイオンを捕捉する。捕捉したイオンは、印加する直流電圧及び交流電圧の少なくとも一方を変化させることにより電極に衝突させて電流値として検出する。具体的には、直流電圧を印加する第一の直流電源と交流電圧を印加する交流電源に接続した第一の電極と、第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極ととの間に形成される1次元ポテンシャルに荷電粒子を捕捉することを特徴とするイオントラップを提供する。なお、1次元ポテンシャルは、直流電圧による直流ポテンシャルと交流電圧による交流ポテンシャルとにより形成される。
【0013】
また、本発明は、イオンを生成するイオン源を用い、1次元イオントラップに高効率にイオンを導入してトラップする方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、使用環境の制約が少ないイオントラップにより、計測精度を低下させることなく質量分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第一の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける電極構造例を説明する図である。
【図2】第一の実施の形態におけるメッシュ円筒電極の構造例を示す図である。
【図3】第一の実施の形態における1次元ポテンシャルを説明する図である。
【図4】第一の実施の形態における1次元イオントラップの動作シーケンスの一例を説明する図である。
【図5】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける第1の隔壁を用いる電極構造例を説明する図である。
【図6】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにヘリウムガスを導入した場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【図7】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいて差動排気部の圧力を高くした場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【図8】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける第1及び第2の隔壁を用いる電極構造例を説明する図である。
【図9】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいてヘリウムガス流量を変化させる場合におけるイオン電流強度の結果例を説明する図である。
【図10】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいて円筒電極排気穴径によるヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明する図である。
【図11】第三の実施の形態の1次元イオントラップにおいて第1差動排気部圧力を変化させた場合におけるイオン電流強度とピーク半値幅の結果の一例を説明する図である。
【図12】第三の実施の形態の1次元イオントラップにおいてTCPとTBPを同時又は個別で導入した場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。なお、後述する装置構成や処理動作の内容は一例であり、実施の形態と既知の技術との組み合わせや置換により他の実施の形態を実現することもできる。
【0017】
(A)第一の実施の形態
以下、本発明を適用する第一の実施の形態について説明する。図1は、本実施形態の1次元イオントラップの電極構造と装置構成の一例を説明するための図である。まず、イオンをトラップする方法を説明する。ここでは、一例として円筒形状の1次元イオントラップ10を用い、その中心軸に直交する断面を用いて説明する。
【0018】
本図に示すように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、第一の電極(円筒電極1:半径r2)と、第二の電極(メッシュ円筒電極2:半径r1(r1<r2))と、第二の電極の内側に配置される第三の電極(円柱電極3)と、を備える。本実施形態の場合、円筒電極1とメッシュ円筒電極2と円柱電極3は、それぞれ中空の円筒形状を有し、中心軸を共通とするように配置される。円筒電極1には、円筒電極電源5により高周波電圧(振幅Vrf、周波数:Ω/2π)と直流電圧(静電圧)Udcが印加される。メッシュ円筒電極2にはメッシュ円筒電極電源6で直流電圧が印加される。なお、本実施形態においては、メッシュ円筒電極電源6を接地した状態で使用しているが、オフセット電圧を印加することもできる。円柱電極3には検出器4が接続される。
【0019】
本実施形態の1次元イオントラップ10は、円筒電極1に所定の高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを印加し、メッシュ円筒電極2を接地することにより、両電極間に1次元ポテンシャルを形成し、荷電粒子(ここでは、イオン)を捕捉する。以下、円筒電極1とメッシュ円筒電極2との間の空間を捕捉空間11と呼ぶ。
【0020】
なお、捕捉されたイオンは、高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを変化させることにより不安定状態となり、メッシュ円筒電極2のメッシュを通過し、円柱電極3に衝突する。本実施形態の1次元イオントラップ10は、円柱電極3に衝突した際、検出器4により、その電流を計測する。
【0021】
このため、メッシュ円筒電極2は、捕捉されたイオンが通過可能な穴を多数備える必要がある。図2に、本実施形態のメッシュ円筒電極2の一例を示す。穴81の大きさは、イオンが通過可能で、かつ、イオンの移動による空間電荷の変化の影響を円柱電極3に与えないものとする。本実施形態では、例えば直径0.5mmの穴81が格子状に無数開けられている。なお、穴81の形状は円形に限らず、線状、楕円、方形、メッシュ状等でも良い。また、円柱電極3は、荷電粒子が衝突可能な形状であれば良い。なお、円柱電極3は必ずしも中空形状でなくても良い。例えば円柱電極3はネジ状形状でも良い。ただし、全側面について、メッシュ円筒電極2の側面との距離が一定となる形状が最も望ましい。さらに、円柱電極3には検出器4に内蔵又は外付けの直流電源によって直流電圧を印加し、イオンをメッシュ円筒電極2の穴81を通過させ、円柱電極3に衝突させ易くする。
【0022】
前述した電極及び電圧配置を有する本実施形態の1次元イオントラップ10の円筒電極1に高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを印加すると、交流電圧Vrfにより高周波ポテンシャルが、静電圧Udcにより直流(DC)ポテンシャルが形成される。高周波ポテンシャルは、両電極間のイオンに外向き(メッシュ円筒電極2から円筒電極1へ向かう方向)の力を与える。この力の向きは、イオンの極性(正イオンか負イオンか)には依存しない。直流(DC)ポテンシャルは、イオンにこの外向きの力とは反対の内向き(円筒電極1からメッシュ円筒電極2へ向かう方向)の力を与える。静電圧Udcによりイオンに与える力の向きはイオンの極性に依存する。このため、正イオンを捕捉する際には、メッシュ円筒電極2に対し円筒電極1が正の電位を持つように静電圧Udcを印加し、負イオンを捕捉する際には、その反対に、メッシュ円筒電極2に対して円筒電極1が負の電位を持つように静電圧Udcを印加する。
【0023】
この外向きの力と内向きの力は、円筒電極1及びメッシュ円筒電極2の中心軸からの距離に依存する。そして、イオンの質量電荷比(m/z)により両力がつりあう位置が定まり、ここにイオンが捕捉される。円筒電極1とメッシュ円筒電極2との形状から、中心軸からの一定の距離を持つ円筒面上に、同じ質量電荷比(m/z)を有するイオンが集束する。
【0024】
以上の原理を、数式を用いて説明する。捕捉空間11に形成される1次元ポテンシャルφは、中心軸からの距離rと時間tとの関数として、以下の式(1)で与えられる。
【0025】
【数1】
【0026】
式(1)に示すポテンシャルφが与えられた場合、イオンに単位時間に作用する力を与える平均のポテンシャルΦは以下の式(2)で与えられる。
【0027】
【数2】
【0028】
なお、式(2)の算出には、高周波イオントラップの理論で一般的に用いられる擬ポテンシャルの方法を用いた。式(2)の右辺第1項が高周波電圧Vrfによる高周波ポテンシャル(擬ポテンシャル)であり、第2項が静電圧Udcによる直流(DC)ポテンシャルである。この高周波ポテンシャルと直流(DC)ポテンシャルとを足し合わせた式(2)で表されるポテンシャルΦが、本実施形態の1次元イオントラップ10によるポテンシャル(トータルポテンシャル又は1次元ポテンシャル)である。
【0029】
図3は、式(2)で与えられるポテンシャルを図示したものである。図3には、式(2)の右辺第1項で示される高周波ポテンシャル201、式(2)の右辺第2項で示される直流(DC)ポテンシャル202、トータルポテンシャル203をそれぞれ示している。本図に示すように、上述の外向きの力と内向きの力とがつりあう位置で、本実施形態の1次元イオントラップ10によるポテンシャル(トータルポテンシャル203)は、極小値を持つ。極小値を与える位置は、式(2)を微分することにより得られる式(3)で与えられる。
【0030】
【数3】
【0031】
なお、極小値を得るため、前述したようにイオンの極性に対して静電圧Udcの極性は予め決定しておく。
【0032】
式(3)より、極小値を与える位置rminで規定される、中心軸から一定の距離を持つ円筒面上に、イオンが安定的捕捉されることが分かる。また、安定的に捕捉される位置rminは、そのイオンの質量電荷比(m/z)に応じて異なることが分かる。このように、本実施形態の1次元イオントラップ10では質量電荷比(m/z)の異なるイオンは異なる半径(位置)で円筒状にトラップされる。本方式を1次元トラップと呼ぶ所以である。すなわち、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンは中心軸に近い内側に、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンは外側に捕捉される。
【0033】
ここで、本実施形態の1次元イオントラップ10に捕捉可能なイオンの質量の範囲について説明する。本実施形態の1次元イオントラップ10のイオンを捕捉可能な領域は、円筒電極1(半径r2)とメッシュ円筒電極2(半径r1)との間の捕捉空間11内である。従って、本実施形態の1次元イオントラップ10は、この間に安定点である極小値rminを有するイオンを捕捉することができる。この条件を式で表すと、式(4)の通りである。
【0034】
【数4】
【0035】
捕捉可能なイオンの質量の境界値(安定性境界)をm1及びm2とする。m1は、rminがr1より大きい(イオンがメッシュ円筒電極2に衝突しない)との条件を満たすものとし、m2は、rminがr2より小さい(イオンが円筒電極1に衝突しない)との条件を満たすものとすると、m1及びm2は、それぞれ以下の式(5)、式(6)で表される。
【0036】
【数5】
【0037】
【数6】
【0038】
その質量がm1とm2との間に入るイオンは、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能であり、本実施形態の1次元イオントラップ10内にその安定領域が存在すると言える。なお、これらの式から分かるように、本実施形態の1次元イオントラップ10に捕捉されるイオンの質量範囲は、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの値に依存する。
【0039】
なお、本実施形態の場合、円筒電極1とメッシュ円筒電極2は、上述したようにそれぞれ円筒形状であるが、勿論、形状は円筒形状に限られない。中心軸に対して垂直な面で切断した場合、その2つの電極の断面が同心円を形成する形状など、両者間でイオンにかかる力の密度が疎から密の分布を成すよう構成できれば良い。例えば多数のワイヤ電極を中心軸に対して平行かつ中心軸に対して同心円上に配置して第二の電極を構成しても良い。
【0040】
以上のように捕捉したイオンを、円柱電極3に衝突させて検出器4により検出することにより、本実施形態の1次元イオントラップ10は、質量分析装置、イオンモビリティ測定に用いることができる。
【0041】
上述のように、本実施形態の1次元イオントラップ10では、イオンは、質量電荷比(m/z)に応じて、式(3)で与えられる異なる半径rminの円筒面上に捕捉される。一方、半径rminは、式(3)に示すように、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの値に依存する。従って、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの少なくとも1つを変化させることにより、一旦捕捉されたイオンの捕捉位置rminを変化させることができる。
【0042】
本実施形態の1次元イオントラップ10では、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの少なくとも1つを変化させることにより、捕捉されたイオンの半径位置を変化させ、最終的にメッシュ円筒電極2を越えて円柱電極3に衝突させる。これらの電圧の制御は、例えば制御部12により行う。これにより、質量電荷比(m/z)に応じて異なる位置rminに捕捉されているイオンによる電流を順次検出でき、例えば質量スペクトルを取得できる。
【0043】
次にイオンを生成して、1次元イオントラップ10にイオンを導入する方法を説明する。試料は固体や液体の場合は加熱して蒸気化するか、気体の場合はそのまま試料導入部24に導入する。ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーなどの前処理を用いても良い。試料は試料導入部24からイオン化部15に導入され、引出電極17及び放電部16を通り、流量調整器14で一定量に吸引流量を制御し、吸引ポンプ13で吸引される。例えば吸引流量は0.5L/minで行った。本実施形態の場合、試料はイオン化部15から放電部16の方向に流したが、試料導入部24、流量調整器14及び吸引ポンプ13を逆に配置することで放電部16からイオン化部15方向に流すことも可能である。放電部16及びイオン化部15は内部に試料が付着しないようにヒータで120℃に加熱している。針電極18には針電極電源9から高電圧を印加し、引出電極17には引出電極電源8から高電圧を印加することで、針電極18の先端付近にコロナ放電が発生する。本実施形態では例えば負イオン測定の場合、針電極に−4kV、引出電極−1.0kVを印加し、正イオン測定の場合、針電極−5kV、引出電極1.0kVを印加した。このコロナ放電により、空気中の窒素、酸素、水蒸気等がイオン化され、一次イオンとなる。生成された一次イオンは電界により放電部16からイオン化部17に移動する。吸引された試料と一次イオンが反応することで試料がイオン化され試料分子イオン(以下、イオン)となる。
【0044】
生成されたイオンは第1細孔電極19を介して質量分析部20に入る。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径は0.13mm、長さ10mmを使用した。第1細孔電極19には細孔電極電源7から、第1細孔電極19をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では例えば負イオン測定の場合−60V、正イオン測定の場合60Vを印加した。第1細孔電極19から出たイオンは断熱膨張により、イオンに溶媒分子が付着するクラスタリングが発生する。このクラスタリングを軽減させるために第1細孔電極19をヒータ等で加熱することが望ましい。今回は第1細孔電極19をヒータで120℃に加熱している。イオンを生成する方法は、放射線源や電子、光、レーザー、ペニング放電、エレクトロスプレーその他の方法であっても良い。質量分析部20は真空ポンプ23で排気される。真空ポンプ23はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプ等の低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。真空度は0.1Pa以上である。第1細孔電極19から出たイオンは、円筒電極1にあけられた穴から、捕捉空間11に導入される。本実施形態では、例えば直径2mmの穴を用いた。さらに、この穴以外に、円筒電極1内部の排気用に1箇所、直径2mmの穴を設けた。1次元イオントラップ10のメッシュ円筒電極2はメッシュ円筒電極電源6によってアース電位である。また、円筒電極電源5によってメッシュ円筒電極2と円筒電極1との間に高周波電圧Vrf及び静電圧Udcが印加される。そして、これらの電圧により、円筒電極1とメッシュ円筒電極2との間には、1次元ポテンシャルが形成される。この1次元ポテンシャルに、イオンが安定的にトラップされる。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と円筒電極1との間に、イオンを収束させるイオンレンズやオクタポールなどのイオンガイドを設けても良い。
【0045】
次に、安定にトラップされていたイオンを、電圧条件を変化させて不安定な状態とし、メッシュ円筒電極2を通過させて、質量電荷比(m/z)毎に(質量選択的に)円柱電極3に衝突させ、衝突により発生した電流を検出器4にて計測し、捕捉されたイオンの質量電荷比(m/z)と量とを測定する。
【0046】
1次元イオントラップ10に捕捉されたイオンを、質量選択的にメッシュ円筒電極2を通過させるためには、高周波電圧Vrfで与える高周波の振幅と静電圧Udcとの少なくとも一方を変化させる。
【0047】
図4に、本実施形態の1次元イオントラップの動作シーケンスの一例を説明する図を示す。この動作シーケンスは負イオンを測定するためのものである。なお、正イオンを測定する場合、ゲート電極電圧は逆位相になり、静電圧Udcは正電位になる。本実施形態では、1次元イオントラップ10に導入するイオンを制御するため第1細孔電極19をゲート電極として使用した。もっとも、第1細孔電極19と円筒電極1の間に別のゲート電極を設置して使用しても良い。また、イオンの生成を止めることでイオンの導入を停止させる方法を採用しても良い。また、イオンの導入を止めることが出来れば必ずしも逆電位でなくても良い。負イオンを測定する場合、ゲート電極電圧を+60V(off)で負イオンはゲート電極でストップされ、−60V(on)にするとゲート電極を通過し、円筒電極1内に導入される(正イオンの場合は、−60V(off)でストップ、+60V(on)でイオンの導入)。円筒電極1内に導入された負イオンは、円筒電極1に印加する高周波電圧Vrf及び静電圧Udcでイオンが円筒電極1内に蓄積(トラップ)される。
【0048】
規定量導入後又は規定時間経過後(トラップ時間)、円筒電極1内へのイオンの導入を止める。この後、円筒電極1内にイオンを安定的に蓄積させる冷却時間(Cooling時間)を確保する。このとき、イオンは平衡状態になり、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンが中心軸に近い内側に、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンが外側に集束する。つまり、イオンは、質量電荷比(m/z)毎に異なる半径の同筒面上に捕捉される。次に、円筒電極1に印加している高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅にスキャンすることで、イオンを排出する(スキャン時間)。すると、高周波電圧Vrfによる外向きの力が小さくなるため、イオンは中心方向に移動する。なお、このとき、イオンの移動により空間電荷が変化するため、メッシュ円筒電極2にイオンと逆の電荷が生成される。しかし、1次元イオントラップ10のメッシュ円筒電極2は接地されているため影響はメッシュ円筒電極2に留まり、電流を検出する円柱電極1には、影響を与えない。イオンは円筒メッシュ電極2に空けられた穴81を通過して、円柱電極3に大きい質量電荷比(m/z)のイオンから小さい質量電荷比(m/z)のイオンが衝突する。これを検出器4でイオン電流として検出する。このとき、制御部12により、高周波振幅の変化に対応づけてイオン電流を測定及び記録し、イオンの質量電荷比(m/z)に応じたイオン電流(質量スペクトル)を得る。なお、高周波振幅からイオンの質量電荷比(m/z)への変換には式(3)を用いる。本実施形態では、高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅への変化は直線で行っているが、曲線でも良い。
【0049】
円筒電極1から導入されるイオンの軌道を計算すると、イオンは1ミリ秒以下で導入されるという結果が得られる。すなわち、本実施形態の1次元イオントラップ10によれば、約1ミリ秒でイオンが安定する。このため、高速なオペレーションが可能となる。
【0050】
なお、イオン導入をさらに早くするには、イオンの安定位置は変えないように、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcを大きくし、形成される1次元ポテンシャルを深くすれば良い。式(3)、式(5)及び式(6)で示されるように、Vrf2∝Udcの関係を保てば形成される1次元ポテンシャルの形状は変わらないため、イオンは質量電荷比(m/z)に応じた半径位置に集束される。
【0051】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10を用いれば、イオンは、それぞれその質量電荷比(m/z)に応じて、式(3)で与えられる半径rminで規定される円筒面上に集束される。従って、本実施形態の1次元イオントラップ10を用いれば、イオンの質量電荷比(m/z)毎に容易に分離可能な状態でイオンを捕捉することができる。また、用いる電極は、円筒形や円柱形等の加工が容易な形状であり、数も少ない。このため、容易かつ安価に電極を製造することができる。
【0052】
また、イオンの移動による空間電荷の変化は、メッシュ円筒電極2にイオンと逆電位の電荷を生成するに留まり、電流を検出する円柱電極3には影響を与えない。従って、本実施形態によれば、円柱電極3において、空間電荷の変化の影響を受けることなくイオンの衝突による電流を正確に検出することができる。
【0053】
さらに、本実施形態の1次元イオントラップ10の構成では、電流を検出する円柱電極3には、高周波電圧を印加しない。電流を検出する電極に高周波電圧を印加する構成の場合、増幅用のトランスのコイルがノイズを拾い、検出する電流に影響を与える。しかし、本実施形態の構成によれば、円柱電極3は、高周波電圧によるノイズの影響を受けることなく、イオンの衝突による電流を正確に検出することができる。
【0054】
また、本実施形態の1次元イオントラップ10は、イオン電流を検知するイオン検出法である。すなわち、イオンの共鳴振動を伴わない静的原理により検出するため、低真空でも動作可能である。すなわち、小型の低真空ポンプで十分であり、高真空を実現するための大型のターボ分子ポンプなどは不要である。また、質量電荷比(m/z)に応じて、異なる半径の円筒面上に集束されるため、クーロン力による相互作用を回避することができる。このため、多量のイオンを捕捉することができ、その検出時も、電子増倍管などの増幅を必要としない。
【0055】
また、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能なイオンの質量範囲は上述の式(5)及び式(6)で規定される。例えば電圧条件とサイズに、通常用いられる値である以下の値を与え、式(5)及び式(6)により、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能な質量電荷比(m/z)の範囲を算出すると、13〜1325(m/z)が得られる。
高周波振幅(周波数):200V(2MHz)
DC電圧:1V
r1=2mm
r2=20mm
円筒電極1、メッシュ円筒電極2、円柱電極3の中心軸方向の長さ=90mm
【0056】
すなわち、本実施形態の1次元イオントラップ10が捕捉可能な物質は、イオン価数zが1の場合、分子量が概ね13から1300の範囲のものとなる。イオントラップが一般に捕捉対象としている種々の環境汚染物質や不正薬物、危険物等は、イオンの価数zは1の場合が多く、その分子量も上記範囲である。従って、本実施形態の1次元イオントラップは、一般に捕捉対象としている物質を十分捕捉可能である。
【0057】
また、一般に、小さな質量電荷比(m/z)のイオンでは高周波による強制振動(いわいるマイクロモーション)が原因で、イオンの存在位置がぼけてしまい、質量分析応用での質量分解能に影響を与える。マイクロモーションを小さくするには、高周波周波数を大きくすること、及び、静電圧Udcを小さくすることが有効である。本実施形態の1次元イオントラップ10は、上述のように、高周波周波数を2MHzと設定した場合、一般に捕捉対象としている物質を捕捉できる。すなわち、適正な周波数が十分大きいといえる。従って、高周波マイクロモーションの影響は少ない。
【0058】
なお、捕捉対象イオンに対して、捕捉空間11内の安定に捕捉される領域(安定領域)が小さい場合は、静電圧Udcを高くすることで静電圧ポテンシャルを深くする、高周波電圧Vrfの周波数を下げることで高周波ポテンシャルを深くする、又はその両方を行うことにより、その領域を広げることができる。例えば高周波の周波数を2MHzから1.5MHzに下げることによりイオンの信号強度が高くなり、静電圧ポテンシャルと高周波ポテンシャルとに対するイオンの安定領域が広がる。これにより、捕捉されるイオンの量は増加する。
【0059】
また、捕捉対象とする荷電粒子に応じて、印加する交流電圧Vrfを変化させても良い。例えば荷電粒子がイオンである場合、交流電圧Vrfとして数100kHz〜10MHzの高周波電圧を用いる。一方、荷電粒子がほこり等である場合、イオンの場合より低い低周波電圧を用いる。
【0060】
また、ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することも可能である。捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突し冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する効果がある。本実施形態では、円筒電極1に直接、衝突ガスを導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、質量分析部20に入れても良い。
【0061】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、電極点が少なく、加工も容易な形状を有するため、安価に製造できる。また、電極及び電圧の配置が、荷電粒子の移動による空間電荷の変化の影響やノイズの影響も少ない構成であるため、正確かつ効率的にイオン電流を検出することができる。従って、測定時間も短縮できる。さらに、イオン電流を検知するイオン検出法であるため、質量分析装置に用いる場合、低真空での動作が可能であり、電子増倍管などの増幅を必要としない。このため、小型化が可能である。以上の特徴を有するため、本実施形態の1次元トラップ10は、使用場所、環境の制約が少なく、汎用的に幅広く用いることができる。
【0062】
(B)第二の実施の形態
次に、本発明を適用する第二の実施の形態について説明する。図5は、本実施形態に係る1次元イオントラップに第1の隔壁を用いる電極構造を適用する例を説明するための図である。
【0063】
第1細孔電極19と1次元イオントラップ10の間に第1の隔壁(第2細孔電極27)を設け、第1細孔電極19と第2細孔電極27で挟まれた空間を第1差動排気部28とする。この第1差動部28を真空ポンプ25で排気する。なお、真空ポンプ23及び真空ポンプ25を1台の真空ポンプで兼用しても良い。第1差動排気部28には、流量調整器26で大気又は各種ガスを導入可能で、第1差動排気部28の圧力を変化させることが可能である。また、第1差動排気部28の圧力は、この流量調整器26を用いずに、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整することで変化させることも可能である。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径を0.13mm、長さを10mm、第2細孔電極27の径を0.3mmとした。真空ポンプ25はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプなどの低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。また、質量分析部20を排気する真空ポンプ23と第1差動排気部28を排気する真空ポンプ25は1個の真空ポンプを用いても良い。本実施形態では、例えば真空ポンプ25にダイアフラムポンプ、真空ポンプ23に低真空で使用できる小型ターボ分子ポンプを用いた。真空ポンプ23の粗引きポンプには真空ポンプ25を使用した。この時の第1差動排気部28の圧力は3000Pa(流量調整器26で大気を導入)、質量分析部20の圧力は1Paであった(但し、ヘリウムを15mL/minで導入した場合には、質量分析部20の圧力は10Paである。)。第1細孔電極19及び第2細孔電極27には細孔電極電源7から、第1細孔電極19及び第2細孔電極27をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では、例えば負イオン測定の場合、第1細孔電極19には−60V、第2細孔電極27には−13.8Vを印加した。また、正イオン測定の場合、第1細孔電極19には60V、第2細孔電極27には13.8Vを印加した。ゲート電極には第2細孔電極27を使用した。イオンの生成方法及び1次元イオントラップ10の動作シーケンスは第一の実施形態と同じである。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と第2細孔電極27の間、又は第2細孔電極27と円筒電極1との間に、イオンを収束させるイオンレンズやオクタポールなどのイオンガイドを設けても良い。
【0064】
ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することで、捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突して冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する効果を見出した。図6は、本実施形態の1次元イオントラップにおいてヘリウムガスを導入した場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ600はヘリウム未導入の場合、グラフ601はヘリウムを導入した場合にそれぞれ対応する。例えば、ヘリウムの導入量は15mL/minである。試料としてはトリクロロフェノール(分子量197.5、以下、「TCP」という。)とトリブロモフェノール(分子量330.8、以下、「TBP」という。)を測定したものである。本実施形態の1次元イオントラップ10では質量電荷比(m/z)の異なるイオンは異なる半径(位置)で円筒状にトラップされる。その時、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンは中心軸に近い内側に捕捉され、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンは外側に捕捉される。そして、円筒電極1に印加している高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅にスキャンすることでイオンを排出する(スキャン時間)。そして、イオンは円筒メッシュ電極2に空けられた穴81を通過して、円柱電極3に大きい質量電荷比(m/z)のイオンから小さい質量電荷比(m/z)のイオンが順番に衝突する。従って、分子量の大きいTBPが、分子量の小さいTCPより早いスキャン時間で観測されていることを示して、質量選択的に排出されていることが明らかである。また、ヘリウムガスを導入することで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる効果がある。本実施形態では、円筒電極1に対して衝突ガスを直接導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、第1差動排気部28や質量分析部20に入れても良い。
【0065】
次に、流量調整器26を用いて第1差動排気部28の圧力高くすることで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなることを見出した。図7は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて差動排気部の圧力を高くした場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ701は第1差動排気部28の圧力が900Paの場合、グラフ702は第1差動排気部28の圧力が1500Paの場合、グラフ703は第1差動排気部28の圧力が3000Paの場合の測定結果にそれぞれ対応する。第1差動排気部28の圧力を高めることで、1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる効果がある。
【0066】
(C)第三の実施の形態
次に、本発明を適用する第三の実施の形態について説明する。隔壁を増やすことで、より小型の真空ポンプを用いることができ、各細孔の径を大きくすることで通過するイオンの量を増やすことができる。図8は、本実施形態の1次元イオントラップの第1及び第2の隔壁を用いた電極構造の一例を説明するための図である。第1細孔電極19と1次元イオントラップ10の間に、第1の隔壁(第2細孔電極27)と第2の隔壁(第3細孔電極30)を設けている。このうち、第1細孔電極19と第2細孔電極27で挟まれた空間を第1差動排気部28とし、第2細孔電極27と第3細孔電極30で挟まれた空間を第2差動排気部29とする。また、各空間は、真空ポンプ23及び真空ポンプ25で排気する。真空ポンプ23は第2差動排気部29と質量分析部20の両方を1台の真空ポンプで排気したが、別々の真空ポンプを用いても良い。また、真空ポンプ23及び真空ポンプ25を1台の真空ポンプで排気しても良い。第1差動排気部28には、流量調整器26で大気又は各種ガスを導入可能であり、第1差動排気部28の圧力を変化させることが可能である。また、第1差動排気部28の圧力は、この流量調整器26を用いずに、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整することで変化させることも可能である。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径を0.21mm、長さを10mm、第2細孔電極27の径を0.3mm、第3細孔電極30の径を0.5mmとする。真空ポンプ25はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプなどの低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。本実施形態では、例えば真空ポンプ25にダイアフラムポンプ、真空ポンプ23に低真空で使用できる小型ターボ分子ポンプを用いた。真空ポンプ23の粗引きポンプには真空ポンプ25を使用した。このときの第1差動排気部28の圧力は3000Pa(流量調整器26で大気を導入)、第2差動排気部29の圧力は100Pa、質量分析部20の圧力は0.3Paであった(但し、ヘリウムを15mL/minで導入した場合、質量分析部20の圧力は2Paである。)。第1細孔電極19及び第2細孔電極27には細孔電極電源7から、第1細孔電極19及び第2細孔電極27をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では、例えば負イオン測定の場合、第1細孔電極19には−60V、第2細孔電極27には−13.8Vを印加した。また、正イオン測定の場合、第1細孔電極19には60V、第2細孔電極27には13.8Vを印加した。ゲート電極には第3細孔電極30を使用した。イオンの生成方法及び1次元イオントラップ10の動作シーケンスは第一の実施形態と同じである。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と第2細孔電極27の間又は第2細孔電極27と第3細孔電極30の間、第3細孔電極30と円筒電極1との間にイオンを収束させるイオンレンズやオクタポール等のイオンガイドを設けても良い。
【0067】
ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することで、捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突して冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する。図9は、本実施形態の1次元イオントラップにおいてヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明するための図である。ヘリウム流量が10から25mL/minで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる。さらに、円筒電極1内部の圧力とヘリウム流量の関係を調べた。図10は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて円筒電極排気穴径によるヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明するための図である。グラフ1001は試料がTCPの場合、グラフ1002は試料がTBPの場合である。図10では、円筒電極1にある内部排気用の穴径を「無し」、「直径2mm」、「直径5mm」で変化させている。この穴の他にイオン導入用の穴が直径2mmで開いている。排気用の穴が直径5mmの場合、ヘリウム流量が40mL/min以上必要であり、ヘリウム使用量が多量になるため現実的でない。従って、イオン導入用の穴径を直径2mmの場合は、排気用の穴は直径0mmから2mm程度が良い。また、排気用の穴を無くしてイオン導入の穴を直径5mm程度(好ましくは4mm程度)まで広げることが可能である。従って、イオン導入の穴は1mm以上かつ5mm未満(好ましくは4mm程度以下)が良い。本実施形態では、円筒電極1に対して衝突ガスを直接導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、衝突ガスは、第1差動排気部28、第2差動排気部29、質量分析部20に入れても良い。
【0068】
次に、第1差動排気部28の圧力とイオン量との関係を調べた。図11は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて第1差動排気部圧力を変化させた場合のイオン電流強度とピーク半値幅の結果の一例を説明するための図である。グラフ1101は第1細孔電極の内径が0.21mmの場合、グラフ1102は第1細孔電極の内径が0.16mmに小さく変更した場合である。第1差動排気部28の圧力が1000Pa以上15000Pa以下(好ましくは1500Pa以上12000Pa以下)の間で使用することで、1次元イオントラップにトラップされるイオンの量が最大である。また、第1細孔電極の19の穴径に依存せずに、第1差動排気部28の圧力に依存している。従って、第1差動排気部28の圧力が1500Pa以上12000Pa以下の圧力範囲で使用することが良い。この圧力範囲になるように、流量調整器26を調整する。または、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整する。または、これらの両方で調整することでこの圧力範囲にする。
【0069】
図12は、本実施形態の1次元イオントラップにTCPとTBPを同時、又は個別で導入した場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ1201はTCPとTBPを同時に導入した場合であり、グラフ1202はTBPのみを導入した場合であり、グラフ1203はTCPのみを導入した場合である。TBPやTCPを単独で導入した場合と同時に導入した場合も同じスキャン時間で検出されており、確実に質量選択排出されている。
【0070】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、電極点が少なく、加工も容易な形状を有するため、安価に製造できる。さらに、隔壁を設けることで、より小さい真空ポンプを使用しても、イオンが透過する穴径を大きく出来るため、イオン透過率を大きくすることができる。また、電極及び電圧の配置が、荷電粒子の移動による空間電荷の変化の影響やノイズの影響も少ない構成である。このため、正確かつ効率的にイオン電流を検出することができる。従って、測定時間も短縮できる。さらに、イオン電流を検知するイオン検出法である。このため、質量分析装置に用いる場合、低真空での動作が可能であり、電子増倍管などの増幅を必要としない。このため、小型化が可能である。以上の特徴を有するため、本実施形態の1次元トラップ10は、使用場所、環境の制約が少なく、汎用的に幅広く用いることができる。
【符号の説明】
【0071】
1:円筒電極、2:メッシュ円筒電極、3:円柱電極、4:検出器、5:円筒電極電源、6:メッシュ円筒電極電源、7:細孔電極電源、8:引出電極電源、9:針電極電源、10:1次元イオントラップ、11:捕捉空間、12:制御部、13:吸引ポンプ、14:流量調整器、15:イオン化部、16:放電部、17:引出電極、18:針電極、19:第1細孔電極、20:質量分析部、21:流量調整器、22:ガス供給器、23:真空ポンプ、24:試料導入部、25:真空ポンプ、26:流量調整器、27:第2細孔電極、28:第1差動排気部、29:第2差動排気部、30:第3細孔電極、81:穴、201:高周波ポテンシャル、202:DCポテンシャル、203:トータルポテンシャル。
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子の電荷質量比を測定することにより、試料中に含まれる分子種を同定する質量分析技術に関する。例えば荷電粒子の捕捉技術に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばイオン等の電荷を帯びた試料の質量と電荷との比(質量電荷比:m/z)を電磁場内で計測することにより、試料を同定する質量分析と呼ばれる手法がある。
【0003】
現在、広く利用されている質量分析手法の代表例の一つにイオントラップがある。イオントラップは、電極で構成されるトラップによってイオンを捕捉し、その後、トラップ内の電位を変化させることによりイオンを選択的に放出する。この一連の動作により、試料中に含まれる分子種を同定する。
【0004】
イオントラップには、例えば1つのドーナッツ形電極(リング電極と呼ばれる。)を2つのお椀形の電極(end cap電極と呼ばれる。)で挟んだ形状のポールトラップ(Paul Trap)を用い、リング電極に高周波電圧を印加することにより、その中心部の1点にイオンを集束する高周波イオントラップと呼ばれるものがある(例えば、特許文献1、非特許文献1、非特許文献2参照。)。この種のイオントラップは、イオンが空間的(すなわち3次元的)に形成された高周波電場で集束されていることから、3次元トラップとも呼ばれている。
【0005】
この他、イオントラップには、例えば4本のロッド電極を四重極的に平行に並べ、対面する2つの電極ペアの間に高周波電圧を印加して4本のロッド電極が作る中心領域にイオンを捕捉する線形イオントラップと呼ばれるものがある。この種のイオントラップは、高周波により2つの方向が集束されることから2次元イオントラップとも呼ばれている。
【0006】
また、イオントラップには、四重極ロッドで構成される1組の中心電極と外部電極とによって構成される空間に交流電界と直流電界を重畳的に印加することにより、中心電極の回りに荷電粒子を捕獲する手法もある(例えば、特許文献2参照。)。
【0007】
また、イオントラップには、低真空にて動作可能で、多量のイオンをトラップ可能な質量分析手段である1次元イオントラップと呼ばれるものがある(例えば、特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第2,939,952号明細書
【特許文献2】特開平9−61597号公報
【特許文献3】特開2009−9863号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Quadrupole Storage Mass Spectrometry: R.E. March and R. J. Hughes, John Wiley and Sons ISBN 0-471-85794-7
【非特許文献2】Quadrupole Ion Trap Mass Spectrometry: Raymond E. March and John F. Todd, Wiley-Interscience ISBN 0-471-488887
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
いずれのイオントラップの場合も、電磁場内でのイオンの正確な軌跡を確保するためにガスとの衝突を避ける必要がある。このため、高真空の環境(例えば、0.1Pa以下)が要求される。このような真空環境の実現には、排気量の大きい大型のターボ分子ポンプが必要である。しかし、この種のポンプを必要とする質量分析装置は、装置の高価格化、大型化、保守管理頻度の高さを招き、利用可能性を制限している。
【0011】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであり、使用環境の制約が少ないイオントラップの提供を通じ、計測精度を低下させることなく質量分析を実行できる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、直流電圧によるポテンシャルと交流電圧によるポテンシャルとにより形成される1次元ポテンシャルにイオンを捕捉する。捕捉したイオンは、印加する直流電圧及び交流電圧の少なくとも一方を変化させることにより電極に衝突させて電流値として検出する。具体的には、直流電圧を印加する第一の直流電源と交流電圧を印加する交流電源に接続した第一の電極と、第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極ととの間に形成される1次元ポテンシャルに荷電粒子を捕捉することを特徴とするイオントラップを提供する。なお、1次元ポテンシャルは、直流電圧による直流ポテンシャルと交流電圧による交流ポテンシャルとにより形成される。
【0013】
また、本発明は、イオンを生成するイオン源を用い、1次元イオントラップに高効率にイオンを導入してトラップする方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、使用環境の制約が少ないイオントラップにより、計測精度を低下させることなく質量分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第一の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける電極構造例を説明する図である。
【図2】第一の実施の形態におけるメッシュ円筒電極の構造例を示す図である。
【図3】第一の実施の形態における1次元ポテンシャルを説明する図である。
【図4】第一の実施の形態における1次元イオントラップの動作シーケンスの一例を説明する図である。
【図5】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける第1の隔壁を用いる電極構造例を説明する図である。
【図6】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにヘリウムガスを導入した場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【図7】第二の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいて差動排気部の圧力を高くした場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【図8】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおける第1及び第2の隔壁を用いる電極構造例を説明する図である。
【図9】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいてヘリウムガス流量を変化させる場合におけるイオン電流強度の結果例を説明する図である。
【図10】第三の実施の形態に係る1次元イオントラップにおいて円筒電極排気穴径によるヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明する図である。
【図11】第三の実施の形態の1次元イオントラップにおいて第1差動排気部圧力を変化させた場合におけるイオン電流強度とピーク半値幅の結果の一例を説明する図である。
【図12】第三の実施の形態の1次元イオントラップにおいてTCPとTBPを同時又は個別で導入した場合のイオン排出結果の一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。なお、後述する装置構成や処理動作の内容は一例であり、実施の形態と既知の技術との組み合わせや置換により他の実施の形態を実現することもできる。
【0017】
(A)第一の実施の形態
以下、本発明を適用する第一の実施の形態について説明する。図1は、本実施形態の1次元イオントラップの電極構造と装置構成の一例を説明するための図である。まず、イオンをトラップする方法を説明する。ここでは、一例として円筒形状の1次元イオントラップ10を用い、その中心軸に直交する断面を用いて説明する。
【0018】
本図に示すように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、第一の電極(円筒電極1:半径r2)と、第二の電極(メッシュ円筒電極2:半径r1(r1<r2))と、第二の電極の内側に配置される第三の電極(円柱電極3)と、を備える。本実施形態の場合、円筒電極1とメッシュ円筒電極2と円柱電極3は、それぞれ中空の円筒形状を有し、中心軸を共通とするように配置される。円筒電極1には、円筒電極電源5により高周波電圧(振幅Vrf、周波数:Ω/2π)と直流電圧(静電圧)Udcが印加される。メッシュ円筒電極2にはメッシュ円筒電極電源6で直流電圧が印加される。なお、本実施形態においては、メッシュ円筒電極電源6を接地した状態で使用しているが、オフセット電圧を印加することもできる。円柱電極3には検出器4が接続される。
【0019】
本実施形態の1次元イオントラップ10は、円筒電極1に所定の高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを印加し、メッシュ円筒電極2を接地することにより、両電極間に1次元ポテンシャルを形成し、荷電粒子(ここでは、イオン)を捕捉する。以下、円筒電極1とメッシュ円筒電極2との間の空間を捕捉空間11と呼ぶ。
【0020】
なお、捕捉されたイオンは、高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを変化させることにより不安定状態となり、メッシュ円筒電極2のメッシュを通過し、円柱電極3に衝突する。本実施形態の1次元イオントラップ10は、円柱電極3に衝突した際、検出器4により、その電流を計測する。
【0021】
このため、メッシュ円筒電極2は、捕捉されたイオンが通過可能な穴を多数備える必要がある。図2に、本実施形態のメッシュ円筒電極2の一例を示す。穴81の大きさは、イオンが通過可能で、かつ、イオンの移動による空間電荷の変化の影響を円柱電極3に与えないものとする。本実施形態では、例えば直径0.5mmの穴81が格子状に無数開けられている。なお、穴81の形状は円形に限らず、線状、楕円、方形、メッシュ状等でも良い。また、円柱電極3は、荷電粒子が衝突可能な形状であれば良い。なお、円柱電極3は必ずしも中空形状でなくても良い。例えば円柱電極3はネジ状形状でも良い。ただし、全側面について、メッシュ円筒電極2の側面との距離が一定となる形状が最も望ましい。さらに、円柱電極3には検出器4に内蔵又は外付けの直流電源によって直流電圧を印加し、イオンをメッシュ円筒電極2の穴81を通過させ、円柱電極3に衝突させ易くする。
【0022】
前述した電極及び電圧配置を有する本実施形態の1次元イオントラップ10の円筒電極1に高周波電圧Vrfと直流電圧(静電圧)Udcとを印加すると、交流電圧Vrfにより高周波ポテンシャルが、静電圧Udcにより直流(DC)ポテンシャルが形成される。高周波ポテンシャルは、両電極間のイオンに外向き(メッシュ円筒電極2から円筒電極1へ向かう方向)の力を与える。この力の向きは、イオンの極性(正イオンか負イオンか)には依存しない。直流(DC)ポテンシャルは、イオンにこの外向きの力とは反対の内向き(円筒電極1からメッシュ円筒電極2へ向かう方向)の力を与える。静電圧Udcによりイオンに与える力の向きはイオンの極性に依存する。このため、正イオンを捕捉する際には、メッシュ円筒電極2に対し円筒電極1が正の電位を持つように静電圧Udcを印加し、負イオンを捕捉する際には、その反対に、メッシュ円筒電極2に対して円筒電極1が負の電位を持つように静電圧Udcを印加する。
【0023】
この外向きの力と内向きの力は、円筒電極1及びメッシュ円筒電極2の中心軸からの距離に依存する。そして、イオンの質量電荷比(m/z)により両力がつりあう位置が定まり、ここにイオンが捕捉される。円筒電極1とメッシュ円筒電極2との形状から、中心軸からの一定の距離を持つ円筒面上に、同じ質量電荷比(m/z)を有するイオンが集束する。
【0024】
以上の原理を、数式を用いて説明する。捕捉空間11に形成される1次元ポテンシャルφは、中心軸からの距離rと時間tとの関数として、以下の式(1)で与えられる。
【0025】
【数1】
【0026】
式(1)に示すポテンシャルφが与えられた場合、イオンに単位時間に作用する力を与える平均のポテンシャルΦは以下の式(2)で与えられる。
【0027】
【数2】
【0028】
なお、式(2)の算出には、高周波イオントラップの理論で一般的に用いられる擬ポテンシャルの方法を用いた。式(2)の右辺第1項が高周波電圧Vrfによる高周波ポテンシャル(擬ポテンシャル)であり、第2項が静電圧Udcによる直流(DC)ポテンシャルである。この高周波ポテンシャルと直流(DC)ポテンシャルとを足し合わせた式(2)で表されるポテンシャルΦが、本実施形態の1次元イオントラップ10によるポテンシャル(トータルポテンシャル又は1次元ポテンシャル)である。
【0029】
図3は、式(2)で与えられるポテンシャルを図示したものである。図3には、式(2)の右辺第1項で示される高周波ポテンシャル201、式(2)の右辺第2項で示される直流(DC)ポテンシャル202、トータルポテンシャル203をそれぞれ示している。本図に示すように、上述の外向きの力と内向きの力とがつりあう位置で、本実施形態の1次元イオントラップ10によるポテンシャル(トータルポテンシャル203)は、極小値を持つ。極小値を与える位置は、式(2)を微分することにより得られる式(3)で与えられる。
【0030】
【数3】
【0031】
なお、極小値を得るため、前述したようにイオンの極性に対して静電圧Udcの極性は予め決定しておく。
【0032】
式(3)より、極小値を与える位置rminで規定される、中心軸から一定の距離を持つ円筒面上に、イオンが安定的捕捉されることが分かる。また、安定的に捕捉される位置rminは、そのイオンの質量電荷比(m/z)に応じて異なることが分かる。このように、本実施形態の1次元イオントラップ10では質量電荷比(m/z)の異なるイオンは異なる半径(位置)で円筒状にトラップされる。本方式を1次元トラップと呼ぶ所以である。すなわち、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンは中心軸に近い内側に、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンは外側に捕捉される。
【0033】
ここで、本実施形態の1次元イオントラップ10に捕捉可能なイオンの質量の範囲について説明する。本実施形態の1次元イオントラップ10のイオンを捕捉可能な領域は、円筒電極1(半径r2)とメッシュ円筒電極2(半径r1)との間の捕捉空間11内である。従って、本実施形態の1次元イオントラップ10は、この間に安定点である極小値rminを有するイオンを捕捉することができる。この条件を式で表すと、式(4)の通りである。
【0034】
【数4】
【0035】
捕捉可能なイオンの質量の境界値(安定性境界)をm1及びm2とする。m1は、rminがr1より大きい(イオンがメッシュ円筒電極2に衝突しない)との条件を満たすものとし、m2は、rminがr2より小さい(イオンが円筒電極1に衝突しない)との条件を満たすものとすると、m1及びm2は、それぞれ以下の式(5)、式(6)で表される。
【0036】
【数5】
【0037】
【数6】
【0038】
その質量がm1とm2との間に入るイオンは、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能であり、本実施形態の1次元イオントラップ10内にその安定領域が存在すると言える。なお、これらの式から分かるように、本実施形態の1次元イオントラップ10に捕捉されるイオンの質量範囲は、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの値に依存する。
【0039】
なお、本実施形態の場合、円筒電極1とメッシュ円筒電極2は、上述したようにそれぞれ円筒形状であるが、勿論、形状は円筒形状に限られない。中心軸に対して垂直な面で切断した場合、その2つの電極の断面が同心円を形成する形状など、両者間でイオンにかかる力の密度が疎から密の分布を成すよう構成できれば良い。例えば多数のワイヤ電極を中心軸に対して平行かつ中心軸に対して同心円上に配置して第二の電極を構成しても良い。
【0040】
以上のように捕捉したイオンを、円柱電極3に衝突させて検出器4により検出することにより、本実施形態の1次元イオントラップ10は、質量分析装置、イオンモビリティ測定に用いることができる。
【0041】
上述のように、本実施形態の1次元イオントラップ10では、イオンは、質量電荷比(m/z)に応じて、式(3)で与えられる異なる半径rminの円筒面上に捕捉される。一方、半径rminは、式(3)に示すように、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの値に依存する。従って、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの少なくとも1つを変化させることにより、一旦捕捉されたイオンの捕捉位置rminを変化させることができる。
【0042】
本実施形態の1次元イオントラップ10では、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcの少なくとも1つを変化させることにより、捕捉されたイオンの半径位置を変化させ、最終的にメッシュ円筒電極2を越えて円柱電極3に衝突させる。これらの電圧の制御は、例えば制御部12により行う。これにより、質量電荷比(m/z)に応じて異なる位置rminに捕捉されているイオンによる電流を順次検出でき、例えば質量スペクトルを取得できる。
【0043】
次にイオンを生成して、1次元イオントラップ10にイオンを導入する方法を説明する。試料は固体や液体の場合は加熱して蒸気化するか、気体の場合はそのまま試料導入部24に導入する。ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーなどの前処理を用いても良い。試料は試料導入部24からイオン化部15に導入され、引出電極17及び放電部16を通り、流量調整器14で一定量に吸引流量を制御し、吸引ポンプ13で吸引される。例えば吸引流量は0.5L/minで行った。本実施形態の場合、試料はイオン化部15から放電部16の方向に流したが、試料導入部24、流量調整器14及び吸引ポンプ13を逆に配置することで放電部16からイオン化部15方向に流すことも可能である。放電部16及びイオン化部15は内部に試料が付着しないようにヒータで120℃に加熱している。針電極18には針電極電源9から高電圧を印加し、引出電極17には引出電極電源8から高電圧を印加することで、針電極18の先端付近にコロナ放電が発生する。本実施形態では例えば負イオン測定の場合、針電極に−4kV、引出電極−1.0kVを印加し、正イオン測定の場合、針電極−5kV、引出電極1.0kVを印加した。このコロナ放電により、空気中の窒素、酸素、水蒸気等がイオン化され、一次イオンとなる。生成された一次イオンは電界により放電部16からイオン化部17に移動する。吸引された試料と一次イオンが反応することで試料がイオン化され試料分子イオン(以下、イオン)となる。
【0044】
生成されたイオンは第1細孔電極19を介して質量分析部20に入る。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径は0.13mm、長さ10mmを使用した。第1細孔電極19には細孔電極電源7から、第1細孔電極19をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では例えば負イオン測定の場合−60V、正イオン測定の場合60Vを印加した。第1細孔電極19から出たイオンは断熱膨張により、イオンに溶媒分子が付着するクラスタリングが発生する。このクラスタリングを軽減させるために第1細孔電極19をヒータ等で加熱することが望ましい。今回は第1細孔電極19をヒータで120℃に加熱している。イオンを生成する方法は、放射線源や電子、光、レーザー、ペニング放電、エレクトロスプレーその他の方法であっても良い。質量分析部20は真空ポンプ23で排気される。真空ポンプ23はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプ等の低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。真空度は0.1Pa以上である。第1細孔電極19から出たイオンは、円筒電極1にあけられた穴から、捕捉空間11に導入される。本実施形態では、例えば直径2mmの穴を用いた。さらに、この穴以外に、円筒電極1内部の排気用に1箇所、直径2mmの穴を設けた。1次元イオントラップ10のメッシュ円筒電極2はメッシュ円筒電極電源6によってアース電位である。また、円筒電極電源5によってメッシュ円筒電極2と円筒電極1との間に高周波電圧Vrf及び静電圧Udcが印加される。そして、これらの電圧により、円筒電極1とメッシュ円筒電極2との間には、1次元ポテンシャルが形成される。この1次元ポテンシャルに、イオンが安定的にトラップされる。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と円筒電極1との間に、イオンを収束させるイオンレンズやオクタポールなどのイオンガイドを設けても良い。
【0045】
次に、安定にトラップされていたイオンを、電圧条件を変化させて不安定な状態とし、メッシュ円筒電極2を通過させて、質量電荷比(m/z)毎に(質量選択的に)円柱電極3に衝突させ、衝突により発生した電流を検出器4にて計測し、捕捉されたイオンの質量電荷比(m/z)と量とを測定する。
【0046】
1次元イオントラップ10に捕捉されたイオンを、質量選択的にメッシュ円筒電極2を通過させるためには、高周波電圧Vrfで与える高周波の振幅と静電圧Udcとの少なくとも一方を変化させる。
【0047】
図4に、本実施形態の1次元イオントラップの動作シーケンスの一例を説明する図を示す。この動作シーケンスは負イオンを測定するためのものである。なお、正イオンを測定する場合、ゲート電極電圧は逆位相になり、静電圧Udcは正電位になる。本実施形態では、1次元イオントラップ10に導入するイオンを制御するため第1細孔電極19をゲート電極として使用した。もっとも、第1細孔電極19と円筒電極1の間に別のゲート電極を設置して使用しても良い。また、イオンの生成を止めることでイオンの導入を停止させる方法を採用しても良い。また、イオンの導入を止めることが出来れば必ずしも逆電位でなくても良い。負イオンを測定する場合、ゲート電極電圧を+60V(off)で負イオンはゲート電極でストップされ、−60V(on)にするとゲート電極を通過し、円筒電極1内に導入される(正イオンの場合は、−60V(off)でストップ、+60V(on)でイオンの導入)。円筒電極1内に導入された負イオンは、円筒電極1に印加する高周波電圧Vrf及び静電圧Udcでイオンが円筒電極1内に蓄積(トラップ)される。
【0048】
規定量導入後又は規定時間経過後(トラップ時間)、円筒電極1内へのイオンの導入を止める。この後、円筒電極1内にイオンを安定的に蓄積させる冷却時間(Cooling時間)を確保する。このとき、イオンは平衡状態になり、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンが中心軸に近い内側に、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンが外側に集束する。つまり、イオンは、質量電荷比(m/z)毎に異なる半径の同筒面上に捕捉される。次に、円筒電極1に印加している高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅にスキャンすることで、イオンを排出する(スキャン時間)。すると、高周波電圧Vrfによる外向きの力が小さくなるため、イオンは中心方向に移動する。なお、このとき、イオンの移動により空間電荷が変化するため、メッシュ円筒電極2にイオンと逆の電荷が生成される。しかし、1次元イオントラップ10のメッシュ円筒電極2は接地されているため影響はメッシュ円筒電極2に留まり、電流を検出する円柱電極1には、影響を与えない。イオンは円筒メッシュ電極2に空けられた穴81を通過して、円柱電極3に大きい質量電荷比(m/z)のイオンから小さい質量電荷比(m/z)のイオンが衝突する。これを検出器4でイオン電流として検出する。このとき、制御部12により、高周波振幅の変化に対応づけてイオン電流を測定及び記録し、イオンの質量電荷比(m/z)に応じたイオン電流(質量スペクトル)を得る。なお、高周波振幅からイオンの質量電荷比(m/z)への変換には式(3)を用いる。本実施形態では、高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅への変化は直線で行っているが、曲線でも良い。
【0049】
円筒電極1から導入されるイオンの軌道を計算すると、イオンは1ミリ秒以下で導入されるという結果が得られる。すなわち、本実施形態の1次元イオントラップ10によれば、約1ミリ秒でイオンが安定する。このため、高速なオペレーションが可能となる。
【0050】
なお、イオン導入をさらに早くするには、イオンの安定位置は変えないように、高周波電圧Vrf及び静電圧Udcを大きくし、形成される1次元ポテンシャルを深くすれば良い。式(3)、式(5)及び式(6)で示されるように、Vrf2∝Udcの関係を保てば形成される1次元ポテンシャルの形状は変わらないため、イオンは質量電荷比(m/z)に応じた半径位置に集束される。
【0051】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10を用いれば、イオンは、それぞれその質量電荷比(m/z)に応じて、式(3)で与えられる半径rminで規定される円筒面上に集束される。従って、本実施形態の1次元イオントラップ10を用いれば、イオンの質量電荷比(m/z)毎に容易に分離可能な状態でイオンを捕捉することができる。また、用いる電極は、円筒形や円柱形等の加工が容易な形状であり、数も少ない。このため、容易かつ安価に電極を製造することができる。
【0052】
また、イオンの移動による空間電荷の変化は、メッシュ円筒電極2にイオンと逆電位の電荷を生成するに留まり、電流を検出する円柱電極3には影響を与えない。従って、本実施形態によれば、円柱電極3において、空間電荷の変化の影響を受けることなくイオンの衝突による電流を正確に検出することができる。
【0053】
さらに、本実施形態の1次元イオントラップ10の構成では、電流を検出する円柱電極3には、高周波電圧を印加しない。電流を検出する電極に高周波電圧を印加する構成の場合、増幅用のトランスのコイルがノイズを拾い、検出する電流に影響を与える。しかし、本実施形態の構成によれば、円柱電極3は、高周波電圧によるノイズの影響を受けることなく、イオンの衝突による電流を正確に検出することができる。
【0054】
また、本実施形態の1次元イオントラップ10は、イオン電流を検知するイオン検出法である。すなわち、イオンの共鳴振動を伴わない静的原理により検出するため、低真空でも動作可能である。すなわち、小型の低真空ポンプで十分であり、高真空を実現するための大型のターボ分子ポンプなどは不要である。また、質量電荷比(m/z)に応じて、異なる半径の円筒面上に集束されるため、クーロン力による相互作用を回避することができる。このため、多量のイオンを捕捉することができ、その検出時も、電子増倍管などの増幅を必要としない。
【0055】
また、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能なイオンの質量範囲は上述の式(5)及び式(6)で規定される。例えば電圧条件とサイズに、通常用いられる値である以下の値を与え、式(5)及び式(6)により、本実施形態の1次元イオントラップ10で捕捉可能な質量電荷比(m/z)の範囲を算出すると、13〜1325(m/z)が得られる。
高周波振幅(周波数):200V(2MHz)
DC電圧:1V
r1=2mm
r2=20mm
円筒電極1、メッシュ円筒電極2、円柱電極3の中心軸方向の長さ=90mm
【0056】
すなわち、本実施形態の1次元イオントラップ10が捕捉可能な物質は、イオン価数zが1の場合、分子量が概ね13から1300の範囲のものとなる。イオントラップが一般に捕捉対象としている種々の環境汚染物質や不正薬物、危険物等は、イオンの価数zは1の場合が多く、その分子量も上記範囲である。従って、本実施形態の1次元イオントラップは、一般に捕捉対象としている物質を十分捕捉可能である。
【0057】
また、一般に、小さな質量電荷比(m/z)のイオンでは高周波による強制振動(いわいるマイクロモーション)が原因で、イオンの存在位置がぼけてしまい、質量分析応用での質量分解能に影響を与える。マイクロモーションを小さくするには、高周波周波数を大きくすること、及び、静電圧Udcを小さくすることが有効である。本実施形態の1次元イオントラップ10は、上述のように、高周波周波数を2MHzと設定した場合、一般に捕捉対象としている物質を捕捉できる。すなわち、適正な周波数が十分大きいといえる。従って、高周波マイクロモーションの影響は少ない。
【0058】
なお、捕捉対象イオンに対して、捕捉空間11内の安定に捕捉される領域(安定領域)が小さい場合は、静電圧Udcを高くすることで静電圧ポテンシャルを深くする、高周波電圧Vrfの周波数を下げることで高周波ポテンシャルを深くする、又はその両方を行うことにより、その領域を広げることができる。例えば高周波の周波数を2MHzから1.5MHzに下げることによりイオンの信号強度が高くなり、静電圧ポテンシャルと高周波ポテンシャルとに対するイオンの安定領域が広がる。これにより、捕捉されるイオンの量は増加する。
【0059】
また、捕捉対象とする荷電粒子に応じて、印加する交流電圧Vrfを変化させても良い。例えば荷電粒子がイオンである場合、交流電圧Vrfとして数100kHz〜10MHzの高周波電圧を用いる。一方、荷電粒子がほこり等である場合、イオンの場合より低い低周波電圧を用いる。
【0060】
また、ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することも可能である。捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突し冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する効果がある。本実施形態では、円筒電極1に直接、衝突ガスを導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、質量分析部20に入れても良い。
【0061】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、電極点が少なく、加工も容易な形状を有するため、安価に製造できる。また、電極及び電圧の配置が、荷電粒子の移動による空間電荷の変化の影響やノイズの影響も少ない構成であるため、正確かつ効率的にイオン電流を検出することができる。従って、測定時間も短縮できる。さらに、イオン電流を検知するイオン検出法であるため、質量分析装置に用いる場合、低真空での動作が可能であり、電子増倍管などの増幅を必要としない。このため、小型化が可能である。以上の特徴を有するため、本実施形態の1次元トラップ10は、使用場所、環境の制約が少なく、汎用的に幅広く用いることができる。
【0062】
(B)第二の実施の形態
次に、本発明を適用する第二の実施の形態について説明する。図5は、本実施形態に係る1次元イオントラップに第1の隔壁を用いる電極構造を適用する例を説明するための図である。
【0063】
第1細孔電極19と1次元イオントラップ10の間に第1の隔壁(第2細孔電極27)を設け、第1細孔電極19と第2細孔電極27で挟まれた空間を第1差動排気部28とする。この第1差動部28を真空ポンプ25で排気する。なお、真空ポンプ23及び真空ポンプ25を1台の真空ポンプで兼用しても良い。第1差動排気部28には、流量調整器26で大気又は各種ガスを導入可能で、第1差動排気部28の圧力を変化させることが可能である。また、第1差動排気部28の圧力は、この流量調整器26を用いずに、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整することで変化させることも可能である。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径を0.13mm、長さを10mm、第2細孔電極27の径を0.3mmとした。真空ポンプ25はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプなどの低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。また、質量分析部20を排気する真空ポンプ23と第1差動排気部28を排気する真空ポンプ25は1個の真空ポンプを用いても良い。本実施形態では、例えば真空ポンプ25にダイアフラムポンプ、真空ポンプ23に低真空で使用できる小型ターボ分子ポンプを用いた。真空ポンプ23の粗引きポンプには真空ポンプ25を使用した。この時の第1差動排気部28の圧力は3000Pa(流量調整器26で大気を導入)、質量分析部20の圧力は1Paであった(但し、ヘリウムを15mL/minで導入した場合には、質量分析部20の圧力は10Paである。)。第1細孔電極19及び第2細孔電極27には細孔電極電源7から、第1細孔電極19及び第2細孔電極27をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では、例えば負イオン測定の場合、第1細孔電極19には−60V、第2細孔電極27には−13.8Vを印加した。また、正イオン測定の場合、第1細孔電極19には60V、第2細孔電極27には13.8Vを印加した。ゲート電極には第2細孔電極27を使用した。イオンの生成方法及び1次元イオントラップ10の動作シーケンスは第一の実施形態と同じである。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と第2細孔電極27の間、又は第2細孔電極27と円筒電極1との間に、イオンを収束させるイオンレンズやオクタポールなどのイオンガイドを設けても良い。
【0064】
ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することで、捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突して冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する効果を見出した。図6は、本実施形態の1次元イオントラップにおいてヘリウムガスを導入した場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ600はヘリウム未導入の場合、グラフ601はヘリウムを導入した場合にそれぞれ対応する。例えば、ヘリウムの導入量は15mL/minである。試料としてはトリクロロフェノール(分子量197.5、以下、「TCP」という。)とトリブロモフェノール(分子量330.8、以下、「TBP」という。)を測定したものである。本実施形態の1次元イオントラップ10では質量電荷比(m/z)の異なるイオンは異なる半径(位置)で円筒状にトラップされる。その時、大きい質量電荷比(m/z)を持つイオンは中心軸に近い内側に捕捉され、小さい質量電荷比(m/z)を持つイオンは外側に捕捉される。そして、円筒電極1に印加している高周波電圧Vrfの振幅Vppを高振幅から低振幅にスキャンすることでイオンを排出する(スキャン時間)。そして、イオンは円筒メッシュ電極2に空けられた穴81を通過して、円柱電極3に大きい質量電荷比(m/z)のイオンから小さい質量電荷比(m/z)のイオンが順番に衝突する。従って、分子量の大きいTBPが、分子量の小さいTCPより早いスキャン時間で観測されていることを示して、質量選択的に排出されていることが明らかである。また、ヘリウムガスを導入することで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる効果がある。本実施形態では、円筒電極1に対して衝突ガスを直接導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、第1差動排気部28や質量分析部20に入れても良い。
【0065】
次に、流量調整器26を用いて第1差動排気部28の圧力高くすることで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなることを見出した。図7は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて差動排気部の圧力を高くした場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ701は第1差動排気部28の圧力が900Paの場合、グラフ702は第1差動排気部28の圧力が1500Paの場合、グラフ703は第1差動排気部28の圧力が3000Paの場合の測定結果にそれぞれ対応する。第1差動排気部28の圧力を高めることで、1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる効果がある。
【0066】
(C)第三の実施の形態
次に、本発明を適用する第三の実施の形態について説明する。隔壁を増やすことで、より小型の真空ポンプを用いることができ、各細孔の径を大きくすることで通過するイオンの量を増やすことができる。図8は、本実施形態の1次元イオントラップの第1及び第2の隔壁を用いた電極構造の一例を説明するための図である。第1細孔電極19と1次元イオントラップ10の間に、第1の隔壁(第2細孔電極27)と第2の隔壁(第3細孔電極30)を設けている。このうち、第1細孔電極19と第2細孔電極27で挟まれた空間を第1差動排気部28とし、第2細孔電極27と第3細孔電極30で挟まれた空間を第2差動排気部29とする。また、各空間は、真空ポンプ23及び真空ポンプ25で排気する。真空ポンプ23は第2差動排気部29と質量分析部20の両方を1台の真空ポンプで排気したが、別々の真空ポンプを用いても良い。また、真空ポンプ23及び真空ポンプ25を1台の真空ポンプで排気しても良い。第1差動排気部28には、流量調整器26で大気又は各種ガスを導入可能であり、第1差動排気部28の圧力を変化させることが可能である。また、第1差動排気部28の圧力は、この流量調整器26を用いずに、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整することで変化させることも可能である。本実施形態では、例えば第1細孔電極19の内径を0.21mm、長さを10mm、第2細孔電極27の径を0.3mm、第3細孔電極30の径を0.5mmとする。真空ポンプ25はロータリーポンプ、ダイアフラムポンプ、スクロールポンプなどの低真空用ポンプや小型のターボ分子ポンプを利用する。本実施形態では、例えば真空ポンプ25にダイアフラムポンプ、真空ポンプ23に低真空で使用できる小型ターボ分子ポンプを用いた。真空ポンプ23の粗引きポンプには真空ポンプ25を使用した。このときの第1差動排気部28の圧力は3000Pa(流量調整器26で大気を導入)、第2差動排気部29の圧力は100Pa、質量分析部20の圧力は0.3Paであった(但し、ヘリウムを15mL/minで導入した場合、質量分析部20の圧力は2Paである。)。第1細孔電極19及び第2細孔電極27には細孔電極電源7から、第1細孔電極19及び第2細孔電極27をイオンが通過する量(イオン透過率)が最大になるように直流電圧を印加する。本実施形態では、例えば負イオン測定の場合、第1細孔電極19には−60V、第2細孔電極27には−13.8Vを印加した。また、正イオン測定の場合、第1細孔電極19には60V、第2細孔電極27には13.8Vを印加した。ゲート電極には第3細孔電極30を使用した。イオンの生成方法及び1次元イオントラップ10の動作シーケンスは第一の実施形態と同じである。本実施形態では図示していないが、第1細孔電極19と第2細孔電極27の間又は第2細孔電極27と第3細孔電極30の間、第3細孔電極30と円筒電極1との間にイオンを収束させるイオンレンズやオクタポール等のイオンガイドを設けても良い。
【0067】
ガス供給器22から流量調整器21を介してヘリウム等の衝突ガスを捕捉空間11に導入することで、捕捉空間11に導入された衝突ガスにイオンが衝突して冷却され、イオンの運動が減衰されて、トラップが収束され分解能及びイオン強度が向上する。図9は、本実施形態の1次元イオントラップにおいてヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明するための図である。ヘリウム流量が10から25mL/minで1次元イオントラップ10にトラップされるイオンの量が高くなる。さらに、円筒電極1内部の圧力とヘリウム流量の関係を調べた。図10は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて円筒電極排気穴径によるヘリウムガス流量を変化させた場合のイオン電流強度の結果の一例を説明するための図である。グラフ1001は試料がTCPの場合、グラフ1002は試料がTBPの場合である。図10では、円筒電極1にある内部排気用の穴径を「無し」、「直径2mm」、「直径5mm」で変化させている。この穴の他にイオン導入用の穴が直径2mmで開いている。排気用の穴が直径5mmの場合、ヘリウム流量が40mL/min以上必要であり、ヘリウム使用量が多量になるため現実的でない。従って、イオン導入用の穴径を直径2mmの場合は、排気用の穴は直径0mmから2mm程度が良い。また、排気用の穴を無くしてイオン導入の穴を直径5mm程度(好ましくは4mm程度)まで広げることが可能である。従って、イオン導入の穴は1mm以上かつ5mm未満(好ましくは4mm程度以下)が良い。本実施形態では、円筒電極1に対して衝突ガスを直接導入したが、イオンに衝突させることができるのであれば、衝突ガスは、第1差動排気部28、第2差動排気部29、質量分析部20に入れても良い。
【0068】
次に、第1差動排気部28の圧力とイオン量との関係を調べた。図11は、本実施形態の1次元イオントラップにおいて第1差動排気部圧力を変化させた場合のイオン電流強度とピーク半値幅の結果の一例を説明するための図である。グラフ1101は第1細孔電極の内径が0.21mmの場合、グラフ1102は第1細孔電極の内径が0.16mmに小さく変更した場合である。第1差動排気部28の圧力が1000Pa以上15000Pa以下(好ましくは1500Pa以上12000Pa以下)の間で使用することで、1次元イオントラップにトラップされるイオンの量が最大である。また、第1細孔電極の19の穴径に依存せずに、第1差動排気部28の圧力に依存している。従って、第1差動排気部28の圧力が1500Pa以上12000Pa以下の圧力範囲で使用することが良い。この圧力範囲になるように、流量調整器26を調整する。または、第1細孔電極19の径、第2細孔電極27の径、真空ポンプ25の排気速度を調整する。または、これらの両方で調整することでこの圧力範囲にする。
【0069】
図12は、本実施形態の1次元イオントラップにTCPとTBPを同時、又は個別で導入した場合のイオン排出結果の一例を説明するための図である。グラフ1201はTCPとTBPを同時に導入した場合であり、グラフ1202はTBPのみを導入した場合であり、グラフ1203はTCPのみを導入した場合である。TBPやTCPを単独で導入した場合と同時に導入した場合も同じスキャン時間で検出されており、確実に質量選択排出されている。
【0070】
以上説明したように、本実施形態の1次元イオントラップ10は、電極点が少なく、加工も容易な形状を有するため、安価に製造できる。さらに、隔壁を設けることで、より小さい真空ポンプを使用しても、イオンが透過する穴径を大きく出来るため、イオン透過率を大きくすることができる。また、電極及び電圧の配置が、荷電粒子の移動による空間電荷の変化の影響やノイズの影響も少ない構成である。このため、正確かつ効率的にイオン電流を検出することができる。従って、測定時間も短縮できる。さらに、イオン電流を検知するイオン検出法である。このため、質量分析装置に用いる場合、低真空での動作が可能であり、電子増倍管などの増幅を必要としない。このため、小型化が可能である。以上の特徴を有するため、本実施形態の1次元トラップ10は、使用場所、環境の制約が少なく、汎用的に幅広く用いることができる。
【符号の説明】
【0071】
1:円筒電極、2:メッシュ円筒電極、3:円柱電極、4:検出器、5:円筒電極電源、6:メッシュ円筒電極電源、7:細孔電極電源、8:引出電極電源、9:針電極電源、10:1次元イオントラップ、11:捕捉空間、12:制御部、13:吸引ポンプ、14:流量調整器、15:イオン化部、16:放電部、17:引出電極、18:針電極、19:第1細孔電極、20:質量分析部、21:流量調整器、22:ガス供給器、23:真空ポンプ、24:試料導入部、25:真空ポンプ、26:流量調整器、27:第2細孔電極、28:第1差動排気部、29:第2差動排気部、30:第3細孔電極、81:穴、201:高周波ポテンシャル、202:DCポテンシャル、203:トータルポテンシャル。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を導入する試料導入部と、前記試料の荷電粒子を生成するイオン源と、前記荷電粒子を通過させる第一の細孔を具備する第一の隔壁と、直流電圧を印加する第一の直流電源及び交流電圧を印加する交流電源に接続される第一の電極と、前記第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極と、前記第二の電極の内側に配置され、荷電粒子を衝突させる第三の電極と、第三の電極に衝突した荷電粒子の電流を測定する検出部と、前記直流電源、前記交流電源及び前記検出部を制御する制御部とを有し、
前記直流電圧と前記交流電圧は、当該直流電圧による直流ポテンシャルと当該交流電圧による交流ポテンシャルとにより前記第一の電極と前記第二の電極の間に荷電粒子を捕捉可能な1次元ポテンシャルが形成されるよう印加され、前記制御部で前記1次元ポテンシャルに捕捉された荷電粒子を前記第三の電極に衝突させるよう前記直流電圧及び前記交流電圧の少なくとも一方の印加量を変化させるように制御し、前記検出部で荷電粒子の電流を計測する
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記第一の電極は円筒形状である
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記第一の細孔を具備する前記第一の隔壁と、前記第二の細孔を具備する前記第二の隔壁により挟まれる差動排気部を更に有し、
前記差動排気部の圧力により、荷電粒子を前記第一の電極に導入させる
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記差動排気部の圧力を1000Pa以上、15000Pa以下にする
ことを特徴とする請求項3に記載の質量分析装置。
【請求項5】
衝突ガスを導入する供給部を更に有し、前記供給部は衝突ガスを前記荷電粒子に衝突させる
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記供給部からヘリウムガスを導入する
ことを特徴とする請求項5に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記第一の電極に前記第一の細孔と直線状の位置に前記荷電粒子が通過できる穴を有する
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記荷電粒子が通過できる穴が1mm以上5mm未満である
ことを特徴とする請求項7に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記試料の荷電粒子を生成するイオン源がコロナ放電である
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項10】
質量分析装置が、荷電粒子を導入する荷電粒子導入手段と、前記荷電粒子を通過させる手段と、直流電圧を印加する第一の直流電源及び交流電圧を印加する交流電源に接続される第一の電極と、前記第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極と、前記第二の電極の内側に配置され、荷電粒子を衝突させる第三の電極と、第三の電極に衝突した荷電粒子の電流を測定する検出手段と、前記直流電源、前記交流電源及び前記検出部を制御する制御手段とを有する場合に、
前記制御手段が、前記直流電圧による直流ポテンシャルと前記交流電圧による交流ポテンシャルとにより前記第一の電極と前記第二の電極との間に荷電粒子を捕捉可能な1次元ポテンシャルを形成するように前記直流電圧と前記交流電圧を印加し、かつ、前記1次元ポテンシャルに捕捉された荷電粒子を前記第三の電極に衝突させるよう前記直流電圧及び前記交流電圧の少なくとも一方の印加量を変化させるように制御し、前記検出部で荷電粒子の電流を計測する
ことを特徴とする質量分析方法。
【請求項1】
試料を導入する試料導入部と、前記試料の荷電粒子を生成するイオン源と、前記荷電粒子を通過させる第一の細孔を具備する第一の隔壁と、直流電圧を印加する第一の直流電源及び交流電圧を印加する交流電源に接続される第一の電極と、前記第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極と、前記第二の電極の内側に配置され、荷電粒子を衝突させる第三の電極と、第三の電極に衝突した荷電粒子の電流を測定する検出部と、前記直流電源、前記交流電源及び前記検出部を制御する制御部とを有し、
前記直流電圧と前記交流電圧は、当該直流電圧による直流ポテンシャルと当該交流電圧による交流ポテンシャルとにより前記第一の電極と前記第二の電極の間に荷電粒子を捕捉可能な1次元ポテンシャルが形成されるよう印加され、前記制御部で前記1次元ポテンシャルに捕捉された荷電粒子を前記第三の電極に衝突させるよう前記直流電圧及び前記交流電圧の少なくとも一方の印加量を変化させるように制御し、前記検出部で荷電粒子の電流を計測する
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記第一の電極は円筒形状である
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記第一の細孔を具備する前記第一の隔壁と、前記第二の細孔を具備する前記第二の隔壁により挟まれる差動排気部を更に有し、
前記差動排気部の圧力により、荷電粒子を前記第一の電極に導入させる
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記差動排気部の圧力を1000Pa以上、15000Pa以下にする
ことを特徴とする請求項3に記載の質量分析装置。
【請求項5】
衝突ガスを導入する供給部を更に有し、前記供給部は衝突ガスを前記荷電粒子に衝突させる
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記供給部からヘリウムガスを導入する
ことを特徴とする請求項5に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記第一の電極に前記第一の細孔と直線状の位置に前記荷電粒子が通過できる穴を有する
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記荷電粒子が通過できる穴が1mm以上5mm未満である
ことを特徴とする請求項7に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記試料の荷電粒子を生成するイオン源がコロナ放電である
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項10】
質量分析装置が、荷電粒子を導入する荷電粒子導入手段と、前記荷電粒子を通過させる手段と、直流電圧を印加する第一の直流電源及び交流電圧を印加する交流電源に接続される第一の電極と、前記第一の電極の内側に配置され、荷電粒子が通過可能な第二の電極と、前記第二の電極の内側に配置され、荷電粒子を衝突させる第三の電極と、第三の電極に衝突した荷電粒子の電流を測定する検出手段と、前記直流電源、前記交流電源及び前記検出部を制御する制御手段とを有する場合に、
前記制御手段が、前記直流電圧による直流ポテンシャルと前記交流電圧による交流ポテンシャルとにより前記第一の電極と前記第二の電極との間に荷電粒子を捕捉可能な1次元ポテンシャルを形成するように前記直流電圧と前記交流電圧を印加し、かつ、前記1次元ポテンシャルに捕捉された荷電粒子を前記第三の電極に衝突させるよう前記直流電圧及び前記交流電圧の少なくとも一方の印加量を変化させるように制御し、前記検出部で荷電粒子の電流を計測する
ことを特徴とする質量分析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−9114(P2011−9114A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152575(P2009−152575)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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