説明

質量分析装置

【課題】イオン化されなかった又は途中で中性化された分子が検出器に入射することによるバックグラウンドノイズを低減する。
【解決手段】高真空状態に維持される分析室21内で四重極質量フィルタ22、23の手前に紫外光照射ランプ25を配設し、到来するイオンを主とする粒子流に高エネルギーの紫外光を照射する。粒子流にはイオン化室11内でイオン化されなかった試料分子や一旦イオンになったものの輸送途中で中性化された分子が混じっているが、こうした分子は紫外光の照射を受けてイオン化する。したがって、四重極質量フィルタ22、23に導入される分子の量を減らすことができ、それによってバックグラウンドノイズを抑えることができる。また、イオンの量が増加することで感度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、当該装置単体のほか液体クロマトグラフやガスクロマトグラフの検出器としても利用される質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置では、イオン源において試料分子や原子をイオン化し、発生したイオンを四重極質量フィルタなどの質量分離器により質量数(質量電荷比)に応じて分離した後に検出器により検出する構成となっている。例えば質量分析装置を液体クロマトグラフの検出器とした液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、液体クロマトグラフのカラムから溶出する液体試料に含まれる各種試料成分をイオン化するために、エレクトロスプレイイオン源や大気圧化学イオン源などのイオン源が利用されている。
【0003】
こうしたイオン源では導入された全ての試料分子が必ずしもイオン化されるとは限らず、一部の試料分子はイオン化されないまま後段に輸送される場合がある。特にLC/MSのように液体状の試料をイオン化する場合、気体状の試料よりもイオン化されにくいため、イオン化されていない試料分子が比較的多く後段に送られる傾向にある。また、イオン化部で生成されたイオンも静電レンズなどのイオン光学系の電場の作用により輸送される間に、電子を取り込んで中性化して分子に戻ってしまう場合がある。上述したようにイオン源でイオン化されなかったり途中で分子に戻ってしまったりした試料分子が四重極質量フィルタに導入されると、電荷を有さない分子は四重極質量フィルタ内の電場の影響を受けないためにそのまま通り抜ける。こうした中性の試料分子が検出器に到達するとバックグラウンドノイズとなる。
【0004】
従来、こうした電荷を持たない粒子が検出器に到達することを防止するために、例えば特許文献1に記載の質量分析装置のように、四重極質量フィルタを通過して来るイオンの光軸からずらした位置に検出器を配置している。即ち、イオン光軸を挟んで対向してコンバージョンダイノードと電子増倍管とを配置し、四重極質量フィルタを通り抜けアパーチャを通過して来たイオンの軌道を電場の作用により曲げてコンバージョンダイノードに誘引し、コンバージョンダイノードに当たったイオン量に応じて放出される二次電子を電子増倍管に入射して検出信号を出力させる。この構成によれば、コンバージョンダイノードの電場の作用を受けない中性の分子などは直進して消滅するため、バックグラウンドノイズ低減の効果がある。
【0005】
しかしながら、上記従来の方法では、本来、イオンとして分析対象とすべきものが分子として排除されることになるため、検出感度や精度の点で不利になる。また、四重極質量フィルタの内部では電場の影響を受けない分子はイオン光軸近傍に集まり易いため、振動しながら進むイオンの進行の妨げとなって質量分析精度(例えば分解能など)を低下させるおそれもある。
【0006】
【特許文献1】特開平10−116583号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、簡単な構成により、四重極質量フィルタ等の質量分離器に入射する中性分子の量を減らす一方、逆に質量分離器に入射するイオンの量を増加させることにより、分析感度や分析精度の向上を図ることができる質量分析装置を提供することにある。また、本発明の別の目的は、光軸ずらしの検出器などを用いなくても、検出器への中性分子の入射によるバックグラウンドノイズの低減を図ることができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料分子をイオン化するイオン化部、イオンを質量数に応じて分離する質量分離器、該質量分離器により質量数毎に分離されたイオンを検出する検出器、前記イオン化部で生成されたイオンを前記質量分離器まで輸送するイオン光学系、を有する質量分析装置において、
前記イオン光学系と前記質量分離器との間の空間を通過するイオンを含む粒子流に対し紫外光を照射する紫外光照射手段を備えることを特徴としている。
【0009】
ここで質量分離器は、例えば四重極質量フィルタ、飛行時間型質量分離器、磁場型質量分離器など、各種の形態のものとすることができるが、特に四重極質量フィルタに有効である。
【0010】
本発明に係る質量分析装置において、質量分離器に入射してくる粒子流はイオンが殆どであるものの、もともとイオン源でイオン化されなかった試料分子や一旦はイオン化されたものの途中で中性化されてしまった分子などが混じっていることがある。紫外光照射手段により粒子流に照射される高エネルギーの紫外光はその光子の作用により、上記のように粒子流に混じっている分子をイオン化する。即ち、ここで光イオン化を行う。したがって、電荷を持たない分子が質量分離器に導入されることが抑制されるので、こうした分子による質量分離器内部でのイオンの挙動に対する妨げを軽減できる。また、質量分離器に導入されるイオン量が増加するので、質量分離器で選別されて検出器に到達するイオン量も増加する。さらにまた、質量分離器に入射する手前で粒子流に混じっている分子がイオン化されるため、検出器が軸ずらしの構造でなくても入射する中性分子が減少してバックグラウンドノイズを低減することができる。
【0011】
また、紫外光照射手段による紫外光の照射位置から質量分離器の入射口までのイオンの飛行距離が長いと、紫外光の照射によってイオン化された分子も再び中性化される確率が高くなる。こうしたことから、本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記イオン化部は略大気圧雰囲気であるイオン化室内に設けられ、前記質量分離器及び前記検出器は高真空雰囲気である分析室内に設けられ、前記イオン化室と前記分析室との間には、段階的に真空度を高めるための1乃至複数の中間真空室が配置され、前記紫外光照射手段は前記分析室内に配置される構成とするのが好ましい。
【0012】
この構成によれば、紫外光照射位置から質量分離器の入射口までの飛行経路が短いので質量分離器に入射するまでにイオンが中性化する機会を減らして上記のような効果を一層高めることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る質量分析装置によれば、試料分子などの中性分子が質量分離器に入射することを軽減し、その代わりにイオン量を増加させることができるので、分析感度や分析精度を向上させることができる。また、検出器に入射する中性分子を減らすことができるため、これに起因するバックグラウンドノイズを低減して分析精度や分析感度を向上させることができる。また、本発明に係る質量分析装置では、紫外線照射ランプなどを追加して設置すればよいだけであるので、構成も簡単であってコスト増加も抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置について図面を参照して説明する。本実施例の質量分析装置はLC/MSの一部であり、イオン化部として大気圧イオン化法の1つであるエレクトロスプレイイオン化法を利用したものである。この前段には液体クロマトグラフのカラム出口が接続される。
【0015】
図1は本実施例による質量分析装置の概略構成図である。この質量分析装置では、図示しない液体クロマトグラフのカラム出口端に接続されたノズル12が配設されたイオン化室11と、プレ四重極質量フィルタ22、主四重極質量フィルタ23、及び検出器26が配設された分析室21との間に、それぞれ隔壁で隔てられた第1中間真空室14と第2中間真空室18とが設けられている。イオン化室11と第1中間真空室14との間は細径の脱溶媒パイプ13を介して連通しており、第1中間真空室14と第2中間真空室18との間はスキマー16の頂部に設けられた極小径の通過孔(オリフィス)17を介して連通しており、第2中間真空室18と分析室21との間は隔壁20に設けられた小開口を介して連通している。
【0016】
本発明におけるイオン源であるイオン化室11の内部は、ノズル12から連続的に供給される液体試料の気化分子によりほぼ大気圧雰囲気(約105[Pa])になっており、次段の第1中間真空室14の内部はロータリポンプ27により約102[Pa]の低真空状態まで真空排気される。また、その次段の第2中間真空室18の内部はターボ分子ポンプ28により約10-1〜10-2[Pa]の中真空状態まで真空排気され、最終段の分析室21内は別のターボ分子ポンプ29により約10-3〜10-4[Pa]の高真空状態まで真空排気される。即ち、イオン化室11から分析室21に向かって各室毎に真空度を段階的に高くした多段差動排気系の構成とすることによって、最終段の分析室21内を高真空状態に維持している。
【0017】
第1中間真空室14及び第2中間真空室18の内部にはそれぞれ構造は相違するものの、いずれもイオンを後段に効率良く輸送するためのイオン光学系が配設されている。即ち、第1中間真空室14内には複数(4枚)の板状電極を傾斜状に3列に配置した第1レンズ電極15が設けられており、この電極15により形成する電場によって脱溶媒パイプ13を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー16のオリフィス17近傍に収束させる。また第2中間真空室18内には、イオン光軸Cを取り囲むように8本のロッド電極を配置したオクタポール型の第2レンズ電極19が設けられており、これによりイオンは収束されて分析室21へと送られる。
【0018】
さらに本実施例の質量分析装置に特徴的な構成として、分析室21内にあって隔壁20とプレ四重極質量フィルタ22との間の空間には、イオン光軸Cに沿って到来するイオンを主とする粒子流に紫外光を照射するための紫外光照射ランプ25が配設されている。この紫外光の波長は例えば遠紫外領域(10〜190nm)であり、エネルギーはイオン化対象の成分のイオン化電圧よりも高い必要がある。一般的にクリプトンランプやキセノンランプを用いることができる。
【0019】
第1レンズ電極15、第2レンズ電極19、四重極質量フィルタ22、23はそれぞれ電源部31、32、33より所定の電圧が印加され、特に四重極質量フィルタ22、23には選別する質量数に応じて所定の高周波電圧を所定の直流電圧に加算した電圧が印加されるようになっている。また、紫外光照射ランプ25には駆動部34により駆動電流が供給され、電源部31、32、33や駆動部34の動作はマイクロコンピュータを中心に構成される制御部30により統括的に制御される。なお、図1に記載のもの以外にも、各部には所定の電圧(主として直流電圧)が印加されるようになっているが、図面が繁雑になるため記載を省略している。
【0020】
次に、本実施例の質量分析装置の動作を説明する。ほぼ連続的に供給される液体試料はノズル12の先端から電荷を付与されながらイオン化室11内に噴霧(エレクトロスプレイ)され、液滴中の溶媒が蒸発する過程で試料分子はイオン化される。イオンが入り混じった微細液滴はイオン化室11と第1中間真空室14との差圧により脱溶媒パイプ13中に引き込まれ、加熱されている脱溶媒パイプ13を通過する過程でさらに溶媒の気化が促進されてイオン化が進む。第1中間真空室14内に配設された第1レンズ電極15により形成される電場の助けを受けてイオンは第1中間真空室14内に入り、収束されてオリフィス17を通して第2中間真空室18に送られる。第2中間真空室18内ではオクタポール型の第2レンズ電極19により形成される電場の作用により、さらにイオンは収束されて分析室21へと送られる。
【0021】
但し、イオン化室11内でイオンされなかった試料分子の一部がイオン群に混じり、またイオンの一部は上記のような輸送の途中で電子と接触して該電子を取り込んで中性化されて分子に戻ることがある。特に、本実施例のような比較的低い真空度(高いガス圧)の雰囲気中をイオンが飛行してくる場合には残留ガス分子等との衝突の機会が相対的に多く、相対的に中性化が起こり易い。こうしたことのために、分析室21に導入される粒子流はイオンが主であるものの、試料分子などが混じっていることがある。
【0022】
このように分子が混じっている粒子流が領域24に達すると紫外光照射ランプ25による紫外光の照射を受ける。すると、その光子に作用により分子のイオン化が促進されるため、粒子流中に存在する分子は効率良くイオン化されて、その状態で粒子流はプレ四重極質量フィルタ22、主四重極質量フィルタ23に導入される。このとき、もし電荷を有さない分子のままであれば四重極質量フィルタ22、23による電場の影響を受けないために直進するが、電荷を有するイオンは電場の影響を受けるため、各ロッド電極に印加されている電圧により決まる特定質量数を有するイオンのみが四重極質量フィルタ22、23の長軸方向の空間を通り抜け、それ以外の質量数を持つイオンは途中で発散する。そして、四重極質量フィルタ22、23を通り抜けたイオンは検出器26に到達し、検出器26ではそのイオン量に応じたイオン強度信号を出力する。
【0023】
以上のように本実施例による質量分析装置では、分析室21内でプレ四重極質量フィルタ22の手前に配設された紫外光照射ランプ25から照射される紫外光の作用により、元々イオン化しなかった試料分子や一旦イオンになった後に中性化してしまった分子などがイオン化され、分子の量が低減された状態で四重極質量フィルタ22、23に導入される。四重極質量フィルタ22、23においては電荷を有するイオンは、そのときの印加電圧に応じた特定質量数を有するイオンのみが通り抜け、他のイオンは発散するので正確に分別される。電場の影響を受けない分子は少ないので、検出器26に到達する分子の量も少なくなり、これに起因するバックグランドノイズを低減させることができる。また、紫外光を照射しない場合に比べて質量分析に供されるイオン量が増加するので、検出器26に到達するイオン量も増加し、質量分析感度や精度の向上に有利である。
【0024】
前述のように、紫外光の照射によるイオン化は試料成分にそのイオン化電圧より高いエネルギーを持つ光を照射する必要があるため、使用するランプのエネルギーによってイオン化できるものが限られる。一般にLC/MSでは時間経過に伴って質量分析装置に導入される試料成分が変化するが、紫外光照射によりイオン化ができないような試料成分が導入されているときには紫外光照射ランプ25を点灯しておくのは無駄であり、ランプ25の寿命を縮めることにもなる。そこで、予め質量分析装置に導入される試料成分の種類が分かっている場合には、制御部30は紫外光照射によるイオン化が可能である試料成分が導入されるタイミングに限って紫外光照射ランプ25を点灯させ、それ以外の期間にはランプ25を消灯するように駆動部34を制御するようにしてもよい。
【0025】
また、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。例えば、上記実施例は液体クロマトグラフから与えられる液体試料をイオン化するものであったが、本発明に係る質量分析装置はガスクロマトグラフ質量分析装置にも適用できるし、単体の分析装置として使用する場合にも適用できることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0027】
11…イオン化室
12…ノズル
13…脱溶媒パイプ
14…第1中間真空室
15…第1レンズ電極
16…スキマー
17…オリフィス
18…第2中間真空室
19…第2レンズ電極
20…隔壁
21…分析室
22…プレ四重極質量フィルタ
23…主四重極質量フィルタ
24…領域
25…紫外光照射ランプ
26…検出器
27…ロータリポンプ
28、29…ターボ分子ポンプ
30…制御部
31、32、33…電源部
34…駆動部
C…イオン光軸


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料分子をイオン化するイオン化部、イオンを質量数に応じて分離する質量分離器、該質量分離器により質量数毎に分離されたイオンを検出する検出器、前記イオン化部で生成されたイオンを前記質量分離器まで輸送するイオン光学系、を有する質量分析装置において、
前記イオン光学系と前記質量分離器との間の空間を通過するイオンを含む粒子流に対し紫外光を照射する紫外光照射手段を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記イオン化部は略大気圧雰囲気であるイオン化室内に設けられ、前記質量分離器及び前記検出器は高真空雰囲気である分析室内に設けられ、前記イオン化室と前記分析室との間には、段階的に真空度を高めるための1乃至複数の中間真空室が配置され、前記紫外光照射手段は前記分析室内に配置されることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。


【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−285789(P2007−285789A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−111563(P2006−111563)
【出願日】平成18年4月14日(2006.4.14)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】