説明

質量分析装置及び質量分析方法

ここに開示した質量分析装置は、チャンバと、前記チャンバに荷電粒子を導入するための導入装置と、フィールド生成装置とを備える。前記フィールド生成装置は、荷電粒子に作用を及ぼす少なくとも1つのフィールドを生成する。前記少なくとも1つのフィールドは周方向トラッピング作用成分を有しており、該周方向トラッピング作用成分は、エネルギミニマム部により画成され回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも1本のチャネルを形成し、前記フィールド生成装置は更に、前記回転軸心を中心として該周方向トラッピング作用成分を回転させるように構成されており、該質量分析装置の使用中に、荷電粒子が該周方向トラッピング作用成分によって周方向に拘束されて前記少なくとも1本のチャネルの中に閉じ込められ該周方向トラッピング作用成分と共に回転させられることにより、荷電粒子に遠心力が作用するようにしてある。前記少なくとも1つのフィールドは更に径方向バランシング作用成分を有しており、該径方向バランシング作用成分は、少なくとも前記少なくとも1本のチャネルの近傍領域において、その強度が前記回転軸心を中心とした径方向位置に関して単調増加しており、それによって、該質量分析装置の使用中に、前記遠心力と該径方向バランシング作用成分との複合影響下において荷電粒子が前記少なくとも1本のチャネルの中をそのチャンバに沿って移動し、もって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにしてある。この質量分析装置は更に、少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出するための検出装置を備える。併せて質量分析方法を開示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子の検出を電荷質量比に基づいて行う質量分析装置及び質量分析方法に関する。ここに開示する技法は数多くの用途を有するものであり、それら用途のうちには、例えば、混在している多種の粒子の類別、粒子種の特定、物質の検出、それに物質の精製などが含まれる。
【背景技術】
【0002】
質量分析方法は、電荷を付与した粒子(荷電粒子)に電界及び/または磁界を利用して操作を加え、それによって荷電粒子の電荷質量比(q/m)に基づいた分析結果を得る、周知の方法である。その1つの具体例を挙げるならば、例えばイオン化した分子を、電圧を印加した電極板で加速して、その分子の運動方向に直交する方向の磁場が存在する領域に導入する。イオン化した分子(即ち荷電粒子)が磁場の中で運動するため、その荷電粒子にローレンツ力が作用し、その荷電粒子の飛翔経路を湾曲させる。飛翔経路の湾曲度はその分子の質量と電荷とに応じた大きさになり、質量の大きな粒子及び/または電荷の小さな粒子は、質量の小さな粒子及び/または電荷の大きな粒子と比べて湾曲度が小さい。飛翔経路が湾曲した荷電粒子を1つまたは複数の検出装置で回収し、回収して得られた荷電粒子の分布から、例えば個々の粒子種ごとの粒子質量や、多種の粒子が混在している試料における夫々の粒子種の混合比などの、様々な情報を導出することができる。更に、質量分析方法は、分子構造などの情報を導出するためにも用いられ、試料中の物質を特定するためにも用いられる。また、個々の用途に適合させた、様々な特殊な形態の質量分析装置が開発されている。
【0003】
従って質量分析方法は多くの用途に用いられており、それら用途のうちには、例えば、未知の混合体の成分の特定、同位体の存在比の特定、分子構造の究明、多種の粒子種が混在している試料中の粒子の類別、それに、試料中の物質の定量などがあり、更にその他にも多くの用途がある。また、質量分析方法は、電荷を付与することができる粒子でありさえすれば、殆どあらゆる種類の粒子の質量分析に利用することができ、例えば、化学元素の粒子も分析対象となり、医薬品類などの化学化合物の粒子も分析対象となり、タンパク質分子、タンパク質分子の構成要素であるペプチドの分子、DNA、RNA、酵素類などの生物分子も分析対象となり、更には、粉塵などの汚染物質粒子をはじめとする、その他の数多くの種類の粒子が分析対象となる。
【0004】
本発明に関連した在来技術としては、特許文献1(PCT特許出願公開公報第WO-A-03/051520号)に、遠心スペクトロメータを用いた方法が開示されている。その方法は、好適な形状の電界を形成し、その電界の影響下において、試料中に混在している様々な粒子種の荷電粒子をそれらの電荷質量比に従って類別するものである。類別しようとする多種の粒子は、緩衝液を満たしたキャビティに入れて、そのキャビティを高速回転させる。径方向における電界強度の変化形状を好適な形状とした電界を作用させ、その電界による径方向の力と遠心力との双方の影響下において、多種の粒子はキャビティの長手方向に分離し、これによって個々の粒子種ごとの単離と相対測定とが可能になる。また、その他の粒子類別装置を開示した文献として、特許文献2(米国特許出願公開公報第US-A-5,565,105号)、特許文献3(PCT特許出願公開公報第WO-A-2008/132227号)、特許文献4(英国特許出願公開公報第GB-A-1488244号)、それに、特許文献5(PCT特許出願公開公報第WO-A-2004/086441号)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】PCT特許出願公開公報第WO-A-03/051520号
【特許文献2】米国特許出願公開公報第US-A-5,565,105号
【特許文献3】PCT特許出願公開公報第WO-A-2008/132227号
【特許文献4】英国特許出願公開公報第GB-A-1488244号
【特許文献5】PCT特許出願公開公報第WO-A-2004/086441号
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は質量分析装置を提供するものであり、この質量分析装置は、チャンバを備え、前記チャンバに荷電粒子を導入するための導入装置を備え、荷電粒子に作用を及ぼす少なくとも1つのフィールドを生成するためのフィールド生成装置を備え、前記少なくとも1つのフィールドは周方向トラッピング作用成分を有しており、該周方向トラッピング作用成分は、該周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成され回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも1本のチャネルを形成し、前記フィールド生成装置は更に、前記回転軸心を中心として該周方向トラッピング作用成分を回転させるように構成されており、該質量分析装置の使用中に、荷電粒子が該周方向トラッピング作用成分によって周方向に拘束されて前記少なくとも1本のチャネルの中に閉じ込められ該周方向トラッピング作用成分と共に回転させられることにより、荷電粒子に遠心力が作用するようにしてあり、前記少なくとも1つのフィールドは径方向バランシング作用成分を有しており、該径方向バランシング作用成分は、少なくとも前記少なくとも1本のチャネルの近傍領域において、その強度が前記回転軸心を中心とした径方向位置に関して単調増加しており、それによって、該質量分析装置の使用中に、前記遠心力と該径方向バランシング作用成分との複合影響下において荷電粒子が前記少なくとも1本のチャネルの中をそのチャンバに沿って移動し、もって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにしてあり、この質量分析装置は更に、少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出するための検出装置を備えるものである。
【0007】
本発明は更に質量分析方法を提供するものであり、この質量分析方法は、チャンバに荷電粒子を導入するステップを含み、周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを有し荷電粒子に作用を及ぼす少なくとも1つのフィールドを生成するステップであって、前記周方向トラッピング作用成分は、該周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成され回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも1本のチャネルを形成し、前記径方向バランシング作用成分は、少なくとも前記少なくとも1本のチャネルの近傍領域において,その強度が前記回転軸心を中心とした径方向位置に関して単調増加しているようにする、フィールド生成ステップを含み、前記回転軸心を中心として該周方向トラッピング作用成分を回転させ、それによって、荷電粒子が該周方向トラッピング作用成分によって周方向に拘束されて前記少なくとも1本のチャネルの中に閉じ込められ該周方向トラッピング作用成分と共に回転させられることにより、荷電粒子に遠心力が作用するようにし、更に、前記遠心力と前記径方向バランシング作用成分との複合影響下において荷電粒子が前記少なくとも1本のチャネルの中をそのチャネルに沿って移動し、もって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにするステップを含み、少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出するステップを含むものである。
【0008】
特許文献1(PCT特許出願公開公報第WO-A-03/051520号)に開示されている方法は緩衝液を必要とするため、例えば粒子の質量や組成などの絶対的な情報は、試料の質量分析結果から推定することができない。これに対して、本願の請求項1に記載しているように、荷電粒子をトラッピングするチャネルを周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部によって画成するならば、物理的なキャビティも緩衝液も必要とすることなく、荷電粒子をその電荷質量比(q/m)に応じてそのチャネルの中で分離することができる。そのため、粒子の絶対質量を決定することができる(なぜならば緩衝液による浮力の影響を排除できるからである)のみならず、質量分析装置の構造を格段に簡明化することができる。更に、同時に複数の粒子軌道を形成させることができるため、多種の粒子を同時に質量分析することができ、従来の質量分析装置と比べて、はるかに広い電荷質量比(q/m)のダイナミックレンジに亘って質量分析することができる。また、物理的なキャビティを備えないため、生成するフィールドに調節を施すだけで、質量分析装置のパラメータ(例えば「仮想」チャネルの本数、形状、長さなど)を用途に応じて任意に変更することができる。しかもこの変更は、動的に(即ち、質量分析の実行中に)行うことも可能である。
【0009】
周方向トラッピング作用成分は、荷電粒子に対して周方向に作用を及ぼすものである。そのため、荷電粒子は、この周方向トラッピング作用成分の影響下において(それ以外のものから影響を受けないものとするならば)回転軸心を中心とした同一円周上を周回させられる。径方向バランシング作用成分は、荷電粒子に対して径方向に(即ち、周方向トラッピング作用成分の作用方向と直交する方向に)作用を及ぼすものである。多くの場合、フィールドが荷電粒子に対して作用を及ぼす方向(即ち、フィールドによって荷電粒子に作用する力の方向)は、フィールドの方向と同一であるが(例えばフィールドが電界である場合にはそうなる)、本発明に関しては必ずそうなるわけではない。例えば、フィールドが磁界である場合には、その磁界であるフィールドが荷電粒子に及ぼす力の方向は磁界の方向と直交する方向である。従って、重要なことは、フィールドの2つの作用成分が荷電粒子に作用を及ぼす方向(即ち、それら作用成分による力の方向)が、夫々、周方向と径方向とであることである。
【0010】
径方向バランシング作用成分が荷電粒子に及ぼす力は、荷電粒子に作用する遠心力に対する対抗力として働き、荷電粒子はそれら2つの力を受けて「仮想」チャネルの中をその長手方向に移動し、そして、遠心力の大きさと径方向バランシング作用成分による(径方向の)力の大きさとが等しくなる径方向の平衡点に達する。この径方向の平衡点に至った荷電粒子は周回運動をするため、この径方向の平衡点が存在する径方向位置に、荷電粒子軌道が形成される。この荷電粒子軌道の径方向位置を検出装置で測定することによって、様々な分析結果を得ることができる。後に更に詳細に説明するように、本発明に係る質量分析装置は多くの用途に用い得るものであり、それら用途のうちには、例えば、粒子の分離(類別)、粒子の質量の特定、物質の特定、物質の検出、それに物質の精製などが含まれる。
【0011】
周方向トラッピング作用成分及び径方向バランシング作用成分の強度は、質量分析しようとする粒子の種類とチャンバ内の状態とに応じて選択し、広範な強度範囲のうちから適宜の強度を選択することができる。一般的に述べるならば、大きな電荷質量比(q/m)を有する荷電粒子は、小さな電荷質量比(q/m)を有する荷電粒子と比べて、径方向バランシング作用成分の必要強度は小さくなる。幾つかの好適な実施の形態では、周方向トラッピング作用成分の同一円周上における最大強度を、当該円周上における径方向バランシング作用成分の強度と同程度にしている。そうすることで、荷電粒子がチャネルの中に容易にセトリングするようになることが確認されており、ただし、そうすることは必須要件ではない。
【0012】
第1の構成例では、周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドによって提供されており、径方向バランシング作用成分は径方向バランシング用フィールドによって提供されている。即ち、それら2つのフィールドを個別に生成した上で、それらを重ね合わせることにより、所要の2つの作用成分を提供するようにしている。後に詳述するように、周方向トラッピング用フィールドと径方向トラッピング用フィールドとのいずれをも電界とすることもでき、また、周方向トラッピング用フィールドを電界として、径方向バランシング用フィールドを磁界とすることもできる。2つの個別のフィールドを利用することで、各々のフィールドを独立的に制御することが可能となる。
【0013】
第2の構成例では、周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドにより提供されており、径方向バランシング作用成分はその周方向トラッピング用フィールドの成分となっている。この構成によれば、周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分との両方を1つのフィールドで提供することができる。これによってフィールド生成装置の構造が簡明化されると共に、荷電粒子軌道を1つのフィールドで制御することが可能となる。
【0014】
エネルギミニマム部は、フィールドによって荷電粒子に作用する周方向の力が極小値を取る位置である。エネルギミニマム部は、周方向フィールドの強度が実質的にゼロになる位置に対応しているものとすることが好ましい。エネルギミニマム部は、多くの場合、周方向フィールドが最小値(負値の場合にはその絶対値が最大の値)を取る位置に対応していない。質量分析装置の使用中に、荷電粒子は周方向トラッピング作用成分の影響下においてエネルギミニマム部へ移動し、そして、荷電粒子がエネルギミニマム部から離れる方向へ移動するときにはエネルギが増大することから、荷電粒子はエネルギミニマム部の近傍領域に拘束される。尚、荷電粒子は、減衰作用のために、エネルギミニマム部に正確にセトリングしないことがあり、これについては後に詳述する。
【0015】
エネルギミニマム部は、周方向トラッピングフィールドのゼロクロス点に対応したものとすることが好ましい。即ち、周方向トラッピングフィールドの作用方向が、エネルギミニマム部の(径方向の)一方の側では正方向で、他方の側では負方向であるようにすることが好ましい。この構成によれば、周方向フィールドの作用方向はエネルギミニマム部において反転する。これによって、荷電粒子をエネルギミニマム部に拘束する「トラッピング」機能が特に安定したものとなる。なぜならば、荷電粒子がエネルギミニマム部からいずれの側に変位したときにも、その変位方向と逆方向に作用を及ぼす周方向フィールドによって、荷電粒子はエネルギミニマム部へ引き戻されるからである。ただし、全ての荷電粒子にとってそのゼロクロス点が安定した平衡点となるのではない。正荷電粒子に作用する力の方向と負荷電粒子に作用する力の方向とは互いに逆方向であるため、正荷電粒子にとっては、周方向フィールドの作用方向が正方向から負方向へ反転するゼロクロス点が安定したトラッピング部になり、それに対して、負荷電粒子にとっては、周方向フィールドの作用方向が負方向から正方向へ反転するゼロクロス点が安定したトラッピング部になる。
【0016】
チャネルを画成しているエネルギミニマム部はそのチャネルに沿って連続していることが好ましい。これは、1本のチャネル上の全ての点がエネルギミニマム部であるということである。エネルギミニマム部が連続していれば、荷電粒子は、みずからそのチャネルに沿って移動して、みずからの電荷質量比に応じた位置へ到達することができる。画成するチャネルの本数は1本だけとしてもよい。ただし、全ての荷電粒子が同じ箇所にトラッピングされたならば、荷電粒子どうしの反発力の影響が大きなものとなる。そのため、周方向トラッピング作用成分によって複数本のチャネルが画成されるようにして、互いに電荷質量比が同一ないし略々同一の荷電粒子が、夫々のチャネルの中で荷電粒子群を形成するようにすることが好ましい。
【0017】
好適な幾つかの構成例においては、上述した少なくとも1本のチャネルが、前記回転軸心からチャンバの周縁部まで延在している。そのチャネルの長さは、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の全行程以内の任意の長さとすることができる。ただし、上述した少なくとも1本のチャネルの長さが長いほど、夫々のチャネルの中に収めることのできる荷電粒子軌道の数が多くなる。従って、そのチャネルが前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の全行程に亘って延在しているようにすることで、そのチャネルの長さを最長可能長さにすることが理想的である。別の実施の形態として、周方向トラッピング作用成分にエネルギマキシマム部が存在するようにすることで、1本のチャネルを複数のサブチャネルに区分するようにしてもよい。こうすることは、複数の電荷質量比ウィンドウにおいて同時に質量分析を行う場合に有用である。
【0018】
上述した少なくとも1本のチャネルは、径方向チャネルであるようにすることが好ましい。径方向に延在しているということは、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を直線的に延在しているということである。上述した少なくとも1本のチャネルが前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を延在する長さは任意に定めることができる。別の構成例として、そのチャネルが前記回転軸心とチャンバとの間を非直線形の経路に沿って延在しているようにしてもよい。例えば、幾つかの有利な実施の形態においては、上述した少なくとも1本のチャネルが、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を円弧形経路に沿って延在している。円弧形の(或いはその他の非直線形の)チャネルを採用することで、チャネルの長さを長くすることができ、それによって、チャネルに収まる荷電粒子軌道の数が増大し、より多くの互いに異なった電荷質量比を有する粒子の質量分析を行えるようになる。また、複数本の円弧形チャネルが密集して画成されるようにすることによって、チャンバのチャネル収容力を増大させることができる。円弧形チャネルも、直線形チャネルと同様にエネルギミニマム部によって画成される。
【0019】
好適な幾つかの構成例では、周方向トラッピング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上において、周方向位置に応じて交番状に変化している。即ち、周方向トラッピング作用成分は、前記回転軸心の周囲を一周する間にその作用方向が正方向と負方向との間で交互に反転しており、それによって、上で述べたように周方向トラッピング作用成分のゼロクロス点に対応したエネルギミニマム部が画成されている。特に好適な幾つかの実施の形態では、周方向トラッピング作用成分の前記交番状の変化は正弦波状であるが、その他の変化形状とすることもでき、例えば三角波状または矩形波状とすることもできる。
【0020】
多くの構成例において、周方向トラッピング作用成分は、チャンバ内の前記回転軸心を中心とした全周領域に亘って生成されている。しかしながら、このことは必須要件ではなく、好適な実施の形態のうちには、上述したフィールド生成装置が、チャンバ内の前記回転軸心を中心とした部分角度領域(見込み角が360°未満の領域)にのみ周方向トラッピング作用成分を生成するようにしたものもある。こうすることによって、所要の周方向トラッピング作用成分を生成するために必要とされる構成要素(例えば電極)を、チャンバの部分角度領域に配設するだけで済むという利点が得られる。
【0021】
上述した周方向トラッピング用フィールドは電界とすることが好ましい。そして、その電界によって、上述したようなチャネルを画成する。ただし別法として、上述した周方向トラッピング用フィールドを磁界とすることも可能である。
【0022】
幾つかの好適な構成例では、上述したフィールド生成装置は周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリを備えており、この周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、複数本のトラッピング電極または複数個のトラッピング電極要素と、それら複数本のトラッピング電極のうちの少なくとも幾つかまたはそれら複数個のトラッピング電極要素のうちの少なくとも幾つかに電圧を印加するように構成された電圧源とを備えている。それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素は、通常、前記回転軸心に対して垂直な平面上に配設され、例えば、チャンバの上面または下面(或いは上面と下面の両方)に配設される。それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素の配列は、生成しようとするフィールドの形状と、質量分析装置に要求される融通性とを考慮して適宜に選定すればよい。
【0023】
例えば、幾つかの好適な構成例において、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を延在する少なくとも2本のトラッピング電極を備えており、それらトラッピング電極は、前記回転軸心を中心としたそれらトラッピング電極の間の角度間隔を等間隔とすることが好ましい。前記周方向トラッピング用フィールドをチャンバの部分角度領域にのみ生成する場合には、その部分角度領域が2本のトラッピング電極の間に画成されるようにするとよく、また、3本以上のトラッピング電極を配設する場合には、それらトラッピング電極をその部分角度領域内に等角度間隔で配設することが好ましい。前記周方向トラッピング用フィールドには、個々のトラッピング電極に印加する電圧レベルに応じて、それら電極の形状に応じた電圧山部ないし電圧谷部が形成され、それら電圧山部ないし電圧谷部は、最終的に形成される電界におけるエネルギミニマム部に対応するものである(なぜならば、電界は電圧分布の空間的微分値として与えられるからである)。複数本のトラッピング電極を等角度間隔で配設することによって、回転対称形状の電界を生成する場合に、その電界を容易に生成することができるようになる。
【0024】
別の構成例では、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、各々が前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を夫々の経路に沿って延在する少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイを備えており、それらトラッピング電極要素アレイは、前記回転軸心を中心としたそれらトラッピング電極要素アレイの間の角度間隔を等間隔とすることが好ましい(尚、上述した前記周方向トラッピング用フィールドをチャンバの部分角度領域にのみ生成する場合の説明は、この構成例にも当てはまる)。従ってこの構成例は、上述した構成例における複数本のトラッピング電極の各々を、複数個の電極要素から成る電極要素アレイとして構成したものに他ならない。電極要素アレイの個々の電極要素に個別に電圧を印加することができるため、フィールドの制御の自由度が広がっており、これについても後に詳述する。
【0025】
前記少なくとも2本のトラッピング電極または前記少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイの各々は、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を径方向に延在しているようにすることが好ましい。これは即ち、それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素アレイの各々を直線形として、前記回転軸心とチャンバとの間を延在しているようにするということである。この構成によれば、上で説明したようにして、前記周方向トラッピング用フィールドにチャネルが画成される。それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素アレイの各々は、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の全行程に亘って延在している必要はなく、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の任意の点から任意の点まで延在しているようにすることができる。ただし、チャネルの長さを可及的に長くするために、それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素アレイは、前記回転軸心からチャンバの周縁部まで延在しているようにすることが好ましい。
【0026】
別の好適な構成例では、前記少なくとも2本のトラッピング電極または前記少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイの各々は、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間を夫々の円弧形経路に沿って延在している。この構成によれば、上で説明したようにして、渦巻形のチャネルが画成される。それらトラッピング電極またはそれらトラッピング電極要素アレイの円弧形の経路は、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の任意の点から任意の点まで延在しているようにすることができ、必ずしも前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の全行程に亘って延在している必要はない。
【0027】
トラッピング電極ないしトラッピング電極要素アレイのためにチャネルの形状が固定されてしまうことは望ましいことではない。特に好適な幾つかの実施の形態によれば、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間に2次元的に配設された複数個のトラッピング電極要素から成るトラッピング電極要素アレイを備えており、それら複数個のトラッピング電極要素は、直交格子パターン、六方格子パターン、細密充填パターン、または、同心円パターンを成すように配列したものとすることが好ましい。この構成によれば、2次元アレイとされている複数個のトラッピング電極要素の幾つかまたは全てに適切に電圧を印加することによって、チャネルを所望の形状で画成することができる。
【0028】
様々な構成例のうちには、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリをチャンバに対して相対的に回転させることによって周方向トラッピング作用成分を回転させるようにしたものがある。この構成とする場合には、上述したフィールド生成装置が更に、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリまたはチャンバを回転させるための回転機構を備えるようにするとよく、その回転機構は、例えば、前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリを搭載したモータなどとすることができる。
【0029】
ただし、好適な1つの構成例においては、上述した電圧源が、トラッピング電極またはトラッピング電極要素に印加する電圧をシーケンシャルに変化させることによって、前記回転軸心を中心として前記周方向トラッピング用フィールドを回転させるように構成されている。複数本のトラッピング電極の各々に印加する電圧をシーケンシャルに変化させることによって、それらトラッピング電極に印加する電圧を循環させることができ、それによって、上述した回転機構を用いた場合と同じ結果が得られる。
【0030】
トラッピング電極ないしトラッピング電極要素は、有限の(非ゼロの)電気抵抗を有するものとし、それによって、トラッピング電極の長手方向に電圧が変化しているようにすることが好ましい。トラッピング電極ないしトラッピング電極要素アレイの、前記回転軸心の側の端部と、チャンバ周縁部の側の端部とに印加する電圧は、正電圧か負電圧かにかかわらず、前記回転軸心の側の端部の電圧よりも、チャンバの周縁部の側の端部の電圧を大きく変化させるようにすると有利である。一般的には、トラッピング電極の両端部のうち、前記回転軸心の側の端部に接地電圧を印加し、チャンバの周縁部側の端部に大きく変化する電圧を印加するようにするとよい。こうして電圧を印加することで、トラッピング電極はその長手方向の位置に応じて変化する電圧を持つようになり、これは、トラッピング電極が有限の電気抵抗を有することによるものである。また、こうすることは、前記回転軸心の位置において連続した形状を有する電界を生成するのに役立つ。1つの構成例では、トラッピング電極ないしトラッピング電極要素を、高電気抵抗のポリマーまたはシリコンから成るものとしている。これら材料が好ましいのは、固有の既知の電気抵抗を有するからである。これに対して、通常の導電性の電極材料(多くの場合金属材料である)は電気抵抗がゼロに近く調節が不可能である。
【0031】
既述のごとく、径方向バランシング作用成分は、少なくともチャネルの(周方向及び/または径方向の)近傍領域において、その強度が径方向位置に関して単調増加するものである。単調増加関数とは、その関数の微分関数の値が常に正値である関数をいう。これは上述したフィールドの強度が正値であるか負値であるかにかかわらずいえることである。従って、上述したフィールドの強度が負値となっている領域では、その絶対値が径方向位置に関して単調減少していることは、その強度が径方向位置に関して単調増加していることに他ならない。従って、径方向バランシング作用成分は、常に、その強度が径方向位置に関して単調増加している。このことは、遠心方向に作用する遠心力と向心方向に作用する径方向バランシング作用成分による力との間で安定した平衡状態が得られるようにするために必要なことである。単調増加関数として様々な関数を選択することができるが、ただし、径方向バランシング作用成分は、nを1以上の数、rを前記回転軸心を中心とした径方向位置とするとき、その強度がrに比例して増加するものとすることが好ましい。例えば、径方向バランシング作用成分は、その強度が径方向位置に比例して(径方向位置の一次関数として)増加するものとしてもよく、或いは、二次関数などのその他の関数に従って増加するものとしてもよい。
【0032】
好適な1つの構成例によれば、径方向バランシング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上の少なくとも前記チャネルに対応した周方向角度位置において、その強度が一定とされている。径方向バランシング作用成分の強度が前記回転軸心を中心とした同一円周上の全周において一定であるようにする必要はないが、径方向バランシング作用成分の強度が少なくとも前記チャネルに対応した位置において一定であるようにすることによって、複数の平衡点が前記回転軸心を中心とした同一半径上に位置するようになり、それによって荷電粒子軌道の形状が円形(または略々円形)になるため、その荷電粒子軌道をより高精度で測定できるようになる。
【0033】
幾つかの構成例では、径方向バランシング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上において、その強度が変化している。このように、径方向バランシング作用成分の強度が径方向位置によって異なるものである場合には、その径方向バランシング作用成分を周方向トラッピング作用成分と同期させて回転させることで、径方向バランシング作用成分の位置とチャネルの位置とを適切に揃えるようにする。また、上述したフィールド生成装置は更に、前記回転軸心を中心として径方向バランシング作用成分を周方向トラッピング作用成分転と同期させて回転させるように構成したものとすることが好ましい。
【0034】
特に有用な1つの実施の形態によれば、径方向バランシング作用成分は、チャンバの複数の部分角度領域のうちの、少なくとも1つの第1部分角度領域においてはその作用方向が第1方向であり、少なくとも1つの第2部分角度領域においてはその作用方向が第1方向とは逆方向の第2方向であり、前記第1部分角度領域及び前記第2部分角度領域は、周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成される第1チャネル及び第2チャネルに該当する領域である。この構成では、径方向バランシング作用成分の作用方向が、あるチャネルの近傍領域では、正荷電粒子に対して向心方向で負荷電粒子に対して遠心方向となり、別のチャネルの近傍領域では、それらの逆方向になる。これによって、正荷電粒子と負荷電粒子とを同時に質量分析することが可能となる。
【0035】
好適な構成例として、上述した径方向バランシング用フィールドを磁界としたものがある。この磁界が遠心力とバランスする力を荷電粒子に作用させることによって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにしてある。磁界が荷電粒子に力を作用させることができるのは、荷電粒子が運動することによって電流が形成され、その電流に対してローレンツ力が作用するからである。この構成の実施の形態では、上述したフィールド生成装置がマグネットアセンブリを備えているようにすることが好ましい。このマグネットアセンブリの互いに対向する磁極の間にチャンバを配設して、それら磁極の間に生成される磁界がチャンバを貫通するようにするとよい。
【0036】
マグネットアセンブリは電磁石を備えたものとすることが好ましく、なぜならば、それによって、強力な磁界を生成することができ、制御も容易に行えるからである。ただし、例えば永久磁石などのその他の磁界生成装置を用いるようにしてもよい。
【0037】
マグネットアセンブリの各々の磁極は、その先端の表面形状を、前記回転軸心の位置よりもチャンバの周縁部の位置において、先端側へより大きく突き出してチャンバに近付いた形状とし、もって、磁界強度が径方向位置に関して単調増加する磁界を生成する形状とするとよく、また特に、その先端の表面形状を凹面形状とすることが好ましい。かかる表面形状の磁極によって生成される磁界は、チャンバの断面において非一様な磁界強度を持つものとなる。この表面形状によれば、磁界強度は前記回転軸心へ近付くほど低下し、なぜならば前記回転軸心の位置において2つの磁極の間の間隔が最大になるからである。磁極の先端の表面形状をこのようにすることで、磁界強度が径方向位置に関して単調増加するという所要の特性が得られる。別構成例として、同様の非一様な磁界強度を持つ磁界を生成するために、2種類以上の磁性材料を同心的に積層して構成した磁極を用いて、夫々の磁性材料が異なった磁界強度の磁界を生成するようにしてもよく、そうした場合にも、前記回転軸心に近付くほど磁界強度が低下するという所要の特性が得られる。
【0038】
別の好適な構成例として、上述した径方向バランシング用フィールドを電界としたものがある。この構成例では、上述したフィールド生成装置が、チャンバに近接して配設された少なくとも1つのバランシング電極を備えた径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリを備えており、このバランシング電極は、このバランシング電極に電圧が印加されたときに、フィールド強度(電界強度)が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールド(径方向バランシング用電界)を生成する形状に形成されている。このバランシング電極は、その中心部の位置が前記回転軸心の位置に揃えられ、略々円形の周縁部を有しており、また、このバランシング電極は、その厚さが中心部と周縁部との間で変化しており、その厚さの変化によって、フィールド強度が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールドを生成するようにしたものである。更に、このバランシング電極を、複数個の電極要素を配列して構成した電極要素アレイとすることも考えられ、そのようなものを用いても好適な結果が得られる。
【0039】
バランシング電極は、その形状を、直線状の母線を有する円錐形状、または、その母線が湾曲した、側面が膨出または陥凹した円錐形状とすることが好ましい。バランシング電極をこれらの形状とする場合には、その円錐形状の側面の形状を変化させることにより、径方向バランシング作用成分の変化形状を所望の形状にすることができる。また、その円錐形状の頂頭部をチャンバへ向けるか、または、チャンバとは反対側へ向けるようにするとよい。
【0040】
上述したフィールド生成装置が更に、バランシング電極に電圧を印加するように構成された電圧源を備えているようにするとよい。また、その電圧源は、電圧出力を調節可能なものであることが好ましい。
【0041】
バランシング電極は、高電気抵抗のポリマーまたはシリコンから成る中実体とすることが好ましい。先にトラッピング電極に関連して述べたように、これらの材料を用いることによって、バランシング電極を十分に大きな電気抵抗を有するものとすることができ、それによって、所望の変化形状の径方向バランシング用フィールドを生成することが可能となる。
【0042】
径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリが第2のバランシング電極を備えているようにし、チャンバがそれら第1と第2のバランシング電極の間に配設されているようにすることが好ましい。2つのバランシング電極を使用してそれらの間にチャンバを配設することは、径方向バランシング用フィールドの形状が軸方向に歪むのを防止するのに役立つ。また、それら2つのバランシング電極は、同一材料で同一形状に形成することが好ましく、そうすることによって、生成する径方向バランシング用フィールドの形状を対称形状にすることができる。
【0043】
径方向バランシング用フィールドを生成するための電極アセンブリとしては、更にその他の様々な構成の電極アセンブリを用いることが可能である。好適な1つの構成例では、上述したフィールド生成装置は、前記回転軸心に対して同心的に配設され誘電体により互いに絶縁された複数のリング形電極を備えた径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリと、前記複数のリング形電極に個別に電圧を印加する電圧源とを備えている。
【0044】
以上に挙げた様々な構成例は、径方向バランシング作用成分と周方向トラッピング作用成分とを別々のフィールドで生成した上で、重ね合わせるようにしたものであった。これに対して、別の構成例として、径方向バランシング作用成分が周方向トラッピング用フィールドによって提供されるようにすることもできる。この場合、周方向トラッピング用フィールドを生成するために用いるフィールド生成装置に、径方向バランシング作用成分を提供することができるように改変を加えるようにすれば、径方向バランシング用フィールドを生成するための構成要素を不要化することができる。そうするために、この構成例における周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、トラッピング電極上の電圧が、前記回転軸心側の該トラッピング電極の端部とチャンバの周縁部側の該トラッピング電極の端部との間で位置に応じて変化しているようにすることで、フィールド強度が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールドを生成するように構成されている。それには、例えば、高電気抵抗の材料を用いて適切な形状に形成したトラッピング電極を用いてもよく、或いは、個々の前記チャネルに沿って配設された複数個の電極要素から成る電極要素アレイを用いてもよい。電極要素アレイを用いる場合には、個々の電極要素に印加する夫々の電圧レベルを適切に定めることにより、径方向バランシング作用成分の形状を高精度で制御し、また任意に変更することができる。
【0045】
別構成例として、チャンバの表面の少なくとも一部領域に複数個の電極要素を2次元グリッド状に配列して構成した電極グリッドを用いるのもよく、それによって、チャネルの形状が複数本の電極の配置によって一定の形状に固定されることがなくなり、複数個の電極要素のうちの幾つかまたは全部に適切に電圧を印加することによってチャネルの形状を選択できるようになる。
【0046】
チャンバの形状は、前記回転軸心に対して実質的に垂直に延展する切断面における断面形状が円形であるような形状とすることが好ましい。チャンバの断面形状が円形であることが好ましい理由は、径方向バランシング作用成分の強度が前記回転軸心を中心とした周方向位置に応じて変化することのないものであれば、荷電粒子軌道の形状は円形(または略々円形)になる傾向があるからである。それゆえ、断面形状が円形のチャンバを用いることは、省スペースという点で最も効果的である。ただしこれは必須要件ではなく、使用するチャンバの形状は任意であり、例えば立方体や直方体の形状のチャンバを使用することも可能である。特に好適な幾つかの構成例では、チャンバの形状はディスク形状または円筒形状であって、前記回転軸心が、かかる形状のチャンバの中心軸に平行に延在して、そのチャンバと交わるようにしてある。その他の構成例として、チャンバの形状を、前記回転軸心に対して実質的に垂直に延展する切断面における断面形状がリング形状であるようにしたものがある。この構成では、前記回転軸心はチャンバそれ自体と交わらず、そのチャンバの中央の「孔」を通って延在している。断面形状が非円形のチャンバでも、その中央に「孔」を設けたものとすることができ、その孔の形状は円形であってもよく、非円形であってもよい。
【0047】
チャンバを真空チャンバとし、質量分析装置が更に、そのチャンバ内の雰囲気を制御するためのチャンバ内雰囲気制御装置を備えているようにするのもよく、そのチャンバ内雰囲気制御装置は排気装置ないしポンプとすることが好ましい。チャンバ内の雰囲気を制御することによって、荷電粒子に作用する空気抵抗を最小に維持することができる。この空気抵抗が最小に維持されていない場合には、分析結果がゆがめられるおそれがあり、この空気抵抗を最小に維持しておくことで、チャンバ内に存在するその他の物質に原因する偽分析結果の発生を抑制することができる。
【0048】
特に好適な幾つかの実施の形態では、チャンバ内雰囲気制御装置は、チャンバ内を不完全真空状態(即ち、ガス圧力が調圧されて低圧にされた状態)に維持するように構成されている。チャンバ内のガス圧力を低圧にすることによって、荷電粒子の自由な運動を許容しつつ、尚且つ、荷電粒子をチャネルの中に拘束するのに役立つ減衰作用が得られるようにすることができる。ただし、減衰作用が得られるようにすることは必須要件ではなく、なぜならば、径方向バランシング用フィールド及び周方向トラッピング用フィールドの形状を適切に設定することによって荷電粒子をチャネルの中に閉じ込める強力な限局作用が得られるため、減衰作用の代わりにその限局作用によって、エネルギミニマム部を中心とした荷電粒子の振動がある程度大きくてもその荷電粒子をエネルギミニマム部の中に拘束することができるからである。
【0049】
場合によっては、チャンバ内のガス圧力を、より高い圧力にすることが好ましいこともあり、そのような場合にはチャンバ内をその高いガス圧力に維持するようにポンプを設定すればよい。これは、例えば、細胞などの大質量の粒子の質量分析を、小さな角速度で、そして、フィールドの強度を高めて実行するときなどである。そのような場合には、もしチャンバ内のガス圧力が低すぎると、そのように調圧されているチャンバ内の雰囲気が、そこに作用している大きな強度のフィールド(電界)のために絶縁破壊を起こすおそれがある。パッシェンの法則によれば、高圧領域では圧力が高くなるほど降伏電圧が上昇するため、チャンバ内のガス圧力を高めることによって絶縁破壊を防止できるのである。
【0050】
減衰作用が得られるようにする場合には(それには、例えばチャンバ内の雰囲気を適切に調圧すればよい)、前記回転軸心を中心としたどの径方向位置にある円周上でも、その円周上において周方向トラッピング作用成分により荷電粒子に作用する最大の力が、減衰作用を提供するために荷電粒子に作用するようにした力を十分に凌駕しているようにすることが望ましい。例えば、ガスの摩擦力によって荷電粒子の振動を減衰させるようにする場合には、最大の強度の周方向トラッピング作用成分によって荷電粒子に作用する周方向の力が、荷電粒子とガスとの間に作用する摩擦力より大きくなるようにしておくことが望ましい。こうすることが荷電粒子をチャネルの中に拘束するのに有効であることが確認されているが、ただしこれは必須要件ではない。
【0051】
様々な構成例のうちには、粒子に電荷を付与して荷電粒子とした後にそれを質量分析装置に供給するようにしているものもある。ただし、質量分析装置が、チャンバへ導入する前に、粒子をイオン化するように構成されたイオン化装置を更に備えているようにすることが好ましい。そのイオン化装置として用いるのに適した公知の様々な装置があり、それらのうちには、電子ビームの中に粒子を通過させてイオン化する電子イオン化装置や、衝突時に発生する化学反応であるイオン‐分子反応により分析対象物質をイオン化する化学イオン化装置などがある。イオン化装置と導入装置とは、各々を個別の装置として構成してもよく、両者を一体化した装置として構成してもよい。導入装置は、通常、加速電極を備えた構成とされ、その加速電極に電圧を印加することによって、荷電粒子をその加速電極に引き寄せてチャンバの中に導入するものである。正荷電粒子と負荷電粒子との両方の質量分析を行う場合には、このような導入装置を2台備えるようにしてもよく、或いは、加速電極に印加する電圧の極性を正電圧と負電圧との間で切換え可能にしておいてもよい。導入装置はチャンバのどの位置にでも配設することができ、例えばチャンバの周縁部に接するように配設することも、チャンバの内部に(例えば、チャンバが中央に「孔」を有するものである場合にはその「孔」の中に)配設することも、また、チャンバの上面または下面における任意の径方向位置に配設することもできる。
【0052】
上述したフィールド生成装置は、このフィールド生成装置を制御して周方向トラッピング作用成分及び/または径方向バランシング作用成分の強度及び/または形状を変化させる制御装置を更に備えているものとすると有利である。その制御装置はコンピュータとしてもよく、プログラム可能な電圧源としてもよい。好適な構成例では、荷電粒子が軌道上を周回しているときに、径方向バランシング作用成分の強度及び/または形状を変化させて、その荷電粒子軌道の軌道半径に調節を加えるようにしている。また、周方向トラッピング作用成分を変化させるようにするのもよく、例えば、周方向トラッピング作用成分の回転周波数を(従って角速度を)を変化させること、及び/または、周方向トラッピング作用成分に画成されるチャネルの形状を変化させることが可能である。
【0053】
既述のごとく、本発明に係る質量分析装置は様々な多くの用途に用い得るものであり、そのため、様々な検出方法に適合できるものとなっている。幾つかの構成例においては、前記検出装置が、少なくとも1つの荷電粒子軌道の軌道半径を測定するように構成されている。この検出装置は特に、粒子の質量を決定する場合や、粒子の組成が未知である場合に用いられる。軌道半径を測定することによって、その荷電粒子軌道を形成している粒子の質量を判定することができ、更にそれに基づいて粒子の組成を推定することができる。
【0054】
一方、軌道半径の測定値を必要としないような用途も数多く存在する。例えば、分析対象粒子の質量が既知であれば、その粒子が形成する粒子軌道の軌道半径も既知である。そのため、幾つかの構成例においては、前記検出装置が、1つまたは複数の所定半径を有する荷電粒子軌道を検出するように構成されている。上述した荷電粒子に作用を及ぼすフィールドの形状が一定であれば(即ち既知であれば)所定の径方向位置に粒子が存在していることが検出されることによって、ある物質が存在していることが確認される。別構成例として、質量分析装置の使用中に径方向バランシング作用成分の強度を変化させることによって、荷電粒子軌道を検出装置が配設されている既知の径方向位置へ移動させ、その移動に要した径方向バランシング作用成分の強度の変化量に基づいて粒子の質量を決定するようにしたものがある。
【0055】
更に別の構成例として、前記検出装置を、荷電粒子軌道上の荷電粒子の密度を検出するように構成したものがある。荷電粒子軌道上の荷電粒子の密度に応じて検出装置の出力が変化するため、検出装置の出力に基づいて夫々の荷電粒子軌道上の荷電粒子の密度を測定することができる。これは、例えば同位体の存在比の検出などに利用することができる。またその他の構成例として、前記検出装置を、所与の領域における荷電粒子軌道の数だけを検出するように構成してもよく、それによって、例えば、試料中に含まれている粒子種の種類数を判定することができる。
【0056】
前記検出装置は様々な形態のものとすることができる。好適な1つの構成例では、前記検出装置はチャンバを透過した放射を検出するように構成された少なくとも1つの放射吸収素子を備えている。一般的に、放射はチャンバ内の粒子によって吸収されるため、夫々の検出素子に入射する放射の放射強度が低下することによって、その検出素子の配設位置に粒子が存在することが示される。複数個の検出素子を、1つまたは複数の所定の径方向位置に配設するようにするのもよい。ただし、より好ましい構成は、前記検出装置が、前記回転軸心とチャンバの周縁部との間の径方向経路に沿って配設された複数の放射吸収素子から成る放射吸収素子アレイを備えているようにしたものである。この構成によれば、軌道半径が未知の荷電粒子軌道を検出すること、及び/または、形成された荷電粒子軌道の軌道半径を測定することが可能である。更に別の構成例として、チャンバ内の全領域の映像を撮影するようにしてもよく、そうすることで、前記検出装置を前記回転軸心に対して高精度で位置合せせずに済むという利点が得られ、なぜならば、荷電粒子軌道の全体を測定することができ、測定した荷電粒子軌道の差し渡し寸法から、その荷電粒子軌道の軌道半径を算出できるからである。この構成とする場合には、前記検出装置が、チャンバの表面に配列された複数個の放射吸収素子を備えているようにするのもよく、そうすることで、一度に多くの測定値を得ることができる。
【0057】
ただし、そのように配設した放射吸収素子は、周囲光を検出してしまうことがある。そこで、前記検出装置に放射射出素子を装備して、前記複数個の放射吸収素子はその放射射出素子が射出した放射を検出するのに適合した素子とするとよい。この構成によれば、前記検出装置に干渉するおそれのある放射源を排除することができる。特に好適な構成例では、その放射として、紫外線、赤外線、可視光などを用いるようにしているが、これら以外の波長領域の放射を用いてもよい。
【0058】
その他の構成例として、チャンバ内に形成された荷電粒子軌道から粒子を抽出するようにするのもよい。そのような更なる1つの好適構成例においては、前記検出装置は、1つまたは複数の荷電粒子軌道から荷電粒子を回収するように構成された回収装置から成る。特に有利な構成例によれば、前記回収装置は、所定の軌道半径を有する荷電粒子軌道上の荷電粒子をチャンバから抽出し得るように構成されたチャンバ上の少なくとも1つの粒子抽出部と、前記粒子抽出部の近傍でチャンバの外部に配設された少なくとも1つの粒子抽出電極と、前記少なくとも1つの粒子抽出電極に電圧を印加する電圧源とを備えており、前記少なくとも1つの粒子抽出電極に電圧が印加されたならば、所定半径の荷電粒子軌道上の荷電粒子が加速させられて前記少なくとも1つの粒子抽出電極に引き寄せられるようにしてある。この構成によれば、質量分析装置の使用中に、粒子抽出電極に電圧が印加されると、粒子抽出部の近傍領域の荷電粒子が、粒子抽出電極に引き寄せられて、粒子抽出部からチャンバの外へ抽出される。粒子抽出電極に印加される電圧はチャンバから取出す荷電粒子の電荷と逆極性の電圧である。正荷電粒子と負荷電粒子との両方を抽出するためには、2台の前記回収装置を備えるようにしてもよく、或いは、前記回収装置を1台だけとして印加する電圧の極性を必要に応じて切り替えるようにしてもよい。前記回収装置を備えることによって、本発明に係る質量分析装置は物質の精製に用い得るものとなる。例えば、前記回収装置を1つの所望の電荷質量比lを有する粒子だけをチャンバから抽出できるような位置に配設するのもよい。別法として、この質量分析装置の使用中に、径方向バランシング作用成分及び周方向トラッピング作用成分を変化させることにより、複数の荷電粒子軌道から次々と粒子を回収するようにすることもできる。
【0059】
本発明に係る質量分析装置は様々な動作モードで動作させることが可能である。1つの局面によれば、本発明は複数の荷電粒子が混在している試料中の荷電粒子を類別する荷電粒子類別方法を提供するものであり、この荷電粒子類別方法は、複数の荷電粒子が混在している試料をチャンバの中へ導入するステップと、上で説明した質量分析方法を実行するステップとを含むものである。類別した荷電粒子を検出するには、上で説明した様々な検出方法のうちのどれを用いてもよい。
【0060】
別の1つの局面によれば、本発明は荷電粒子の質量を測定する荷電粒子質量測定方法を提供するものであり、この荷電粒子質量測定方法は、荷電粒子の試料をチャンバの中へ導入するステップと、上で説明した質量分析方法を実行するステップと、少なくとも1つの軌道半径測定値に基づいて荷電粒子の質量を算出するステップとを含むものである。
【0061】
本発明の更に別の1つの局面は、所与の検出対象粒子を検出する粒子検出方法を提供するものであり、この粒子検出方法は、粒子の試料をチャンバの中へ導入するステップと、少なくとも1つの前記所定径方向位置を前記検出対象粒子の既知質量に対応した径方向位置として上述の質量分析方法を実行することで1つまたは複数の所定径方向位置において粒子の検出を行うステップと、前記検出対象粒子が存在することを示す、前記少なくとも1つの所定径方向位置における荷電粒子を検出するステップとを含むものである。
【0062】
本発明の更に別の1つの局面によれば、複数の粒子が混在している試料中から所与の抽出対象粒子を抽出する粒子抽出方法が提供され、この粒子抽出方法は、複数の粒子が混在している試料をチャンバの中へ導入するステップと、上述の質量分析方法を実行して、前記抽出対象粒子の質量に基づいて決定された軌道半径を有する選択された荷電粒子軌道から前記回収装置を用いて粒子を抽出するステップとを含むものである。尚、複数の粒子が混在している前記試料を連続的にチャンバの中へ導入し、前記選択された荷電粒子軌道から粒子を連続的に抽出するようにすれば、本発明に係る質量分析装置を精製装置として機能させることができる。
【0063】
以下に、本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法の具体的な構成例について、図面を参照して説明して行く。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】1つの構成例に係る質量分析装置の構成要素を示したブロック図である。
【図2】図1の質量分析装置に用いられるチャンバ及びその他の構成要素の平面図である。
【図3】明細書中で言及されている様々な方向を示した図である。
【図4】第1の実施の形態における電圧分布の具体例を示した図である。
【図5】第1の実施の形態に対応した電圧及び電界を周方向位置に対して示したグラフである。
【図6】第1の実施の形態における周方向フィールドのトラッピング作用成分を生成するための構成要素を示した図である。
【図7】具体例の2本の電極に印加される電圧を時間に対して示したグラフである。
【図8】図6に示した構成要素によって形成される電圧分布を示した図である。
【図9】径方向バランシング作用成分に対応した電圧分布及び電界強度分布の具体例を示した図である。
【図10】第1の実施の形態における径方向フィールドのバランシング作用成分を生成するための構成要素を示した図である。
【図10a】図10の構成要素により生成される電界を示したベクトル図である。
【図10b】図10aに示したチャンバの内部の径方向における電圧分布を示したグラフである。
【図10c】図10aに示したチャンバの内部の径方向における電界強度の変化を示したグラフである。
【図11】第1の実施の形態における荷電粒子に作用する径方向の力を示したグラフである。
【図12】第1の実施の形態における荷電粒子の径方向の振動の説明図である。
【図13】第1の実施の形態における荷電粒子の周方向の振動の説明図である。
【図14】第1の実施の形態における荷電粒子の径方向及び周方向の振動の説明図である。
【図15】第1の実施の形態における検出装置の構成要素を示した図である。
【図15a】図15の検出装置から出力される信号に基づいてプロセッサが生成するスペクトルの具体例を示した図である。
【図16】第2の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素を示した模式図である。
【図17】第3の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素を示した模式図である。
【図18】第3の実施の形態における周方向位置による電圧プロファイルの形状を示したグラフである。
【図19】第4の実施の形態における電圧分布をある1つの視点から見た図である。
【図20】第4の実施の形態における電圧分布を別の1つの視点から見た図である。
【図21】第5の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素を示した模式図である。
【図22】第5の実施の形態における電圧分布を示した図である。
【図23a】電極要素の配列の3つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図23b】電極要素の配列の3つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図23c】電極要素の配列の3つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図24a】第6の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素の2つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図24b】第6の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素の2つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図25a】第6の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素のさらなる2つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図25b】第6の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素のさらなる2つの具体例のうちの1つを示した図である。
【図26】第7の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素を示した図である。
【図26a】図26に示した第7の実施の形態の構成要素により生成される電界の径方向における電圧分布を示したグラフである。
【図26b】図26に示した第7の実施の形態の構成要素により生成される電界の径方向における電界強度の変化を示したグラフである。
【図27a】第7の実施の形態の構成要素の変形例を用いたときに生成される電界の径方向における電圧分布を示したグラフである。
【図27b】第7の実施の形態の構成要素の変形例を用いたときに生成される電界の径方向における電界強度の変化を示したグラフである。
【図28】別構成例の検出装置の構成要素を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0065】
図1に、1つの構成例に係る質量分析装置の様々な主要な構成要素のうちの、幾つかの構成要素を模式図で示した。図示したそれら構成要素は、以下に説明する様々な実施の形態を構成するために用いられるものである。参照符号1は質量分析装置の全体を指している。フィールド生成装置3は、チャンバ2の内部に1つまたは複数のフィールドを生成するための構成要素である。後に詳細に説明するように、フィールド生成装置3が生成するフィールドは、チャンバ2内の荷電粒子に作用を及ぼすフィールドである。そのようなフィールドとして適当なものは、例えば、電界及び/または磁界であり、フィールド生成装置3はそのようなフィールドを発生させるように構成されている。導入装置7はチャンバ2内へ荷電粒子を導入するための構成要素である。導入装置7が導入する荷電粒子は、質量分析装置とは別体の荷電粒子生成源で生成したものを導入装置7へ供給するようにしてもよく、或いは、質量分析装置が荷電粒子生成源としてのイオン化装置6を備えているようにしてもよい。図示例ではイオン化装置6と導入装置7とが流体の輸送が可能なように接続されており、イオン化装置6において電荷が付与された荷電粒子がチャンバ2内へ導入されるようにしてある。尚、イオン化装置6と導入装置7とは、両者を一体化した装置として構成してもよく、各々を個別の装置として構成してもよい。
【0066】
好適な1つの構成例では、チャンバ2内のガス圧力を減圧状態(不完全真空状態)に維持するようにしている。またそのために、排気装置9が装備されており、この排気装置9は例えばポンプなどである。ただし後に詳細に説明するように、排気装置9を装備することは必須要件ではない。
【0067】
検出装置4は、チャンバ2から分析結果を取出すための構成要素である。検出装置4としては様々な構成のものを用いることができ、それらのうちには、チャンバ2内の粒子群の映像を撮影するようにしたものから、チャンバ2内から粒子を抽出するようにしたものまで種々のものがある。
【0068】
多くの場合、フィールド生成装置3には制御装置5を接続しておくようにし、この制御装置5は例えば、コンピュータやプロセッサなどである。この制御装置5によって、フィールド生成装置3が生成するフィールドの寸法、形状、強度、及び方向を制御することができる。ただし、フィールドの形状を可変としないのであれば、制御装置5を装備しない構成とすることも可能である。また、制御装置5を検出装置4に接続して、得られた分析結果のモニタ並びにデータ処理を行わせるようにするのもよい。
【0069】
以上に言及した様々な構成要素については、後の具体的な実施の形態の説明において、質量分析装置の全体動作を説明する際に更に詳細に説明する。
【0070】
図2は、本発明に係る質量分析装置に用いるのに適した1つの具体例に係るチャンバ2の平面図である。この具体例において、チャンバ2の形状はディスク形状であり、即ち、その断面形状が円形で、アスペクト比の小さな形状である。この具体例のチャンバ2の寸法例を示すと、例えば、その直径は2cm程度とし、軸心方向の寸法である厚さは0.5cm程度とすることができる。このようにチャンバ2の形状としては、その断面形状が実質的に円形の形状とすることが好ましいが、ただし、その他の様々な形状とすることも可能であり、例えば、球形状、円筒形状、それに、リング形のチャンバを用いることも可能である。チャンバ2の形状を、その断面形状が円形のものとすることが好ましいのは、荷電粒子軌道が、通常、円形軌道(または略々円形軌道)となるため(これについては図24及び図25を参照されたい)、断面形状が円形のチャンバとすることで省スペース性が最大となるからである。ただしチャンバの断面形状が例えば正方形や長方形などのその他のいかなる形状であっても、荷電粒子軌道を円形軌道または略々円形軌道とすることは可能である。また、好適な構成例のうちには、チャンバ2を真空チャンバとして構成したものがある。これは、チャンバ2を密閉可能な構造とし、その内部の雰囲気圧力を上で言及したポンプ9などの適当な調圧手段によって高精度で調圧できるようにしたものである。チャンバ2はイオンを吸収しにくい材料で製作するか、或いは、チャンバ2の内壁面に例えば界面活性剤などのイオンを吸収しにくい物質をコーティングすることが好ましい。特に好適な構成例においては、チャンバ2の内壁面に近接した領域において、イオン(荷電粒子)に対して小さな斥力が作用するようにしており、それには、例えば正荷電粒子に対し斥力を作用させるのであれば内壁面に陽イオン含有物質をコーティングすればよく、負荷電粒子に対して斥力を作用させるのであれば陰イオン含有物質をコーティングすればよい。ただし、これらのことは必須要件ではない。
【0071】
図示例では、イオン化装置6及び導入装置7の配設位置である粒子導入点がチャンバ2の周縁部2aに設定されている。ただし、この粒子導入点はチャンバ2のどの箇所に設定してもよく、例えばチャンバ2の中心部(例えば回転軸心8上またはその近傍)に設定してもよく、或いは、回転軸心8とチャンバ周縁部2aとの間の任意の径方向位置に設定してもよい。イオン化装置6は荷電粒子を導入装置7へ供給し、導入装置7は供給された荷電粒子をチャンバ2内へ導入する。荷電粒子の導入速度及び導入方向は高精度である必要はない。それらイオン化装置6及び導入装置7の動作は、従来の質量分析装置に装備されているそれら装置の動作と同様のものである。
【0072】
イオン化法としては、目的に応じて適宜の方法を用いればよい。例えば、生体分子をイオン化するのであれば、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)や、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)などが好適であり、なぜならば、これらは周知の「ソフトな」イオン化法であり、荷電する際に粒子を損傷させることがないからである。ESIでは、液相状態の分析対象物質(即ち試料を含有する溶液)をポンプで加圧して噴霧ニードルからコレクタへ向けて噴霧する。噴霧ニードルとコレクタとの間には高電位差が印加されている。噴霧ニードルから押出された小滴には、噴霧ニードルに印加されている電圧極性と同極性の表面電荷が付与される。この小滴が噴霧ニードルからコレクタまで飛翔する間に溶剤が蒸発する。そのため小滴は体積が減少し、ついには小滴の持つ電荷を表面張力で保持することができなくなり(これをレイリーリミットという)、その時点で小滴は分裂して多数の更に微細な小滴になる。このプロセスが繰り返されて、最終的に1つ1つの分子にまで分離されて荷電された分子が得られる。ESIイオン化法が(液相状態の試料を用いる場合に)特に優れているのは、ESIイオン化装置は小型の装置として構成し得るからである。一方、MALDIでは、試料とマトリックスとを混合した混合物をターゲットプレートの表面に塗布して乾燥させることで固相状態とし、この固相状態の混合物にレーザーを照射して気相とする。ESIイオン化装置も、またMALDIイオン化装置も、適当な装置が一般的に市販されている。ただし、その他の多くのイオン化法を用いることが可能であり、用途によってはその他のイオン化法を用いることが好ましいこともある。例えばこの質量分析装置を用いて空気中に混在している試料を分析する場合には、空気イオン化法を採用するのもよい。空気イオン化法においては、通常、互いに近接して配設した電極どうしの間に空気の降伏電圧以下の電圧を印加することによって、絶縁破壊を発生させることなく適切なイオン化を行うものである。
【0073】
導入装置7の典型的な構成例としては直線粒子加速器を用いて構成したものがあり、その直線粒子加速器としては、例えば、導入開口を囲繞する形状の極板または列設した一連の環状電極を備え、その極板の中を、またはそれら環状電極の中を通過する粒子を加速するようにしたものなどを用いることができる。
【0074】
フィールド生成装置3は、チャンバ2内に少なくとも1つのフィールド(電界ないし磁界)を生成するための装置である。フィールドを生成する方法としては様々な方法を用いることができるが、いずれの方法を用いるにせよ、周方向トラッピング作用を提供するフィールド成分と、径方向バランシング作用を提供するフィールド成分とを生成するようにする。これら2つのフィールド成分は、各々を個別に生成することもでき(その場合には個別に生成した複数のフィールドを重ね合わせるようにする)、或いは、単一のフィールドがこれら2つのフィールド成分を提供するようにすることもできる。一方のフィールド成分である周方向トラッピング作用成分は、チャンバ2内の荷電粒子に対して周方向の作用を及ぼすものであり、そのフィールドから作用する力のために、荷電粒子は図3に矢印φで示したように回転軸心8を中心とする半径が一定の円軌道上を運動させられる。回転軸心8の位置は図2に示したようにチャンバ2の中心点に一致させることが好ましいが、ただしこのことは必須の要件ではない。他方のフィールド成分である径方向バランシング作用成分の作用方向は、図3に矢印rで示したように、周方向トラッピング作用成分の作用方向に直交する方向であって、回転軸心8とチャンバの外周2aとを結ぶ方向即ち径方向である。2つのフィールド成分のいずれも、そのフィールド成分が荷電粒子に及ぼす作用の方向(即ち、周方向トラッピング作用成分であれば周方向、径方向バランシング作用成分であれば径方向)は、そのフィールド成分(電界成分または磁界線分)それ自体の方向と必ずしも同一方向であるとは限らず、例えばフィールドが磁界である場合には同一方向にはならない。
【0075】
周方向トラッピング作用成分は、回転軸心8とチャンバ周縁部2aとの間を延在して荷電粒子をその中にトラッピングする少なくとも1本の「チャネル」を画成するエネルギミニマム部を含むものである。そのような周方向トラッピング作用成分をどのようにして生成するかについては後に詳述する。フィールド生成装置3は、そのような周方向トラッピング作用成分を、回転軸心8を中心として回転させるように構成されており、この周方向トラッピング作用成分の回転によって、チャネルの中にトラッピングされた荷電粒子も、回転軸心8を中心として回転して、遠心力の作用を受けるようにしてある。
【0076】
径方向バランシング作用成分は、以上に説明した遠心力と釣り合う対抗力を提供するものである。それゆえ、周方向トラッピング作用成分によって画成されているチャネルの中にトラッピングされた荷電粒子は、遠心力と径方向バランシング作用成分の複合作用下において、そのチャネルの中をそのチャネルに沿って移動することになる。径方向バランシング作用成分は、その大きさが、回転軸心8を中心とした径方向位置に関して単調増加している。そのため、そのチャネルの中に、固有の電荷質量比(q/m)を有する荷電粒子が、その電荷質量比に応じてセトリングする位置である平衡点が安定して形成される。周方向トラッピング作用成分は常に回転しているため、電荷質量比に応じた平衡点にセトリングした荷電粒子は回転軸心8を中心とした荷電粒子軌道上を周回するようになり、これを2種類の荷電粒子について示したのが、図2の(i)及び(ii)の運動軌跡である。これら2種類の荷電粒子の夫々の軌道半径は、それら荷電粒子の電荷質量比に応じた半径となり、そのため、どのチャネルの中にトラッピングされている荷電粒子であっても、電荷質量比が互いに同一であれば、セトリングした後には互いに同一の荷電粒子軌道上を周回するようになる。図2において、軌道半径がrの外周側の荷電粒子軌道(i)を形成している荷電粒子の電荷質量比(q/m)は、軌道半径がそれより小さいrの内周側の荷電粒子軌道(ii)を形成している荷電粒子の電荷質量比よりも小さい。即ち、質量が大きく電荷の小さい荷電粒子は、質量が小さく電荷の大きい荷電粒子と比べて、より大きな軌道半径の荷電粒子軌道上を周回するようになる。こうして形成された荷電粒子軌道を、後に詳細に説明する様々な検出方法で検出することにより、荷電粒子の質量(及び電荷)に関する情報が得られる。
【0077】
荷電粒子に作用させるフィールドの径方向バランシング作用成分の強度及び周方向トラッピング作用成分の強度は、用途に応じて夫々に適当な強度に設定すればよく、選択可能な強度範囲は非常に広い。径方向バランシング作用成分の強度に関していえば、大きな電荷質量比(q/m)を有する荷電粒子は、小さな電荷質量比(q/m)を有する(例えば質量の大きな)荷電粒子と比べて、必要とされる強度が低い。従って、荷電粒子に作用させるフィールドの強度はこれらを勘案して適宜の強度に設定すればよいが、ただし、作用させるフィールドが電界である場合には、その電界強度がチャンバ内の雰囲気の絶縁破壊限度を超えないようにすることが望ましい。荷電粒子に作用させる電界の通常の電界強度設定範囲は1kV/cm〜10kV/cmであるが、ただし40kV/cm程度の高強度とすることも可能であり、この40kV/cmという電界強度値は、パッシェン曲線による、空気の絶縁破壊を発生させずに済む上限値である。
【0078】
周方向トラッピング作用成分の強度は、径方向バランシング作用成分の強度より低強度に設定することが適当である場合がある。なぜならば、周方向トラッピング作用成分が提供する作用は、荷電粒子を所要の角速度にまで加速するという作用であり、これは大きな力に対抗することを要求されるものではないからである。好適な幾つかの具体例においては、ある円周上における周方向トラッピング作用成分の最大強度が、その円周上における径方向バランシング作用成分の強度と略々同程度であるようにそれら作用成分の強度を設定しており、このような強度設定にしているのは、そうすることで荷電粒子をチャネルの中に迅速にトラッピングできることが確認されているからである。ただしこのような強度設定とすることは必須要件ではない。
【0079】
従来の質量分析方法と比べて、本発明に係る質量分析装置を用いた質量分析方法では、高分解能の質量分析を、極めて広い電荷質量比の範囲に亘って行うことができ、しかも、作用させるフィールドの強度に調節を加えることによって、分析可能な電荷質量比の範囲を動的に(即ち質量分析装置の使用中に)変更することまでも可能である。そのため、小型のコンパクトな質量分析装置でありながら、大粒子から小粒子までの質量分析を行うことができる。従来の質量分析装置では、様々な事情から、質量分析が可能な粒子は小質量の(例えば20kDa(キロダルトン)以下の)粒子に限られていた。その原因のうちの最大のものは、大質量の粒子では分解能が低下するということであった。これに対して、本発明に係る質量分析装置は、kDa領域をはるかに超えてMDa領域の粒子の質量分析も行うことができ、しかも、試料が微量であっても非常に高い分解能が得られ、これが可能であるのは、従来の質量分析装置とは異なり、上で説明したように、粒子を閉軌道(周回軌道)の中に閉じ込めるようにしており、閉じ込められた粒子は高い集中度をもって集中するからである。そのため、分子量の非常に大きなDNA分子やタンパク質分子の質量分析も可能となっており、更には、まるごとの細胞の質量分析すら可能となっている。また、本発明に係る質量分析装置は、例えば無機化学物質の粒子などの、小質量の粒子の質量分析にも同様に好適に用い得るものである。
【0080】
図4は、本発明の第1の実施の形態におけるチャンバ内の電圧分布を示した模式図である。第1の実施の形態では、周方向トラッピング用フィールド(周方向トラッピング用電界)と、径方向バランシング用フィールド(径方向バランシング用電界)とを、夫々個別に生成した上で、それら2つのフィールド(電界)を重ね合わせることによって、図4に示した電圧分布を生成するようにしている。図4から明らかなように、この実施の形態では、回転軸心8を中心とした同一円周上において電圧が正弦波状に変化している。即ち、この電圧分布では、回転軸心8を中心としたどの円周上においても周方向位置に応じて電圧が正弦波状に変化しており、その結果、どの円周上にも電圧谷部10と電圧山部11とが交互に存在している。それら電圧谷部10及び電圧山部11は形成されている電界におけるエネルギミニマム部であり、これについて図5を参照して以下に説明する。図5は、チャンバ内の電圧分布とそれによって形成されている電界の電界強度との関係を、横軸を偏角φに取って示したグラフである。尚、周方向トラッピング作用成分は、チャンバ内の全領域に亘って存在している必要はない。例えば、後に説明する第6の実施の形態では、周方向トラッピング作用成分はチャンバの一部角度領域にしか存在していない。
【0081】
既述のごとく、第1の実施の形態の電圧分布では、電圧Vが正弦波状に変化している。電界強度Eは電圧Vを空間距離で微分した値に比例する(即ち、E=dV/dφ)ため、電界強度Eもまた正弦波状に変化しており、ただし電界強度Eの位相は電圧Vの位相に対してπ/2だけ変位している(即ち、電圧Vがsinφのとき、電界強度Eはcosφとなり、なぜならばd/dφ(sinφ)=cosφだからである)。従って、電界強度Eの大きさ(絶対値)が最小値(図示例では「0」)を取るのは、電圧分布における電圧山部11及び電圧谷部10の位置である。図4に示したように、電圧山部11及び電圧谷部10は径方向に連続しており、即ち、ある円周上の電圧山部11及び電圧谷部10の位置とそれに隣接する円周上の電圧山部11及び電圧谷部10の位置とが揃っており、それによって、回転軸心8とチャンバ周縁部との間を延在する複数本のチャネル13及び14が画成されている。チャネル13はこの電圧分布における「谷筋」に沿って延在しており、チャネル14はこの電圧分布における「尾根筋」に沿って延在している。尚、図4に示した実施の形態では、チャネル13、14はいずれも回転軸心8とチャンバ周縁部との間の全行程に亘って延在しているが、このようにすることは必須要件ではない。
【0082】
チャンバ2内の荷電粒子は、周方向トラッピング作用成分の影響下において、エネルギミニマム部であるチャネル13及び/またはチャネル14の中へ移動する。例えば、図5に示した正荷電粒子12は、電圧分布における電圧谷部10に対応したエネルギミニマム部「A」の近傍に位置している。図示例の電圧分布において、エネルギミニマム部Aは、周方向トラッピング作用成分である電界成分(以下、周方向電界成分)の大きさがゼロを通過するゼロクロス点であり、そのため、周方向電界成分の向き(即ち、周方向トラッピング作用成分の作用方向)は、このエネルギミニマム部Aの(周方向の)一方の側では正方向であり、他方の側では負方向である。図5に即していうならば、向きが正方向の周方向電界成分は正荷電粒子を図中右側へ移動させ、向きが負方向の周方向電界成分は正荷電粒子を図中左側へ移動させる。従って、図中の位置Xにある正荷電粒子12は、周方向電界成分によって矢印で示したように右側へ移動させられる。そして、その正荷電粒子12がエネルギミニマム部Aを通過するとき、周方向電界成分の向きが正方向から負方向に反転する。正荷電粒子12は、エネルギミニマム部Aを超えて更に移動したならば向きが負方向の周方向電界成分によって、図中の位置Yにある正荷電粒子に付した矢印が示しているように、左側へ移動させようとする力を受けるようになる。そのため正荷電粒子は、エネルギミニマム部Aの近傍において、実質的に周方向にトラッピングされた状態になる。ただし実際には、荷電粒子はエネルギミニマム部を中心として振動し、その振動が次第に減衰して行くという経過をたどり、これについては後に詳述する。
【0083】
図5のグラフから明らかなように、電圧分布における電圧山部11に対応した箇所に、また別のエネルギミニマム部Bが存在している。正荷電粒子12にとっては、このエネルギミニマム部Bは不安定な平衡点であり、なぜならば、正荷電粒子がこのエネルギミニマム部Bから変位したならば、その正荷電粒子に、エネルギミニマム部Bから離れる方向へ移動させようとする力が作用するからである。一方、負荷電粒子にとっては、作用する力の向きが逆になることから、電圧山部11は安定した平衡点となり、電圧谷部10は不安定な平衡点となる。
【0084】
上述したエネルギミニマム部A及びBのような、周方向電界成分のゼロクロス点が存在するようにするには、回転軸心8を中心とした周方向位置に応じて周方向電界成分が交番状に変化して交互に正値と負値とを取るようにすればよい。その交番状の変化は正弦波状とすることが好ましいが、ただし、三角波状または矩形波状としてもよい。また、エネルギミニマム部は、周方向電界成分のゼロクロス点によって形成されたものであることが好ましく、その理由は、上で説明したように、それによって特に安定したトラッピング作用が得られるからであるが、ただしこれは必須要件ではない。例えば、エネルギミニマム部の両側において周方向電界成分の向きが同一であるような、そのようなエネルギミニマム部とすることも不可能ではない。そのようなエネルギミニマム部は不安定な平衡点となるが、ただし、周方向トラッピング作用成分の回転角速度を、十分に大きな角速度(即ち、荷電粒子がエネルギミニマム部から離れる方向に移動する移動速度より大きな周速度が得られる角速度)とするのであれば、そのようなエネルギミニマム部であっても必要なトラッピング作用を提供することができる。同様に、エネルギミニマム部における周方向電界成分の大きさ(絶対値)は「0」とすると有利であるが、以上と同じ理由でこれも必須要件ではない。
【0085】
従って、チャンバ2内の荷電粒子は、周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部によって画成されているチャネル13及び/またはチャネル14の中に拘束されて閉じ込められ(チャネル13と14のどちらに閉じ込められるかは、荷電粒子の電荷の正負に応じて決まる)、そして、周方向トラッピング作用成分が回転しているため、回転軸心を中心として回転運動をすることになる。
【0086】
図6は、図4及び図5を参照して説明した種類の周方向トラッピング用フィールド(周方向トラッピング用電界)を生成するために用いられるフィールド生成装置3の構成要素の具体例を示した図である。図6にはチャンバ2が斜視図で示されており、先に述べたように、このチャンバ2の周縁部2aに導入装置7が設けられている。フィールド生成装置3は周方向トラッピング用電界生成用電極アセンブリを備えており、この電極アセンブリは複数本の電極15(これらは荷電粒子の周方向トラッピングのための電極であるので、以下「トラッピング電極」と称する)を備えており、それらトラッピング電極15は、回転軸心8に対して垂直に延展しているチャンバ2の一方の壁面に近接した位置に等角度間隔で配設することが好ましい。それらトラッピング電極15はチャンバ2の内部に配設してもよく、外部に配設してもよい。それらトラッピング電極15の本数は任意であるが、2本以上とすることが好ましい。後に図24及び図25に関して説明するように、トラッピング電極15はチャンバの一方の壁面の全域に亘って配設することは必ずしも必要ではなく、チャンバの部分角度領域にのみ配設するようにしてもよい。
【0087】
図示例ではトラッピング電極15の各々が回転軸心8からチャンバ2の周縁部2aまで延在している。ただしトラッピング電極15は、回転軸心8からチャンバ2の周縁部2aまでの全長に亘って延在させる必要はなく上で説明したチャネルを画成したい部分にだけ延在させるだけでもよい。電圧源15aを備えており、複数本のトラッピング電極15の各々に(またはそれらトラッピング電極15のうちの少なくとも一部のものに)電圧を印加している。図を簡明にするために、図6では、複数本のトラッピング電極15のうちの2本の電極15及び15**についてだけ、トラッピング電極15と電圧源15aとの接続を図示してあるが、実際には、アセンブリの複数本のトラッピング電極15の各々に対して接続がなされている。図示例では、トラッピング電極15の両端のうち、回転軸心8に近い方の端部に0Vを印加し、チャンバ2の周縁部2aに近い側の端部に電圧V、電圧V、…を印加している。トラッピング電極15に印加する電圧は、フローティング電圧とする(即ち、グラウンドに対する絶対電圧を印加するのではなく、隣り合った電極の間の電圧差を供給するようにする)ことが好ましく、その理由については後に説明する。電圧源15aは、プロセッサ5で制御するようにし、このプロセッサ5が、トラッピング電極15の各々に印加する電圧を設定することで、チャンバ2内に所望の分布形状の電圧分布を確立するようにするとよい。ただし、電圧源15aそれ自体がこの機能を担うようにすることも可能である。周方向トラッピング用電界の分布形態は、トラッピング電極15の各々へ印加する電圧を精緻に選定することで設定され、周方向トラッピング用電界が上で説明したように回転軸心8を中心とした周方向位置に応じて正弦波状に変化するようにするには、各々のトラッピング電極に印加する電圧を回転軸心8を中心として周方向に正弦波状の分布形態となるようにすればよい。電界の分布形状を、例えば三角波状や矩形波状などの、その他の分布形状とするには、トラッピング電極の各々に印加する電圧をそれに応じて適切に選択することで可能である。
【0088】
周方向トラッピング用電界をチャンバ2に対して相対的に回転させるには、複数本のトラッピング電極15に夫々に印加する電圧を、電圧源15aが(または制御装置5が)時間と共に変化させるようにし、またその際に、それらトラッピング電極15に夫々に印加する電圧の強度を次々と隣接するトラッピング電極15へ移動させて行くようにする。また、その回転速度は、電圧源15aまたは制御装置5によって制御する。図7は、図6に示した構成のフィールド生成装置において、その1つの具体例として、トラッピング電極15に印加する電圧(実線)と、トラッピング電極15**に印加する電圧(破線)とを時間と共にどのように変化させているかを示したものである。図から明らかなように、時刻=0において、トラッピング電極15の電圧はVであり、一方、トラッピング電極15**の電極の電圧は最大電圧のVであって、これは電圧分布の山部に相当している。夫々のトラッピング電極の電圧は、周方向トラッピング用電界の角速度に正比例した周波数で、正弦波状に変化させている(或いは、その他の、例えば三角波状などの形状に変化させるようにしてもよい)。図7において、夫々のトラッピング電極に作用する電圧は、時間Tが経過する間に電圧山部と電圧谷部とを一度ずつ通過する。図4に示した具体例の電圧分布には、8個の電圧山部と8個の電圧谷部とが存在しているため、時間Tは、電界が1回転する時間の8分の1になる。従って、図示例における回転周波数Fは、F=1/(8T)となる。一般的な構成例としては、この回転周波数Fは、kHzないしMHzのオーダーとする。また、角速度ωは、ω=2πFとなる。
【0089】
トラッピング電極15は、例えば高電気抵抗のポリマーやシリコンなどの高電気抵抗材料で製作して、回転軸心8からチャンバ2の周縁部2aまでに亘って径方向に電位差が存在するようにすることが好ましい。それによって、回転軸心8に近付くほど電圧が降下するような電圧分布とすることができ、もって、チャンバ2内の全領域において連続性を有する電界を容易に形成することができるが、ただしそのようにすることは必須要件ではない。しかしながら、そのようにすることで、更に有利な構成とすることができ、それについては後に詳述する。高電気抵抗材料から成るトラッピング電極を使用することによって更に、トラッピング電極に流れる電流を小さく抑えることができ(或いは電流が殆ど流れないようにすることができ)、それによって電力消費量を抑えることができるという利点も得られる。
【0090】
図8に、図5に示した装置で生成することのできる電圧分布の形状を模式図で示した。この電圧分布では、径方向位置が外側へ行くほど、周方向トラッピング用電界の正弦波状に変化している電界の振幅が増大しており、このように電界の振幅が増大しているのは、上で説明したようにトラッピング電極の長手方向に電位差が生じているからである。この図8の電圧分布に、更に、径方向バランシング用電界が重ね合わされることにより、図4に示した電圧分布が得られる。
【0091】
図9は、径方向バランシング作用成分を提供している電圧分布Vの具体例と、この電圧分布に対応した径方向電界成分の電界強度Eとを示した図である。この具体例の電圧分布における電圧は、径方向位置rに応じて増加し、より詳しくはrに比例して増加しており、周方向位置を表す偏角φに対しては依存性を有していない(即ち、回転軸心8を中心とした同一円周上では周方向位置φによらず電圧は一定である)。従って、この電圧分布によって得られる径方向バランシング作用成分の電界強度Eは、径方向位置rに応じて増加し、より詳しくはrに比例して増加するものである。ただし、径方向バランシング作用成分の電界強度の変化形状はこのようなものに限られず、チャネルに対応した領域において、径方向位置rの任意の単調増加関数に従って変化するものであればよく、なぜならば、それによって径方向の平衡点が安定したものとなるからであり、これについては後に詳述する、例えば、径方向バランシング作用成分の電界強度Eは、nを1以上の数とするとき、rに比例して変化するものとすることができる(ただし、n=1の場合には、回転軸心8の位置における径方向バランシング作用成分の電界強度が「0」でないことが必要であり、なぜならば、そうでないと平衡点が回転軸心8上の1箇所だけになってしまうからである)。
【0092】
径方向バランシング作用成分の分布形状は、径方向位置が同一であれば(即ち同一円周上にあれば)周方向位置が異なっていても径方向バランシング用電界成分の電界強度が一定であるような分布形状とすることが好ましいが、ただしこれは必須要件ではない。荷電粒子は周方向トラッピング作用成分のチャネルの中に閉じ込められるため、荷電粒子の径方向の移動はそのチャネルの中でのみ行われる。従って、チャネル以外の部分では、径方向バランシング作用成分の分布形状は重要でなく、その電界強度が径方向位置に関して単調増加する形状である必要もない。ただし、同一円周上において、径方向バランシング用電界成分の電界強度が一定でない場合には、周方向トラッピング作用成分を回転させるのに同期させて径方向バランシング作用成分を回転させる必要があり、なぜならば、径方向バランシング作用成分の分布形状は、常時、周方向トラッピング作用成分のチャネルに対して所要の相対位置に維持されていなければならないからである。
【0093】
図9に示した径方向バランシング作用成分を提供するための電圧分布と、図8に示した周方向トラッピング作用成分を提供するための電圧分布とを重ね合わせることによって、図4に示した形状の、径方向バランシング作用成分と周方向トラッピング作用成分との両方を有する電圧分布が得られる。
【0094】
図10はフィールド生成装置3の構成要素の具体例を示した図であり、このフィールド生成装置3が生成するフィールドは電界である。図10には側方から見たチャンバ2が示されると共に、図6を参照して上述した複数本のトラッピング電極15を備えた周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリ(周方向トラッピング用電界生成用電極アセンブリ)が、チャンバ2の上面に配設されているところが示されている。これらに加えて更に、径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリ(径方向バランシング用電界生成用電極アセンブリ)が示されており、この電極アセンブリは、チャンバ2の上面側と下面側とに1つずつ配設された2つのバランシング電極17a、17bを備えている(ただし、それら2つのバランシング電極のうちの一方だけで径方向バランシング用電界を生成することも可能である)。夫々のバランシング電極17a、17bは、上で説明したトラッピング電極15と同様に、例えば高電気抵抗のポリマーやシリコンなどの高電気抵抗材料から成る。夫々のバランシング電極17a、17bは、その厚さ分布(チャンバ2の軸心方向の厚さの分布)が、径方向位置に応じて変化する形状とされる。特に図示例では、バランシング電極17a、17bの形状は、直線状の母線を有する円錐形状である。ただし、その他の形状とすることもでき、例えば、その母線が湾曲した、側面が膨出または陥凹した円錐形状としてもよい。バランシング電極17a、17bの中心線は、通常、周方向トラッピング用電界の回転軸心8に一致させる。バランシング電極17a、17bは、それらの円錐形状の頂頭部をチャンバ2の方へ向けて配設することも、また、チャンバ2とは反対側へ向けて配設することもできるが、ただし図10に示したように、頂頭部をチャンバ2とは反対側へ向けて配設することが好ましい。バランシング電極17a、17bの各々は、複数の「くさび形」電極を放射状に並べて構成した電極アレイとして構成したものを用いることもできる。
【0095】
バランシング電極17a、17bには、その中心部と周縁部との間に直流電圧を印加する。特に図示例では、バランシング電極17a、17bの夫々において、円錐頂頭部を接地し、周縁部18a、18bに正電圧+Vを印加するようにしている。この電圧印加のためには、例えば、バランシング電極17a、17bの夫々の円錐頂頭部に挿入した2本の接触通電式軸部材19a、19bと、夫々の周縁部に設けた2枚のリング状の周縁接点板20a、20bとを用いるとよい。ただし、2本の接触通電式軸部材19a、19bを用いる替わりに、1本の連続した接触通電式軸部材を用いることも可能であり、その場合には、その接触通電式軸部材が、チャンバ2の中を貫通するように(または、チャンバ2がリング形のものであるならば、そのチャンバ2のリング孔を通過するように)して、その接触通電式軸部材が回転軸心8上に位置するようにすればよく、そうすることで、その接触通電式軸部材を電界形成に利用し得る可能性もある。バランシング電極17a、17bは、高電気抵抗の材料で製作されるため、回転軸心8とそれらバランシング電極の周縁部18a、18bとの間に電位差が確立され、そして、形状は、バランシング電極17a、17bが上述した形状であることから、図9に関連して上で説明した形状の電圧分布がチャンバ2の中に形成される。
【0096】
図10aは、以上に説明したフィールド生成装置を用いて生成した径方向バランシング用電界における電界の方向を表したベクトル図であり、このベクトル図は有限要素解析法を用いて作成したものである。同図には、側面から見たバランシング電極17a、17b及びチャンバ2が示されており、その他の構成要素は図を見易くするために図示省略されている。図中の多数の矢印はバランシング電極17a、17bの近傍の夫々の位置における電界の電界強度(矢印の長さ)及び方向を示しており、2つのバランシング電極に挟まれた領域、即ちチャンバ2の内部の領域では、電界の方向は放射方向(回転軸心8に直交する方向)となっている。チャンバ2の径方向における電圧分布の具体例を示したのが図10bのグラフであり、この具体例は、バランシング電極の周縁部に+1000Vの電圧を印加し、円錐頂頭部を接地した(0Vにした)ものである。この図10bの電圧分布における径方向バランシング作用成分の電界強度を示したのが図10cである。図示したように、その電界強度が(ただし負値であるため正確にはその絶対値が)径方向位置に関して単調増加するという、好ましいものとなっている。
【0097】
以上のようにして生成した周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを重ね合わせるための方法には様々な方法がある。既述のごとく、周方向トラッピング作用成分を生成するために用いる電圧源は、径方向バランシング作用成分を生成するために用いる直流電圧源とは別の専用の電圧源とするのがよく、そうすることで、トラッピング電極を、径方向バランシング用電界を生成するための電圧から「フロート」した状態にすることができる。即ち、トラッピング電極に印加する電圧は、接地電位を基準とした絶対電圧とせずに、隣り合ったトラッピング電極どうしの間の電圧差の形で供給するようにすることが望ましく、なぜならば、絶対電圧の形で供給したならば、径方向バランシング作用成分のための電圧分布を著しく歪ませるおそれがあるからである。トラッピング電極を「フロート」した状態にすることによって、個々のトラッピング電極における電圧は、径方向バランシング作用成分のための電圧と周方向トラッピング作用成分のための電圧とを足し合わせた電圧になる。周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを互いに重ね合わせる別の方法として、トラッピング電極とバランシング電極とを適当な抵抗器ないし電気抵抗材料を介して電気接続することによって、トラッピング電極にバイアスをかけるという方法もある。更に別の方法として、Vを径方向バランシング作用成分を生成するための電圧、dVを周方向トラッピング作用成分を生成するための電圧とするとき、電圧V+dVを絶対電圧として印加するような、ノンフロート状態の電圧源を用いるという方法もある。この方法は、後に説明する別の実施の形態に適した方法である。
【0098】
周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを重ね合わせたならば、それによって得られる電圧分布は、チャンバ内の個々の位置において、周方向トラッピング作用成分を提供するための電圧分布における電圧と、径方向バランシング作用成分を提供するための電圧分布における電圧とを足し合わせた電圧分布となり、これを図示したのが図4である。既述のごとく、径方向バランシング作用成分の強度は周方向トラッピング作用成分の強度よりも格段に大きく設定することができ、そうすることで、径方向バランシング作用成分を提供するための電圧分布の形状が支配的となるため、径方向バランシング作用成分の作用方向を所要の方向に任意に設定することが可能になる。例えば、図8から明らかなように、周方向トラッピング作用成分を提供するための電圧分布を単独で見たとき、電圧谷部から成るチャネルに沿った電圧変化は、回転軸心8から離れるにつれて負方向へ変化する(低下する)ものであるのに対して、電圧山部から成るチャネルに沿った電圧変化は、回転軸心8から離れるにつれて正方向へ変化する(上昇する)ものである。従って、周方向トラッピング作用成分を提供するための電圧分布それ自体に、径方向バランシング作用成分が含まれており、その径方向バランシング作用成分の作用方向は、電圧山部では回転軸心へ向かう方向であり、電圧谷部ではチャンバ周縁部へ向かう方向となっている。しかしながら、上で述べたように、径方向バランシング作用成分を提供するための電圧分布を高強度の電圧分布として、それを重ね合わせるならば、その重ね合わせによって得られる電圧分布において、径方向バランシング作用成分による径方向作用力の方向を、向心方向と遠心方向とのいずれか一方に揃えることができる。図4の電圧分布では、まさしくそのようになっており、同図から明らかなように、電圧山部によって画成されたチャネルに沿った電圧変化も、また、電圧谷部によって画成されたチャネルに沿った電圧変化も、いずれも回転軸心8から離れるにつれて上昇するものとなっている。そのため、この電圧分布における径方向バランシング作用成分による径方向作用力の方向は、この電圧分布の全ての位置において、向心方向となっている。尚、重ね合わせた電圧分布の形態は、図4に示した電圧分布の形態以外にも有利な様々な形態があり、それらについては後に説明する。
【0099】
図4に示した具体例の電圧分布は、V=A(r/R)+B(r/R)sin(Nφ+ωt)という式で表され、ここでA及びBは定数、rは極座標における動径、φは極座標における偏角、tは時刻、Rは電圧分布の半径寸法(即ちチャンバ2の半径寸法)、Nは回転軸心8を中心とした円周上を一周する間に正弦波状に変化する周方向トラッピング作用成分の波数、ωは周方向トラッピング作用成分の回転角速度である。この具体例の電圧分布ではN=8であり、そのため、回転軸心8を中心とした円周上に8個の電圧谷部と8個の電圧山部とが存在し、それらによって16本のチャネルが画成されており、どの荷電粒子にとっても、それらチャネルのうちの半数が、その荷電粒子にとっての安定した「トラッピング領域」となる。Nは任意の値に設定することができ、波数を表すものであるため整数とすることが好ましいが、ただしこれは必須要件ではない。Nを大きな値に設定するほど画成されるチャネルの本数が増加し、それによって1本のチャネルの中にトラッピングされる荷電粒子の個数が減少するため、同一のチャネルの中にトラッピングされた同極性の荷電粒子どうしが反発し合うことによって生じる問題が緩和される。
【0100】
あるチャネルの中にトラッピングされた荷電粒子は、径方向バランシング作用成分と遠心力との複合影響下において、そのチャネルの中をそのチャネルに沿って移動する。既述のごとく、径方向バランシング作用成分が荷電粒子に及ぼす作用力の方向は向心方向となるようにしてあり、そのためこの作用力は、遠心方向に作用する遠心力に対抗する力として機能する。従って、質量分析を行う対象が正荷電粒子である場合には、図4に示した形状の電圧分布(この電圧分布では、チャンバ周縁部から回転軸心へ近付くほど電圧は負方向へ変化(低下)している)を用いるのが適当である。一方、質量分析を行う対象が負荷電粒子である場合には、その電圧の変化の方向を逆にした電圧分布を用いるのが適当である。ただし、その電圧の変化の方向がいずれであっても、径方向バランシング作用成分の強度は、上で説明したように径方向位置に関して単調増加するようにしておく。様々な実施の形態のうちには、正荷電粒子と負荷電粒子とを同時に質量分析できるようにしたものもあり、それについては後に説明する。
【0101】
図11は、チャネルの中にトラッピングされた荷電粒子に対して径方向に作用する2つの力の具体例を示した図である。遠心力Fは荷電粒子に対して常に遠心方向(図11では右方)に作用し、その大きさはmωrであり、ここでmは荷電粒子の質量、ωは荷電粒子の角速度、rは荷電粒子の径方向位置である。一方、径方向バランシング作用成分による力Fは向心方向に作用し、その大きさは図示例ではqrに比例しており、ここでqは荷電粒子の電荷、rは荷電粒子の径方向位置である。図11に示したように、荷電粒子の電荷質量比(q/m)の値に応じて、互いに逆向きの力FとFの大きさが等しくなる径方向位置rが存在する。そして、径方向バランシング作用成分は、その大きさが径方向位置rに関して単調増加するようにしてある(図示例ではrに比例するようにしてある)ことから、この径方向位置rは安定した平衡点となっている。荷電粒子が動揺によりこの平衡点rから変位して、回転軸心の側へ(図11では左方へ)移動したならば、その荷電粒子はF>Fの領域へ入るため、それら2つの力FとFの合力は、その方向が遠心方向となり、その荷電粒子を平衡点rへ戻すように作用する。同様に、荷電粒子が平衡点rよりチャンバ周縁部の側へ(図11では右方へ)移動したならば、その荷電粒子に作用する合力は、その方向が向心方向となり、この場合にもその荷電粒子を平衡点rへ戻すように作用する。
【0102】
従って荷電粒子は、その電荷質量比(q/m)に応じた平衡点rにセトリングする。それゆえ、互いに電荷質量比(q/m)が同一ないし略々同一の荷電粒子は、同一の径方向位置にある平衡点rに集結して荷電粒子群を形成する。また、同種の粒子から成る荷電粒子群は、回転軸心を中心とした同一の荷電粒子軌道上を、径方向バランシング作用成分の回転と同期して周回する。
【0103】
先にも言及したように、荷電粒子は平衡点を中心として振動するという挙動を示す。平衡点を中心とした荷電粒子の振動は、周方向にも発生し(周方向の振動はエネルギミニマム部、即ち「バーチャル」チャネルを中心とした振動である)、径方向にも発生する(径方向の振動は平衡点rを中心とした振動である)。ただし、チャンバ内の電界の周方向トラッピング作用成分並びに径方向バランシング作用成分が、荷電粒子群を十分に小さな体積の中に局在させるように設定されていれば、そのような荷電粒子の振動は何ら不都合をもたらすことはない。例えば、チャネル13を画成している電圧谷部の両側の勾配が十分に急峻であれば、正荷電粒子の周方向の振動は、実際上、非常に幅の狭い電位窪み部の内部のみに限局されることになる。同様に、径方向バランシング作用成分の形状を適切に制御することによって径方向の振動も小さく抑えることができる。ただし、質量分析装置の分解能を向上させるためには、荷電粒子の振動が減衰するようにしておくことが望ましい。それには、チャンバ内のガス圧力及び温度を制御して、適切な圧力及び温度に維持するとよく、また特に、チャンバ内を不完全真空状態に維持することが望ましい。それによって、チャンバ内の電界による荷電粒子の移動を甚だしく阻害することなく、荷電粒子の振動運動を抑止する適度の摩擦力を作用させることができる。更に加えて、チャンバ内を不完全真空状態に維持するのであれば、質量分析装置に装備するポンプは、完全真空を作り出すほどの能力を必要とされず、そのことも利点となる。そのような大能力のポンプは通常かなり大型であるため、質量分析装置の可搬性を損なうおそれがあるのである。
【0104】
荷電粒子の振動を減衰させるためのガスとしては様々なガスを使用することができる。使用するガスを選択する際には以下の点を考慮すべきである。
・ガスの降伏電圧:一般的に、良好な分解能を得るためには、チャンバ内の電界の強度を高強度(10〜50kV/cm)にする必要がある。そのためには、いわゆる誘電体ガスを選択することが好ましく、誘電体ガスには、例えば、空気、窒素、アルゴン/酸素、キセノン、水素、六フッ化硫黄(これは希ガスと混合するとよい)などがある。更にその他にも、使用に適した様々な公知の誘電体ガスが存在する。
・ガスの減衰効果:ガスの種類によって荷電粒子の運動の減衰効果の大きさが異なる。
・ガスが化学不活性であること。
キセノンは、以上の点に関して好適な特性を兼ね備えたガスであることが、確認されている。また、キセノン以外にも使用に適した様々なガス(単一ガスないし混合ガス)が存在している。
【0105】
適切なガス圧力を決定する際にも様々な要因を考慮する必要があり、それら要因のうちには、質量分析の対象となる粒子の特性や、チャンバ内の電界の必要電界強度などが含まれる。例えば、荷電粒子の振動を減衰させることと、荷電粒子の荷電粒子軌道上の周回運動を妨げないこととを、適切に折り合わせる必要があるが、多くの場合、それらを両立させるために、ガス圧力を比較的低圧に設定するようにしている。しかしながら、いかなる場合にもガス圧力を比較的低圧に設定すればよいというものではなく、ガス圧力をかなり高圧に設定しなければならない場合もあり、例えば、チャンバ内の電界によってガスの絶縁破壊が発生するのを防止するために、そうしなければならないことがある。ガスの絶縁破壊の防止が必要とされるのは、例えば細胞などの大質量粒子の質量分析を行うために、電界の回転角速度を比較的低速とし、その電界強度を比較的高強度とする場合である(大質量粒子には、回転角速度が低速であっても大きな遠心力が作用するため、電界強度を高強度とする必要がある)。パッシェン曲線によれば、空気の降伏電圧は、圧力が高いほど高くなる。
【0106】
ガスの摩擦力によって荷電粒子の振動が減衰することにより、荷電粒子は運動エネルギを失い、しかるべき平衡点の近傍にセトリングする。荷電粒子が最終的にセトリングする位置は、後に説明するように、平衡点に厳密に一致しないこともある。ただし、そのようなセトリング位置のずれは、一般的に、荷電粒子の軌道半径と比べれば無視可能なほど小さく、そのため質量分析結果には殆ど影響しない。尚、そのセトリング位置のずれは、質量分析結果のデータに対するデータ処理の際に勘案することも可能である。
【0107】
以下に、荷電粒子の振動の減衰について説明する。以下の説明においては、幾つかの単純化を導入することで数式を線形方程式の形としており、そしてその線形方程式から、解析的手法によって、平衡点の近傍における荷電粒子の運動の特性を定量的に示す解を求める。ここではその単純化として、径方向電界成分の電界強度Eが、径方向位置rの線形関数で表されるものとする(即ち、E∝r)。また同様に、周方向電界成分の電界強度(Eφ)も、平衡点の近傍では周方向位置(φ)の線形関数で表されるものとする(図5参照)。
【0108】
以上の単純化によれば、径方向バランシング作用成分の電界強度(Eφ)は次の式(1)で表される。
【0109】
【数1】

この式(1)において、A及びBは定数である。また、径方向バランシング作用成分の電界強度Eは次の式(2)で表される。
【0110】
【数2】

この式(2)において、C及びDは定数である。定数Cの前に負号が付されているのは、電界の方向が負方向であること、即ち、正荷電粒子に向心方向の力を及ぼすことを表している。荷電粒子に作用する遠心力は次の式(3)で表される。
【0111】
【数3】

従って、径方向の運動方程式は次の式(4)で表される。
【0112】
【数4】

この式(4)において、mは荷電粒子の質量、qは荷電粒子の電荷、ρはチャンバ内の調圧されたガスが荷電粒子に及ぼす摩擦力の摩擦係数である。また、式中の記号「’」は導関数であることを表している。従って、周方向の運動方程式は次の式(5)で表される。
【0113】
【数5】

【0114】
以上の2つの運動方程式(4)及び(5)に、周方向トラッピング作用成分の電界強度の形状を表している式(1)及び径方向バランシング作用成分の電界強度の形状を表している式(2)を代入して得られる微分方程式に、境界条件を適用し、そしてその微分方程式を解くことによって、荷電粒子の運動を記述した数式が得られる。径方向の運動を記述した式(6)は以下の通りである。
【0115】
【数6】

【0116】
また、周方向の運動を記述した式(7)は以下の通りである。
【数7】

従って、t→∞のとき、荷電粒子は平衡点へ限りなく近付き、その平衡点の位置は次の式(8)及び(9)で表される。
【0117】
【数8】

【0118】
【数9】

【0119】
尚、ここで注意すべきことは、式中のφは、周方向(接線方向)の距離を表すものであって、その距離に対応した見込み角を表すものではないということである。
【0120】
平衡点を中心とした荷電粒子の振動の振動周波数f及びfφ(これら振動周波数は、周方向トラッピング作用成分の回転周波数Fとは異なるものであるので混同しないように注意されたい)は、次の式(10)及び式(11)で表される。
【0121】
【数10】

【0122】
【数11】

【0123】
以下に、荷電粒子の振動の1つの具体例について、図12、図13、及び図14を参照して説明する。この具体例における様々なパラメータの値は以下に示す通りである。
回転周波数:F(=ω/2π)=100kHz
摩擦係数:ρ=1×10−19Ns/m
荷電粒子の質量:m=50kDa(1ダルトン=1統一原子質量単位である)
荷電粒子の電荷:q=+1
初期径方向位置:r=1cm
初期周方向位置:φ=0ラジアン
定数A=‐2×10
定数B=0
定数C=2×10
定数D=5×10
【0124】
図12は、径方向平衡点(r=0の位置)を中心とした0.0005秒間余りの期間の径方向振動を示した線図である。この線図から分かるように、径方向振動が減衰して、荷電粒子はt=0.0005秒以内で略々径方向平衡点にセトリングしている。図13は、図12の線図の期間を含み更にt=0.001秒まで延長した期間の周方向振動を示した線図である。この周方向振動に関しては平衡点が一定速度で移動しているが、これは、周方向トラッピング作用成分が回転していることによるものであり、そのため時間の経過と共に荷電粒子は「ゼロ」位置から次第に離れて行っている。ただし振動それ自体はt=0.001秒以内でその振幅が略々ゼロにまで減衰している。図14は2次元的な振動を示した線図であり、これは図12の線図と図13の線図とを合成したものであり、t=0.001秒までの期間の振動を示している。荷電粒子は線図の曲線の最上部の点に至ってセトリングしており、この点では振動が略々ゼロにまで減衰している。
【0125】
以上に説明したようにして減衰作用が得られる構成とする場合には、どの円周上においても、その円周上における最大強度の周方向フィールドが荷電粒子に作用する減衰力を十分に凌駕しているようにすることが望ましい。換言するならば、ガスの摩擦力によって荷電粒子の振動を減衰させるのであれば、(最大強度の)周方向フィールドにより荷電粒子に作用する力が、角速度ωにおいて荷電粒子とガスとの間に作用する摩擦力より大きくなるようにしておくことが望ましい。これによって、荷電粒子を各々のチャネル内に保持することをアシストすることが確認されており、ただしこれは必須要件ではない。
【0126】
荷電粒子により形成された荷電粒子軌道を検出する方法として、幾つかの異なる方法がある。上術の実施の形態において、検出装置4は、図6に示したように、複数個の放射検出素子16をアレイ状に配列した放射検出素子アレイを備えたものである。それら複数個の放射検出素子16は、チャンバ2の内部に配設してもよく、或いは、チャンバ2の外壁のうちの少なくともそれら放射検出素子16の配設領域を放射透過性にして配設してもよい。配設する放射検出素子16の個数は適宜に決定すればよい。それら放射検出素子16は、CCDなどの光検出素子であり、放射(光)が入射したときに信号を発する素子である。それら放射検出素子16の出力は、制御装置5などのプロセッサに接続されている。
【0127】
チャンバ2内に存在する荷電粒子は、放射(光)を吸収するなどして、放射がチャンバ2を通過するのを妨げようとするため、配設位置の近傍に荷電粒子軌道が形成された放射検出素子16は、入射する放射の強度が低下する。これによって検出を行う場合の放射としては、周囲光を利用することも可能であるが、好適な構成例としては、検出装置4が更に放射エミッタ(発光素子ないし光源)16aを備えているようにし、その放射射出素子16aが射出した放射(光)が、放射検出素子(光検出素子)16に入射するような構成とするとよい。専用の放射源を備えると共に、それに応じて放射検出素子(光検出素子)を調整することにより、周囲放射源(周囲光源)からの干渉を抑制することができる。放射(光)の種類は任意に選択することができ、可視光を選択してもよく、その他の放射を選択してもよいが、紫外光を選択することが好ましい。
【0128】
複数の放射検出素子16の各々に入射する放射の強度に基づいて、荷電粒子軌道の位置を決定することができ、また更に、夫々の荷電粒子軌道上を周回している荷電粒子の密度を決定することもできる。
【0129】
図15に検出装置を更に詳細に示した。同図において、チャンバ2の下側に、複数個の検出素子16が一列に並べて配設されており、この検出素子の列は回転軸心8とチャンバ周縁部との間を径方向に延在している。チャンバ2の反対側の、検出素子の列に対向する位置に、放射エミッタ16aが配設されている。ただし、チャンバ2の周囲壁の全体が放射透過性(透光性)を有する場合には、この放射エミッタ16aをその他の様々な箇所に配設することも可能である。射出された放射Rはチャンバ2内を通過し、チャンバ2内の荷電粒子軌道Pの位置とその軌道上の荷電粒子密度とに応じて、その一部分が複数個の検出素子16に入射する。それら検出素子16から出力される放射強度信号はプロセッサへ供給されており、図示例ではそのプロセッサによって、図15aに示したようなスペクトル曲線が生成される。このスペクトル曲線の複数のピークは、それらの各々が夫々に異なった荷電粒子軌道を表しており、それら荷電粒子軌道は、その荷電粒子軌道上を周回している荷電粒子の質量と電荷とに応じて決まる軌道半径を有する。それゆえ、それら荷電粒子軌道の夫々の軌道半径を測定すれば、その測定によって得られた軌道半径の値に基づいて、それら荷電粒子軌道を形成している荷電粒子の質量を求めることができる。好適なイオン化法の1つであるMALDI法によって生成される荷電粒子は、1価または2価の(即ち、+1、−1、+2、−2の)電荷を持つ荷電粒子となるため、MALDI法を採用している場合には、通常、荷電粒子軌道を形成している荷電粒子の電荷を判定することは容易である。一方、MALDI法以外の、例えばESI法などによって生成される荷電粒子のうちには、より高い電荷を持つものも含まれており、従ってイオン化における電荷レベルが多段階になることから、そのような場合には、検出された軌道のデータに基づいて荷電粒子の電荷及び質量を判定するための適当なソフトウェアを使用するとよい。また場合によっては、イオン化装置によって、粒子種が同一でありながら電荷が異なる荷電粒子が生成されることもあり、その場合には同一種の粒子が複数の荷電粒子軌道を形成することになる。ただし通常は、どの粒子種の粒子も、イオン化されたならばその粒子種に固有のただ1つの電荷レベルを持つ傾向があり、そのため、同一種の粒子はその大部分がただ1つの荷電粒子軌道上にセトリングする傾向がある。
【0130】
その他の検出方法については、後に詳述する。
【0131】
以上に説明した実施の形態は、2つの電界を用いて粒子の操作を行うようにしたものである。しかるに、本発明はこれと異なる方式とすることも可能である。第2の実施の形態では、周方向トラッピング作用成分は電界成分であって以上に説明したものと同様にして提供されるのに対して、径方向バランシング作用成分は磁界により提供されるようにしている。磁界を利用することが有利となり得るのは、上術のように径方向電界を生成することと比べて、磁界を生成する方が簡単である場合がしばしばあるからである。非常に強力な磁界を生成することは容易ではない。しかしながら、電荷質量比の大きな荷電粒子の質量分析には磁界を利用する方式が有用である。
【0132】
図16に、径方向磁界を提供するために用いられるフィールド生成装置3の構成要素を示した。図示したごとく、チャンバ2が、マグネットアセンブリ21の一対の磁極24、25の間に配設されている。図を見やすくするためにチャンバ2を拡大して描いてあることから、同図ではチャンバ2の周縁部が一対の磁極24、25の間の空間から外側へはみ出ているが、通常はチャンバ2の周縁部を実際にはみ出させたりせず、それら磁極24、25により発生させた、その方向が回転軸心8と実質的に平行な磁界Bが、チャンバ2の全領域を貫いて存在するようにする。マグネットとしては様々な適宜の構成のものを使用することができるが、ただし、「C字形」の磁芯22とコイル23とを備え、そのコイル23に電流を流すことで磁界を生成するようにした電磁石を用いることが好ましい。また、その電磁石をプロセッサ5で制御できるようにしておくのもよい。
【0133】
必要とされる磁界は、磁界強度が径方向位置に関して単調増加する形状の磁界であり、そのような磁界を生成するために、各々の磁極24、25の表面形状を、回転軸心よりもチャンバ2の周縁部よりさらに広がる形状としてある。より具体的には、図示した実施の形態では、磁極24、25は、その先端の表面形状を、図16中に破線で表したように凹面形状としてある。更に、それら磁極24、25の凹面形状の最も深く窪んだ位置を回転軸心8に一致させるように、磁極24、25の中心を回転軸心8に揃えることが好ましい。この構成によれば、磁極24、25の増加した間隔のために、磁極24、25間の磁界強度は極小となる。また、チャンバ2の周縁部へ近付くにつれて、磁極24、25の表面どうしの間隔が縮小して行くため、磁極24、25間の磁界強度が増大して行く。この磁界の形状は、磁極24、25の表面形状に応じて決まり、その表面形状は任意の形状とすることができる。図示例では、チャンバ2内に生成される磁界は、その中心が回転軸心8に一致した回転対称形状の磁界となり、この磁界の磁界強度は、回転軸心8を中心とした径方向位置に応じて増加しており、この点では、図9を参照して上で説明した径方向バランシング作用成分を提供するための電界の電界強度と同様である。図16の具体例では、rを「1」より大きな数とするとき、磁界強度がrに比例して増加するようにしており、例えばrに比例して、或いはrに比例して増加するようにしている。磁界強度が径方向位置の一次関数として増加するような磁界を用いることも可能であるが、ただしそうする場合には、磁界強度が最小となる位置が回転軸心8から外れた位置にくるようにする必要があり、なぜならば、そうしなければ、磁界の径方向バランシング作用成分による力と遠心力とが(いかなる荷電粒子についても)r=0の位置以外ではバランスしなくなるからである。従って、磁界強度は、径方向位置に関して単調増加するものであって、しかも、一次関数以外の単調増加関数に従って変化するものとすることが好ましい。既述のごとく、径方向バランシング作用成分の形状は、その他の様々な形状とすることも可能であり、必ずしも回転対称形状である必要はなく、その場合には、径方向バランシング作用成分を周方向トラッピング作用成分と同期させて回転させるようにするとよい。
【0134】
以上のようにして生成した磁界が、チャンバ2内で運動している荷電粒子に作用を及ぼすのは、荷電粒子が運動するということが取りも直さず電流が流れることだからである。荷電粒子の運動は(周方向トラッピングフィールドの回転によるものであることから)角運動であり、そのため、この磁界によって荷電粒子に作用する力Fの方向は径方向である(この力Fはローレンツ力であり、F=q(v×B)である)。それゆえ、この力Fを、荷電粒子に作用する遠心力に対する対抗力として利用することができ、即ち、第1の実施の形態で用いられる電界の径方向フィールドの代わりに、この実施の形態では磁界の径方向フィールドが用いられる。一方、周方向トラッピングフィールドは、第1の実施の形態と全く同様にして生成するようにしており、そのため、先に説明したところのトラッピング電極15及び電圧源を備えている。この周方向トラッピング電界フィールドは、磁界の作用を受けても変形することはなく、そのためチャンバ2内の電圧分布は、図8に示した形状のまま維持される(正弦波形状が選ばれるならば)。この電圧分布の形状では、その幾つかの部分において、電界が荷電粒子に対して遠心方向の力を及ぼすため、作用させる磁界の磁界強度は、その電界による遠心方向の力に打ち克つことのできる十分な強度とする必要がある(即ち、正味の荷電粒子に作用する径方向の力は、磁力である必要がある)。
【0135】
従って、この実施の形態においても、第1の実施の形態と同様に、荷電粒子は周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成されているチャネルの中にセトリングし、そして、遠心力と径方向フィールド力(磁界によるものと電界によるものとを含む)との複合影響下において、第1の実施の形態と同様に、そのチャネルの中をそのチャネルに沿って移動して、最終的に荷電粒子軌道を形成する。また、荷電粒子の振動を、第1の実施の形態と同様に調圧したガスを利用して減衰させるようにするとよい。荷電粒子軌道の検出も、第1の実施の形態と同様に複数の検出素子16を用いて行うようにするとよい。
【0136】
以上に説明した磁界強度分布を有する磁界は、以上に説明したものとは異なる構成によって生成することも可能であり、即ち、以上に説明したように各々の磁極24、25の表面形状を形成する替わりに、磁界強度が互いに異なる複数の同心的に配設したマグネットを用いて生成することもできる。
【0137】
以上に説明した第1及び第2の実施の形態では、周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを個別に生成した上で、このフィールドのそれら2つの作用成分を互いに重ね合わせる方式を採用している。この方式によれば、各々のフィールドの作用成分の各々を個別に変化させることができるという利点が得られる。これに対して、第3の実施の形態は、単一の電極アセンブリを用いて、荷電粒子に作用を及ぼすフィールドの2つの作用成分を共に生成するものである。これによって、フィールド生成装置の構成を簡明なものとすることができ、ただし、フィールド・プロフィールはより複雑なものとならざるを得ない。
【0138】
図6を参照して上で説明した周方向フィールド電極アセンブリは、それを用いることで、径方向作用成分と周方向作用成分との両方を有する電界を生成することのできる電極アセンブリである。この電極アセンブリで生成された電界がそれら2つの作用成分を有するのは、この電極アセンブリの複数本の電極の回転軸心8側の端部とチャンバ周縁部側の端部との間に電位差を付与しているからである。ただしその電位差は、それら電極の材料の電気抵抗によって発生させているに過ぎず、そのため、単調増加するような径方向作用成分を生成するには、この径方向フィールドの形状に更なる制御を加えることが望まれる。図17に示した本発明の第3の実施の形態では、リング形のチャンバ2の一方の面に複数個の電極要素がアレイ状に配設されている。それら複数個の電極要素30a、30b、…は、放射状に延在する複数本の電極要素列30を成すように配列されており、それによって、前述の電極アセンブリのように複数本の線状電極を等角度間隔で配設したものと類似した電極集合体が構成されている。個々の電極要素の電圧レベルを個別に制御することによって、周方向の電圧分布のみならず径方向の電圧分布をも制御することが可能となっている。また、そのような制御を行うために、複数個の電極要素35a、35b、…の各々に電圧を印加するように構成された電圧源35を備えている。先に説明した実施の形態と同様に、印加する電圧の制御は電圧源35それ自体が行うようにしてもよく、電圧源35に接続した制御装置5が行うようにしてもよい。そして、個々の電極要素に印加する電圧を時間と共に変化させることによって電界を回転させる。この具体例では、個々の電極要素に印加する電圧はV+dVで表され、ここでVは径方向電圧であり、dVは周方向電圧である。
【0139】
径方向フィールドを制御するための別の具体例として、線状電極の形状を適切に定めるという方法がある。例えば、図6に示したような、複数本の電極15をアレイ状に配設した電極アセンブリにおいて、その個々の電極15の厚さ寸法(回転軸心8と平行する)が、回転軸心8に近付くほど大きくなるようにするのもよい。電極15をこの形状とすることによって、径方向バランシング作用成分の変化形状を、図10に示した径方向バランシング用電極アセンブリによって生成される電界の径方向フィールドの変化形状と同様のものとすることができる。
【0140】
検出装置4は、第1及び第2の実施の形態に用いられている検出装置と同様に、チャンバの表面に複数個の検出素子16をアレイ状に配設して構成したものであるが、ただし、それら複数個の検出素子16の配列パターンを、上で説明した電極要素アレイ30の配列パターンと同様のパターンにしたものである。こうすることによって、荷電粒子軌道の軌道半径を複数の検出点で測定できるため、測定結果の精度が向上するという利点が得られる。この方式を更に進めて、チャンバの表面の全面に亘って複数個の検出素子をグリッド状に配設した検出装置を用いて、荷電粒子軌道の全体像を取得するようにするのもよい。そうすることで、検出装置を回転軸心8に対して高精度で位置合せせずに済むという利点が得られ、なぜならば、検出装置で測定した荷電粒子軌道の直径から、その荷電粒子軌道の軌道半径が求まるからである。また、複数個の検出素子を一列に並べて配設した検出素子リニアアレイを2本用いて、それらリニアアレイを回転軸心で互いに交差するように配設することによっても、以上と同様の好結果が得られる。この場合、1つの円形粒子軌道の検出が4箇所で行われるため、回転軸心の位置を考慮することなく、荷電粒子軌道の大きさを決定することができる。
【0141】
既述のごとく、図8に示した形状の電圧分布は、ただ1つの電極アセンブリで生成することができ、上述の電極アセンブリでも生成することが可能である。ただし、先の説明から明らかなように、図8の電圧分布では、電界の径方向成分の方向が回転軸心8を中心とした同一円周上において周方向位置に応じて交互に反転しており、即ち、電圧谷部の領域では電界の径方向成分の方向が正方向である(即ち、回転軸心8からチャンバ周縁部へ行くに従って+から−へ電圧が低下している)のに対して、電圧山部の領域では逆方向となっている。一方、周方向の移動に関しては、正荷電粒子は電圧谷部へ向かって移動し、負荷電粒子は電圧山部へ向かって移動する(これについては図5に関する説明を参照されたい)ため、周方向にトラッピングされた荷電粒子に対して電界の径方向成分が及ぼす力は遠心方向となるため、遠心力に対抗する力とはなり得ない。そのような構成では、適切な荷電粒子軌道を形成させることはできない。
【0142】
この問題を克服するには、例えば、図18にグラフで示した形状を有する電圧分布を用いればよい。同図のグラフは、回転軸心8を中心とした同一円周上において周方向距離φに応じて変化する電圧変化の一部を示したものである。電圧山部40に「二次的」電圧谷部41が存在するようにし、同様に、電圧谷部42に「二次的」電圧山部43が存在するようにしてある。二次的電圧山部43により形成される尾根筋は電圧谷部42により形成される径方向の谷筋の中にあってその谷筋に沿って径方向に延在する。同様に、二次的電圧谷部41により形成される谷筋は電圧山部40により形成される径方向の尾根筋の上にあってその尾根筋に沿って延在する。二次的電圧谷部41に遭遇した正荷電粒子は、先に説明したように径方向へ移動してこの二次的電圧谷部41の中に閉じ込められ、同様に、二次的電圧山部43に遭遇した負荷電粒子はこの二次的電圧山部43の中にトラッピングされる。二次的電圧谷部41の中に閉じ込められた荷電粒子(正荷電粒子)並びに二次的電圧山部43の中に閉じ込められた荷電粒子(負荷電粒子)に作用する径方向の力は、その方向が適切な方向、即ち向心方向であるため、遠心力に対する対抗力となり、適切な荷電粒子軌道を形成させることができる。従って、以上の構成によれば、チャンバ内の部分角度領域ごとに電界の径方向成分の方向が反転することを利用して、正荷電粒子と負荷電粒子との両方を同時に分析できるという利点が得られる。ただし、この構成例では試料の損失が発生する。なぜならば、その初期位置が二次的電圧谷部ないし二次的電圧山部の近傍ではないところにあった荷電粒子は、周方向に移動し始める際に、二次的電圧谷部ないし二次的電圧山部から離れる方向へ移動するため、電界の径方向成分から作用する力の方向が遠心方向となる領域へ移動してしまい、その結果、チャンバの周縁部に衝突することになるからである。
【0143】
本発明の第4の実施の形態は、第3の実施の形態とはまた別の方式によって、正荷電粒子と負荷電粒子とを同時に質量分析できるようにしたものであり、この第4の実施の形態において生成する電界の電圧分布を図19及び図20に示した。図示した電界を生成するために用いる装置は、図17を参照して先に説明したものと同一構成の装置であるが、ただし、個々の電極要素に印加する電圧を異ならせることで、図示した電界を生成するようにしている。図から分かるように、生成する電界の全領域のうちの半分の領域では、電界の径方向フィールドを、回転軸心へ向かう方向(向心方向)とし、残りの半分の領域ではそれと逆方向(遠心方向)としている。この電圧分布は、V(r,φ)=A・r/R・Sign(Nφ)+B・r/R・sin(Nφ)という式で表され、ここで「Sign」は、Nφが正数であれば「+1」であり、Nφが負数であれば「−1」である。また、偏角φは「−π」から「+π」までの値を取る。
【0144】
第1及び第2の実施の形態と同様に、正荷電粒子は電圧谷部へ向かって移動し、負荷電粒子は電圧山部へ向かって移動する。ただし、電界の全領域のうちの負電圧領域(図20の左半分の領域)にあった正荷電粒子は、その全てが、作用する径方向の力の方向が遠心方向であるために失われてしまう。同様に、電界の全体のうちの正電圧領域にあった負荷電粒子も、その全てが失われることになる。従って、試料の略々半量がロスになると予測される。ただし、この損失割合は、図18に示した第3の実施の形態における損失割合よりは小さく済むであろう。
【0145】
以上のように、正荷電粒子と負荷電粒子とを分析するために、電界の全領域のうちの夫々の部分角度領域の間で電界の径方向成分の方向を異ならせる方式を採用する際に利用可能な電界の形状としては、以上に例示したもの以外にも様々な形状があり得る。
【0146】
以上に説明した第1〜第4の実施の形態のいずれにおいても、荷電粒子を周方向に拘束するためのチャネルは径方向に延在する直線形のチャネルであった。しかしながら、チャネルは、必ずしも径方向に延在する直線形である必要はなく、これと異なる形状とすることが有利である場合も少なからず存在する。本発明の第5の実施の形態は、チャネルの形状を円弧形としたものであり、図21に、この実施の形態に用いるチャンバ2と、周方向フィールド生成用電極アセンブリとを示した。チャネルを円弧形とすることによって、チャンバ2の半径を増大させずとも、個々のチャネルの長さを増大させることができるという利点が得られる。それによって、個々のチャネルの中により多くの荷電粒子軌道を形成することができる。
【0147】
図示したトラッピング電極15’は、図6を参照して説明したトラッピング電極とかなり類似したものであるが、ただし、このトラッピング電極15’の形状は湾曲形状であって、回転軸心8とチャンバ周縁部との間を円弧形の経路に沿って延在している。図6を参照して説明したものと同様に、電圧源15aが複数本のトラッピング電極15’の各々に個別に電圧を印加すると共に、その電圧をシーケンシャルに変化させることで、電界を回転させるようにしている。
【0148】
以上の構成により生成される電圧分布に、例えば図10の装置によって生成される径方向バランシング作用成分を提供するための電圧分布を重ね合わせることにより、図22に示した電圧分布が得られる。電圧分布は、V(r,φ)=A・r/R+B・r/R・sin(φN+kr/R)という式で表される。この電圧分布においては、図から明らかなように、電圧山部の円弧形経路と電圧谷部の円弧形経路とは交互に密接して並んでおり、それら円弧形経路の形状は電極15’の形状に従って決まるものである。荷電粒子は(その電荷の正負に応じて)電圧山部または電圧谷部のチャネルに閉じ込められ、この点については前述のものと全く同じである。円弧形チャネルに閉じ込められた荷電粒子は、遠心力と径方向フィールドとの複合影響下において、その円弧形チャネルの中をその円弧形チャネルに沿って移動する。この点についても前述のものと殆ど同じであり、単にその荷電粒子の移動経路の形状が、上述した周方向トラッピング作用成分を提供するための電圧分布の影響を受けて円弧形となっているに過ぎない。従って、荷電粒子はチャネルの円弧形の経路をたどって、平衡点に相当する径方向位置にセトリングすることになる。これによって荷電粒子軌道が形成されるため、形成された荷電粒子軌道を先に説明したものと同様の検出方法を用いて検出すればよい。
【0149】
以上に説明した実施の形態では、チャネルの形状が電極15ないし15’の形状によって決まるが、チャネルの形状が電極の形状に束縛されないような実施の形態とすることも可能であり、そのようにした好適な実施の形態の1つに、チャンバ2の表面に(またはチャンバ2の表面の少なくとも一部領域に)複数個の電極要素30を2次元グリッド状に配列して構成した電極グリッドを備えたものがある。かかる電極グリッドの3つの具体例を示したのが、図23a、図23b、及び図23cである。これらの図には、平面視したディスク形のチャンバ2と、そのチャンバ2の表面に配設されている複数個の電極要素30のうちの一部とが描かれている。図23aでは複数個の電極要素30が直交格子を成すようにグリッド状に配列されており、図23bでは複数個の電極要素30が何重もの同心円上に配列されており、図23cでは複数個の電極要素30が六方最密充填格子を成すように配列されている。これらの構成によれば、複数個の電極要素のうちの幾つかないし全てに適切な電圧を印加することにより、所望の形状の電圧分布を有する電界を生成することができる。このことを例示するために、図23a、図23b、及び図23cでは、3つの具体例の夫々において、ある時刻に電圧山部に相当する電圧が印加されている電極要素を網掛けによって示した。図23aでは、径方向に延在する直線形のチャネルが形成されており、図23b及び図23cでは、円弧形のチャネルが形成されている。図示した3通りの電極要素の配列のいずれによっても、任意の形状のチャネルを形成することができる。
【0150】
先に言及したように、チャネルの長さは長い方が好ましく、なぜならば、チャネルが長ければ、互いに電荷質量比(q/m)が異なるより多くの粒子種の粒子が、質量分析装置の中に平衡点を持つことができるからである。従って、チャネルは回転軸心とチャンバ周縁部との間の全行程に亘って延在しているようにすることが好ましい。ただし、このことは必須要件ではなく、チャネルの端部が回転軸心の手前及び/またはチャンバ周縁部の手前で終わっていて、回転軸心とチャンバ周縁部との間の一部にしかチャネルが延在していないようにすることが望ましい場合には、そのようにすればよい。
【0151】
また、これも先に言及したように、チャンバの全角度領域に亘ってトラッピング電極を配列する必要はなく、トラッピング電極の配列を回転対称配列とする必要もない。特に、周方向トラッピングフィールドは、チャンバの部分角度領域にだけ配列したトラッピング電極で生成することもでき、そのような構成とした本発明の第6の実施の形態に係る質量分析装置について以下に説明する。図24aは、この第6の実施の形態における、周方向フィールドを生成するための構成要素を示した図であり、径方向バランシングフィールドを生成するための構成要素をはじめとするその他の構成要素は、図を見易くするために図示省略してあり、それら構成要素は先に説明した実施の形態におけるそれら構成要素と同様に構成すればよい。
【0152】
チャンバ2のある部分角度領域だけにトラッピング電極を配列するようにしてトラッピング電極の配設領域を限局することで、トラッピング電極の所要本数を低減することができ、ひいては製作コストを低減して製作工程を簡明化することができる。更には、チャンバ2のトラッピング電極を配設する表面に、その他の装置(例えば検出装置、導入装置、排気装置など)も併せて配設したい場合には、それら装置を配設するために、チャンバ2のその表面の一部領域を、トラッピング電極を配設せずに空けておく必要があり、その点でも、このような構成は有利である。
【0153】
図24aに示した構成例では、2本のトラッピング電極15’及び15”だけが配設されており、それらトラッピング電極15’と15”との間に挟まれたチャンバ2の部分角度領域35の角度幅はΔφである。この部分角度領域35内に更にトラッピング電極15を追加して配設することが望ましい場合には、そうしてもよいが、ただしトラッピング電極の最少所要本数は2本である。トラッピング電極15の各々は、先に説明したものと同様に(特に、図6と図21の夫々に示したものと同様に)回転軸心8とチャンバ周縁部との間を延在しており、また、それらの構成及び制御方式は先に説明したものと同様の構成及び制御方式とすればよい。
【0154】
部分角度領域35に配設されているトラッピング電極によって、チャンバ内のそれに対応した部分角度領域に周方向トラッピング用電界が生成される。この周方向トラッピング用電界の特性は必要に応じて適宜選択すればよく、例えば、この周方向トラッピング用電界の電圧分布として、上で説明した様々な形状の電圧分布のうちのどれを採用してもよい。ただし、上で説明したものとの唯一の相違点として、この実施の形態では、回転軸心8の周囲の全周領域に亘って電界が形成されるのではなく、トラッピング電極によって規定されるチャンバ内の部分角度領域にのみ電界が形成される。これは、先に説明した実施の形態における周方向トラッピング用電界のうちの一部をマスキングしたのと同じことになる。個々の電極15’、15”に印加する電圧の制御は、先に説明した実施の形態の場合と同様の方法で行うことができ、それによって、部分角度領域において、先に説明した実施の形態と同様に回転軸心8を中心として周方向トラッピング用電界を回転させればよい。
【0155】
チャンバ内に導入された荷電粒子は、部分角度領域35を通過する際に、図5を参照して説明したようにして、周方向トラッピング作用成分によって画成されている仮想「チャネル」の中へ引き込まれ、そのため、チャンバ内の全領域に周方向トラッピング用電界が存在している場合と全く同様に、その電界の回転によって加速される。ただしその荷電粒子は(周方向に角度幅Δφだけ移動して)部分角度領域35を抜け出したならば、そこにはもはや回転する電界が存在していないため、摩擦力(この摩擦力については図12〜図14を参照して先に説明した通りである)の影響を受けてある程度減速する。それによって荷電粒子の移動経路に僅かながら偏向が発生するため、この荷電粒子の軌道の形状は真円にならず、図24aに示した経路Pのような形状になる。この荷電粒子は、一周して部分角度領域35に再突入したならば、周方向トラッピング用電界によって再び加速され、そして以上のサイクルが反復される。結局、以上の作用の全体としては、先に説明した実施の形態の場合と殆ど同じことになり、相違しているのは、荷電粒子の軌道の形状が真円から僅かに歪んだ形状になっていることだけである。
【0156】
従ってこの実施の形態によれば、周方向トラッピング用電界は回転軸心8の周囲の全周領域に亘って存在してはおらず、荷電粒子軌道の一部分でのみ荷電粒子に作用を及ぼすだけであるにもかかわらず、先に説明した実施の形態と同様に、荷電粒子は周方向トラッピング用電界に存在する仮想「チャネル」の中に拘束されるのである。ここで、もし仮に、摩擦力が存在しなかったならば、どうなるであろうか。その場合、部分角度領域35内では、周方向トラッピング用電界が角速度ωで回転している。部分角度領域35内の荷電粒子は周方向に移動してエネルギミニマム部(即ち仮想「チャネル」)の中へ引き込まれ、そして加速されることによって、その角速度が電界の角速度ωと同一になる。またそれと同時に、荷電粒子は遠心力と径方向バランシング作用成分との複合影響下において、径方向に移動して平衡点rに達する。荷電粒子が部分角度領域35から抜け出す時点で、既に平衡状態に達していたものとするならば、摩擦力が存在していなければ荷電粒子は速度ωrを維持したまま円形軌道上を周回し続け、そしてその軌道を一周して部分角度領域35に再突入したときには、周方向トラッピング用電界と同位相になっている。
【0157】
しかしながら実際には、荷電粒子に摩擦力が作用するため、部分角度領域35を抜け出した荷電粒子は減速させられる。そのため荷電粒子は、軌道を一周して部分角度領域35に再突入したときには、部分角度領域35を抜け出したときと比べて、その速度が僅かながら減速して(ωr‐dv)となっており、また、その径方向位置も僅かながら短縮して(r‐dr)となっている。更に、荷電粒子が部分角度領域35に再突入する時刻には、もし減速させられていなかったならばその時刻に位置していたはずの周方向位置より僅かながら手前の位置にあり、それゆえ、部分角度領域35の周方向トラッピング用電界の位相より僅かながら位相が遅れている。そのため、再突入した荷電粒子には、同位相である場合に作用する周方向の力よりも大きな周方向の力が作用して、荷電粒子は仮想「チャネル」の中へ引き込まれ、その際に角運動が加速されて荷電粒子の角速度がωに復帰して周方向トラッピング用電界と同位相になる。基本的に、部分角度領域35の周方向トラッピング用電界は、荷電粒子に対して、その荷電粒子を平衡状態へ復帰させるように作用するものである。ただし実際には、荷電粒子が完全に平衡状態にセトリングするまでには至らないため、荷電粒子は理想的な円形軌道の近傍に位置する真円から多少外れた形状の軌道上を周回することになる。そして、荷電粒子は軌道上を一周するごとに加速と減速とが繰り返されてその平均角速度が略々ωに維持され、その状態で径方向に移動することによって、最終的に同種の荷電粒子が寄り集まって粒子種の夫々に対応した荷電粒子軌道が形成される。それら荷電粒子軌道の検出、及び/または、それら荷電粒子軌道からの荷電粒子の収集を、先に説明したような検出方法、及び/または、収集方法によって行うようにすればよい。
【0158】
以上に説明した方式は、使用するトラッピング電極を、電極要素を列設して構成したトラッピング電極要素アレイとした場合にも、全く同じように適用することができ、そのようにした場合の具体例を図24bに示した。この具体例では、2列のトラッピング電極要素アレイ30’、30”によって部分角度領域35が画成されており、それら2列のアレイ30’、30”は、各々が複数個の電極要素30’a、30’b、…、30”a、30”b、…で構成されている。生成する電界の電圧分布形状を所要の形状とするためには、同一円周上に少なくとも2個の電極要素(例えば30’b及び30”など)を配設する必要がある。また、必要に応じて同一円周上に更なる電極要素を配設するようにしてもよい。
【0159】
チャンバ2上の部分角度領域35の設定位置は様々な位置とすることができ、チャンバ2上の2箇所以上の位置に部分角度領域35を設定するようにしてもよい。一般的に、電極が作用を及ぼす領域であるこの部分角度領域35を設定する際には、荷電粒子の軌道を十分な精度をもって維持し得る適切な周方向トラッピング用電界存在領域をチャンバ内に確保できるように設定するが、ただし、適切な周方向トラッピング用電界存在領域は具体的な動作条件に応じて決まるものである。例えば、図25aに示した具体例は、多数の電極要素30がチャンバ2上の大部分の領域に亘って配設されており、小さな部分だけが、周方向トラッピング用電界が存在しない部分とされている。図25bに示した別の具体例では、周方向トラッピング用電界が存在する部分角度領域が4箇所に設定されており、軌道上を一周する間に荷電粒子が4回加速されるようになっている。この具体例では、図から分かるように4箇所の部分角度領域はそれらの各々の角度幅Δφ1、Δφ2、Δφ3、Δφ4が同じ大きさに設定されているが、それら角度幅を互いに異なった大きさに設定するようにしてもよい。
【0160】
図24〜25に示した実施の形態では、その他の実施の形態と比べて、荷電粒子の導入に関するパラメータを高精度で指定しておく必要がある。なぜならば、荷電粒子の角運動の加速を断続的に行うため、荷電粒子の導入速度が質量分析装置の性能に大きな影響を及ぼすからである。例えば、荷電粒子の導入速度が、回転する周方向トラッピング用電界の回転速度に適合する速度から大きく外れている場合には、その電界が存在している部分角度領域における電界の変化に荷電粒子が同期することができず、最悪の場合には、荷電粒子が平衡状態に全く到達できないことがある。そのため、この第6の実施の形態では、荷電粒子の導入速度がωrinj(ここでrinjは導入装置の径方向位置である)に近似した速度となるように質量分析装置を構成することが好ましい。ただし、一般的には、導入する荷電粒子のうちの少なくともある程度の割合のものが確実に平衡状態に到達できるように導入装置を構成しておけばよい。
【0161】
図26は本発明の第7の実施の形態に係る質量分析装置の構成要素を示した図である。上で説明した様々な実施の形態では、電極に電流を流すことで径方向バランシング用電界を生成していたのに対して、この実施の形態では、静電誘導方式で径方向バランシング用電界を生成するようにしている。先に述べたように、電極の材料としては、有限の電気抵抗を有する材料を使用しており、その場合、電流をできる限り小さく抑え、もって電力消費量を低減できるようにすることが望まれる。しかるに、この実施の形態のように静電誘導方式で径方向バランシング用電界を生成することによって、電力消費量を更に低減することができる。
【0162】
この第7の実施の形態では、径方向バランシング用電界を生成するための電極アセンブリを、多数のリング形電極を同心的に密集させて配置したリング形電極アセンブリ50として構成してあり、図26では、多数のリング形電極のうちの3つのリング電極50a、50b、50cにだけ参照符号を付してある。多数のリング形電極は、互いに隣接する電極どうしの間の領域51a、51b、51c、…に、適当な誘電体物質(気体、液体、固体のいずれでもよい)が介在することで、互いに絶縁されている。この実施の形態では、リング形電極50は、例えば金属材料などの良好な導電性を有する材料で製作されている。チャンバの上面と下面とに、同一構造のリング形電極アセンブリが装備されており、図26では、チャンバ2の下面側のリング形電極アセンブリに参照符号50’を付してある。リング形電極アセンブリ50、50’の夫々の一連のリング形電極には電圧源(不図示)から適切な電圧分布の直流電圧を印加するようにしている。例えば1つの具体例では、一連のリング形電極に、0V(最内周のリング形電極)から1000V(最外周のリング形電極)までの電圧を印加するようにし、そして、その印加電圧がrに比例するようにして(ここでrは回転軸心8を中心とした径方向位置である)、内周側から外周側へリング形電極ごとに電圧をステップ状に増大させている。周方向トラッピング用電界を印加する方法は、上述の実施の形態に用いられている方法のうちのどの方法を準用してもよい。また、周方向トラッピング用電界を印加するための構成要素は、図を見易くするために図26には示していないが、例えば、バランシング用電界生成用電極アセンブリ50とチャンバ2との間に、トラッピング用電界生成用電極アセンブリを配設するようにしてもよい。また、そのトラッピング用電界生成用電極アセンブリのトラッピング電極ないしトラッピング電極要素は、抵抗器ないし適当な電気抵抗を有する材料を介して隣接するリング形電極に電気接続し、それによって、先に説明した実施の形態と同様に、トラッピング電極ないしトラッピング電極要素に印加する電圧を径方向電圧の上に「フロート」させるようにするのもよい。
【0163】
一連のリング形電極50によってチャンバ2内に形成される電界分布における、ある径方向直線に沿った(即ち、径方向位置に応じた)電圧変化は、図26aのグラフに示した変化形状を呈しており、一見したところ滑らかに変化しているように見える。しかしながら、この電圧分布に対応した電界強度分布における、同じ径方向直線に沿った(即ち、径方向位置に応じた)電界強度変化は、図26bのグラフに示した変化形状を呈しており、明らかにステップ状に変化していることが認められる。ただし、図26bのグラフにおける鋭いスパイク状の変化部分は、リング形電極アセンブリ50をチャンバ2からz方向(回転軸心8の延在方向)に離して配設することで平滑化することができる。また、スパイク状の変化部分を除いた残りのステップ状の変化部分は、リング形電極の個数を増やして個々のリング形電極の幅を狭くすることで緩和することができる。それには、リソグラフ法を用いてリング形電極50を製作するとよく、リソグラフ法を用いればリング形電極の密集度を幾らでも増大させることができる。更には、リソグラフ法を用いることによって、検出装置までも含めた全体構造を単一のシリコンチップ上に構成し得る可能性もある。ただし、好適な構成例と考えられるのは、プラスチック材料製のチャンバ2の一方の面に、適宜の形成方法を用いて、金属材料製のリング形電極50を形成したものであり、その形成方法としては、例えば、リソグラフ法、種々のエッチング法、電着法、等々を用いることができる。これらの方法を用いることで、径方向電界成分の径方向位置に応じた変化形状を滑らかなものとして、荷電粒子に作用する遠心力と好適にバランスすることのできる径方向の力を作用させることのできるものとなる。
【0164】
径方向電界成分が径方向位置に応じてステップ状に変化しているのは、隣接する2つのリング形電極の間では回転軸心に近い方が(リング形電極の径が小さいために)電気力線の密度が増大していることと、チャンバ内に生成する電圧分布はそれとは逆の勾配を有することとの、2つの要因が組み合わさった結果である。即ち、隣接する2つのリング形電極の間では、回転軸心に近い方が電気力線の密度が増大するため、チャンバの中心に近くなるほど電界強度が増大するのに対して、この高密集度のリング形電極アレイ50を用いて生成する電圧分布は、この電界強度の増大の方向を逆転して、径方向電界成分が径方向位置に関して単調増加するようにすることを目的としたものである。その結果、実際に生成される電圧分布において、径方向電界成分の径方向位置に応じた変化は、その全体的な変化形状が、個々のリング形電極50a、50b、50c、…の電圧レベルをたどるような形状となるものの、隣接する2つのリング形電極の間では、チャンバの中心の増大した電気力線密度の影響が表出するために、局所的な径方向電界成分の低下が生じており、その結果として、径方向電界成分がステップ状の変化を呈しているのである。
【0165】
このように径方向電界成分が「ステップ状」に変化しているという特徴は、長所と短所との両方を有するものである。長所と言えるのは、ステップ状の変化部分が荷電粒子をトラッピングするトラッピング部として機能するために、平衡点がデジタル的に得られること、即ち、径方向に離散した複数の平衡点が得られることであり、このことが、質量分析装置の精度向上をもたらす場合がある。一方、短所と言えるのは、質量分析装置の分解能が限定され、一度の質量分析において類別できる粒子種の数が、ステップ状の変化部分の個数までとなってしまうことである。ただし、リング形電極アセンブリ50の電極の個数を増やし、また、(リング形電極アセンブリ50をチャンバから離すことで)適度の平滑化を施すことによって、ステップ状の変化部分を事実上排除することができる。例えば、図27a及び図27bに示したグラフは、第7の実施の形態に改変を加えた場合の電圧と電界の径方向位置に応じた変化を示したものであり、その改変とは、個々のリング形電極50a、50b、50cの厚さを10μmにまで薄くし、それらリング形電極の配設面をチャンバから0.5mm離すというものである。それらのグラフから分かるように、チャンバの中央近傍部分では、径方向電界成分が非常に滑らかな曲線に沿って変化している。
【0166】
以上に説明した静電誘導方式の構成の主たる利点は、電極に電流が流れないため、電力消費量が最小限に抑えられることにある。電極に電流が流れないのは、個々のリング形電極はその電極全体が同一電位に維持されているため、その電極のリングに沿って電流が流れず、また更に、あるリング形電極と別のリング形電極との間でも電流が流れないからである。ここで、(上で言及したように)リング形電極がトラッピング電極に電気接続されている場合には、双方の電極を接続する抵抗器に小さな電流が流れるために、以上の構成は通電方式と静電誘導方式とを組合せたハイブリッド方式になる。しかしながら、そのような抵抗器に流れる電流は非常に小さい。この実施の形態によれば、更に、その他の実施の形態の構成と比べて、より軽量でしかもコンパクトに構成し得るという利点が得られ、それによって質量分析装置の可搬性が向上する。
【0167】
以上に説明した様々な実施の形態における検出装置4は、荷電粒子軌道の軌道半径を測定するように構成したものであった。このような検出装置の構成は、多くの場合、望ましいものであるが、ただし、質量分析装置の用途によっては、これとは別の検出方式とすることが好ましいこともある。例えば、径方向位置の端から端まで連続して検出素子を列設することに替えて、所定の径方向位置にのみ検出素子を配設した構成とすることがよいこともある。この場合、検出素子を配設する径方向位置は、ある既知の電荷質量比(q/m)を有する荷電粒子がそこにセトリングすることが予め分かっている径方向位置である。別法として、検出素子を配設する径方向位置を任意の(ただし既知の)径方向位置とし、質量分析装置の使用中に径方向バランシング作用成分の強度を変化させて、夫々の粒子種に対応した径方向の平衡点rを変化させるという方式とするのもよい。この方式は荷電粒子軌道の軌道半径を変化させて、荷電粒子軌道を検出素子が配設されている径方向位置へ「シフト」させるものであり、そのシフトに要した径方向バランシング作用成分の強度の変化量から荷電粒子の質量を決定することができる。この方式を用いることで、非常に広い電荷質量比(q/m)範囲に亘ってスキャンを行うことができる。更にその他の様々な方式とすることも可能である。
【0168】
別の1つの構成例として、チャンバ2内の荷電粒子軌道上を周回している荷電粒子の集合体の映像を撮影するのではなく、1つ以上の荷電粒子軌道から荷電粒子を抽出する構成の検出装置を用いるようにするのもよい。この方式では、単に荷電粒子軌道の半径を把握するのみならず、荷電粒子そのものを回収することが可能である。図28に模式図で示したのはそのような検出装置の1つの具体例であり、この検出装置は粒子回収装置60として構成されている。図中には平面視したチャンバ2が示されており、回収装置60は図示したようにチャンバ2の上面に装備するばかりでなく、チャンバ2の下面に装備するようにしてもよい。回転軸心8から所定の径方向距離だけ離れたチャンバ2の外壁上の位置に、1つないし複数の粒子抽出部62が設けられ、各々の粒子抽出部62の近傍でチャンバ2の外部に粒子抽出電極61が配設されている。所定の径方向距離は、上で説明した検出装置と同様に、既知の荷電粒子Pの平衡点に対応した半径としてもよく、或いは、質量分析装置の使用中に制御装置によって、所望の粒子種の荷電粒子の軌道半径を調節して、その軌道半径を所定の半径にするようにしてもよい。所与の荷電粒子軌道上の荷電粒子を抽出するには、適当な正負極性の高電圧を粒子抽出電極61に印加し、荷電粒子Pを加速させて粒子抽出電極61へ引き寄せるようにすればよい。こうして抽出する荷電粒子を回収し、そして消イオン化処理が必要な場合には、例えば適当な緩衝液の中に溶解させるなどの消イオン化処理を施すようにする。
【0169】
必要に応じて、単一の装置であって、以上に説明した粒子抽出装置として機能すると共に、更に導入装置7としても機能する装置を装備するようにしてもよい。
【0170】
本発明に係る質量分析装置は融通性に富むものであるため、極めて多岐に亘る様々な用途に利用可能である。例えば、試料採取に関連した用途としては、本発明に係る質量分析装置を用いて大気浮遊粒子の捕捉を行うこともでき、また、液相中に浮遊している巨大分子をESI法またはMALDI法を用いてイオン化する液体試料処理装置に、本発明に係る質量分析装置を装着して使用するのもよい。また、例えば、生物学的分析の分野では、試験対象生物からタンパク質(またはDNA)を抽出し、消化処理(分解)し、本発明に係る質量分析装置に導入して分析することができる。更には、本発明に係る質量分析装置と微量流体デバイスとを組合せることによって、ベンチトップ型またはポータブル型の小型装置によって、質量分析のための全工程(分離抽出、消化処理、質量分析)を実行できるようにすることも考えられる。更に、本発明に係る質量分析装置は、様々なフィールド用途にも用い得るものであり、例えば、軍用車両の搭載装置として、或いは更に、兵士の携行装備品として、戦場の大気浮遊物質の検出及び分析に用いることができる。また、本発明に係る質量分析装置は、テロリストの脅威を検出するために空港などの公共の場に設置するのにも適している。
【0171】
幾つかの具体的な用途について更に詳述すると、以上の説明からも明らかなように、本発明に係る質量分析装置の主要な用途のうちの1つに、試料中に混在している多種の粒子種を類別する粒子類別という用途がある。互いに電荷質量比(q/m)が異なる粒子は、夫々に半径の異なる荷電粒子軌道上へと分離していくことで区別される。それら荷電粒子軌道の半径から、先に述べたように、夫々の粒子種の質量などの情報が得られる。またその質量などの情報に基づいて、夫々の粒子の成分分析を行うこともできる。更には、夫々の荷電粒子軌道上の粒子密度を比較することによって、試料中に混在している多種の粒子種の間の存在比も推定することもできる。この粒子類別方法は多くの用途に用いられるものであるが、それら用途のうちでも特に、例えばDNA分析の用途などに好適に用いられるものである。
【0172】
いうまでもなく、本発明に係る質量分析装置は多種の粒子種が混在した試料だけを取扱うものではなく、例えば、個別の粒子種について、その質量及び成分を研究室で分析するなどの用途にも用いられるものである。
【0173】
本発明に係る質量分析装置は更に、物質検出装置としても用い得るものである。そのためには、例えば、質量分析装置に備える検出装置を、所与の径方向位置に形成される荷電粒子軌道を検出することができるように構成し、そして、その所与の径方向位置を、例えばプロセッサ5のプログラミングなどによって、特定の既知物質に対応した荷電粒子軌道の半径に設定する。こうして設定した所与の径方向位置に荷電粒子軌道が形成されたならば、例えばアラームを発出するようにしておけばよい。この構成とすることで、本発明に係る質量分析装置は、大気中から試料を採取して、例えば毒ガスなどの気体状の汚染物質や粉塵や煤煙などの粒子状の汚染物質をはじめとする様々な汚染物質が存在するときに、それに反応してアラームを発出するようにすることができる。本発明に係る質量分析装置は極めて小型でコンパクトな装置とすることができるため、ポータブル型のモニタ装置に装備するのに適しており、また特に、ユーザが身体に装着するモニタ装置にも装備することができる。或いはまた、本発明に係る質量分析装置は、ある種の特殊な環境、例えば空港で検査される手荷物や、税関で検査される貨物などから採取される試料の分析に用いるのにも適している。そのような場合には、本発明に係る質量分析装置を、例えば既知の爆発物やドラッグなどの物質に反応するように設定しておけばよい。
【0174】
最後にもう1つ具体例を挙げると、検出装置を回収装置として構成した場合には、本発明に係る質量分析装置を用いて、物質を精製すること、並びに、混合体からある一種類の物質だけを抽出することができる。例えば、多種の粒子種が混在している試料をチャンバに導入し、1つの荷電粒子軌道上にセトリングする粒子だけを、図26を参照して説明した抽出方法を用いて抽出するようにすればよい。必要に応じて、これを連続的に実行することもでき、その場合には、多種の粒子種が混在している試料を連続的にチャンバに導入しつつ、所定の径方向位置において粒子の抽出を連続的に実行すればよい。或いはまた、導入操作と抽出操作とを断続的に順序立てて行うようにしてもよい。このように精製処理を簡明に行えるということ自体が、多くの産業分野において重要なことであるが、それに加えて更に、この方法にはその他の多く用途があり、それは、医薬品開発の分野では言うに及ばず、その他の様々な研究開発の用途においても、ある分子の分子量を特定した後には、引き続き、その分子の化学反応性などの諸特性を特定するための試験を行わねばならないことがしばしばあるからである。そのような場合には、粒子種ないし質量が既知の粒子をチャンバから抽出したならば、それをそのまま、それら試験を行うための別の装置へ供給するようにするとよい。以上に示した様々な構成例から明らかなように、本発明に係る質量分析装置は、様々な形態に構成することができ、極めて多くの用途に用いられるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析装置において、
チャンバを備え、
前記チャンバに荷電粒子を導入するための導入装置を備え、
荷電粒子に作用を及ぼす少なくとも1つのフィールドを生成するためのフィールド生成装置を備え、
前記少なくとも1つのフィールドは周方向トラッピング作用成分を有しており、該周方向トラッピング作用成分は、該周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成され回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも1本のチャネルを形成し、前記フィールド生成装置は更に、前記回転軸心を中心として該周方向トラッピング作用成分を回転させるように構成されており、該質量分析装置の使用中に、荷電粒子が該周方向トラッピング作用成分によって周方向に拘束されて前記少なくとも1本のチャネルの中に閉じ込められ該周方向トラッピング作用成分と共に回転させられることにより、荷電粒子に遠心力が作用するようにしてあり、
前記少なくとも1つのフィールドは径方向バランシング作用成分を有しており、該径方向バランシング作用成分は、少なくとも前記少なくとも1本のチャネルの近傍領域において、その強度が前記回転軸心を中心とした径方向位置に関して単調増加しており、それによって、該質量分析装置の使用中に、前記遠心力と該径方向バランシング作用成分との複合影響下において荷電粒子が前記少なくとも1本のチャネルの中をそのチャンバに沿って移動し、もって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにしてあり、
少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出するための検出装置を備える、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドにより提供され、前記径方向バランシング作用成分は径方向バランシング用フィールドにより提供されることを特徴とする請求項1記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドにより提供され、前記径方向バランシング作用成分は該周方向トラッピング用フィールドの成分であることを特徴とする請求項1記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記エネルギミニマム部は、周方向フィールドの強度が実質的にゼロになる位置に対応しており、また好ましくは前記周方向フィールドのゼロクロス点に対応しており、該ゼロクロス点は、該ゼロクロス点の一方の側では第1方向であり該ゼロクロス点の他方の側では前記第1方向に対して逆方向の第2方向であるところの点であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記チャネルを画成している前記エネルギミニマム部は前記チャネルに沿って連続していることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記少なくとも1本のチャネルは前記回転軸心から前記チャンバの周縁部まで延在していることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記少なくとも1本のチャネルは径方向チャネルであることを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記少なくとも1本のチャネルは前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を円弧形経路に沿って延在していることを特徴とする請求項1乃至7の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記周方向トラッピング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上において,周方向位置に応じて交番状に変化していることを特徴とする請求項1乃至8の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記周方向トラッピング作用成分の前記交番状の変化は、正弦波状、三角波状、または矩形波状であることを特徴とする請求項9記載の質量分析装置。
【請求項11】
前記フィールド生成装置は、前記チャンバ内の前記回転軸心を中心とした部分角度領域にのみ前記周方向トラッピング作用成分を生成するようにしてあることを特徴とする請求項1乃至10の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項12】
前記周方向トラッピング用フィールドは電界であることを特徴とする請求項2又は3記載の質量分析装置。
【請求項13】
前記フィールド生成装置は周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリを備えており、該周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、複数本のトラッピング電極または複数個のトラッピング電極要素と、前記複数本のトラッピング電極のうちの少なくとも幾つかまたは前記複数個のトラッピング電極要素のうちの少なくとも幾つかに電圧を印加するように構成された電圧源とを備えていることを特徴とする請求項12記載の質量分析装置。
【請求項14】
前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも2本のトラッピング電極を備えており、好ましくはそれらトラッピング電極は、前記回転軸心を中心としたそれらトラッピング電極の間の角度間隔が等間隔とされていることを特徴とする請求項13記載の質量分析装置。
【請求項15】
前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、各々が前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を夫々の経路に沿って延在する少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイを備えており、好ましくはそれらトラッピング電極要素アレイは、前記回転軸心を中心とした角度間隔が等間隔とされていることを特徴とする請求項13記載の質量分析装置。
【請求項16】
前記少なくとも2本のトラッピング電極または前記少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイの各々は、前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を径方向に延在していることを特徴とする請求項14又は15記載の質量分析装置。
【請求項17】
前記少なくとも2本のトラッピング電極または前記少なくとも2列のトラッピング電極要素アレイの各々は、前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を夫々の円弧形経路に沿って延在していることを特徴とする請求項14又は15記載の質量分析装置。
【請求項18】
前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間に2次元的に配設された複数個のトラッピング電極要素から成るトラッピング電極要素アレイを備えており、好ましくは前記複数個のトラッピング電極要素は、直交格子パターン、六方格子パターン、細密充填パターン、または、同心円パターンを成すように配列されていることを特徴とする請求項13記載の質量分析装置。
【請求項19】
前記電圧源は、前記トラッピング電極または前記トラッピング電極要素に印加する電圧をシーケンシャルに変化させることによって、前記回転軸心を中心として前記周方向トラッピング用フィールドを回転させるように構成されていることを特徴とする請求項13乃至18の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項20】
前記トラッピング電極または前記トラッピング電極要素は、有限の電気抵抗を有しており、前記トラッピング電極の長手方向に電圧が変化するようにしてあることを特徴とする請求項13乃至19の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項21】
前記トラッピング電極または前記トラッピング電極要素は、高電気抵抗のポリマーまたはシリコンから成ることを特徴とする請求項13乃至20の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項22】
前記径方向バランシング作用成分は、nを1以上の数、rを前記回転軸心を中心とした径方向位置とするとき、その強度がrに比例して増加していることを特徴とする請求項1乃至21の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項23】
前記径方向バランシング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上の少なくとも前記チャネルに対応した周方向角度位置において、その強度が一定であることを特徴とする請求項1乃至22の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項24】
前記径方向バランシング作用成分は、前記回転軸心を中心とした同一円周上において,その強度が変化していることを特徴とする請求項1乃至23の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項25】
前記径方向バランシング作用成分は、前記チャンバの複数の部分角度領域のうちの、少なくとも1つの第1部分角度領域においてはその作用方向が第1方向であり、少なくとも1つの第2部分角度領域においてはその作用方向が第1方向とは逆方向の第2方向であり、前記第1部分角度領域及び前記第2部分角度領域は、前記周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成される第1チャネル及び第2チャネルに該当する領域であることを特徴とする請求項1乃至24の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項26】
前記フィールド生成装置は更に、前記回転軸心を中心として前記径方向バランシング作用成分を前記周方向トラッピング作用成分と同期させて回転させるように構成されていることを特徴とする請求項1乃至25の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項27】
前記径方向バランシング用フィールドは磁界であることを特徴とする請求項2記載の質量分析装置。
【請求項28】
前記フィールド生成装置はマグネットアセンブリを備えており、該マグネットアセンブリは、該マグネットアセンブリの互いに対向する磁極の間に前記チャンバが配設されるように構成されていることを特徴とする請求項27記載の質量分析装置。
【請求項29】
前記マグネットアセンブリの各々の磁極は、その先端の表面形状が、前記回転軸心の位置よりも前記チャンバの周縁部の位置において、先端側へより大きく突き出して前記チャンバに近付いた形状とされ、もって、磁界強度が径方向位置に関して単調増加する磁界を生成する形状とされており、また好ましくは、その先端の表面形状が凹面形状とされていることを特徴とする請求項28記載の質量分析装置。
【請求項30】
前記マグネットアセンブリは電磁石を備えていることを特徴とする請求項28又は2記載の質量分析装置。
【請求項31】
前記径方向バランシング用フィールドは電界であることを特徴とする請求項2記載の質量分析装置。
【請求項32】
前記フィールド生成装置は、前記チャンバに近接して配設された少なくとも1つのバランシング電極を備えた径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリを備えており、該バランシング電極は、該バランシング電極に電圧が印加されたときに、フィールド強度が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールドを生成する形状に形成されていることを特徴とする請求項31記載の質量分析装置。
【請求項33】
前記バランシング電極は、その中心部の位置が前記回転軸心の位置に揃えられ、略々円形の周縁部を有しており、該バランシング電極は、その厚さが該バランシング電極の中心部と周縁部との間で変化しており、その厚さの変化によって、フィールド強度が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールドを生成するようにしてあることを特徴とする請求項32記載の質量分析装置。
【請求項34】
前記バランシング電極は、その形状が、直線状の母線を有する円錐形状、または、その母線が湾曲した、側面が膨出または陥凹した円錐形状であることを特徴とする請求項32又は33記載の質量分析装置。
【請求項35】
前記円錐形状の頂頭部を前記チャンバへ向けて、または、前記チャンバとは反対側へ向けて、前記バランシング電極が配設されていることを特徴とする請求項34記載の質量分析装置。
【請求項36】
前記フィールド生成装置が更に、前記少なくとも1つのバランシング電極に電圧を印加するように構成された電圧源を備えていることを特徴とする請求項32乃至35の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項37】
前記バランシング電極は、好ましくは高電気抵抗のポリマーまたはシリコンから成る中実体であることを特徴とする請求項32乃至36の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項38】
前記径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリは、第2のバランシング電極を備えており、前記チャンバはそれら第1と第2のバランシング電極の間に配設されていることを特徴とする請求項32乃至37の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項39】
前記フィールド生成装置は、前記回転軸心に対して同心的に配設され誘電体により互いに絶縁された複数のリング形電極を備えた径方向バランシング用フィールド生成用電極アセンブリと、前記複数のリング形電極に個別に電圧を印加する電圧源とを備えていることを特徴とする請求項31記載の質量分析装置。
【請求項40】
前記周方向トラッピング用フィールド生成用電極アセンブリは、前記トラッピング電極上の電圧が、前記回転軸心側の該トラッピング電極の端部と前記チャンバの周縁部側の該トラッピング電極の端部との間で位置に応じて変化しているようにすることで、フィールド強度が径方向位置に関して単調増加する径方向バランシング用フィールドを生成するように構成されていることを特徴とする、請求項3に従属した請求項12乃至26の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項41】
前記トラッピング電極は複数個の電極要素から成る電極要素アレイとして構成されており、前記電圧源はそれら複数個の電極要素に個別に電圧を印加するものであることを特徴とする請求項40記載の質量分析装置。
【請求項42】
前記チャンバは前記回転軸心に対して実質的に垂直に延展する切断面における断面形状が円形であることを特徴とする請求項1乃至41の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項43】
前記チャンバの形状は、ディスク形状、円筒形状、またはリング形状であることを特徴とする請求項42記載の質量分析装置。
【請求項44】
前記チャンバは真空チャンバであり、前記質量分析装置は更に、前記チャンバ内の雰囲気を制御するためのチャンバ内雰囲気制御装置を備えており、該チャンバ内雰囲気制御装置は好ましくは排気装置ないしポンプであることを特徴とする請求項1乃至43の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項45】
前記チャンバ内雰囲気制御装置は、前記チャンバ内を不完全真空状態に維持するように構成されていることを特徴とする請求項44記載の質量分析装置。
【請求項46】
前記チャンバへ導入する前に粒子をイオン化するように構成されたイオン化装置を更に備えることを特徴とする請求項1乃至45の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項47】
前記フィールド生成装置は、該フィールド生成装置を制御して前記周方向トラッピング作用成分及び/または前記径方向バランシング作用成分を変化させる制御装置を更に備えていることを特徴とする請求項1乃至46の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項48】
前記検出装置は少なくとも1つの荷電粒子軌道の軌道半径を測定するように構成されていることを特徴とする請求項1乃至47の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項49】
前記検出装置は1つまたは複数の所定半径を有する荷電粒子軌道を検出するように構成されていることを特徴とする請求項1乃至48の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項50】
前記検出装置は前記チャンバを透過した放射を検出するように構成された少なくとも1つの放射吸収素子を備えていることを特徴とする請求項1乃至49の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項51】
前記検出装置は前記回転軸心と前記チャンバの周縁部との間の径方向経路に沿って配設された複数の放射吸収素子から成る放射吸収素子アレイを備えていることを特徴とする請求項50記載の質量分析装置。
【請求項52】
前記検出装置は、前記チャンバを透過して前記少なくとも1つの放射吸収素子へ放射を射出するように構成された1つまたは複数の放射射出素子を更に備えていることを特徴とする請求項50又は51記載の質量分析装置。
【請求項53】
前記検出装置は、1つまたは複数の荷電粒子軌道から荷電粒子を回収するように構成された回収装置から成ることを特徴とする請求項1乃至49の何れか1項記載の質量分析装置。
【請求項54】
前記回収装置は、所定の軌道半径を有する荷電粒子軌道上の荷電粒子を前記チャンバから抽出し得るように構成された前記チャンバ上の少なくとも1つの粒子抽出部と、前記粒子抽出部の近傍で前記チャンバの外部に配設された少なくとも1つの粒子抽出電極と、前記少なくとも1つの粒子抽出電極に電圧を印加する電圧源とを備えており、前記少なくとも1つの粒子抽出電極に電圧が印加されたならば、所定半径の荷電粒子軌道上の荷電粒子が加速させられて前記少なくとも1つの粒子抽出電極に引き寄せられるようにしてあることを特徴とする請求項53記載の質量分析装置。
【請求項55】
質量分析方法において、
チャンバに荷電粒子を導入するステップを含み、
周方向トラッピング作用成分と径方向バランシング作用成分とを有し荷電粒子に作用を及ぼす少なくとも1つのフィールドを生成するステップであって、前記周方向トラッピング作用成分は、該周方向トラッピング作用成分のエネルギミニマム部により画成され回転軸心と前記チャンバの周縁部との間を延在する少なくとも1本のチャネルを形成し、前記径方向バランシング作用成分は、少なくとも前記少なくとも1本のチャネルの近傍領域において、その強度が前記回転軸心を中心とした径方向位置に関して単調増加しているようにする、フィールド生成ステップを含み、
前記回転軸心を中心として該周方向トラッピング作用成分を回転させ、それによって、荷電粒子が該周方向トラッピング作用成分によって周方向に拘束されて前記少なくとも1本のチャネルの中に閉じ込められ該周方向トラッピング作用成分と共に回転させられることにより、荷電粒子に遠心力が作用するようにし、更に、前記遠心力と前記径方向バランシング作用成分との複合影響下において荷電粒子が前記少なくとも1本のチャネルの中をそのチャネルに沿って移動し、もって、荷電粒子がその電荷質量比に応じて1つまたは複数の荷電粒子軌道を形成するようにするステップを含み、
少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出するステップを含む、
ことを特徴とする質量分析方法。
【請求項56】
前記周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドにより提供され、前記径方向バランシング作用成分は径方向バランシング用フィールドにより提供されるようにすることを特徴とする請求項55記載の質量分析方法。
【請求項57】
前記周方向トラッピング作用成分は周方向トラッピング用フィールドにより提供されるようにし、前記径方向バランシング作用成分は該周方向トラッピング用フィールドの成分であるようにすることを特徴とする請求項55記載の質量分析方法。
【請求項58】
前記チャンバ内の前記回転軸心を中心とした部分角度領域にのみ前記周方向トラッピング作用成分が生成されるようにすることを特徴とする請求項55乃至57の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項59】
前記周方向トラッピング用フィールドは電界であることを特徴とする請求項55乃至58の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項60】
前記周方向トラッピング用フィールドは、前記チャンバの近傍に配設された少なくとも1本のトラッピング電極と、該トラッピング電極に電圧を印加するように構成された電圧源とにより生成され、該質量分析方法が更に、前記トラッピング電極に印加する電圧をシーケンシャルに変化させることにより前記回転軸心を中心として前記周方向トラッピング用フィールドを回転させるステップを含むことを特徴とする請求項59記載の質量分析方法。
【請求項61】
前記径方向バランシング用フィールドは磁界であることを特徴とする請求項56又は請求項57記載の質量分析方法。
【請求項62】
前記径方向バランシング用フィールドは電界であることを特徴とする請求項56又は請求項57記載の質量分析方法。
【請求項63】
前記径方向バランシング作用成分を、前記回転軸心を中心として、前記周方向トラッピング作用成分の回転と同期させて回転させるステップを更に含むことを特徴とする請求項55乃至62の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項64】
前記チャンバへ導入する粒子をイオン化するステップを更に含むことを特徴とする請求項55乃至63の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項65】
前記チャンバからの排気を行って前記チャンバ内を不完全真空状態にするステップを更に含むことを特徴とする請求項55乃至64の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項66】
荷電粒子が運動しているときに前記径方向バランシング作用成分の強度及び/または形状を変化させることにより荷電粒子軌道の軌道半径に調節を加えるステップを更に含むことを特徴とする請求項55乃至65の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項67】
請求項1乃至54の何れか1項記載の質量分析装置を用いることを特徴とする請求項55乃至66の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項68】
少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出する前記検出ステップは、少なくとも1つの荷電粒子軌道の軌道半径を測定するステップから成ることを特徴とする請求項55乃至67の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項69】
少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出する前記検出ステップは、1つまたは複数の所定径方向位置において荷電粒子を検出するステップから成ることを特徴とする請求項55乃至67の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項70】
少なくとも1つの荷電粒子軌道を検出する前記検出ステップは、1つまたは複数の荷電粒子軌道から粒子を回収するステップから成ることを特徴とする請求項55乃至67の何れか1項記載の質量分析方法。
【請求項71】
複数の荷電粒子が混在している試料中の荷電粒子を類別する方法において、
複数の荷電粒子が混在している試料をチャンバの中へ導入するステップと、
請求項55乃至70の何れか1項記載の方法を実行するステップと、
を含むことを特徴とする荷電粒子類別方法。
【請求項72】
荷電粒子の質量を測定する方法において、
荷電粒子の試料をチャンバの中へ導入するステップと、
請求項66記載の方法を実行するステップと、
少なくとも1つの軌道半径測定値に基づいて荷電粒子の質量を算出するステップと、
を含むことを特徴とする荷電粒子質量測定方法。
【請求項73】
荷電粒子の質量を測定する方法において、
荷電粒子の試料をチャンバの中へ導入するステップと、
請求項69記載の方法を実行し、その際に、荷電粒子が運動しているときに前記径方向バランシング作用成分の強度及び/または形状を変化させることにより荷電粒子軌道の軌道半径に調節を加えるステップと、
前記径方向バランシング作用成分の変化量と前記所定径方向位置とに基づいて荷電粒子の質量を算出するステップと、
を含むことを特徴とする荷電粒子質量測定方法。
【請求項74】
所与の検出対象粒子を検出する粒子検出方法において、
粒子の試料をチャンバの中へ導入するステップと、
少なくとも1つの前記所定径方向位置を前記検出対象粒子の既知質量に対応した径方向位置として請求項69記載の方法を実行するステップと、
前記検出対象粒子が存在することを示す、前記少なくとも1つの所定径方向位置における荷電粒子を検出するステップと、
を含むことを特徴とする粒子検出方法。
【請求項75】
複数の粒子が混在している試料中から所与の抽出対象粒子を抽出する粒子抽出方法において、
複数の粒子が混在している試料をチャンバの中へ導入するステップと、
請求項70記載の方法を実行して、前記抽出対象粒子の質量に基づいて決定された軌道半径を有する選択された荷電粒子軌道から粒子を抽出するステップと、
を含むことを特徴とする粒子抽出方法。
【請求項76】
複数の粒子が混在している前記試料を連続的に前記チャンバの中へ導入し、前記選択された荷電粒子軌道から粒子を連続的に抽出することを特徴とする請求項75記載の粒子抽出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図10a】
image rotate

【図10b】
image rotate

【図10c】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図15a】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23a】
image rotate

【図23b】
image rotate

【図23c】
image rotate

【図24a】
image rotate

【図24b】
image rotate

【図25a】
image rotate

【図25b】
image rotate

【図26】
image rotate

【図26a】
image rotate

【図26b】
image rotate

【図27a】
image rotate

【図27b】
image rotate

【図28】
image rotate


【公表番号】特表2012−533148(P2012−533148A)
【公表日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−519049(P2012−519049)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【国際出願番号】PCT/GB2010/001296
【国際公開番号】WO2011/004149
【国際公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(507077695)
【氏名又は名称原語表記】Dimitrios SIDERIS
【住所又は居所原語表記】Shelley Apartment,198 Sheen Road,Richmond Surrey TW10 5AL,United Kingdom
【Fターム(参考)】