説明

質量分析装置

【課題】光学的な顕微観察画像で試料上の各組織が明瞭でなく、組織の有無や組織を構成する分子等についての予見がない場合でも、煩雑な手間を要することなく、組織のマッピング画像を提示する。
【解決手段】試料上の所定の二次元範囲内に設定された多数の微小領域の質量スペクトルデータが得られると(S1)、このデータを主成分分析することにより二次元範囲に特徴的な質量ピークを抽出する(S2)。そして、特定の質量ピークが観察される微小領域の二次元的な集中の度合いを例えば座標の分散値などを算出することで調査し(S3)、集中度が高い場合に、それら微小領域が同一組織を形成しているとみなし、各組織を識別可能なマッピング画像を作成して表示する(S4、S5)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微質量分析装置、イメージング質量分析装置などと呼ばれる、試料上の二次元領域の質量分析を行うための質量分析装置に関し、さらに詳しくは、そうした質量分析装置で収集されるデータの処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、試料上の二次元領域内を例えば格子状に細かく区分した各微小領域(測定点)に対する質量分析をそれぞれ行い、その結果により試料上に存在する分子のマッピング画像を作成するような質量分析装置が開発されている(特許文献1、2、非特許文献1など参照)。こうした質量分析装置は、顕微質量分析装置、或いはイメージング質量分析装置などと呼ばれており、試料をすり潰したり破砕したりすることなく試料の形態をほぼ維持したまま、顕微観察を行いながら該試料を構成する分子の二次元的な分布を測定することが可能である。こうしたことから、特に、生化学分野、医療・薬学分野などにおいて、例えば生体内細胞に含まれるタンパク質等の分布情報を得るといった応用が期待されている。
【0003】
上記のような質量分析装置では、試料上の二次元範囲を顕微観察できるような光学顕微鏡又は顕微撮像装置が併設されており、基本的には、そうした光学顕微鏡又は顕微撮像装置で得た顕微観察画像に基づいて詳細な質量分析を実行する領域を決める、といった手順で観察が行われる。例えば、生体切片などの生体組織を試料とする場合、分析担当者は顕微観察画像により試料表面に現れている各種組織の境界や範囲などを判断し、それに基づいて質量分析を実行する二次元範囲を決定して質量分析の実行を指示する。その結果、試料上の上記二次元範囲内の各微小領域毎の質量スペクトルデータを得ることができる。
【0004】
しかしながら、光学的な顕微観察画像では各種組織の境界が明瞭に見えない場合がある。例えば目的とする病変組織などが周囲の正常組織と視覚上で区別しにくいことがある。そうした場合には、各微小領域毎に得られた質量スペクトルデータを分析担当者が確認して病変組織の境界や範囲などを判断する必要があるが、そうした作業は煩雑で面倒である。質量分析装置自体が特定の質量における二次元分布画像を表示できる機能(例えば非特許文献1におけるp132の図6中に記載のマス二次元イメージング)を有している場合であっても、試料上に各種組織が存在することの予見や各組織に特徴的な分子(或いはその分子の質量)についての予見が分析担当者にない場合には、様々な質量の二次元分布画像を順番に調べていかなければならず、そうした作業はたいへん煩雑である。また、見落としなどのミスも起こり易い。
【0005】
【特許文献1】特開2007−66533号公報
【特許文献2】特開2007−157353号公報
【非特許文献1】小河潔、ほか5名、「顕微質量分析装置の開発」、島津評論、株式会社島津製作所、平成18年3月31日発行、第62巻、第3・4号、p.125−135
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、光学的な顕微観察では見い出せない又は見つけにくいような試料上の特定の部位(組織)の形状や分布についての情報を、煩雑な手間を要することなく高い精度で以て得ることができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の所定の二次元範囲内に設定された複数の微小領域毎の質量分析を行い、その結果を利用して質量分析イメージングを行う質量分析装置において、
a)前記複数の微小領域毎に収集された質量スペクトルデータ又は近接する複数の微小領域を集めた集合微小領域に対応する質量スペクトルデータに基づいて、二次元範囲全体として特徴的な質量を抽出する特徴抽出手段と、
b)前記特徴抽出手段により抽出された、特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な集中の程度を統計的に判断する集中度判定手段と、
c)前記集中度判定手段により二次元的な集中の程度が高いと判断された、特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域を、試料上の同一種類の部位であるとみなし、それを反映した情報を作成して提示する情報提示手段と、
を備えることを特徴としている。
【0008】
本発明に係る質量分析装置において、質量分析を行う手段は、試料上の二次元範囲内の各微小領域に対する質量分析を所定の順番で逐次的に行うものでも、複数の微小領域に対する質量分析を同時並行的に行うものでもよい。前者は例えば特許文献1に記載のように、試料上の微小領域にレーザ光を照射して、そのレーザ光の照射により生成されるイオンを質量分析し、例えば試料を二次元的に移動させることでレーザ光の照射位置を移動させることにより微小領域の位置の走査を実行する構成とすることができる。一方、後者は例えば特許文献2に記載のように、複数の微小領域をカバーする広い領域にレーザ光を照射し、異なる微小領域で生成されたイオンがその位置情報を失わないようにしながら質量分析を実行し、二次元的な検出面を持つ検出器で検出する構成とすることができる。
【0009】
本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記特徴抽出手段は、複数の微小領域毎又は集合微小領域毎の質量スペクトルデータに対する多変量解析を行うことにより、二次元範囲全体として特徴的な質量を抽出する構成とすることができる。ここで、集合微小領域毎の質量スペクトルデータとは、その集合に含まれる複数の微小領域の質量スペクトルデータを合算、つまり質量(厳密には質量電荷比)毎に信号強度を加算して新たに作成した質量スペクトルデータを用いればよい。
【0010】
上記多変量解析としては例えば主成分分析などを利用することができる。こうした手法により、特徴的な1乃至複数の質量が求まったならば、次にその質量が出現する(その質量に対する信号強度が或る程度以上得られる)微小領域又は集合微小領域が試料上で同一の部位(例えば組織)としてのまとまりがあるものとしてみなせるか否かを調査するために、集中度判定手段は、特徴的な1つの質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な集中の程度を統計的に判断する。特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域が二次元範囲全体にばらついている(分散している)場合にはこうした領域を同一部位であるとして捉えることはできない。一方、特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域が狭い範囲に集中的に存在していれば、その集中した部分を同一部位であるとして捉えることができる。
【0011】
具体的な一態様として、上記集中度判定手段は、特徴的な1つの質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な分散値を計算し、この分散値に基づき集中の程度を判断するものとすることができる。また別の態様として、上記集中度判定手段は、特徴的な1つの質量が観測される微小領域又は集合微小領域のの二次元的な密度分布に基づいて集中の程度を判断するものとしてもよい。いずれにしても、微小領域又は集合微小領域が二次元的、つまり空間的に集中して位置しているか否かを統計的に推測することができる。
【0012】
情報提示手段は、或る特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な集中度が高いと判断された場合に、それが集中している部分が同一種別の部位(例えば1つの病変組織)であるとみなす。そして、それを反映した情報、例えば同一種別の部位を示すマッピング画像などを作成して表示手段の画面上に表示するように出力する。また、例えば試料の顕微観察画面上で特定の位置や範囲が指示された場合に、その位置や範囲が含まれる部位(組織)と質量とを表示するようにしてもよい。試料上で同一部位であると推測される部位に関する情報をどのような形態で提示するのかは特に限定されない。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る質量分析装置によれば、光学的な顕微観察では明瞭に識別することができなかった部位や組織を、例えばマッピング画像等で明瞭に示した情報をユーザに提供することができる。特に、そうした識別可能な部位や組織が存在するか否かの予見や、存在するとしてもどういう分子を含む部位や組織であるかといった予見がユーザに全くない場合であっても、ユーザに煩雑で面倒な操作や作業を強いることなく、上記のような有用な情報を容易に得ることができる。それによって、質量分析イメージングを利用した分析の作業性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施例であるイメージング質量分析装置の構成と動作について図面を参照しつつ説明する。
【0015】
図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の要部の構成図である。略大気圧雰囲気に維持される気密室1内には試料を大気圧MALDI(又は大気圧LDI)イオン化法によりイオン化するイオン化部、及び試料の顕微観察を行う顕微観察部が配置されている。即ち、上部に試料3を載置する試料ステージ2はステージ駆動部24により少なくともx軸、y軸の二軸方向に移動自在であり、この試料ステージ2が図1中に実線で示す位置にあるときに、レーザ照射部4から出射され、レンズ6により収束されたレーザ光5が試料3の上面に当たるようになっている。このレーザ光5の照射により、試料3においてレーザ光照射位置3a付近から試料由来のイオンが発生する。
【0016】
気密室1内で試料3から発生したイオンはイオン輸送管7を通して、図示しない真空ポンプにより真空排気される真空チャンバ10内に輸送される。真空チャンバ10内において、イオンはイオンレンズ11により収束されてその後段のイオントラップ12に送り込まれる。イオントラップ12はリング電極と一対のエンドキャップ電極とから成る3次元四重極型の構成であり、それら電極に印加される高周波電圧により形成される電場によりイオンを一時的に蓄積・保持し、所定のタイミングでほぼ一斉にそれらイオンを吐き出して飛行時間型質量分析器(TOF)13に導入する。飛行時間型質量分析器13はリフレクトロン電極14を備え、リフレクトロン電極14により形成される直流電場によりイオンを折返し飛行させる。ほぼ一斉に導入された各種イオンはその質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて異なる飛行時間で以て飛行してイオン検出器15に到達し、イオン検出器15は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力する。
【0017】
なお、イオントラップ12において、各種イオンの中で特定の質量を有するイオンをプリカーサイオンとして選別した上でCID(衝突誘起解離)により開裂を生じさせ、それによって生成されたプロダクトイオンを飛行時間型質量分析器13に導入して質量分析する、つまりMS/MS分析又はn=3以上のMS分析を行うことも可能である。
【0018】
気密室1内で試料ステージ2はガイド30に沿って図1中に点線で示す位置(観察位置)2Bに移動可能となっており、観察位置2Bの上方で気密室1の外側にはCCDカメラ31が配置され、観察位置2Bの下方には透過照明部33が設置されている。試料ステージ2が観察位置2Bに来るように移動された状態では、透過照明部33から出射した光が試料ステージ2に形成されている開口を通して試料3の下面に当たり、その透過光による試料像をレンズ32を通してCCDカメラ31で撮影できるようになっている。CCDカメラ31で撮影された顕微画像は後述する制御部23を介して表示部26の画面上に表示可能である。もちろん、このような透過観察のほかに反射観察や蛍光観察のための照明系を別途設けてもよい。また、CCDカメラ31で撮像する代わりに、光学顕微鏡を設け、オペレータが直接的に顕微観察画像を観察できるようにしてもよい。
【0019】
質量分析によりイオン検出器15で得られた検出信号は、A/D変換器20によりデジタル値に変換されてデータ処理部21に入力され、データ処理部21で質量と信号強度との関係を表す質量スペクトルデータが求められ、これがデータ記憶部22に格納される。さらにデータ処理部21は、データ記憶部22に格納された質量スペクトルデータを用いた各種のデータ処理を実行し、例えば所定の分子の分布を表すマッピング画像を作成する。制御部23は試料3に対する質量分析動作を実行するためにステージ駆動部24を始めとする各部を制御する(図1では煩雑になるためにそうした制御信号線の記載は省略している)とともに、顕微観察画像や分析結果などを表示部26に表示する。また、操作部25はキーボードやポインティングデバイスなどであり、分析のための各種のパラメータの入力設定や各種の指示に利用される。
【0020】
制御部23やデータ処理部21は例えば汎用のパーソナルコンピュータにより構成することができ、該コンピュータにインストールされた専用の制御/処理ソフトウエアを実行することにより、各種の制御やデータ処理の機能を達成することができる。
【0021】
次に、本実施例のイメージング質量分析装置における特徴的な分析動作、実際にはデータ処理部21を中心として為されるデータ処理動作について、図2〜図7を参照しつつ説明する。図2はこの分析動作の手順を示すフローチャート、図3〜図7は分析動作の中でのデータ処理の内容を説明するための図である。
【0022】
まず、試料3上の所定の二次元範囲内の質量分析イメージングを行うために、該範囲内に設定された多数の微小領域毎の質量分析を実行して質量スペクトルデータを取得する(ステップS1)。ここでは、図3に示したように、試料3をカバーする二次元範囲50をx軸、y軸の二軸方向に格子状に細かく区画した、Δx×Δyの大きさの微小領域51を考える。
【0023】
即ち、制御部23の制御の下に、ステージ駆動部24により試料ステージ2がx軸、y軸方向に所定距離ステップ(Δx、Δy)移動される毎に、試料3に向けてレーザ光5が照射され、それに伴って試料3上のレーザ照射位置3a(実際には図3に示したように略円形の範囲)から発生したイオンが質量分析に供される。但し、1回のレーザ光照射だけで十分な量のイオン発生が期待できない場合には、同一の微小領域51に対して短時間のレーザ光照射を複数回繰り返し、各レーザ光照射毎に発生したイオンを前述の如くイオントラップ12に蓄積した上で飛行時間型質量分析器13により質量分析するようにするとよい。このようにして、図3に示したような細かく区画した多数の微小領域51のそれぞれについて、各微小領域51に存在する物質(分子)を反映した質量スペクトルデータが得られ、これがデータ記憶部22に格納される。ここで便宜的に、各微小領域51の座標(x、y)を図3中に記したように(0,0)、…、(n、m)とする。
【0024】
次に、データ処理部21は、データ記憶部22に格納されている各微小領域51の質量スペクトルデータに基づいて、二次元範囲50全体として特徴的な質量ピーク、つまり質量を求める。そのために、各微小領域51の質量スペクトルデータを多変量の入力値として多変量解析の一手法である主成分分析(PCA:Principal Component Analysis)により分析する(ステップS2)。主成分分析は、多数の変数を少数の指標値でもって表わすようにするもので、詳しくは、例えば、宮下芳勝、佐々木慎一著「ケモメトリックス」、共立出版(1995年)などの文献にその方法が記載されている。また、主成分分析の演算処理をパーソナルコンピュータやワークステーション上で行うためのソフトウェアは種々のものが入手可能である。従って、ここでは主成分分析の詳細な説明は省略する。
【0025】
主成分分析では、各微小領域間の関係を示すスコアと、変数つまり質量ピークの相関関係を示すローディングとを求めることができ、主成分を軸とするグラフ上にローディング値をプロットしたローディングプロットにより、特徴的な質量ピークを抽出することができる。なお、こうした特徴的な質量ピークの選択は予め定めた基準に従って自動的に行ってもよいが、例えばオペレータがローディングプロットを確認しながら指定するようにしてもよい。
【0026】
上述のように二次元範囲50内の質量スペクトルデータの分布を特徴付けるような質量ピークが抽出されたとしても、実際にその質量ピークに対応した質量を有するイオン、つまりはそのイオンの生成の元となった分子が、同一の組織とみなせる程度にかたまって存在しているか否かについては、主成分分析の結果からは分からない。そこで次に、抽出された特徴的な質量ピークが観察される微小領域(以下「特異微小領域」という)が二次元範囲50内で特定の部位に集中的に存在しているか否か、を調査する(ステップS3)。同一質量ピークに対する特異微小領域が二次元範囲50内の或る部位に集中的に存在している場合にはその部位が同一の組織であるとみなせるし、同一質量ピークに対する特異微小領域が二次元範囲50内で全体的にばらついて或いはほぼ均等に存在している場合には、その特異微小領域は同一の組織を形成していないとみなせる。特異微小領域の集中度を判断するために、具体的には次の2つの方法を採り得る。
【0027】
[方法1]
まず、或る1つの質量ピークの中で信号強度が所定の閾値以上であるような特異微小領域を抽出し、その特異微小領域の座標を取得する。そして、その座標の二次元的な、つまり空間的な分散値を計算し、その分散値に基づいて集中の程度を判断する。例えば分散値Vは次式で計算することができる。
V=Σ{(xi−xav)2+(yj−yav)2}/N
ここで、Σは与えられた特異微小領域の座標(xi,yj)の全てについての総和、xavは与えられた特異微小領域のx軸方向の座標の平均値、yavは与えられた特異微小領域のy軸方向の座標の平均値、Nは与えられた特異微小領域の数、である。分散値Vが小さいほど特異微小領域の集中度が高く、その質量ピークの元となった分子が同一の組織を形成している可能性が高いと言える。例えば、或る質量ピークについての特異微小領域が図4に示すように分布していた場合、それら特異微小領域の座標の分散値は小さくなるから、これが1つの組織であると高い確度で推測することができる。
【0028】
[方法2]
別の方法としては、或る質量ピークについての特異微小領域の二次元的な密度分布を調べ、高い密度で特異微小領域が存在する部分が多い場合に集中の程度が高いと判断するようにすることができる。例えば、いま図5に示すように、近接する複数(この例では9個)の微小領域を含む拡大微小領域53を想定し、その拡大微小領域53に含まれる特異微小領域の割合を密度として定義する。つまり、拡大微小領域53に含まれる全ての微小領域が特異微小領域であれば密度1(=100%)、拡大微小領域53に含まれる全ての微小領域が特異微小領域でなければ密度0(=0%)であるとする。そうして、二次元範囲50全体に亘って拡大微小領域53を設定したときの密度のヒストグラムを求める。このとき、拡大微小領域は少しずつずらして一部が重なるようにしてもよいし、重なりがないようにしてもよい。
【0029】
特異微小領域の数が全体的に多い場合でも、二次元範囲50全体にばらついていて特にまとまりがない場合には、ヒストグラムは例えば図6(a)に示すようにガウス分布に近い形状になるか或いは低密度に集中する。これに対し、特異微小領域がかたまって存在している場合には、例えば図6(b)に示すように高密度側にピークが出現する。このようにヒストグラムの形状から特異微小領域の集中の程度を判断することができる。なお、方法1と方法2とを併用することもできるし、それ以外の統計的な集中/分散を評価する手法を用いてもよい。
【0030】
上記方法1及び2のいずれの場合でも、特異微小領域の集中度が求まると、データ処理部21は、その集中の程度を判断し、その集中している場合にはその集中した部分が同一の組織であるとみなし、例えば図7に示すように、異なる組織をそれぞれ識別したマッピング画像を作成する。また、そうした同一組織であるとみなす判断の信頼性は特異微小領域の集中の程度が高いほど高いと考えられるから、その集中の度合、例えば上記方法1では分散値に応じて信頼度を表す指標を算出し、これをその組織情報に対応付けて記録する(ステップS4)。そして、こうして得た結果を制御部23に送り、表示部26の画面上に表示させる(ステップS5)。
【0031】
これにより、例えばCCDカメラ31により取得した顕微観察画像では試料3上の各組織の境界や輪郭、或いはその存在自体が不明確であった場合でも、各組織を明瞭に示すマッピング画像をオペレータに提示することができる。また、上記のような各組織に対応した信頼度を表示することにより、オペレータはそうした組織を示すマッピング画像の有用性、利用価値を判断することができる。
【0032】
また、マッピング画像を表示する以外に、例えば顕微観察画像の表示上でオペレータが操作部25により任意の位置を指示すると、該位置に対応した部位が属する組織(及びそれを特徴付ける質量値)と信頼度とが表示されるようにしてもよい。
【0033】
なお、上記実施例では、各微小領域の質量スペクトルデータに基づいて主成分分析を行って特徴的な質量ピークを求めていたが、近接する複数の微小領域をまとめて集合微小領域とみなし、1つの集合微小領域に属する複数の微小領域の質量スペクトルデータについて質量毎に信号強度を加算した質量スペクトルデータを求め、これに基づいて主成分分析を行って特徴的な質量ピークを求めるようにしてもよい。これにより、主成分分析に供するデータの数が減らせるので演算時間を短縮することができる。
【0034】
上記実施例では、試料をイオン化する際に大気圧MALDI/LDIイオン化法を用いていたが、イオン化法は特に限定されない。また、試料3上の二次元範囲内で微小領域を順次走査しながら各微小領域の質量分析を行う代わりに、特許文献2などに記載の手法により、二次元範囲内の質量分析イメージングを行うようにしてもよい。即ち、試料3上の所定の二次元範囲内の分子分布を反映した質量分析イメージングが可能な装置であって、各微小領域の質量スペクトルデータが収集可能な装置であれば、特にその装置の構成は問わない。
【0035】
また、それ以外の点についても、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の一実施例によるイメージング質量分析装置の要部の構成図。
【図2】本実施例のイメージング質量分析装置における特徴的な分析動作(データ処理)の手順を示すフローチャート。
【図3】本実施例のイメージング質量分析装置における質量分析イメージングを説明するための図。
【図4】本実施例のイメージング質量分析装置における特定の質量ピークが観察される特異微小領域の集中度を調べる方法を説明するための図。
【図5】本実施例のイメージング質量分析装置における特定の質量ピークが観察される特異微小領域の集中度を調べる方法を説明するための図。
【図6】本実施例のイメージング質量分析装置における特定の質量ピークが観察される特異微小領域の集中度を調べる方法を説明するための図。
【図7】本実施例のイメージング質量分析装置において質量スペクトルデータに基づいて推測される組織の分布の一例を示す図。
【符号の説明】
【0037】
1…気密室
2…試料ステージ
3…試料
3a…レーザ光照射位置
4…レーザ照射部
5…レーザ光
6…レンズ
7…イオン輸送管
10…真空チャンバ
11…イオンレンズ
12…イオントラップ
13…飛行時間型質量分析器
14…リフレクトロン電極
15…イオン検出器
20…A/D変換器
21…データ処理部
22…データ記憶部
23…制御部
24…ステージ駆動部
25…操作部
26…表示部
30…ガイド
31…CCDカメラ
32…レンズ
33…透過照明部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の所定の二次元範囲内に設定された複数の微小領域毎の質量分析を行い、その結果を利用して質量分析イメージングを行う質量分析装置において、
a)前記複数の微小領域毎に収集された質量スペクトルデータ又は近接する複数の微小領域を集めた集合微小領域に対応する質量スペクトルデータに基づいて、二次元範囲全体として特徴的な質量を抽出する特徴抽出手段と、
b)前記特徴抽出手段により抽出された、特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な集中の程度を統計的に判断する集中度判定手段と、
c)前記集中度判定手段により二次元的な集中の程度が高いと判断された、特徴的な質量が観測される微小領域又は集合微小領域を、試料上の同一種類の部位であるとみなし、それを反映した情報を作成して提示する情報提示手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記特徴抽出手段は、複数の微小領域毎又は集合微小領域毎の質量スペクトルデータに対する多変量解析を行うことにより、二次元範囲全体として特徴的な質量を抽出することを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記集中度判定手段は、特徴的な1つの質量が観測される微小領域又は集合微小領域の二次元的な分散値を計算し、この分散値に基づき集中の程度を判断することを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記集中度判定手段は、特徴的な1つの質量が観測される微小領域又は集合微小領域のの二次元的な密度分布に基づいて集中の程度を判断することを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−25268(P2009−25268A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−191654(P2007−191654)
【出願日】平成19年7月24日(2007.7.24)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】