質量分析装置
【課題】イオンの高感度分析および高いイオン選択性能が可能な質量分析装置を実現する。
【解決手段】質量分析装置は、イオンを生成するイオン生成部1と、イオンを蓄積、単離、解離、排出するイオントラップ部12と、排出イオンを検出する検出部33と、イオントラップ部の動作を制御する制御部34を有し、直前の質量分析で取得した結果から各工程もしくは各工程直前での総イオン蓄積量を計算し、各工程の中の少なくとも1つの工程で、総イオン蓄積量に依存してイオントラップ部に印加する電圧条件を補正する。
【解決手段】質量分析装置は、イオンを生成するイオン生成部1と、イオンを蓄積、単離、解離、排出するイオントラップ部12と、排出イオンを検出する検出部33と、イオントラップ部の動作を制御する制御部34を有し、直前の質量分析で取得した結果から各工程もしくは各工程直前での総イオン蓄積量を計算し、各工程の中の少なくとも1つの工程で、総イオン蓄積量に依存してイオントラップ部に印加する電圧条件を補正する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップを用いた質量分析装置に関し、イオントラップによるイオンの高感度分析および高いイオン選択性能を実現する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析などの用途で質量分析計を用いる場合、多段階に質量分析を行うMSn分析が重要となる。
【0003】
MSn分析が可能な質量分析法として、三次元四重極イオントラップ質量分析計がある。三次元四重極イオントラップでは、特許文献1に開示されるように、イオントラップに高周波電圧を印加することで、特定の質量電荷比を持つイオンを安定にイオントラップ内に蓄積できる。
【0004】
さらに、三次元四重極イオントラップでは、特許文献2に開示されるように、イオントラップ内にイオンを蓄積した状態で、高周波電圧の電圧振幅を走査することで、イオントラップ内のイオンは質量電荷比の順に不安定となり順次に排出される。排出されたイオンを順次に検出することで質量分析が可能となる。
【0005】
さらに、三次元四重極イオントラップでは、特許文献3に開示されるように、高周波電圧とは別に補助的な交流電圧を印加することで、補助交流電圧の周波数に対して共鳴振動する固有振動数を持つ特定の質量電荷比のイオンのみがイオントラップから排出され、排出されたイオンを検出、質量分析することで質量分解能を向上することができる。
【0006】
さらに、特許文献3の技術により、プロテオーム解析で重要となる、イオントラップでのMSn分析が可能となる。補助交流電圧による共鳴振動により、イオントラップ内に蓄積したイオンの中から、特定の質量電荷比のイオン以外をイオントラップから排出し、イオントラップ内に特定イオンのみを単離する。次の工程で、補助交流電圧により単離したイオンを共鳴振動させ、イオントラップ内に満たした中性ガスと複数回衝突させることでイオンを解離する。解離により生成したイオンは高周波電圧の電圧振幅を走査することで、質量電荷比の順に排出され順次に検出することで質量分析を行う。この技術により、解離生成イオンの分解状態から、試料分子のより詳細な構造情報を得ることができる。
【0007】
特許文献4に開示された四重極リニアイオントラップは三次元四重極イオントラップと同様にMSn分析が可能であり、三次元四重極イオントラップに比べイオンの蓄積効率が高いので、感度の向上が実現できる。さらに、イオントラップ内の蓄積イオンの飽和に起因する空間電荷の影響が少ないので、質量分解能が向上する。
【0008】
さらに、特許文献5に開示されるように、四重極リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計を組み合わせることで、MSnの動作はイオントラップで行い、質量分析は飛行時間型質量分析計で行うことにより、より高い質量分解能とMSn分析が可能となる。
【0009】
さらに、特許文献6に開示されるように、四重極リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計の間に中性ガスによる衝突ダンピング室を設置することで、イオントラップから排出されたイオンのエネルギーと位置を収束し、飛行時間型質量分析計の加速部へのイオン導入効率を向上し、高感度分析を実現できる。
【0010】
また、イオントラップ内の空間電荷の影響を低減するために、特許文献7が開示されている。特許文献7では、イオントラップにイオンを導入する時間を、直前の質量分析により得た総イオン量に応じて調節し、イオントラップの空間電荷の影響を低減させている。
【0011】
【特許文献1】米国特許2939952号
【0012】
【特許文献2】米国特許4540884号
【特許文献3】米国特許4736101号
【特許文献4】米国特許5420425号
【特許文献5】米国特許6020586号
【特許文献6】特開2005-044594号公報
【特許文献7】米国特許5572022号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1から6の方式では、イオントラップ内に蓄積されたイオン量が増加するとイオンによる空間電荷の影響により、特定の質量範囲のイオンに対して蓄積、単離、解離、排出の動作を行った場合、蓄積、単離、解離、排出の効率低下や、異なる質量範囲のイオンに対して動作し、イオン検出感度の低下やイオン選択性能の低下を招く場合がある。例として、空間電荷の影響によるイオン単離工程時のイオン選択性能低下について、図1を用いて説明する。イオントラップ内に蓄積されたイオンに対して、ある特定範囲を対象としてイオン単離を行う場合、イオントラップ内のイオン量によっては、図1のように対象とした範囲とは異なる範囲のイオンを単離してしまう場合がある。この現象は、イオントラップ内の空間電荷の影響により、イオントラップに印加する設定電圧に比べ、実際にイオンが受ける電圧が見掛け上低くなるために生じる。
【0014】
特許文献7の方式では、イオントラップへのイオンの導入時間を短くすることでイオン導入量を制御しているので、生成されたイオンの利用効率が低下し、結果的に感度が低下してしまう。
【0015】
イオントラップを用いた質量分析装置において、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することは重要である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の質量分析装置は、直前の質量分析で取得した結果をもとに、イオンの蓄積、単離、解離、排出などの各工程もしくは各工程直前のイオントラップ内の総イオン蓄積量を計算し、制御部内に設定した質量電荷比毎の電圧条件の基準値を、算出した総イオン蓄積量に依存して補正する。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、イオントラップ質量分析装置によるイオンの高感度分析および高いイオン選択性能を実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(実施例1)
図2は、本方式を適用した四重極リニアイオントラップ飛行時間型質量分析計の構成図である。
【0019】
イオン生成部1で生成されたイオンは細孔2を通り、ロータリーポンプ3で100〜500 Pa程度に排気された第1差動排気部4へと導入される。その後イオンは細孔5を通り、ターボ分子ポンプ6で排気された第2差動排気部7へと導入される。第2差動排気部7は多重極電極8を配置し、0.3〜3 Pa程度の圧力に維持している。多重極電極8には、交互に位相を反転させた周波数約1MHz、電圧振幅値±数100Vの高周波電圧を印加している。イオンは、多重極電極8の中で軸中心付近へ収束され、高い効率で輸送される。
【0020】
多重極電極8で収束したイオンは細孔9とゲート電極10とエンドキャップ入口電極11の穴を通過し、リニアイオントラップ12の中に導入される。リニアイオントラップ12は、エンドキャップ入口電極11とエンドキャップ出口電極13および四重極ロッド電極14により構成される。リニアイオントラップ12には、配管15を経てヘリウムなどの中性ガスを導入する。リニアイオントラップ12はケース16の内部に構成し、0.03〜0.3 Pa程度の圧力に保持する。リニアイオントラップ12で蓄積、単離、解離などの工程を経たイオンはその後、エンドキャップ出口電極13の穴からリニアイオントラップ12の外に排出される。
【0021】
排出されたイオンは、イオンストップ電極17と細孔18を通過し、衝突ダンピング室19へ導入される。衝突ダンピング室19には多重極電極20が配置し、配管21によりヘリウムなどの中性ガスを導入し、10Pa程度の圧力に保持する。多重極電極20には、交互に位相を反転させた周波数約2MHz、電圧振幅値±1kV程度の高周波電圧を印加している。衝突ダンピング室19では、イオンは中性ガスとの衝突により運動エネルギーを失い収束する。リニアイオントラップ12および衝突ダンピング室19は真空室22に配置し、真空室22はターボ分子ポンプ23で排気し、1×10-3Pa程度に保持する。ターボ分子ポンプ6およびターボ分子ポンプ23の排気をロータリーポンプ3で排気している。
【0022】
衝突ダンピング室19で収束されたイオンは、細孔24を通過しTOF室25に導入される。TOF室25はターボ分子ポンプ26で排気し、2×10-4Pa程度の圧力に保持する。ターボ分子ポンプ26の排気はロータリーポンプ27で排気する。イオンは複数枚の電極で構成したレンズ電極28を通過し、押出し電極29と引出し電極30で構成された加速部31に到達する。押出し電極29には、1〜10 kHz程度の周期で加速電圧を印加し、イオンを直交方向へ加速する。加速されたイオンは、リフレクトロン32により反射され、検出器33に到達し検出される。イオンは質量により飛行時間が異なるため、飛行時間と信号強度から質量スペクトルが制御部34にあるメモリ43に記録される。
【0023】
リニアイオントラップ12の動作の制御は、制御部34により行う。制御部34には、イオンの蓄積、単離、解離、排出の工程において、対象とするイオン質量に対して基準となる電圧条件が予め設定され、メモリ43に、例えばテーブルとして記憶されている。制御部34は、予め設定された電圧条件により電源部35の制御を行う。
【0024】
リニアイオントラップ12への電圧印加方法について図3を用いて説明する。電源部35は、高周波電源36と補助交流電源37と直流電源38とコイルボックス39から構成する。高周波電源36は四重極ロッド電極14に交互に位相を反転した周波数約800kHz、電圧振幅値±5kV程度の高周波電圧を印加する。補助交流電源37は、向かい合う一対のロッド電極間に周波数5〜350kHz程度、電圧振幅値±35V程度の高周波電圧を印加する。直流電源38は、四重極ロッド電極14の全体に10〜20V程度のオフセット電圧を印加する。コイルボックス39は、電圧の増幅を行う。
【0025】
リニアイオントラップ12を用いて、MSn分析を行う場合の各電極の動作シーケンスについて図4を用いて説明する。図4の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。なお、典型的にはMS1の蓄積は20ms、排出は1ms、MS2の蓄積は20ms、単離、解離はそれぞれ5ms、排出は1msの時間で行う。
【0026】
MS1のイオン蓄積工程では、四重極ロッド電極14への高周波電圧印加による径方向のポテンシャルと、四重極ロッド電極14のオフセット電圧(10〜20V)とエンドキャップ入口電極11のエンドキャップ入口電圧(30V)およびエンドキャップ出口電極13のエンドキャップ出口電圧(30V)との電位差(10〜20V)による軸方向のポテンシャルから形成されるトラップポテンシャルにより、イオントラップ12にイオン蓄積を行う。この時イオンは、リニアイオントラップ12の内部の中性ガスと衝突することでエネルギーを失い、高周波電圧の作用によりリニアイオントラップ12の中心軸上付近に安定に蓄積される。またMS1のイオン蓄積工程では、ゲート電極10のゲート電圧を低い値(0V)に設定することでイオンを高効率でリニアイオントラップ12に導入し、イオンストップ電極17のイオンストップ電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12からのイオンの通過を防止している。なお、四重極ロッド電極14に印加する高周波電圧の作用により、電圧振幅値に依存したある質量以下のイオンはリニアイオントラップ12に蓄積されずに排除される(LMCO=低質量カットオフ)。一般にMS1のイオン蓄積工程では、LMCOを低く設定し広い質量範囲のイオンを蓄積する。
【0027】
MS1のイオン排出工程では、エンドキャップ入口電圧を高い値(50V)に、エンドキャップ出口電圧を低い値(10V)に設定し、衝突ダンピング室19の方向へイオンを排出する。またMS1のイオン排出工程では、ゲート電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12の中へのイオン導入を防ぎ、イオンストップ電圧を低い値(0V)に設定することで高効率にイオンストップ電極17を通過させている。排出されたイオンは、TOF室25において図2で説明した方法で質量分析される。
【0028】
以下、MS2分析について説明する。MS2分析では、MS1分析で得た質量スペクトルからタンデム分析を行うイオンの質量を決定し、その質量に対応して予め制御部34に設定された電圧条件を用いて、単離および解離工程を経て質量分析を行うことで、解離イオンの質量が分かり、さらに詳細な構造情報を得ることができる。
【0029】
MS2のイオン蓄積工程では、リニアイオントラップ12のイオン飽和による空間電荷作用の影響を低減するために、四重極ロッド電極14へ補助交流電圧を印加する。一般には、単離対象イオン以外の質量範囲のイオンが共鳴振動する交流電圧の合成波(FNFなど)が用いられる。この合成波形は、対象質量範囲のイオンが共鳴振動する周波数領域のみが存在しないようなノッチ状の周波数成分であり、対象質量範囲以外の広い質量範囲のイオンは共鳴振動によりリニアイオントラップ12の外に排出される。これにより、タンデム分析を行う対象イオン近傍の質量電荷比(m/z)のイオンのみリニアイオントラップ12の中に単離される。一般に蓄積工程では、中性ガスとの衝突が不充分でイオンのエネルギーが完全に失われないので、ノッチの幅を広めに設定し対象イオンが排出されないようにする。このため、効率的に排出が行われずに対象質量範囲以外のイオンもリニアイオントラップ12に残留することがある。なお一般にMS2のイオン蓄積工程では、MS1の蓄積工程に比べLMCOを高く設定し、対象イオンよりも充分に低い質量のイオンを排除している。
【0030】
MS2のイオン単離工程では、MS2のイオン蓄積工程よりも高精度に対象質量範囲のイオンのみをリニアイオントラップ12の中に残し、それ以外のイオンを高効率にリニアイオントラップ12の外に排出する。排出方法は、MS2のイオン蓄積工程とほぼ同じであるが、四重極ロッド電極14へ印加する高周波電圧の電圧振幅値や補助交流電圧の電圧振幅値および周波数成分は異なる。単離工程では、エンドキャップ入口電圧およびエンドキャップ出口電圧が30V、四重極ロッド電極14へのオフセット電圧が10〜20Vの状態を維持するので、トラップポテンシャルにより、対象質量範囲のイオンがイオントラップ12で安定に蓄積される。また、ゲート電圧およびイオンストップ電圧を高い値(50V)に設定することで、リニアイオントラップ12の中へのイオン導入およびイオンの通過を防止する。この工程では、蓄積工程での中性ガスとの衝突で充分にエネルギーを失ったイオンに対して排出を行うため、高精度かつ高効率な排出が可能となり、対象とするイオンの質量電荷比(m/z)に対して±1m/z以下の範囲のみをリニアイオントラップ12の中に単離することができる。なおMS2のイオン単離工程では、蓄積工程よりもLMCOを高く設定している。
【0031】
MS2のイオン解離工程では、四重極ロッド電極14へ補助交流電圧を印加し、単離工程でリニアイオントラップ12の中に単離されたイオンを共鳴振動させ、リニアイオントラップ12の中の中性ガスとイオンを複数回衝突させる。衝突によりイオンは分解、断片化する。解離工程では、単離されたイオンのみが共鳴振動する周波数の補助交流電圧を印加するため、複数の周波数成分を重ね合わせる必要はない。また、対象となるイオンや断片化したイオンがリニアイオントラップ12の外に排出されないようにするため、LMCOや補助交流電圧の電圧振幅値設定条件を単離工程よりも低く設定する。また、エンドキャップ入口電圧、エンドキャップ出口電圧、ゲート電圧、イオンストップ電圧の電圧条件は、全て単離工程と同様である。
【0032】
MS2のイオン排出工程の電圧条件は、MS1のイオン排出工程と同様で、解離工程で断片化されたイオン全てが排出され、図2で説明した原理で質量分析される。断片化により得られる質量スペクトルの状態から、MS1分析で得た質量スペクトルよりもさらに詳細な構造情報を解析することが可能となる。
【0033】
本発明では、MS2のイオン蓄積、単離、解離、排出工程の少なくとも1つの工程において、MS1分析で得られた質量スペクトルなどのイオン量の情報から、各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を計算し、算出した総イオン蓄積量に依存して、制御部34に予め設定した各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御する。これにより、MS2のイオン蓄積時間を変化させることなく空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を両立することができる。総イオン蓄積量の推定は、MS1分析で得られた質量スペクトルをもとに、MS2の各工程の時間やLMCOや補助交流電圧のノッチ幅(質量範囲)などをMS1の蓄積工程の条件と比較することにより行う。詳細な推定方法は以下の具体例に沿って説明する。
【0034】
次に、本発明による補正方式について具体例を説明する。最初に、MS2のイオン蓄積工程における具体例について説明する。以下に説明する例は、MS2の蓄積工程の補助交流電圧を補正することにより、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、高感度かつ高イオン選択性を実現できる例である。
【0035】
最初に、MS2の蓄積工程のイオン蓄積量の推定方法について、図5を用いて説明する。図5はMS1分析で得られる質量スペクトルを示しており、MS2分析の蓄積工程における対象質量範囲をΔmとしている。ΔmはMS2蓄積工程のLMCOや補助交流電圧のノッチ幅により決定される。縦軸I(m)が横軸mの関数と考えると、Δmの範囲のイオン蓄積量Qは数1で推定できる。
【0036】
【数1】
【0037】
TMS1はMS1分析の蓄積工程の全時間、Tms2はMS2分析の蓄積工程の中でイオン蓄積量を推定する瞬間の時間を示している。ここで、TMS2をMS2分析の蓄積工程の全時間とすると、Tms2は0〜TMS2の範囲で考えられる。つまり、Tms2=0の時のQは蓄積工程直前のイオン蓄積量、Tms2= TMS2の時のQは蓄積工程直後(単離工程直前)のイオン蓄積量、0<Tms2<TMS2の時のQは蓄積工程中におけるイオン蓄積量を表している。実際は、蓄積工程中のイオン蓄積量は時間により変化するので、以下の具体例では0〜TMS2間のQの平均値を蓄積工程の総イオン量と推定した。
【0038】
MS2のイオン蓄積工程における補助交流電圧の依存性の結果を図6に示す。図6は、試料に5種混合ペプチドを用いて質量電荷比464.6m/zのイオン以外を補助交流電圧により排除した結果である。MS1の質量スペクトルから式1により推定したMS2の蓄積工程の総イオン蓄積量は各々4.4×104および2×105(Arb. Units)であり、実際には450m/z以上の総イオン量を指標にしている。464.6±1m/zのイオンが80%以上残留し、その他のイオンが20%以下まで排除できる条件を最適とすると、総イオン蓄積量が4.4×104の条件では補助交流電圧の電圧振幅値が4〜5V、総イオン蓄積量が2×105の条件では8〜12V(0-peak)と最適条件が異なる。これは、MS2のイオン蓄積工程における、リニアイオントラップ12の総イオン蓄積量の違いにより、補助交流電圧の最適条件が異なることを示している。すなわち、リニアイオントラップ12の中がイオンで飽和状態に近づくと、イオンの電荷量による空間電荷の影響で、実際にイオンが受ける電圧が見掛け上小さくなることが原因である。
【0039】
横軸にMS1の質量スペクトルから式1により推定したMS2の蓄積工程の総イオン蓄積量、縦軸に最適な補助交流電圧の電圧振幅値の最適値をプロットした図を図7に示す。図7から、推定した総イオン蓄積量における補助交流電圧の電圧振幅値の最適値が算出される。なお、本実施例において、制御部34に予め設定された補助交流電圧の電圧振幅値の基準値は、リニアイオントラップ12が空間電荷の影響をほとんど受けない条件(図7では、イオン蓄積量=1×104以下の条件)での最適値(電圧振幅値=約4V(0-Peak))に設定している。
【0040】
図8のフロー図に示すように、MS1分析の結果からMS2の蓄積工程での総イオン蓄積量を式1により推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて補助交流電圧の電圧振幅値の最適値を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された補助交流電圧の基準値を最適値に補正し、補正後の電圧振幅値で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することで、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、正確に対象質量範囲のイオンを蓄積することが可能となる。ここでの最適値の算出は、推定されたイオン蓄積量と最適電圧値との関係について、関数データ又はテーブルとして制御部に保存しておくことで、MS1のイオン蓄積量に基づいて最適値を算出することができる。
【0041】
リニアイオントラップ12の中でイオンは、高周波電圧で形成されるポテンシャルにより蓄積され、ポテンシャルを乗り越えたイオンは蓄積されない。イオン蓄積量によりポテンシャルが歪み、ポテンシャルの見掛け上の深さが変化し、最適電圧条件に差が生じる。
【0042】
このポテンシャルの深さをDとし、対象となるイオンの質量をmtargetとし、高周波電圧の電圧振幅値をVとしたとき、数2が成り立つ。
【0043】
【数2】
【0044】
さらに、数式2のDをdmtargetおよびdVで微分することで、数3が得られる。
【0045】
【数3】
【0046】
数3のdDはポテンシャルの歪みを表しているので、数1で得られるイオン蓄積量Qに依存する。つまり、数4が導かれる。
【0047】
【数4】
【0048】
数2、3、4より、数5が得られる。
【0049】
【数5】
【0050】
つまり、対象イオン質量のずれdmtargetや、最適高周波電圧条件のずれdVは、対象イオン質量mtargetには依存せずに、イオン蓄積量Qに依存することが分かる。MS2の蓄積工程の補助交流電圧は、複数の交流電圧の合成波であるので、最適電圧条件のずれは単純な数式では表せないが、高周波電圧と同様に対象イオン質量mtargetには依存しないと考えられる。よって、本実施例の方式は対象イオン質量によらず有効である。
【0051】
以上、MS1分析で得た結果からMS2のイオン蓄積工程の総イオン蓄積量を推定し、MS2蓄積工程の補助交流電圧を最適条件に補正する具体的な方式について説明した。同様の補正方法は、MS2のイオン単離工程においても有効である。
【0052】
次に、本発明によるMS2のイオン単離工程における具体例について説明する。以下に説明する例は、リニアイオントラップ12の中のイオンが、空間電荷の影響を受ける状態において、MS2の単離工程の高周波電圧を補正することにより、高感度かつ高イオン選択性を実現できる例である。
【0053】
最初に、MS2の単離工程直前のイオン蓄積量の推定方法について説明する。推定方法はMS2の蓄積工程とほぼ同様であり、式1により推定できる。TMS1はMS1分析の蓄積工程の全時間、Tms2はMS2分析の蓄積工程の中でイオン蓄積量を推定する瞬間の時間を示している。ここで、TMS2をMS2分析の蓄積工程の全時間とすると、Tms2は0〜TMS2の範囲で考えられる。つまり、Tms2= TMS2の時のQを蓄積工程直後(単離工程直前)のイオン蓄積量と推定した。MS2の単離工程途中におけるイオン蓄積量の時間変化は、蓄積工程とは異なり線形変化ではないので、単離工程途中のイオン蓄積量を推定するのが困難である。よって本実施例では、単離工程直前のイオン蓄積量を推定した。
【0054】
MS2のイオン単離工程における総イオン蓄積量の差による、単離性能の結果を図9に示す。図9は、MS2の単離工程直前のイオン蓄積量が1×104以下で空間電荷の影響が少ない条件での単離工程における高周波電圧の電圧振幅値V0とした場合の、各条件の電圧振幅値Vとの比V/V0を横軸に、縦軸には単離対象であるニューロテンシンの3価イオン(質量電荷比558.3m/z)の相対イオン強度である。単離対象イオンが排除されずに残留し、イオン強度が最大になる高周波電圧条件が、単離工程直前の推定総イオン蓄積量により異なることを示している。
【0055】
横軸にMS2の単離工程直前における推定した総イオン蓄積量、縦軸に558.3m/z のイオン強度が最大となる最適なV/V0をプロットした図を図10に示す。図10から、推定した総イオン蓄積量における高周波電圧の電圧振幅値の最適値が算出される。なお、本実施例において、制御部34に予め設定された高周波電圧の電圧振幅値の基準値は、リニアイオントラップ12が空間電荷の影響をほとんど受けない条件(図10では、イオン蓄積量=1×104以下の条件)での最適値(V/V0=1)に設定している。
【0056】
図11のフロー図に示すように、MS1分析の結果からMS2の単離工程直前での総イオン蓄積量を式1により推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて高周波電圧の電圧振幅値の最適値を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された高周波電圧の基準値を最適値に補正し、補正後の電圧振幅値で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することで、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、正確に対象質量範囲のイオンを単離することが可能となる。本実施例においても、蓄積工程と同様に数式5が成り立つので、対象イオン質量のずれdmtargetや、最適高周波電圧条件のずれdVは、対象イオン質量mtargetには依存せずに、イオン蓄積量Qに依存することが分かる。よって、本実施例の方式は対象イオン質量によらず有効である。
【0057】
以上、MS1分析で得た結果からMS2のイオン単離工程直前の総イオン蓄積量を推定し、MS2単離工程の高周波電圧を最適条件に補正する具体的な方式について説明した。本発明の補正方法は、MS2のイオン蓄積、単離工程のみでなく、解離および排出工程においても有効である。
【0058】
本発明のような、リニアイオントラップ12の電圧条件の補正は、リニアイオントラップ12の中で実際にイオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなる原因により必要である。本発明の方式は、見掛け上の電圧を補正する方法なので、高周波電圧および補助交流電圧の電圧振幅値だけでなく、補助交流電圧の周波数成分の組合せや、四重極ロッド電極14のオフセット電圧、もしくはエンドキャップ入口電圧やエンドキャップ出口電圧を補正する方法も有効である。
【0059】
本発明の動作シーケンスのように、MS2の各工程およびその直前の推定総イオン蓄積量に依存してリニアイオントラップ12の電圧条件を補正することで、空間電荷の影響を低減し、総イオン蓄積量が大きく異なる条件全てに対して、高感度かつ高イオン選択性を実現できる。
【0060】
(実施例2)
図12に、本方式を適用した四重極リニアイオントラップ質量分析計の構成図を示す。
【0061】
イオン生成部1で生成されたイオンは細孔2を通り、ロータリーポンプ3で100〜500 Pa程度に排気された第1差動排気部4へと導入される。その後イオンは細孔5を通り、ターボ分子ポンプ6で排気された第2差動排気部7へと導入される。第2差動排気部7は多重極電極8を配置し、0.3〜3 Pa程度の圧力に維持している。多重極電極8には、交互に位相を反転させた周波数約1MHz、電圧振幅値±数100Vの高周波電圧を印加している。イオンは、多重極電極8の中で軸中心付近へ収束され、高い効率で輸送される。
【0062】
多重極電極8で収束したイオンは細孔9とゲート電極10とエンドキャップ入口電極11の穴を通過し、リニアイオントラップ12の中に導入される。リニアイオントラップ12は、エンドキャップ入口電極11とエンドキャップ出口電極13および四重極ロッド電極14により構成される。リニアイオントラップ12には、配管15を経てヘリウムなどの中性ガスを導入する。リニアイオントラップ12はケース16の内部に構成し、0.03〜0.3 Pa程度の圧力に保持する。リニアイオントラップ12は真空室22に配置し、真空室22はターボ分子ポンプ23で排気し、1×10-3Pa程度に保持する。リニアイオントラップ12で蓄積、単離、解離などの工程を経たイオンはその後、エンドキャップ出口電極13の穴からリニアイオントラップ12の外に排出される。
【0063】
排出されたイオンは、イオンストップ電極17とフォーカス電極40を通過し、コンバージョンダイノード41に衝突し、電子に変換され検出器42に到達し検出される。検出器42で検出した情報は制御部34にあるメモリ43に記録される。
【0064】
リニアイオントラップ12の動作の制御は、制御部34により行う。制御部34には、イオンの蓄積、単離、解離、排出の工程において、対象とするイオン質量に対して基準となる電圧条件が予め設定され、メモリ43に、例えばテーブルとして記憶されている。制御部34は、予め設定された電圧条件により電源部35の制御を行う。
【0065】
図12の装置構成におけるリニアイオントラップ12への電圧印加方法は基本的に図3と同様である。
【0066】
次に、図12の装置構成でMSn分析を行う場合の各電極の動作シーケンスについて図13を用いて説明する。図13の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、先行分析過程でイオンの蓄積および排出を行い、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。図4の動作シーケンス図と異なるのは、MS1およびMS2の排出工程とMS1分析の前に先行分析を行う点である。これら以外は、各電極の電圧条件および時間は基本的に図4と同様なので、以下、相違点について説明する。
【0067】
最初に、MS1のイオン排出工程について説明する。MS1のイオン排出工程では、エンドキャップ入口電圧およびエンドキャップ出口電圧を30Vに設定しトラップポテンシャルを維持した状態で、四重極ロッド電極14に印加する高周波電圧および補助交流電圧を、低い値から高い値へ走査する。この走査によりリニアイオントラップ12の中のイオンは、質量電荷比の順にエンドキャップ出口電極13の穴から排出される。排出されたイオンを順次検出器42で検出し、各質量における検出信号強度により、制御部34に質量スペクトルを取得することができる。またMS1のイオン排出工程では、ゲート電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12の中へのイオン導入を防ぎ、イオンストップ電圧を低い値(0V)に設定することで高効率にイオンストップ電極17を通過させている。なお、イオンの走査に要する時間は、排出対象となるイオン質量範囲により異なり、200μs/amu(amu=原子質量単位)程度の速さで行っている。
【0068】
MS2のイオン排出工程の電圧条件は、MS1のイオン排出工程と同様で、解離工程で断片化されたイオンが質量電荷比の順に排出され質量分析される。実施例1と同様に、断片化により得られる質量スペクトルの状態から、MS1分析で得た質量スペクトルよりもさらに詳細な構造情報を解析することが可能となる。
【0069】
イオン排出の工程では、高周波電圧および補助交流電圧の走査により質量分析を行うため、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により空間電荷の影響を受けると、イオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなり、質量精度が低下する。MS1分析の質量スペクトルの質量精度が低いと、その後のMS2分析の質量選択性能も低下する。
【0070】
その問題を防ぐために本方式では、MS1分析の前に先行分析を行い、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量を把握するために質量スペクトルを得る。
【0071】
図14のフロー図に示すように、先行分析の質量スペクトルに基づいて、MS1の排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御し、MS1分析のイオン排出を行う。この場合、補正後の電圧条件でMS1のイオン排出を行うので、MS1分析の質量スペクトルは高精度に得られる。これにより、MS1分析以降の質量精度の低下を防ぐことが可能となる。
【0072】
また、先行分析の質量スペクトルに基づいて、MS2の各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することもできる。この場合、先行分析のイオン排出は補正してない電圧条件で行うため、質量スペクトルは高精度に得られない。従って、先行分析の排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定イオン蓄積量による質量スペクトルの質量軸(電圧条件に対応)のシフト量を推定し、そのシフト量を考慮し補正した質量軸を基準にして、MS2分析の各工程における対象質量範囲を設定する必要がある。
【0073】
さらに、図12の装置構成においても実施例1と同様に、MS1分析の質量スペクトルに基づいて、MS2の各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することもできる。
【0074】
本発明により、MS2のイオン蓄積時間を変化させることなく空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することができる。総イオン蓄積量の推定は、先行分析もしくはMS1分析で得られた質量スペクトルをもとに、MS1の排出工程やMS2の各工程の時間やLMCOや補助交流電圧のノッチ幅(質量範囲)などを先行分析もしくはMS1の蓄積工程の条件と比較により行う。
【0075】
(実施例3)
図12と同様の装置構成において、実施例2とは異なる方式による実施例について、図15の測定シーケンス図を用いて説明する。図15の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。図13のシーケンス図と異なる点は、先行分析の工程が無いことである。
【0076】
実施例2で説明したように、イオン排出の工程では、高周波電圧および補助交流電圧の走査により質量分析を行うため、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により空間電荷の影響を受けると、イオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなり、質量精度が低下する。MS1分析の質量スペクトルの質量精度が低いと、その後のMS2分析の質量選択性能も低下する。
【0077】
高周波電圧および補助交流電圧の走査により、リニアイオントラップ12からイオンを排出する場合、各瞬間の電圧条件に対応した質量のイオンが順次排出される。順次に排出されたイオンを、検出器42で検出するタイミング(時間)と、そのタイミングに検出されるイオン強度の情報が制御部34にあるメモリ43に記録される。得られる時間情報は、その各瞬間の電圧条件つまりイオン質量に置換できる。イオン質量を横軸に、各瞬間(各イオン質量)におけるイオン強度を縦軸にプロットすることで、質量スペクトルに変換できる。
【0078】
リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により、質量精度が低下する問題を防ぐために本方式では、図16のフロー図に示すように、MS1およびMS2の排出工程で得られる、イオン検出タイミングにおける電圧条件と、その電圧条件に対応するイオン質量の関係を、質量スペクトルに変換する前に補正する。実際には、MS1およびMS2の排出工程で得られる検出イオン量から、排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいてイオン質量に対応した各電極の最適なイオン排出電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、電圧とイオン質量の関係を補正する。補正後の電圧条件とイオン質量の関係をもとに、質量スペクトルに変換する。
【0079】
本発明により、図12と同様の装置構成において、先行分析の工程を行わなくても、空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することができる。
【0080】
本発明の方式は、見掛け上の電圧を補正する方法なので、実施例2においても、実施例1と同様の効果があり、高感度かつ高イオン選択性が実現できる。
【0081】
また本方式は、実施例1のリニアイオントラップ(LIT)と飛行時間型質量分析計(TOFMS)を組み合わせたLIT-TOFMSの構成や、実施例2および実施例3のリニアイオントラップ質量分析計(LITMS)の構成だけでなく、LITとフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計(FT-ICRMS)を組み合わせたLIT-FT-ICRMSの構成や、イオントラップ部に三次元四重極イオントラップ(QIT)を用いた三次元四重極イオントラップ質量分析計(QITMS)の構成や、QITとTOFMSを組み合わせたQIT-TOFMSの構成や、QITとFT-ICRMSを組み合わせたQIT-FT-ICRMSの構成など、高周波電圧および補助交流電圧および直流電圧によりイオントラップを制御する装置構成において有効である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】従来方式の問題点の説明図。
【図2】本方式の実施例1。
【図3】実施例1の電圧印加方式。
【図4】実施例1の動作シーケンス。
【図5】本方式のイオン蓄積量算出方法の説明図。
【図6】本方式の効果の説明図。
【図7】本方式の効果の説明図。
【図8】実施例1のフロー図。
【図9】本方式の効果の説明図。
【図10】本方式の効果の説明図。
【図11】実施例1のフロー図。
【図12】本方式の実施例2。
【図13】実施例2の動作シーケンス。
【図14】実施例2のフロー図。
【図15】実施例3の動作シーケンス。
【図16】実施例3のフロー図。
【符号の説明】
【0083】
1…イオン生成部、2…細孔、3…ロータリーポンプ、4…第1差動排気部、5…細孔、6…ターボ分子ポンプ、7…第2差動排気部、8…多重極電極、9…細孔、10…ゲート電極、11…エンドキャップ入口電極、12…リニアイオントラップ、13…エンドキャップ出口電極、14…四重極ロッド電極、15…配管、16…ケース、17…イオンストップ電極、18…細孔、19…衝突ダンピング室、20…多重極電極、21…配管、22…真空室、23…ターボ分子ポンプ、24…細孔、25…TOF室、26…ターボ分子ポンプ、27…ロータリーポンプ、28…レンズ電極、29…押出し電極、30…引出し電極、31…加速部、32…リフレクトロン、33…検出器、34…制御部、35…電源部、36…高周波電源、37…補助交流電源、38…直流電源、39…コイルボックス、40…フォーカス電極、41…コンバージョンダイノード、42…検出器、43…メモリ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップを用いた質量分析装置に関し、イオントラップによるイオンの高感度分析および高いイオン選択性能を実現する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析などの用途で質量分析計を用いる場合、多段階に質量分析を行うMSn分析が重要となる。
【0003】
MSn分析が可能な質量分析法として、三次元四重極イオントラップ質量分析計がある。三次元四重極イオントラップでは、特許文献1に開示されるように、イオントラップに高周波電圧を印加することで、特定の質量電荷比を持つイオンを安定にイオントラップ内に蓄積できる。
【0004】
さらに、三次元四重極イオントラップでは、特許文献2に開示されるように、イオントラップ内にイオンを蓄積した状態で、高周波電圧の電圧振幅を走査することで、イオントラップ内のイオンは質量電荷比の順に不安定となり順次に排出される。排出されたイオンを順次に検出することで質量分析が可能となる。
【0005】
さらに、三次元四重極イオントラップでは、特許文献3に開示されるように、高周波電圧とは別に補助的な交流電圧を印加することで、補助交流電圧の周波数に対して共鳴振動する固有振動数を持つ特定の質量電荷比のイオンのみがイオントラップから排出され、排出されたイオンを検出、質量分析することで質量分解能を向上することができる。
【0006】
さらに、特許文献3の技術により、プロテオーム解析で重要となる、イオントラップでのMSn分析が可能となる。補助交流電圧による共鳴振動により、イオントラップ内に蓄積したイオンの中から、特定の質量電荷比のイオン以外をイオントラップから排出し、イオントラップ内に特定イオンのみを単離する。次の工程で、補助交流電圧により単離したイオンを共鳴振動させ、イオントラップ内に満たした中性ガスと複数回衝突させることでイオンを解離する。解離により生成したイオンは高周波電圧の電圧振幅を走査することで、質量電荷比の順に排出され順次に検出することで質量分析を行う。この技術により、解離生成イオンの分解状態から、試料分子のより詳細な構造情報を得ることができる。
【0007】
特許文献4に開示された四重極リニアイオントラップは三次元四重極イオントラップと同様にMSn分析が可能であり、三次元四重極イオントラップに比べイオンの蓄積効率が高いので、感度の向上が実現できる。さらに、イオントラップ内の蓄積イオンの飽和に起因する空間電荷の影響が少ないので、質量分解能が向上する。
【0008】
さらに、特許文献5に開示されるように、四重極リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計を組み合わせることで、MSnの動作はイオントラップで行い、質量分析は飛行時間型質量分析計で行うことにより、より高い質量分解能とMSn分析が可能となる。
【0009】
さらに、特許文献6に開示されるように、四重極リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計の間に中性ガスによる衝突ダンピング室を設置することで、イオントラップから排出されたイオンのエネルギーと位置を収束し、飛行時間型質量分析計の加速部へのイオン導入効率を向上し、高感度分析を実現できる。
【0010】
また、イオントラップ内の空間電荷の影響を低減するために、特許文献7が開示されている。特許文献7では、イオントラップにイオンを導入する時間を、直前の質量分析により得た総イオン量に応じて調節し、イオントラップの空間電荷の影響を低減させている。
【0011】
【特許文献1】米国特許2939952号
【0012】
【特許文献2】米国特許4540884号
【特許文献3】米国特許4736101号
【特許文献4】米国特許5420425号
【特許文献5】米国特許6020586号
【特許文献6】特開2005-044594号公報
【特許文献7】米国特許5572022号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1から6の方式では、イオントラップ内に蓄積されたイオン量が増加するとイオンによる空間電荷の影響により、特定の質量範囲のイオンに対して蓄積、単離、解離、排出の動作を行った場合、蓄積、単離、解離、排出の効率低下や、異なる質量範囲のイオンに対して動作し、イオン検出感度の低下やイオン選択性能の低下を招く場合がある。例として、空間電荷の影響によるイオン単離工程時のイオン選択性能低下について、図1を用いて説明する。イオントラップ内に蓄積されたイオンに対して、ある特定範囲を対象としてイオン単離を行う場合、イオントラップ内のイオン量によっては、図1のように対象とした範囲とは異なる範囲のイオンを単離してしまう場合がある。この現象は、イオントラップ内の空間電荷の影響により、イオントラップに印加する設定電圧に比べ、実際にイオンが受ける電圧が見掛け上低くなるために生じる。
【0014】
特許文献7の方式では、イオントラップへのイオンの導入時間を短くすることでイオン導入量を制御しているので、生成されたイオンの利用効率が低下し、結果的に感度が低下してしまう。
【0015】
イオントラップを用いた質量分析装置において、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することは重要である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の質量分析装置は、直前の質量分析で取得した結果をもとに、イオンの蓄積、単離、解離、排出などの各工程もしくは各工程直前のイオントラップ内の総イオン蓄積量を計算し、制御部内に設定した質量電荷比毎の電圧条件の基準値を、算出した総イオン蓄積量に依存して補正する。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、イオントラップ質量分析装置によるイオンの高感度分析および高いイオン選択性能を実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(実施例1)
図2は、本方式を適用した四重極リニアイオントラップ飛行時間型質量分析計の構成図である。
【0019】
イオン生成部1で生成されたイオンは細孔2を通り、ロータリーポンプ3で100〜500 Pa程度に排気された第1差動排気部4へと導入される。その後イオンは細孔5を通り、ターボ分子ポンプ6で排気された第2差動排気部7へと導入される。第2差動排気部7は多重極電極8を配置し、0.3〜3 Pa程度の圧力に維持している。多重極電極8には、交互に位相を反転させた周波数約1MHz、電圧振幅値±数100Vの高周波電圧を印加している。イオンは、多重極電極8の中で軸中心付近へ収束され、高い効率で輸送される。
【0020】
多重極電極8で収束したイオンは細孔9とゲート電極10とエンドキャップ入口電極11の穴を通過し、リニアイオントラップ12の中に導入される。リニアイオントラップ12は、エンドキャップ入口電極11とエンドキャップ出口電極13および四重極ロッド電極14により構成される。リニアイオントラップ12には、配管15を経てヘリウムなどの中性ガスを導入する。リニアイオントラップ12はケース16の内部に構成し、0.03〜0.3 Pa程度の圧力に保持する。リニアイオントラップ12で蓄積、単離、解離などの工程を経たイオンはその後、エンドキャップ出口電極13の穴からリニアイオントラップ12の外に排出される。
【0021】
排出されたイオンは、イオンストップ電極17と細孔18を通過し、衝突ダンピング室19へ導入される。衝突ダンピング室19には多重極電極20が配置し、配管21によりヘリウムなどの中性ガスを導入し、10Pa程度の圧力に保持する。多重極電極20には、交互に位相を反転させた周波数約2MHz、電圧振幅値±1kV程度の高周波電圧を印加している。衝突ダンピング室19では、イオンは中性ガスとの衝突により運動エネルギーを失い収束する。リニアイオントラップ12および衝突ダンピング室19は真空室22に配置し、真空室22はターボ分子ポンプ23で排気し、1×10-3Pa程度に保持する。ターボ分子ポンプ6およびターボ分子ポンプ23の排気をロータリーポンプ3で排気している。
【0022】
衝突ダンピング室19で収束されたイオンは、細孔24を通過しTOF室25に導入される。TOF室25はターボ分子ポンプ26で排気し、2×10-4Pa程度の圧力に保持する。ターボ分子ポンプ26の排気はロータリーポンプ27で排気する。イオンは複数枚の電極で構成したレンズ電極28を通過し、押出し電極29と引出し電極30で構成された加速部31に到達する。押出し電極29には、1〜10 kHz程度の周期で加速電圧を印加し、イオンを直交方向へ加速する。加速されたイオンは、リフレクトロン32により反射され、検出器33に到達し検出される。イオンは質量により飛行時間が異なるため、飛行時間と信号強度から質量スペクトルが制御部34にあるメモリ43に記録される。
【0023】
リニアイオントラップ12の動作の制御は、制御部34により行う。制御部34には、イオンの蓄積、単離、解離、排出の工程において、対象とするイオン質量に対して基準となる電圧条件が予め設定され、メモリ43に、例えばテーブルとして記憶されている。制御部34は、予め設定された電圧条件により電源部35の制御を行う。
【0024】
リニアイオントラップ12への電圧印加方法について図3を用いて説明する。電源部35は、高周波電源36と補助交流電源37と直流電源38とコイルボックス39から構成する。高周波電源36は四重極ロッド電極14に交互に位相を反転した周波数約800kHz、電圧振幅値±5kV程度の高周波電圧を印加する。補助交流電源37は、向かい合う一対のロッド電極間に周波数5〜350kHz程度、電圧振幅値±35V程度の高周波電圧を印加する。直流電源38は、四重極ロッド電極14の全体に10〜20V程度のオフセット電圧を印加する。コイルボックス39は、電圧の増幅を行う。
【0025】
リニアイオントラップ12を用いて、MSn分析を行う場合の各電極の動作シーケンスについて図4を用いて説明する。図4の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。なお、典型的にはMS1の蓄積は20ms、排出は1ms、MS2の蓄積は20ms、単離、解離はそれぞれ5ms、排出は1msの時間で行う。
【0026】
MS1のイオン蓄積工程では、四重極ロッド電極14への高周波電圧印加による径方向のポテンシャルと、四重極ロッド電極14のオフセット電圧(10〜20V)とエンドキャップ入口電極11のエンドキャップ入口電圧(30V)およびエンドキャップ出口電極13のエンドキャップ出口電圧(30V)との電位差(10〜20V)による軸方向のポテンシャルから形成されるトラップポテンシャルにより、イオントラップ12にイオン蓄積を行う。この時イオンは、リニアイオントラップ12の内部の中性ガスと衝突することでエネルギーを失い、高周波電圧の作用によりリニアイオントラップ12の中心軸上付近に安定に蓄積される。またMS1のイオン蓄積工程では、ゲート電極10のゲート電圧を低い値(0V)に設定することでイオンを高効率でリニアイオントラップ12に導入し、イオンストップ電極17のイオンストップ電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12からのイオンの通過を防止している。なお、四重極ロッド電極14に印加する高周波電圧の作用により、電圧振幅値に依存したある質量以下のイオンはリニアイオントラップ12に蓄積されずに排除される(LMCO=低質量カットオフ)。一般にMS1のイオン蓄積工程では、LMCOを低く設定し広い質量範囲のイオンを蓄積する。
【0027】
MS1のイオン排出工程では、エンドキャップ入口電圧を高い値(50V)に、エンドキャップ出口電圧を低い値(10V)に設定し、衝突ダンピング室19の方向へイオンを排出する。またMS1のイオン排出工程では、ゲート電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12の中へのイオン導入を防ぎ、イオンストップ電圧を低い値(0V)に設定することで高効率にイオンストップ電極17を通過させている。排出されたイオンは、TOF室25において図2で説明した方法で質量分析される。
【0028】
以下、MS2分析について説明する。MS2分析では、MS1分析で得た質量スペクトルからタンデム分析を行うイオンの質量を決定し、その質量に対応して予め制御部34に設定された電圧条件を用いて、単離および解離工程を経て質量分析を行うことで、解離イオンの質量が分かり、さらに詳細な構造情報を得ることができる。
【0029】
MS2のイオン蓄積工程では、リニアイオントラップ12のイオン飽和による空間電荷作用の影響を低減するために、四重極ロッド電極14へ補助交流電圧を印加する。一般には、単離対象イオン以外の質量範囲のイオンが共鳴振動する交流電圧の合成波(FNFなど)が用いられる。この合成波形は、対象質量範囲のイオンが共鳴振動する周波数領域のみが存在しないようなノッチ状の周波数成分であり、対象質量範囲以外の広い質量範囲のイオンは共鳴振動によりリニアイオントラップ12の外に排出される。これにより、タンデム分析を行う対象イオン近傍の質量電荷比(m/z)のイオンのみリニアイオントラップ12の中に単離される。一般に蓄積工程では、中性ガスとの衝突が不充分でイオンのエネルギーが完全に失われないので、ノッチの幅を広めに設定し対象イオンが排出されないようにする。このため、効率的に排出が行われずに対象質量範囲以外のイオンもリニアイオントラップ12に残留することがある。なお一般にMS2のイオン蓄積工程では、MS1の蓄積工程に比べLMCOを高く設定し、対象イオンよりも充分に低い質量のイオンを排除している。
【0030】
MS2のイオン単離工程では、MS2のイオン蓄積工程よりも高精度に対象質量範囲のイオンのみをリニアイオントラップ12の中に残し、それ以外のイオンを高効率にリニアイオントラップ12の外に排出する。排出方法は、MS2のイオン蓄積工程とほぼ同じであるが、四重極ロッド電極14へ印加する高周波電圧の電圧振幅値や補助交流電圧の電圧振幅値および周波数成分は異なる。単離工程では、エンドキャップ入口電圧およびエンドキャップ出口電圧が30V、四重極ロッド電極14へのオフセット電圧が10〜20Vの状態を維持するので、トラップポテンシャルにより、対象質量範囲のイオンがイオントラップ12で安定に蓄積される。また、ゲート電圧およびイオンストップ電圧を高い値(50V)に設定することで、リニアイオントラップ12の中へのイオン導入およびイオンの通過を防止する。この工程では、蓄積工程での中性ガスとの衝突で充分にエネルギーを失ったイオンに対して排出を行うため、高精度かつ高効率な排出が可能となり、対象とするイオンの質量電荷比(m/z)に対して±1m/z以下の範囲のみをリニアイオントラップ12の中に単離することができる。なおMS2のイオン単離工程では、蓄積工程よりもLMCOを高く設定している。
【0031】
MS2のイオン解離工程では、四重極ロッド電極14へ補助交流電圧を印加し、単離工程でリニアイオントラップ12の中に単離されたイオンを共鳴振動させ、リニアイオントラップ12の中の中性ガスとイオンを複数回衝突させる。衝突によりイオンは分解、断片化する。解離工程では、単離されたイオンのみが共鳴振動する周波数の補助交流電圧を印加するため、複数の周波数成分を重ね合わせる必要はない。また、対象となるイオンや断片化したイオンがリニアイオントラップ12の外に排出されないようにするため、LMCOや補助交流電圧の電圧振幅値設定条件を単離工程よりも低く設定する。また、エンドキャップ入口電圧、エンドキャップ出口電圧、ゲート電圧、イオンストップ電圧の電圧条件は、全て単離工程と同様である。
【0032】
MS2のイオン排出工程の電圧条件は、MS1のイオン排出工程と同様で、解離工程で断片化されたイオン全てが排出され、図2で説明した原理で質量分析される。断片化により得られる質量スペクトルの状態から、MS1分析で得た質量スペクトルよりもさらに詳細な構造情報を解析することが可能となる。
【0033】
本発明では、MS2のイオン蓄積、単離、解離、排出工程の少なくとも1つの工程において、MS1分析で得られた質量スペクトルなどのイオン量の情報から、各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を計算し、算出した総イオン蓄積量に依存して、制御部34に予め設定した各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御する。これにより、MS2のイオン蓄積時間を変化させることなく空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を両立することができる。総イオン蓄積量の推定は、MS1分析で得られた質量スペクトルをもとに、MS2の各工程の時間やLMCOや補助交流電圧のノッチ幅(質量範囲)などをMS1の蓄積工程の条件と比較することにより行う。詳細な推定方法は以下の具体例に沿って説明する。
【0034】
次に、本発明による補正方式について具体例を説明する。最初に、MS2のイオン蓄積工程における具体例について説明する。以下に説明する例は、MS2の蓄積工程の補助交流電圧を補正することにより、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、高感度かつ高イオン選択性を実現できる例である。
【0035】
最初に、MS2の蓄積工程のイオン蓄積量の推定方法について、図5を用いて説明する。図5はMS1分析で得られる質量スペクトルを示しており、MS2分析の蓄積工程における対象質量範囲をΔmとしている。ΔmはMS2蓄積工程のLMCOや補助交流電圧のノッチ幅により決定される。縦軸I(m)が横軸mの関数と考えると、Δmの範囲のイオン蓄積量Qは数1で推定できる。
【0036】
【数1】
【0037】
TMS1はMS1分析の蓄積工程の全時間、Tms2はMS2分析の蓄積工程の中でイオン蓄積量を推定する瞬間の時間を示している。ここで、TMS2をMS2分析の蓄積工程の全時間とすると、Tms2は0〜TMS2の範囲で考えられる。つまり、Tms2=0の時のQは蓄積工程直前のイオン蓄積量、Tms2= TMS2の時のQは蓄積工程直後(単離工程直前)のイオン蓄積量、0<Tms2<TMS2の時のQは蓄積工程中におけるイオン蓄積量を表している。実際は、蓄積工程中のイオン蓄積量は時間により変化するので、以下の具体例では0〜TMS2間のQの平均値を蓄積工程の総イオン量と推定した。
【0038】
MS2のイオン蓄積工程における補助交流電圧の依存性の結果を図6に示す。図6は、試料に5種混合ペプチドを用いて質量電荷比464.6m/zのイオン以外を補助交流電圧により排除した結果である。MS1の質量スペクトルから式1により推定したMS2の蓄積工程の総イオン蓄積量は各々4.4×104および2×105(Arb. Units)であり、実際には450m/z以上の総イオン量を指標にしている。464.6±1m/zのイオンが80%以上残留し、その他のイオンが20%以下まで排除できる条件を最適とすると、総イオン蓄積量が4.4×104の条件では補助交流電圧の電圧振幅値が4〜5V、総イオン蓄積量が2×105の条件では8〜12V(0-peak)と最適条件が異なる。これは、MS2のイオン蓄積工程における、リニアイオントラップ12の総イオン蓄積量の違いにより、補助交流電圧の最適条件が異なることを示している。すなわち、リニアイオントラップ12の中がイオンで飽和状態に近づくと、イオンの電荷量による空間電荷の影響で、実際にイオンが受ける電圧が見掛け上小さくなることが原因である。
【0039】
横軸にMS1の質量スペクトルから式1により推定したMS2の蓄積工程の総イオン蓄積量、縦軸に最適な補助交流電圧の電圧振幅値の最適値をプロットした図を図7に示す。図7から、推定した総イオン蓄積量における補助交流電圧の電圧振幅値の最適値が算出される。なお、本実施例において、制御部34に予め設定された補助交流電圧の電圧振幅値の基準値は、リニアイオントラップ12が空間電荷の影響をほとんど受けない条件(図7では、イオン蓄積量=1×104以下の条件)での最適値(電圧振幅値=約4V(0-Peak))に設定している。
【0040】
図8のフロー図に示すように、MS1分析の結果からMS2の蓄積工程での総イオン蓄積量を式1により推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて補助交流電圧の電圧振幅値の最適値を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された補助交流電圧の基準値を最適値に補正し、補正後の電圧振幅値で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することで、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、正確に対象質量範囲のイオンを蓄積することが可能となる。ここでの最適値の算出は、推定されたイオン蓄積量と最適電圧値との関係について、関数データ又はテーブルとして制御部に保存しておくことで、MS1のイオン蓄積量に基づいて最適値を算出することができる。
【0041】
リニアイオントラップ12の中でイオンは、高周波電圧で形成されるポテンシャルにより蓄積され、ポテンシャルを乗り越えたイオンは蓄積されない。イオン蓄積量によりポテンシャルが歪み、ポテンシャルの見掛け上の深さが変化し、最適電圧条件に差が生じる。
【0042】
このポテンシャルの深さをDとし、対象となるイオンの質量をmtargetとし、高周波電圧の電圧振幅値をVとしたとき、数2が成り立つ。
【0043】
【数2】
【0044】
さらに、数式2のDをdmtargetおよびdVで微分することで、数3が得られる。
【0045】
【数3】
【0046】
数3のdDはポテンシャルの歪みを表しているので、数1で得られるイオン蓄積量Qに依存する。つまり、数4が導かれる。
【0047】
【数4】
【0048】
数2、3、4より、数5が得られる。
【0049】
【数5】
【0050】
つまり、対象イオン質量のずれdmtargetや、最適高周波電圧条件のずれdVは、対象イオン質量mtargetには依存せずに、イオン蓄積量Qに依存することが分かる。MS2の蓄積工程の補助交流電圧は、複数の交流電圧の合成波であるので、最適電圧条件のずれは単純な数式では表せないが、高周波電圧と同様に対象イオン質量mtargetには依存しないと考えられる。よって、本実施例の方式は対象イオン質量によらず有効である。
【0051】
以上、MS1分析で得た結果からMS2のイオン蓄積工程の総イオン蓄積量を推定し、MS2蓄積工程の補助交流電圧を最適条件に補正する具体的な方式について説明した。同様の補正方法は、MS2のイオン単離工程においても有効である。
【0052】
次に、本発明によるMS2のイオン単離工程における具体例について説明する。以下に説明する例は、リニアイオントラップ12の中のイオンが、空間電荷の影響を受ける状態において、MS2の単離工程の高周波電圧を補正することにより、高感度かつ高イオン選択性を実現できる例である。
【0053】
最初に、MS2の単離工程直前のイオン蓄積量の推定方法について説明する。推定方法はMS2の蓄積工程とほぼ同様であり、式1により推定できる。TMS1はMS1分析の蓄積工程の全時間、Tms2はMS2分析の蓄積工程の中でイオン蓄積量を推定する瞬間の時間を示している。ここで、TMS2をMS2分析の蓄積工程の全時間とすると、Tms2は0〜TMS2の範囲で考えられる。つまり、Tms2= TMS2の時のQを蓄積工程直後(単離工程直前)のイオン蓄積量と推定した。MS2の単離工程途中におけるイオン蓄積量の時間変化は、蓄積工程とは異なり線形変化ではないので、単離工程途中のイオン蓄積量を推定するのが困難である。よって本実施例では、単離工程直前のイオン蓄積量を推定した。
【0054】
MS2のイオン単離工程における総イオン蓄積量の差による、単離性能の結果を図9に示す。図9は、MS2の単離工程直前のイオン蓄積量が1×104以下で空間電荷の影響が少ない条件での単離工程における高周波電圧の電圧振幅値V0とした場合の、各条件の電圧振幅値Vとの比V/V0を横軸に、縦軸には単離対象であるニューロテンシンの3価イオン(質量電荷比558.3m/z)の相対イオン強度である。単離対象イオンが排除されずに残留し、イオン強度が最大になる高周波電圧条件が、単離工程直前の推定総イオン蓄積量により異なることを示している。
【0055】
横軸にMS2の単離工程直前における推定した総イオン蓄積量、縦軸に558.3m/z のイオン強度が最大となる最適なV/V0をプロットした図を図10に示す。図10から、推定した総イオン蓄積量における高周波電圧の電圧振幅値の最適値が算出される。なお、本実施例において、制御部34に予め設定された高周波電圧の電圧振幅値の基準値は、リニアイオントラップ12が空間電荷の影響をほとんど受けない条件(図10では、イオン蓄積量=1×104以下の条件)での最適値(V/V0=1)に設定している。
【0056】
図11のフロー図に示すように、MS1分析の結果からMS2の単離工程直前での総イオン蓄積量を式1により推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて高周波電圧の電圧振幅値の最適値を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された高周波電圧の基準値を最適値に補正し、補正後の電圧振幅値で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することで、リニアイオントラップ12の空間電荷の影響を抑制し、正確に対象質量範囲のイオンを単離することが可能となる。本実施例においても、蓄積工程と同様に数式5が成り立つので、対象イオン質量のずれdmtargetや、最適高周波電圧条件のずれdVは、対象イオン質量mtargetには依存せずに、イオン蓄積量Qに依存することが分かる。よって、本実施例の方式は対象イオン質量によらず有効である。
【0057】
以上、MS1分析で得た結果からMS2のイオン単離工程直前の総イオン蓄積量を推定し、MS2単離工程の高周波電圧を最適条件に補正する具体的な方式について説明した。本発明の補正方法は、MS2のイオン蓄積、単離工程のみでなく、解離および排出工程においても有効である。
【0058】
本発明のような、リニアイオントラップ12の電圧条件の補正は、リニアイオントラップ12の中で実際にイオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなる原因により必要である。本発明の方式は、見掛け上の電圧を補正する方法なので、高周波電圧および補助交流電圧の電圧振幅値だけでなく、補助交流電圧の周波数成分の組合せや、四重極ロッド電極14のオフセット電圧、もしくはエンドキャップ入口電圧やエンドキャップ出口電圧を補正する方法も有効である。
【0059】
本発明の動作シーケンスのように、MS2の各工程およびその直前の推定総イオン蓄積量に依存してリニアイオントラップ12の電圧条件を補正することで、空間電荷の影響を低減し、総イオン蓄積量が大きく異なる条件全てに対して、高感度かつ高イオン選択性を実現できる。
【0060】
(実施例2)
図12に、本方式を適用した四重極リニアイオントラップ質量分析計の構成図を示す。
【0061】
イオン生成部1で生成されたイオンは細孔2を通り、ロータリーポンプ3で100〜500 Pa程度に排気された第1差動排気部4へと導入される。その後イオンは細孔5を通り、ターボ分子ポンプ6で排気された第2差動排気部7へと導入される。第2差動排気部7は多重極電極8を配置し、0.3〜3 Pa程度の圧力に維持している。多重極電極8には、交互に位相を反転させた周波数約1MHz、電圧振幅値±数100Vの高周波電圧を印加している。イオンは、多重極電極8の中で軸中心付近へ収束され、高い効率で輸送される。
【0062】
多重極電極8で収束したイオンは細孔9とゲート電極10とエンドキャップ入口電極11の穴を通過し、リニアイオントラップ12の中に導入される。リニアイオントラップ12は、エンドキャップ入口電極11とエンドキャップ出口電極13および四重極ロッド電極14により構成される。リニアイオントラップ12には、配管15を経てヘリウムなどの中性ガスを導入する。リニアイオントラップ12はケース16の内部に構成し、0.03〜0.3 Pa程度の圧力に保持する。リニアイオントラップ12は真空室22に配置し、真空室22はターボ分子ポンプ23で排気し、1×10-3Pa程度に保持する。リニアイオントラップ12で蓄積、単離、解離などの工程を経たイオンはその後、エンドキャップ出口電極13の穴からリニアイオントラップ12の外に排出される。
【0063】
排出されたイオンは、イオンストップ電極17とフォーカス電極40を通過し、コンバージョンダイノード41に衝突し、電子に変換され検出器42に到達し検出される。検出器42で検出した情報は制御部34にあるメモリ43に記録される。
【0064】
リニアイオントラップ12の動作の制御は、制御部34により行う。制御部34には、イオンの蓄積、単離、解離、排出の工程において、対象とするイオン質量に対して基準となる電圧条件が予め設定され、メモリ43に、例えばテーブルとして記憶されている。制御部34は、予め設定された電圧条件により電源部35の制御を行う。
【0065】
図12の装置構成におけるリニアイオントラップ12への電圧印加方法は基本的に図3と同様である。
【0066】
次に、図12の装置構成でMSn分析を行う場合の各電極の動作シーケンスについて図13を用いて説明する。図13の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、先行分析過程でイオンの蓄積および排出を行い、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。図4の動作シーケンス図と異なるのは、MS1およびMS2の排出工程とMS1分析の前に先行分析を行う点である。これら以外は、各電極の電圧条件および時間は基本的に図4と同様なので、以下、相違点について説明する。
【0067】
最初に、MS1のイオン排出工程について説明する。MS1のイオン排出工程では、エンドキャップ入口電圧およびエンドキャップ出口電圧を30Vに設定しトラップポテンシャルを維持した状態で、四重極ロッド電極14に印加する高周波電圧および補助交流電圧を、低い値から高い値へ走査する。この走査によりリニアイオントラップ12の中のイオンは、質量電荷比の順にエンドキャップ出口電極13の穴から排出される。排出されたイオンを順次検出器42で検出し、各質量における検出信号強度により、制御部34に質量スペクトルを取得することができる。またMS1のイオン排出工程では、ゲート電圧を高い値(50V)に設定することでリニアイオントラップ12の中へのイオン導入を防ぎ、イオンストップ電圧を低い値(0V)に設定することで高効率にイオンストップ電極17を通過させている。なお、イオンの走査に要する時間は、排出対象となるイオン質量範囲により異なり、200μs/amu(amu=原子質量単位)程度の速さで行っている。
【0068】
MS2のイオン排出工程の電圧条件は、MS1のイオン排出工程と同様で、解離工程で断片化されたイオンが質量電荷比の順に排出され質量分析される。実施例1と同様に、断片化により得られる質量スペクトルの状態から、MS1分析で得た質量スペクトルよりもさらに詳細な構造情報を解析することが可能となる。
【0069】
イオン排出の工程では、高周波電圧および補助交流電圧の走査により質量分析を行うため、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により空間電荷の影響を受けると、イオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなり、質量精度が低下する。MS1分析の質量スペクトルの質量精度が低いと、その後のMS2分析の質量選択性能も低下する。
【0070】
その問題を防ぐために本方式では、MS1分析の前に先行分析を行い、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量を把握するために質量スペクトルを得る。
【0071】
図14のフロー図に示すように、先行分析の質量スペクトルに基づいて、MS1の排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御し、MS1分析のイオン排出を行う。この場合、補正後の電圧条件でMS1のイオン排出を行うので、MS1分析の質量スペクトルは高精度に得られる。これにより、MS1分析以降の質量精度の低下を防ぐことが可能となる。
【0072】
また、先行分析の質量スペクトルに基づいて、MS2の各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することもできる。この場合、先行分析のイオン排出は補正してない電圧条件で行うため、質量スペクトルは高精度に得られない。従って、先行分析の排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定イオン蓄積量による質量スペクトルの質量軸(電圧条件に対応)のシフト量を推定し、そのシフト量を考慮し補正した質量軸を基準にして、MS2分析の各工程における対象質量範囲を設定する必要がある。
【0073】
さらに、図12の装置構成においても実施例1と同様に、MS1分析の質量スペクトルに基づいて、MS2の各工程もしくは各工程の直前におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいて各電極の最適電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、補正後の電圧条件で電源部35およびリニアイオントラップ12を制御することもできる。
【0074】
本発明により、MS2のイオン蓄積時間を変化させることなく空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することができる。総イオン蓄積量の推定は、先行分析もしくはMS1分析で得られた質量スペクトルをもとに、MS1の排出工程やMS2の各工程の時間やLMCOや補助交流電圧のノッチ幅(質量範囲)などを先行分析もしくはMS1の蓄積工程の条件と比較により行う。
【0075】
(実施例3)
図12と同様の装置構成において、実施例2とは異なる方式による実施例について、図15の測定シーケンス図を用いて説明する。図15の動作シーケンス図は、MS2分析の動作を表している。MS2分析においてリニアイオントラップ12は、1次目の質量分析過程であるMS1分析でイオンの蓄積および排出を行い、2次目の質量分析過程であるMS2分析でイオンの蓄積、単離、解離、排出を行う。図13のシーケンス図と異なる点は、先行分析の工程が無いことである。
【0076】
実施例2で説明したように、イオン排出の工程では、高周波電圧および補助交流電圧の走査により質量分析を行うため、リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により空間電荷の影響を受けると、イオンが受ける電圧が設定電圧より見掛け上低くなり、質量精度が低下する。MS1分析の質量スペクトルの質量精度が低いと、その後のMS2分析の質量選択性能も低下する。
【0077】
高周波電圧および補助交流電圧の走査により、リニアイオントラップ12からイオンを排出する場合、各瞬間の電圧条件に対応した質量のイオンが順次排出される。順次に排出されたイオンを、検出器42で検出するタイミング(時間)と、そのタイミングに検出されるイオン強度の情報が制御部34にあるメモリ43に記録される。得られる時間情報は、その各瞬間の電圧条件つまりイオン質量に置換できる。イオン質量を横軸に、各瞬間(各イオン質量)におけるイオン強度を縦軸にプロットすることで、質量スペクトルに変換できる。
【0078】
リニアイオントラップ12の中のイオン蓄積量により、質量精度が低下する問題を防ぐために本方式では、図16のフロー図に示すように、MS1およびMS2の排出工程で得られる、イオン検出タイミングにおける電圧条件と、その電圧条件に対応するイオン質量の関係を、質量スペクトルに変換する前に補正する。実際には、MS1およびMS2の排出工程で得られる検出イオン量から、排出工程におけるリニアイオントラップ12の中の総イオン蓄積量を推定し、推定した総イオン蓄積量に基づいてイオン質量に対応した各電極の最適なイオン排出電圧条件を算出し、m/z毎に予め制御部34に設定された各電極の電圧条件の基準値のうち少なくとも1つを最適値に補正し、電圧とイオン質量の関係を補正する。補正後の電圧条件とイオン質量の関係をもとに、質量スペクトルに変換する。
【0079】
本発明により、図12と同様の装置構成において、先行分析の工程を行わなくても、空間電荷の影響を抑制し、高感度分析と高いイオン選択性能を実現することができる。
【0080】
本発明の方式は、見掛け上の電圧を補正する方法なので、実施例2においても、実施例1と同様の効果があり、高感度かつ高イオン選択性が実現できる。
【0081】
また本方式は、実施例1のリニアイオントラップ(LIT)と飛行時間型質量分析計(TOFMS)を組み合わせたLIT-TOFMSの構成や、実施例2および実施例3のリニアイオントラップ質量分析計(LITMS)の構成だけでなく、LITとフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計(FT-ICRMS)を組み合わせたLIT-FT-ICRMSの構成や、イオントラップ部に三次元四重極イオントラップ(QIT)を用いた三次元四重極イオントラップ質量分析計(QITMS)の構成や、QITとTOFMSを組み合わせたQIT-TOFMSの構成や、QITとFT-ICRMSを組み合わせたQIT-FT-ICRMSの構成など、高周波電圧および補助交流電圧および直流電圧によりイオントラップを制御する装置構成において有効である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】従来方式の問題点の説明図。
【図2】本方式の実施例1。
【図3】実施例1の電圧印加方式。
【図4】実施例1の動作シーケンス。
【図5】本方式のイオン蓄積量算出方法の説明図。
【図6】本方式の効果の説明図。
【図7】本方式の効果の説明図。
【図8】実施例1のフロー図。
【図9】本方式の効果の説明図。
【図10】本方式の効果の説明図。
【図11】実施例1のフロー図。
【図12】本方式の実施例2。
【図13】実施例2の動作シーケンス。
【図14】実施例2のフロー図。
【図15】実施例3の動作シーケンス。
【図16】実施例3のフロー図。
【符号の説明】
【0083】
1…イオン生成部、2…細孔、3…ロータリーポンプ、4…第1差動排気部、5…細孔、6…ターボ分子ポンプ、7…第2差動排気部、8…多重極電極、9…細孔、10…ゲート電極、11…エンドキャップ入口電極、12…リニアイオントラップ、13…エンドキャップ出口電極、14…四重極ロッド電極、15…配管、16…ケース、17…イオンストップ電極、18…細孔、19…衝突ダンピング室、20…多重極電極、21…配管、22…真空室、23…ターボ分子ポンプ、24…細孔、25…TOF室、26…ターボ分子ポンプ、27…ロータリーポンプ、28…レンズ電極、29…押出し電極、30…引出し電極、31…加速部、32…リフレクトロン、33…検出器、34…制御部、35…電源部、36…高周波電源、37…補助交流電源、38…直流電源、39…コイルボックス、40…フォーカス電極、41…コンバージョンダイノード、42…検出器、43…メモリ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン生成部で生成されたイオンの蓄積、単離、解離、及び排出の工程を行うイオントラップと、
前記イオントラップから排出されたイオンを検出する検出器と、
前記イオントラップに、高周波電圧、補助交流電圧、直流電圧のいずれか一つ以上の電圧を印加する電源部と、
前記電源部の電圧値と前記イオントラップとを制御する制御部とを有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記電圧値を、第1の質量分析によって測定された結果を基に算出された前記イオントラップの各工程又は各工程直前のイオン蓄積量に基づいて、第2の質量分析における前記イオントラップの各工程のうち少なくとも一つ以上の電圧の値を設定することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、質量電荷比毎の基準電圧値データを格納したメモリを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置において、前記制御部は、イオン蓄積量に対応する前記基準電圧値からの電圧補正量についての関数データ又はテーブルを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオン蓄積量は、
(Q:イオン蓄積量、Δm:第2の質量分析の対象質量範囲、TMS1:第1の質量分析の蓄積工程時間、Tms2:第2の質量分析のイオン蓄積量測定時間)
により算出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、高周波電圧、補助交流電圧、直流電圧ごとに前記関数データ又は前記テーブルを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオントラップは、四重極リニアイオントラップであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記第1の質量分析の前の質量分析によって測定された結果を基に算出された前記第1の質量分析の排出工程のイオン蓄積量に基づいて、前記第1の質量分析における前記排出工程の電圧値を設定することを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記検出器は、前記第1の質量分析及び前記第2の質量分析で検出されたイオン量に基づいてイオン蓄積量を算出し、算出された前記イオン蓄積量に基づいて、前記検出器のイオン検出タイミングにおける電圧とイオン質量の関係を補正することを特徴とする質量分析装置。
【請求項1】
イオン生成部で生成されたイオンの蓄積、単離、解離、及び排出の工程を行うイオントラップと、
前記イオントラップから排出されたイオンを検出する検出器と、
前記イオントラップに、高周波電圧、補助交流電圧、直流電圧のいずれか一つ以上の電圧を印加する電源部と、
前記電源部の電圧値と前記イオントラップとを制御する制御部とを有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記電圧値を、第1の質量分析によって測定された結果を基に算出された前記イオントラップの各工程又は各工程直前のイオン蓄積量に基づいて、第2の質量分析における前記イオントラップの各工程のうち少なくとも一つ以上の電圧の値を設定することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、質量電荷比毎の基準電圧値データを格納したメモリを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置において、前記制御部は、イオン蓄積量に対応する前記基準電圧値からの電圧補正量についての関数データ又はテーブルを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオン蓄積量は、
(Q:イオン蓄積量、Δm:第2の質量分析の対象質量範囲、TMS1:第1の質量分析の蓄積工程時間、Tms2:第2の質量分析のイオン蓄積量測定時間)
により算出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、高周波電圧、補助交流電圧、直流電圧ごとに前記関数データ又は前記テーブルを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオントラップは、四重極リニアイオントラップであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記第1の質量分析の前の質量分析によって測定された結果を基に算出された前記第1の質量分析の排出工程のイオン蓄積量に基づいて、前記第1の質量分析における前記排出工程の電圧値を設定することを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記検出器は、前記第1の質量分析及び前記第2の質量分析で検出されたイオン量に基づいてイオン蓄積量を算出し、算出された前記イオン蓄積量に基づいて、前記検出器のイオン検出タイミングにおける電圧とイオン質量の関係を補正することを特徴とする質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
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【図10】
【図11】
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【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2006−339087(P2006−339087A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−164962(P2005−164962)
【出願日】平成17年6月6日(2005.6.6)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年6月6日(2005.6.6)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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