説明

質量分析装置

【課題】スキャン速度を高速化する場合にプリアンプの周波数帯域が不足してピークの分離性が悪化するが、周波数帯域を広げるとノイズの増加や検出感度の低下を招く。
【解決手段】使用者により設定されるスキャン速度に応じて、スキャン速度が速い場合にはプリアンプ40のゲインを下げる一方、周波数帯域を広げ、スキャン速度が遅い場合にはプリアンプ40のゲインを上げる一方、周波数帯域を狭くするように帰還抵抗R1、R2を切り替える。また、プリアンプ40の次段の倍率器41の倍率も連動して切り替えることにより、帰還抵抗R1、R2の切り替えに拘わらずプリアンプ40、倍率器41を通してのゲインを一定に保つことで、それ以降の回路の構成や処理を簡単にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、所定質量範囲に亘る質量走査(スキャン測定)を行う質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分離器として四重極質量フィルタを利用した四重極型質量分析装置では、中心軸を取り囲むように互いに平行に配置された4本のロッド電極に印加する電圧により、四重極質量フィルタを通過する、つまりは選別されるイオンの質量電荷比が決まる。具体的には、4本のロッド電極の中で、中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極に+(U+V・cosωt)、他の2本のロッド電極に−(U+V・cosωt)なる、直流電圧(U)に高周波電圧(V・cosωt)を重畳させた電圧を印加する。この場合、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを変更することにより、4本のロッド電極で囲まれる空間を通り抜け得るイオンの質量電荷比が変化する(特許文献1など参照)。
【0003】
所定の質量範囲に亘る質量走査を行うには、一般に、U/Vを一定に保ってUとVとを時間経過に伴って変化させる。また、例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフの検出器として質量分析装置を用いる場合には、時間経過に伴って順次得られる試料中の各種成分を検出するために、所定質量範囲に亘る質量走査が繰り返し行われる。こうした質量走査、つまりスキャン測定によって得られる検出信号に基づいて、横軸に質量電荷比m/z、縦軸にイオン強度(信号強度)をとった質量スペクトルを作成することができる。
【0004】
こうした質量分析装置において、検出器としては一般的に二次電子増倍管などが利用されており、入射したイオンの量に応じた電流信号を出力する。そして、その電流信号は初段の増幅器(通常プリアンプと呼ばれる)で電流/電圧変換されるとともに信号増幅される。
【0005】
近年、質量分析装置が広く利用されるようになるに伴い、処理のスループットを向上させるためにスキャン測定の速度(スキャン速度)の向上が求められている。ところが、スキャン速度を上げると、検出器から出力される検出信号の周波数帯域も上がるため、アナログ処理回路で周波数帯域が不足し、質量スペクトル上で隣接ピークの分離が悪くなるという問題が生じる。周波数帯域を制限するのは主としてプリアンプであるため、上記問題を回避するにはプリアンプの増幅率を下げて周波数帯域を広げればよい。ところが、そうするとノイズが増加し、また信号強度が低下するために検出感度が下がるという問題がある。この増幅率の低下を補うために検出器への印加電圧を上げることも考えられるが、そうすると検出器の寿命が短くなり、また検出器で発生するノイズが増加することになる。
【0006】
【特許文献1】特開平10−27570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、質量分析のスキャン速度を上げる際のピークの分離性を改善し、且つスキャン速度が遅い場合のノイズの増加や検出感度の低下も回避することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンを質量電荷比に応じて分離して選択的に通過させる質量分離器と、該質量分離器を通過したイオンを検出する検出器と、を具備し、前記質量分離器を通過するイオンの質量を所定質量範囲で走査するスキャン測定を行う質量分析装置において、
a)前記スキャン測定における質量走査のスキャン速度を設定するための設定手段と、
b)前記検出器による検出信号を増幅するために複数の帰還抵抗を切替え可能に有する初段増幅器と、
c)前記設定手段により設定されたスキャン速度に応じて、該スキャン速度が速い場合には遅い場合に比べて、増幅率を下げる一方、周波数帯域を広げるように前記初段増幅器の帰還抵抗を切り替える制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
即ち、従来の質量分析装置では、スキャン速度とは無関係に初段増幅器(プリアンプ)の増幅率は一定であり、それ故に周波数帯域も一定であった。それに対し、本発明に係る質量分析装置では、例えば使用者が設定手段により所望のスキャン速度を設定すると、制御手段はそのスキャン速度に応じて、初段増幅器での増幅率と周波数帯域とが適切な値となるように帰還抵抗を切り替える。増幅率と周波数帯域との積つまりGB積は一定であるため、増幅率を上げると周波数帯域は狭くなる。そこで、スキャン速度が相対的に速い場合には、必要な周波数帯域を確保するために増幅率を犠牲にして下げるように帰還抵抗を定める。一方、スキャン速度が相対的に遅い場合には、周波数帯域が相対的に狭くてもよいため増幅率を上げるように帰還抵抗を定める。
【0010】
以上のようにして本発明に係る質量分析装置によれば、質量分析のスキャン速度が速い場合でも質量スペクトルでのピーク波形の鈍りを軽減して隣接ピークの分離性を向上させることができる。それにより、質量スペクトルに基づく質量の算出精度が向上し、質量が近接した異なる複数の成分を確実に捉えることが可能となる。一方、スキャン速度が相対的に遅い場合には、高い検出感度を確保することができるとともにノイズを減らして信号のSN比を向上させることができる。これにより、微量成分の見逃しがなくなり、ピークの波形形状を安定させて定量精度の向上を図ることもできる。
【0011】
また本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記初段増幅器の次段にあって、該初段増幅器の帰還抵抗の切替えに連動して出力レベルが一定になるように倍率を切り替える倍率器をさらに備える構成とすることが好ましい。
【0012】
この構成によれば、初段増幅器で増幅率を変化させても、該初段増幅器への入力信号が同一である場合に倍率器の出力信号のレベルは同一となる。そのため、この倍率器よりも後段の処理回路、例えば後段の増幅器やアナログ/デジタル変換回路などでは上記増幅率の相違が全く影響せず、回路構成や処理が複雑になることを避けることができる。
【0013】
また本発明に係る質量分析装置において、前記制御手段は、高濃度試料の測定時にスキャン速度に関係なく前記初段増幅器の増幅率を下げるように帰還抵抗を切り替える構成としてもよい。
【0014】
高濃度試料の測定時には検出器による検出信号のレベルが高く初段増幅器の増幅率が大きいと飽和してしまうおそれがある。上記構成によれば、こうしたおそれのある場合に、増幅率が下がるように帰還抵抗が切り替えられるので、信号が飽和することを防止して高濃度の成分も良好に分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置を図面を参照して説明する。図1はこの質量分析装置の質量分析部の全体構成図、図2は検出信号の処理回路の構成図である。本実施例の質量分析装置はLC/MSの一部であり、イオン化部として大気圧イオン化法の1つであるエレクトロスプレイイオン化法を利用したものとなっている。
【0016】
図1において、図示しない液体クロマトグラフのカラム出口端に接続されたノズル12が配設されたイオン化室11と、プレ四重極質量フィルタ22、主四重極質量フィルタ23、及び検出器24が配設された分析室21との間に、それぞれ隔壁で隔てられた第1中間真空室14と第2中間真空室18とが設けられている。イオン化室11と第1中間真空室14との間は細径の脱溶媒パイプ13を介して連通しており、第1中間真空室14と第2中間真空室18との間はスキマー16の頂部に設けられた極小径の通過孔(オリフィス)17を介して連通しており、第2中間真空室18と分析室21との間は隔壁20に設けられた小開口を介して連通している。
【0017】
イオン源であるイオン化室11の内部は、ノズル12から連続的に供給される液体試料の気化分子によりほぼ大気圧雰囲気(約105[Pa])になっており、次段の第1中間真空室14の内部はロータリポンプ27により約102[Pa]の低真空状態まで真空排気される。また、その次段の第2中間真空室18の内部はターボ分子ポンプ28により約10-1〜10-2[Pa]の中真空状態まで真空排気され、最終段の分析室21内は別のターボ分子ポンプ29により約10-3〜10-4[Pa]の高真空状態まで真空排気される。即ち、イオン化室11から分析室21に向かって各室毎に真空度を段階的に高くした多段差動排気系の構成とすることによって、最終段の分析室21内を高真空状態に維持している。
【0018】
第1中間真空室14及び第2中間真空室18の内部にはそれぞれ構造は相違するものの、いずれもイオンを後段に効率良く輸送するためのイオン光学系が配設されている。即ち、第1中間真空室14内には複数(4枚)の板状電極を傾斜状に3列に配置した第1レンズ電極15が設けられており、この電極15により形成する電場によって脱溶媒パイプ13を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー16のオリフィス17近傍に収束させる。また第2中間真空室18内には、イオン光軸Cを取り囲むように8本のロッド電極を配置したオクタポール型の第2レンズ電極19が設けられており、これによりイオンは収束されて分析室21へと送られる。
【0019】
第1レンズ電極15、第2レンズ電極19、四重極質量フィルタ22、23にはそれぞれ電源部32、33、34より所定の電圧が印加され、特に四重極質量フィルタ22、23には、選別する質量電荷比に応じて、RF生成部36で生成された所定の高周波電圧VcosωtとDC生成部35生成された所定の直流電圧Uとが合成部37で加算された電圧±(U+V・cosωt)が印加されるようになっている。これら電源部32、33、34などの動作はマイクロコンピュータを中心に構成される制御部30により統括的に制御され、その分析のための分析条件は分析条件設定部31を介して使用者により設定される。なお、図1に記載のもの以外にも、各部には所定の電圧(主として直流電圧)が印加されるようになっているが、図面が繁雑になるため記載を省略している。
【0020】
この質量分析装置の動作を概略的に説明する。ほぼ連続的に供給される液体試料はノズル12の先端から電荷を付与されながらイオン化室11内に噴霧(エレクトロスプレイ)され、液滴中の溶媒が蒸発する過程で試料分子はイオン化される。イオンが入り混じった微細液滴はイオン化室11と第1中間真空室14との差圧により脱溶媒パイプ13中に引き込まれ、加熱されている脱溶媒パイプ13を通過する過程でさらに溶媒の気化が促進されてイオン化が進む。第1中間真空室14内に配設された第1レンズ電極15により形成される電場の助けを受けてイオンは第1中間真空室14内に入り、収束されてオリフィス17を通して第2中間真空室18に送られる。
【0021】
第2中間真空室18内ではオクタポール型の第2レンズ電極19により形成される電場の作用により、さらにイオンは収束されて分析室21へと送られる。分析室21内では、各ロッド電極に印加されている電圧により決まる特定の質量電荷比を有するイオンのみが、四重極質量フィルタ22、23の長軸方向の空間を通り抜け、それ以外の質量電荷比を持つイオンは途中で発散する。そして、四重極質量フィルタ22、23を通り抜けたイオンは検出器24に到達し、検出器24ではそのイオン量に応じた電流信号を検出信号として出力する。
【0022】
所定の質量範囲を繰り返し走査するスキャン測定を行う場合には、分析条件設定部31によりスキャン速度、質量範囲等を含む分析条件が設定される。スキャン速度は最大が15000[amu/sec](amu=原子質量単位)であり、15000/n[amu/sec](但しn=1、2、3、…)の複数段階でスキャン速度を設定できるものとする。この設定に応じて、制御部30は、四重極質量フィルタ22、23に印加する電圧±(U+V・cosωt)のU/Vの関係を一定に保ちつつ、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとが所定の範囲で且つ速度で変化するように電源部34を制御する。これにより、四重極質量フィルタ22、23を通過し得るイオンの質量電荷比が時間経過に伴って変化し、質量走査が達成される。
【0023】
図2に示すように、検出器24による検出信号はプリアンプ40、第1倍率器41、レベルシフト回路42、第2倍率器43、アナログフィルタ44を順次経てアナログ/デジタル(A/D)変換器45に入力され、ここで所定のサンプリング周期でサンプリングされた後に各サンプル毎にデジタルデータに変換される。そして、デジタルデータはデータ加工部46で加工された後に演算処理用のCPU47に入力されて、例えば質量スペクトルを作成するためのデータ処理が実行される。
【0024】
上記各段の動作を順次説明する。検出器24による電流信号はプリアンプ40で電圧信号に変換される(つまりI/V変換される)とともに所定のゲイン(増幅率)で増幅される。このプリアンプ40は2つの帰還抵抗R1、R2がスイッチSW1、SW2により切り替え可能な構成となっており、ここではR=10MΩ、R2=1MΩであって、SW1がオン、SW2がオフされた場合にはゲインは10×G、SW2がオン、SW1がオフされた場合にはゲインはGとなる。制御部30により、スキャン速度が所定値以上である場合にはゲイン小(つまりゲインG)、スキャン速度が所定値未満である場合にはゲイン大(つまりゲイン10×G)が選択される。
【0025】
ここでスキャン速度に応じてゲインを切り替える意味を説明する。ここでの分析条件は、1[amu](原子質量単位)当たりのサンプリング点数は10であり、信号ピークは半値幅が1/2[amu]程度のガウス波形で、最大のスキャン速度が15000[amu/sec]であるとする。この場合に、プリアンプ40で必要となる周波数帯域は計算によれば約50[kHz]である。スキャン速度が速いほど広い周波数帯域が必要となる。一方、ノイズは初段のプリアンプ40でのノイズが支配的であるため、ノイズレベルを低減するためにはプリアンプ40でのゲインは高いほうが望ましい。また、検出信号の信号強度が低い場合には、感度を高めるためにプリアンプ40のゲインを大きくする必要がある。このように高速のスキャン速度に対応するには広い周波数帯域が必要であり、ノイズの低減や検出感度の向上のためにはゲインを大きくするのが望ましい。しかしながら、同一のアンプでは増幅率と周波数帯域との積(GB積)は一定であるため、増幅率を上げると周波数帯域はそれに反比例して狭くなる。
【0026】
そこで、スキャン速度が速い場合には周波数帯域を広げることを重視するためにゲインを落とし、スキャン速度が遅い場合には周波数帯域に余裕があるためにゲインを高くする。ここでは、スキャン速度が1250[amu/sec]以上である場合に帰還抵抗R2を選択してゲインGとし、スキャン速度が1250[amu/sec]未満である場合に帰還抵抗R1を選択してゲインを10×Gとする。
【0027】
スキャン速度SPと検出信号を処理するために必要となる周波数帯域fspとの関係は、本願発明者の計算によれば、
2.25×SP≒fsp
となる。プリアンプ40での周波数帯域fは、帰還抵抗Rf、浮遊容量Cfに対し、
f=1/(2π×Rf×Cf)
であって、f>fspである必要がある。いま浮遊容量Cfが2pFであると仮定すると、Rfが1MΩでは(つまり帰還抵抗R2を選択した場合には)、
f=1/(2π×Rf×Cf)=79[kHz]
であり、Rfが10MΩでは(つまり帰還抵抗R1を選択した場合には)、
f=1/(2π×Rf×Cf)=7.9[kHz]
となる。即ち、Rfが1MΩであれば、必要な周波数帯域50kHzを確保することができることが分かる。
【0028】
上記のようにプリアンプ40で増幅された信号は次の第1倍率器41に入力されるが、第1倍率器41も制御部30の制御の下に倍率(ゲイン)が切り替えられ、プリアンプ40でゲインGが選択された場合に10倍の倍率が与えられ、プリアンプ40でゲイン10×Gが選択された場合には1倍の倍率が与えられる。したがって、プリアンプ40と第1倍率器41とを併せた総合的なゲインはスキャン速度には全く依存せず、スキャン速度が相違してもプリアンプ40の入力信号のレベルが同一であれが第1倍率器41の出力信号のレベルは同じとなる。
【0029】
ここで、プリアンプ40と第1倍率器41でのノイズについて検討してみると、プリアンプ40における抵抗ノイズ電圧密度Enは、
En=√(4・k・T・Rf)
となる。kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。周波数帯域をBWとすると、ノイズ電圧Vnは、
Vn=En×√(BW)
となる。上述のように電圧レベルを合わせるために、帰還抵抗として1MΩが選択された場合には第1倍率器41では10倍のゲインが与えられる。
【0030】
k=1.38×10−23[J/K]、T=300[K]とすると、Rf=10MΩ及び1MΩにおける抵抗ノイズ電圧密度Enは、それぞれEn10=407[nV/√Hz]、及びEn=128.7[nV/√Hz]となる。ここで使用しているオペアンプ自体のノイズは8[nV/√Hz]程度であるから、プリアンプ40でのノイズは殆ど帰還抵抗によるものであるとみなせる。第1倍率器41の後では、その前段のノイズは倍率の分だけ増幅されるため、Rf=10MΩ及び1MΩとしたときの第1倍率器41の出力での抵抗ノイズ電圧密度En’は、それぞれEn10’=407[nV/√Hz]、及びEn’=1287[nV/√Hz]となる。即ち、プリアンプ40でのゲインが大きいほうが第1倍率器41の出力段ではノイズが低減されていることが分かる。また、プリアンプ40への入力前に発生するノイズに由来してプリアンプ40の出力後に現れるノイズのレベルは、プリアンプ40の周波数帯域が狭いほど小さくなる。したがって、検出器24で発生するノイズを考慮しても、帰還抵抗Rfが大きいほうが相対的にノイズが低減されることになる。
【0031】
上記のように第1倍率器41において電圧レベルが調整された信号はレベルシフト回路42に入力され、オフセット電圧分だけ直流的にシフトされて第2倍率器43に入力される。第2倍率器43は入力信号のレベルに応じて倍率が、1倍又は16倍のいずれかに自動的に設定される倍率器である。即ち、入力信号の信号強度が所定値以下である場合には入力信号を16倍し、それ以外では入力信号をそのまま出力する。これにより、ノイズを相対的に低減し、且つA/D変換器45での入力レベルのフルスケールを有効に利用してダイナミックレンジを拡大することができる。
【0032】
いま、第2倍率器43の入力側のノイズをNp、出力側でA/D変換器45の入力端までの間のノイズをNaとすると、A/D変換器45に入るノイズNは、第2倍率器43での倍率が1であるときに
=Np+Na
第2倍率器43での倍率が16であるときに、
16=16×Np+Na
となる。これらをそれぞれA/D変換して得られる値Dは、
=N/1[LSB]=(Np/1[LSB])+(Na/1[LSB] )
16=N16/1[LSB]=(16×Np/1[LSB])+(Na/1[LSB])
となる。後述するが、データ加工部46ではまず乗算器461において第2倍率器43での倍率の相違を補償するために、先の倍率が1である場合にはデジタル的に16を乗じる演算を実行する。したがって、この場合にデータ値は、
’=16×D=(16×Np/1[LSB])+(16×Na/1[LSB])=D16+(15×Na/1[LSB])
となる。これは、第2倍率器43で16倍の倍率とした場合よりも15×Na/1[LSB]だけノイズが大きいことを意味している。換言すれば、第2倍率器43で入力信号のレベルが低い場合に信号を16倍することで、A/D変換後に現れるノイズを相対的に低減できることが分かる。
【0033】
第2倍率器43の出力はアナログフィルタ44に入力され、ここで帯域外の不要な周波数成分が除去される。このアナログフィルタ44のカットオフ周波数は、ナイキストのサンプリング定理より、A/D変換器45のサンプリング周波数の1/2(ここでは150[kHz])以下とする必要があるため、最大スキャン速度で要求される周波数帯域からfc=50[kHz]としておく。そうして不要周波数成分が除去された信号はA/D変換器45で300[kHz]のサンプリングレートでサンプリングされ、各サンプルは16ビットのデジタルデータに変換される。ここで、A/D変換器45で得られるデータを時系列順にa、a、a、a、…であるとし、これが次のデータ加工部46に入力される。
【0034】
データ加工部46では、まず上述のように第2倍率器43での1倍又は16倍の倍率の相違を補償するために、先の倍率が1倍である場合には、乗算器461においてA/D値に16を乗じる演算を実行し、これを20ビットのデータに拡張する。一方、先の倍率が1倍である場合には乗算は行わずに20ビットデータへの拡張のみを行う。この乗算器461の出力データを時系列順にb、b、b、b、…であるとすると、先の倍率が1の場合には、
=a×16
先の倍率が16の場合には、
=a
とする。但し、aは16ビットデータ、bは20ビットデータである。
【0035】
最終的に演算処理用CPU47が要求するデータレートはスキャン速度と同じで最大150[kHz]となる。上述のようにノイズの主体は抵抗の熱雑音であり、これはランダムノイズであるので、2つのサンプルの平均化処理により1/√2程度のノイズ低減を図ることができる。そこで、間引き処理部462では、サンプリングレートが300[kHz]である隣接する2つのデータを平均化した間引き処理を行うことで、レートが150[kHz]であるデータ列を生成する。具体的には、300[kHz]のレートで入力されるデータb、b、b、b、…を利用し、次のような平均化処理を実行してレートを1/2に落とす。
=(b+b)/2
=(b+b)/2

=(b2k+b2k+1)/2

これによりノイズが低減され、ノイズレベルが1/√2倍程度になることが期待される。
【0036】
次にこの150[kHz]のレートのデータCを、サンプリング周波数:150[kHz]、データ長:20ビット、カットオフ周波数:35[kHz]、タップ数:最大255、のFIRフィルタ463でフィルタリング処理して、データ列α、α、α、α、… を生成する。これにより、質量分析信号データとしては形状を保存しながら、十分なノイズ除去を行うことができる。そして、データ長が20ビットであるα、α、α、α、…を加算処理部464に入力し、指定された回数(最大2047回)加算することで31ビットデータに変換し、32ビット目については、加算するデータ内に一つでも1048560以上のものが或る場合に「1」、そうでない場合に「0」として、32ビットデータを生成する。この32ビットデータを演算処理用CPU47に送り込んで、質量スペクトル作成等の処理に供する。
【0037】
以上のような検出信号の処理により、可能な限りノイズを低減し、信号強度が低い場合には信号強度を高くし、さらにはスキャン速度が高速で周波数帯域が不十分になるおそれがある場合にはこれを拡大して良好な信号を得ることができる。なお、上記説明では、スキャン速度に応じてのみプリアンプ40での帰還抵抗を切り替えるようにしているが、検出信号のレベルが大きい場合、つまりはもともと分析対象の試料中の成分濃度が高い場合には、プリアンプ40でゲインを大きくし過ぎると飽和して信号波形が歪むおそれがある。そこで、制御部30は予め分析対象の試料中の成分濃度が高いことが分かっている場合には、スキャン速度に拘わらず小さな帰還抵抗を選択してプリアンプ40のゲインを低く抑えるとよい。
【0038】
また上記実施例では、プリアンプ40のゲイン(及び周波数帯域)を2段階に切り替えるようにしていたが、これは3段階以上に切り替え可能であってもよいことは当然である。また、それ以外の点においても、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置における質量分析部の全体構成図。
【図2】本実施例の質量分析装置における検出信号の処理回路の構成図。
【符号の説明】
【0040】
11…イオン化室
12…ノズル
13…脱溶媒パイプ
14…第1中間真空室
15…第1レンズ電極
16…スキマー
17…オリフィス
18…第2中間真空室
19…第2レンズ電極
20…隔壁
21…分析室
22…プレ四重極質量フィルタ
23…主四重極質量フィルタ
24…検出器
27…ロータリポンプ
28、29…ターボ分子ポンプ
30…制御部
31…分析条件設定部
32、33、34…電源部
35…DC生成部
36…RF生成部
37…合成部
40…プリアンプ
R1、R2…帰還抵抗
41…第1倍率器
42…レベルシフト回路
43…第2倍率器
44…アナログフィルタ
45…A/D変換器
46…データ加工部
461…乗算器
462…間引き処理部
463…FIRフィルタ
464…加算処理部
47…演算処理用CPU


【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを質量電荷比に応じて分離して選択的に通過させる質量分離器と、該質量分離器を通過したイオンを検出する検出器と、を具備し、前記質量分離器を通過するイオンの質量を所定質量範囲で走査するスキャン測定を行う質量分析装置において、
a)前記スキャン測定における質量走査のスキャン速度を設定するための設定手段と、
b)前記検出器による検出信号を増幅するために複数の帰還抵抗を切替え可能に有する初段増幅器と、
c)前記設定手段により設定されたスキャン速度に応じて、該スキャン速度が速い場合には遅い場合に比べて、増幅率を下げる一方、周波数帯域を広げるように前記初段増幅器の帰還抵抗を切り替える制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記初段増幅器の次段にあって、該初段増幅器の帰還抵抗の切替えに連動して出力レベルが一定になるように倍率を切り替える倍率器をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記制御手段は、高濃度試料の測定時にスキャン速度に関係なく前記初段増幅器の増幅率を下げるように帰還抵抗を切り替えることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析装置。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−52996(P2008−52996A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−226793(P2006−226793)
【出願日】平成18年8月23日(2006.8.23)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】