説明

質量分析装置

【課題】生体からの抽出サンプルには、非常に多種類の物質が混合していることがあり、それぞれの物質の量(濃度)も何桁も異なることがある。しかし、タンデム質量分析できる物質の種類は限られるため、多種類の成分を含むサンプルの分析の場合には、極微量成分の解析が困難である。
【解決手段】イオンの質量情報および保持時間を格納した内部データベースを有し、データベース内情報について分析の実施過程において自動的に補正を行いながら、質量分析もしくはタンデム質量分析を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多種類の成分を含むサンプルの分離分析システムに関し、特にタンパク質やペプチド、糖鎖、代謝産物などの生体関連物質解析に使用する液体クロマトグラフ/質量分析装置、分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオ・創薬・食品分野を中心に、生体組織や体液などに含まれるタンパク質や糖鎖、代謝産物などの生体関連物質を網羅的に解析するプロテオーム解析、グライコーム解析、メタボローム解析が有効な戦略と認識されるようになりつつある。そして、これらの解析に向けて、主に質量分析法を用いた高スループット解析技術の開発が重要視されている。このような分析においては、サンプルに多数の未知物質が含まれるうえに、それらの量(発現量)が10桁程度も異なることがある点が、特徴的である(例えば(非特許文献1))。即ち、多数の夾雑成分が混在するサンプルに含まれる微量物質を、精度よく同定したり、定量したりすることが求められている。
【0003】
上記高スループット解析では、液体クロマトグラフ/タンデム質量分析装置(LC/MSn)が用いられることが多い。液体クロマトグラフ(LC)では液体サンプルの分離を行い、分離物質はインターフェース部で気体状イオンに変換され、タンデム質量分析装置(MSn)に導入されてイオン質量や解離イオン質量が決定される。高感度分析の観点からは、質量分析装置とのインターフェースにおける液体サンプルのイオン化において、液体流量の低減が高効率イオン化に好適であることが知られる。一方、多成分分析を実施する液体クロマトグラフでは、多種類の物質が含まれる液体サンプルを扱うため、高分離が要求される。そのため、極低流量で高分離が実現するナノLCを用いることが有効であると考えられている。
【0004】
実際の分析においては、高分離が実現するナノLCで分離しても、しばしば多種類の物質が同時に質量分析装置で検出される。そして、タンデム質量分析では、イオン強度の高い物質から順番にタンデム質量分析にかけるデータ依存解析が通常用いられることが多い。ところが、質量分析装置でタンデム質量分析を施される物質の種類は数種類に限られるため、タンデム質量分析できなかった物質は、解析されないまま放置される。典型的なデータ依存解析では、ピーク強度の高い順に4種類ほどのイオンに対し、タンデム質量分析が施される。一方、タンデム質量分析する必要のないイオンの質量を入力してリストを作成し、リストに記載されたイオンをダンデム質量分析の対象から排除することも可能である(例えば(非特許文献2))。この場合には、まず通常の質量分析を行って検出イオンの質量を決定し、検出イオンの中から、タンデム質量分析対象外のイオンすなわちリストに記載されているイオンをタンデム質量分析の対象から排除し、他の検出イオンに対して優先的にタンデム質量分析を実施する。
【0005】
また、流量20ナノL(リットル)/分の流量で、長さ80cmほどの長い分離カラムを用いたLC/MSによる解析例が報告されている(例えば(非特許文献3))。この例では、一回のLC/MS分析において、約400種ものペプチドを同定している。さらに、同一サンプルの分析を繰り返し、同定ペプチド数の合計が少しずつ増加させている。イオン強度の順序が分析毎に多少入れ替わり、新たにタンデム質量分析の対象となるイオン(物質)が生じるためである。約30回ものLC/ MS分析を繰り返すことにより、約1400種類のペプチドを同定している。
【0006】
また、タンデム質量分析されたイオンの質量情報を、内部データベースとして質量分析装置に格納させる技術が報告されている(例えば(特許文献1))。この例では、質量分析装置で発生させる高周波電界により、内部データベースに登録された夾雑成分などの分析対象外イオンを分析対象から排除する。さらに、内部データベースに登録された分析候補物質を優先的にタンデム質量分析するために、他のイオンを排除するための高周波電界を発生させる。
【0007】
また、液体クロマトグラフ質量分析装置で得られた3次元質量スペクトルについて、目的物質が現れる保持時間の前後に時間幅を設定し、時間幅内の3次元質量スペクトルを切り出して目的物質による強度ピークと他の物質の影響を受けた強度ピークとを峻別し、目的物質以外の他の物質の影響を受けた強度ピークを分子量推定の際に除外することが報告されている(例えば(特許文献2))。この技術では、分析終了後に、分離物質のイオンの正確な質量を決定する。
【0008】
また、サンプル分析と内部標準化合物の分析を実施し、内部標準化合物を用いて保持時間を補正する補正曲線を求め、該補正曲線から定量化合物の計算保持時間を求め、特定のピークをアサインする技術が報告されている(例えば(特許文献3))。
また、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)において、ピーク検出中の各時点での信号強度が質量分析計のダイナミックレンジの上限に対応する強度を超えているとき、質量分析計からの検出信号につき飽和部分発生を回避するために、質量分析計を制御する技術の報告がある(例えば(特許文献4))。
【0009】
【特許文献1】特開2004-71420
【0010】
【特許文献2】特開平8−334493
【特許文献3】特開平11−344482
【特許文献4】特開2002−181784
【非特許文献1】Molecular & Cellular Proteomics (2002) p. 845-867 (モレキュラー アンド セルラー プロテオミクス 2002年、第845項から第867項)
【非特許文献2】“Product Support Bulletin”、[online]、サーモフィニガン社、[平成16年5月28日検索]、インターネット<URL: www.thermo.com/eThermo/CMA/PDFs/Articles/articlesFile_10918.PDF>
【非特許文献3】Analytical Chemistry Vol. 76 (2004) p. 1134-1144 (アナリティカル ケミストリー誌、第76巻、2004年、第1134項から第1144項)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
生体からの抽出サンプル(クルードなサンプル)には、非常に多種類の物質が混合していることがあり、また、それぞれの物質の量(濃度)も何桁も異なることがある。このようなサンプルの分析では、サンプルに含まれる微量成分を分析することが困難である。
従来のデータ依存解析では、検出シグナル量の高い物質を優先的にタンデム質量分析する。そのため、(非特許文献3)に記載の方法で対応しても、データ依存解析の対象にならないような微量な検出シグナルの物質の分析は困難であるという問題がある。
【0012】
さらに、(非特許文献3)に記載の方法では、何度も分析を繰り返す必要があり、多大な労力と時間を必要とするという問題もある。(非特許文献2)に記載のタンデム質量分析する必要のないイオンの質量を入力して得るリストを作成する場合には、入力に多大な労力を要するので、現実的ではない。
本発明の目的は、生体からの抽出サンプルなど、多種類の成分を含むサンプルの分析において、極微量成分を迅速に解析する質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決する手段として、イオンの質量情報および保持時間を格納した内部データベースを有し、液体クロマトグラフで分離された試料を同定し、または分析対象外イオン同定して高周波電界で排除し、質量分析もしくはダンデム質量分析の最適化を分析時間中(実時間)で実施する質量分析装置を提供する。
【0014】
本発明による質量分析装置は、複数の物質の質量及び保持時間情報を格納するデータベースと、試料を分離するクロマトグラフと、分離された試料をイオン化するイオン源と、イオン源でイオン化された試料の質量分析する質量分析部と、質量分析部の分析結果を検出する検出部と、検出部の検出結果から試料の保持時間を計測する保持時間計測部と、保持時間計測部で計測された保持時間と、データベースに格納された保持時間情報との比較処理を行う情報処理部と、情報処理部の比較処理の結果に基づいて、保持時間情報を補正するデータベース制御部とを有し、情報処理部は比較処理の結果に基づいて前記質量分析を制御することを特徴とする。
【0015】
上記試料の質量及び上記保持時間情報は、予め定めた分析対象物質の質量及び保持時間情報であってもよく、また予め定めた分析対象外物質の質量及び保持時間情報であってもよい。また、上記情報処理部は、質量分析部から入力されるイオン化された試料の質量の情報と、補正された保持時間情報とに基づいて、分離された試料を同定してもよい。また、高周波電源をさらに有し、上記情報処理部は、質量分析部から入力されるイオン化された試料の質量の情報と、補正された保持時間情報とに基づいて、高周波電源に高周波印加指令を送信してもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生体からの抽出サンプルなど、多種類の物質が混合したサンプルを迅速に分析する際に、データ依存解析の対象にならないような微量な検出シグナルの物質の分析を確実に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
質量分析計にイオントラップを用いた場合の例を図3に示す。イオントラップでは、空間電荷効果により、一度にトラップできるイオンの数に上限があることが知られる。ところが、非常に量の多いイオンAと微量イオンB+が混在するサンプルの分析では、トラップされる微量イオンB+の数が低すぎて、(a)に示すように、B+の検出が困難な場合がある。しかし、(b)に示すように、トラップ時、あるいは、トラップの前段に、非常に量の多いイオンAを排除する高周波電界を与えれば、微量イオンB+を優先的にトラップすることが可能である。その結果、微量イオンB+の濃縮が可能となり、高感度分析が可能となる。このように、非常に量の多いイオンを高周波電界で排除することは、リニアイオントラップや四重極あるいは他の多重極フィルターなどを用いた質量分析計であっても、微量イオンの分析に有効である。一般的に、空間電荷効果が関与し得ると、イオン分析に悪影響が与えられるからである。
【0018】
そこで、イオンの質量情報を内部データベースとして保有し、分析対象外イオンを高周波電界で排除してタンデム質量分析の実時間最適化を行えば、内部データベースを自動作成・自動更新できるうえ、微量成分の高感度分析に有効である。
上記のような高周波電界で非常に存在比の高いイオンを排除する方法は、サンプルに含まれる物質の種類が限られている場合に、極めて有効である。ところが、サンプルに含まれる物質の種類が膨大な場合には、分析対象外イオンと類似の質量のイオンがサンプルに含まれる可能性がある。即ち、同等の質量でありながら、異なった物質がサンプルに含まれることは、クルードなサンプルでは、しばしば見受けられる。そして、それらのイオンが区別されないまま排除されるために、分析に支障を来たすという問題が生じうる。そのため、物質の特定には、イオンの質量だけでは精度が不充分である。
【0019】
そこで、イオンの質量情報だけでなく、保持時間情報をも内部データベースに含ませてイオンの同定に用い、イオンの同定精度を向上させる。なお、本明細書において保持時間とは試料が分析のために保持される時間であり、主として、液体クロマトグラフ質量分析装置による分析の開始時からイオン検出までの時間を指す。しかし、分離試料が液体クロマトグラフを通過してから、イオン化されてイオンとして検出されるまでの時間はミリ秒程度であり、一の分離試料に由来する1つの検出ピーク(バンド)の幅が10秒程度であることを考慮すると、液体クロマトグラフ質量分析装置による分析の開始時からイオン検出までの時間と、上記開始時から液体クロマトグラフの末端部での分離試料の検出までの時間は実質的に同一視することも可能である。そこで、保持時間を、液体クロマトグラフにおける保持時間、すなわち分析の開始時から液体クロマトグラフの末端部での分離試料のUV検出等による検出までの時間としてもよい。
【0020】
イオンの質量情報だけでなく、保持時間情報をもイオンの同定に用いる場合には、保持時間情報のずれに留意する必要がある。一般的に、カラムが劣化すると、保持時間にずれが生じると考えられている。さらに、分析条件(グラジエント条件や分離カラム)を変更した場合、既存の内部データベースが利用できなくなりうる。そして、新しい分析条件下で、データベースを再構築しなければならないことは、ユーザーに多大な労力と時間を要求することになる。また、標準サンプルを分析して、既存の内部データベースを補正することは、ユーザーへの負担が多大であるうえ、保持時間情報の精度を保障することは困難である。分析の毎に、保持時間情報のずれが異なることがあるためである。なお、保持時間のずれは液体クロマトグラフの流量等によって異なるものであるが、10分程度ものずれが生じる場合もある。
【0021】
本発明は、生体からの抽出サンプルなど、多種類の成分を含むサンプルの分析において、極微量成分を迅速に解析する質量分析装置、さらには、内部データベースを分析に応じて補正することができる上記質量分析装置を提供することを目的とする。以下、本発明による実施例を示す。
【0022】
図1に、本発明の一実施例に基づくシステム構成図を示す。本システムは、分析対象物質(イオン)についてのデータベース、もしくは分析対象外物質(イオン)についてのデータベースであって、イオンの質量及び保持時間情報等の情報を格納したものを備えている。分析対象イオンを確実に検出するために用いるデータベースとしては、分析候補イオンの情報を有し、予め用意された第一のデータベースと、分析候補でないイオンの情報を有し、予め用意された第二のデータベースとを主として用いる。
【0023】
複数の物質が混合するサンプルは、クロマトグラフで分離され、分離サンプルはイオン源に導入される。次に、イオン源で気体状イオンに変換された分離サンプル由来の物質は、質量分析部に導入され、質量分析、または、タンデム質量分析され、検出部で検出される。検出部の出力は、保持時間計測部に導入され、保持時間が計測される。さらに、検出部の出力、および、保持時間計測部の出力は情報処理部に導入され、イオン質量情報と保持時間情報が統合され、データベース情報と比較される。
【0024】
図15に示すように、分析において、データベースに格納された保持時間情報と実際の保持時間とのずれを情報処理部において検知し、分析を実施しながら、データベースに格納されている情報を補正することができる。ここで、実際の保持時間は、検出イオン強度の時間変化(クロマトグラム)を調べることにより、液体クロマトグラフ質量分析装置の分析開始時からイオン強度が最大となる時までとして決定される。また、ずれの検知はイオンが検知される度に行われる。
【0025】
例えば、質量分析部でイオン1が検出されると、イオン検出時間(イオン検出情報)が保持時間計測部に送信され、イオン質量情報と保持時間がそれぞれ質量分析部と保持時間計測部から情報処理部に送信される。次に、情報処理部では、データベースに対して検出イオン情報の検索(主としてデータベース内の保持時間情報の要求)を実施し、データベースからの保持時間情報の送信を受け、さらに保持時間のずれについて計算する。そして、保持時間のずれが一定値よりも大きい場合には、ずれを検出したと判断し、データベースへ保持時間の補正情報の記録を要求する。データベース制御部は当該保持時間の補正情報をデータベースに記録して更新を行う。
【0026】
そして、制御部は、イオンi(すなわち、イオン1よりも後に検出部で検出されたイオン)についての補正後の保持時間情報をデータベースに要求し、当該補正後の保持時間情報を用いてイオンiを同定し、かつイオンiが分析対象であるか否かを判断する。その上で、制御部はデータ依存解析などのダンデム質量分析を行うに当たって、分析対象イオンの分析順位を決定し、当該決定に基づいて、質量分析部にダンデム質量分析の指令を出す。
以上の流れにより、イオンの質量情報のみならず保持時間情報によってイオンを同定することが可能となり、イオン同定の精度を高めることによって質量分析の精度を高めることができる。
【0027】
図2に、本発明の別の一実施例に基づくシステム構成図を示す。本システムは、図1に示したシステムに加えて高周波電源を備え、データベースにリストされかつ格納されたイオン情報(質量や保持時間など)に基づき、特定の保持時間に検出される特定の質量(または質量/電荷数)を有する分析対象外イオンを質量分析部で排除するために、あるいは、特定の保持時間に検出される特定の質量(または質量/電荷数)を有する分析候補イオン以外の分析対象外イオンを質量分析部で排除するために、高周波電源より高周波電圧が質量分析部に印加される。四重極電界で三次元的あるいは二次元的にトラップされたイオンに対して、発生する高周波電界によるイオンの排除方法としては、以下のものが典型的である。排除イオンが特定される場合、それらのイオンと共鳴する高周波電界を印加する方法が便利である。共鳴する高周波電界により、イオンが加熱されて(イオン軌道から)排除される。また、排除イオンの質量範囲が特定される場合には、共鳴電界を走査する方法、様々な質量/電荷(m/z)のイオンに対してランダムに共鳴電界を印加する方法、四重極電界で排除イオンのみをトラップできない不安定領域にシフトさせる方法(低マスカットオフ)を用いることができる。どの方法を用いるかは、分析対象イオン、及び、分析対象外イオンのm/zに依存する。この高周波電圧により、分析対象外イオンを質量分析部で排除し、他の分析候補イオンなどを分析する。
【0028】
図16に示すように、分析において、データベースに格納された保持時間情報と実際の保持時間とのずれを情報処理部において検知し、分析を実施しながら、データベースに格納されているイオン情報を補正することができる。ここで、実際の保持時間は、検出イオン強度の時間変化(クロマトグラム)を調べることにより、液体クロマトグラフ質量分析装置の分析開始時からイオン強度が最大となる時までとして決定される。また、ずれの検知はイオンが検知される度に行われる。
【0029】
例えば、質量分析部でイオン検出されると、イオン検出時間(イオン検出情報)が保持時間計測部に送信され、イオン質量情報と保持時間がそれぞれ質量分析部と保持時間計測部から情報処理部に送信される。次に、情報処理部では、データベースに対して検出イオン情報の検索(主としてデータベース内の保持時間情報の要求)を実施し、データベースからの保持時間情報の送信を受け、さらに保持時間のずれについて計算する。そして、保持時間のずれが一定値よりも大きい場合には、ずれを検出したと判断し、データベースへ保持時間の補正情報の記録を要求する。データベース制御部は当該保持時間の補正情報をデータベースに記録して更新を行う。そして、補正情報を備えた制御部は、補正情報に基づき、イオン検出が予測される保持時間に高周波電圧が質量分析部に印加されるように高周波印加タイミングを決定し、高周波電源へ高周波印加指令を出す。
【0030】
そして、更新されたデータベースに登録されている分析候補イオン以外の分析対象外イオン、もしくは更新されたデータベースに登録されている分析対象外イオンが所定の保持時間に検出されると、高周波電界により当該分析対象外イオンが質量分析部から排除される。そして、排除されずに検出されたイオンに対し、データ依存解析などのタンデム質量分析が実施される。ただし、当該分析対象外イオンが印加される高周波電界により完全に排除されると、当該分析対象外イオンが全く検出できなくなり、データベースの補正が困難となる。そのため、イオン排除のための高周波電界は、ある程度の量のイオンを残すように、電圧や周波数を設定しておくことが重要である。イオン排除の目的は、図3に示すように、当該分析不要イオン、つまり排除対象イオンが他のイオンに比較して圧倒的に量が多い場合に発生する空間電荷効果を防止することである。そのため、同時に検出されるイオンの強度と同等レベルになるようにイオン排除を実施すれば、イオン排除されるイオンは検出可能であり、データベースの補正も可能となる。典型的には、排除対象のイオンを90%排除し、10%だけ残すことにより、そのイオンを検出することが可能となる。
【0031】
以上の流れにより、1次質量分析の前に第1のデータベースにリストされていない分析候補でないイオン、もしくは第2のデータベースのデータと一致する分析対象外イオンを高周波電圧により排除してから質量分析を行うことができる。このことにより、分析候補イオンを質量分析で確実に検出することができる。その際には、データベースの利用によって分析対象外イオンを分析の度に指定する手間を省きながら、1次質量分析を行う前に分析対象外イオンを高精度で排除することができ、高精度な分析を簡便に達成することができる。
【0032】
また、分析条件を変更した場合に、主要なパラメータ(例えば、グラジエント条件)を入力部より入力し、データベースに格納された情報を予め補正しておくことができる。そして、変更した分析条件に適用可能なデータベースを保有する場合には、そのデータベース名、及び、分析条件を表示部で表示し、入力部でデータベースを選択することができる。そのうえで、分析を実施しながら、データベースに格納された保持時間情報と実際の保持時間とのずれを情報処理部において検知し、データベースに格納されているイオン情報を補正することができる。このようにして、最低限の労力でデータベースの補正を行うことができる。また、分析条件を変更していなくても、カラムの劣化などの理由により、保持時間が僅かに変化することがある。その場合にも、分析を実施しながら、その変化を実時間で補正することができるため、高精度で分析対象外イオンを高周波電圧で排除することができ、、質量分析及びタンデム質量分析の最適化が実現する。その結果、分析候補イオンを高感度高精度でタンデム質量分析することができる。
【0033】
なお、図1、図2に示したシステムにおいて。表示部や入力部を省いた構成とすることもできる。この場合には、システム構成が簡単化されるために低価格化を実現することができる。分析条件を一定に保ってルーチン分析を行う場合には、このようなシステム構成でも、図1、図2に示した場合と同様の手順によって、分析を実施しながら、データベースに格納された保持時間情報と実際の保持時間とのずれを情報処理部において検知し、データベースに格納されているイオン情報を補正することができる。しかし、分析条件を変更した場合は、新規にデータベースを作成する必要がある。
【0034】
本発明は、液体クロマトグラフ/質量分析装置に関するものであるが、以下、液体クロマトグラフにおける分離について述べる。液体クロマトグラフでは、分離カラムに一旦サンプル物質を吸着させる。そして、分離カラムに導入される移動相溶液の組成に応じて、特定の物質が脱着し、移動相溶液に放出される。そのため、分離カラムに導入される移動相溶液の組成を掃引することにより、分離カラムに吸着されたサンプル物質が、順次移動相に放出される結果となる。このことが、液体クロマトグラフにおける物質を分離する原理である。
【0035】
一般的に、分離条件を決める主要な要素は、移動相溶液に含まれる溶液(A液、B液など)の組成や混合比率の掃引方法、及び、分離カラムである。通常は、溶媒比率が顕著に異なる2種類の溶液を準備し、それらの混合比率を時間的に変化させることにより、移動相溶液の組成を時間的に掃引(変化)させることができる。典型的な2種類の溶液としては、5%アセトニトリル/95%水/0.1%蟻酸(A液)と95%アセトニトリル/5%水/0.1%蟻酸(B液)などが挙げられる。そして、例えば、A液とB液の混合比率を100%/0%から0%/100%に1時間程度で掃引するプログラムを組んだ場合、アセトニトリルの比率(溶媒比率)が5%から95%に時間的に掃引されることに対応する。
【0036】
図4に、液体クロマトグラフで分離される物質と溶媒比率Rとの関係を模式的に示す。ここで、溶媒の比率とは、先述のA液とB液の混合比率ではなく、A液とB液の混合により作製される移動相溶液における溶媒(先の例では、アセトニトリル)と水の比率である。図4の例では、液体クロマトグラフが動作し始めてから時間tの間は、溶媒比率Rは一定である。このことは、分離カラムの下流側に設置される検出器に移動相液体が到達するまでに、一定の時間が必要であることに対応する。具体的には、例えばt=0が液体クロマトグラフの液体混合開始の時間とする場合、時間tは、液体クロマトグラフポンプにおけるミキサー(混合部)から検出器までの配管と分離カラムの内容積の和を液体流量で割った量(時間)に対応する。液体クロマトグラフ/質量分析装置では、この検出器が質量分析装置に相当することになる。図4では、時間tの後、比率Rは時間tに比例して増加している。この場合、図4の実線で示す傾きkの直線は、以下のように表わすことができる。
【0037】
R = R0 + k (t ― t0) (式1)。
【0038】
ここで、kは比率Rの時間的変化率を表し、R0は開始時における溶媒比率(A液の溶媒比率)である。そして、分離物質の検出は、この傾きkの直線上に示すデータ点(●)として示され、溶媒比率Rは検出器で検出される時間(保持時間t)の函数として与えることができる。この保持時間とは、上記の通りに実質的に同一視可能なことから、液体クロマトグラフ質量分析装置による分析の開始時からイオン検出までの時間と、分析の開始時から液体クロマトグラフの末端部での分離試料の検出までの時間とどちらととらえても良い。なお、(式1)で示すような掃引方法はリニアグラジエントと呼ばれる。掃引方法は液体クロマトグラフを制御するコンピュータでプログラミングすることができ、図5に示すように、より複雑な掃引方法を行うことも可能である。この例では、分離物質が集中すると期待される中心部のみで、傾きkが低く設定されている。このことにより、多数の分離物質が同時に検出されることを防止できる。
【0039】
また、分離物質があまり検出されない領域では、傾きkを高くすることにより、全体の分析時間を適正化することができる。グラジエント条件(掃引方法)がどのようなものであっても、短い時間範囲では、掃引方法が直線(リニア)に近似することができるので、リニアグラジエントにおける保持時間の補正によれば、保持時間の補正、ひいては液体クロマトグラフ質量分析の精度を高めることができる。なお、図1及び図2に示した実施例、及び他の実施例において、保持時間の補正は専ら上記の方法によって行われるが、保持時間のずれを修正できる方法であれば、他の方法を用いても良い。また、上記の保持時間の補正は、情報処理部によって計算がなされてずれ検出情報としてデータベース制御部へ送信され、データベース制御部によってデータベースへの補正が行われる。
【0040】
本発明における内部データベースは、先述のようにLC/MS分析に使用されることを前提としている。そのため、図17に示すように、検出物質の保持時間情報(すなわち、保持時間に関する情報であるRまたはt)のみならず、質量情報をも含まれる点が特徴である。そのため、図4、5におけるデータ点(●)が非常に密であっても、保持時間情報と質量情報とにより、物質を特定することが可能である。
【0041】
以下では、データの補正方法について、述べる。図4の例では、データベースに保管されている検出物質の保持時間情報tに比較して、実際に検出される保持時間t'が少し遅れる傾向が見られる。このような場合、分析の初期に検出される物質の情報とデータベースに保管されている情報との差(保持時間の差)に基づき、以降に検出が期待される物質の情報(保持時間)を補正することができる。基本的な補正方法としては、(式1)のtやkを変動パラメーターとして、既に検出された物質の情報に対してフィッティングなどを施すことにより、当該フィティング後に検出が期待される物質の情報(保持時間)を補正する方法が挙げられる。そのため、図4の例では、補正後のデータを傾きkの実線より低い傾きの直線(点線)でフィッティングしているが、高次函数でフィッティングしても問題ない。この場合、パラメーター数が増加するが、ずれの急激な変化に対応し易いという特徴がある。
【0042】
また、時間差が短いデータに対する重み付けを重くしてフィッティングすることにより、補正の精度は高くなると考えられる。このような作業を、分析の途中で逐次、即ち、ピークを検出する度、より具体的には内部データベースに登録されているデータ点(物質)に対応するピークを検出する都度、保持時間の補正を実施することが望ましい。)本補正を実施することにより、データベースの高精度補正が可能となり、補正された予測情報(○)に基づき、イオンの同定、イオン選択的な質量分析、具体的には高周波電圧印加による所定イオン(あるいは所定イオン以外のイオン)の質量分析部から排除、それに続く検出イオンに対するデータ依存解析などのタンデム質量分析を実施することが可能となる。また、データベースに保管される情報には、図17に示すように、保持時間情報と質量情報のみならず、それらの誤差も含まれる。質量情報の誤差は、主に質量分析計の質量精度や分解能、イオン強度に基づく価が入力される。
【0043】
一方、保持時間情報の誤差は、クロマトグラフや配管方法、分離カラムなどに依存するため、実際の分析データのずれ具合を検出して入力することになる。典型的な誤差としては、保持時間の1%程度と考えられるが、設定された誤差よりも大きくずれたデータは取り扱うことができなくなるため、その3倍程度の誤差を見込んでおくことが現実的である。また、物質によっては、保持時間の誤差が大きいものがある。そのため、保持時間の誤差が小さい物質が既知であれば、その物質のデータを優先的に利用して、保持時間の補正を実施することが有効である。
【0044】
さらに、保持時間情報と同様に、質量情報の補正も行うことが可能である。即ち、予めデータベースに格納する既知イオン情報として、理論値などによる極めて精度の高い質量情報を格納しておくことにより、実際の検出データとの比較により、質量情報の補正を行うことが出来る。この際、実際の検出データ質量を理論値などによる精度の高い質量情報に補正する。質量分析計が飛行時間型質量分析計やフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計などの比較的質量精度が高いものは、検出イオン情報に基づき、質量分析計の質量数に微妙なずれの時間依存性が見出されると、質量数の補正を行うことができる。この補正作業は、分析の途中(実時間で実施)に実施しても、分析終了後であっても構わない。
【0045】
図6に、システム構成例を示す。なお、本システムでは、分析候補でないイオンを排除するための高周波電圧を印加する高周波電源を用いているが、図1及び図15に記載したシステムに適用する場合には、高周波電源を省いてよい。分離カラムの長さを変更したり、液体クロマトグラフのグラジエント条件を変更する場合には、(式1)におけるR0やkの値を、パソコンなどの入力部より初期値として入力し、データベースを予め補正することができる。また、複数のデータベースが利用できる場合には、使用するデータベースをパソコンなどの表示部や入力部で選択することができる。その後に、分析を開始し、分析を実施しながら、データベースの保持時間情報を補正することができる。このことにより、最初に補正したデータベース内容を実際の分析に即して、さらに微補正を施し、データベース情報の精度を向上させることができる。このことにより、一度作製したデータベースを異なる分離条件においても、有効に活用することができる。また、補正されたデータベースの保存についても、入力部からの入力で実行される。
【0046】
図17に、データベース内容の画面表示例を示す。データベースには名称があり、複数のデータベースを選択することが可能である。また、データベースには、分離条件とイオン情報が含まれる。分離条件は、液体クロマトグラフのグラジエント条件が変更されれば、更新する必要がある。その時に、実際にはイオン情報の保持時間tが分離条件の変更に応じて、一通りの分析が終了した後に更新される。さらに、t'の値は、検出イオンの保持時間に基づき、当該検出イオンが検出された後に検出が予測されるイオンに対して、予測された保持時間として示されるものであり、予測に応じて補正されるものである。この補正を、データベースに含まれるイオンが検出される度に、逐次実施することが望ましい。そして、更新されたデータベースを保存する場合には、更新日時を変更して保存することになる。(初めてデータベースを作成する場合には、作成した日時を保存する)。
【0047】
なお、t'は予測値であるが、tは実測値であり、t'は基本的にはデータベースに含まれるイオンが検出される度に補正を受けて更新されるが、tは一回の分析が終了した時点で更新される。全てのtの値が更新されておれば、t'とtは殆ど一致すると期待され、この状態でデータベースを保存することが望ましい。ところが、分析においてデータベースに登録されているイオンの一部しか検出されなかった場合、tの値に更新されたものと更新されていないものとが混在することになる。その場合、分析を終了した段階でのt'の値をtに入れ替えて、データベースを保存することが望ましい。これにより、検出されなかったイオンについても、予測値t'がtとして保存され、データベース全体としての保持時間情報に関する精度を高めることができる。
【0048】
なお、分析に先立ち、入力部において、利用するデータベースの選択やロード、分析パラメーターの入力してもよい。液体クロマトグラフのグラジエントプログラムから、分離条件情報を自動的に読み取ることは有効である。実際には、A液の混合比率と時間tとの関係をPCなどで入力するが、その入力情報に基づき入力部あるいは情報処理部において溶媒比率Rと時間tとの関係に変換され、データベースと照合させることができる。次に、分析のスタートを画面上で指示することにより、分析は開始される。そして、逐次第一または第二のデータベースに格納された物質の情報と検出イオン情報との比較を行い、保持時間情報にずれが見出される場合には、データベースで検出が期待される物質の保持時間情報を補正する。第一のデータベースに情報が登録されている分析候補イオンに由来するピークを検出する都度、保持時間の補正を実施する。
【0049】
図15に示した実施例における分析のフローの例を図18に示す。ここでは、一つのシーケンスでタンデム分析できる設定回数をNとし、保持時間情報を含み、かつ分析対象イオンについての情報もしくは分析対象外イオンについての情報を有するデータベースを用いて、保持時間情報の補正を行いながら、分析を行う。
なお、分析不要イオンを検出され難くするためには、図16に示したように、情報処理部では質量分析計(MS)に印加する高周波電圧を制御する指示を高周波電圧電源に送信し、1次質量分析の前に第1のデータベースにリストされていない分析対象外イオン、もしくは第2のデータベースのデータと一致する分析対象外イオンを排除して1次質量分析スペクトルを取得する。
【0050】
その結果、第一のデータベースにリストされた分析対象候補物質のイオンが存在すれば、1次質量分析データを取得する際に、分析対象外イオンを排除し、主として第一のデータベースにリストされた分析対象候補物質のイオンのスペクトルからなる1次質量分析スペクトルを入手することができる。さらに、必要に応じて、タンデム質量分析を実施することができる。検出イオンの情報は、逐次データベース格納手段に保存されている第一のデータベースで検索される。2次質量分析の対象とするイオンの種類数は予め決められているため、第一データベース内データと一致したイオンに対して優先的に2次質量分析(タンデム質量分析)を行う指示が情報処理部よりCIDに関与する電源に出される。また、分析対象外イオンが既知の場合には、分析対象候補外物質のデータを記録するための第二のデータベースを先述の第一のデータベースと同様に作成し、1次質量分析時に印加される高周波電圧の制御に用いることができる。
【0051】
さらに、第一のデータベースにリストされているイオンで、分析が完了したイオンの情報は、第二のデータベースに移行させることができる。このことにより、同一イオンを重複して分析することが回避され、より多種類の微量サンプルを分析することが可能となる。2次質量分析した結果とその親イオンの情報により物質の同定が行われる。上記分析のフローの例を図7に示す。ここでは、一つのシーケンスでタンデム分析できる設定回数をNとし、第一のデータベースにリストされたイオンで、S回検出されたものの情報は、第一のデータベース更新により一旦削除する。このようなデータベースの自動更新については、分析を開始する前に、(表示部/入力部の入力画面において)図1における画面操作により指定することができる。非常に微量の分析対象サンプルを分析する場合には、図8に示すように、第一データベースの自動更新(削除)はオフにする方が分析対象サンプルの検出には有利である。
【0052】
また、第二のデータベースを持つ実施例のフローを図9に示す。非常にイオン強度が高いと予想される分析対象外イオンが既知の場合には、分析対象外イオンの情報を第二のデータベースとして先述の第一のデータベースと同様に作成し、1次質量分析時に印加される高周波電圧の制御に用いると便利である。これらフローの設定は、図6における画面操作によりにより行うことが出来る。
【0053】
図10に、本発明の質量分析システムの一実施例に基づく装置構成図を示す。本構成は四重極イオントラップ―飛行時間型質量分析を行うものである。なお以上に記載した質量分析部とは、図10乃至図11におけるイオン輸送部5とイオントラップ6と飛行分析型質量分析計7の組合せ、及び図12におけるイオン輸送部5とイオントラップ6の組合せの各々を中心とする、質量分析に係る構成を指す。イオントラップから排出されたイオンの軌道が飛行時間型質量分析計の加速部においてほぼ直角に曲げられる。この構造は、飛行時間型質量分析計の加速部におけるイオンのエネルギー広がりを低減し、質量分解能を向上させ易いという特徴がある。液体クロマトグラフなどのクロマトグラフにより分離されたサンプルは、イオン源に導入され、気体状イオンに変換される。生成された気体状イオンは、細孔1より差動排気部2に導入される。
【0054】
さらに、細孔3より高真空部4に導入され、気体状イオンは多重極ポールなどで構成されるイオン輸送部5を通過し、イオントラップ6に導入される。イオントラップ6には高周波電圧が高周波電源より供給され、四重極電界によりイオントラップ6の中心部に気体状イオンはトラップされる。分析対象外イオンに対しては、イオン輸送部5で排除するように、イオン輸送部の多重極ポールに高周波電圧を印加することができる。また、イオントラップ6で分析対象外イオンを排除し、分析対象イオンをトラップする高周波電圧をイオントラップ6に印加させてもよい。このように高周波電圧を印加することによって、分析対象外イオンを1次的な質量分析の前に排除することが可能となる。イオン輸送部5に高周波電圧を印加する場合には特に、イオントラップ6に至る前に分析対象外イオンを排除することができるので、空間電荷効果にかかわらず、分析対象イオンを確実にトラップすることができる。
【0055】
図10にでは高周波電源を2つ用いる構成を示したが、いずれか1つを用いる構成としてもよく、この場合には簡易な構成で分析対象外イオンの排除を実行できる。高周波電源を2つ用いる場合には、分析対象外イオンの排除の効率を高めることが可能となる。図10乃至図12に示した実施例においては、高周波電源に関する構成は同様であり、これによって得られる効果も同様である。一定時間トラップされた気体状イオンは、電気的な力により右方に輸送され、飛行時間型質量分析計7のイオン加速部8に導入される。イオン加速部8では、導入された気体状イオンに対し、特定のタイミングでパルス状の高電圧を印加し、気体状イオンを特定の運動エネルギーになるまで加速する。加速された気体状イオンはリフレクター9により軌道の変更を受け、エネルギー収束されて、検出器10で検出される。イオン加速部8から検出器10に至るイオン軌道の長さは一定であり、イオン速度はイオンのm/z(質量/電荷数)が大きいほど低いため、検出器10にはm/zの低いイオンから順次検出される。検出器10の出力は情報処理部に導入され、イオン検出時間に基づいてイオンのm/zが決定される。
【0056】
このようにして得られた1次質量分析結果より、2次質量分析(タンデム質量分析)の対象とするイオンの優先順位を情報処理部で決定する。また、データベースに情報が格納されている物質が検出され、その保持時間情報と実際の保持時間との差がある場合には、検出イオン情報に基づき、以降に検出が期待されるイオンの保持時間情報を補正する。
【0057】
次に、イオントラップ6に導入されるイオンの中から2次質量分析の対象とするイオンだけを単離(アイソレーション)するための高周波電圧をイオントラップ6に印加するため、情報処理部から高周波電源に指示が出される。さらに、単離イオンをCIDなどで解離するための指示が情報処理部から高周波電源に出され、解離したフラグメントイオンがイオントラップ6に生成される。フラグメントイオンは、電気的な力により右方に輸送され、飛行時間型質量分析計7のイオン加速部8に導入される。イオン加速部8では、導入された気体状イオンに対し、特定のタイミングでパルス状の高電圧を印加し、気体状イオンを特定の運動エネルギーになるまで加速する。加速された気体状イオンはリフレクター9により軌道の変更を受け、検出器10で検出される。検出器10の出力は情報処理部に導入され、イオン検出時間に基づいてイオンのm/zが決定される。
【0058】
このようにして、2次質量分析が実現する。一定数の優先順位付けされた2次質量分析対象イオンは、その優先順位に従い、順次2次質量分析が行われる。
なお、情報処理部はPCなどの計算機であり、時間の計測が可能である。そのため、保持時間計測部は、実質的に情報処理部とともに計算機で対応させることができる。
【0059】
イオントラップ6には、四重極イオントラップの代わりに、図11に示すような四重極ポールなどから構成されるリニアイオントラップを用いても構わない。本実施例は図10の四重極イオントラップと機能は同等だが、一度にトラップできるイオンの量を増加させることができる点が特徴的である。リニアイオントラップには、分析対象外イオンを除去し、分析対象イオンはトラップできる高周波電圧を印加する。
【0060】
また、図12に示すように、質量分析計は四重極イオントラップ質量分析計(あるいはリニアイオントラップ)だけにすることも可能である。液体クロマトグラフなどの液体分離部により分離されたサンプル溶液は、イオン源に導入され、気体状イオンに変換される。生成された気体状イオンは、細孔1より差動排気部2に導入される。さらに、細孔3より高真空部4に設置されたイオン輸送部5を通過し、イオントラップ6に導入される。イントラップ6には高周波電圧が高周波電源より供給され、イオントラップ6の中心部に気体状イオンはトラップされる。イオントラップ6には、分析対象外イオンを除去し、分析対象イオンはトラップできる高周波電圧が印加される。一定時間トラップされた気体状イオンは、イオントラップ6に印加される高周波電圧を連続的に変化させることにより、イオンのm/zに応じてイオントラップ6より排出され、検出器10で検出される。検出器10の出力は情報処理部に導入され、イオン検出時間によりイオンのm/zを決定(1次質量分析)することができる。図2の例と同様に、2次質量分析を行うこともできる。
【0061】
また、データベースに情報が格納されている物質が検出され、その保持時間情報と実際の保持時間との差がある一定値を超えている場合には、検出イオン情報に基づき、以降に検出が期待されるイオンの保持時間情報を補正する。飛行時間型質量分析計に比較して、四重極イオントラップ(あるはリニアイオントラップ)では質量分析範囲や質量分解能、質量精度は低い傾向があるが、装置が小型化でき、高感度な分析が可能である。
【0062】
図10、11、12に示された実施例においては、情報処理部からの指示を受けて高周波電圧を印加することにより、分析対象外イオンを1次質量分析前に除去し、分析したい微量成分について確実に質量分析が行われる。特に図11に示されたリニアトラップを用いる場合には、リニアトラップは例えば図2の四重極イオントラップと比較して容量が2桁高いものであるため、微量成分をより確実に質量分析することができる。これまで述べた本発明による技術は、高周波電界を用いる質量分析計ならば、全ての質量分析計に適用可能であり、例えば四重極質量分析計-飛行時間型質量分析計(q-TOF)、三連四重極質量分析計(トリプルQ)などに適用できる。また、質量分析計が四重極イオントラップ、リニアイオントラップ、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICRMS)の場合、同様の操作により、高次のタンデム質量分析{MS(n=3、4、、)}を行うことも可能である。また、高周波電圧を印加して分析対象外イオンを除去せずに、タンデム質量分析の対象から除外するだけでも、特にクルードなサンプルの分析には有効である。
【0063】
図13に、本発明のさらに別の質量分析システムの一実施例に基づく装置構成図を示す。本実施例は、二次元液体クロマトグラフィー/質量分析システムである。一次元目の液体クロマトグラフカラム(LCカラム)にインジェクションバルブより液体サンプルが導入されるが、移動相溶液にグラジエントをかけるために、二つの液体リザーバー1に用意された移動相溶液2種類がポンプ1によりトータルで一定流量になるように混合され、インジェクションバルブに導入される。LCカラムで分離された液体サンプルは逐次スイッチングバルブ13に導入され、トラップカラムで吸着される。トラップカラムでの吸着を一定時間行うと、ポンプ1は停止する。次に、別の二つの液体リザーバー2に用意された移動相溶液2種類が2台のポンプ2により液体流量を調節されて、トラップカラムに導入される。
【0064】
そして、トラップカラムに吸着された分離サンプルを溶出させ、二次元目液体クロマトグラフカラム(LCカラム)に導入され、さらに分離される。分離サンプルは逐次質量分析装置に導入され、質量分析される。分離終了後、ポンプ2は停止し、ポンプ1が動作する。一次元目LCカラムで分離される液体サンプルは、トラップカラムで一定時間吸着され、二次元目LCカラムで分離され、質量分析される。このようにして、二次元的にLC分離された液体サンプルは、逐次質量分析される。混合しているサンプルの種類が少ない場合には、一次元のLCだけで分離するLC/MS分析で対応可能だが、サンプルに含まれる物質の種類が非常に多い場合には二次元LCでも完全に分離することは出来ず、MSに導入される分離サンプルは混合物であることが多い。先に述べたように、同一サンプルに対してタンデム質量分析できるイオンの種類には限りがあり、微量サンプルの場合には分析対象物質を優先的にタンデム質量分析することが特に有効である。この場合、保持時間の補正は、分析ごとに実施することが望ましい。
【0065】
分析対象物質が予め明確化されており、分析サンプル数が多い場合には、LCカラムを並列処理することにより、高スループット分析を行うことができる。図14に示す実施例では、LC/MS分析を行うが、LC及びイオン源が2つ並列に用いられている。分析対象物質のLC溶出時間が予測できれば、LC分析の開始時間をずらすことにより、分析対象物質由来の気体状イオンが生成される時間をずらすことができる。即ち、イオン源1より生成される分析対象物質由来の気体状イオンを分析した後、イオン源2より生成される分析対象物質由来の気体状イオンを分析する。イオン源と質量分析装置との結合部では、複数のイオン源を時間的に切り替える。イオン源とLCカラムは一体化されていても構わない。別の方法としては、イオン源は一台に固定し、イオン源に導入される分離液体サンプルをバルブなどで切り替える方法があるが、LC末端からイオン源までの距離が長くなり、イオン生成時に分離度が低下する可能性がある。このようなLCの並列処理では、分析対象物質由来の気体状イオンを分析しない待ち時間(1時間程度)を有効活用でき、高スループット分析に有利である。本実施例では、並列処理数が2だが、数を増加させても構わない。複数種類の物質を分析することも可能とするため、イオン源の移動時間と第一のデータベースにリストされた分析対象イオンとの対応やLC分析の開始時間を予め入力部で指定しておくことが便利である。
【0066】
図19(a)-(c)に、本発明による典型的なイオン強度の経時的変化(マスクロマトグラム)の例を示す。本例では多数の種類のイオンが常に検出されている。図19(a)は保持時間がずれていない場合の例である。一方、図19(b)(c)は、あるピークの保持時間がtからt’にずれた場合の例である。
【0067】
図20(a)は、図19(a)における保持時間tの時に得られる質量スペクトルを示す。図20(b)は、図19(b)の状態の場合に、保持時間情報が補正されずに取得した質量スペクトル、即ち、保持時間tの時に取得した質量スペクトルであって、図20(a)と全く異なったものとなっている。そのため、保持時間tでピークが得られるはずであった物質の質量スペクトルが取得できておらず、内部データベース情報を活かしたタンデム質量分析を行なうことは困難である。図20(c)は、図19(b)の状態で本発明における保持時間の補正を実施した場合に取得した質量スペクトル、即ち、保持時間t'のときに取得した質量スペクトルである。保持時間がtからt’にずれているにも係らず、図20(a)とほぼ同一の質量スペクトルを取得できており、内部データベースを活かしたタンデム質量分析が可能となる。
【0068】
図19(c)は、図19(a)の保持時間tに検出されるイオン強度の高いイオン(図20(a)中、太線で表示)が分析対象外イオンとしてデータベースに登録されている場合であって、このイオンに対する高周波電界による排除が補正された保持時間に基づくタイミングで実行された場合である。ここでは、分析対象外イオンは、保持時間t'を中心とする破線で示すピークのように、微弱なイオンとして検出される。このイオンは、データベースの補正に利用することができるが、タンデム質量分析の対象からは除外される。図20(d)は、この場合における保持時間t'のときに取得した質量スペクトルであり、同時に検出される他のイオンがより強く検出されることが示されている。この理由は、図3に示すように、イオン量が非常に多い分析対象外イオンを排除したために、空間電荷効果が緩和され、他のイオンの検出効率が向上したためである。以上のように、保持時間がtからt’にずれているにもかかわらず、内部データベースを活かしたタンデム質量分析が可能となる上、分析対象外イオン以外の他のイオンの検出効率が向上されている。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図2】本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図3】イオントラップにおけるイオンのトラップに関する模式図。
【図4】溶媒比率の時間依存性の例。
【図5】溶媒比率の時間依存性の例。
【図6】本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図7】本発明の一実施例に基づくクロマトグラフ/質量分析システムの分析フローの例。
【図8】本発明の一実施例に基づくクロマトグラフ/質量分析システムの分析フローの例。
【図9】本発明の一実施例に基づくクロマトグラフ/質量分析システムの分析フローの例。
【図10】四重極イオントラップ飛行時間型質量分析計を用いた本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図11】四重極リニアイオントラップ飛行時間型質量分析計を用いた本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図12】四重極イオントラップ質量分析計を用いた本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図13】本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図14】本発明の一実施例に基づく質量分析システムの装置構成図。
【図15】本発明の一実施例に基づく保持時間情報に関する処理フローの例。
【図16】本発明の一実施例に基づく保持時間情報に関する処理フローの例。
【図17】本発明のデータベース内容の画面表示例。
【図18】本発明の一実施例に基づく保持時間情報に関する処理フローの例。
【図19】本発明による典型的なイオン強度の経時的変化の例。
【図20】本発明による典型的な質量スペクトルの例。
【符号の説明】
【0070】
1:細孔、2:差動排気部、3:細孔、4:高真空部、5:イオン輸送部、6:イントラップ、7:飛行時間型質量分析計、8:イオン加速部、9:リフレクター、10:検出器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の物質の質量及び保持時間情報を格納するデータベースと、
試料を分離するクロマトグラフと、
分離された試料をイオン化するイオン源と、
前記イオン源でイオン化された試料の質量分析を行う質量分析部と、
前記質量分析部の分析結果を検出する検出部と、
前記検出部の検出結果から前記試料の保持時間を計測する保持時間計測部と、
前記保持時間計測部で計測された保持時間と、前記データベースに格納された前記保持時間情報との比較処理を行う情報処理部と、
前記比較処理の結果に基づいて、前記保持時間情報を補正するデータベース制御部とを有し、
前記情報処理部は前記比較処理の結果に基づいて前記質量分析を制御することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
前記試料の質量及び前記保持時間情報は、予め定めた分析対象物質の質量及び保持時間情報であることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
前記試料の質量及び前記保持時間情報は、予め定めた分析対象外物質の質量及び保持時間情報であることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
前記情報処理部は、前記質量分析部から入力される前記イオン化された試料の質量の情報と、補正された保持時間情報とに基づいて、前記分離された試料を同定することを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項5】
前記質量分析部に高周波を印加する高周波電源をさらに有し、前記情報処理部は、前記質量分析部から入力される前記イオン化された試料の質量の情報と、補正された保持時間情報とに基づいて、前記高周波電源に高周波印加の指令を送信することを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項6】
前記保持時間情報は、保持時間予測値と保持時間実測値とを含み、前記保持時間予測値は、前記検出部が前記複数の物質を検出したときに、前記データベース制御部によって補正されるものであることを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項7】
前記情報処理部は、前記液体クロマトグラフにおける溶媒比率と前記試料の保持時間との関係式を更新して、前記保持時間予測値を計算することを特徴とする請求項6に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項8】
前記データベースを複数有し、複数の前記データベースを表示するための表示部と、前記データベ―スの選択を行うための入力部とを有することを特徴とする請求項6に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項9】
前記質量分析部は、ダンデム質量分析を行うことを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項10】
クロマトグラフで試料を分離する工程と、
分離された試料をイオン化する工程と、
イオン化された試料の質量分析を行う工程と、
前記試料の保持時間を計測し、前記保持時間とデータベースに収められた前記分離された試料の保持時間情報とのずれを検出する工程と、
前記検出の結果に基づいて前記データベースに収められた複数の物質の保持時間情報を各々補正する工程と、
補正された保持時間情報を用いて前記分離された試料を同定する工程とを有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項11】
同定する工程の同定結果に基づいて、前記分離された試料が分析対象試料であるか否かを判断する工程をさらに有することを特徴とする請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項12】
前記複数の物質は分析対象物質もしくは分析対象外物質であることを特徴とする請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項13】
前記同定する工程では、前記データベースに収められた前記複数の物質の質量をも用いることを特徴とする請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項14】
クロマトグラフで試料を分離する工程と、
分離された試料をイオン化する工程と、
イオン化された試料の質量分析を行う工程と、
前記試料の保持時間を計測し、前記保持時間とデータベースに収めた保持時間情報とのずれを検出する工程と、
前記検出の結果を用いて前記データベースに収められた複数の物質の保持時間情報を各々補正する工程とを有し、
前記質量分析を行う工程では、予め定めた分析対象外物質のイオンを高周波印加により排除した後に質量分析を行い、前記高周波は補正された保持時間情報に基づいて定められたタイミングで印加されることを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
前記複数の物質は分析対象外物質であり、前記予め定めた分析対象外物質は前記保持時間情報を前記データベースに収められたものであることを特徴とする請求項14に記載の質量分析方法。
【請求項16】
前記複数の物質は分析対象物質であり、前記予め定めた分析対象外物質は前記保持時間情報を前記データベースに収められていないものであることを特徴とする請求項14に記載の質量分析方法。
【請求項17】
前記試料は生体からの抽出サンプルであることを特徴とする請求項10又は請求項14に記載の質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−53004(P2006−53004A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−234015(P2004−234015)
【出願日】平成16年8月11日(2004.8.11)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】