説明

質量分析装置

【課題】簡単な構成で、高い精度で効率よく測定対象物質の質量分析を行うことができる質量分析装置を提供することにある。
【解決手段】レーザ光が照射されることでプラズモンを励起し得る金属体が形成された表面を有し、表面に測定対象物質を付着させる質量分析用デバイスと、質量分析用デバイスの表面にレーザ光を照射して、表面に付着している測定試料をイオン化するとともに、表面から脱離させる光照射手段と、質量分析用デバイスの表面から脱離されイオン化された測定試料の飛行時間から測定試料の質量を検出する検出手段とを有し、光照射手段は、レーザ光の偏光方向を調整する偏光調整機構を有することで上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象物質を検出する質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
測定対象物質の同定等に用いられる質量分析法としては、測定対象物質にレーザ光を照射し、測定対象物をイオン化させて脱離させ、脱離させた物質を質量別に検出する質量分析法(MS、Mass Spectrometry)がある。
【0003】
この質量分析の際に測定対象物質をイオン化させる方法としては、例えば、非特許文献1に記載されているように、MALDI法(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法、matrix-assisted laser desorption ionization)や、SALDI法(表面支援レーザ脱離イオン化法、surface-assisted laser desorption ionization)がある。
MALDI法とは、測定対象物質をマトリクス(例えば、シナピン酸やグリセリン等)に混入した試料に光を照射し、照射された光のエネルギをマトリクスに吸収させ、マトリクスとともに測定対象物質を気化させ、さらにマトリクスと測定対象物質との間でプロトン移動を発生させることで測定対象物質をイオン化する方法である。
また、SALDI法とは、マトリクスを用いず、試料を載置する基板の表面にマトリクスと同様の機能を持たせ、測定対象試料を基板表面で直接イオン化する方法である。なお、非特許文献1には、基板として、数百nmの大きさの穴が形成されポーラスシリコン板を用いるDIOS法が記載されている。
【0004】
また、特許文献1には、測定対象物質を載置する面(つまり、検出面)の少なくとも一部が、レーザ光を照射されることにより局在プラズモンを励起し得る金属粗面とされている質量分析用基板を用い、質量分析用基板の検出面にレーザ光を照射して、測定対象物質を検出面上から離脱させ、検出面から離脱した測定対象物質を捕捉することで、測定対象物質の質量を分析する質量分析装置が記載されている。
【0005】
【非特許文献1】ANALYTILAL CHAMISTRY Volume 77 Number 16 5364-5369頁
【特許文献1】特開2007−171003号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、質量分析装置は、測定対象物質を高い精度で検出すること、また、より少ないエネルギで効率よく測定対象物質をイオン化することが求められている。
【0007】
ここで、本発明の目的は、簡単な構成で、高い精度で効率よく測定対象物質の質量分析を行うことができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここで、本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、レーザ光を検出面に照射して検出面の表面にプラズモンを励起し、このプラズモンによって生じるエネルギにより測定対象物質を検出面から脱離させる質量分析装置装置では、レーザ光の偏光によりプラズモン自体の強度が変化したり、レーザ光をエネルギに変換する変換効率が変化したりすることを知見した。
さらに、入射させる励起光の偏光を最適な方向とすることで、検出面の表面に効率よくエネルギを発生させることができ、強度の低いレーザ光でも測定対象物質を検出面から脱離させることができることを知見した。
【0009】
上記知見に基づいて、本発明は、レーザ光が照射されることでプラズモンを励起し得る金属体が形成された表面を有し、前記表面に測定対象物質を付着させる質量分析用デバイスと、前記質量分析用デバイスの表面にレーザ光を照射して、前記表面に付着している測定試料をイオン化するとともに、前記表面から脱離させる光照射手段と、前記質量分析用デバイスの表面から脱離されイオン化された前記測定試料の飛行時間から前記測定試料の質量を検出する検出手段とを有し、前記光照射手段は、前記レーザ光の偏光方向を調整する偏光調整機構を有することを特徴とする質量分析装置を提供するものである。
【0010】
ここで、前記光照射手段は、前記レーザ光を、前記質量分析用デバイスの表面に対して所定角度傾斜して入射させることが好ましい。
また、前記光照射手段は、前記レーザ光を、前記質量分析用デバイスの表面に対して垂直に入射させることが好ましい。
【0011】
また、前記偏光調整機構は、λ/2板を有することが好ましく、バビネソレイユ板を有することも好ましい。
また、前記偏光調整機構は、前記レーザ光を射出する光源を回転させる機構であることも好ましい。
また、前記光照射手段は、さらに、前記偏光調整機構を遠隔操作する操作部を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、偏光調整機構を設け、検出面に照射される励起光の偏光方向を調整することで、より強度の低いレーザ光で効率よく、測定対象物質をイオン化することができ、質量分析用デバイスから脱離させることができる。
また、偏光方向を変化させることで、種々の条件で測定対象物質を分析することができ、簡単な構成でより正確に測定対象物質の質量分析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る質量分析装置について、添付の図面に示す実施形態を基に詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明の質量分析装置の一実施形態の概略構成を示す正面図である。
図1に示すように、質量分析装置10は、質量分析用デバイスから脱離した物質を所定距離飛行させてその飛行時間により物質の質量を分析する飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)であり、真空チャンバ11と、真空チャンバ11内に配置され、測定対象物質Mを含む試料を付着させる(または載置する)質量分析用デバイス(以下単に「デバイス」ともいう。)12と、デバイス12を支持するデバイス支持手段13と、デバイス12に付着した試料に測定光を照射して、試料中の測定対象物質Mをデバイス12から脱離させる光照射手段14と、脱離した測定対象物質Mを所定方向に飛翔させる飛翔方向制御手段16と、脱離した測定対象物質Mを検出して測定対象物質Mの質量を分析する質量分析手段18とを有する。
【0015】
真空チャンバ11は、内部を真空にすることができるチャンバであり、図示しない吸引ポンプ等が接続されている。真空チャンバ11は、密閉された状態で吸引ポンプにより内部の空気を吸引することで、内部を真空にする。
また、真空チャンバ11には、光照射手段14から射出された光を真空チャンバ11の内部に入射させるための窓11aが設けられている。窓11aは、耐圧性が高く(外部と真空チャンバ11内との気圧差に対応することができ)、かつ、測定光Lを高い透過率で透過する材料で形成されている。
【0016】
デバイス12は、測定光が照射されることでプラズモンを励起しうる金属体が形成された板状部材であり、真空チャンバ11内に配置されている。また、デバイス12のプラズモンを誘起し得る金属体が形成されている面には、測定対象物質Mが載置されている。
【0017】
以下、デバイスの一面に形成されるプラズモンを励起しうる金属体について詳細に説明する。
デバイス12の測定対象物質Mが載置される領域には、測定光が照射されることで増強電場を形成する微細構造体29が設けられている。
図2は、デバイス12の表面に載置される微細構造体29の概略構成を示す斜視図である。
図2に示すように、微細構造体29は、誘電体基材32および誘電体基材32の一面に配置された導電体34で構成された基体30と、誘電体基材32の導電体34が配置された面とは反対側の面に配置された金属体36とを有する。
【0018】
基体30は、金属酸化物体(Al)で形成された誘電体基材32と、誘電体基材32の一面に設けられ、陽極酸化されていない金属(Al)で形成された導電体34とを有する。ここで、誘電体基材32と導電体34とは、一体で形成されている。
また、誘電体基材32には、導電体34が配置される面とは反対側の面から導電体34側の面に向けて延びる略ストレートな形状(直管形状)の微細孔40が複数の開孔されている。
複数の微細孔40は、導電体34が配置される面とは反対側の面側の端部は、誘電体基材32の表面まで貫通して開口が形成され、導電体34側の端部は、誘電体基材32の表面まで貫通していない。つまり、微細孔40は、導電体34までは到達していない孔となる。また、複数の微細孔40は、測定光の波長より小さい径及びピッチで略規則的に配列されている。
ここで、測定光として可視光を用いる場合は、微細孔40の配置ピッチを200nm以下とすることが好ましい。
【0019】
金属体36は、誘電体基材32の微細孔40内に充填されている充填部45と、微細孔40上に誘電体基材32の表面20sより突出して形成され、充填部45の外径よりも大きい外径を有する突出部(つまり凸部)46とからなる複数の棒部44で構成されている。ここで、金属体36を形成する材料としては、局在プラズモンを発生させる種々の金属を使用でき、例えば、Au、Ag、Cu、Al、Pt、Ni、Ti、及びこれらの合金等が挙げられる。また、金属体36は、これらの金属を2種以上含むもので形成してもよい。また、電場増強効果をより高くすることができるため、金属体36は、Au、Ag等を用いて形成することがより好ましい。
微細構造体29は、以上のような構成であり、金属体36の複数の棒部44の突出部46が配置される面が、測定光が照射される面となる。
【0020】
ここで、微細構造体29の作製方法について説明する。
図3(A)〜(C)は、それぞれ微細構造体29の作製方法の一例を示す工程図である。
まず、図3(A)に示すような直方体形状の被陽極酸化金属体48に陽極酸化処理を行う。具体的には、被陽極酸化金属体48を陽極とし、陰極と共に電解液に浸漬させ、陽極陰極間に電圧を印加することで陽極酸化する。
ここで、陰極としては、カーボンやアルミニウム等が使用される。電解液としては制限されず、硫酸、リン酸、クロム酸、シュウ酸、スルファミン酸、ベンゼンスルホン酸、アミドスルホン酸等の酸を、1種又は2種以上含む酸性電解液が好ましく用いられる。
なお、本実施形態では、被陽極酸化金属体48を直方体形状としたが、その形状は制限されず、種々の形状とすることができる。また、支持体の上に被陽極酸化金属体48が層状に成膜されたものなど、支持体付きの形態で用いることができる。
【0021】
被陽極酸化金属体48を陽極酸化すると、図3(B)に示すように、被陽極酸化金属体の表面から該面に対して略垂直方向に酸化反応が進行し、誘電体基材32となる金属酸化物体(Al)が生成される。陽極酸化により生成される金属酸化物体(つまり、誘電体基材32)は、多数の平面視略正六角形状の微細柱状体42が隙間なく配列した構造を有するものとなる。
また、各微細柱状体42は、底面が丸みを帯びた形状となり、さらに、略中心部には、表面から深さ方向(つまり、微細柱状体42の軸方向)に略ストレートに延びる微細孔40が開孔される。陽極酸化により生成される金属酸化物体の構造は、益田秀樹、「陽極酸化法によるメソポーラスアルミナの調製と機能材料としての応用」、材料技術Vol.15,No.10、1997年、p.34等に記載されている。
【0022】
また、規則配列構造の金属酸化物体を生成する場合の好適な陽極酸化条件例としては、電解液としてシュウ酸を用いる場合、電解液濃度0.5M、液温14〜16℃、印加電圧40〜40±0.5V等が挙げられる。この条件で生成される微細孔40は、例えば、径が約30nm、ピッチが約100nmである。
【0023】
次に、誘電体基材32の微細孔40に電気メッキ処理を施すことにより、図3(C)に示すように、充填部45と突出部46とからなる棒部44を形成する。
ここで、電気メッキを行うと、導電体34が電極として機能し、電場が強い微細孔40の底部から優先的に金属が析出する。この電気メッキ処理を継続して行うことにより、微細孔12内に金属が充填されて棒部44の充填部45が形成される。充填部45が形成された後、更に電気メッキ処理を続けると、微細孔40から充填金属が溢れるが、微細孔40付近の電場が強いことから、微細孔40周辺に継続して金属が析出していき、充填部45上に誘電体基材32の表面より突出し、充填部45の径よりも大きい径を有する突出部46が形成される。
微細構造体29は、以上のようにして作製される。
【0024】
図1に戻り、質量分析装置10の各部について説明する。
デバイス支持手段13は、測定対象物質Mが載置されている面とは反対側の面からデバイス12を支持し、デバイス12を所定位置に固定する。
【0025】
光照射手段14は、レーザ光源19と、拡散レンズ20aと、コリメータレンズ20bと、集光レンズ20cと、偏光調整機構22とを有する。
レーザ光源19は、所定波長のレーザ光を射出する光源である。ここで、レーザ光源19としては、パルスレーザを用いることが好ましい。
拡散レンズ20aは、レーザ光源19から射出されたレーザ光を所定角度で拡散させるレンズであり、種々のレンズを用いることができる。
コリメータレンズ20bは、拡散レンズ20aで拡散されたレーザ光を平行光とする。
集光レンズ20cは、コリメータレンズ20bで平行光とされ、後述する偏光調整機構22を通過した光を集光する。
【0026】
偏光調整機構22は、λ/2板(または「半波長板」ともいう。)22aと偏光板回転部22bとを有し、コリメータレンズ20bと集光レンズ20cとの間に配置されている。
λ/2板22aは、平行光を直線偏光する偏光板である。また、偏光板回転部22bは、λ/2板22aを平行光に平行な直線を軸として回転させる回転部である。
偏光調整機構22は、偏光板回転部22bにより、λ/2板22aを回転させることで平行光の偏光の方向を任意の方向とすることができる。
【0027】
光照射手段14は、以上のような構成であり、レーザ光源19から射出されたレーザ光は、拡散レンズ20aで拡散された後、コリメータレンズ20bで平行光とされ、変更調整機構22のλ/2板22aで偏光される。偏光された光は、集光レンズ20cで集光された後、窓11aから真空チャンバ11内に入射し、測定光としてデバイス12の測定対象物質Mが載置されている面を照明する。ここで、測定光は、デバイス12の表面に対して所定角度傾斜した角度で入射する。
【0028】
飛翔方向制御手段16は、デバイス保持手段13と質量分析手段18との間に配置された引き出しグリッド23と、引き出しグリット23とデバイス12とに電圧を印加する可変電圧源24と、グリット23よりも質量分析手段18側における測定対象物質Mの飛翔経路を囲むカバー25とを有し、デバイス12から脱離された測定対象物質Mに一定の力を作用させ、質量分析手段18に向けて飛翔させる。
【0029】
引き出しグリット23は、デバイス12と質量分析手段18との間に、デバイス12の表面に対向して配置された中空の電極である。
可変電圧源24は、デバイス支持手段13と引き出しグリット23とに接続しており、デバイス支持手段13と引き出しグリット23にそれぞれ任意の電圧を印加する。デバイス支持手段13と引き出しグリット23とに任意の電圧を印加することで、デバイス支持手段13が支持するデバイス12と引き出しグリット23との間を所定電位差とし、所定の電界を形成する。
また、カバー25は、中空の筒型部材である。カバー25は、引き出しグリット23と質量分析手段18との間に、筒型の軸が測定対象物質Mの飛翔経路と平行であり、測定対象物質Mの飛翔経路を囲うように配置されている。また、カバー25は、引き出しグリット23側の端部が引き出しグリット23に近接し、質量分析手段18側の端部が、後述する質量分析手段18の検出器26に接している。
【0030】
飛翔方向制御手段16は、可変電圧源24により電圧を印加することでデバイス12と引き出しグリット23との間に電界を形成し、デバイス12から脱離された測定対象物質Mに一定の力を作用させる。電界により一定の力が加えられた測定対象物質Mは、デバイス12から引き出しグリット23側に所定加速度で飛翔される。さらに、飛翔している測定対象物質Mは、カバー25の中空部分を通過し、質量分析手段18まで飛翔する。
【0031】
質量分析手段18は、測定光が照射されてデバイス12の表面から脱離され、引き出しグリッド16を通過して飛翔してきた測定対象物質Mを検出する検出器26と、検出器26の検出値を増幅させるアンプ27と、アンプ27からの出力信号を処理するデータ処理部28とを有する。なお、検出器26は、真空チャンバ11の内部に配置され、アンプ27及びデータ処理部28は、真空チャンバ11の外に配置されている。
また、検出器26としては、例えば、マルチチャンネルプレート(MCP)を用いることができる。
質量分析手段18は、検出器26で検出した検出結果に基づいて、データ処理部28で測定対象物質Mのマススペクトルを検出し、測定対象物質の質量(質量の分布)を検出する。
質量分析装置10は、基本的に以上のような構成である。
【0032】
以下、質量分析装置10を用いた質量分析について説明する。
まず、デバイス12の表面に測定対象物質Mを載置し、デバイス12をデバイス保持手段13に載置する。
また、偏光調整機構により、デバイス12の表面に照射させる測定光の偏光方向を調整する。
【0033】
次に、可変電圧源24からデバイス12と引き出しグリット23に所定電圧を印加し、所定のスタート信号により光照射手段14から測定光を射出させ、デバイス12に測定光を照射する。
デバイス12の測定対象物質Mが載置された面に測定光が照射されることで、デバイス12の表面では、プラズモンに起因する増強電場が形成され、その増強電場により増強された測定光の光エネルギにより測定領域から測定対象物質Mが脱離する。
【0034】
脱離した測定対象物質Mは、デバイス12と引き出しグリッド23との間に形成された電界により引き出しグリッド16の方向に引き出されて加速し、引き出しグリッド23の中央の孔を通ってカバー25の中空部を検出器26の方向に略直進して飛行し、検出器26に到達して検出される。
また、脱離後の分析物質Mの飛行速度は物質の質量に依存し、質量が小さいほど速いため、質量の小さいものから順に検出器26に到達する。
【0035】
検出器20からの出力信号は、アンプ27により所定のレベルに増幅され、その後データ処理部28に入力される。
データ処理部28は、上記スタート信号と同期して同期信号が入力されており、この同期信号とアンプ28からの出力信号とに基づいて検出した物質の飛行時間をそれぞれ算出する。
また、データ処理部28は、飛行時間から質量を導出してマススペクトル(質量スペクトル)を算出する。さらに、データ処理部28は、算出したマススペクトルから測定対象物質の質量を検出し、また、測定対象物質を同定する。
【0036】
また、必要に応じて、偏光板回転部22bによりλ/2板22aを回転させて、測定光の偏光方向を変えて、上述と同様の操作で測定対象物質のマススペクトルを算出し、その結果も加味して、測定対象物質の質量を検出し、また、測定対象物質を同定する。
質量分析装置10は、以上のようにして測定対象物質Mの質量を検出する。
【0037】
質量分析装置10のように、偏光調整機構22を設け、測定光の偏光方向を調整可能とし、測定光の偏光方向を変化させることで、デバイス12上で発生するエネルギ(測定対象物質のイオン化に寄与するエネルギ)を変化させることができる。
【0038】
例えば、本実施形態のように、突出部を細密配列した微細構造体を用いる場合は、測定光の偏光方向を基体の表面と平行な方向とすることで、デバイスの表面にプラズモン増強の強い場所(ホットスポット)を発生させることができる。
ここで、ホットスポットとは、局在プラズモンを発生している金属同士が数10nm以下に近接する領域で、プラズモン増強が強くなり、非常に増強された電場が形成される現象であり、偏光方向を基体の表面と平行な方向とすることで、近接した突出部で局在プラズモンを好適に発生させることができる。
このように、増強電場の強度を強くできることで、デバイス上で発生するエネルギをより大きくすることができ、強度の低い測定光で測定対象物質をイオン化することが可能となる。
【0039】
また、例えば、測定光の偏光方向を基板に垂直な方向とすることで、プラズモンに起因して発生するエネルギよりも熱エネルギを多く発生させることができ、熱エネルギを支配的なエネルギとして、測定対象物質をイオン化することができる。
【0040】
以上のように、偏光方向を調整するのみで、種々の条件(熱エネルギ、プラズモンに起因するエネルギ等のエネルギの種類や、発生するエネルギ量)で質量分析をすることが可能となる。このように、種々の条件で質量分析できることで、測定対象物質で発生するイオンの種類を変化させることができ、つまり、測定対象物質を構成する物質を異なる構成単位で(つまり、異なる単位の分子にわけて)検出することも可能となり、より高い精度で質量分析を行うことができる。
また、デバイスの種類、形状等に応じて偏光方向を調整することで、デバイスの種類、形状等によらず、測定光による励起効率(測定光をデバイス12上で発生するエネルギに変換する効率)を最大にすることができる。
【0041】
ここで、質量分析装置10では、偏光素子として、λ/2板を用いたが、本発明はこれに限定されず、種々の偏光素子を用いることができる。
ここで、偏光素子としては、バビネソレイユ板を用いることが好ましい。バビネソレイユ板を用いることで、レーザ光源から射出されるレーザ光の波長が変化した場合も偏光することができる。
なお、偏光素子がλ/2板で、異なるレーザ光の波長を用いる場合は、レーザ光の波長に応じてλ/2板を入れ替えるようにしてもよい。なお、この場合は、切り替え機構が必要となるため、装置構成が複雑になる。
【0042】
また、偏光調整機構は、コリメータレンズと集光レンズとの間に偏光素子を配置することに限定されず、偏光された光を射出するレーザ光源を回転させて、測定光の偏光方向を調整してもよい。
【0043】
ここで、図4は、本発明の質量分析装置の他の実施形態の概略構成を示す正面図である。なお、図4に示す質量分析装置100は、光照射手段102の偏光調整機構104の構成を除いて他の構成は、質量分析装置10と同様であるので、同一の部材および構成には同一符号を付してその説明は省略する。
図4に示すように、質量分析装置100は、真空チャンバ11と、デバイス12と、デバイス支持手段13と、光照射手段102と、飛翔方向制御手段16と、質量分析手段18とを有する。
【0044】
光照射手段102は、レーザ光源19と、拡散レンズ20aと、コリメータレンズ20bと、集光レンズ20cと、偏光調整機構104とを有する。ここで、レーザ光源19と、拡散レンズ20aと、コリメータレンズ20bと、集光レンズ20cは、図1に示す光照射手段14の各部と同様であるのでその詳細な説明は省略する。なお、レーザ光源19は、所定方向に偏光されたレーザ光を射出する光源である。
偏光調整機構104は、光源支持部104aと光源回転部104bとを有する。
光源支持部104aは、レーザ光源19の光を射出する面とは反対側の面から、レーザ光源19を支持する支持部である。
光源回転部104bは、光源支持部104aと回転自在に連結しており、光源支持部104aを回転させ、レーザ光源19から射出されるレーザ光の光軸を軸としてレーザ光源19を回転させる機構である。
【0045】
このように、偏光調整機構104によりレーザ光源19を回転させることでも、レーザ光源19から射出されるレーザ光の偏光方向を変化させることができ、デバイス12を照射する測定光の偏光方向を変化させることができる。
このように、質量分析装置100も、デバイス12を照射する測定光の偏光方向を調整でき、上述した質量分析装置10と同様の効果を得ることができる。
【0046】
ここで、上述した質量分析装置10及び質量分析装置100のいずれの場合も、偏光調整機構22、104は、遠隔操作(リモートコントロール)で偏光方向を調整することが好ましい。
つまり、偏光調整機構22は、偏光板回転部22bによるλ/2板22aの回転動作を遠隔操作で行うことが好ましく、偏光調整機構104は、光源回転部104aによるレーザ光源19の回転動作を遠隔操作で行うことが好ましい。
このように遠隔操作で偏光方向を調整することで、装置内部に触れることなく偏光方向を調整することができる。
【0047】
また、上述した質量分析装置10及び質量分析装置100のいずれの場合も、測定光をデバイス12に対して所定角度傾斜させて照射(入射)させたが、本発明はこれに限定されず、測定光をデバイス12に対して垂直に入射させてもよい。
このように、測定光をデバイス12に対して垂直に入射させる場合は、偏光制御機構により、デバイス表面に平行な方向の偏光を調整することで、種々の条件で質量分析を行うことができる。
なお、測定光をデバイス12に対して垂直に入射させる場合は、引き出しグリットをデバイスの表面に対して所定角度傾斜して配置することで、デバイスから脱離した測定対象物質をデバイスの直上以外の方向に飛翔させることができる。
【0048】
また、上述した質量分析装置10及び質量分析装置100のいずれの場合も、デバイス12は、測定対象物質を捕捉可能であり、測定光の照射により測定対象物質を脱離可能な表面修飾(捕捉部材)を施すことが好ましい。
例えば、測定対象物質が抗原である場合、その抗原と特異的に結合可能な抗体により微細構造体の表面を修飾しておくことにより、表面に付着された測定対象物質の量を増大させることができ、質量分析測定の感度を向上させることができる。
【0049】
図5(A)は、表面修飾が施された微細構造体の概略構成を示す断面図であり、図5(B)は、図5(A)に示す微細構造体から測定対象物質が脱離した状態を示す断面図である。なお、図5(A)及び(B)では視認しやすくするために表面修飾Rおよび表面修飾Rの構成要素は拡大して示してある。
図5(A)に示すように、表面修飾Rは、微細構造体29の表面に、微細構造体29の表面と結合する第1のリンカー機能部Aと、測定対象物質Mと結合する第2のリンカー機能部Cと、第1のリンカー機能部Aと第2のリンカー機能部Cとの間に介在し、測定光の照射により生じる電場で分解する分解機能部Bとを有するものである。図示例では、測定対象物質Mは、表面修飾Rを介して、質量分析用デバイスの測定領域の近傍に配置されている。
【0050】
なお、表面修飾Rは、第1のリンカー機能部Aと、分解機能部Bと、第2のリンカー機能部Cとを全て備えた一つの物質であってもよいし、それぞれが異なる物質からなっていてもよい。また、第1のリンカー機能部Aと分解機能部B、あるいは、分解機能部Bと第2のリンカー機能部Cが一つの物質であってもよい。
【0051】
ここで、デバイス12に測定光が照射されると、微細構造体の表面で局在プラズモンが発生し、測定領域の表面において増強電場が発生する。また、測定光の光エネルギは、測定領域の表面に発生した増強電場により、表面付近において高められる。
この高められたエネルギにより表面修飾Rの分解機能部Bが分解され、図5(B)に示すように、測定対象物質Mに第2のリンカー機能部Cが結合されたものが、測定領域表面から脱離される。
【0052】
このように表面修飾を用いることで、測定対象物質を微細構造体の表面から脱離させることができる。
また、表面修飾Rを介して測定対象物質Mと微細構造体29とが結合していることで、測定対象物質Mは、測定領域の微細構造体の表面から離れて存在させることができる。
ここで、微細構造体の表面において得られる電場増強効果は、局在プラズモンにより生じる近接場光による電場増強効果であるので、表面からの距離に対して指数関数的に減少していくものである。従って、図5(A)に示すように、測定対象物質Mが表面1sから比較的離れて存在させることにより、測定対象物質Mに照射される測定光の光エネルギは、電場増強による影響の少ないものとすることができる。すなわち、増強された光エネルギにより測定対象物質Mがダメージを受けることを抑制でき、高精度な質量分析が可能となる。
【0053】
また、微細構造体の形状は、微細構造体29の形状に限定されず、基体上に局在プラズモンを誘起し得る大きさの凸部が形成されていればよく、種々の形状とすることができる。
【0054】
図6(A)は、微細構造体の他の一例の概略構成を示す斜視図であり、図6(B)は、図6(A)の上面図である。
図6(A)及び図6(B)に示す微細構造体80は、基体82と基体82上に配置された多数の金属微粒子84とで構成されている。
基体82は、板状の基板である。基体82は、金属微粒子84を電気的に絶縁して支持可能な材料で形成すればよく、材料としては、例えば、シリコン、ガラス、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、サファイヤ、およびシリコンカーバイド等が挙げられる。
【0055】
多数の金属微粒子84は、局在プラズモンを誘起し得る大きさの微粒子であり、基体82の一面上に分散された状態で固定されている。
また、金属微粒子84は、上述した金属体36で例示した各種金属で形成することができる。また、金属微粒子84は、上述した金属微粒子62と同様の金属微粒子でも異なる金属微粒子でもよい。また、金属微粒子の形状は特に限定されず、例えば、丸型で、直方体型でもよい。
このような構成の微細構造体80も金属微粒子が配置された検出面に励起光が照射されることで、増強電場を発生させることができる。
【0056】
次に、図7は、微細構造体の他の一例の概略構成を示す上面図である。
図7に示す微細構造体90は、基体92と基体92上に配置された多数の金属ナノロッド94とで構成されている。
ここで、基体92は、上述した基体82と同様の構成であるのでその詳細な説明は省略する。
【0057】
金属ナノロッド94は、局在プラズモンを誘起し得る大きさであり、短軸長さと長軸長さが異なる棒状の金属ナノ粒子であり、基体92の一面に、分散された状態で固定されている。金属ナノロッド94は、その短軸長さが3nm〜50nm程度、長軸長さが25nm〜1000nm程度であり、長軸長さは励起光の波長よりも小さいサイズのものである。金属ナノロッド94は、上述した金属微粒子と同様の金属で作製することができる。なお、金属ナノロッドの詳細な構成については、例えば、特開2007−139612号公報に記載されている。
ここで、微細構造体90は、上述した微細構造体80と同様の方法で作製することができる。
このような構成の微細構造体90も金属ナノロッドが配置された検出面に励起光が照射されることで、増強電場を発生させることができる。
【0058】
次に、図8(A)は、微細構造体の他の一例の概略構成を示す斜視図であり、図8(B)は、図8(A)の断面図である。
図8に示す微細構造体95は、基体96と基体96上に配置された多数の金属細線98とで構成されている。
ここで、基体96は、上述した基体82と同様の構成であるのでその詳細な説明は省略する。
【0059】
金属細線98は、局在プラズモンを誘起し得る線幅の線状部材であり、基体96の一面に格子状に配置されている。金属細線98は、上述した金属微粒子、金属体と同様の金属で作製することができる。また、金属細線98の作製方法は、特に限定されず、蒸着、メッキ等、金属配線を作製する種々の方法で作製することができる。
ここで、金属細線98の線幅は、例えば、50nm以下、特に30nm以下であることが好ましい。また、金属細線98の配置パターンは、特に限定されない。例えば、複数の金属細線を交差させずに、互いに平行に配置してもよい。また、金属細線の形状も直線に限定されず、曲線としてもよい。
【0060】
このような構成の微細構造体95も金属細線が配置された検出面に励起光が照射されることで、局在プラズモンに起因する増強電場を発生させることができる。
【0061】
また、微細構造体は、上述した微細構造体29、微細構造体80、微細構造体90及び微細構造体95にも限定されず、ぞれぞれの局在プラズモンを誘起し得る凸部を組み合わせた構成としてもよい。
【0062】
以上、本発明に係る質量分析装置について詳細に説明したが、本発明は、以上の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変更を行ってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の質量分析装置の一実施形態の概略構成を示す正面図である。
【図2】図1に示す質量分析装置の質量分析用デバイスの微細構造体の一実施形態の概略構成を示す斜視図である。
【図3】(A)〜(C)は、それぞれ微細構造体の作製方法を示す工程図である。
【図4】本発明の質量分析装置の他の実施形態の概略構成を示す正面図である。
【図5】(A)は、表面修飾が施された微細構造体の概略構成を示す断面図であり、(B)は、(A)に示す微細構造体から測定対象物質が脱離した状態を示す断面図である。
【図6】(A)は、微細構造体の他の一例の概略構成を示す斜視図であり、(B)は、(A)の部分上面図である。
【図7】微細構造体の他の一例の概略構成を示す上面図である。
【図8】(A)は、微細構造体の他の一例の概略構成を示す斜視図であり、(B)は、(A)の断面図である。
【符号の説明】
【0064】
10、100 質量分析装置
11 真空チャンバ
11a 窓
12 質量分析用デバイス
13 デバイス支持手段
14、102 光照射手段
16 飛翔方向制御手段
18 質量分析手段
19 レーザ光源
20a 拡散レンズ
20b コリメータレンズ
20c 集光レンズ
22、104 偏光調整機構
22a λ/2板
22b 偏光板回転部
23 引き出しグリッド
24 可変電圧源
25 カバー
26 検出器
27 アンプ
28 データ処理部
29、80、90、95 微細構造体
30、82、92、96 基体
32 アルミナ層(誘電体基材)
34 導電体
36 金属体
40 微細孔
42 微細柱状体
44 棒部
45 充填部
46 突出部
48 被陽極酸化金属体
84 金属微粒子
94 金属ナノロッド
98 金属細線
104a 光源支持部
104b 光源回転部
M 測定対象物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光が照射されることでプラズモンを励起し得る金属体が形成された表面を有し、前記表面に測定対象物質を付着させる質量分析用デバイスと、
前記質量分析用デバイスの表面にレーザ光を照射して、前記表面に付着している測定試料をイオン化するとともに、前記表面から脱離させる光照射手段と、
前記質量分析用デバイスの表面から脱離されイオン化された前記測定試料の飛行時間から前記測定試料の質量を検出する検出手段とを有し、
前記光照射手段は、前記レーザ光の偏光方向を調整する偏光調整機構を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記光照射手段は、前記レーザ光を、前記質量分析用デバイスの表面に対して所定角度傾斜して入射させる請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記光照射手段は、前記レーザ光を、前記質量分析用デバイスの表面に対して垂直に入射させる請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記偏光調整機構は、λ/2板を有する請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記偏光調整機構は、バビネソレイユ板を有する請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記偏光調整機構は、前記レーザ光を射出する光源を回転させる機構である請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記光照射手段は、さらに、前記偏光調整機構を遠隔操作する操作部を有する請求項1〜6のいずれかに記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−231066(P2009−231066A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75367(P2008−75367)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】