説明

質量分析装置

【課題】樹脂部品中に含まれる臭素系難燃剤を簡便な方法で、迅速に、より正確に検出する。
【解決手段】イオン付着質量分析装置の試料容器の下部に小さい収容部を設けて分析標準物質を入れ、小さい収容部の上に分析試料を置き、分析標準物質からの検出ガスを分析試料に接触させてから質量分析に供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばプラスチック、ゴム、及び織物等の部品の可燃性物質に臭素系難燃剤として添加された特にデカブロモジフェニルエーテルを検出する質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器、電気機器等に使用されるプラスチック、ゴム等の樹脂部品等の可燃性材料には、その燃焼速度を減少または抑制させるために、例えば臭素系難燃剤が添加されている。この臭素系難燃剤の代表的な例として、ポリ臭素化フェニルエーテルの1種であるデカブロモジフェニルエーテル(DecaBDE)があげられる。
【0003】
PBDEは、欧州のブルーエンジェルマーク(BEM)、TCO−95,ホワイトスワン等のエコラベルや電子機器廃棄物指令案(RoHS)により規制されている。このため、使用済み電子機器から取り出された部品から、PBDEが含まれている樹脂部品を選別する必要がある。
【0004】
例えば特許文献1には、樹脂材料に添加されている臭素系難燃剤を分析するイオン付着質量分析装置(IA−MS)が開示されている。
【0005】
上述のイオン付着質量分析装置を用いると、従来の質量分析装置よりも、格段に速く臭素系難燃剤を検出することができる。
【0006】
しかしながら、プラスチック、ゴム等の樹脂部品に含まれた微量な充填物質例えば銅、白金等の触媒作用により、PBDEの末端基が酸化反応、置換反応等を起こすと、所定の質量数域におけるピーク強度が低下、あるいはピークが現れないことがあった。また、装置の不具合等により、イオン化質量分析が正常に行われないと、所定の質量数域でピークが現れない。このように、従来は、分析試料にPBDEが含まれているにもかかわらず、これを検出することができない場合があるという問題があった。このため、より正確に臭素系難燃剤を検出する方法が望まれていた。
【特許文献1】特開平5−60705号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みて成されたもので、樹脂部品中に含まれる臭素系難燃剤を簡便な方法で、迅速に、より正確に検出することが可能な質量分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の質量分析装置は、分析試料、及び被検出物質に応じた分析標準物質を収容した試料容器、該試料容器を加熱して該分析試料及び該被検出物質から検出ガスを得るための加熱機構、及び該検出ガスに付着して、該検出ガスをイオン化検出ガスにせしめる金属イオンを提供する金属イオン放出体が設けられたイオン化室、及び
該イオン化検出ガスを質量分別する質量分析器、及び質量分別されたイオン化検出ガスを検出する電子倍増管を備えた質量分析室を具備する質量分析装置であって、
前記試料容器は、底部が閉塞され、上端に第1の開口を有し、前記分析標準物質が収容された第1の収容部と、該第1の収容部上に設けられ、該第1の開口を底部の少なくとも一部に有し、上端に該第1の開口よりも大きい第2の開口を有し、該第1の開口を通して導入される前記分析標準物質からの検出ガスと接触する位置に前記分析試料が設けられた第2の収容部を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の質量分析装置を用いると、樹脂部品中の臭素系難燃剤を簡便な方法で、迅速に、より正確に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、イオン付着質量分析装置の改良、特に、イオン付着質量分析装置に試料を導入するための試料容器の形状、及び試料と標準物質との配置を改良したものである。
【0011】
以下、図面を参照し、本発明を具体的に説明する。
【0012】
図1は、本発明に係るイオン付着質量分析装置の構成を表す概略図である。
【0013】
また、図2は、図1に示すダイレクトプローブを拡大して表す図を示す。
【0014】
本発明の質量分析装置40は、イオン化室11、質量分析室13、及びイオン化室11と質量分析室13の間に設けられた差動排気室12を含む。イオン化室11と差動排気室12の間、差動排気室12と質量分析室13の間は、各々開孔を有する第1の仕切り板18、第2の仕切り板22で仕切られており、各開孔19,23を通して検出ガスが移動できるようになっている。
【0015】
イオン化室11には、分析試料、及び被検出物質に応じた分析標準物質を収容した試料容器10を設置し得るダイレクトプローブ14、試料容器10を加熱して分析試料及び被検出物質から検出ガスを得るための加熱機構15例えば赤外ランプ、赤外レーザ等、及び検出ガスに付着して、検出ガスをイオン化検出ガスにせしめる金属イオン例えばLiを提供する金属イオン放出体16が設けられている。金属イオン放出体16には、加熱用フィラメント17が挿入されている。金属イオンとしては、本発明の一実施態様ではLiが使用される。その他、例えばK、Na、Rb、Cs、Al、Ga、及びIn等を使用することができる。
【0016】
図2に示すように、試料容器をイオン化室に導入するためのダイレクトプローブ14には、複数の試料容器10を設置することが可能であり、1つの分析試料の分析が完了した後、ダイレクトプローブ14を一定距離スライドするだけで、後続の分析試料をすぐにイオン化室に導入することができるようになっている。
【0017】
この差動排気室12は、10ないし1000Paであるイオン化室11と、1×10−3Pa以下である質量分析室13を真空的に接続する役割を担っており、0.1ないし1Paの圧力となっている。差動排気室12には、集束レンズ24が設けられている。集束レンズ24は、静電界を利用した静電レンズである。また、差動排気室12には真空ポンプ21例えばターボポンプ(TMP)が接続されている。この真空ポンプ21で差動排気室12内部を排気すると、開孔19を通ってイオン化室11内部も同時に例えば100Pa迄排気される。これにより、イオン化室11から差動排気室12への検出ガス等の流れが生じる。
【0018】
質量分析室13には、イオン化検出ガスを質量分別する例えばQポール型質量分析器31、及び質量分別されたイオン化検出ガスを検出する電子倍増管35が設けられている。また、質量分析室にもまた真空ポンプ21が接続されており、例えば10−3Paまで排気され得る。質量分析器は、Qポール型のみならず、三次元(3D)型、磁場セクター型、TOF(飛行時間)型、及びイオン・サイクロトロン・レゾナンス(ICR)型等を使用することができる。
【0019】
本発明に用いられる分析試料は必要に応じて所望の大きさにカットするだけで、複雑な前処理を施す必要がなく、予め分析標準物質を収容した試料容器内に、直接入れるだけで、質量分析を行うことができる。質量分析装置に入れられた分析試料は、加熱機構により加熱され、分析標準物質及び分析試料から検出ガスが熱抽出される。この検出ガスに金属イオン放出体16から出た金属イオンが付着してイオン化検出ガス(アダクトイオン)となる。イオン化検出ガスは、集束レンズ20を通過して移動し、Qポール型質量分析器内で質量毎に分別され、電子倍増管35の入り口に捕らえられて、検出される。
【0020】
図3に、図2のダイレクトプローブに設置される試料容器の一例の構成を表す概略を表す図を示す。
【0021】
図示するように、本発明に使用される試料容器10は、分析標準物質1を収容する第1の収容部31と、その上に設けられ、分析試料2を収容する第2の収容部32とを有する。
【0022】
第1の収容部31は、底部が閉塞され、上端に例えば直径1ないし2mmの第1の開口33により開放された直径1ないし2mm長さ2mmの円筒形状を有する。第1と第2の収容部31,32は、第1の開口33により接続されている。
【0023】
第2の収容部32は、第1の開口33を底部の少なくとも一部に有し、上端に第1の開口33よりも大きい例えば直径4ないし5mmの第2の開口34、長さ5mmの円筒形状を有する。分析標準物質1からの検出ガスは、第1の開口33を通して第2の収容部32に導入される。分析試料2は、例えば直径4mmの円盤形に切り出されており、導入される検出ガスと接触する位置に例えば第1の開口33上に、この第1の開口33を全体的に覆い、開口端から少し延出する位置に載置される。
【0024】
このような試料容器を用いると、標準物質1から熱抽出された検出ガスが第1の開口33上に載置された分析試料2の表面に接触しながら、第2の開口を抜けて試料容器から出る。このとき、標準物質1から熱抽出された検出ガスが必ず試料2と接触するため、試料内に例えば銅、白金等の触媒活性を有する充填剤が含まれていると、分析試料のみならず標準物質にも白金の触媒作用が働き、分析試料と標準物質のピークが変化する。標準物質は、あらかじめ所定量収容され、ピークの位置及び強度が既知であるので、分析結果が、このような充填剤の影響を受けているかどうかを容易に検知できる。
【0025】
また、何らかの不具合で、イオン化質量分析が正常に行われないと、標準物質のピークにも異常が出るため、分析結果に問題があることがすぐに検知できる。
【0026】
この試料容器を用いたイオン化質量分析は、試料容器内に標準物質を予め収容しておくことにより、検査時には、分析試料を第1の開口上に載せるだけで、すぐにイオン化質量分析に供することができるので、面倒な操作もなく簡便である。
【0027】
図4に、被検出物質となる臭素系難燃剤の一例として、下記式(1)で表されるデカブロモジフェニルエーテル(DecaBDE)の質量分析データを表すグラフを示す。
【化1】

【0028】
図示するように、DBDEが含まれていると、質量数966m/z付近にピークが見られる。
【0029】
図5に、DBDEの検出に好適な分析標準物質の一例として、下記式(2)で表されるテトラブロモビスフェノールA(TBBPA)の質量分析データを表すグラフ図を示す。
【化2】

【0030】
このテトラブロモビスフェノールAは、DBDEと構造が類似しており、DBDEと同様に触媒活性を有する物質の作用を受けやすく、かつDBDEのピークとは異なる質量数544ないし551m/zにピークがみられるため、両方のピークが干渉しにくく、判別しやすい。
【0031】
図6に、図3の試料容器に標準物質としてTBBPAを1μg収容し、DBDEを含有する試料1.5mgを入れて、図1に示すイオン付着質量分析装置に適用し、試料容器を300℃に加熱して、検出ガスを熱抽出した場合の質量分析データを表すグラフを示す。
【0032】
図示するように、550m/z付近と、966m/z付近にピークが現れるので、試料がDBDEを含有していること、装置が問題無く稼働していること、及び分析試料内に、DBDE検出に際して、大きな影響を及ぼす充填物質が無いことが確認できた。
【0033】
また、TBBPAの定量分析を実施した結果,添加量相当の検出量が確認できた。
【0034】
もし、この550m/z付近のTBBPAのピークが例えば所定の強度よりも減少するなどの異常が見られた場合には、質量分析装置に何らかの問題があるか、または分析試料内に、DBDE検出に際して、大きな影響を及ぼす充填物質が含まれていることが予測できる。
【0035】
図7に、分析標準物質の他の一例として、下記式(3)で表されるビス(ペンタブロモフェニル)エタンの質量分析データを表すグラフ図を示す。
【化3】

【0036】
このビス(ペンタブロモフェニル)エタンは、DBDEと構造が類似しており、DBDEと同様に触媒活性を有する物質の作用を受けやすく、かつDBDEのピークとは異なる質量数951ないし958m/zにピークが現れる。
【0037】
図8に、本発明に用いられる試料容器の他の一例を示す。
【0038】
図示するように、この試料容器20は、第1の開口33上に、この第1の開口33を覆うように複数の開孔35を有する通気板5が設けられ、分析試料2は、この通気板5を介して第1の開孔33上に載置されていること以外は、図3と同様の構成を有する。
【0039】
この試料容器20では、標準物質1から熱抽出された検出ガスが通気板5の複数の開孔35を通り抜けて、通気板5上に載置された分析試料2の表面に接触しながら、第2の開口を抜けて試料容器20から出る。このとき、標準物質1から熱抽出された検出ガスが必ず分析試料2と接触する。このような通気板5を用いると、分析試料2を複数の開孔35の上に載置すれば、標準物質1からの検出ガスと接触させることができる。分析試料2が第1の開口33よりも小さくても、分析試料2が複数に分かれていても標準物質1からの検出ガスとの接触が可能となる。
【0040】
図9には、本発明に使用される試料容器のさらに他の一例を示す。
【0041】
図示するように、この試料容器30は、第2の収容部32が円筒形状ではなく、第2の開口の開口端から第1の開口端にかけて、すり鉢状に傾斜した側壁を有すること以外は、図3と同様の構成を有する。
【0042】
この試料容器30の第2の収容部32に分析試料2を入れると、傾斜した側壁によって分析試料2が第1の開口33上に容易に移動するため、第2の収容部32が円筒形状である図3の試料容器10よりも、分析試料2を簡単に第1の開口33上に載置できる。
【0043】
このように、本発明では、イオン付着質量分析装置の試料容器の下部に小さい収容部を設けて分析標準物質を入れ、小さい収容部の上に分析試料を置き、分析標準物質からの検出ガスを十分に分析試料に接触させてから質量分析に供することにより、樹脂部品中に含まれる臭素系難燃剤を簡便な方法で、迅速に、より正確に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、本発明に係るイオン付着質量分析装置の構成を表す概略図
【図2】図1のダイレクトプローブを拡大した図
【図3】本発明に用いられる試料容器の一例を表す概略図
【図4】非検出物質となる臭素系難燃剤の一例の質量分析データを表すグラフ図
【図5】分析標準物質の一例の質量分析データを表すグラフ図
【図6】臭素系難燃剤と分析標準物質を用いた質量分析データの一例を表すグラフ図
【図7】分析標準物質の他の一例の質量分析データを表すグラフ図
【図8】本発明に用いられる試料容器の他の一例を表す概略図
【図9】本発明に用いられる試料容器のさらに他の一例を表す概略図
【符号の説明】
【0045】
1…分析標準物質、2…分析試料、5…通気板、6…側壁、10,20,30…、11…イオン化室、12…差動排気室、13…質量分析室、14…ダイレクトプローブ、15…赤外ランプ、16…金属イオン放出体、17…加熱用フィラメント、18…第1の仕切り板、19,23…開孔、21…真空ポンプ、22…第2の仕切り板、24…集束レンズ、31…第1の収容部、32…第2の収容部、33…第1の開口、34…第2の開口、35…電子倍増管、40…イオン付着質量分析装置、41…Qポール型質量分析器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析試料、及び被検出物質に応じた分析標準物質を収容した試料容器、該試料容器を加熱して該分析試料及び該被検出物質から検出ガスを得るための加熱機構、及び該検出ガスに付着して、該検出ガスをイオン化検出ガスにせしめる金属イオンを提供する金属イオン放出体が設けられたイオン化室、及び
該イオン化検出ガスを質量分別する質量分析器、及び質量分別されたイオン化検出ガスを検出する電子倍増管を備えた質量分析室を具備する質量分析装置であって、
前記試料容器は、底部が閉塞され、上端に第1の開口を有し、前記分析標準物質が収容された第1の収容部と、該第1の収容部上に設けられ、該第1の開口を底部の少なくとも一部に有し、上端に該第1の開口よりも大きい第2の開口を有し、該第1の開口を通して導入される前記分析標準物質からの検出ガスと接触する位置に前記分析試料が設けられた第2の収容部を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記第1の収容部は、一端が閉塞された底部を有し、他端が第1の開口により開放された円筒形状であり、
前記第2の収容部は、一端が前記第1の開口により部分的に開口された底部を有し、他端が第2の開口により開放された円筒形状であることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記分析試料は、前記第1の開口の端部の輪郭よりも大きい輪郭をもつ断面を有し、その端部が、前記第1の開口の端部よりも延出するように、前記開口上に載置されることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記分析試料は、1または2以上の開孔を有する通気板を介して開口上に載置されることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記第2の収容部は、前記第2の開口の開口端から底部にかけて傾斜した側壁を有する請求項1ないし4のいずれか1項に記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−164383(P2008−164383A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−353036(P2006−353036)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】